例えば、仮に運命と言う名のさだめがあるとしよう
それは決してあらがうことはできないのだろうか


その問いに答えよう
人は、運命に逆らうことはできる
確実なものは、絶対に存在しない

 
ただ、あがらった先、運命が変わっても
それは必ずしもいい結果を産み出すとは限らない

 
そして、あいつはその先にあるものを知っていた
知っていたんだ

 
だけど、あいつは運命を変えたんだ

 

 

 

 

 

 

           ‐ 朝倉涼子の終焉 ‐

 

 

 

 

 

死っていうのは一体どういうものか、一度は誰しもが考えたことがあるだろう

 

永遠の別れ
哀しみに包まれた安息の眠り
運命の終着駅

 

大抵の人間は、死を恐れているだろう
実際、俺も死は好きじゃない
じゃあ、もし自分の命が、一週間後、失われてしまうなら、どうする?
俺は、その問いに対して、明確な答えを出す自信がないね
その時にならないと、考えても無駄な気がするしな
実感がわかないしな

 
じゃあ、もしそれがあがらえないものだったら?

 
考えたくもないね
そうだろ?

 
思わず身震いする
そんなどうでもいい事を考えながら、暇を潰していた

 
今は六時限目
もうすぐ放課後だ

 
昔はあんなにもわずらわしかったのにな
人の環境の変化に対しての順応力は凄いな
自分の身体によくやったと努力賞をくれてやりたい
そんな生命の神秘に感動しつつ、俺は時計を見やる
SOS団が待ち遠しい

 
―――5―――

 

―――4―――
 

―――3―――
 

―――2―――
 

―――1―――

 
キーンコーンカーンコーン
待望の鐘が鳴り響く
終わった!
俺はわけのわからん言葉の羅列の書かれたノートとシャーペンを投げ出した

 
後はホームルームで終わりだな――――

 
「ねぇ、キョン」
なんだ?
後方から言葉がかけられる
俺にでかすぎて投げる程の刺激をプレゼントしてくれた張本人だ
言わずもがな、涼宮ハルヒだ
「みくるちゃんのコスプレ、今度は何がいいと思う?」
なんだ、唐突に
「たまには皆のリクエストも聞いてみたいと思ってね」
そうか
「なるべく簡単なもんにしてね、入手に困るから」
お前なら願うだけで手に入るさ、と思いつつ
考えとくよ
と無難な返事をした
ごめんなさい、朝比奈さん
「じゃあ、私は先に行くから」

 
ハルヒがそう告げると同時に、岡部の解散の言葉がかかる
ハルヒはいつも通り、一瞬で廊下に駆け出した
その元気を少しでいいから分けて欲しい
思わず呆れながら、後を追う
「じゃーな、キョン」
「また明日」
おう、またな、国木田と谷口

 
クラスの連中に別れをつげ、俺はSOS団へと向かった
もはや日課となった活動
黙々と窓際で読書にふける長門
やる前からすでに負けるとわかっているのに懲りない古泉
メイド服姿で部室専用の空気洗浄機役の朝比奈さん
そして行動の九割が思いつきと言ってもいいハルヒ

 
今日は何があるのかね?
期待と不安を抱え、ドアを叩いた

 
――――結局、その日は何もなかった

 

いや、何も起こらないならその方がいい
ちょっと残念な気がするのは気のせいだと思おう
俺はマゾじゃないからな
うん、気のせいさ

 
なんてな

 
長門が本を閉じ、それと同時にハルヒが解散を告げた
荷物をまとめ席を立つ

 
「じゃ、また明日ね!」
一番にドアから飛び出していくハルヒ
またな
「では、僕も失礼します」
古泉が爽やかスマイルで出ていく「着替えるので、どうぞお先に」朝比奈さんが俺と長門に告げる
では、失礼します
そう言って、長門と部室を後にする

 
下駄箱を通り、校舎をあとにする
坂道の途中で長門の視線を感じ、振り返る
長門が何かいいたげな視線で俺を見ていた

 
どうした?

 
しばらく沈黙が続く
勘違いだったか?
そう思って長門から目を反らす

 
「気をつけて」

 
不意に開かれた長門の口
またか?

 
何かあるのか?
俺が聞くと長門は少し迷うような仕草を見せる
ごくわずかだがな

 
何が起こるんだ?
「すぐに、わかる」
長門はまだ何か言いたそうだったが、沈黙を続けた

 
生命の危機とかは、ごめんだぜ?
「大丈夫――――
         ――――私がいる」

 
長門とはそのあとすぐ別れた
「じゃ」
またな

 
何かの違和感を感じる
虫の知らせってヤツだ
嫌な予感がするっていうのか、何か起こる気がした

 
――――そしてその予感は当たった
それは、よかったのか悪かったのかわからないがな

  

 

 

 

―――――朝日が昇る

 
カーテンが開かれた
寝袋で床で寝ていた俺は眩しさに目を覚ます


「おはよっ」


いつもと違い、俺を起こしたのは妹じゃなかった
そいつの無邪気な笑顔は、本当に、ただの少女にしか見えなかった
さすが、谷口曰くAAランク+だな、とても殺人鬼の笑顔には見えないぜ?

 
昨日の朝まで俺の寝ていたベッドから身をのりだし、
朝倉涼子が、俺の顔を覗きこんでいた

 

………
……

 

俺が自宅の玄関についた時、そこにあいつがいた
私服で、まるで旅行に行ってきたかのような大荷物を抱え、俺を出迎えた
「久しぶり」
朝倉涼子が俺を見て微笑んでいた


なんでお前がここにいるんだ?


思わずぎくりとしたが、俺は表情に出さなかった
「あんまり驚いてないのね?」
驚いてるさ
「とてもそうは見えないけど?」
ほっとけ、どうでもいいだろ、んなこと
「まぁ、そうね」
そうだ
今俺が聞きたいことは別にある


なんで、お前がここにいる?
先程の質問を繰り返す
「カナダからね、両親残して私だけ帰省したの」
と、いう設定か?
「あはは、まぁ、そんなところね」
そうか
「いやー、理解が早くて助かっちゃった」
んで?
「何?」
俺の家の前に居る理由はまだ聞いてないぜ?
「ああ、そっか」
そうだ
「ふふ」
もったいぶらずに早く言え


「前に住んでたアパートに戻るわけにはいかないでしょ?」


ん?
「でもホテルに泊まるのももったいないじゃない?」
おいおい
「一週間だけ、泊めてくれない?」
おいおい待て待て

普通の男子高校生なら泣いてとびつくようなシチュエーションだな
しかし俺は別だ
そりゃそうだろ?
朝倉涼子だぞ?
次の朝起きたら頭と体が離れ離れ、ってことになりかねん
勘弁してくれよ
ほんとにな
それに、情報なんたら体の力ならホテルに泊まることぐらい造作もないだろうが
長門のところに泊まればいい
まぁアパートの住人が朝倉が戻ったのをききつけ、どうやって引越し屋も呼ばずに全ての荷物を運び出したか聞かれたりしたら困るのだろうか
ならなおさら知り合いの誰もいなさそうなホテルに泊まればいいじゃないか
「……」
それに俺は自分の命を二度も奪おうとした奴と一週間も過ごす勇気なんてない
そんなことになったらうまく死を回避できてもプレッシャーで俺の精神は崩壊しかねん
ムリだ
もう一度だけ言う、無理だ


「……そっか」


はっとして見上げる
そこに立っていたのは俺の知っている殺人鬼でも、谷口曰くAAランク+の美少女でもなかった
まるで大切な人に裏切られたかのような、寂しげな顔をした少女だった
「そうだよね」
え?
「迷惑だよね」
……
朝倉はほんの少し
ほんの少しだが、瞳が潤んでいる
こいつにも感情ってのがあったのか
そりゃそうか、じゃなきゃクラスで人気者にゃあならんしな
「長門さんにプロテクトかけてもらったけど、実際私も自信ないしね」
長門は知ってたのか
「そりゃそうよ、同類だもん」
……
長い沈黙が場を支配する
朝倉は今にも泣き出しそうだ
やばい、さすがに良心にちくちくくる
はたから見ればいたいけな少女を追い出そうとする血も涙もない鬼畜生にしか見えそうもないな
幸い人は周りにいないが
そして沈黙を破ったのは、意外にも俺のほうだった


そういえば、まだ戻ってきた理由を聞いてなかったな


「え?」
急に声をかけられあわてる朝倉
なんでお前は長門と違ってこんなに人間らしいんだよ
俺は落ち着いて質問を繰り返した
「え、ああ、戻ってきた理由、ね?」
そうだ、それを聞かせてもらってない
「もう一度ね、チャンスを貰ったの」
チャンス?
「長門さんのバックアップとしてのね」
……
それと、俺の場所に泊まろうとする理由は?
「………」
再び黙り込む朝倉
どーした?
「迷惑?」
そう言って上目遣いに俺に視線を送る朝倉
やばい
正直俺も健康な男子高校生だ
こんな視線を送られたらほんとにどうしようもない
だが、俺は理性を総動員した
だからってなぁ───


「あ、キョン君おかえりー!」


俺は言いかけた言葉を飲み込むしかなかった
妹が玄関を開け俺にとびついた
なんて間の悪い奴だ
もし神様が居るなら恨むませてもらう
「あれ?お姉さんだーれ?」
妹が朝倉の存在にきづいた
そして当然のように浮かぶ疑問を語る
「私は朝倉涼子」
「涼子ちゃん?」
「そうよ」
妹の疑問に答える朝倉
「キョン君のお友達?」
妹は俺を見た
そして俺は心底まいったのか、何を血迷ったのか、朝倉に助けを求める視線を送ってしまった
そのせいで朝倉の表情をもろに見てしまった
朝倉は、眉をしかめていた
どこか寂しそうなその表情を見て、俺はとっさに言ってしまった
「ああ、友達だ、元クラスメートだ」
「そうなんだ」
ちょっと後悔したね
でもその時の朝倉の顔は、とても嬉しそうだった
そしてなし崩し的に、妹に推されるように、朝倉は俺の家に入っていった


もしかしたら、任務のためにただひたすら活動していたのかもしれない


人気者になったのも、ハルヒに近づいても怪しまれなくするためだったのかもしれない
もしかしたら、本当の意味での友達を朝倉は持っていなかったのかもしれない
そして、本当は俺を、手にかけたくなどなかったのかもしれない
でも、感情を押し殺して───


そこまで思うと、なんか自分が無性に情けなく感じた
無理もないことだと思うが、俺は命を狙われたというだけで(それで十分なのかもしれないが)、朝倉を拒絶していた
そして一度もまともに朝倉を見たことがなかった
そういえば、クラスにいた時のあいつも、常に周りのために活動していて、自分のことは後回しだった気がする
本当は、ただの殺人マシーンじゃないのかもな


少なくとも、長門はそうだからな


玄関で靴を脱ぐ朝倉に対して俺は口走っていた
あとで後悔してもいいや、もう気にしない
こいつの本音を聞くいいチャンスかもしれないしな

 

朝倉──
「え?」
わかった
「何が?」
泊まれよ

 

「─────ありがとう」

 

俺の家族ってなんでこう人づきやすいがいいっつーか、物分りがいいんだろうな?


事情を説明し、朝倉が泊まることをいとも簡単にオーケーを出した母親
そしてずっと嬉しそうに朝倉にまとわりついていた妹
なんとなく微笑ましくなったね
朝倉が俺の命を狙ったことがなければ、もっとよかったんだがな


あまり部屋数にゆとりがなかったために、朝倉は妹の部屋で泊まることになりそうだった…が


なんでだ、おい
「ごめんね、ベッド借りちゃって」
まぁ寝袋で寝るのは別に構わないんだが
「そう」
俺が言いたいのはそういうことじゃない
なんで素直に妹の部屋に泊まらなかったんだ?
「おねがい」
両手をあわせ、微笑む朝倉


反則だな、というかお前多少卑怯じゃないか?
「えへ」
舌を出していたずらっ子の顔をする朝倉
お前笑顔のバリエーションありすぎだろ
古泉といい勝負ができるんじゃないか?
「お話もしたかったし」
まぁ、それはいいが、ちょっと長門に連絡するぞ?
「なんで?」
プロテクト、だったか?
直接長門の口から聞かなきゃ信用できんからな
「あら、嘘ついてるんだったら、あなた今頃死んでたわよ?」
そうだろうな、だが用心にこしたことはないだろう
「信用ないわね、私」
人の命を狙っといてよくもまぁ
「いいじゃない、過去のことなんだし」
過去のことですますな
あれは軽~くトラウマもんだぞ
「あはは、冗談よ」
俺は携帯を持って、廊下に出た


プルルルルルル……
ガチャッ


長門か?
俺だけど
『何?』
朝倉のことなんだが
『……』
知ってたのか?
『……』
電話の向こうで長門が頷く気がした
お前のバックアップだって言ってたが
『そう』
そうか


『私が推した』


は?
『だから彼女になった』
ちょっと待て、マテマテマテ
お前が彼女がいいって言ったのか?
『……』
確かにお前とは馴染みらしいが


俺はあっちの世界の朝倉と長門の関係を思い出していた
『ごめんなさい』
長門の声に少し申し訳なさそうな雰囲気が混じっていた
いや、まぁ、長門がそれがいいって言うなら、いいんだが


『そう』
少し安堵したような声だった
たぶん俺に怒られると思ってたんだな
大丈夫なのか?
『?』
前みたいに俺の命を狙ったり、とか
『それは大丈夫
 現在急進派は動きが極端に制限されている』
長門は続ける
『もし一週間の任務期間中に急進派が優勢に立っても大丈夫
 私が直接朝倉涼子にあなたに危害を加えられないようにプロテクトをかけた』
さっき朝倉が言っていたのはそのことか
『それに』
ん?
『プロテクトをかけるように提案したのは彼女』
なんだって?
『朝倉涼子は本来、誰かを傷つけることを好いてはいない』
……
『ヒューマノイドインターフェイスのベースは人間、だから個々に多少の個性がある』
それはわかるが
『そしてあなたを殺そうとした時、朝倉涼子は完全に自我を崩壊させられていた』
何?
それは急進派が、あいつを無理矢理ってことか?
『そう』


そうか、ありがとな
そう言って俺は携帯の電源を切った
少し怒りがこみ上げてきた
朝倉も長門も統合なんたら体がいないあっちの世界では、普通の人間だった
そのことを知っている俺は余計腹が立った
統合なんたら体がどれだけ偉いが知らんが、他人の心を無断で壊す権限があるのか?


決めた


俺は勢いよくドアを開けた
その勢いで朝倉は目を見開いていた
ああ、お前は確かにただの人間だ、こうしてる限りでは、な
「どうしたの?」
朝倉に近づく
俺はそうとう怖い顔をしてたんだろう、朝倉は少し不安そうな顔をしていた
その顔を見て、ますます決意が固まる


俺は何を血迷ったのだろう
だが後悔はしなかった
むしろそうしないといけない気がした
こいつは、本当な孤独だったんだろう
俺は朝倉を抱きしめていた
「あ」
細い、力を入れたら壊れてしまいそうな、そんな華奢な女の子の体
俺は決心し、その決意を言葉に出して伝えた

 


「俺が、お前を守ってやるよ」

 


しばらく抱きしめ、俺は腕をといて朝倉の顔を見た
朝倉の瞳が少し潤んでいたのは、見間違いじゃないだろうな

 


カーテンを開ける

 

久しぶりの朝日


私は帰ってきた、そんな実感を感じる
太陽の光が、とても暖かかった
とても懐かしかった


私、まだ生きてるんだ
嬉しかった
それが、すごく嬉しかった
すごく、すごく嬉しかった


『俺が、お前を守ってやるよ』


昨日の、彼の言葉がメモリに反芻される

 

ありがとう───

 

彼に聞こえないように、そっと呟く


「う…ん」


彼が目を覚ました
あ、まぶしかったのかな?
妹ちゃんの話では、朝に弱いはずなのに


「………」
寝ぼけ眼で私を見る彼
まぶしいのか、目はほとんど閉じているけど


おはよっ


私はベッドから身を乗り出し、彼の耳元で囁く
まるで、恋人みたい
ちょっと恥ずかしいかもね
なんてね


彼が私を見た
沈黙が続く
その沈黙は長く感じられたけど、とても優しく感じた
「ああ、おはよう」
彼といられる一週間が、今始まった


───


「じゃ、行ってきます」


いってらっしゃい
彼は学校へと向かう
あとに一人残された私
私は学校へは行かない


「ごめんね、涼子ちゃん」
いえ、このぐらいは
彼の母親の母親の家事の手伝いをする
もし私がただの人間だったら、していたであろうこと


私がただの人間だったら、将来、誰かと結婚して、こうやって───


何かがこみ上げてきた
「どうしたの?」
ぁ、な、なんでもありません
恐らく顔に出てしまっていたのだろう
「少し休んだら?」
はい、ありがとうございます
じゃあ、お言葉に甘えて……


彼の部屋に戻る
部屋に入ると同時に静寂が私を包み込む
私はベッドに倒れこむ
彼の匂いを感じる
私を、守ると約束してくれた、彼の匂い
嬉しかった
彼の言葉が

 


そして、同時に、悲しかった

 

彼にはまだ伝えていない
でも、伝えないといけない
私がここにいられるのはこの一週間だけ
それをすぎたら、私は消えなければいけない


じゃないと、私は……


今だけは、泣いてもいいよね?
誰もいない彼の部屋
彼の匂いにつつまれて
私は、泣いた
静かに、咽び泣いた


誰かに優しくしてもらったのは、初めてだった


ずっと、ずっと孤独だったから
人気者を演じてはいても、本当の私を誰も知らなかった
本当の私を見たら、皆私を嫌ってしまっただろうから
でも、彼は違った
彼は、本当の私を知った
知ったのに、私に優しくしてくれた
私が泊まることを許してくれた
とても嬉しかった
本当の、脆弱な私を、受け入れてくれたから
私を守ると、言ってくれたから


でも、その彼とも、すぐに別れなければいけない


『あなたはとても優秀』
あの時、長門さんに言われた言葉


────長門さん、私は、全然優秀じゃないよ


自分の感情を、押し殺すことができないから
だから、私は優秀じゃない
あなたほどに、冷静でいられない
長門さん、あなたが羨ましい
もし、長門さんが私の立場にいても、彼女なら淡々と過ごすだろう――――


────私は、人形になりきれなかった人形

────私は、人間には決してなれない人形

────私は、感情を持ってしまった人形

────私は、できそこないの失敗作の人形

────私は────


静寂につつまれ、窓から陽の光が差し込む、温かな部屋
私の吐息と、時計だけが、音を刻む
誰にも邪魔されることなく、私は感情をさらけ出していた


……一人で、誰にも知られることなく……


時を刻む音の布団の中で、私は呟いた
そしていつしか、私はそのまま眠ってしまっていた────


………
……

 

SOS団の活動が終わり、家についた時、すでに外は真っ暗だった
ふぅ、疲れた


「キョン君、おかえりー!」
おう、ただいま
お前はいつになったらお兄ちゃんって呼んでくれるんだ?
「おかえり」
ただいま、あれ?朝倉は?
「あんたの部屋で寝てる
間に家事手伝ってくれたんだけど、なんか具合悪いみたい」
具合が悪い?
あいつがか?


俺は階段をのぼって、自分の部屋に入った
あいつは俺のベッドの上で寝ていた
その顔は、ただの女の子だ
なんども言うようだが、谷口の個人的美的ランキングAAランク+なだけはある
いや、AAAランクと言っても過言じゃないかもな
それだけの魅力をこいつは持っている


行動は別だがな?


俺は薄暗い部屋の明かりをつけた
「う…ん」
起きちゃったか?
「ぁ……ぉかえり」
おう、ただいま───


俺は正直驚いた
朝倉の目は赤く、まるでさっきまで泣いていたようだった
目元からは、確かに涙の流れたあとがあった


俺の視線に気がついたのか、朝倉は慌てて目元を拭う
泣いてたのか?
「え、あ、うん、まぁ」
あわてて答える
その仕草に不覚にもくらっと来てしまった
油断してると惚れてしまいそうだな
まぁ俺には朝比奈さんや長門で慣れてるからそれはないが
あ、ハルヒは別だぜ?


「あ、今何時?」
ん?6時半過ぎ…か
「やばっ、お母さんの手伝いを」
いいよ
立ち上がろうとする朝倉の肩を押さえ、座らせる
すると朝倉はキョトンした顔で俺を見上げる
その表情は反則だ
休んでな、具合が悪いんだろ?
「あ、もう大丈夫だから」
本当か?
「うん、ありがとう」


ばつの悪そうな顔で朝倉は部屋を出て行った
なんか今は俺と二人きりは落ち着かないらしい
なんでだろうか
まぁいい
今は朝倉が出て行ったから着替えられる、か
まだ制服だったことにきづき、俺はズボンを脱ぎ、上着を脱いで――――


「あ、そうそう、洗濯物の───」


なんてタイミングで戻ってくるんだこのやろ!
見る見る顔の赤くなる朝倉
羞恥って感情もちゃんとあるんだな、こいつには
そのせいで余計に恥ずかしさが増す
顔から火が出そうだ
「あ、その、ごめん!」
そう言い残し朝倉はドアを勢いよく閉めて階段を駆け下りた


…やれやれ


………
……


やっちゃったー、どーしよ


私は彼に洗濯もので彼に自分のを運んどいてという彼のお母さんからの伝言を伝えようと戻った
そしたら彼が下着一枚で立っていて着替えるところだった
やっちゃったやっちゃったやっちゃった
そうよね、普通なら帰ったら着替えるわよね
ノックしない私のほうが悪いんだもんね
ヤバい、私顔真っ赤じゃない?
皆とご飯食べてるのに……
やだそんな顔で見ないでよ


「どーしたの涼子ちゃん」
なんでもないよ、妹ちゃん
「顔真っ赤だよー?」
気のせいよ、大丈夫だからね?


あー恥ずかしい
昨日の今日であんなことしちゃうとか
あーヤバい
なんでこんなどーでもいい感情ついてんだろ


夕食をかなりのスローペースで食べて、私は居間に行った
とにかく彼と顔を合わせられなかった
恥ずかしくて
長門さんなら平気なんだろうな
私やっぱりダメダメね
少し落ち着いてきた
後で謝っとこ


「朝倉ー風呂空いたぞ」
うん、ありがとう
風呂あがりの彼が私の顔を覗く
何?


「いや、お前ほんとにこうしてるとただの女の子なんだな」


なっ!?
落ち着いたはずなのにまたドキドキしてきた
お風呂入ってくる
そう言ってその場を立ち去る
彼は確信犯なのだろうか


もお──
思わず口から不平が出る
『女の子なんだな』
当たり前じゃない?
確かに、私は彼と同じ大多数の人間と同じとは言えないけど
性格だけなら、普遍的な女子高校生なんだし…

まあいいや
お風呂入ってさっぱりしよう

 

───


「元気出たようだな」
え、なにが?
彼が部屋で聞いてきた
「さっき泣いてたようだったから」
あ、うん、もう大丈夫
「そうか」
うん
「何かあったら俺に言えよ?」
ありがとう
でもね?


その優しさのせいで、私は泣いたんだよ?


そう心の中で呟いた
彼には、まだ伝えられていない
伝えなきゃ、伝えなきゃ
『お前を守る』
その言葉は、私にとっては残酷な優しさ
嬉しかったけど
悲しみもその分増える…


あのね…


「ん?」
…言わなきゃ、伝えなきゃ…
静寂が場を支配する
昼間みたいな優しい静寂とは違う
この静けさは、私の心臓をキリキリと掴んでいく
そして少しずつ握りつぶしていく


「朝倉?」
はっ、として頬に手をやる
濡れていた
なんか、私、戻ってきてから泣いてばかりの気がする
しかも、ほとんどが彼のせいで
「どうした?」
彼が心配そうな顔で聞いてくる
ごめんなさい、なんでもない



嘘なの
なんでもないわけじゃないの、だけど彼には伝えられない
彼に、伝えられる、わけがない
私は知っていた
黙っていることは、その時が来た時、ただ彼を傷つけるだけ
でも、今伝えて、愕然とする顔も、見たくはないの
矛盾
矛盾してる
私は、やっぱり失敗作
「朝倉───」
急に、私に近づく彼
あ──


また、彼が私を抱いてくれた
その腕がとにかく暖かくて
一週間後、消えてしまうというのに
私は、偽りの命だというのに
その暖かさは、全てを忘れさせてくれた
彼の胸に、頭をうずめる
私の涙が、彼の服を汚す

 

──ありがとう──

 

私は再び呟いた
その言葉が、私にできる精一杯の、恩返し
今私が言葉にできる唯一の、真実

 

──ありがとう──

 

そして私は彼の腕の中で眠りに落ちていった


………
……


朝倉が家に来てから、2日目の朝を迎えた
泣きつかれたのだろう、俺が朝食を食べて学校の準備をしている最中、やっと起きた


「あ、今何時?」
んー、7時半ぐらい
「学校行く時間ね」
ああ、今ちょうど準備が終わったところだ
「そう」
少し寂しそうな顔をしていたのは気のせいじゃないだろう
恐らく俺が学校に行ってる最中、孤独と戦っているんだろう
母さんは朝倉の本当の姿を知らない


俺は気づけば、朝倉に提案をしていた
なぁ、久しぶりに学校を覗いてみないか?
「え?」
キョトンとした顔で俺を見る
クラスの皆もお前に会えたらすっげー喜ぶと思うぜ?
「でも、こんな急に…」
帰省してて、急に懐かしくなって顔を覗かせた、で十分だろ
「……」
行こう、家にいても暇なだけだろ
「いいの?」
何が
「迷惑じゃない?」
迷惑?
なんでだよ
「……」
今は自分のこと考えろ、な?
たまには、他人に甘えてもいいんだぜ?
少なくとも、俺のところにいる間は、俺に甘えろ
ぶっちゃけ、今の俺には朝倉は妹みたいな存在だ
妹につらくあたる兄なんていないだろ?
「あり、がとう」


朝倉は大急ぎで飯を食べて準備をした
さすがに制服はなかったから私服での訪問者ってことになるだろうな
でも、それでも十分だろ?
こいつには孤独は似合わない
やっぱ教室で人に囲まれて笑っているのが似合うな
朝倉、本当のお前のことを知らなくてもな


クラスの皆は、お前が思っている以上にお前のことが好きなんだぞ


朝倉が準備するのを玄関で待ち、二人そろって家を出る
「なんか恋人みたいだね」
朝倉が少し頬を染めながら呟く
ああ、そうかもな
確かにはたから見ればそんなふうに見えるかもな
ハルヒに見られたら、あいつどんな顔すんのかな


なんてな


今は皆は関係ない
少なくとも、今の朝倉を孤独から救ってやれるのは俺だけなんだから
長門も、できると思うけど
俺は朝倉を助けてやりたいから


朝倉
「え?」
行くか
「うん」
微笑む朝倉
思わずこっちもつられて笑っちまう

本日は、快晴なり

 

────


ちーっす
「おっす!キョ──」
「あれ?朝倉さん?」
固まる谷口と冷静な国木田
開けるのはチャックだけにしとけ、口をしめろ谷口


「久しぶり」


朝倉が満面の笑顔で答える
「え!?嘘!朝倉さん!?」
「どこどこ?」
急にクラスの女子に取り囲まれる朝倉
お前にはそのほうが似合ってるさ
ふぅ──
俺は肩の荷がおりたような気分自分の席についた
後ろを見るとハルヒが口をぽかんと開けて朝倉を見ている
谷口とリアクションがおんなじだぜ?


ハルヒ
「え、な、何?」
口開けっ放しだぞ
「な!関係ないでしょんなの!」
そーだな


「キョン君」
いつの間にあの囲いを脱出したのか、朝倉が目の前に立っていた
「私、授業の間は適当にブラブラしてるね」
ああ、わかった
「そろそろホームルームだね、じゃね」
朝倉はそう言って教室から出て行った


「なんであんた、朝倉さんと」
ハルヒが話しかけてくる
ん?俺んちに泊まってるんだよ
「聞いてないわよ!?そんなの」
言う必要がなかったからな
ハルヒが席から立ち上がって俺の襟を掴む
ちょっと力入れすぎだ、苦しい……
「何よ!謎の転校をした朝倉さんが戻ってきたのなら、十分SOS団に関係してるじゃない!」
なんでだよ


「というか、泊まってるって何!?あんた朝倉さんと暮らしてるの?」


あー、そのな?
大声で怒鳴るな、周り視線が痛いから
おい、谷口、殺気が漏れてるぞチャックから
一週間だけだよ、他にあてがなかっただけだ
「ホテルにでも泊まればいいじゃない!」
金がもったいないだろ?
一週間もホテルに泊まるぐらいなら俺だって知り合いの家に泊めてもらうさ
「そこでなんであんたんちなのよ?」


実際朝倉のあてっつったら長門か俺しかいないだろうからな
長門のアパートに戻ったら住人からいろいろ聞かれるに違いない
だけどそれを説明にハルヒに言うわけにはいかない

 

その、な?
「何よ」
こうなったら口からでまかせだ
朝倉があわせてくれることを祈ろう
そう願い俺は真っ赤な嘘を語った
───実はな、朝倉とは遠い親戚なんだ
「へ?」
呆然とするハルヒ
ちょっと突飛過ぎたか?
生命の起源すら違うからな、俺と朝倉は
信じられないのも無理はあるが


「そっか」
待て、そんなすぐ納得するのか
「違うの?」
いや、そうだが
ハルヒは俺が説明したら納得したように席に座った
ハルヒにしてはものわかりがいいな
俺は掴まれた襟を正した

あとで朝倉に口裏を合わせてくれるように頼んどくか

朝倉は休み時間になるたびに教室に顔を覗かせた
ハルヒは朝倉に大量の質問を浴びせかけた

さすが朝倉、と言っておくか
ハルヒの質問の一つ一つに、矛盾点の見当たらない完璧な答えを返す
そのやりとりに俺は舌を巻くしかなかったね
結局朝倉は俺の母親の従兄弟の叔母の姪の娘の従兄弟の娘、ということになった
よくそこまで一気に思いつくね
断言できる、俺はそんな設定覚えることはできん
ハルヒもさすがにそこまでの事実確認は不可能と諦めたのか、おとなしく席に座る


退屈な授業中、俺は朝倉が校庭の隅のベンチに座り本を読むのを眺めなら、時が流れるのを待った


────キーンコーンカーンコーン────


最後の授業が終わり、俺は荷物をまとめ始める
「キョン!今日は朝倉さんも臨時団員だからね!ちゃんと連れてきなさいよ?」
ハルヒは一気にそう捲くし立てた
そしてまだホームルームがあるのにもかかわらず、教室を飛び出る
はやすぎだ、おい


ホームルームが終わり教室を出る
「キョンー、今度お前んち遊びに行っていいかー?」
「こんたんまるわかりだよ、谷口」
そうだな、国木田
それに谷口、あいつはあと5日しかいないぞ?
「そうか、残念だ」
ああ、んじゃな
「また明日、ほら谷口、行くよ」
国木田は谷口のおもり役なんだろうか
思わず苦笑が漏れ出る


「お疲れ」


他のクラスメイトにも挨拶を返しながら
廊下で朝倉が待っていてくれた


朝に言われたみたいに、


ほんとに恋人っぽい感じだな


俺がそう呟くと朝倉はちょっと頬を染める
その仕草がまた俺の脳を揺らした───


「遅い!私が来てから10分も経ってるじゃない!」
ハルヒ、お前はホームルームの存在を知っているよな?
「いいじゃない、別にホームルームぐらい出なくても進学できるんだから」
何か大切な話があるかもしれないだろうが
「そしたらあんたが教えてくれればいいわ」
俺はお前の伝書鳩じゃない
「私は団長よ?団員が必要な情報を届けるのは当然じゃない」
俺とハルヒのいつものやり取りを朝倉は笑顔で見ていた
「あら、朝倉さん、来てくれたのね!」
ハルヒが団長席から飛び降りて朝倉を捕まえる
「朝倉さん!コスプレしてみる気はない?───


────そんなこんなで本日の活動は終了した
内容はめんどくさいので省かさせてもらう
たいしたことはしてないさ
ただ部室専属メイドが二人に増えただけだ


俺は今家路を一人で帰っている
朝倉は長門と少し話をしてから帰るらしい


朝倉のことだから道に迷う、ってことはないだろう
さっさと帰って朝倉が帰ってくる前に着替えるか
二度も着替えを覗かれちゃたまらんからな


………
……


「あなたはまだ、彼に話をしていない」


うん、伝える勇気が、なくて
「そう」
もうちょっとだけ、待って
「いい、それであなたがいいなら」
うん、ごめんね、長門さん
「いい」


一般人としての彼から得た涼宮ハルヒの観察データ、この2・3日分、確かに渡したからね
「受け取った、このまま情報統合思念体へと送信する」


今の私は長門さんの完全なバックアップ
彼女が必要としている情報の収集を手伝うだけ
それ以上の権限を私は持っていない
少なくとも、この一週間は、だけど


長門さん
「何」
私、怖くなってきちゃった
「……」
一週間後、彼と別れないといけないって思って、怖くなったの
「そう」
ごめんね、あなたに言ってもどうしようもないのにね
「いい」


沈黙が時を刻む
私はただ待っていた
情報の交信を終えた長門さんが不意に立ち上がった
そして私を見た
「朝倉涼子」
え?
「あなたはとても優秀」
……
「信頼している」
そう言って、長門さんは立ち去った
その言葉で、私は少し救われた気がした


ありがとう、長門さん


わずかな声で呟き、私も場を立ち去る
もう外は暗い
校舎を出て、空を見上げる
満面の星空
夜空に浮かぶ月
あの月が満月になる夜、私は……
このまま感傷にひたっていたら、また泣いてしまうような気がして、私は家路を急いだ
彼の待つ、彼の家へ
私に優しくしてくれた、彼の元へ
温もりをくれる人の所へ


………
……


今日は土曜日だ──


あのあと帰ってきた朝倉と飯を食いながら談笑し、テレビを見て、寝た
帰ってきたときは少し寂しそうなふっきれたような顔をしていたのだが、寝る頃には笑顔に戻っていた


「おはよ」


昨日とは違い、元気に目覚めた朝倉
その気配で、俺も起きる
おはよう
「お母さんの手伝いをしてくるね」
働きもんだな、お前は
向こうの世界だと長門のために鍋作って持っていくような奴だったしな
どっかの暴走機関車に爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいね
誰とはいわんが

 

───SOS団を立ち上げて、いつの間にかかなりの時間が流れた

その時間は俺に何を与えたんだろうか
その間に俺は何を、知ることができたのだろうか
徐々に変わりゆくハルヒと戸惑い───


長門の本当はとても優しい心───


朝比奈さんの心情、そして役立ちたいという願い───


古泉との信頼、友情(?)そしてその本音───


谷口、国木田、鶴屋さん達皆との思い出───


そして、SOS団として積み重ねた日々───


でも、俺は朝倉のことは何も知らなかった


知ろうとすらしてやれなかった
本当はとてももろく、壊れやすい心
一人秘めた孤独と戦い、自分の意識を押し殺そうとする悲しみ
決めたんだ、俺は朝倉を守ってやるって
俺は、俺自身に、誓った
誰も本当のあいつを知らない
だから、俺しか守ってやれない


長門も知ってるか
向こうの世界での二人の関係からそれがわかる
いざとなったら長門と二人で、朝倉を守ってやればいい
少なくとも、朝倉が俺と過ごす一週間の間だけは、な

 


このときの俺は、
────なぜ一週間だけなのか───
不覚にもそれを深く考えなかった
考えて、やれなかった

 


「いってきます」


準備の終わった俺は、朝倉を後ろに乗せ、自転車でSOS団のいつもの集合場所へと向かった
優しくしがみつく朝倉の腕は暖かく、それでいてか弱く感じた
「初めてだな、こうやって自転車に二人乗りするの」
そうだろうな
宇宙人じゃなくてもあまり機会はない気はする
まぁ、俺は夏にすでに一回、正確には何千回と経験しているが


ふと、腕の力が強まる


「ずっと、こうしてられたらいいのにな」
不意に呟く朝倉
別に、一週間が過ぎても、たまに遊びにぐらい来てもいいんだぞ?
たまに学校に顔覗かせればクラスの皆も喜ぶだろうしな
「うん……それムリ」
久しぶりのセリフ
あの時はお前に殺されるところだったがな
だけどあの時とは違い、暗く、沈んだ声


──朝倉?


その声色に思わず声をかける俺
「何?」
いや、なんか声が落ち込んでいる気がしたから
「え?あ、やだ、そんなことないよ」
そう、か?
「そうそう、ちょっと嬉しかっただけ」
それならいいんだけど
「うん」


いつもよりは早く家を出た、にもかかわらず、俺は時間ぎりぎりで集合場所に辿り着いた
「遅い!罰金!」
んだよ、今日はちゃんと間に合っただろ?
「でも私が来たときはすでに皆いたわよ」
いーじゃねーかそれぐらい
「団長を待たせるなんて百年早いわ!」
「ごめんなさい、涼宮さん、私を乗せてたせいでちょっと遅れちゃったの」
「う、ま、まぁいいわ今日は朝倉さんの顔に免じて許してあげる、もちろん昼はあんたのおごりだけどね」
いつものような流れで俺は今日も財布係に任命された
まぁ朝倉のおかげでいつもよりハルヒの怒号が短めだったが


──あとでお礼ぐらい言っとくか


………
……

眩しい程に照りつける太陽の下
髪を撫で指の合間をすり抜けていく爽やかな風
人影もまばらな昼過ぎの公園


「ほい、買って来たぞ」


おかえり
「リンゴジュースでよかったんだよな」
うん、ありがと
伸びやかな風に包まれた午後
午前中、涼宮さんと二人でSOS団の哨戒を終えた後、皆で昼食をとった
そして長門さんのはからいで今、私は彼と二人きりでベンチに座っている


涼宮さん、すごい元気だった
思わず本音が出てしまう
「大変だっただろ、あいつと二人きりなんて」
ええ、でも楽しかった
「そりゃよかった」
実は女子ともあんな感じで出歩くの初めてだったんだ
「へぇ、そりゃ意外だな」
そう?
「クラスにいた頃、女子達と出歩いたりはしなかったのか?」
ううん、理由つけて断ってた
「なんで?」
なんでって、そりゃ、長門さんの手伝いとかもあったから
それにいつでも動けるようにしとかなきゃ何か突然の変革があったら困るでしょ?
「そりゃそうか」
そうよ
彼が微笑む
つられて私も…


静かな時間が流れていく
彼と二人、川のせせらぎを聞きながら時を刻む
不意に彼を見る
遠くを見ながら思考にふけっている
遠くを見つめる彼の顔
優しくて、頼もしい彼の顔


「ん?どうした?」


私の視線に気がついたのか、ふと声がかかる
私は、無言で彼にもたれかかる
「朝倉?」
もうちょっと、このまま
「…わかった」


不意のわがままも聞いてくれる
本当の自分を見てなお受け入れてくれる
それが何より嬉しくて、つい甘えてしまう


涼宮さんもきっと彼のこんな所に惹かれたんだろうな…


羨ましい
長門さんもきっと幸せなんだろうな
朝比奈さんも、古泉くんもきっと──


彼はとても不思議
近くにいると全ての葛藤を忘れさせてくれる
風、そう、彼は例えるなら、風


時には心を揺さぶる強い風


時には身を守ってくれる暖かい風


時には涙をぬぐってくれる優しいそよ風


彼の風に身を任せながら、私は心安らかになる
風の一部として取り込まれていく


私は、彼のことが好きなんだろうか―――


ふと頭に浮かぶ疑問
きっとそうなんだろう
ちょっと頬を染める
長門さんも涼宮さんも、朝比奈さんもひょっとしたら古泉くんも
彼にはそれだけの魅力がある
どんな醜い部分もまとめて守ってくれる
たとえ何もできない時でもそっと手を握ってくれる
そんな頼りがいが彼にはある


ありがとう


そう心の中で呟く
いつも言ってない?私
自然と微笑がもれる
「朝倉」
突然かかる声
何?
私は顔を彼の肩に乗せたまま呟く
「……」
長い
長い静寂
どうしたの?
顔をあげて彼を見た
「いや、なんでもない」

首をかしげる私
すると彼は微笑んで呟いた
「おもしろいなお前」
へ?
彼が私の頭を撫でる
暖かい掌で私は包まれる


言葉にはされなかったけど
何となくわかる
私は大事にされている
ハレモノに触るような不器用なものではなく
まるで妹を可愛がるようなもの


こんなふうにしてもらえるのも、あと4日…今日を抜いたら3日
時は刻まれていく───
彼といられるリミットが少しずつ忍び寄る
でも、今は、今はもう少しだけ、彼のそばに
その願いが、許されるのなら

 

      だって、彼は笑っていてくれるから

 


あと三日──
夜空の中の月明かりが私を照らし出す


私は一週間というリミットの中で
時を刻むこと許された者


終わりゆく消えゆくその時まで
彼のそばで笑顔を感じていたい
そしてそれは、彼が許してくれたこと


もう少し、その優しさの元、私は彼を感じていたい
それが、別れの時に私の身を切り裂くと知っていてはいても────


「朝倉?」


カーテンを開けて夜空を見上げる私
目が覚めてしまったのだろう
私に声をかける彼
「眠れないのか?」
眠りたくないの
そう、正直に答える
この優しい時間の流れの中、少しでも生きていることを感じていたい
それが、私の願いだから
「まぁ、明日は何の予定もないからな」
今は晴れて、どこまでも見渡せる満面の星空
でも明日、日曜日は雨───


近づく別れの時


彼にはまだ話していない
多分、彼は私が一週間を過ぎてもなんらかの形で長門のサポートを続けるのだと思っている
でも、それは違う
私は消える
課された使命を終えるための一週間
それを終えると共に、私は消える
消えなくてはならない


───怖い

 

恐怖
この日常から消えることへの恐怖
悲哀
彼と別れなければいけないことへの哀しみ
なぜ、私には感情が持たされているのだろう
私も、長門さんもなぜ、こんなものを持たされているのだろう
便利だから?
人とコミュニケーションをとるのにそのほうが便利だから?


私は、普通の人間に生まれたかった


普通に生まれて
親に甘えて
友達を作って
恋をして
結婚して
子供を作って


でも、それは叶わぬ願い


涙を流すのは、3度目?4度目?
なんで私は再び生きているの?
なんで?
ねぇなんで私なんか作ったの?
誰か、答えてよ、お願い!
私を、私を誰か、助けて!守ってよ!
いや!いやよいやよいやよいやよ!
いやなの!私は!私は!
消えたくない!


「泣いているのか?」


彼がすぐ後ろに立っていた
「どうしたんだ?」
何、が?
「来てから、ずっと泣いてるじゃないか」
そう、ね
「何か、言えない事があるのか?」
……
「俺が力になってやる、一人で抱え込むな」
いいの?
「当たり前だ」
なんで?
「なんで、って」


私は振り返り、彼を見つめた
私は人間じゃないのよ?
作られた人形なのよ?
「そんなの……」
それだけじゃないわ
私はあなたを殺そうとした
涼宮ハルヒを悲しませようとした
なんで?
なんで私になんか優しくするの?
同情なんかしないで!
私をこれ以上―――


「いやだったのか?」


え?
彼は悲しそうな顔で私を見つめる
「俺がやってたことは、意味のないことだったのか?」
………
「俺は、誰かが苦しんでるのを見るのがいやなだけだ」
……
「同情なんかじゃない」

「俺は、約束したはずだ」
何を?
「お前を守る、俺が守るって」
なんで?
「俺が守りたいからだ!」
誰のためによ
「俺自身のためだ」
……
「泣いてる奴を見るのは、好きじゃないんだよ」


偽りのない彼の言葉
「だから、泣くのをやめてくれ」
その言葉が何より嬉しくて
「な?」
それが何より苦しくて
「お前には、俺が、いるから」
もう一度言おう
今度は、心の中で呟くだけじゃくて
彼に直接

 

       ありがとう

 

私は、再び彼の腕に包まれた
そして再び、私はそれを感じた


………
……

朝倉が俺の家にいるのもあと3日だけだ
雨の降る日曜日
今日はSOS団の活動もなかった

せっかくだから、どこかに出かけたかったな?
「そうね」
雨の降りしきる音の中、家族皆で朝食をとる
「涼子ちゃん、卵焼き一つちょーだい」
「はい、妹ちゃん」
「ありがとー」
いやしいマネするんじゃありません
「まぁまぁ、私は構わないから」
それならまあ、いいんだが
あんま甘やかさないでくれよ?
「ちょっとだけだもんねー」
「ねー」
二人で「ねー」するのはやっぱり女の子なんだなと実感する


このままは何もない日曜は少しもったいない気もするな


どっかでかけるか?
「え?」
どーせ暇だろ?
「でも雨が」
行き先が屋内だったらいーだろ?
「別にいいけど、どこに行くの?」
そーだな
それを考えていなかった
「あ」
なんだ?
「予定が特にないのなら、行きたいところがあるんだけど」
ん?
行きたいところ?どこだ?
「図書館」
宇宙人って言うのは本を読むのがすきなんだろうか
「そーじゃないわよ」
んじゃなんで図書館に?
「以前長門さんから聞いてね、どーせだから私も行きたいなっていうか」
長門から聞いてたのか
「うん、だめかな?」
だめじゃないさ
本がたくさんあるなら暇つぶしにもなるだろうしな
「じゃ、決まりね」


いってきます


飯を食って早々と準備した俺達は、家を出て図書館に向かった
雨だったから歩きだったが、たまにはこういうのも悪くはない
「こっちによりすぎじゃない?あなた濡れてるよ?」
構わんよ
母親は買い物に、妹は友達の家に行く、というので必然的傘は一本になってしまったわけで
今俺と朝倉は相合傘をしながら図書館へ向かっている
男子高校生としては喜ぶべきことなんだろうが、あいにく一度ハルヒとやってるからそんなに感慨はわかない


雨の中結構歩いた気がする
1時間後ようやく図書館に辿り着いた
傘を差していたとはいえ、二人とも多少濡れていた
「へぇ、ここが図書館ね」
嬉しそうに周りを見渡す朝倉
来たことないんだな
「来る暇なんてなかったもん」
そりゃそうか
「そうよ」


喜ぶ朝倉を見ていると少し元気になる
濡れた肩を朝倉があらかじめ持ってきていたタオルで拭う
んじゃ、俺そっちで待ってるから


「わかった」
そう言って楽しそうに奥へと歩いていく朝倉
俺は適当に近くにあるライトノベルをとり椅子に座る
雨のせいか、人影は本当に少ない
おそらく片手の指で数えられる程度だろう
活字という睡眠薬を投与した俺は、徐々に夢の世界へと入り込んでいった


俺は一体どれだけの間寝ていたのだろう
ふと目が覚めた
腕時計を見るとすでに午後2時を廻って飯も喰っていないせいか腹が悲鳴を上げる
そろそろ帰るか?
そう思い立ち、重い腰を上げようとし───


俺のヒザの上に顔を乗せ寝息を立てる朝倉を発見した


思わず驚いたが、朝倉を起こさないようにじっとする
気がついたが足がしびれている
結構前からこうしているらしい
周りに人が少ないとはいっても2・3人はいる、少し恥ずかしい
だがかわいく寝息を立てる朝倉を起こすわけにもいかなかった
10分ほど朝倉の寝顔を堪能していたその時
俺は目の前に座って本を読む人物に気がついた


ボブカットよりも短いショート
ページをめくる細い指と文字を追う透き通った瞳
そして、そのトレードマークとも言える無表情

 

長門有希がそこにいた

 

長門?
「……」
お前、どーしてここに?
長門は本から目を放し、俺を見た
「たまに来る」
そうか
確かにここに来れば山ほど本が読めるもんな
閉館時間になったら借りればいいし
「あなたのおかげ」
え?
「図書館という存在を知ったのは」
ああ、そういえばそうだったな

 


朝倉の寝息


長門がページをめくる音


雨が窓を叩く音


それらに耳を傾ける俺

 


どれぐらいの時間がたったのだろう
ふと、長門が立ち上がった
帰るのか?
「……」
無言で頷く長門
そうか、また明日な
「一つ」
不意に長門が口を開く
「あなたは、優しすぎる」
へ?
「それは朝倉涼子に対する救いであるのは確か」
……
「でもそれは、同時に───

 

         ───彼女を蝕む鎖でもある」

 


長門が一瞬何を言っているのかわからなかった
そうだろ?
急に口を開いたと思ったら絶対に言わないだろう抽象的なことを述べる
どういう意味だ?
「私は答えられない」
……
「その答えは、朝倉涼子本人が持っている」
何?
「また明日……」
読んでいた本をカウンターに持っていき、外に出る長門

長門が立ち去ってしばらく、俺は呆然としていた
朝倉を、蝕む鎖?
意味がわからない
救いってのはわかるんだが
蝕む鎖と救いってのは真逆のもんだぜ?


「ん……」
朝倉が身体を起こす
起きたか
「あ、ごめんなさい、上に乗ってた?」
いや、いい
そろそろ帰ろう、もうすぐ3時だぞ?
「あ、うん」
昼飯食ってないから腹減っただろ
「そうね、もうぺこぺこ」
じゃ、帰るか
「わかった」
俺は長門の放った言葉の意味を考えていた
そしてその言葉の真実に、気づけないままでいた


「どうしたの?」
帰り道の途中、声がかけられる
どうやら思案が顔に出ていたらしい
なんでもないと嘘をつく
「それならいいんだけど…ケホッ」
不意に咳き込む朝倉
風邪か?
「うん、雨だからね、実は昨日からちょっと調子悪くて」
そうは見えなかったが
それにお前らも風邪ってひくんだな?
「ううん、普通は、ケホッ、ひかない」
は?どういう意味だ?
「なんでもない」
ふと朝倉を見る


そして、突然の異常に気がついた


朝倉涼子の震える肩
その肌は、明らかに青ざめて見えた
おい!朝倉、本当に大丈夫なのか?
「うん、だから風邪だ、ケホッ、てさっき言ったでしょ?」
嘘だ
さっき図書館を出たときは全然平気だっただろ?
こんな短時間で
明らかに変だ


「大丈夫だから」
そう言って足を早める朝倉
徐々に、セキの間隔が短くなっていっている気がする
本当に、どうしたんだ?
「明日は、エホッ、ずっと寝てたほうがいいわね」
ああ


潤んでいる瞳───


青ざめた顔───


歩くのも、今はつらそうだ────

 


        そして 家に着くと同時に 朝倉は 倒れた

 


………
……

迫る最期の時
弱っていく身体
終わりが近いことを感じる
どうしようもない
必死で私を看病してくれる彼


学校を休んでまで、私の近くにいてくれた彼
今日は私が彼といられる最後の日

 

私は、明日、消える

 

「朝倉……」
私を呼んでくれる彼
手を握っていてくれる彼
嬉しかった
まだ、私を見捨てないでいてくれる彼が
そして悲しかった
彼に応えることのできない自分が
私はなんて自分勝手な女なのだろう
私は必死に身体を起こす
「どうした?」
彼は驚いて私に尋ねる

 

――――ごめんね?

 

私は呟く
「なんでお前が謝るんだ?」
私は、あなたに応えられない
「は?」
私は、あなたに何もしてあげられない
「何を言って……」
ごめんね、今まで黙ってて


――――私は、このまま消えちゃうんだ

 

私の手を握る彼の手に力が入る
彼は驚愕で目を見開く
「そんな、だって」
ごめんね?
もっと早く伝えなきゃいけなかったのに――
もっと早く伝えられていたら――
ごめんね?
私、怖かったの
ずっと、ずっと怖かったの


言ったら、伝えたらきっとあなたは失望したから
それで傷つくあなたを見たくなかったから


ごめんね?
「朝倉………」
本当にごめんね?
「………」
ごめん
「……」
ごめん………なさい
「…」
私、私――――

 

本当は消えたくなんてない!

 

もっと、あなたの傍にいたかった!
本当はもっと、あなたを感じていたかった
あなたの笑顔を眺めていたかった
「朝倉………」
私ね?
本当はね?
「朝倉!」

 

あなたが好きだったの!

 


………
……


朝倉が、自分の想いを打ち明けると同時に
俺はまた朝倉に抱きついていた
俺には、他に何もしてやれなかったから


静寂が二人を包む


朝倉のむせび泣く声だけが
部屋に響き渡る
俺のシャツの胸元が朝倉の涙で濡れる


なんで、なんで俺は気がついてやれなかったのだろう


朝倉が泣いていたのは寂しいからだけだと思っていた
いや、それもあっただろう
だから、俺はずっと朝倉を大切にしてきた
でも、それは―――


ごめんな?


「え?」
俺は、本当の意味でお前を見てやれなかった
俺は、わかったつもりになっていただけなんだ
朝倉の、お前の本当の苦しみを理解してやれなかった
「……………て」
俺の自己満足だったんだ
「………めて」
俺は、口先だけだ
わかったふりだけしていたんだ
本当は、何もできていなかった
「………やめてよ」
俺は偽善者だ
何も知らない一人よがりだ
一人で満足したつもりになっていたんだ
俺は、最低の人間だ
「やだ、やめて」


俺は、お前を守ってなんてやれなかったんだ!


「やめて!!」
かすれた声で精一杯大きく叫んだ朝倉
その反動で咳き込む
「げほっ!げほっ…………」
朝倉は一度声を落ち着ける
「私は」
朝倉は再び口を開いた
「私は、それでも嬉しかった」
………
「救われたの」
でも、俺は
「あなたは、そんなつもりじゃなかったとしても」
………
「でも、私は嬉しかった」
偽りのない本当の言葉
哀しみに包まれた、だけども真実を写す言葉
愛しくなる
目頭が熱くなる


何か、できることは、ないか?


俺は、泣いていた
自分の無力を嘆いていた
それでも、こいつを、朝倉を――――
「え?」
俺に、できること
なんでもいい
何か、少しでもお前の負担を減らしてやりたい
「ありがとう」
もう、自己満足でも構わない
偽善者でも構わない


―――何かをしてやりたい


それだけは
その気持ちだけは、本当のものだと思うから
俺は抱きついていた腕を離した
そして、朝倉の目を見据えた
「いいの?」


二人を遮るものは、もう何一つなかった


―――刻まれていく印


―――刻一刻と近づく別れの時


―――俺と朝倉は互いだけを見た


―――そして互いのみを感じていた


―――二人でいられる最後の夜に


―――その深い深い闇の中で

 

――――真夜中


カーテンの隙間から差し込む月灯りの下
俺は目を覚ました
いつのまにか寝ていたらしい
十二時をまわっている
今日は朝倉が消えてしまう日
振り向く
そしてようやく気が付く

 

――――朝倉?


俺の横
月灯りに晒される空の布団
朝倉涼子が寝ていたはずの場所に
あいつはいなかった

 

開かれた部屋のドア
廊下へと続く黒いシミ


まるで血の様な………


朝倉!


部屋を飛び出す
血の跡を追う
玄関の外
夜の闇の中


俺は手掛りを見失う

 

     朝倉涼子は 姿を消した


………
……


長門!


満月の夜
空に散りばめられた星の万華鏡の下
消えてしまったあいつを探すために
俺は長門に協力を依頼した


俺が自転車でいつもの公園にたどり着いた時
あいつはいつもの服装ですでに俺を待っていてくれた
北高のセーラー服に指定のカーディガン
静かな公園に浮かびあがるシルエット


すまん、長門
俺はあいつを守ってやれなかった


俺の言葉を遮るように
「いい」
夜の闇に開いた一つの穴のように
長門は小さく、そして優しく呟いた
そして俺の瞳を覗きこむ
「あなたは悪くない」
俺の気持ちをわかっているように語る長門有希
「朝倉涼子はそれを望んでいた」
……
「あなたに責任は皆無」
だけど、俺は――
「それ以上は不可能だった」
それでも――
「あなたが哀しみを感じることは朝倉涼子の本意ではない」
だけど――
「やめて」


俺はその時初めて長門の表情を見た


哀しそうな寂しそうな
あの長門がはっきりと顔に感情をうかべ俺を見ていた
「お願い、やめて」
長門――
「あなたは何も悪くない」
 悪いのは―――」
……
「彼女を連れてきてしまった私」
は?
「彼女はただ処分を待っていた存在だった」
長門は小さく語り始めた


「彼女がかわいそうだった
 自身は何も悪くないのに
 あの事件は彼女の意志ではなかったのに
 急進派に所属しているというだけで全てを奪われた
 私は朝倉涼子という人格が嫌いではなかった
 私に持っていないもの持ち、誰にでも優しく
 私もよく話しかけられた」
俺はあの平行世界で仲良く鍋を囲む二人の姿を思い出した
「だから、私は彼女を再び私のバックアップに推した
 彼女自身の処分は止められなかったが、代わりに一週間の自由が与えられた」
小さく、しかし力強く、それでいて優しく
昔の長門からは想像できないような口調
「だから悪いのは私
 幸福を感じると、別れの時に苦しみが増すのだと知っていたのに
 私はあなたに、彼女を任せた」


何も言うことができなかった
長門自身こんなにも悩んでいたんだ
俺はまた自分のことだけを………
本来は優しいはずの夜の静寂が俺の身体を切り裂く
喉が痛い
やっとの想いで俺は静寂に言葉を置いた


―――朝倉涼子を探さないと

 

行ったところで何もできないかもしれない
来てほしいとも思ってないかもしれない
でも、俺はあいつのもとに行かなきゃいけない
なぜかはわからなかったが、そんな気がした


「彼女の所在は把握している」
長門が呟いた
「彼女は情報封鎖を起こし自分を閉じ込めている」
何処にだ?
「かつてと同様の場所」
それは―――
「そう」


「あなたと朝倉涼子が初めて邂逅した場所」

 

――――――

 

「遅いよ」
長門の力で教室に入りこんだ俺は朝倉涼子と再びあいまみえた
あの時、俺の命を奪おうとした時と同様に
今、再び俺と朝倉は互いに向き合っていた


「あなたを殺して、私は本来の使命を果たす」
朝倉の手に握られたナイフ
顔に浮かべられた微笑
何もかもがあの時と同じ


――――朝倉の苦しそうな表情と、静かに涙を浮かべている瞳を除いては


「じゃあ、死んで」


ナイフを握りしめ、俺に走りよる朝倉
俺は――――逃げなかった
逃げる気になれなかった
両手を広げ、目をつぶる
迫る気配、覚悟を決めた
しかし、ナイフは、身体にのめり込む寸前で停止した
朝倉の顔には困惑の表情が浮かぶ
「なんで、なんで逃げないの?」
弱々しい口調で、疑問を口に出す朝倉
なんでだろうな?
刺されないと思ったわけじゃない
刺されたくないと思わなかったわけでもない


――――でも、お前が望むなら、俺は――――


「―――っ」
ナイフを落とした朝倉
カラン、と渇いた音が響く
俺は朝倉を抱き寄せる
朝倉ははっと息を飲んだ


お前が望むのなら、俺も共に逝こう


お前が望むのなら、地獄まで共に行こう


正直に自分の想いを述べる
それほどまでに、俺は朝倉を大切に想っていた
腕の中で首を横に振る朝倉
「ごめんなさい、でも私――――」


暗かった教室に灯りが戻る
腕の中で朝倉の力が抜けるのを感じる
情報封鎖が解除された
「ごめんなさい
 ごめんなさい…
 本当に、ごめんなさい」
涙を流して繰り返す朝倉
俺は無言で、腕の中で朝倉が泣いているのを聞いていた

 

―――――カララ

 

突如金具の音が響く
「長門………さん?」
開かれたドア
静かに長門が入ってきた
そしてその手には、拳銃が握られていた
長門?

 

「朝倉涼子のインターフェイスとしての機能を完全に停止させるプログラム」


淡々と、そして感情を亡くしてしまったかのように、長門は述べた


長門が構える


その銃口は朝倉を捉えていた


朝倉を抱く腕に力が入る


喉がカラカラに乾くのを感じる


なんでだ


なんで朝倉が


悔しい


守れない


約束したのに


ごめん


「放して」
朝倉が俺の手をふりほどく
俺は黙って、朝倉が歩き出すのを見た
長門に歩みよる朝倉
長門の顔に僅かに哀しみの色が見える
―――5メートル


―――3メートル


―――1メートル


そして立ち止まる

 

      「撃って、長門さん」

 

      そして銃声が鳴り響いた

 

………
……


鳴り響いた銃声


胸を貫いた銃弾


飛び散る血滴

 

身体に埋め込まれたプログラムが発動する
それを感じとる
「朝倉!!!」
彼がかけよる
倒れこむ私を支える
彼の瞳から涙が溢れているのを見た
ごめんね?
私は最期まで自分勝手だね
「朝倉……」
名前で、呼んで?
「涼、子?」


名前で呼ばれるのを感じる


嬉しい


哀しいはずなのに
悔しいはずなのに
苦しいはずなのに


それでも、嬉しかった


ありがとう
―ありがとう
――ありがとう


ねえ
「なんだ、涼子?」
優しく答える彼
笑って?
私の言葉に一瞬困惑する彼
けど、次の瞬間には笑ってくれた
嬉しかった
私は生きていた
人間として生きていられたんだ
彼は愛してくれたんだ


最期にもう一ついいかな?


「ああ」

 

願いを語る

 

ひとみを閉じる

 

そして

 

互いの唇が重ねられ―――

  

 

 

 

 

 

 

 
      「涼………子?」

 

 ‐END‐

 

 

 

~エピローグ~

 

………
……

 

彼は朝倉涼子の亡骸をずっと抱えていた
「涼………子?」


彼女の瞳はもう開かない


静かな教室
彼は声を出して泣かない
ただ涙を流れるままに
何も語らない
ただ亡骸を眺めるだけ
彼がふと、私を見た


「長門、泣いてくれてるのか?」


彼に言われ初めて自分が涙を流しているのに気づく
なぜ?
そんなことわかっている
悲しい
私も、彼女とわかれたくなかった
それだけじゃない
言語化できない
私の中で致命的エラーが蓄積していくのを感じた


「ありがとうな」
何が?


「あいつを楽にしてくれて」


私が撃たなければ彼女はインターフェイスとして活動を停止し、亡骸すら残さずに消えていた
それが耐えられなかった
私が引き金をひいたのは自分のためだった
礼を言われるようなことはしていない


彼女の亡骸は私が引き取る
「ああ」
彼女は幸せだった
「そうか、な」
断言する

 

あなたは約束を果たした
彼女の心は、守られた

 


………
……

 


あの時から数年の月日が流れた

 

いろんな思い出を手にした
俺はハルヒと結ばれていた
春には新しく家族が増える予定だ


普通の人間になり、俺の友人として活動している古泉
未来に帰った朝比奈さん
そして長門はたまに情報統合思念体の使いとして顔を出す
当然ハルヒには秘密だがな?


そして今日、久しぶりに俺は長門と会う


高鳴る鼓動を抑え、待ち合わせ場所で待っている
あいつが俺を待たせるなんて珍しい――――


「お待たせ」


数ヶ月前とほとんど変わらぬ格好で長門は現れた
大分感情も豊かになり、多少の感情も表現できるようになっていた


「この子の準備で遅れちゃって」


長門の姪


数年前から長門の所で暮らしている


「こんにちは!おじさん!」


元気に笑顔で挨拶してくる


思わず苦笑する


似合ってるぜ?その服


でもな?

 

おじさんはないだろ?

 
      ――――涼子

 

 ‐ True End ‐

 


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