暗く、重く意識が沈んでいく。
ベッドに横たわり、心地よい睡魔に包まれているかのように、
すーっと落ちてゆくような感覚。
何も見えないし、聞こえない。
俺は・・・一体どうしたのだろうか・・・。
今日はいつも通りの1日で・・・授業に出て・・・SOS団の活動に参加して・・・、
いつもみたいに、長門は本を読み、朝比奈さんはメイドに勤しみ、古泉はニヤけていた。
ハルヒだけがいつもよりハイテンションだった気がしたが、特に何も変わったことない1日だったハズだ。
そしていつものように家に帰り、飯を食って、風呂に入って、ベッドに入った。
そんな普通の1日だったはずだ。ただ、何故だろう?すごく悲しいことがあったような気も・・・。

それにしてもこの不思議な感覚は一体なんだろう?夢か?
ふと、閉ざされていたはずの視界に、眩しい光が注ぐ。
まるで俺はその光に導かれるように――
ゆっくりゆっくりと――
その中心に吸い込まれていく・・・。

ドンガラガシャーン!!!

けたたましい破壊音。驚いて目を開けると、そこは見覚えのない光景。
お洒落な自然色のカーテン、化粧台、大きめのクローゼット、机、ぬいぐるみ・・・。
「・・・女の子の部屋?」
ふと見上げると、そこには見覚えのある顔――
SOS団団長、涼宮ハルヒの姿があった。
もしかしてまた閉鎖空間か?そう思った俺がハルヒに声をかけようとした矢先――
「アンタがあたしのサーヴァント?」
ハルヒは、ワケのわからない言葉を口にした。

俺は今、さぞ唖然としたマヌケな顔をしていることであろう。
目の前にいるのは確かにハルヒ。
その身に纏う北高の制服、いつものリボン付のカチューシャ、
そして何よりもこの腕を組み、悠然と俺を見下ろすこの尊大な態度が、
目の前の人物がハルヒその人であることを如実に表している。
しかし、その口から発せられるのはワケのわからぬ言葉。
『サーヴァント』?なんじゃそりゃ?
俺は混乱していた。

そんな俺を尻目に、ハルヒは不機嫌そうに言い放つ。
「何か言ったらどうなのよ?アンタがあたしのサーヴァントかどうかって聞いてるんだけど?」
俺は言い返す。
「何言ってるんだハルヒ?だいだい『サーヴァント』って何・・・」
そう言いかけた瞬間だった。

キーーーーーーーーン!!!!

俺の頭を突き抜けるように刺すような痛みが襲う。
な、何だコレは・・・!?普通の痛みじゃない!こんな痛みが続いたら・・・死んじまう・・・。

そして、その痛みと共に、俺が今まで知らなかった、むしろ知っているハズもなかった――
大量の『情報』が、どこからともなく、一気に頭の中に流れ込んできた。

やがてその痛みは治まる。
そしてそれと同時に、この世界が目覚める前に俺が身を置いていた世界とは全く別物ということ、
俺が何者で、どうしてここにいて、これから何をするべきなのか、
それらを一気に把握してしまっていた。そして、自然とそのセリフが口をついていた。

「ああ、俺はお前のサーヴァントだ、ハルヒ」

「何よ、そうならそうとさっさと言いなさいよね」
フンと鼻を鳴らすハルヒ。
「で?アンタは何のサーヴァントなわけ?」
その質問に対する答えに関する情報が自然と浮かんでくる。
「俺は・・・アーチャーのサーヴァントだ」
自分で言ってて不思議に思える。こんなことつい数秒前までは全然知らなかったんだからな。
「・・・何よ、セイバーじゃないの?とんだ外れくじだわ」
「外れで悪かったな・・・」
『セイバー』という単語の意味も、自然とわかっていた。

「それにしてもアンタ、よくあたしの名前知ってたわね。
まだ名乗ってもいないのに」
それは流れ込んできた『情報』とは関係なく、最初から知っていた。
目の前にいる人物、コイツがハルヒじゃなくて誰だっていうんだ。
ただ、そのことはハルヒには言わない方がいい、と俺の頭の奥で何者かが告げているような気がした。

「まあ、サーヴァントならそれぐらい当たり前なのかしらね。
改めて自己紹介するわ。あたしは涼宮ハルヒよ。
んで?アンタの真名は何?」
『真名』?何だそれは?その単語については、まったくわからないし自然に情報が流れ出てくることもないぞ?
まあでも、『真の名前』というぐらいだから俺の本名のことだろうな。

「俺の名前は・・・」
しかし、俺は自分の真名もとい本名を思い出すことが出来なかった。
「悪い・・・どうしても思い出せない・・・記憶が混乱しているみたいだ」
俺はそう返すのが精一杯だった。

さて、俺の頭の中に流れ込んできた『情報』と、
その後ハルヒが勝手に1人で喋り捲った内容を纏めると以下の通りになる。

まず、ハルヒは何と魔術師らしい。
つい数分前の俺だったら全く信じられない話だったが、今の俺にとってはその事実を認めるのは容易だった。
ハルヒ曰く、自分は日本は及び世界でも有数の魔術師の家系らしく、その能力も非常に優秀とのことだ。

そして、ハルヒはこれから戦争をするらしい。
何でも、近いうちにこの街において、魔術師同士の戦争とやらがおっぱじまるそうだ。
何とも物騒でぶっ飛んだ話だがこれもまた事実。
そしてその戦争の目的となるのは、『聖杯』とかいうけったいなモノの獲得らしい。
何でも『聖杯』はどんな望みでもかなえることの出来る、全知全能の願望器だとか。
つまりこの戦争は、魔術師達の間では『聖杯戦争』と呼ばれるものであるらしい。

そして一番肝心なこと、どうして俺がこんなところにいて、
『アーチャー』なんていうけったいな名を名乗り、ハルヒの『サーヴァント』になっているかと言う話である。
何でも魔術師同士の戦争の手段として召還されるのが『サーヴァント』と言う存在らしい。
所謂使い魔というヤツであるが、その能力は一介の使い魔とは一線を画す。
それもそのはずで、『サーヴァント』として召還されるのは、過去の歴史上や空想上の大英雄だというのだ。
例えば、イングランドのアーサー王、ケルト神話のクー・フーリン、ギリシャ神話の魔女メディアやメデューサにへラクレス、
メソポタミア神話のギルガメッシュ、日本で言えば孤高の剣豪佐々木小次郎など、
そのメンツたるや無学な俺でもよく知っているような大英雄達である。いわばサーヴァントとは『英霊』だ。
ん・・・?ちょっと待てよ?じゃあ何で俺が召還されてるんだ?
英雄に相応しい人生なんて送ってきたつもりは全くないぞ?

そして、召還されるサーヴァントは往々にして7つの階級、『クラス』に分けられる。
剣の使い手にして全てのクラス中最強と言われる『セイバー』、槍の使い手『ランサー』、弓の使い手『アーチャー』、
卓越した騎乗スキルを持つ『ライダー』、古代魔術の使い手『キャスター』、暗殺術の使い手『アサシン』、
狂戦士『バーサーカー』――という7つのクラスだ。

そしてその7つのクラスのどれかに、召還された7体の英霊がそれぞれ割り振られる仕組みらしい。
ん?俺そもそも弓なんて使えたか?弓道だってやったことないし・・・。なぜに『アーチャー』なのだろう?

そして、外面的にはサーヴァントは『セイバー』や『ランサー』といったクラス名で呼ばれるが、
その実、どこの英雄であり、どんな能力を持つのかということを表すものが『真名』であるとか。
つまりそれだけ重要な自分の名前、『真名』を俺は忘れてしまっているわけだ。
これには流石のハルヒも呆れるしかなかったようで・・・
「自分が誰だかわからないサーヴァントなんて前代未聞だわ。これは先が思いやられるわね・・・」
と呆れることこの上ない。

しかし、なぜか目の前のハルヒのこと、家族のこと、
俺がこうして目覚める前の学校のこと、谷口や国木田、鶴屋さんといった友人連中のこと、
そして勿論あのSOS団のこと――ハルヒを含め、朝比奈さん、長門、古泉のことは、
しっかりと記憶にあるのだ。
ただ、自分が何者だったかということだけが思い出せない。
そして・・・俺が目覚める前、あのSOS団で何か、重要な出来事があった・・・
その事実は覚えているのに、その詳細が思い出せない。
もしかするとその『重要な出来事』が、今の俺が置かれているこのワケのわからない状況に、
大きな関係があるのかもしれない・・・が思い出せないことにはどうにもならない。

とにかく、俺はハルヒの『サーヴァント』として
『聖杯戦争』という魔術師同士の戦争に巻き込まれてしまったわけだ。
SOS団にいた頃は毎日が騒動だったそのおかげで、俺自身ワケのわからんことに対する耐性はついたはずだが、
この状況ばかりはどうしても戸惑うな。いくら『情報』が流れ込んでくるとはいっても、だ。
そして戦争なんて物騒なこと、俺に出来るのだろうか?
しかし、幸いにも『優秀な魔術師』のハルヒはかなりやる気満々なようだ。

「とにかく!聖杯戦争の勝者となるのはあたし達しかいないわ!
さあ、アーチャー!気合入れていくわよっ!!」

その後、俺は何故かハルヒに、召還のせいで散らかった部屋の整理と夜食の調理を命じられた。
ああ、言い忘れていたがサーヴァントにとって、魔術師は『マスター』と呼ばれる存在らしい。
というのも、サーヴァントは魔術師から供給される魔力を動力源にしないと、
この世に存在していることが不可能なのだ。
つまり俺はハルヒの魔力を『喰っている』状態ということである。
そしてマスターたる魔術師はサーヴァントに対し、『令呪』という名の3回の絶対命令権もとい支配権を持つ。
これを使われると、どんな状況だろうが意志だろうがマスターの命令に従わざるを得なくなる。
どうやらハルヒの腕に刻まれた刺青のような紋章がソレであるようだ。
つまり、その3回の令呪を使い切ってしまえば、サーヴァントがマスターに従う道理はないということで、
マスターを裏切り、殺してしまうことも出来るらしい。
もっともそんなことをすれば自分が現界出来なくなるし、
ハルヒに対してそんなことをする気など最初から俺には毛頭ない。
むしろ、殺そうとしても逆に返り討ちにあうだろう・・・。

しかし、いきなり命令だなんてハルヒも人使いが荒い。
普段だったらハイハイ言って命令を聞くところだろうが、何故だろう、
今の俺は皮肉をこねて、それに反抗したい気分だった。

「なぜ俺がそんなことをしなけりゃならないんだ?」
「何よ?サーヴァントがマスターの命令に従うのは当然でしょ?」
「それは、戦闘等の戦争に関わることで、だろう?
家政婦まがいのことをするつもりなんて俺には毛頭ないが?」
「何よ、アンタ随分生意気な口を利くじゃない」
「フン、それはこっちのセリフだよ。
自分を中心に世界が回ってるとでも思ってるのかい?『マスター』よ」
おかしいな・・・普段の俺なら絶対こんなこと言わないはずなのに・・・。
ハルヒに対するとっても恐れ多い皮肉の数々が自然と口をつく。
まるで酔っ払って自制心をなくしたかのようだ。
うーん、もしかして以前の世界で溜まりに溜まったフラストレーションなのだろうか・・・。

「ふーん・・・そういう態度に出るわけね・・・」
ハルヒはワナワナと震え、右手を掲げ、に握りこぶしを作った。
「そもそも、いくらマスターだからといって俺がそこまでへりくだる理由など・・・
ってオイ、お前まさか・・・?」
ハルヒの右手に刻まれた件の『令呪』が紅く、禍々しい光を放っている。
「言うこと聞かない飼い犬にはカラダでもって躾を仕込まないとね~?」
見るからに怒っているハルヒ。爆発寸前だ。
「だからといって大切な令呪をこんなことに使うなんて・・・!正気か!?」
「うるさーい!!『令呪』の下に命令を下すわ!!
『アンタはあたしに絶対服従すること』!!!!」
紅い光が一層眩しく光る。そうハルヒはよりにもよって3つしかない貴重な絶対命令権を、
『あたしの命令には絶対服従!!』というヒットラーもびっくりの独裁思想に塗りたぐられた、
バカバカしいことに使ってしまったのである。

そのおかげで、俺は掃除に料理をやらされるハメになった。
ただなぜか、どっちともスイスイとスムーズに出来てしまった。
以前は掃除なんかたまーにしかしないモンで母親に怒られたりもしたし、
料理なんて全く門外漢だったからな。
しかも、「あら、けっこうイケるじゃない」なんて、ハルヒに料理の腕を褒められるし、な。

翌日、戦争中であるにもかかわらず、ハルヒは普通に学校に行くと言い出した。
何でも学校にももしかすると別のマスターがいるかもしれないからその調査のためとか・・・。
勿論サーヴァントとしてはそんなハルヒについていくべきなのだろうが、
俺としては外に出れるような状態ではない。なぜかって?
それは俺の容姿のせいだ。

昨夜、何気なくハルヒの部屋にあった姿見を覗き込んだ俺は仰天した。
容姿が、以前とはすっかり変わってしまっているのである。
背は前よりずっと伸びていておそらく180センチはありそうだ。顔つきも大人びたそれになっている。
そして髪の毛、なぜか真っ白な白髪である。俺、何か苦労でもしたんだろうか・・・。
そして俺が身に纏っていた服は、コスプレか?というくらいにヘンな真っ赤な外套であった。
こんな格好で街に出たら間違いなく不審者扱いだ。ハルヒの家に着替えがあるハズもない。
そんな悩める俺にハルヒはふと、声をかけた。

「何よ、霊体化すればいいじゃない」
その瞬間、例の『情報』が流れ込んでくる。
『霊体化』、つまりは実体をなくし、一時の仮の姿として『霊体』になること。
これだとハルヒ以外の人間には俺の姿は感知されないらしい。
更にこの状態だと、俺を維持するためにかかるハルヒの魔力の量がカットされるらしい。
つまり、一種の省エネ形態ってことだ。肉体的な疲労も減る。
まあそもそもサーヴァントに人間のような疲労や空腹、睡眠の概念はなく、
飯を食わなくても一睡もしなくても死ぬことはないらしい。何とも便利なカラダだ。
ちなみにハルヒとの意思疎通は、念話によって問題なく出来る。これまた便利だ。

そんなこんなで霊体化した俺はハルヒについて学校へと行った。
勿論、俺も通っていた北高に、だ。
そして、そこで俺はいくつかの衝撃的な事実を知ることになる。

衝撃その1。
この世界のハルヒもSOS団を結成しているらしいこと。

衝撃その2。
SOS団には普通に朝比奈さんと古泉が所属していたこと。
そして長門がなぜかいない、そもそも学校にすら在籍していないこと。

衝撃その3。
俺のクラスのメンツは以前と殆ど同じだったこと。国木田と谷口も普通にいた。

衝撃その4。ちなみにこれが1番の衝撃だ。
なぜかこの世界に『俺』がいたこと。勿論ハルヒと同じクラスにも、SOS団にも所属していること。

これらの衝撃についてひとつひとつ詳細に確認したいところではあるが、今は霊体の身、
目立つようなことは勿論出来ない。もしかしたら他にも以前の世界とは違っているところがあるかもしれないのだが・・・。
特に、なぜこの世界にも・・・以前の世界と全く同じ姿で俺がいるのか・・・全く理解が出来なかった。
そして姿の見えない長門・・・。これはなにやら一筋縄ではいかない予感がするな・・・。

いつの間にか放課後になった。SOS団も自然解散し、部室には霊体の俺とハルヒのみが残される。

「アーチャー、今日1日学校にいたけどやっぱり何か違和感があるわ。
おそらく校内に潜むマスターがいるはずよ。そしてソイツが動くとしたら夜。
だからもう少し学校に残るわ。もしかしたら戦闘にもなるかもしれないわね」

ハルヒのそのセリフに、否がおうにも緊張が高まる。
ここに来てやっと自覚できた・・・。俺が今身を置いているのは・・・戦争、殺し合いなのだ、と。

そして――夜がやってくる。

夜、俺とハルヒは校内をくまなく歩き回っていた。
ハルヒ曰く、タチの悪い結界とやらが仕掛けられている可能性があるらしい。
その結界は発動したら最後、学校中の人間の生気を吸い取り、最悪死に至らしめる。
なぜそんなことをするのか、というと所謂『餌』の確保のためだ。
サーヴァントにとって人間の生気は魔力に匹敵する動力源だそうだ。
つまりソレを喰えばサーヴァントはマスターの手を煩わせることなく、
腹を満たすことが出来ると言うわけである。
勿論、俺はそんな非道なことをする気にはなれない。
それにハルヒ自身が何よりもそれを嫌う。
「関係ない人の命を奪うマスターなんて魔術師の風上にも置けないわ!
ギッタンギッタンにブチのめしてやらないとねっ!」
だそうだ。ヘンなところで常識と正義感に溢れたヤツである。

俺自身も目を閉じ、感覚を研ぎ澄ますと、禍々しい空気の流れを感じることが出来る。
おそらくこれが結界の発する魔力ってヤツだな。
ハルヒは慎重にその魔力の出所を探っていく。
そして、ついにその発信源に辿り着く。
それは、屋上だった。

「やっぱり・・・ココだったのね。シュミの悪い結界だこと」
苦々しく吐き捨てるハルヒの目の前には、大きく、グロテスクな魔方陣が描かれていた。
どうやらこれが結界の大元らしい。
「それじゃ、ちゃっちゃと解除しちゃいましょ」
そう言うとハルヒは魔方陣に手をかざし、何やら呪文を唱え始めた。
――と、その時、

「おや?消してしまうんですか?その結界。少々勿体無いですね」
どこからか聞こえる声――
そこにいたのは――真紅の槍を手に持った――蒼い蒼い男だった。

そこにいたのは――槍を持った蒼い男。
そして驚くべきことに――笑みをたたえるその顔は――
あのSOS団副団長、古泉一樹そのものであった。

「古泉君!?」
その男に気付いたハルヒが、声をあげる。
「古泉?それは誰のことですか?」
はて?と首をかしげる男。
確かに・・・あの男は俺の知る古泉じゃない。
顔や口調は似ているものの、古泉より背も高く、より筋骨隆々とした締まった体を蒼いタイツのようなものに包んでいる。
そしてよく見れば、顔も俺と同じように、すっと大人びたそれだ。
髪型も、流れるような長髪を後ろで馬の尻尾のように纏めている。
それにこの世界の古泉は普通にSOS団の副団長として存在しているはずだ。
俺は即座にハルヒに語りかける。
「ハルヒ!アレは違う!お前の知ってる古泉じゃない!」
「え・・・?」
「敵だ!」

その言葉に即座に反応するハルヒ。
「アーチャー!飛ぶわ!着地よろしく!」
「逃げるのか?」
「違う!こんな狭い場所じゃ不利よ!校庭に下りるわ!」
そう言うとハルヒは、あろうことか屋上からぴょーんとジャンプで飛び降りた。
制服のスカートがふわふわと風に揺れる。
え?俺どうすればいいんだ?着地よろしくってことだからとりあえずは・・・。
俺も屋上からジャンプする。不思議と怖さは全くなかった。
そして身体が軽い・・・。力も漲っている・・・。これがサーヴァントの力か?
急降下する俺とハルヒ。近づく地面を前に、俺はハルヒを抱きかかえ、着地する。
こんな高さからなのに勿論痛みは全くなかった。

校庭の真ん中へと走る俺とハルヒ。ちなみに俺はとっくに実体化している。
ここまで来れば・・・と思った矢先、
「おやおや、出会った瞬間に逃げられるなんて結構ショックですよ?」
古泉に似た蒼い男が既に先回りしていた。コイツ・・・!何てスピードだ!

「あんた・・・サーヴァントね?」
ハルヒが男を睨み、言い放つ。
「それがわかるということはあなた方は僕の敵ということでよろしいのですね?」
男が槍を構える。紅く、毒々しいフォルムの槍だ。
「アーチャー!!」
ハルヒが叫ぶ。それに呼応するかのように男の前に立つ俺。
ハルヒに戦わせるワケにはいかない。こうなったらやるしかない!

しかし・・・俺はどうやって戦えばいいんだ?
以前からケンカなんて殆どしたこともないし、腕力にも自信が無い。
何より目の前でニヤニヤと笑うこの蒼い男の圧倒的な威圧感と、
その笑顔の裏からどうしようもなく放たれる殺意に対抗できる気がしない。

と、その時――例の『情報』の流れが頭の中に入ってくる。
そしていつのまにか俺の両手には、重くずっしりとした短剣が2つ、しかと握られていた。
何だこれ?急に出てきたぞ?

「ほう、二刀流ですか。少しは楽しませてくれそうですね」
男が目にも留まらぬ速さで槍を繰り出す。
カキーーーン!!!
やられる・・・と思った瞬間俺の短剣がそれを弾いていた。
身体が勝手に動いた?
一体俺はどうなっているんだ?

その後も俺は男の繰り出す槍撃を、両手の短剣でことごとく弾いていた。
その過程で、少しずつではあるが男の繰り出す槍の軌道が見えてきた!

カキン!カキン!カキン!カキン!カキン!カキン!・・・・

剣裁の音が、夜の無人の校庭に響き渡る。
ハルヒは息を飲み、俺と男の戦いを見つめている。
槍を繰り出しながら男が語りかけてくる。
「あなた・・・さっき『アーチャー』と呼ばれてましたよね?
しかし、二刀流使いの弓兵なんて聞いたことありませんよ?」
その口調は本当に古泉そのものだった。
「フン、そんなのは知らん。
俺ですらよくわかっていないのんだからな」
どうやら俺も、皮肉を返せるぐらいに完全に目も身体も慣れたようだ。
男は埒があかないと感じたのか、槍を繰り出す手を止め、
バックステップで俺と距離をとった。

「そうですか。どうやらあなたはこの戦争におけるジョーカーたる存在のようですね」
そう言って、地を舐めるような低い姿勢をとり、両手で槍を構える蒼い男。
「そういう人には早々と消えていただくのが得策でしょう。
あなたはちょっと僕の好みだったんですけどね。残念です」
オイオイ、この世界でも古泉はウホッな変態なのか、とツッコんでる場合ではない。
男の構え、そして禍々しく突き出される槍、それらが放つ殺気は先程とは比べ物にならない。
まるで、これから繰り出される攻撃に対し、いくら抵抗しても絶対的な『死』が約束されているかのように思える、
それくらいに圧倒的な殺気だ。
「少々名残惜しいですが、死んでもらいますよ」

男が、その技を繰り出そうとした時――
校庭の隅に、1人の少年の姿があるのを、俺の瞳が捉えていた。

あれは・・・もしかして・・・!
その少年は、校庭で繰り広げられる非現実的な光景に恐れをなしたのか、一目散に闇へと消えていった。
そしていつの間にか、蒼い男は構えを解いていた。
「邪魔が入りましたね。この続きは、またいずれ」
そう言い残すと、男は目にも留まらぬ速さで闇へ消えていった。

「助かったのか・・・?」
思わず安堵のため息をついてしまう俺。
ふと、振り返るとハルヒが小さく笑顔を浮かべて言う。
「アンタ、なかなかやるじゃない。見直したわ。
それより、あのサーヴァント、おそらく『ランサー』ね。」
だろうな、槍を使っていたしな。
「あの口ぶりからして、学校の結界はアイツが仕掛けたものではないようね」
そうだろうな。しかし俺にはひとつ気になることがあった。
「それよりハルヒよ。アイツなんで逃げちまったんだろう?」
その質問をした瞬間、ハルヒの顔が何か重大なことに気付いたかのように、緊迫したものになった。
「アーチャー!!ランサーの後を追って!!」
そして、焦りを隠さない声で、そう叫んだ。

ハルヒの焦りの理由はこうだ。
昨夜、ハルヒ自身が話していたことだが、基本的に魔術や魔術師の存在は、
一般人には隠匿されなければならないものらしい。
それがこの世界の『ルール』だと、ハルヒはそう言っていた。
そしてそれは勿論この『聖杯戦争』にも言えることだ。
もし、一般人にバレてしまうようなことがあれば、その時はそれ相応の『処理』をしなくてはならない。
つまり――『目撃者は消す』――という絶対的なルールが存在するのだ。
そこから導かれる結論、それは――さっきの少年をランサーが殺す、ということだ。
おそらくランサーはそれを優先し、戦闘から離脱したはずだ、とハルヒは言う。
これは・・・マズイ事態になったな。

俺はハルヒを抱え、夜の校内をこれでもかと言わんばかりのスピードで駆けた。
このサーヴァントの身体のおかげで、そのスピードは一般人のそれを凌駕している。
しかし、あのランサーは更に速かった。果たして追いつくか・・・!

そして、辿り着いたのは、暗く静まり返った廊下。
そこにあったは――
胸部からおびただしい血を流し、仰向けに倒れる――
物言わぬ『俺』の亡骸だった。

確か、あの時俺の目が捉えたのは確かにこの世界の『俺』の姿だった。
それにしても・・・まさか『俺』が殺されてしまうなんて・・・。
吐き気がする・・・。眩暈がする・・・。贓物を全て吐き出しそうな感覚に襲われる。
目の前の光景が信じられない・・・。
しかし、俺以上にその光景を信じられなかったのはハルヒだった・・・。

「・・・うそ・・・うそでしょ・・・?どうしてアンタが・・・?」
小さく搾り出すハルヒ。その顔に浮かぶ表情は俯いているためか、俺からは窺えない。
「あたしの・・・あたしのせいだ・・・」
そう言って、膝をつくハルヒ。その肩はワナワナと震えている。
俺は・・・そんなハルヒにかける言葉が見当たらない・・・。
チクショウ・・・!どうして俺はこんな世界に・・・!
『俺』が理不尽に殺され、ハルヒが理不尽に涙を流す、どうしてこんな理不尽な世界に俺は連れて来られちまったんだ!
行き場のない怒りが俺を支配する。

そんな俺を尻目に、涙を拭いたハルヒは何かを決意したような、神妙な面持ちでいた。
「こうなったら・・・『アレ』を使うしかないわね・・・」
そう言うとハルヒは制服のポケットから小さな赤い宝石を取り出し、それを『俺』の胸の上に置いた。
「アンタだから・・・助けるんだからね・・・」
ハルヒは小さくそう呟いていた。

そしてハルヒはすっくと立ち上がると、
「帰るわよ、アーチャー」
「おい・・・いいのか・・・その少年は・・・」
「いいのよ。あと数分で目を覚ますはずだわ」
心底、そのセリフには驚かされた。

帰り道で聞いた話によると、あの小さな赤い宝石はハルヒの家に代々伝わるものらしい。
なんでも、人の命を救うことが出来るという反則的な効力の石らしい。
それだけの宝具だ、ハルヒがどれだけ大事にしていたか、聞かなくてもわかるほどだ。
そんなものを『俺』の命を救うために惜しげもなくハルヒは使った。
その時のハルヒに迷いはなかった。
      • 果報者だな、『俺』よ・・・。

しかし――夜はまだ終わらなかったのである。
そもそもなぜ気付かなかったのだろう。
ハルヒは言っていた、『目撃者を消すのが絶対のルール』と。
そしてそれを先程、ランサーは厳格に実行した。
だとしたら・・・今頃目を覚まし、要領を得ないまま自宅に戻っているはずの『俺』を、
あのランサーが放っておくとは、到底思えない。
俺がその危惧をハルヒに伝えると――
「アンタ!気付いたんだったら何でもっと早く言わないのよっ!!」
と、大噴火し、家を飛び出した。
どうもこの世界のハルヒには少々抜けたところがあるらしい。

「急ぐわよ!!『キョン』の家に!!」

ハルヒは――そんな『俺』の名を叫んだ。

そして、その瞬間――俺は全てを思い出した。

闇夜の街を、ハルヒを抱えて走る俺。
どうやら『俺』の家の場所をハルヒは把握しているらしい。
一応俺はハルヒの道案内に従っているフリをしていたが、
その実、俺も既にその場所はわかっていた。
だって『俺』自身の家だもんな。わからない道理がない。

そして、目的の場所に着く。
以前の世界で俺が住んでいたのと変わらない一軒家がそこにはある。
ただ少し違っていたのは、以前はなかった大きな庭がついていたことと、
その一角に、物置と言うには多きすぎるくらいの立派な小屋があったことくらいか。

「急ぐわよ!アーチャー!」
ハルヒは俺の腕から降り、一目散に駆け出す。
と、その時、『俺』の家の庭から眩しい光が放たれる。
思わず目を閉じてしまう俺とハルヒ。
それと同時に聞こえてくる声、
「これはこれは・・・!ここはいったん引かせてもらいましょう!!」
聞き覚えのあるそれは紛れもなく、古泉に似たあの蒼い男のもの。
そして俺の視界は塀を飛び越え、苦笑いをたたえながら闇夜に消えていくその蒼い男の姿を捉えていた。
「ッッ!!今のはもしかして・・・ランサー!?」
ハルヒはさらに駆ける。
そして、庭へと通じる門をくぐろうとした瞬間、

ビュン!!

俺の目の前に何か鋭利な刃物のようなものが飛び出したように見えた。
まさかランサー・・・!?
いや・・・槍なんかではない!今のは間違いなく、『剣』が空気を切り裂かんとする音・・・!

「止めろっ!!セイバー!!ソイツは・・・ハルヒは俺の知り合いだ!!」
同時に聞こえてきたのは・・・紛れもない『俺』の声・・・。

そして繰り出された剣先は・・・俺の鼻の寸前で止まっていた。
ハルヒは唖然とした表情で、その剣を繰り出した『誰か』を見つめている。

月明かりに照らされ―――
泰然自若とした空気を身に纏い――
『目に見えない』剣を俺に突きつけ――
静かに静かに佇んでいる――
北高の制服とカーディガンを身に纏った少女――
俺がその姿を見間違えるわけはない――

『セイバー』と呼ばれたその少女は――
正真正銘――あの長門有希であった。

あの長門が・・・これまでどんな窮地においても俺を助けてくれた長門が・・・
なぜ今俺にこうして剣を向けているのか・・・?

もしかしたら長門は気付いていたのかもしれない――
俺がついさっき思い出したこと――
俺が以前の世界で最後に自分自身に抱いていた――
本気で自殺したくなるほどの自己嫌悪と――
俺が今この世界で今この瞬間抱いている――
『キョン』と呼ばれる少年に対する――
堪えようのない憎悪と殺意に。

第1章 完



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