「ストラァーイク! バッタアウトォッ!!」


スポーツの秋、という言葉を知っているだろうか。
他にも格言がある通り、秋とは過ごし易い季節の一つでもある。
さて、ここで問題だ。
俺達SOS団(既に一括りにされているのが哀しいが)は、何故ここにいるのか。
何、ヒントが少ないって。
仕方が無い、まずここは市内にある野球場だ。
そして俺は、現在ネクストバッターサークルと呼ばれるものの中にいる。
ああ、それじゃ『何をやっている』かはわかっても『何故ここにいるか』はわからないか。
目敏いな、おい。
わかったよ、それは順を追って説明しよう。
とにかく、今は目の前のことに集中しないといけないからな。


「キョン!!」


バッターボックス手前、見慣れた黄色いカチューシャが揺れる。
ていうか、そろそろ本名覚えろよ。


「何だよ…」


何故、こうなったのか。
説明することは、とても易い。
だが、理解するのはし難い。
何ともまあ、アレな状況な訳だ。
SOS団状況。


「ここであべっくほーむらんとやらを打って、一気にサヨナラよ!!」


「打てるかっ! んなもんっ!!」


溜息を吐く。
何故、こうなったのか。
とりあえず、順を追って説明することにしよう。



「キョン! 明日までに九人集めて来なさい!!」


「…は?」


ホームページの更新(秋用にしなくてはならないらしい)をしている俺の元へ、災いの種。
始まったよ、いつもの病気が。
いつもと変わらない、秋のSOS団部室。
だが、その見解は間違っていた。
"いつもと変わらない"が"嫌だから"という、"涼宮ハルヒ"という人物がこの"SOS団"というものを立ち上げたんじゃないか。
つまり、日常は無いのだ。


「今度は何の気紛れだ…そんなもんに、付き合う暇は」


「団員は五人! 残りは四人だからね! 後宜しく!!」


そのまま、ひゅっと部室から走り去るハルヒ。
いや、ちょっと待て。
完全無視かい、アイツ。


「おやおや…始まりましたねえ、涼宮さんの"気紛れ"」


向かいのテーブルでバックギャモン(とかいう、長門がだんだん専門書とかを見るようになったように、古泉もだんだんマイナーなテーブルゲームを持ってくるようになった。)をしていた古泉が、思い出したように話しかけて来る。


「他人事じゃねえっての…」


危機感持てよ、お前等。


「まあ…今回の件は慣れたことですし、簡単に済ませるでしょう」


持っていた本を閉じると、そのまま本棚に戻す。
ちょっと待て、慣れたことって。


「ほらほらあーっ!!千本ノック行くわよーっ!!」


「「「お願いっしまーすっ!!」」」


「……」


あまりにも、聞き慣れた声だった。


「先程、そのような電話をなされていましたから」


「……」


いや、説明遅いから。
そのまま、背凭れに身を預ける。
ああ、せっかくの休日なのに。
そう思いつつ、明日のメンバーについて思案している俺がいた。


 

「って前回と同じじゃない!!」


「知るかんなもん! 九人集めりゃ良いんだろ!!」


翌日俺達は、学校のグラウンドに集まっていた。
俺。ハルヒ。朝比奈さん。長門。古泉。鶴屋さん。谷口。国木田。妹。
以上、前回と寸分と変わらないメンツ。


「しょーがないわねぇ…我慢してあげるわ。アンタにしちゃ頑張ったんだろーし。」


アンタにしては、って何だよ。


「えーと、野球するわよ」


直球(アバウト)過ぎだろ。


「とりあえず、相手来たらウォーミングアップするから。以上!」


こんなに適当過ぎなのを「以上!」の一言で片付けるなよ・・。
そのまま、野球部の部室の方へ歩いていくハルヒ。


「ま…また野球…なんですか…」


一通りの話を聞いて、マジで凹んでる朝比奈さん。


「今日は簡単なポジションにしますから、大丈夫ですよ」


とりあえず、気は紛らわせておこう。
どちらにせよ、立ちっ放しなんてポジションは無いんだし。


「あ、ありがとうございます…でも、そしたら皆さんのシワ寄せが…」


「大丈夫ですって!俺の親友達も張り切っちゃって張り切っちゃって…ホラ、アイツなんてもう半裸でノックを受ける気満々っすから!」


「勝手に半裸にすんなっ!!」


何だ、乗ってくれるとはわかってるじゃないか谷口。


「あは…ありがとうございます、キョンくん」


そういって、笑顔を見せてくれる。
ほら、俺のギャグに乗って良かっただろ。
なあ、そこの半裸の谷ぐ


「って本当に脱いでんじゃねーっ!?」


「いやあ!ボク、半裸でノック受ける気満々っすよおっ!!」


そのままバシッ、バシッとグラブを叩く谷口。
まあ、後は予想通りだ。
後は団長からの、アップ前のアップを受けただけだから。


 

「キョン、ちょっと来なさい」


ノックバットを放り投げ、ベンチへ下がってくる。
勿論その先のショート定位置には、半裸の男が倒れている訳だが。


「ポジション考えるから」


「やっと、真面目な話って訳か…」


安心のあまり、溜息が出る。
ハルヒが座った隣に、並んで腰を下ろす。


「ピッチャーはあたし。後は勝手に決めて良いわよ」


すみません、帰って良いですか。
言った瞬間ボコられることは確定しているので、口に出さずに考え始める。
「…キャッチャー長門。ファーストは…朝比奈さんで良いか?セカンドは国木田…」


「ふ~ん…アンタにしちゃ、結構良いセン行ってるんじゃない?」

そう言って、軽く微笑む。
素直に褒められんのか、お前は。
何だかんだで笑ってるハルヒに、俺は苦笑いを返す。
(ほんのちょっとだけ)ハルヒの意見も取り入れ、ポジション、打順共に決まった。


(大丈夫なのか…コレで)


まあ、不安は拭えないのだが。




1,古泉一樹(レフト)
2,長門有希(キャッチャー)
3,涼宮ハルヒ(ピッチャー)
4,キョン(センター)
5,鶴屋(サード)
6,谷口(ショート)
7,国木田(セカンド)
8,朝比奈みくる(ファースト)
9,キョン妹(ライト)




「…待て、何でお前が三番?」


「そりゃあ、三番最強説でしょ!」


もしかして、それをやりたいだけで野球始めただけじゃないだろうな。


 

各自キャッチボールしたり、雑談したり、半裸で倒れていたりする風景をハルヒと並んで眺める。
これで終わったら、日曜も楽しく終わるんだけどなあ。


「遅いわね…相手チーム」


「そういや…今回は、普通の草野球チームなんだよな?」


当たり前でしょ、と言い切る。
こいつが選んだ相手って、ロクなことが無さそうな気がする。


「谷川ジャイアント・ワークテイカーズって言ってね、隣町の草野球チームなんだけど…」


何か、コメントし難いチーム名だな。


「何か市営のグラウンドを追い出されたらしくてね、土日にここのグラウンド使いたいらしくて」


「はは、何か?俺等が負けたらここを使わせるってか?」


「そうだけど?」


「はは、そりゃ傑作だな…ってちょっと待てーっ!?」


危なく、ノリで流されるところだった。


「勿論、そのことは野球部に話してあるんだろうな…?」


「無いわよ」


ゴメン、今日遠征の野球部の皆。
俺、知らなかったんだ。


「勝てば良いじゃない!」


うわー、簡単に言ってるー。


「あたしが投げて、あたしが打つ…完璧じゃない!」


そういって、前回何点取られたんだこいつ。
流石に、二度はあの手は使えないし。
弱い奴等が、来てくれることを祈るしか―。


「「「お願いっしまあーっす!!」」」


一瞬、時が止まる。
SOS団の、誰もが動けなかった。
その姿は、体育会系デカマッチョそのもの。
勝てる気なんて、全くしない。


「手頃な相手じゃないの!」


そうやって笑えてるの、お前だけだからな。


 

「「「………」」」


絶句って、こーゆーことを言うんだろうな。
あまりにも、レベルが違い過ぎる。
グラウンドに声は、無い。
その代わりに、ボールを打つ音と取る音が断続的に聞こえて来る。
ハッキリ言えば、こいつ等は上手い。
内野守備・連携は完璧。更に外野の捕球もカバーもソツは無い。


(マジかよ…)


早速、頭を抱えることになろうとは。
何でこう、楽しい野球が出来ないんだろうか。
黙ってやってたって、楽しくないじゃないか。
誰かが、深い溜息を吐く。
だが、誰もそれを咎めようとはしない。
誰もが、同じ気持ちなのだ。
それを、どう裁こうというのだろうか。


「暗い…暗い…暗あああああーいっ!!」


いたよ、一人だけ。
どうしたって、諦めないヤツが。


「何よっ!あんな声も出てない奴等に負ける気なのっ!?…冗談じゃないわっ!!あんな根暗集団にっ!!」


それは違うんじゃないか、とは誰の弁だろうか。


「いい!?あたし達は声を出していくのっ!!…それこそ、誰かのミスをカバー出来るくらいにね!」


何か、珍しく良いこと言ってるぞ。


「楽しくやって、楽しく勝つ!それがSOS団流よっ!!」


二回目だけどな、野球。
そんなこと行ってる間にも、相手のノックはキャッチャーフライを以って終わりを告げる。静か過ぎる。


「絶対勝つわよっ!!」


「「「おぉーっ!!」」」


乗せられ易いなあ、俺達も。
まあ、やるからには勝つつもりで行くか。
負ける気なんて、もう無かった。


 

ハルヒの自信満々なジャンケンの結果、こっちは後攻に。
というか、いくらなんでも後攻を選ぶか。


「強い方が、後攻を選ぶものなのよ」


頼むから、その間違った情報と思考を何とかしてくれ。


「いい?先制点は絶対にやらないわよ…やったら、承知しないからね!!」


投げるの、お前だけどな。
そのまま、守備位置に付く。
うーむ、俺センターってのは間違えたかな。
いくら外野の守備固めとはいえ、セカンドより遥かに遠い。
ハッキリ言って、面倒だ。


「キョーン! 守備位置まで走るのよーっ!!」


「…なんでそんなに高校野球基準なんだよっ!!」


その声に、無理矢理足を回す。
全く、嫌になる。
やっぱり、国木田と替わってもらうかな。
ハルヒが許さない気がするけど。


「いっかあーいっ!! 声出してくわよーっ!!」


だから、それキャッチャーの仕事だろ。
まあ、長門が出したら出したらで怖過ぎるんだが。


「プレイッ!!」


主審は相手側、テイカーズの人にやってもらっているらしい。
まあ、あんだけ上手きゃ贔屓することも無いだろうけど。
相手先頭バッターは、ライトの椎名。
見た目は若い、俺達とそう変わらないだろう。
全員そうなのだが、恐らく高校生~大学生の集まりなのだろう。
勿論殆ど経験者なのだから、気を抜く訳にはいかない。
初球、インハイにストレートが決まる。
際どい位置だが、ストライク。一つ儲けたな。
次はアウトローにもう一度ストレート。また際どいがボール。
というか、よく対角に放れるな。
やっぱりアイツ、天才肌かも。
三球目はド真ん中高め、これは椎名がカットしてバットネットに鋭く突き刺さる。
って待て、前に飛んだらセンターに来るじゃないか。
四球目は、さっきと同じコース。


(来る―!?)


さっきのスイングなら、ライナーでセンター前。
俺は、脚を動かした。


「―ストライク!バッターアウトォッ!!」


「あっ…!?」


来なかった。
というより、俺が驚いたのはそこじゃない。
今、ハルヒが投げたボールだ。


(…落ちた、のか?)


殆ど、球速は落ちてはいない。
つまり、あの球は。


「―フォークって言うより、SFFか」


SFF(スプリットフィンガーファストボール)。
速く鋭く落ちる、いわば高速フォークだ。
なるほど、面白い試合にはなりそうだ。


 

「セカンッ!!」


ハルヒが、叫んだ。
そこにいるのは俺では無く、国木田。
難なく捌きファーストへ送球。
まあ、問題はその後なのだが。


「わっ、わっ、わっ…!!」


危なっかしくキャッチングし、ツーアウト。
もしかして、俺一番ファーストにしちゃいけない人をファーストにしたかもしれない。
だからといって、妹をファーストにしたら半端じゃない送球精度を期待しなくてはならなくなるが。
まあ、とにかく二番セカンドの鈴木をセカンドゴロに打ち取った。
どうやら、前回ファーストだった国木田もそこまでセカンドに違和感は無いようだな。
三番は下條、と言ったか。
同じポジションだから、何となく覚えている。
身長は俺とそこまで変わらないが、如何にも飛ばして来そうな雰囲気を出している。
センターとライトは止めてくれよ。
まず、長門が要求したのはアウトロー。
だがストライクゾーンに入っているのか、下条は振りに来る。
鋭いスイングだったが、空振りボールは長門のミットの中へ。
もしかしたら、ミートは得意じゃないのかもしれないな。
次は、真ん中低目から


(SFF―!?)


確かに、ボールになったはずだった。
だが下条はそれを掬い上げ、センターへ打つ抜く。
おい、冗談にならないぞ。
俺は目を切り、とにかく追う。
間に合ったとしても、ギリギリ。


(間に合え―!)


半ば願うように、グラブを上に突き出した。
衝撃。
スリーアウト目は、何とか俺の手で奪うことが出来たようだった。


 

「やるじゃない! キョン!!」


走って戻ってきた俺の背中を、ハルヒが叩く。
まあ、完全に偶然だけどな。


「ナイスプレーです、キョンくん!」


「いやあ、大したことじゃないですよ」


まあ、言われて悪い気はしなくは無いですけどね。
こちらの一番は、謎の転校生古泉。
一回、二回とバットを振り左打席へ。
あ、あれ?


「何でアイツ、左打席なワケ?」


「涼宮さんが、『一番レフトなら左打席よっ!』って矯正していましたけど…」


アイツ、また余計なことしやがって。
古泉なら、右打席でもそこそこ打てるってのに。
そして、その初球。


「ってセーフティかよ!?」


「『一番レフトなら、初球セーフティバント』だって涼宮さんが。」

アホだ。全然ルールをわかっちゃいない。


慣れない打席だからかはわからないが、球が強過ぎてサード正面。
それをサードが難無く捌き、ワンナウト。


「……」


本日二回目です、絶句。
誰だよ、ハルヒに間違った日本の野球を教えたヤツは。正岡子規でも恨むか?


「いやあ、難しいものですね…」

お前もそう言って爽やかに戻ってきてるけどな、逆打席でバント出来る方も凄いぞ。
やっぱり、SOS団の恐ろしさを再認識するのであった。


 

さて、ワンアウトながらバッターは二番長門。
確かに、『バントを決めろ!』とかそういう命令には強そうだけどな。


「有希!気にすることは無いわっ…練習通りに、思いっ切りセンター返しよ!!」


それはそこそこ努力したヤツに言う台詞だ、ハルヒ。
そう思った、瞬間だった。
ストレートを、難無く打ち返してみせたのは。


「は?」


だがピッチャー真正面、体勢を崩しながらも相手ピッチャー肩慣は取ってみせた。
ピッチャーライナー、惜しくもツーアウト目を喫する。


「…野球、難しい」


お前が言うと、とても安っぽく聞こえるのは何でだろうな。
さて、ツーアウトながらはバッターは(本人的には)大本命。
団長である、三番、涼宮ハルヒ。
相手ベンチの声こそ聞こえないが、女子高生であれだけのストレートと変化球を見せたのだ。
当然、上位打線ということもあり警戒してくるだろう。


「さあ! 来なさいっ!!」


だが、そんなことは本人は知らず。
知らんぞ、ビーンボールとか来ても。
だが、確かに一球目はそれに近い球だ。
インハイ、そのまま真っ直ぐ行けば肘に当たる球。
だが、ハルヒはそれを避けようとはしない。
むしろ、そのまま振り切って。


「ハルヒ、危な―」


「えーいっ!!」


気付いた時には、右中間フェンス直撃のツーベース。
盛り上がるベンチに、本人は呑気にVサインなんかを送る。
なるほど、カーブか。
よくわかったな、アイツ。


「キョーン! 絶対あたしを還しなさいよぉーっ!!」


というか、バッター俺かよ。


 

二死二塁、バッターは四番。
聞こえは良いけど、俺なんだよな。


「あたしを還さなかったら、どうなると思ってるんでしょうね!?」


大丈夫だ、何となく理解はしている。
認めたくは無いが。
俺には、前の三人のように超人的なスキルは無いからな。
とにかく、一球目は見よう。
長身から振り下ろした腕から、一投目が投じられる。


「ストライークッ!!」


「うおっ…」

速い。
アウトハイへの球だったが、反応し切れなかった。
よく打ってたな、三人とも。
まあ、次はフルスイングするか。
『ホームラン狙ったんだよ!』とか誤魔化せば何とかなるはずだし。
二球目は、構わずフルスイングだ。
フッ、と腕が軽くなるのを感じた。


「打っちまった―!?」


マズイ、セカンドの頭だ。
と思ったが、強いライナーの当りでセカンドも届かない。
見る限りでは、ハルヒは既にサードを回ってる。
よし、先取点だ。
結果オーライと思いつつ、ライトはホームに投げると思うのでそのままファーストベースを蹴る。
が、蹴ったのが間違いだった。


どすっ。


「ごはっ!?」


腹部に、激しい衝撃が走る。
アレだ、何かブローに右ストレートを受けた気分だな。
まあ、アレだよ。
いわゆるボール、ってヤツだろうけど。


 

何とか、先取点は手に入れることは成功した。
まあ、四番としては役目を果たしたことになると思う。
だが。


「…ぐはっ」


何か、大切なものを見失った気がする。
ライトからの返球は思った以上にライナー性だったらしく、ファーストを回ったところでランナー、つまり俺に直撃したらしい。
そのまま俺から跳ね返ったボールをセカンドが拾い、もがいている俺にタッチ。アウトとなる。
その前のハルヒはホームを踏んでいた為、とりあえず先取点はゲット。
何か、嬉しくないんだが。


「いっ…一点は一点よ! この一点守るわよっ!!」


俺の為にもな。
だが、二回の裏にそれは起こった。
四番村田に放った第三投目、真ん中よりのインローの球が左中間に運ばれる。
だがレフトの古泉、センターの俺がいれば抜けることは無い。
と、思ったのだが。
そうか、一つだけあったんだ。
柵を越える、という選択肢が。


「オイオイ…骨折り損かよ…」


一対一。
俺の身体を張った一点も、ワンホーマーで同点に返される事態となった。


 

何とか五番田口をセンターライナー(低くて危なかった)、六番矢野をサードゴロ(流石鶴屋さん)、七番岸をショートゴロ(ノックの効果は大きかった)に抑え、後続は断つことに成功した。
だが、上位打線が駆使しての一点。
それを、四番の一振りで無に返されたのだ。
そのショックは、隠し切れない。


「んじゃっ、行ってくるっさ!」


だが、この人は意気揚々にバッターボックスへ向かう。
五番、鶴屋さん。何とも、羨ましい限りである。


(助っ人だしな…)


まあ、日曜に友達に付き合うってのもなかなか出来ないけどな。
ご苦労様です。
だが、性格ほどバッティングは大らかでは無い。
七球粘った結果、フォアボールを選び出塁。
しっかりと、先頭打者の仕事をこなしていたりする。


「谷口! ここはしっかりと頼むぞ!!」


確かに、谷口はお調子者だ。
だが、ここはしっかり決めてくれる。


「俺、性格程大雑把じゃねーんだぜ?」


いや、それはどうかと思うけどな。
ともあれ、意外にしっかりと仕事をし、送りバントでワンナウト二塁。
さて、ここでバッターは七番の国木田。
二回裏、ワンナウト二塁。
何とかこのチャンス、ものにしたいよなあ。


 

「じゃあ、行ってくるよ」


チャンスとか関係無しに、いつもの笑顔でベンチを離れる国木田。
監督も統率者もいない俺達にとって、殆どサインプレイは皆無だ。
国木田がここで、どう出るか。
それは俺達にも、予期せぬことなのだ。
勿論、ここで、


「「「セーフティバント!!」」」


なんてことがあったとしても、俺達には何の報せも無いのだ。
サードが急いで拾い、ファーストへ偽投。
結果としては投げられず、サード内野安打で落ち着くこととなる。
その間に鶴屋さんはベースカバーが送れたサードに滑り込み、ワンナウトながら一三塁。
おお、何か足を使った野球って良いな。
俺のは身体を張った野球だし。
さて、ネクストバッターはと言うと。


「いっ…いってきま~す…」


「「「……」」」


別に、期待してた訳じゃないさ。うん。
ツーストライク目に国木田が二塁を奪うも、三球目で見逃しの三振。
ツーアウト二三塁。
ワンヒット、二点。


「いってくるよ~」


「「「……」」」


皆、知ってるか。
一死二三塁って、二三振で0点なんだぜ。


 

三回の表、相手の攻撃は八番鳥谷。
どうやら引っ張りの打者のようだが、古泉の正面を突いてレフトライナー。
九番はピッチャー、肩慣。
草野球では珍しいが、ピッチャーだから九番に据えてるのかもしれないな。
長門も同じことを思ったのか、アウトコースで攻めていく。
が、それは案の定の結果を齎した。
見事にライト方向へ流し、ランナー一塁。
妹のヤツが逸らしたら二塁まで行かれる可能性があるからカバーに入ったものの、その必要は無かったようだ。
まあ、危なっかしいことには変わりないのだが。
さて、打順は一番に返って椎名。
さっきのハルヒの打球への対処から考えても、足はかなり速いだろう。
エンドランは、十分に考えられる。
初球、長門が要求したのはストライクからボールになるSFF。
だが。


「走ったあっ!!」


エンドランじゃない、これは盗塁だ。
長門も偽投はするものの、投げることは出来ない。
まさか、ピッチャーが単独で走りこんでくるとは。
この後椎名がヒッティングするも、ファーストゴロ。
朝比奈さんの肩でランナーが刺せる訳も無く(むしろ捕球出来たのも奇跡に近い)、自分でベースを踏みツーアウト。
またもやツーアウトながら、ランナーは三塁。
互いにピンチもチャンスも、続くものだ。


 

バッターは二番、鈴木。
一回表はセカンドゴロに倒れたものの、バットコントロールは優れている部類に入るだろう。
長門の要求は対角のボールが多く、確かに鈴木は前に飛ばすことは出来なかった。
ボール。ファール。ファール。ボール。ファール。ファール。
そして、平行カウントからの七球目。
(センター返し―っ!?)
ハルヒの右を抜け、俺の方へ。
勝ち越されるのを、確信した。
その時だった。
「うおりゃあーっ!!」
俺は、見た。
そこに、半裸で飛び付いていた男を。
いや、もうジャージだけどね。
だが、ボールは抜けてこない。
取ったのだ、あの男が。
そのまま立ち上がると、ボールをファーストへ送球。スリーアウトとなる。


「半裸ノックの力…ナメるんじゃねーぜ!!」


いや、むしろダメージで取れ無そうだけどな。
まあ、半裸の気合のプレイで点は失わずに済んだ。
さて、次の上位打線で追加点が無けりゃ辛いな。


 

折り返し地点も過ぎ、三回裏の攻防へと移る。
打順は功打順、一番古泉からだ。


「古泉くん!?絶対出塁するのよ!!」


お前は何もくれてやるな、本当に。
苦笑いを残し、古泉はバッターボックスへ向かう。
今度は先程とは反対の、右打席だ。


(そらそーだ…)


律儀の入る方も入る方だし。
ハルヒも何にも言ってないし、別にどっちだって良いんだろ。
初球はインハイにストレート。待球に徹したのか、古泉は動かない。
ワンストライクからの一球は、同じコースにカーブ。だが、古泉は動こうとはしない。


(何考えてやがんだ、アイツは…)


ツーナッシングからじゃ、まともにストライクを取りに来る方が馬鹿だ。
さっきより真ん中目に、三投目が放られる。


「ストライク―」


から、ボールになるカーブ。
酷く、渇いた音がした。
右方向へ向かう打球は、一二塁間を素早く転がっていく。
セカンドが、飛び付いた。
が、そこまで。
投げることは出来ず、そのまま古泉はファーストベースを駆け抜ける。
SOS団側ベンチは、大いに盛り上がる。
ノーアウトからのランナー。
さあ、試合はここからだな。


「……」


まあ、また俺まで回って来るんだけどな。


 

二番は、キャッチャー長門。
ハルヒが細々と耳打ちしているが、おそらく送るんだろう。
だが、聞いてしまった。
決定的な、何かを。


(…私とキョンで返すから、アンタは…)


待て、コラ。
勝手に頭数に含めるなっての。
長門はバッターボックスに入ると、そのままバントの構えをする。
相手バッテリーも想定内だったのだろう、キャッチャーは真ん中にミットを据える。
小さな音と共に、一塁側へとボールは転がっていく。
ワンナウト二塁、スコアリングポジションだ。
バッターは前回ツーベースヒット、(本当は主砲)三番ハルヒがバッターボックスへと向かう。


「さて…と」


さっきの作戦(?)、俺には話さないのかよ。
打つだけですか、スコアリングポジションにランナーがいたら。
渋々、俺もネクストバッターサークルへと向かう。
意気揚々とバッターボックスに入るハルヒだが、バッテリーも気付いているようだ。
ハルヒの、長打の理由を。


「……」


まあ、当然だろうな。
この試合、ハルヒにとっては節目になるかも。
続きがあれば、の話なのだが。


三番バッター、ハルヒに対して相手バッテリーが取った策とは。


(―オール外角攻め)


そう。
ハルヒはあくまで、筋力的には殆ど並に近い。
単純な力で言えば、俺や古泉の方が上のはずだしな。
バッティングは、いわゆる引っ張る方向の方が強い打球が行き易く打球が伸びる。
さっきの打球は、あくまでカーブを弾き返したから右中間へ飛んでいっただけなのだ。
だが、カーブより飛び難いストレートで外角攻めならどうなるか。


(……)


運が良くてさっきと同じ打球、または単打。
悪くて、凡打。


(…アイツの中で、凡退って言葉は無いんだろうな)


何かやらかしてくれる、それが涼宮ハルヒ。
直後。


「てえいっ!!」


外角の球を打ち返し、ライトライン際へと転がっていく。
追加点か、と思われたが古泉は三塁でストップ。
流石一番ライト、足は速い。
上手く回り込み、ハルヒの一打も単打に抑えられる。


「にしても…」


都合良過ぎ無いか、この試合。
再びスコアリングポジションにランナーを置き、バッターは四番。


(俺かよ…)


打たないと殺されそうなのは、俺だからだろうか。


 

スクイズ、外野フライ、ワンヒット。
いずれも、一点に繋がる行為だ。
が、SOS団にサインプレイなど存在しない。
つまり、だ。


(打つだけ…?)


ゲッツーとかだったら、俺この世から消えるかもしれない。
とりあえず、初球は再び待球。
三塁にランナーがいるから、変化球は無いと思うけど。


「ストライークッ!!」


この球威、だもんなあ。
一応四番だし、厳しいコースしか狙って来ないだろうし。
厳しいだろ。
二球目は、外角低めのボール。
だが。


(ハルヒのヤツ、走ってる―!?)


だが、キャッチャーは投げることが出来ない。
ワンナウト三塁から盗塁を刺そうなんて、殆ど有り得ない話だ。
とにかく、ランナー二三塁。
チャンスってか、ピンチが拡がったな(凡退した時の)。
第三球目は、今度はストライクコースの内角低め。


(振り切れ―!!)


思いっ切り引っ張るつもりで打ったのだが、この球は高々とライトへ。
決して、深いとは言えない。
やっちまった、と思いながらファーストへ走る。
ぱすっ、という音と共にグラブで収まる。


「走ったあっ!!」


だが、ウチの一番はそれだけでは終わらせないらしい。


(古泉っ…!!)


ライトが、ファースト・カットマンへと投げる。
だが、ファーストはホームを一見するとセカンド・サードへ偽投。
古泉は、既にホームに滑り込んでいたのだ。
ハルヒは若干の浅さもあり、走ることを躊躇ったらしい。渋々セカンドへ戻る。


「ナイスラン」


「いえ、キョンくんのフライがあってこそですよ」


ハイタッチし、そのまま二人でベンチへ戻った。
これで、殺されることは無くなったかな。
古泉に感謝しよう。


「それじゃ、続いて来るにょろ~」


と、笑顔でベンチを離れる鶴屋さん。相変わらずマイペースな人だ。
が、直後の初球をセンター前へと運ぶ。
ハルヒは一度はサードベースを蹴ったが、センターの巧返球に阻まれホームイン出来ずにストップ。
そして、期待のバッターは。


「っしゃあ! チャンス来たあああーっ!!」


「「「……」」」


三振に100億ペソ。


 

さて、回は替わり四回表。バッターは三番下條からだ。


「ちょっ…俺の打席は!?」


とりあえず、100億ペソは失わずに済んだ。日本円でいくらかわからんけど。
次はホームランを打った村田、出来ればランナーを出さずにこのバッターを迎えたい。
直後の、第四投目。


「ショートッ!!」


「汚名挽回のチャンス来たあああーっ!!」


返上しろ。
まあ、とにかくボールの正面に入り。


「「「……」」」


白球は、高々と大空へと舞い上がった。
こいつ、マジでファンブルしやがった。
センター寄りだったので俺が捕球し、ベースカバーに入っていた国木田に返球する。
当のエラーした本人は、捕球体勢のまま止まっている。
永遠なんだろうなあ、こいつにとっては。


「良かったな、汚名挽回出来て」


とりあえず、それだけは声を掛けておく。
ダウンの後、谷口だけ更にダウンが待っていそうだ。
さて、ランナー一塁。
再び、ノーアウトで四番村田を迎えることになった。
せめて、単打で抑えたいところだな。


 

さて、四回の守備は続く。
この試合唯一のホームランを打つ、四番村田。
ランナー一塁で、敬遠は難しい。
ハルヒの性格上、必ず勝負だ。
初球、国木田の頭を越えるライナー。


(マジかよっ…!!)


妹をカバーする為に、俺はライト寄りにいた。
が、それでも遥かに間に合わずフェンス際まで転々と転がっていく。
一塁ランナーはホームに到達し、バッターランナーも悠々に二塁へ。
中継の国木田にボールを渡し、守備位置へと戻る。


(また同点かよ…)


取ったら取り返す、正にシーソーゲーム。
ハルヒのヤツ、機嫌悪いだろうなあ。
と思ったら、マウンドでは見慣れたカチューシャが首を傾げている。
おかしいな、とでも思っているのだろうか。
怒っている、というより不思議がっているような。
そんな感じだ。
試合は進み、五番田口は送りバントをしっかりと決める。
ワンナウトランナー三塁から、六番矢野をサードゴロに仕留める。
これでツーアウト。バッターは七番岸。
ストレートに引っ掛けたのか、打球はふらふらとファースト裏へ。


「えっ…えっ…えぇっ!?」


自動車のように前を向いたまま下がるものの、朝比奈さんは追いつかない。


(落ちた―)


と思った瞬間、国木田が回り込んでおりガッチリと掴む。
頼りになるなあ、こいつのセカンドは。
とにかく、同点で四回の裏を迎える。
さあ、踏ん張りどころだな。


 

四回裏、バッターは七番国木田から。
今日は活躍しているし、もう一本欲しいところだ。
が、粘った結果の七球目。
掠ったファールは、高々と真上へ。キャッチャーフライだ。
仕方無し、と国木田はベンチに戻って来る。


「頼むぜ、下位がお前しか頼れないんだから…」


「僕だって、10割打てる訳じゃないからね…ちょっと難しいかな?」


「…まあ、そうだけど」


笑顔で言われると、説得力があるな。
さて、次のバッターは朝比奈さん。
せめて、フォアボールで歩いて欲しいのだが。


「キョン」


何か、こいつに久々に話し掛けられた気がする。
そして突き出した手に握られていたものは、試合球と同じボール。

「何だよ…?」

また、変なことを思い付いたんじゃないだろうな。


「あたしに、変化球を教えなさい。抜くタイプのヤツ」


「…はあ?」


四回裏、ワンナウト。
後半戦は、まだまだ波乱が待っている気がする。


 

五回表(何故スリーアウトになったのかは察してくれ)、相手の攻撃は八番鳥谷から。
さっきはレフトフライだし、引っ張り打者っぽかったな。
ライト寄りの守備から、定位置くらいまで戻って来る。


「ごかあーいっ! しまって行くわよーっ!!」

ハルヒが毎回と同じように一喝し、守備に入る。
だからそれ、キャッチャーの仕事だって。
一球目は、内角高めにストレート。
だが。


(体勢崩しても引っ張ってくるかっ―!!)


三遊間を抜け、レフト古泉の元まで転がってくる。
またもや、先頭打者を出す結果となった。


『あたしに、変化球を教えなさい。抜くタイプのヤツ』


「……」


まさか、とは思う。
いや、そうじゃないと考えられない。
まさか、とは思う。
その間、九番肩慣が送りバントを決めスコアリングポジションへとランナーを送る。
ワンナウトから、バッターは一番椎名。
三振、送りバントの二つながら振りは鋭い。そして既に対決は三度目。
一本が出ても、おかしくは無い状況だ。
その、一球目。
失投だった。
ド真ん中に入っていったストレートは、見事にハルヒの頭上を越えていく。
ワンバウンドで捕球した俺は、そのまま中継である谷口へと送球する。
ワンナウト、一三塁。
間違い無い。
俺は、タイムを取った。


「なっ…何よっ! 守備位置まで戻りなさいっ!!」


その言葉を無視し、俺はピッチャーマウンドへと向かう。
全く、何で言わないんだ。
いや、何で気付いてやれなかったんだ。
馬鹿同士過ぎる、マジで。


「お前、もう握力が無いんだろ?」


「なっ…!!」


何で、そんなことがわかるのよ。
言いたいことは、わかる。
SFF。
鋭く落ちるこの変化球は、確かに三振も取れるし凡打で打ち取ることも出来る。
だが、それ以上に負担が掛かることは明白だった。
指二本で支えるこの変化球は、プロだって多投は許されない。
必要以上に、握力を使うからだ。
更に言えば、こいつは変化球を一つしか持っていない。
掛かる負担、ストレートへの影響も少なくは無い。


「だから、抜く変化球を―」


「だから何よっ!?早く守備位置まで戻りなさいっ!!」


「…話を聞けっての」


こいつは、負けず嫌いだ。
最悪、四番を抑えなきゃマウンドを降りようとはしない。
だが、ハルヒの握力は殆ど残っていないだろう。


「…失点は許す。だけど、四番は抑えろよ」


「あっ…アンタに許されなくても、失点なんか―」


ハルヒの頭に、手を乗っける。
頼むぜ、団長。


「その後は俺が抑える…だから、それまで頑張れ」


そのまま踵を返すと、俺はセンターまで走っていく。
さあ、試合はこれからだ。


 

その後の試合は、あまりにも予想通りだった。
二番鈴木をゴロに仕留めるもショートの送球がズレ、朝比奈さんが落としてしまい勝ち越されてしまう。
ワンナウトランナー一二塁。
既に力が無いストレートは、三番下條に再びセンター前へと運ばれる。
俺が懸命のバックホームをするも、二塁ランナーが返り追加点。
4対2。
尚も、ランナー一二塁。
迎えるバッターは、四番村田。
ハルヒのストレートに、再び気迫が篭る。
初球をファールにされるも、振り遅れてファースト側サイドネットに突き刺さる。
一呼吸置き、セットポジションから一球。
内角、際どい高さ。
が、ここはストライク。
偶然ながら、これは大きい。
再び、一呼吸置く。
投げてくる。あのボールを。
セットポジションから、最後の一球。
一瞬だった。
僅かに変化した球は、レフト・センター・ショートの間へ運ばれる。
だが、アイツは叫んだんだ。


「キョン―!!」


「ったく…面倒だっての!」


口ではそう言うしか無い。
あまりにも、際どい位置だった。
でも、俺は約束してしまったんだ。


『後は俺が抑える』


だから、このボールは。

 

 

―誰にも、譲れない―


 

俺は、非日常なんてこの世に無いと思っていた。
だから俺は、日常に生きることを望んだ。
だけど、それは違うんだ。
それはただ、諦めていただけで。
非日常が無い、と思いたかっただけで。
だから、俺は。

 


 

―ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、超能力者がいたら、わたしのところに来なさい。以上―

 


 

純粋なあの言葉に、酷く、憧れたんだ。


 

 

そのまま、顔から滑り込む。
野球部のヤツに、聞いたことがある。
ファインプレーって、意外に取れた瞬間の感覚があるって。
あった。
俺の手の中に、その感覚が。
だが、まだプレイは続いている。
見えた。
二塁ランナーが、スタートを切っている姿が。


「国木田っ…!!」


形振りなんて、構ってられない。
そのまま、力の限り二塁へ送球する。




「―チェンジッ!!」




ああ、怒られないで済む。
結局それなのか、と思って苦笑いした。


 

SOS団のメンツに温かく迎え入れられ、ベンチへと戻って来る。


「よく守ったわね!キョン!!…さっ、反撃するわよっ!!」


お前はそれだけかよ、オイ。
誰の為に身体を張ったと思ってるんだっての。
まあ、バッターは再び一番からで古泉。
前の打席でセンターに弾き返している、十分に期待出来るバッターだ。

「涼宮さんも、感謝しています…自信を持って下さいね、キョンくん」


朝比奈さんのその言葉に、正直ドキリとした。


「えっ…ええ、でも別にアイツの為に飛び付いたワケじゃあ―」


「『後は俺が抑える』…だっけ~?」


そう言って鶴屋さんは楽しそうに、後ろから俺を撫でている。
しまった、内野には筒抜けだったのか。
谷口と国木田は何も言わないが、こちらを見て嫌な笑顔を浮かべている。
俺、一生の不覚。


「アウトッ!!」


そんなことやっている内に、古泉はショートライナーで凡退。ワンナウトとなる。


「こんなピンチでも、楽しそうですね。皆さん」


「そりゃあ楽しいから…な」


嫌味っぽく聞こえる古泉の言葉だったが、ベンチにいた皆が頷いた。
ただ、本当に俺達は楽しかった。
こうやって、普段集まらないメンツで普段やらないことをやるということは。
本当に、楽しいのだ。


「有希っ! 今度こそセンター返しよっ!!」


その言葉に頷く長門は、再び難無く打ち返す。
というか、アイツ手だけで打ってないか。
流石、としか言いようが無いな。


「さあっ! 真打ち登場よっ!!」


三回目だけどな、登場。
それ以前に、お前握力はどうなんだよ。
不安は、拭えない。


 

五回裏、ワンナウトランナー一塁。
バッターは三番、ハルヒだ。
だが、重大な問題がある。


(アイツ、握力は…?)


だが、意気揚々にハルヒは打席に入る。
何か、普通に打ちそうな雰囲気だな。
が、いつもアイツの思考はわからない。


「おっ…送りバント!?」


打ちたがり目立ちたがり、とにかく唯我独尊な涼宮ハルヒ。
それが、送りバントだって。


「…後は頼んだわよ、キョン」


ネクストに座る俺の肩を、そう言って叩くハルヒ。


「随分期待されてますね、キョンくん」


「まっ…裏切ったら、後が怖いからな」


苦笑いを残し、バットを一振りする。
これで二回目だというのに、慣れたもんだな。
そのまま、打席へと入る。


(期待…か)


されたことなんて、中学までは殆ど無かったな。
いい加減で、思い付きで。
日常を、何とか非日常にしようと頑張っていた。
なあ、ハルヒ。
一体俺は、お前の何なんだ。
俺をどう思って、行動してるんだ。
ごすっ。
だが、その考えもそれで途切れることとなる。
まあ、アレだ。
ブロー。


「ぐはっ…!?」


本日二度目は、脇腹を抉るデッドボールだった。


 

ツーアウト一二塁、フリーで打てる場面で頼れるバッター、鶴屋さん。
だが惜しくもショートが飛び付き、俺が二塁フォースアウト。チェンジとなる。
というか、俺呪われてるんかな。


「…ドンマイ」


長門、何か意味深で怖いぞ。
さて、ベンチからグラブを取りセンターへ。
だが、先客がいた。


「…何やってんだ、ハルヒ」


「アンタこそ、何やってんのよ」


何なんだ、この食い違いは。


「アンタ、マウンドでしょ?」


「…は?」


ちょっと待て、マジで言ってるのか。


「『後は俺が抑える』、って言ったじゃない」


いや、言ったけどさ。
俺が投げて、抑えるって意味なのかよ。


「…センターとピッチャー、交代」


コラ、そこのキャッチャー。
勝手にポジションチェンジを申告するな。


「逃げ場は無い、ってことよ」


ニヤリ、と子悪魔的に笑うハルヒ。


「……」


長門の助け無し、マジでピッチャー。
六回表、バッターは五番から。
助けてくれ。


 

「ろっかあーいっ! 守り切るわよーっ!!」


だから、センターがやるなって。
五番はここまで、センターライナーと送りバント。
フリーで打つ場面は二回目だし、様子を見て行った方が良いかもしれない。
長門が出したサインは、外角低め。俺は頷く。
振り被って、一球目。


「ヤベッ!」


引っ掛かった、ワンバウンドしちまう。
が、田口はそれを空振り、長門は長門でそれを難無く捕球する。


「……」


黙って返球するが、逆にそれが怖い。目が笑ってないというか。
だが、これである程度はわかったな。
田口は、ミートするのは得意じゃない。
猿真似のカーブで振らせ、最後は内角球で詰まらせる。
ショートの谷口も難無く捌き、ワンナウトを奪う。
次は、六番矢野。サードゴロ二つだな。
引っ張るのが苦手らしい。内角三つで決まりだ。
が、二つ目に問題があった。
すっぽ抜けた。


 

鋭い当たりが、俺の足元を襲う。


「うおっ!?」


それを間一髪避け、ボールはセンター方向へ。


「って避けちゃ駄目だろ!?」


だが、遅かった。
打球の足は速く、そのままセンターへ抜けていく。
はずだった。


「国木田!」


守備の方面では活躍している国木田が、ギリギリのところで捕球する。
その場でくるりと一回転すると、ファーストへ送球した。


「アウトッ!!」


こいつ、本当に初心者なのか。
俺の礼に対して爽やかの笑顔で返すが、裏があるようで怖い。

さて、気を取り直してツーアウト。バッターは七番岸。
二打席とも凡退だが、ショート・ファーストフライと上げているのはわかるのだが的は絞れない。
長門の要求を見る限りでは、三振を取る組み立てだな。
それには同感なのだが、こいつはこいつでこのリードはどこで覚えてきたのだろうか。
まあ、本一冊あれば十分なのだろうが。
初球、外角高めに一投を投じる。
だが、これを初球打ち。ファースト正面への低めのライナーとなる。


「って朝比奈さん!?」


マズイ、一番飛ばしちゃいけないところに飛ばしてしまった。
抜けても良い、避けてくれ。
だがその願いは叶わず、朝比奈さんはその場にしゃがみ込んでしまう。

(だから、危ないって―!!)


急いでベースカバーに走るも、打球に追い付くはずも無く。
打球は、そのまま。


ファーストミットに、収まった。



「有り得ねえーっ!?」


と思ったが、そのままミットからポロリと零れ落ちる。
俺の足も止まっていたが、バッターランナーの足も止まっている。
俺はそれを急いで拾うと、ファーストベースを踏む。
これにて、スリーアウト。


「ひぃ~…怖い~…」


「……」


この人、無自覚でやってるから怖いよな。
まあ、チェンジだし声を掛けるか。


「朝比奈さ~ん、チェンジですよ~?」


「ひぇっ!?ごっ、ゴメンなさいボールさん!ゴメンなさい!!」


「…スリーアウトっす」


愛らしいが、明らかに間違った反応だな。


「えっ…あっ、キョンくんが取ってくれたんですかっ!?」


「…そーゆーことにしといて下さい」


物理的に不可能とか、考えないのだろうか。
まあ、何にせよスリーアウト。


 

こっちの攻撃は半裸、谷口。
ヘルメットを被りながら、いそいそと上着を


「だから脱ぐなあああーっ!!」


「フッ…俺の決死の覚悟、見ていてくれ!!」


そのアップ前のアップに傷付いた胸板が、痛々し過ぎるんだが。
相手ピッチャー、引いてるし。


「作戦だっ!!」


嘘付け。


「この打席…全国の女性に捧げますっ!!」


全国の女性は、お前のこと嫌いだけどな。
とにかく六回の裏、ノーアウトからのバッターは六番半裸谷口。
というかアレだよな、自分で半裸キャラ作ってるだろ。
初球、内角ながら高さはド真ん中。


「おっしゃあああーっ!!」


狙い球だったのか、その球をフルスイングする。
が。


がきっ。


「「「……」」」


時は、止まった。


「うっわ…見事なボテボテ…」


ハルヒの冷めた言葉に、ワークテイカーズの面々と俺達の時は動き出す。
確かにボテボテだが、サードが反応し切れていない。
谷口の足も遅くない部類、十分に間に合う。
サードも急いで拾い、手だけでファーストへ送球する。


(ギリギリだ―!!)


ファーストは沈んでしまいそうな球を伸びて捕球し、谷口もヘッドスライディングでそれに応える。


「はっ…判定はっ!?」


「…セーフッ!!」


再び、SOS団側のベンチは盛り上がりを見せる。
ノーアウト、一塁。
前回は続かなかったものの、今回は先頭打者を出すことに成功した。
さあ、ここで一気に逆転するしかないな。


「ぎぃやあああーっ!俺の胸板がハートブレイクだあああーっ!!」


「「「……」」」


そらあ、半裸だし。
お前、色々と美味しいよな。


 

どうやら臨時代走の必要も無いらしく、試合は続行。
七番、守備職人の国木田。
って、お前一日にしてその肩書きを奪ったよな。
お前も谷口と違う意味で、美味しいヤツだ。
初球、内角に良いストレートが決まる。
力押しの場合、国木田に分が悪い。
小細工や隙を突くのは得意かもしれないが、真っ向勝負なら前打席と同じ結果が待っているかもしれない。
そして、二球目。


「走ったぞおっ!!」


谷口、お前何にも考えて無いだろ。
明らかタイミング的に、アウトだろ。
だが、それは国木田にとっては好機。
外せば良い、というピッチャーの心理を突いた見事なバッティング。
外角の外れた球を、見事にセンター前へと運ぶ。
偶然だが、エンドランの成立により谷口は一気にサードへ。
ノーアウト、一三塁。
バッターは、八番朝比奈さん。


「……」


ここは、二者三振の方が好ましいかもしれない。
まあ、ゲッツーでも一点だけど。


「タイム!」


ハルヒがタイムを取り、バッターとランナーを集める。
どう考えても、スクイズの相談をしているようにしか思えないんだけど。
朝比奈さんの背中をドンっと叩いてハルヒがベンチへ下がってくる。


「…スクイズか?」


その言葉に、ハルヒはニヤリと笑う。


「アンタが騙されるくらいなら、相手も騙されてるわね」


何か、ムカつくんだけど。
とにかく、こいつにはこいつなりの何かがあるらしい―。


 

さて、バッターは八番朝比奈さん。
今日二三振で、ウチの妹と共に下位打線街道をまっしぐらしている。
初球はボール、大きく外して来る。だが朝比奈さんもランナーも動こうとはしない。


(…まさか、ボール四つでフォアボールを狙ってるのか?)


スクイズをやるなら、間違いなく朝比奈さんでやる。
妹よりも朝比奈さんは背も高いし、多少外されても何とかなる。


(おいっ、ハルヒ…ファアボール狙ってんなら、間違いだ…!!妹じゃ、掠りもしねえっ…!!)


(…? アンタ、何言ってるの?)


その言葉、そのままソックリ返すぜ。
じゃあ、こいつは何を狙ったっていうんだ。
大きく外し、三つ目のボールがカウントされる。
ノースリー。明らかにスクイズは無い。
だが他に、朝比奈さんで出来る手とは。


(…思い付かねえ)


むしろ、スクイズだって危うい気がして来た。


「ストライークッ!!」


四球目は力が入ったド真ん中、ストレート。
駄目だ、フォアボールはコントロールミスが無い限りは期待が出来ない。
三振。
その言葉が、脳裏を過る。


「ストライク!ツーッ!!」


「キョン、見なさい…これが、あたしの『賭け』よ」


そして、六球目が投じられる。


「何も反応しなかった五球に対して…ピッチャーは、『全力の六球目』を投じられるかしら?」


「…マジかよ」


そこには、三振など無い。
あるのは、スクイズ。


「お前…スリーバントとか、考えねーのか…」


「たまには、こーゆー攻め方も『アリ』じゃない?」


再び、悪戯っぽく微笑む。
こいつには、勝てないなあ。
結局、朝比奈さん決死の六球目スクイズが綺麗に決まる。
谷口が滑り込み、ワンナウト二塁へ。
バッターは九番、妹。


「…こいつは?」


「…行きなさいっ! センター返しーっ!!」


何も期待してないだろ、お前。
とにかく、4対3。
一点差で、六回裏の攻防は続く。


 

「お疲れさま、朝比奈さん」


その言葉に、朝比奈さんは涙を浮かべる。


「こっ…怖かったれす~…!!」


そのまま俺に身を預け、泣き始める。


(…困ったな)


且つ、嬉しいな。
ビバ、草野球。


「キョン…どうやら、殺されたいようね…」


「さっ、青春の一ページを刻もうぜ☆」


さっと朝比奈さんを隣に座らせ、試合に集中することにする。
サラバ、ビバ草野球よ。


 

バッターは九番、妹。


「…頑張るよ」


小さく気合を入れ、妹が打席に入る。
うん、三振で良いや。
さっさと、ベンチに帰って来い。


「アンタ…シスコン?」


「そう思われても良いから、早く帰って来て欲しいんだ…」


国木田のことだから平気だろうが、妹が何を仕出かすかわからん。
頼む、何も起きずに三振してくれ。


「アンタ、激しくネガティブね…」


「妹想い且つ、チーム想いだと言ってくれ」


マジで。


「てりゃっ」


小さな気合と共に、フラフラとファースト裏へと飛んでいく。
うん、ツーアウトだな。
ファーストが目を切って、手を伸ばして。


とーん。


「「「……」」」


ヒットだった。


「…回れーっ! 国木田あーっ!!」


国木田もセカンドに触塁しており、落ちてからスタートを切った。
一点にはならなかったものの、再びワンナウト一三塁。
というか、今のが一点になったら逆に笑える。
さて、ここで一番に戻ってレフト古泉。
ここでもう一点を得て、同点にしたいところ。



「外野フライで一点…ですか」


似合わない笑顔でフルスイングしながら、打席に入っていく。
アイツ、マジで外野フライを打つつもりなのか。


「まあ、一点取れるなら言うことは無いけど…」


ハルヒもヘルメットを被りながら、バッターボックスに入る古泉を見る。
そして、初球。


「あ」


「「あ、じゃねえーっ!!」」


カーブを引っ掛けたのか、古泉の打球は予想を反して浅めのライトファールフライ。
古泉としては珍しい声と共に、ボールはライトのグラブに収まる。


「走ったあっ!!」


更に言えば、これは予想外だ。
殆ど暴走、国木田がホームに向かって走り込んでいく。
ライトから一本で返ってくるボールに対し、国木田はキャッチャーを避けるように手だけをホームに伸ばす。
クロスプレー。


「セーフッ!!」


暴走と思われたその走塁は、ブロックを押し退け同点のホームインとなる。
これで何とか、古泉の面目も保たれたようだな。



「ナイスラン!」


ハルヒとハイタッチし、国木田がベンチに戻って来た。


「お疲れさん…ナイス判断だったな」


「あは、ただ走りたかっただけなんだけどね」


「なるほどね、七回は回って来ないもんな~…ってオイ!!」


最後のスコアリングポジションだからって、走り込んだのか。


「まあ、同点になったから良いよね」


と、ニッコリと笑う国木田。
わからん、俺にはこいつがわからん。
俺だったら、間違い無く殺される(俺だから、という噂もある)。
そんなことも露知らず、バッターは二番長門。
ランナーは妹が一塁、ってかさっきので走らなかったのか。
まあ、突発的だったから仕方が無いけど。
初球、外角に外して来る。
長門は反応せず、そのまま見逃した。
そして、キャッチャーはボールを戻した。


―ファーストに。


「ピックオフだ! 戻れっ!!」


クソ、今まで使って来なかったから気付かなかった。
ピックオフ。
ピークイックと共に使われる牽制の一つで、早い話がキャッチャー牽制。
そのまま妹は困惑気味に、タッチアウト。
まあ、同点にはなったから仕方が無いだろう。
攻防は、最終回へと持ち越される。


 

最終回、表。
草野球は七回までなので、この回が最終回となる。
八回の攻防は、八番鳥谷から。
ここまでで鳥谷はレフトフライ・ヒットの二本。
完全な引っ張り打者だ。
外角で引っ掛けさせて、凡退してもらおう。
二つのファールを挟み、三球目の要求は真ん中カーブ。


「バッターアウトォッ!!」


まあ、見事に三振ってことでワンナウト。
九番、肩慣は九回も続投らしい。バッターボックスに立つ。
ライト前と送りバント、とりあえず内角に要求される。
が、そこは難無くカット。
次の要求は、同じコースにカーブ。


(真ん中に入るカーブは、一番駄目な気がするんだが…)


まあ、ちょっと外気味に修正して投げてみるか。
二球目を、投じる。
が、見事にセンターに弾き返される。
やっぱ、バッターによってなんだな。
スマン、長門。
一番椎名は、二打席目と同様に送りバントの構え。
長門の要求も、ド真ん中だ。
まあ、アウトを取り損ねない限りは村田までは回らない。
ここは素直に送ってもらって、ツーアウト二塁。
バッターは、二番鈴木。


 

ここまで鈴木は、エラーでの得点のみ。
だが三振は無いし、フリーで打ってくるこの場面は注意した方が良いのかもしれない。
要求は、アウトハイにボール球。
俺もこれに賛同し、真っ直ぐに放る。


「ボォッ!!」


だが、これは振らない。
やはり上位打線、選球眼は悪くないようだ。
次は、真ん中からボールになるカーブ。


「ボォッ!!」


(…振らない)


ここまで振らないと、逆に不気味だ。
長門もそう思ったのか、要求はド真ん中ストレート。
打たれても良い、半ばそんな気持ちで投げ込んだ。
キィンッ。


「しまっ―」


時、既に遅し。
俺の頭上を遥かに越え、センター前に運ばれる。
参ったな、勝ち越し点か。
マウンドで、空を仰ぐ。


「キョン! 退きなさあーいっ!!」


「は―」


がすっ


再び時、既に遅し。
センターからの返球が、俺の頭部を捉えた。
お前、コントロール良過ぎだろ。
テンプルを捉えた、白球は。
曲りなりにも、長門の元へ届いたようだった。

何、本日三回目ですか。


「…ナイスカット」


違うから。


 

「うぅっ…」


かなりクラクラするが、とりあえずツーアウト二三塁(俺に直撃してる間に、バッターランナーは二塁まで到達)。
点が入らなかったのが、奇跡とも思える。
バッターは三番、下条。左中辺りが得意コースか。
要求は初球からカーブ、低め一杯か。


(難しい…って)


だが、確かに有効なコースであることは間違い無い。
仕方が無い、根性で放るしか無いな。


キィンッ


「「……」」


マジかよ。
狙い通りのコースにはいったが、いかんせん球速が落ちたようだ。
そして、この回二本目のセンター返し。
冗談にならない。
抑えると宣言したはずなのに、三塁ランナーが還り5対4。
再びハルヒの送球を俺がカットし、幸いに二塁ランナーは三塁でストップ。
七回表、ツーアウトランナー一三塁。
バッター、四番村田。
マジかよ。


 

マウンドへ、内野陣が集まる。


「どうする? …二塁空いてるし、満塁策とか?」


「そーだなあ…五番ノーヒットだし、アリじゃねえか?」


「ん~…そだねえ、ツーアウトだし」


「…駄目だ」


駄目なんだ、それじゃ。
俺は、この四番を抑えなくちゃならない。
抑えなきゃ、俺は約束を破ることになる。
センターで、不機嫌そうにしているアイツとの約束を。
守れなくなるんだ、それじゃ。


「長門、無理を承知で頼む…四番と、勝負させてくれ…!!」


「……」


長門は、首を立てに振らない。
そりゃ、そうだ。
俺がキャッチャーなら、四番は敬遠。
四番との勝負を避けるんじゃなくて、四番と勝負する手立てが無いのだ。
それを承知で、長門にリードを任せる。
それはとても、無責任で。
それはとても、情けないことだった。


「…良いんじゃないの?真っ向勝負!ってのも格好良いよっ!!」


鶴屋さんがバンッ、と勢い良く俺の背を叩く。
痛いっす、マジで。


「まっ…全部お前に任す。 来た球を捌くだけだ」


谷口、お前ワンエラーしてるしな。
国木田と朝比奈さんは笑顔だけ浮かべ、会話には参加しようとはしなかった。
最後に、長門が口を開いた。


「…善処はする」


それだけ行って、キャッチャーボックスに戻っていく。


「…恩に着るぜ」


これが、最後の1/3になると信じて。


 

長門の要求は、外角低め。
まあ、これしか無いだろうな。
苦笑いする。
走られても構わない。俺は振り被る。
案の定走られるが、そこは問題じゃない。


「ストライークッ!!」


二三塁になるも、一つ目のストライクを奪うことに成功する。


(後…二つ)


ここからは、気力勝負。
真ん中低めから、ボールになるカーブ。
キィンッ。
一度はフェアグラウンドで跳ねるも、ファーストベースよりも遥か手前で切れていく。


(…ツーナッシング)


もう、まともなストライクを投げる必要は無い。
後は、もう運に身を委ねるしか無いのだから。
大きく、振り被る。


(―何処にでも、行きやがれっ!!)


全力投球の一球は、真っ直ぐに長門のミットを目指す。
勿論、その一球に立ち向かうものもある。
フルスイング。
背筋が、凍った。


「…ストライクッ! バッタアウトォーッ!!」


三振を奪うことが、こんなに気持ちが良いことだったなんて。
負けているのに、何故だろうか。
この喜びは、隠すことも偽ることも出来なかった。


「…ばーか」


子供のように喜ぶ俺に、誰かがそう言った。
気がするだけ、なのだが。


 

俺が欲しかった非日常って、何なんだろう。
俺が飽き飽きしていた日常って、何なんだろう。
いくら考えても、答えなんて出ない。
いつしか俺は、『考えるのを止める』という出口すら失ったのかもしれない。

「ストラーイクッ! バッターアウトォーッ!!」


この回先頭バッター、長門が三振に倒れる。
相手ピッチャー肩慣も1点差、ここを踏ん張らなくては負けてしまう。
だが、悪いな。


(勝つのは…俺達だからな)


と、思ったところで考え始める。
何で俺、ここにいるんだろう。
何で俺、野球なんてやってるんだろう。


「……」


勿論、答えなんて無い。
あるのは、涼宮ハルヒという現実だけ。


「キョン!!」


バッターボックス手前、見慣れた黄色いカチューシャが揺れる。
ていうか、そろそろ本名覚えろよ。


「何だよ…」


単刀直入に言おう。
何故、こうなったのか。
説明することは、とても易い。
だが、理解するのはし難い。
何ともまあ、アレな状況な訳だ。
SOS団状況。


「ここであべっくほーむらんとやらを打って、一気にサヨナラよ!!」


「打てるかっ! んなもんっ!!」


全く、最後の最後までお前に連れて来られちまったな。
さあ、頼むぜ団長。
俺はこの非日常を楽しむ、ということに夢中になっていた。


 

「ストライークッ!!」


初球、真ん中のストレートを空振り。
やっぱりアイツ、右手に力が入って無いな。
二球目はカーブ、ストライクゾーンから外れていく。
ワンエンドワン、ボールは見えているようだな。
次は低めのストレートがワンバウンドになり、ワンツーとなる。


(頼む…打ってくれ、ハルヒ…!!)


ここまで熱くなるのは、どれくらい振りだろうか。
拳を握る手に、汗をかいているのがわかる。
もう一度カーブが来、ボール。
ワンスリー。どう出るか。


「フォアボールッ!!」


出塁。
だが、ハルヒを返したとしても同点。
取らなくてはならない。後二点を。


「キョンくん」


肩越しに、古泉が呼ぶ。


「何故この試合、貴方が活躍しているか…わかりますか?」


「そりゃ、偶然―」




ホントウニ、ソウオモッテルノカ。
グウゼンニモ、ホドガアルンジャナイカ。
ナラ、ホントウノコタエハ。
イッタイ、ナンナンダロウネ。




「―ハルヒか」


「ええ」


古泉は満足そうに、頷く。


「―このフォアボールも、そんな気持ちの表れかもしれませんね」


「…どーゆー意味だ、それ」


「言葉通りの意味…つまり、自分の活躍よりって意味ですよ」


自分が、フォアボールで出塁。
そして、期待している俺がホームランでサヨナラ。
なるほどね、確かに出来レースだ。


「でも、ワンナウトだろ?…ツーアウトの方が、面白いんじゃないか?」

「ふむ…なるほど、確かに」


俺の言葉に対し、古泉は深く考える。


「―ゲッツーの可能性と、涼宮さんの怪我のせい…では無いでしょうか?」


「……」


確かに、そう言われたらどうにもならない。
凡打を打ってしまえば、そこでゲームセット。
中途半端なツーベースを打ったって、ホームでクロスプレーとなってしまう。
なら、俺は。
勝つ為には、ホームランしか無いのか。


「…あなた次第ですよ」


それだけ言い残すと、古泉はベンチへと歩を向ける。
ったく、面倒臭い。
考えるのは、嫌いなんだ。
最初っから、答えは一つしか無い。


「…打てば、誰も文句は言わねえだろ!!」


もう、考えることなんてしない。
目指すのは、勝利だけなんだから。


「なるほど…そういう考え方も、あるんですね」


古泉だけが、ただ頷いていたけれど。


 

ヘルメットを深く被り直し、バッターボックスへ入る。
ハルヒのことを考えると、盗塁は期待出来ない。
スリーベース以上では無いと、同点は有り得ない。
初球、ストライクゾーンから大きく外れてのボール。
どうやら、相手も気力の域に入っているようだな。
ただ、負ける訳にはいかない。
俺は、負ける訳にはいかないのだから。
二球目は内角低め、外れていると思いきやストライク。ワンエンドワン。
次はストライクから逃げていくカーブだったが、ハーフで止めてボール。
ワンツー。バッティングカウント。
そこから投げてくる球は、外角。


(振り抜け―!!)


ギリギリフェアグラウンドを割り、ファールとなる。
平行カウントだ。


「ちょっとキョン!さっさとホームラン打ちなさいよっ!!」


「無茶ゆーなっ!!」


喰らい付いてくのも厳しいっての。
全く、今日一日で色んなことがあったもんだよ。
あの時のメンバーを、また集めたり。
そのメンバーで、シーソーゲームを繰り広げたり。
そして今、そのメンバーの声援を一身に受けたり。
ああ、そうか。


「―こーゆー非日常って、悪くないな」


セットポジション。
ただ、振り抜いた。


(低い―!!)


ショートに取られるか、と思われる打球はグラブを掠め左中間を破っていく。




 ―同点― 



誰もが、そう思っただろう。
違う。
違うんだ。
勝たなくちゃ、意味が無いんだ。
ハルヒが、ホームインする姿を見て。
俺は思った。




 ―ああ、行かないと―




外野からの返球なんて、見えてない。
だけど、この声だけはハッキリと聞こえたんだ。


「キョンっ…来なさいっ!!」


その声に導かれるように、俺はサードベースを蹴る。


暴走?
違う。ハルヒが来いっていうなら間に合うんだ。
まだワンナウト?
違う。いつの時代だって続きがあるとは限らない。
なら、俺は。


「―行くしかねえだろっ!!」


ずっと、夢を見ている気がする。
一体、いつから?
ああ、あの時か。
こいつと出会った、その日。
あの時から、俺は常に非日常。
そして、今日だって。
きっと俺にとっては、非日常なんだから。






 ― ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、超能力者がいたら、わたしのところに来なさい。以上。 ― 






(そりゃあ…俺も、仲間入りする訳だ…!!)





苦笑い。

 

 

「セェーフッ!! ゲェームセェーット!!」





暗い。
ついで言えば、土臭い。
ああ、何かガキの頃ってよく食ってたよね。土。
いや、意図的じゃないけどさ。
偶然、口ン中入っちゃうの。
で、吐き出せたら運が良いんだけど大抵飲み込んじゃって。
後からウエッ、ってなっちゃう訳だ。
気分的に、そんな感じ。




 


「よっしゃあああーっ! よくやったあああーっ!!」


強制的に立ち上がらされ、抱き付かれる。


「谷口…マジ、キモイから止めろ…」


まあ、よく覚えて無いが逆転のホームインは出来たみたいだな。
一応、ランニングホームランだから予告通りには記録されそうだ。


「キョンくん! 凄く格好良かったですよっ!!」


ああ、ちょっと目が潤んでる朝比奈さんが愛しい。


「…朝比奈さんの為にホームインしました」


本当は違うけど。


「ボロ雑巾みたいになってる割に、口は随分達者ね…」


「はっ…ハルヒ…」


物凄く、嫌な予感がした。


「…明日買い物に付き合いなさい。それで許してあげるわ」



当然、荷物持ちなんだろうけどな。

的中したような、しなかったような。


 

「「「ありがとうございましたあーっ!!」」」


終わった。
長い、長い一日が。


「…まだ、一時か」


そりゃ、あんだけ朝早ければなあ。
朝からやる必要、あったのか。
とりあえず、疲れたからベンチに腰を掛ける。
これは俺だけが与えられた特権であり、残りの面々はグラウンド整備に入る。
ハルヒは『んなもん、野球部に任せなさいよ』と言っていたが、相手が頑なにやると言うのでやることに。
今回だけは、ハルヒに賛成。


「おい、アンタ」


相手ベンチより、長身の男。


「…四番の、村田?」


「そうだが…アンタ、リリーフしたピッチャーだろう?」


そうだけど、と短く返事をする。


「単刀直入に言う…アンタと涼宮って女が最後に投げた球、同じ球だよな?」


最後に投げた、球。
俺が三振を取った球と、ハルヒがセンターフライに打ち取ったあの球か。

「ああ、そうだけど」


あの時俺が投げた球は、ストレートじゃない。
確かに、変化球なのだ。


「あの球は、一体…」


まあ、本当は凄く一般的な球なのだ。
ただ、俺とハルヒが一回ずつしか投げなかったから魔球のように見えるだけで。
ただの、変化球なのだ。




「…"魔球SOS"、ってことにしといてくれ」




俺とハルヒだけの秘密、ってのも悪くないな。
そう思ってしまった俺は、負け組だと思う。


 

「終わった~…」


まあ、俺は整備してないけど言いたくなってしまうのが人間の性。
勿論、それをハルヒに咎められるのだが(自分で良いって言ったのに)。

 

「それじゃ、準備するわよ」


やっとか、と思い荷物を背負う。


「? …何やってるの?」


「いや…お前こそ、何やってんだよ?」




 ・ 俺達 → 帰り支度。


 ・ ハルヒ → ヘルメット着用




「何…って、二試合目の準備だけど?」


「 「 「 「 「 「 「 「   は あ っ ! ?   」 」 」 」 」 」 」 」 


もしかして、ダブルで試合組んでる、ってヤツですか。


「あ、次先攻だから宜しくね」


いや、んなことは気にしてないけど。


「やれやれ…仕方がありません、やりますか」


そう言って、ヘルメットを被る古泉。


「まっ…マジかよ…」


俺帰って、寝ようと思ってたのに。


「ホラ!二試合目も勝つわよ!!…次勝たないと、グラウンド持ってかれるんだから!!」


マジでゴメン、野球部。


「SOS団…二試合目も、気合入れて行くわよーっ!!」



 

土曜の午後は、まだ始まったばかりだった。












涼宮ハルヒの退屈Ⅱ     -fin-

 




■あとがきっぽいもの■


久し振りに覗いてみたら、自分の作品が載っていてビックリです…まとめて下さった方、ありがとうございました。

後先考えず、スコアだけ考えて書き始めたこのSSですが…表向きには良い感想を頂けて、とても感謝しております。

本当は今更なのですが、不特定多数の方々へ、なのでここに書かせて頂きます。

今はあまり文章を書いておりませんが、身の回りが落ち着いたらまた書かせて頂きたいな…と思っております。


それでは、当時お付き合いして下さった方々、新たに読んで下さった方々…本当に、ありがとうございました。


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