とある日の夜。夕食を済ませた俺は自室でくつろいでいた。
今日も今日とてSOS団の活動に参加した俺は、ほとほと疲れきっていた。
なぜかって?そりゃあ我が団長の涼宮ハルヒ閣下の勝手極まりない妄想からひねりだされた、
素っ頓狂な行動及びそれに強制的に従わざるをえない俺の奴隷的気質のために他ならない。
今日はといえば『今年も野球大会に出るわよ!』とかまたワケのわからないことを言い出したおかげで、
1日中ハルヒの繰り出す弾丸ライナーのノックに耐え続けるハメになったわけだ。

そんなこんなで俺は疲れている。
風呂でも入ってさっさと寝てしまおうと思っていたのだが、眠気はそれを待ってくれない。
何気なく倒れこんだ布団の上でウトウトとし始める。
まあ今日はこのまま風呂に入らず寝てしまうのも悪くないかな・・・と思った矢先、

ドスン!

俺は腹に重みと痛みを感じ、飛び起きた。
「キョンくん、もう寝ちゃったの~?」
そう、その重みと痛みをもたらした犯人は誰あろう我が妹だ。
俺は起き上がり、妹の頭を軽く叩くと、
「こら。人の腹めがけてヒップドロップかましちゃいけませんって何度言ったらわかるんだ?」
と叱る。しかし妹はこたえない。
「へへへ~、ごめんなさ~い。それよりこれ見て~」
そう言って妹は1枚のプリントを突きつけてくる。

『日曜参観のお知らせ』
プリントにはそう書いてあった。
「なるほど、日曜参観か。小学生の身空で日曜に学校だなんて、妹よ、お前も大変だな」
とりあえず同情してみる俺。

「う~んうん、そうじゃなくてね」
妹は首を大げさに振ってみせる。
「この日曜参観、キョンくんに来て欲しいの~」
はあ?何を言っているのだろうかこの妹は。
「なぜ俺が行かねばならない。授業参観なら親が行くのが相場だろう。
 だからお前も親父やお袋に来てもらえばいいだろ?」
そんな俺の至極真っ当な反論に、妹はキョトンとする。
「あれぇ~、でもお母さんが『この日はキョンくんに行ってもらいなさい』って言ってたよ?」

はぁ?
初耳だ。お袋はいつの間にそんなことを・・・。
俺はすぐに台所で洗い物をしているお袋に詳細を尋ねた。

その内容を要約するとつまりはこういうことだ。
妹の学校で日曜参観が行われる日、親父とお袋は法事かなんかで田舎に帰らなければならないらしい。
そのせいで両親共に参観に参加することは出来ない、と。
だったらそれで仕方ないじゃないか、と何とか反論を試みたものの、
『折角の日曜参観の日に家族が誰も来ないのは妹が可哀想だ』と説得されてしまった。

確かに俺もそうだった。
小学校時代何度かあった授業参観に運悪く、両親共に参加できないことがあった。
他のクラスメート達はみんな母親や父親が来ていて、
授業中であるにもかかわらず親の顔をチラチラ窺ったり、手を振ってみたり・・・、
そんな中で親が来ていない自分というものに仲間外れ感というか何というか、
まあ一種の疎外感ってやつを感じたものだった。

それを思い出すと、やはり妹が可哀想に思える。
仕方なく・・・本当に仕方なくではあるが俺は日曜参観に親代わりとして出席する旨をお袋に伝えた。

「やった~、キョンくん来てくれるんだ~」
そう言って嬉しそうにはしゃぐ妹を見ていると少しホッとするのも事実だし、な。
こうして俺の貴重な休日を潰してまでの日曜参観出席が大決定した。

ハァ・・・しかし小学校の授業参観か・・・。
俺のような一介の高校生が、いくら家族とはいえ行っていいものなのかね?
おそらく周りは殆どがそれなりのお年を召したお母さん連中のはずで・・・、
どう考えても俺は浮くのではないのだろうか・・・。
いくら何でも・・・父親には見えないだろうな・・・。

そんなこんなであっという間に日曜の朝を迎えた。
眠たい目をこすり、居間に降りてくる俺。
どうやら父親も母親も俺が起きる前に家を出てしまっているらしい。
台所には朝食のトーストに噛り付く妹しかいなかった。

「キョンくん、ねぼすけ~」
「まだ8時じゃないか・・・十分早起きだろ」
「わたしはもう行くからね~。美代ちゃんと待ち合わせしてるんだ~。キョンくんも遅れないようにね」
妹は未だにその体格に比べると大きく見えてしまうランドセルを背負うと、
そう言い残し、颯爽と学校へと向かって行った。
さて、俺も飯を食ってさっさと準備しなくちゃな・・・。

朝食を済ませ、シャワーも浴び、後は着替えるだけなのだが・・・、
ここに1つの懸案事項が存在するのだ。

お袋は『担任の先生にも会うんだし、他の親御さん方も大勢来るんだから、それなりにしっかりした格好で行きなさい』
とか言って、何をトチ狂ったのか、わざわざ俺に一張羅のスーツを用意してくれたのである。
いつの間に買ってあったんだろうな・・・。

気乗りはしないものの、とりあえずそのスーツに袖を通し、ネクタイを締める。
そして姿見の前に立つと・・・正直滑稽だ。似合ってねえ。
いつもの制服と構造自体は余り変わらない気がするのだが・・・。
やはり俺もまだまだガキっぽいということだろうか・・・、
真っ黒な色を基調としたダンディなスーツは俺にはかなりの背伸びに感じられる。
チクショウ、こういうの、もし古泉なんかだったら似合うんだろうな・・・。
脳裏にダンディな漆黒のスーツに身を包み、ニヤケ顔を浮かべる古泉の姿が想像される・・・。
オエッ!何をヘンなモン想像してるんだ俺は・・・。
折角想像するならメイド服姿の朝比奈さん辺りの方が精神衛生上好ましいというのに。
しかも想像の中の古泉は、
『僕としてはこのような堅苦しい衣装よりも、開放的な衣装、例えばツナギ等の方が好みなのですがねぇ』
とかワケのわからないことを抜かしてやがる。想像の中でも変態だな、お前は・・・。

そんな自分のガキっぽさ一抹の悔しさを感じつつも、
時計を確認すると既に頃良い時間になっていたことに気づいた俺は、そそくさと妹に小学校に向かったのであった。

さて、人間誰しもツイてない日というものがあるものだ。
財布を落としてしまったり、犬のフンを踏んでしまったり、
隕石が頭に直撃したり、大地震による地割れに飲み込まれてしまったり、
地上最強の生物と呼ばれる男と出くわしたり、アメリカ最強の喧嘩屋がいる刑務所に収監されてしまったり・・・。

そして、今日は俺にとって、まさしくその『ツイてない日』だったのかもしれない。
よりにもよって、妹の小学校へと出向く道すがら、一番出会ってはいけない人物にあってしまうのだからな。

「あれ?キョンじゃない」
何気ないその一言は、俺からすれば、どこぞの吸血鬼のオッサンに出会い頭で、
『起きろ・・・食事の時間だ・・・』
と、殺意丸出しの渋いダンディボイスで言い渡されるほどの絶望と衝撃を感じるものだった。
そう、皆さんもうお分かりですね。
俺はあろうことか、ハルヒとばったり出くわしてしまったというワケです・・・。

「よ、よう、ハルヒ・・・奇遇だな」
焦りまくりの俺。冷や汗ダラダラだ。
「どーでもいいけど、どうしたのよ。そんなかしこまったカッコしちゃって」
ああ、やっぱりそこにツッコミますか・・・。
「い、いや・・・ちょっとな・・・何て言うか・・・」
どうしよう・・・何の誤魔化しの文句も浮かばない・・・。
「ふーん、何かアヤシイわね~」
餌をみつけたかのように、口元を吊り上げ、ニヤリとするハルヒ。
これはもう観念するしかなそうだ・・・。
・・・。
・・・。

「なるほど。妹ちゃんの授業参観ね。どーりでスーツなんか着てたってワケ」
俺は結局、全ての事情を洗いざらい白状させられてしまった。
案内のプリントをまじまじと見つめ、ニヤニヤと笑うハルヒ。
ああ・・・この笑顔は知ってるぞ・・・。
コイツがこういう笑い方をするときは大概・・・。

「うん、おもしろそうじゃない。あたしもその授業参観行くわ。
 今日はちょうど暇だったのよ。だからこうしてブラブラしてたんだけどね」
ホラ来た。俺も伊達に1年以上もハルヒの傍にいるわけじゃない。
コイツがこういう笑い方をするときは、大体が何か『面白いこと』を思いついた時、
そして往々にしてその『面白いこと』とやらは騒動のタネになる。
「オイオイ、行くってなぁ・・・一応妹の授業参観だぞ?
 俺はともかく部外者はマズいんじゃないのか?」
俺は一応反論を試みるが・・・
「そんなの、姉だとか何とか言って適当に誤魔化せばいいのよ。
 兄のアンタが出席できるんだから問題ないでしょ」
と、一蹴されてしまう。
それじゃ何か、俺とハルヒは兄妹か。こんなハチャメチャな妹は流石に遠慮したいな・・・。

「うーん、小学校に行くのなんて久し振りね!楽しみだわ!」
そりゃそうだろう。俺だって5年ぶりだしな。
「それにもしかしたら何か不思議な物事があるかもしれないし・・・」
あるワケないだろ。ただの小学校だし。
「うら若き美人女教師がその実、裏では教会の代行者だったとか・・・」
あるワケないって。
そんな心の中でのツッコミを入れつつ、俺とハルヒは妹の小学校に向けて、再度歩き始めた。
さてさてどうなることやら。
そして、最後にハルヒは歩きながら一言こう言った。
「アンタ、そのスーツ似合ってないわねぇ」

さて、そうこうして数分歩いている内に、妹の通う小学校へと到着した。
校門には俺と同じく授業参観に来たのだろう、めかしこんだ母親連中と思しき人が多くいた。

ちなみにこの小学校、妹が現在通っているということは、
勿論数年前まで俺自身が通っていた小学校ということである。
サッカーやキックベースをして駆け回った校庭、鬼ごっこをしたジャングルジム、
出来ないくせに大技に挑戦し、頭から落下して保健室に運ばれた悪夢の鉄棒、
相も変わらずボロッちい体育館、その全てが懐かしい。
目を閉じれば、そんな小学生時代の自分や友人の姿がまるで昨日のことのように思い出される。

「で?妹ちゃんの教室はどこなのよ?」
そんな少年時代の回想に耽る俺を現実に引き戻したのはハルヒだった。
「悪い悪い、どうも懐かしくてな。ボーっとしてたみたいだ。
 妹の教室は・・・4階だ」
「あっそ。じゃあさっさと行きましょ」
そう言ってすたすたと歩いていくハルヒ。

校舎内、こちらも見るもの全てが懐かしい。
下駄箱、職員室、教室・・・。
その1つ1つを見ては感慨に耽っていた俺だったが、そうもしていられない。
我がSOS団団長様が目を離した隙に何をしでかすかわからないからな。

階段を上がり、廊下を上がるたびにここの児童と思しき子供達とすれ違う。
休み時間なのだろう。特に男の子連中は我先に校庭に行こうと廊下だろうと構わずダッシュだ。
「最後に校庭に来たヤツ、罰ゲームな~」
とか、何とも小学生らしいことを口走っては競争している。
俺も小学生の頃は、傍から見たらアレぐらいヤンチャだったのかな・・・。

「6年1組・・・ココだ」
妹の在籍する6年生の教室群は、校舎の1番上の階、4階にある。
そのせいで給食当番とかになると、給食室からクラス全員分のシチューとかカレーが入った容器を
運ぶのがえらいタイヘンだったな・・・と、これまた自らが6年生だった時の回想に耽ってしまう。

「あっそ。じゃ行きましょ」
そんな俺もお構いなしに、ハルヒはずんずんと教室の中に入っていってしまう。
オイオイ・・・もう少し遠慮ってモンをな・・・ってコイツにそんなこと言っても無駄か。

教室内、特にその後ろ側は授業参観にきた保護者達でごった返していた。
中には父親と母親、揃って来ているところもあるようだ。
俺とハルヒはなるべく目立たぬよう、その端っこの方に位置取りした。
それでも俺達を見る周りの視線は、どうも好奇心に溢れている。
やっぱり高校生が・・・しかも2人も来るなんてマズいんじゃないだろうか・・・。

「妹ちゃんはどこかしら?」
ハルヒはそんなこともお構いなく、身を乗り出して教室を見渡す。
40人くらいの生徒が一同に集まっている教室。
その中からあのちびっこい妹を探し出すのはなかなかに難しい。
しかし、
「あ~!キョンくんだ~、ちゃんと来てくれたんだ~」
どうやら妹が先にこちらを見つけたようだ。
ただ妹よ、そんなに叫ぶな。周りの視線が痛い。
『キョンくん』なんていうこっぱずかしいあだ名を衆目に晒される俺の身にもなれ。
俺はとりあえず妹に向かって小さく右手を掲げ、返答の代わりとした。

「あれ~?なんでハルにゃんもいるの~?」
妹は目ざとく、俺の脇にいるハルヒの姿に気付いたようだ。
「こんにちは、妹ちゃん。さっき偶然キョンに会ってね。
 せっかくだからついてきたのよ」
と、笑顔で返すハルヒ。
「わぁ~い。ハルにゃんだ~」
とか言ってはしゃぐ妹。
そんな妹、もとい俺とハルヒに、教室中の児童、保護者の視線が集まる。
妹よ、お願いだから騒ぎ立てないでくれ。
ハルヒもハルヒだ、何楽しそうに妹を高い高いしてやがる。

「ねえ・・・ちょっとアソコの人、お父さんかしらね・・・それにしても若いわね~」
「隣のお嬢さんもお母さんにしては若すぎるわよね~」
「もしかして・・・最近の若い人は進んでるって言うしね~」
「でもあの若さで6年生の子供なんて・・・どう考えても計算が合わないわよね~」
「きっと何か複雑な事情があるんでしょうね~」
「いやいや、巷では『14歳の母』なんてテレビドラマもやってるぐらいだしね~」

案の定周りのお母様方達にあらぬ誤解をされているようだ・・・。
ヒソヒソと噂話をしているが全部聞こえている・・・。
ああ・・・だからハルヒとなんて来るべきじゃなかったんだ・・・。

ちなみに14歳の母でもどう考えても計算は合わない、というツッコミは置いておいた。

早くも今すぐに逃げ帰りたいくらい辱めを受けた俺であるが、
気を取り直して教室内を見渡してみる。
6年生の教室ではあるものの、皆ワイワイとはしゃぎ回っている様子を見ると、
ああ、やっぱり小学生だな、なんてことを考えてしまう。
しかし、そんな中で一際大人びた風貌で、落ち着いた様子で席についている女の子がいた。
しかもよくよく見るとその子は俺のことをまじまじと見つめているようだ。

無論、その女の子とは、妹の友人であり、いつぞやの恋愛小説のヒロインであるミヨキチだった。
そういえば忘れていたが、妹とミヨキチは同じクラスだったな。
ミヨキチはクラスの他の女子と比較しても、その容姿・佇まいともに格段に大人びていた。
中学生が混ざっていると言っても過言ではないくらいだ。
そう考えると、とても6年生とは思えないほどちんちくりんで幼い俺の妹と
ミヨキチが友達同士っていうのも何かヘンな組み合わせである。
そんなミヨキチは俺が気付いたと見るや、小さくニコッと微笑み、控えめに手を振ってくれた。
その仕草・表情とも、あの朝比奈さんに負けるとも劣らないほど可憐で麗しいものだった。
とても小学生とは思えない。こりゃあ、将来が楽しみだね。

グニャッ!
「アンタ、何小学生見回してニヤついてんのよ。もしかしてロリコン?」
そんな俺の足を思いっきり踏みつけ、言い放つハルヒ。
マジ痛いって・・・。
ただ、どうやらミヨキチとのアイコンタクトがバレたわけではないようだ。
もしバレたら何言われるかわからないしな・・・。

「あら、見て見て、あそこの家、どうやら旦那さんが尻にひかれてるみたいね~」
「ホントだわ、強い奥さんね~」
「旦那さん、若いのにタイヘンね~」
コソコソと囁くお母様方達・・・。だからそれは誤解ですって・・・。

キンコンカンコーン♪

そうこうしている内に、始業を告げるチャイムが鳴り、6年1組の担任と思われる先生が教室に入ってくる。
眼鏡をかけた、若い、知的で優しい感じの女の先生だった。
「起立!礼!」
学級委員と思しき真面目そうな少年が号令をかけ、礼をした後、その先生が話し始める。

「今日は日曜参観ということで、親御様にはお休みの中わざわざご足労頂き、ありがとう御座いました。
 私、6年1組の担任を勤めさせていただいております、志恵瑠(しえる)と申します。
 どうぞよろしくお願いいたしますね」

そう言って眼鏡の女教師が丁寧に頭を下げる。呼応するかのように頭を下げる保護者達。
俺もあわせて適当にお辞儀しておく。
しかし珍しい名前の先生だな。外国の人だろうか。というかどこまでが苗字なんだろうか?
ふと隣を見るとハルヒが難しい顔をして、志恵瑠先生のことを睨んでいる。そして、
「あの教師、何か臭うわね~」
とか言い出す始末。どう見ても普通の優しそうな女の先生じゃないか。
全く、何が臭うって言うんだか。せいぜいカレーの臭いだろ?って何をヘンな電波を受信してるんだろうな俺は。

そんなこんなで授業は始まった。
はしゃいでいた妹も大人しく席に座り、真面目に黒板の方を見ている。
どうやらこの時間は国語の授業らしい。
志恵瑠先生が優しい、落ち着いたトーンの声で子供達に語りかける。

「それじゃあ今日の国語の授業は、先週に出した課題の作文の発表ですね」

だ、そうだ。


今日の国語の授業では、どうやら事前に課されていた作文を発表するとのことらしい。
そういえば昔俺もやったな・・・。自分の書いた文を人前で発表するのは何とも恥ずかしいものだった。
しかも今回は保護者を前にしての発表だ。さぞかし子供達も緊張することだろう。

「今回の作文のテーマは『私の大切な人』です。友人、家族など皆さんにとって大切な人について、
 書いてもらいましたね。ああ、ちなみに好きな人とか恋人、というのもアリですよ」
微妙に小学生には刺激の強いことを言っている志恵瑠先生。
小学生に恋人って・・・。まあ最近の小学生は進んでいるとは言うものの、
こんな公の場でそんなものを発表してしまったら最後、周りにはからかわれまくったり、
次の日の黒板には自分とその想い人との相合傘がこれ見よがしに落書きされたりすることは間違いない。
そんなリスクの大きいこと、いくら小学生とはいえするハズはないというものだ。

順に発表が進んでいく。
どの子も友人であるとか両親であるとかについて書いた作文を読み上げていた。
中には、わが子が自分についての作文を読んでくれたことに感極まり、
見ているお母さんが涙を流す、という心温まる一幕もあった。
そんな微笑ましい光景をしばらくは黙って見ていたハルヒだったが、
「なーんかどの子もありがちな作文よねー。もっと面白いこと書く子はいないのかしら。
 場合によっては、SOS団少年少女の部にスカウトしようと思ってたのに」
とか、罰当たりかつ意味不明なことを言っている。
というか、いつの間に出来たんだ、その少年少女の部、とやらは。
「あら、妹ちゃんは既に少女の部の団長よ」
そうだったのか。早くも人生の道を踏み誤ったな・・・妹よ。

そんなハルヒの妄言に付き合っている内に、発表は進む。
「それじゃあ、次は吉村さんね」
志恵瑠先生が声をかける。
「はい」
ミヨキチが立ち上がる。どうやら次が彼女の発表の番らしい。

ミヨキチに教室中の視線が集まる。その中には男子連中の憧れの視線みたいなものもあることに気付き、
いつかの小説で書いたように、彼女のクラスでの人気の高さというものが窺えた。
まあクラスメートにこんな大人びた子がいるのであるから、それも仕方ないところではある。
小学生くらいの年っていうのは、往々にして男子よりも女子のほうが大人びて見えるらしいからな。

ミヨキチはおずおずと手元の原稿用紙を掲げたものの、なかなか読み出せない様子だった。
恥ずかしそうにただ俯いているだけだ。
保護者達も、妹を含めたクラスメート達も、そんな彼女をいぶかしげに見つめている。

うーむ、もしかするとミヨキチは、こんな人前では読めないような恥ずかしい内容を書いてしまったのだろうか?
『大切な人』がテーマだから、意中の男性についてとか?
だとしたらミヨキチに憧れの視線を送っている男子連中はその瞬間希望が潰えるというわけだ。
ご愁傷様としか言いようがないな。

そんな感じで、しばらく立ち尽くしたままのミヨキチであったが、意を決したようにひとつ頷くと、
やったおのことで自分の作文を声に出して読み始めた。
その際に妹がミヨキチに「頑張れ~」とか小さく声をかけていた気がするが、まあ気のせいだろう。

「『私の大切な人』
 6年1組、吉村美代子。
 私にとっての大切な人は・・・とある年上の男の人です」
ゆっくりと、教室中によく通る済んだ声で、文章を読み上げるミヨキチ。
ほほう、年上の男か。大人っぽいミヨキチのことだ。
中学生辺りとお付き合いしていても違和感がなさそうだ。
高校生?流石にそこまで年上はないだろう。犯罪だって。

「その人は、私のお友達のお兄さんです」
ふーん、友達の兄貴に憧れるなんてね。まあよくあるシチュエーションだわな。
それで最終的には、重度のブラコンのその友達との修羅場ってか?

『お兄ちゃんは渡さないっ!』
『フンッ、あなたなんて所詮どこまで行っても、彼にとってはただの妹にしか過ぎない存在よ』
なんてな。まあ俺には一生縁のなさそうな話だ。

「きっかけは、私が小学4年生の終わりの頃でした」
しかし、この辺りから大分雲行きが怪しくなってきた。
隣にいるハルヒがどんどん無表情になっていくのも手に取るようにわかる。

「その人は、私の一方的な無理なお願いにもかかわらず、親切に一緒に映画に行ってくれました」

「この話・・・どっかで聞いたことあるわね・・・」
ハルヒが不機嫌そうに言い放つ。
珍しいなハルヒよ、俺も同感だ。
しかも俺の場合は・・・聞いたことがあるという次元ではなく・・・、
全く同じようなことを実際に経験した気が・・・。

ミヨキチは、その『お兄さん』に映画に連れて行ってもらったこと、
自分が行きたかった喫茶店にまでも付き合ってもらったこと、などを事細かに話していた。
1年以上前のことにもかかわらず、細部までよく覚えているミヨキチには感心する。
俺なんか殆ど忘れかけてたのにな。あの小説を書かされるまでは。
まあ、何と言うか、俺はもうとっくに気付いてしまっているのであった。
そしてハルヒもまた、とうとう事の核心に気付いてしまった。

「この話、アンタが書いた恋愛小説と全く一緒じゃない。
 ということはその憧れの『お兄さん』っていうのは・・・」

「俺、のこと?まっさかー、そんなことあるワケないだろ?ハハハハ・・・」
「目が笑ってないわよ」
「う・・・!」
グシャッッ!!
ハルヒはまるで屈強なプロレスラーのストンピングのような鋭さで、俺の足を踏み抜いた。
「・・・・!!」
悶絶する俺。悲鳴を上げなかったのはやせ我慢だ。
「アンタ・・・やっぱりロリコンだったのね。
 あたしのSOS団から性犯罪者が輩出される日が来るなんて、思ってもみなかったわよ」
そんな地獄の拷問のような修羅場を見て、クスクスと笑う周りのお母様方。
お願いですから、女房の尻に敷かれてる可哀想な旦那を見るような目はやめてください・・・。

そんなことをしている内に、いつの間にかミヨキチの発表は終わっていたようだ。
保護者達とクラスメート達の拍手の音がそれを告げていた。
ミヨキチは恥ずかしそうに席につく。
周りの女子からは、「ヒューヒュー、年上のお兄さんとデートだなんて、美代ちゃんやっるー」
とか言われてからかわれている。
男子連中の数人は己の想いが破れたと知ったのか、重ーい空気だ。
言っとくが俺のせいじゃないからな・・・。

「はい、ありがとうございました。素晴らしい作文でしたよ、吉村さん」
志恵瑠先生がミヨキチに優しく声をかける。
「年上の男性ですか~。先生もその気持ち、よくわかりますよ。
 ただ、気をつけてくださいね、吉村さん。男はみんな狼です。
 骨の髄までしゃぶり尽くされて、用が済んだら後はポイ、なんてことも平気でやりますから。
 注意が必要ですよ?」
何てことを言うんだか・・・この教師は・・・。
「あの先生の言う通りね~、あんなみくるちゃん並の逸材、キョンみたいなロリコンには勿体ないわ」
そしてまだ言いますか、ハルヒサン・・・。

「ああ、恋敵の排除はぬかりなく行わなくてはいけませんよ、吉村さん。
 特に、人外アーパー猫女、ナイチチ鬼妹、洗脳メイド、割烹着の腹黒家政婦には要注意です」
さらりと恐ろしいことをおっしゃる志恵瑠先生。
それにしても、ずいぶん具体的な恋敵像だな・・・。
しかも何か私怨がたっぷり入ってるような気がするのだが…。

こうして、俺にとっては、なんとも胃が痛くなる時間だったミヨキチの発表は終わった。
それにしてもミヨキチが『大切な人』というテーマでまさか俺のことを取り上げるなんてな。
なんとも気恥ずかしい気分だ。
ミヨキチ自身も俺の方をチラリと伺ったかと思うと、また恥ずかしそうに俯いてしまった。
そして俺の隣のハルヒは超不機嫌モードだ。
アヒルのように口を尖らせ、ブスッとしている。
こりゃ今頃古泉辺りは臨時出勤を言い渡されているかもしれないな。スマン、古泉よ、イキロ。

「アンタ、なに考え込んでんのよ。次、妹ちゃんの発表よ」
ハルヒの声で思案から抜け出す。どうやら我が妹の発表の順番が来てしまったようだ。
志恵瑠先生に指名され、「はぁ~い」と、どう聞いても6年生とは思えない精神的幼さ丸出しの返事をする妹。
兄として、非常に恥ずかしい限りだ。

そして妹は、『先生あのね』と幼稚に語りかける低学年の子供みたいに間延びした口調で、自分の作文を読み出した。
教室中の視線が妹に集まる。
そして、俺はというとそんな妹の姿に、我が事のようにドキドキしていた。
これが子を持つ親の気持ちってやつだろうか・・・。

「わたしのたいせつなひとは・・・キョンくんです!」

ブブーッッ!!
いきなり吹き出してしまう俺。
なんだその書き出しは・・・しかも『キョンくん』って・・・俺かよ・・・。
『キョンくん』とかいう中国人じみた名前をもつ人間が一体誰なのか、クラスメート達も
保護者達も勿論知る由はない。
そんな妹の口から吐き出された謎の名前に教室中がざわめく。
ハルヒだけが、
「あら、妹ちゃんったら、兄思いね~」
などと呑気な感想を述べている。

「キョンくんは私のお兄ちゃんです」
やっと『キョンくん』という謎の人物に適切なプロフィールが付け加えられる。
しかし妹の口から『お兄ちゃん』というセリフを聞いたのは久し振りだな・・・。

「キョンくんは、顔はかっこよくないし背も高くないし、ときどき怒るけど、
 やさしくて、わがままも聞いてくれて、わたしにとってはたいせつなたいせつなお兄ちゃんです」
かっこよくないとかは余計だ、妹よ。
しかし、改めて聞くと・・・感慨深いものがあるな。
妹がそんな風に俺のことを思っていてくれたなんて・・・。

「でも最近は、いっしょにおふろにも入ってくれないし、となりでねかせてもくれません」
ブブーッッ!!
今日2回目の吹き出し。「何よ、汚いわね」とハルヒには呆れられる。
というか・・・当たり前じゃ!!
6年生にもなった妹と喜んで一緒に風呂に入ってるようなら、俺はマジモンのロリコンだ。
たまに妹が俺の布団に潜り込んでることはあるが・・・
そういう時は即座に眠り込む妹を抱えて、部屋に強制送還しているしな。

妹のぶっ飛んだ作文はまだまだ続く。

「しかも、キョンくんは高校に入ってから『おんなのかげ』がちらつくようになりました」

ブブーッッ!!
本日三回目の(ry

「キョンくんのいるSOS団にはキレイな女のひとがいっぱいいます。
 ハルにゃんにみくるちゃん、有希ちゃんに鶴屋さん、みんなみんなやさしくてキレイなお姉ちゃんです」
鶴屋さんは団員ではないのだが・・・という野暮なツッコミは置いておこう。
ハルヒは、
「やっぱり妹ちゃんはわかってるわね~。
 少女の部、団長から格上げして本体の副々団長にしてあげたいぐらいだわ」
と、ご満悦だ。
「キョンくんはそんなキレイな女のひとにかこまれて、いつもニヤニヤしています」
笑えねぇ・・・。妹は本気で俺を殺す気だろうか・・・。

「そんなキョンくんは、SOS団のことばっかりで、最近はわたしにかまってくれません。
 むかしはいっぱい遊んでくれたのに最近はそれも少ないです」
妹の声が、急に寂しいトーンに変わる。
「休みの日も『しないたんさく、だ』とか言って、いつもどこかに行ってしまいます。
 帰ってくるのもおそいので、わたしとシャミセンはいつもおいてけぼりです」
さっきまでドッカンドッカン笑いが起きていた教室も一気に沈黙する。
同じくニヤニヤしながら聞いていたハルヒも、いつの間にやら真剣な表情だ。
「キョンくんにはキョンくんの『つきあい』があるということはわたしにもわかります。
 でも、わたしもたまにはキョンくんと遊びたいです。
 SOS団にももっといっぱいつれていってほしいです」
妹の一言一言が、重く、鋭く、俺の胸に突き刺さる。

俺は妹にそこまで寂しい思いをさせていたのだろうか・・・。
高校に入ってからの自分の妹への接し方を思い出し、自問自答する。
確かに中学の頃より構ってやる時間は減った。
それでも俺は、『妹もそろそろ兄離れする頃だろう』なんて考えて、大して気にもしていなかった。
そんな俺の考えは間違っていたということが、今この瞬間、切々と思い知らされる。
やっぱり妹は・・・寂しかったのだ。

教室の空気もすっかり重くなった。
ハルヒはといえば、下を向いて、何やら考え込んでいる。
俺の気分も勿論重い。
しかし、次の瞬間、妹はそんな重い空気を吹き飛ばすようなことを言ってくれたのである。

「それでも、わたしはキョンくんのことが大好きです。
 ちょっと遊んでくれる時間は少なくなったけど、今でもやさしくて、おもしろくて、
 わがままも聞いてくれて、たよりになる、
 たいせつなたいせつな『お兄ちゃん』です」

今日2回目の『お兄ちゃん』だ。妹の声にも、もう先程までの寂しさはない。

「わたしは、そんなキョンくんの妹になれて、ほんとうにほんとうによかったと思っています」

泣けたね。勿論、皆が見ている前で涙を流すわけにはいかないから心の中で、だけれども。
俺はこの発表を聞いていて、てっきり妹が俺のことを嫌いになってしまったのではないか、と思った。
だがそれはどうやら杞憂に終わりそうだ。
そんな兄貴冥利に尽きるセリフで発表を締めてくれた妹に、クラスメートから、先生から、
保護者達から、そして今までどの発表に対してもノーリアクションを貫いていたハルヒからも、
いっぱいの拍手が浴びせられていた。
勿論その中には俺の拍手もある。

拍手が鳴り止むと、志恵瑠先生が妹に語りかける。
「はい、ありがとうございました。
 お兄さんの『キョンくん』への思いがつまった、本当に素晴らしい作文でしたね。
 先生も感動しちゃいました」
教室中から、改めて拍手が妹に送られる。それを受けた妹は恥ずかしそうに舌を出す。

そんな光景に感動を覚えていた俺だったが、
どうやら神はまだ最後のどんでん返しを用意していたらしい。
妹がはしゃいだ声で、志恵瑠先生に言い放つ。
「あのね~先生、今日は実はそのキョンくんが来てくれてるんだよ~」
そして、俺の方を嬉しそうに指差す妹。教室中の視線が俺に集まる。
お前は・・・!何てことを・・・!

「あらあら、あなたがお兄さんですか。
 親御さんの中でも飛び抜けてお若く見えたんで、ちょっと不思議に思ってたんですけど・・・。
 そういうことだったんですね」
志恵瑠先生が俺に微笑みかける。
「ハア・・・妹が・・・いつもお世話になってます・・・」
一気に注目の的になってしまい、顔から火が出そうなほど狼狽していた俺は、そう返すのが精一杯だった。

すると志恵瑠先生はふと視線を移し、
「えーと・・・それでそちらの方もずいぶんお若いように見受けられるんですけど・・・」
と、ハルヒに向かって言う。
ヤバイ・・・ハルヒに注目がいってしまっている・・・。
「えーとコイツは・・・」
何とか適当に誤魔化そうとした俺だったが・・・
「こっちはハルにゃんだよっ!」
という元気な妹の声に遮られてしまった。

「あらあら、先程の作文の中でも出てきた方ですか?
 もしかしてお兄さんの彼女とかですか?お綺麗な方ですね。
 ただ、妹さんの気持ちも考えて、節度を持ったお付き合いをしなくてはいけませんよ?」
ニヤニヤと俺の方を見ながら言う志恵瑠先生。
それを受けて同じくニヤニヤとする保護者一同。
恐れていたことが起きてしまった・・・。

しかし、
「別にキョンとはそういう関係ではありません。
 言うなれば私は彼の『上司』です。今日は部下の妹さんの晴れ舞台を見に来ただけですよ」
と、ハルヒが外向けの笑顔を浮かべ、同じく作ったような丁寧な口調で言い放つ。
「あら、そうなんですか」
と、志恵瑠先生。
何故か、2人の間には見えない火花が散っているように見える・・・。
「あなたにはあの人外アーパー猫女と同じ臭いがします。いい勝負が出来そうですね」
と、闘気満々で笑顔を見せる志恵瑠先生。かなり怖い。
「先生こそ、あたしの不思議センサーがビンビン反応していますよ?
 昼は優しい女教師でも、夜は何をしているか、わかったもんじゃありませんね。
 先生らしいその白衣の下には、凶器を隠し持っているなんてこともあるかもしれませんね?」
と、反撃するハルヒ。

そんな2人のにらみ合いもそこそこに、授業参観は終わりを告げた。
他の保護者達と同じように、学校を出る俺とハルヒ。
ふと、ハルヒは足を止め、
「アンタさ、今日は妹ちゃんと一緒に帰ってあげなさいよ」
と言った。意外だった。今日はまだまだ時間もあることだし、
俺はてっきりこの後もハルヒの暇つぶしに付き合わされると思っていたからだ。
「いいのか?」
「あたしがいいって言ってるんだからいいの!団長命令よ!」

結局、ハルヒは先にそそくさと帰ってしまった。
俺はといえば、校門の前で妹が下校してくるのを待っている。
もしかしてハルヒは気を利かせてくれたのだろうか。
妹があんな作文を読んだもんだから、少しでも兄妹水入らずの時間を作ってくれようとしたのかもしれない。

1時間ほど暇を持て余していると、未だに体格に比べて大きく見えるランドセルを背負った妹がやってきた。
隣にはミヨキチもいる。
「よっ」
俺は右手を上げ、妹に声をかける。
「お兄さん?」
「あれ~?キョンくん待っててくれたの~?」
ミヨキチも妹も意外そうな声をあげる。
「ああ、せっかくだし、一緒に帰るか?
 ミヨキチも、家まで送ってくぞ?」

「やった~」
とか言って嬉しそうにはしゃいでいる妹とは対照的に、
「そんな・・・いいんですか・・・?」
と言って、ミヨキチは恥ずかしそうに俯いたままだ。
あんな作文の発表を誰あろう俺に聞かれた後だからな。この反応にも仕方ないものがあろう。
まあ、俺もちょっと気まずかったんだがな・・・。

ミヨキチの家はウチから近所だったこともあり、送っていくのは容易だった。
道中はしゃいで喋りまくる妹とはこれまた対照的に、ミヨキチは黙ったままだった。
そんなこんなしている内に、ミヨキチの家に到着する。

「わざわざ送っていただいて・・・本当にすいません」
丁寧な挨拶と共に頭を垂れるミヨキチ。

「いやいや、いいって。コレぐらい」
ミヨキチは何やらもじもじと組んだ手を動かし、視線をチラチラと彷徨わせた後、
俺の目をまっすぐに見据えて、
「今日は・・・ヘンな作文を読んでしまって・・・ごめんなさい」
と、寂しそうに目を伏せた。
「いや・・・別にいいって。まあ、その、俺も悪い気は・・・しなかったし」
そう言うと、ミヨキチは一気に顔を赤らめた。ただ、その表情は、少しだけ嬉しそうになっていた。
「また・・・一緒に映画に行ってくれますか・・・?」
「ああ、俺でよければ、ね」

するとミヨキチは、あと数年も経てばきっと朝比奈さんも凌駕するかもと言うほどの、
可憐で可愛らしい笑顔を浮かべた。

「それじゃあ美代ちゃん、また明日ね~」
そんな妹の言葉に見送られ、ミヨキチは玄関へ入っていった。

はあ・・・何だかんだ言って、またデートのフラグを立ててしまったわけだが・・・、
俺はロリコンじゃないぞ。コレだけは強調させていただく。

気を取り直し、俺は妹に声をかける。
「それじゃあ、俺達も帰るか」
「うん!」
妹は元気に返事をした。

俺の前を、ホップステップジャンプという感じで楽しそうにスキップしている妹。
俺はそんな妹の姿を見て、こんな言葉をかけた。

「ごめんな」

妹はピタッと立ち止まり、振り返ると、キョトンとした表情を浮かべる。

「『ごめんね』ってなにが~?」
「いや、お前には寂しい思いをさせちまったな、と思って」
妹はふるふると首を振ると、
「いいんだよキョンくん。たしかにちょっとさみしかったけど・・・、
 わたしSOS団のみんなといる時のキョンくん、楽しそうで好きだよ?」
妹はニコッと笑う。
「そう、か・・・。まあこれからはもうちょっと遊んでやれるようにするからな」
俺はわしゃわしゃと妹の頭を撫でてやる。
「くすぐったいよ~」
と、むずがる妹。

すると妹は俺の手からするりと抜け出し、唐突に言う。
「キョンくんはハルにゃんとつきあってるの~?」
「はあ?」
なぜ、そんなことを聞くのだろうか。
「付き合ってないぞ」
俺は普通に答える。まあ、傍から見るとそう見えても仕方ないのかもはしれないが・・・。
谷口や国木田にも何度となく言ったが、俺はハルヒと接着する気など毛頭ないぞ?ホントだ。

「じゃあみくるちゃん?」
うーむ、もしお付き合いできたらどんなにか喜ばしいことだろう。だが残念ながらそんな事実はない。
「じゃあ有希ちゃん?」
長門とも付き合ってはいないぞ。
「鶴屋さん?」
右に同じく、だ。
「もしかして古泉くん?」
断固否定させてもらおう。というか何でその名前が出てくるんだ?
これは1度妹の部屋の本棚を漁る必要があるな、兄として。
『く○み○テ○ニ○ク』辺りの、妹に悪影響を及ぼすような漫画が混ざっているのかもしれない。

「あのなあ・・・何でそんなこと聞くんだ?」
俺はひとつため息をつき、諦め半分に聞いてみる。

「だってキョンくんに彼女が出来たら・・・今よりわたしにかまってくれる時間が減るかもしれないし・・・」

「あ・・・」

俺は今日2度目の、胸を金槌で打たれるようなショックを感じた。
俯いて、寂しそうに目を伏せてしまった妹。

そんな妹の頭を、俺は再度わしゃわしゃと撫でてやる。

「大丈夫さ」

顔を上げる妹。

「彼女が出来ようと何があろうと、お前は俺の『妹』だろ?」

すると、妹の表情はと台風一過の空のように、ぱあっと晴れ渡った。

「うん!」

そう返事をして、妹は俺の前方へと駆け出す。
「オイオイ・・・そんなに急ぐと転ぶぞ?」
そんな忠告もどこ吹く風。
妹はくるりと振り返ると、いつものあのヒップドロップをかますようなめいいっぱいの元気で、

「そうだよね!キョンくんの『妹』はわたしだけだもんねっ!」

と大声で叫ぶと、俺の胸に向かってタックルもとい抱きついてきた。

「オイオイ、ちょっと痛かったぞ?」
「えへへ~、キョンくん大好き~」
「ほら、もういい加減離れろ。6年生なのに恥ずかしいぞ?」
「いいんだも~ん」

どうやらこの妹が兄離れをするのはまだまだ先らしい。
幸いなことに俺もそれでもいいかな、なんて思ってる。
何しろ、兄であるこの俺が、
まだまだ妹に兄離れなんてしてほしくない、なんて思ってるからな。

最初は堅苦しく感じていたスーツも、慣れてしまうと心地よくすら感じる。
そしてそれ以上に――
腰に纏わりつくこの小さな妹の感触も心地よいなんて――
そんなことを感じる今日この頃――妹と2人での家への帰り道であった。

―――FIN―――


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