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6月。
梅雨時だというのに快晴で、照りつける日差しのせいで日陰にいても熱さを感じるという季節感先取りのその日、『俺』はど田舎の駅の改札口に一人で立っていた。
観光地でもなんでも無いローカル線の終点駅、一時間どころか二時間に一本しか電車が来ないようなところで地元人同士ではない人間同士で待ち合わせなんて狂気の沙汰としか思えないが、これからここにやって来る人間は多分、それを狂気だなんて思っていないんだろう。
これからやって来る二人の内一人の名前を、俺は既に知っている。
毎日元気に騒いでいるあの女の名前を忘れられるわけがない。
もう一人については教えられていなかったが「会えば分かります」と言われたので追及は辞めておいた。追求しても教えてくれるとも思えなかったしな。
ちなみに口調で分かるだろうがこの待ち合わせを考えたのはハルヒではない。勿論俺でも無いわけだが……、いや、『俺』ということになるのだろう、この場合は。
少なくとも、ハルヒから見ればこれは俺が考えたことになるはずだ。
誰かが俺の名前を騙ってやっているなんて事じゃない、これはもうちょっと面倒くさいロジックだ。
……ああしかし暑いな。普段より足元が涼しいような気もするんだが、暑いものは暑い。
「ちょっと、あんたがKって人?」
「ああ、そうだ」
一人でうだうだ考えていたら、何時の間にか目の前にハルヒが立っていた。
ただし、今のハルヒとは違う、4年前の縮小バージョンだ。
ハルヒが小さいのに何時もと大差ない身長差というのがちょっと戸惑うが、まあ、その内慣れるだろう。
そうそう、今回は俺もちょっと特殊なんだ。
時間移動をして来ているのは確かなんだが、朝比奈さんの力は借りていないしな。
「ふうん、まあいいわ。あたしは涼宮ハルヒ。ほら、あなたも名乗りなさい」
ハルヒが、後ろから着いて来たらしい人物に自己紹介をするように命令する。
思わず見落としかけていた、ハルヒの陰に隠れるほどではないが、ハルヒとどっこいどっこいくらいの身長の少年がその場に立っていた。

……そいつが誰かなんて、考えるまでも無かったな。
大きい朝比奈さんや今目の前にいる小さいハルヒを始めた見た時と似たような感覚が、さっと俺の頭の中を通り過ぎていく。
まさかこいつの子供バージョンを見ることになるとは。
しかし、何でこいつがハルヒと一緒なんだ。一年前、いや、今から3年後の時間でのこいつらは……。
「始めまして、古泉一樹です」
ぺこりと頭を下げた中学一年生にしてはどこか頼りない印象が拭えない少年は、印象や身長は大分違っていても、容姿そのものは4年後の本人に良く似ていた。
とりあえず、良く似た他人だとか血縁だっていうオチは無さそうだな。

まあ、ハルヒと古泉が何故一緒なのかの件については保留だ。
今回のからくりが多少見えた気もするが、追求するのはいつでもできる。……答えてくれるかどうかは別問題なんだが。
とにかく今は、目の前の二人の相手だ。
「ねえ、あんたは?」
「ん、俺か?」
「……俺?」
「ああ、気にするな、そうだな、俺は……」
一瞬、俺の頭の中に何時ぞやの偽名が過ぎる。
今回も偽名じゃないとまずいよな。幾ら顔を見られても大丈夫な条件が揃っているとはいえ、まさか本名を名乗るわけには行かない。
しかし例の偽名を使うわけにも行かない。それに『今』はその偽名を使ったときよりも以前ってことになるしな。
そうだな……。

「エミリーとでも呼んでくれ」

「何それ? 変なの」
ハルヒが首を傾げる。
「エミリーはエミリーだ」
「あんた、人が本名を名乗ったのに本名を言わないつもり?」
そんなに捻ってないんだがな。
まあ、元の名付け親は現代日本人じゃないみたいだが。
「あ、あの、涼宮さん……。何か、名乗れない事情が有るのかもしれないし……」
「もう、古泉くんはお人好しね。……まあいいわ、エミリーでも」
ハルヒの前でおどおどする古泉ってのも何だか新鮮だな。敬語でも無いみたいだし。
しかし、4年前のハルヒと古泉か……。
「さあ、自己紹介も終わったしとっとと行くわよ!」
名前だけで自己紹介終わりと解釈する辺りが実にハルヒらしい。
まあ、今回に限ってはその方が助かるんだが。

一人元気に歩くハルヒ、斜め後ろから着いていく古泉、もう少し後ろからのんびり目に着いていく俺という構図で、暇そうな中高生の三人組が田舎道を進んでいく。
三人とも地元の子という感じじゃないから相当浮いているが、幸か不幸か通りすがりになにか言ってくるような人間はいなかった。そもそも人が通りかからない。
『あれって、偽名になってないと思うんですけど』
頭の中で俺のものじゃない声が響いた。
『他に思いつかなかったんですよ』
咄嗟に偽名なんて思いつくわけがない、考えて無かった俺も俺だが。
『……まあ良いです。じゃあ、頑張ってくださいね。何か有ったら聞いてください』
『今も聞きたいことだらけなんですが』
『答えられない事もあるんです』
『禁則事項ってやつですか?』
『少し違いますけど、似たようなものですね』
「ちょっとエミリー!、遅れてるわよ!!」
脳内会話に気を取られている間に遅れてしまったらしい。
ハルヒがでかい声で俺の事を呼んでいた。
「今行くっ」
答えて俺は舗装されてない道をかけていく。
走ると太もも辺りまでダイレクトに風が駆け上がっていく感覚が新鮮と言うか、妙な感じだな。
「もう、呼び出したんなら先頭を行くくらいの気持ちでいなさいよね!」
先頭を絶対譲りそうに無い奴がそれを言うのか。
「ゆっくり行ったって同じだろう、どうせやる時間は決まっているんだしな」
「そういうやる気を削ぐ事を言わない!」
やる気の持続より気力と体力の持続を考えようと思わないのか、お前は。
いや、思うわけ無いよな……、4年後のハルヒもその辺りは全然学習して無さそうだからな。
「ほら、古泉くんもしっかりしなさい! ここに男の子はあなた一人なんだからね! 男は女を守るものなのよ」
ハルヒの矛先は何故か古泉に向っていた。
こいつも災難だな。本人が災難だと思っているかどうかは……、思ってそうだなあ。

……さて、そろそろお気づきだろうが、今の俺は俺であって俺じゃない。
種明かしをすると、中身というか精神は俺だが、外見……、肉体は、エミリーならぬ喜緑江美里さんの物だ。なのでさっきの脳内会話も俺の妄想じゃなくて、本当に精神対精神での会話ってことになる。
どうしてこんなことが出来るかって部分については追求する必要もないだろう。長門の同類である喜緑さんならこれくらい出来ても全然おかしくない。
これはきっと以前長門がやっていた『同期』なるものの発展版とかアレンジ版ってことなんだろう。……というか俺にそれ以上の回答を求められても正直困る。こんな馬鹿馬鹿しい状況の分析を真面目に考えたくも無いしな。
でもってどうしてこんなことをする羽目になったかについてだが……。




始まりは、些細な出来事だった。
遡る事……、って4年前をさして遡るっていうのもなんだが、ハルヒや古泉はともかくとして、俺に主観としては遡っているんだからそうとしか言いようがない。
まあとにかく、俺主観で半月ほど前のことになる。

6月も半ばを過ぎたとある日。
ああ、4年前の6月とは違う日付だ。今回は例の七夕みたいに丸何年前って感じの時間移動じゃなかったらしい。
まあとにかく、そんなある日のことだ。
何時ものような部活の時間、俺と古泉はいつものようにゲームに興じており、長門は読書、ハルヒはネットで暇つぶし中。朝比奈さんが補習のため不在だった事を除けば、ほぼ何時も通りの部室の風景がそこにあった。
その日のゲームはチェスだったんだが、古泉が長考状態に陥った折、俺はする事もなかったのでただ何となく部室をぐるりと見渡し、最後にハルヒを見た。

ハルヒの視線が、パソコンのモニタを離れ有る一点で固定されていた。

何だろうと思ってその視線を追ってみると、何の事はない、その視線の先にいたのは俺の対戦相手である古泉一樹だった。
何の事は無いと言ったが、俺にはハルヒが古泉を見ている原因なんて思いつかない。
疑問に思いつつ何度かハルヒと古泉を交互に見ていたが、ハルヒは途中で俺の視線に気づいたのかぱっと首を引っ込めるようにしてパソコンのモニタの方へと視線を戻してしまった。
疑問を抱きつつも、俺は俺でゲームの続きに戻った。
古泉は相変わらず長考状態の真っ只中のようだったが、こいつがハルヒの視線に気付いたかどうかは俺にはちょっと分からなかった。


翌日、俺達SOS団の二年生四人は全員同じように昨日の続きのような安寧な日常を享受していた。
違うことと言えば今日は昨日と違って朝比奈さんがいることくらいで、俺は暢気に、朝比奈さんの入れてくれたお茶は美味しいななんて事を思っていたのだ。

「キョン、ちょっと変わりなさい」
何戦目だったか分からないが、何時の間にか俺の背後に立っていたハルヒが、命令口調でそう言った。
「は?」
「良いから変わりなさい」
「まあ、構わないが……」
どうせ理由なんて聞いても無駄だろう。
ちなみに俺達はこの短いやり取りの間で古泉に是非を問おうとはしなかったし、古泉がそれで気を悪くした様子も無かった。……まあ、何時ものことだが。
仕方なく退こうとした俺を押し退けるようにして、ハルヒは俺が居た席に着いた。
怒っている様子はない、好奇心で割って入ってきたという感じでも無い。
ただ、何かを考えあぐねいているような……、何か、煮え切らないものを抱えているような様子だった。
ハルヒらしくないな。
そう思ったが俺は何も言わなかったし、古泉も、恐らく雰囲気を察しているであろう朝比奈さんも何も言わなかったし、長門に関しては考えるまでも無い。
さて、一体何なんだろう。
何か引っかかりを感じるものは有ったが、答えを持つものはここには居なさそうだ。
俺は適当に長門から借りていた本を開いたが、何となく読む気にもなれず、朝比奈さんと二人、ハルヒと古泉の勝負を目で追っていた。

チェスは初心者の筈のハルヒが全戦全勝だったが、俺も朝比奈さんもその事実を極々当たり前のことのように受け止めていた。

翌日もハルヒは古泉と勝負をしていた。
勝負内容がチェスから将棋に変わっていたが、それ以外は変化らしい変化も無かった。
ハルヒの連戦連勝状態も予想の範囲内だ。
古泉がご機嫌取りのために負けているからではなく単に弱すぎるからだってのも、盤面と二人の様子を見れば分かる。
ハルヒは負ける事が大嫌いなようだが、相手に手を抜かれるのはもっと嫌みたいだからな。古泉もその辺りは分かっているんだろう。

変化が現れたのは、その翌々日だった。
俺と古泉の勝敗を記していた表の下に、新しい表が張ってあった。
豪快な手書き文字を見れば誰が作ったのかは丸分かりだ。
そんなものが有るところまでは、まあいい。
例の謎の視線を感じとった日からこれで5日目だが、ハルヒの行動が俺の予想外なところに向っていることなんてよくあることなので、どうせこれもその一部なんだろう、程度に思っていたのさ。
……表をちゃんと見るまではな。

前日進路指導とやらが長引いて部室に行けなかった(遅れそうになって携帯に連絡を入れたら、ハルヒに今日はもう来なくていいと言われたのだ)俺が部室に来た時、その勝敗表が張ってあったというわけだ。

5対6……。
……冗談だろう?

俺は二人の間に有る囲碁の盤面を見た。
素人目に見てもハルヒが負けているのは明らかだった。

ハルヒが勝敗表に無言で○と×を居れる。
無言だが、別に機嫌が悪いと言うわけでは無さそうだ。
「また負けちゃったわね。まあいいわ、次よ」
「はい、次は何にしましょうか?」
「そうねえ、オセロにでもしない?」
「いいですよ。少し待ってくださいね」
妙にさばさばしたハルヒと、何時も通りの古泉。

……はっきり言って不気味だ。不気味すぎる。

俺より先に来ていた朝比奈さんも俺と同じ感想を抱いていたのか、彼女は二人から結構離れた位置にちょこんと座ったままじっとしている。
ハルヒの湯飲みも古泉の湯飲みも空だが、注ごうという気にもならないらしい。この様子だとハルヒの方から注いでと言われてもいないようだ。

ふと、こんな時に一番頼りになりそうな長門の方を見てみるが、長門は何時も通り無言無表情の読書タイム実行中だった。別に何も気にして無さそうだな。
俺は不気味かつ不可解な状況を横目に見つつ、パイプ椅子を引っ張ってきて朝比奈さんの近くに腰を下ろした。
「あの……、昨日からああなんですか?」
俺は声を落として朝比奈さんに訊ねる。勝負に集中しているらしい二人には聞こえないだろう。
長門には聞かれているだろうが聞かれても別に問題はない。
「あっ、はい……」
朝比奈さんが、こくりと頷いた。
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