※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

共学校では、男女別の授業というのがたまにある。
「生活」というのもそのひとつだ。中学の頃は男子が工作で
女子は家庭科って呼称だったな。まあ、内容自体は
高校になってもそんなに変わらない。
基盤にいろいろ配線つないでハンダ付けしたりするのが
本当に将来役に立つのかは多少なりとも疑問だが、
普段の授業に比べれば成すべき事が直感的に分かるって点で
マシではある、かもしれないな。
まあ、そんなこんなで谷口や国木田らとダベりつつ
教室に戻ってきた俺だった。のだが。

「あ、キョン!」

教室に入るなり、ハルヒのホッとしたような声に
出迎えられるという、なんとも珍しい事態に巡り合わせた。
なんだ? いったい何が起こったってんだ?
その疑問はすぐに氷解した。なにしろ大元の張本人が
俺に呼び掛けてきたからな。

「あっ、キョン君、聞いて聞いてなのね!
今日の調理実習はマドレーヌを作ったんだけど、涼宮さんってば
ものすごく手際が良いのね!
わたしもう、本当に感激しちゃったのね!」

えらく嬉しそうだなあ、阪中。
そう、ハルヒは二つ右隣の席の女子クラスメート、阪中に
熱烈に話し掛けられていたらしい。どうやら今日は同じ班で
作業をしてたようだな。
何というか、阪中があまりに嬉しそうなので、ハルヒも
むげに突き放せないみたいだ。4月辺りと比べると、こいつも
だいぶ丸くなったもんだな。いい傾向だが。

それは良いとして、しかし阪中のように他人の上手を
我が事のように喜ぶという女子特有の感覚は、どうも理解しがたい。
たとえば体育でサッカーをやって、同じチームの誰かが
大活躍したとしてもそれを俺が喜び勇んでハルヒに報告したり
するかといったら、そんな事は無い。男子は無意識に
周りをライバル視しているという事なのか。まあ考えても
詮のない事ではある。

というか、ここまで考えている間にも阪中は、
器にバターを塗る手付きが鮮やかだっただの小麦粉を振るう動作も
なめらかだっただの、ハルヒの出来っぷりを奇跡のごとく
俺に語っており。
当のハルヒは完全に困りきった様子で

「ちょっとキョン! 早くなんとかしなさいよ!」

と俺に目で訴えていた。
うむ、その気持ちは分からないでもない。妹にしつこく
まとわり付かれて、弱った鳴き声をあげるシャミセンと同様だな。
自信家のハルヒでも、こうして持ち上げられまくるのは
面映ゆいんだろう。何というか、阪中の陶酔っぷりはいささか
狂信者めいた物すら感じさせるしな。

ハルヒのこんな表情はかなり貴重なものであり、俺としては
もうしばらく眺めていたい気もしないではなかったが、
そうすると後でキリキリと首を絞められるのは目に見えて
明らかでもあったし。
詰まる所、自分の席に着いた俺は二人の会話に――というか、
阪中が一方的にハルヒを賞賛しているんだが――割り込むように
ハルヒに話しかけたのだった。

「ふうん。今日の菓子はそんなにうまく出来たのか」
「別に大した事じゃないわ。レシピ通りに作っただけだし」
「そりゃ、授業は共同作業だからな。一人で独走ってわけにも
行かないだろ。アレンジしたけりゃ自宅でどうぞ、って所だな」
「なあに? その言い草じゃ、まるであたしにお菓子を
焼いてきて貰いたいみたいね?」
「は? いや、別に俺は…」

はにかんだような表情でそんな事を言い出すハルヒに、俺は
訂正を入れようとした。だが、その時。
自分の席に座って、後ろに振り向きながら話していた俺の
視界の左端で、阪中が“にこっ”と笑ったのだ。
なぜだかその笑顔に、俺は

『否定したらコロス。いやオロス』

と書いてあるような気がした。オロス? 3枚に?
俺の方を向いているハルヒは、そんな阪中には全く気付いていない
様子で、机の中からハンカチに包まれたタッパーなんぞを
いそいそと取り出している。

「今日焼いたのなら…少し残りがあるけど…
あんたがどうしてもって言うなら、め、恵んでやらない事もないわよ?」

窓の外へ視線を泳がせながら、俺にタッパーを突き出すハルヒ。
その二つ左隣には、やはりにこやかな笑顔があった。彼女の両手には
先の授業で使ったらしい道具袋がある。
ええと、その袋の絞り口からはみ出してる木の先端はもしかして
包丁の柄ですかそうですか。

「ハイ、ゼヒ食サセテ頂キタイデス」

気が付くと俺の口は勝手にそう返事をしていた。さもなくば
命の保障は無いと、体の方が判断したのかもしれない。
こうして、俺はハルヒの照れくさそうな笑顔と、そんなハルヒを
嬉しそうに眺めるもうひとつの笑顔に見守られながら、
出来立てのマドレーヌをご馳走になったのだった。
ああ、もちろんその味は絶品でございました。ホントダヨ?



阪中さんは目でコロス   おわり
|