注)この作品は「消失」の改変世界が舞台になっています

「──僕は涼宮さんが好きなんですよ」
「……正気か?」
ここは光陽園学院の近くにある喫茶店。学校帰りだろう、黒ブレザー姿の女子が何人か目に映る。
といっても、のんびりお茶をしているわけではない。あとは勘定を済ますのみになっている。
相手の男──ジョンが驚いているような……そんな顔をしている。
自分はいつだってほどほどに正気のつもりだ、と古泉は思う。
むしろ彼、ジョンの話すコトにこそ、正気かと小一時間問い詰めたい。
「魅力的な人だと思いますが」
SOS団、宇宙人に未来人……そして自分が超能力者だと?
彼の話は古泉にはまるで信じられない。自分はただの人間だ。謎の転校生ではあったけど。

──ズキリ、と頭がシビれる感じがする。

こいつもまた、涼宮さんに言い寄るために適当な事を言ってるんだろう。古泉はそう思っていた。
彼が言うには、涼宮さんが神様であり、世界が3日前に始まったかも知れないという。人間原理まで引き合いに出してきた。
……何故だろう?前にも同じことがあったような気がする。不思議な既視感を振り払う。バカな話だ。
古泉は3人分の飲料費を精算して店の外へと急いだ。
すこし頭が痛んだ気がした。

涼宮ハルヒの止めたタクシーに乗り込みジョンの高校、北高へと向う。
途中で提案された北高侵入作戦には、勘弁してほしいと正直に思う。
確かにこの学院の制服のままではよその高校に入るなど難しい……。
しかし涼宮ハルヒを止めることなど古泉には出来ない。タクシーの代金を払い……と、また軽く頭痛を覚える。
違和感を感じる。なんだろう。古泉は自分が自然に代金を払っていることに驚いていた。
別にこれが初めてというわけでもないのに。涼宮ハルヒと古泉が市内を歩くとき、財布係なのが自分の役割だ。
そうだ。いつものことだ。
古泉は自分に言い聞かせるように頭をすこし横にふりながら思った。

しばらくしてジョンが学校から自分の体操着を持って帰ってきた。
涼宮ハルヒはなんの躊躇なくジョンのジャージを手に取り路地裏で着替えを開始した。
ジョンに流し目をしながらニカリと笑っている。
彼の言うことを素直に聞きポニーテールにまでしている。うれしそうだ。

そういえば僕は一度も涼宮さんの笑顔を見ていない。
僕は涼宮さんが好き……な筈だ。でもこんな顔をする彼女のことを知らない。
知らない、はずだ。
そもそもなぜ彼女を好きになったのか。
何時?どこで?彼女のどこに惹かれた?……この僕の想いは、本物か?

思い出せない……いや記憶が無いわけではない。
光陽園学院に転校してきて、涼宮さんに声を掛けられて、それで……?
おかしい。まるで昨日読んだ本の内容を思い出しているかのような、不確かな記憶。
古泉は既に、自分の記憶なのに、自分が体験した事とは思えなくなってきていた。

──脳が揺れた気がした。歪まされた歯車が必死に動いている。

涼宮ハルヒに遅れて古泉もジョンの体操服に着替えた。
季節は冬だ。半袖短パンでは寒い。震えながらも考える。
どうして自分は光陽園学院に転校してきたのだ?

マラソンのフリをしながら校舎の玄関にたどり着く。
すこしは体が温まったが、逆に汗のせいで風が痛いと感じる。
涼宮さんは彼に案内されながらも校舎を我が物顔で進む。それを見ながら、なぜか安心する自分に気づいた。
朝比奈さんという小柄で可愛らしい、庇護欲を掻き立てられるような上級生を捕まえた涼宮さん。
その姿にまた既視感を覚える。
彼女が未来人、か。やはり見覚えはない。でもいつか、どこかで……?
次は部室、宇宙人の番だ。そして僕らの本拠地でもある、と。
何事もなく文芸部の部室に到着し、古泉はまたも不思議な感覚に見舞われた。
何もない、静かな文芸部の部室に心休まるような気がした。
ひどく、懐かしい……。

──脳が軋む。歪んでいた歯車が元に戻る感じがした。

彼と笑顔で話す涼宮さんを見ると安心する。
彼女の精神が安定してきている。僕といるときの不機嫌さなぞもう見当たらない。
もう古泉は涼宮ハルヒのことが好きだとは思えなくなっていた。
ジョンがまじめな顔で突如電源の入ったパソコンを見つめている。
なにか操作しているようだ。

古泉は唐突に気がついた。
そうか……この場所こそが、僕のかけがえの無い居場所なんだ──
ジョンの指がエンターキーを押した。
そして古泉の意識は闇の深くに沈んでいく。


古泉は気がつくと床に転がっていた。
頭がうまく働かない。なにか夢を見ていたような気がする。
ここは……そう、機関に関わりのある私立の総合病院だ。
彼、キョンの眠る個室の床に、古泉は転がっていた。そばにはさっきまで座っていたであろうパイプ椅子がある。
──どうやら彼の寝顔を見ながらウトウトしてしまったようだ。
キョンが意識不明の状態になってからもう3日目の朝である。隣には寝袋にくるまっている涼宮ハルヒが居る。
学校にも行かず、ずっと彼のそばで目覚めるのを待っている。
「……古泉くん?」少々寝ぼけた声が聞こえる。
「すいません。起こしてしまいましたか」古泉は素直に謝る。「彼はまだ……」
「そう」
さすがに疲労の色が見える。ほとんど寝ていないはずだ、無理も無い。
「僕はこれから学校に行きますが」
「あたしはここにいるわ」声にも覇気がない「今日も部活はやすみね」
「……また放課後に来ます」
古泉は病室を後にして考える。
涼宮さんは人影を見た、と感じたと言う。しかしそんな生徒は存在しなかった。
彼女が言うことには意味がある。犯人は必ず居るはずだ。
機関に敵対する組織か、新手の宇宙人か、それとも未来人か……。
彼をこんな目に遭わせた奴だ。必ず見つけ出すと古泉は心を固める。
彼も涼宮さんも、少なくともここにいる限り安全だ。

──早く目覚めてください。世界の安定のためにも。
放課後の退屈で平和な時間。彼とするたわいのない会話、アナクロなゲーム。
まだ3日しか経っていない。けれどそれが随分と昔のような気がする。
それを思うとき、古泉は気づかない。その顔がすこし和らいでいるのを。


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