放課後の文芸部室で1人本を読んでいる少女の名は、長門有希。
涼宮ハルヒ率いる不思議探索集団SOS団の団員であり、宇宙人の作ったアンドロイドである。
彼女の存在理由、それは涼宮ハルヒの観察と涼宮ハルヒの発生させる情報フレアの観測、及びその鍵となる人物の保護。
彼女はその存在理由のためだけに作り出され、存在理由のためだけに今まで生きてきた。
生まれてからの3年間を1人で生き、永遠の夏を過ごした彼女に自由は無い。
ただ観察のために生きて死ぬ。それだけだ。
 
誰かが部室のドアをノックする。
こう面倒くさい事を一々するのはSOS団では、ホモ泉こと古泉一樹か、本名不詳のキョンだろう。
有希は無言で返事をしていると、ドアが開いた。

「お?今日はまだお前だけか、長門」

無言。だが無視ではなく沈黙で肯定の意を伝える。
キョンはその意を感じる事が出来る数少ない人間だ。

「そうか。ハルヒは掃除当番で少し遅くなるぞ」

「……そう」

有希は黙々と本を読んでいる。
今日読んでいるのは珍しく文庫だ。タイトルは未來のイヴ。
キョンは何をするでも無く頬杖をつき何かを考えているような顔をしている。
沈黙が部室を支配する。
暫くそうしているとキョンが有希に話しかけた。

「・・・な、なぁ長門、ちょっといいか?」

沈黙。

「いや、別にそう大事な事ってわけでもなく・・・もないよな。
 前から聞こう聞こうと思っていたことだ。
 もしお前が話したくなければはなさなくて良い事なんだが・・・いいか?」

「…………言って」

読んでいた本から顔をあげ、キョンを顔を見る有希。

「あ、あぁ、いやそのなんだ、もしもの話だ。
 もし、ハルヒが能力をなくして全てが終わった時、お前がどうなってしまうのか聞きたいんだ。
 朝比奈さんなら任務を完遂した事になって未来に帰ってしまうだろうし。
 古泉も超能力を無くして、機関とやらもやる事が無くなって解散するだろう。
 俺はたんに今まで通り普通の生活に戻るだけでそう変化は無い。
 そもそもハルヒ自身は自分の力に気付いてすら居ないから変化の影響は無いだろう。
 だが・・・もし、もしもそうなったら、長門はどうなってしまうんだ?」

正直、キョンは解りきった事を聞いてる自分自身に嫌気が差した。
聞かずとも長門がどうなってしまうかなんて聞かずとも想像出来る。
もしそうなったら、長門は消えて情報統合なんたらの所に帰ってしまう。
実際、前に遠まわしにそうなるという事を聞いていた。
だがもういちど、しっかり聞かずにはいられなかった。
今の長門には感情がある。人間そのものだ。ジョークだって言える。
もし長門が居なくなってしまうという事になれば
それは長門有希という人間が死んでしまうのと同じことだ。

「……涼宮ハルヒの力の消失。
それは私自身の涼宮ハルヒを観測義務の消滅に繋がる。私の存在意義にとっても同様。
私は情報統合思念体のもとに帰る事になる。そして……」

「その際には私の居た物理的痕跡及び、私と関わった人間全ての記憶を情報操作する事になる」

「・・・それはつまり、俺たちの記憶から長門を消しちまうって事か?」

「……そう、痕跡は一切残さない」

やっぱりな、キョンはそうなるであろう事も予測していた。
有希は元々この地球に居なかった人間だ、それを元に戻す、つまり正常な状態に戻るだけである。
キョンは頭ではわかっていた。しかし納得はしていなかった。出来るはずも無かった。

「そこまで、するのか・・・。
 そこをどうにか出来ないのか?
 せめて北高の生徒・・・いや、SOS団のメンバーだけでいい。
 大丈夫だ、俺達は秘密を喋るような真似はしない。……それでも、無理か?」

今のキョンの手には切り札がある。それはジョン・スミスという名前だ。
その名前をハルヒに告げてしまえば後は思うがままだ。
だが、ハルヒの力が無くなると言う事は、その切り札さえも無効化されるという事だ。
いざそうなってしまえば、ただの人間のキョンには為すすべなど無い。
だからこそ、今のうちに有希に聞いたのだ。

「無理。これは私がここに来るときに決められたこと。
 それに私は情報統合思念体逆らうことは出来ない。
 そういう仕組みに私は出来ている」

「・・・だが、俺は嫌だぞ」

「………私もあなたと離れるのは残念に思う。
 でも、私があなたと一緒に居ても良い事は起こらない。
 あなたにとって、本当に幸せなのは、私が居ない世界だと私は考える」

キョンは顔を歪ませ、テーブルに腕を叩き降ろした。
馬鹿野郎、何が私が居ない世界の方が幸せだ。何を言ってるんだ、長門は。
 
「ああ、確かにお前らと居て俺は危ない目にあったり、死にそうな目にも何度もあったかもしれない。
 だがな、長門。それら全てひっくるめて、俺はお前と居て良かったと思ってるんだぜ?
 正直、お前が居ない世界なんてつまらないだけだ、そう俺は断言出来る」

無言。有希はただキョンの顔を見つめる。 

「・・・それに長門、お前は本当にそれでいいのか?悔しくはないのか!?
 勝手に生み出されて、勝手に妙な任務を負わされて
 そして、役目を果たしたら捨てられる・・・。
 そんな都合の良いようにされたまま、お前は人生終わって良いのか?
 悔しくないのか?なぁ、長門!!お前は・・・いいのか・・・?
 お前はそれで、本当にいいのか・・・?
 もっと、本を読んだり、遊んだり・・・したくないのか?
 お前はな・・・もっと・・・・・・」

「私は、対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース。
 それだけの存在。残念に思うことはあっても、それを望む事は無い」

「っ・・・!」

「あなたが、悲しむ事ではない。………泣かないで」

キョンは泣いていた。自分でも気付かないうちに目から涙が流れ出ていた。
それは悲しさでも無く、寂しさでもなく、悔しさからだった。
キョンはただの高校生だ。
時空を超えて歴史を変える事も、赤い玉になってマッガーレする事も
何も出来ないただの無力な高校生だ。

「いいや、俺が悲しむべき事だね。
 ダチが居なくなって、あげくそいつ居た記憶が丸々消されちまうんだ。
 そう言われて悲しまない奴の顔なんか見たくも無いね」

「…………。でも、今すぐ私が居なくなるわけではない」

「でも・・・長門・・・」

「……聞きたい事はそれだけ?」

「・・・」

そのままキョンは何も言わず、ハルヒ達も待たずに部室から出て行ってしまった。
有希は、また1人部室で本を読んでいた。
だが一向にページは進まず、有希は同じページをずっと眺めていた。

再び沈黙が支配した部室の外からけたたましく走る音が聞えてくる。
 そしてその音は部室のドアの前で止まり、やかましい音を立てドアが開く。

「おっくれてごっめーん!!今週掃除当番で遅いのよー。
 って、あれ?キョンは?先に来てたはずじゃないの?
 ねぇ、有希、キョンどこ行ったか知ってる?」

「……ついさっき、帰った」

「なんですってぇ!団長のあたしを待たずに勝手に帰るなんて団員として許されることじゃないわ!
 罰として明日はキョンにメイド服を着せて校内でお披露目させてやるわ!
 というか、何よあいつ。何か用事でもあったのかしら・・・」

「……」

「・・・あれ?有希、なんかいつもと雰囲気が違うわよ、何かあった? 

有希は首を横に振る。

「本当?でもやっぱりいつもと違うわよ。
 あっ、わかった!キョンに何か変な事されたんでしょ!だからキョンはすたこらさっさと逃げたのね、ゆるs」

「……違う、私が彼を怒らせるような事を言ったから。私自身は何もされていない」

「ふーん・・・?そう・・・。ならいいけど・・・何かあったら迷わずあたしに言いなさいよ?」

コクリと頷く有希。

「うーん、それにしても困ったわ。
 実は来る前に古泉君とみくるちゃんが来てね。
 2人とも今日はどうしても外せない用事があって欠席するって言いにきたのよ。
 それであたしも遅くなったんだけどね。
 そうね、2人でいるのもなんだし、今日はこれで解散しましょ。
 せっかく待っててくれたのにごめんね、有希。それじゃあ本日はここで解散!」

有希が本をパタンと閉じ、今日のSOS団ミーティングは団員も揃わぬまま終わった。

次の日、ハルヒが教室に入るとキョンが机に突っ伏していた。
それを見たハルヒは眉を吊り上げ、机の前に仁王立ちする。

「キョン、あんた団長に無断で帰るなんていい度胸してるじゃない」

キョンは何も言わずに机に突っ伏している。

「聞いてんの?罰として今日はあんたにメイド服を着てもらうから覚悟しなさいよ!」

無視。

「人の話には答えなさいよ、何?昨日有希と何があったの?」

無視。

「こらキョン、答えろーっ!」

すると突然キョンは立ち上がった。

「うるせぇ!お前には関係ないだろ!」

「なっ・・・何よ!人が心配してやってるのに何よその言い草は!」

「誰がお前に心配してくれなんて言った。
 そもそもお前のせいでっ・・・っ・・・あぁもう・・・」

「何?・・・何があたしのせいなのよ!あたしが何かしたっていうのの?
 そうなら言いなさいよ!何よ?言いなさい!」

2人は一歩も譲る事無く不毛な言い争いをはじめてしまった。
2人を見かね国木田が仲裁に入ろうとするがそれも聞かない始末だった。
教室は重い空気に包まれ、その空気に耐えれない生徒が1人、また1人と教室から出て行ってしまった。

「もう何なの?あたしの何が悪いの?有希に何か言われたの?
 有希に何か吹き込まれでもしたわけ?」

「・・・今度は長門のせいにするのか?大概にしろよハルヒ!」

キョンは一気に頭に血が上った。
誰のせいでこうも人が悩んでいるんだ。
誰のせいでこうも人が苦しんでいるんだ。
人の気も知らずにこいつは、挙句に長門のせいにした。
それがキョンの気に障った。そして、キョンの手は振り上げられ、拳がハルヒの頬に食い込んだ。
キョンは、すぐに頭が冷めた。
ハルヒを殴ってしまった。それもグーで、女をだ。
もしここでこの場に古泉が居て止めてくれていたら、どんなに良かった事か。
だがここには古泉は長門も居なかった。

ハルヒは最初、何が起こったのか気付かなかった。
頬が痛い、ヒリヒリする。何が起こった?
目の前では己の拳と、ハルヒの顔を交互に見て青ざめるキョンが居る。
あぁ、殴られたのか。でもどうして自分が殴られなきゃいけない?
自分はキョンを心配しただけなのに・・・。
でも、なんとなくわかる気がする。そうなんだ・・・キョンは・・・。
そう気付いたハルヒは何もかもが冷めて行く気がした。
目の前のキョンは自分の顔を見て益々青ざめる。
いいじゃない、それで。そうなんでしょ?

「ハ、・・・ハル・・」

キョンは心から後悔した。
ハルヒは頬をさすり、自分を冷たい目で突き刺してくる。
背筋が凍った。握った拳を見る、これがハルヒの頬を・・・。
ハルヒは無表情で自分を見つめてくる。見ないでくれ。
どうして自制が効かなかったのだろう。
ハルヒは自分を心配して話しかけてくれたというのに・・・。
どうしてこんな事をしてしまったんだろう。

教室の外に居る生徒たちは2人の様子を見て戦々恐々だった。
あのキョンが、あのハルヒを殴った。それもグーで。
キョンとハルヒは睨み合い、生徒たちはその2人をこれ以上噴火が起こらないよう祈るような目で見ていた。
沈黙。だがすぐにその恐ろしいまでの静けさは破られた。

「うぃ~~~おはよぉ~~~~っす。
 ってなんだお前ら教室の外で集まって。
 なんだなんだぁ・・・うおっ!・・・まさか告白シーンか!
 キョンの奴まさかとは思ってたが本当に告白するとはな・・・って何だその目は?」

キョンとハルヒはそんな谷口を無視していた。

「・・・あんた、もう部室来なくて良いから」

「・・・あぁ・・・」

「パトロールにも来なくて良いから」

「・・・あぁ・・・」

「何か言ったら?」

「・・・ない」

「そ、じゃあもうあんたとは話すことは無いわね。
 有希と仲良く」

「・・・っ」

その日は結局、放課後までキョンとハルヒは一言も会話しなかった。
キョンは焦っていた。このままでは駄目だ駄目に決まっている。
だからああは言ったが、何度か謝ろうとハルヒ話しかけようとした。
しかしハルヒはキョンを無視してすぐにどこかへ行ってしまう。
どうしようどうしようと悩むそんなキョンの肩を谷口叩いた。
それは爽やかで同情に溢れた目でキョンを見て。

「よぉキョン、気を落とすな。
 これからどこか行かないか?なに、俺がおごってやるさ」

「谷口、お前の気持ちは嬉しい。
 だが何か勘違いをしていないか?
 ・・・すまんが放っておいてくれ」

「だからキョン、諦めろよ。
 涼宮はお前の手には負えねーよ。
 今までまともに付き合っていられたのが奇跡ってもんだ」

「わかったわかった、だがお前は絶対致命的な勘違いをしているとだけは言っておくぞ。
 じゃあな谷口」

そう言ってキョンは教室から出た。
思わず足がSOS団に向かっていたのに気付いてキョンはまた焦った。

古泉一樹は一時、絶望した。
朝、巨大な閉鎖空間が多数発生して地球を丸ごと飲み込もうとしていたからだ。
神人を倒しても倒しても空間は拡大し、神人もそれに伴い生まれてくる。
絶望し、諦めかけたその刹那、逆再生をするように閉鎖空間は収縮し、神人ごと消えた。
古泉は呆気に取られ、何が起こったかわからなくなった。
今までこんな例は無かった。
突然巨大閉鎖空間が発生し、また突然消える。
ありえない事だった。

文芸部部室にはハルヒとキョンを除いた全員が集まっていた。
 みくるは律儀にメイド服を着て、古泉は暑くも無いのに頬に汗を張り付かせていた。
 有希はいつもの場所で本を読んでいる。

「今朝の事に関しては機関の方でも情報が錯綜して何が何だかわからない状態になってましてね。
 もう大混乱も良い所です。組織のシステムも壊れて情報の伝達も出来ないほどです」

「そ、そんな事が・・・」

「……」

「しかし、僕が耳にした話だと北高内での出来事が原因のようで・・・。
 それが原因だと見て間違いないでしょう。
 まったく、灯台下暗しとはこの事を言うのか
 機関の混乱ぶりを見ると、情けなくなってしまいます」

「何が・・・?」

「彼が、涼宮さんの頬を叩いた・・・いえ、殴ったそうです。それもグーで。
 聞いた話では閉鎖空間が発生した時間と殴った時間も一致しますし、考えるまでもないでしょう」

「そんな!?キョン君が涼宮さんを・・・・!?どうして・・・」

「なんでも事で言い争いになり、その弾みで・・・とのことです」

「嘘・・・」

「さて、ここで僕は長門さんに聞いておきたい事があります。
 涼宮さん・・・いえ、恐らく彼と長門さんの間に何かあったのではないですか?
 噂を信じると、涼宮さんが長門さんの名前を口にした途端に彼が涼宮さんの頬を殴ったそうです」

 みくると古泉は本を読んでいる有希を見る。

「彼と何かあったのならば話してくれますか?
 何も無かったにしても知ってる事があれば話していただきたい。
 あなたが何も知らないはずは無いでしょう。・・・これは非常事態なんです」
 
 本から顔をあげた有希は2人を見ないで言う。

「………」

「昨日あった事を言うだけでいいんです。さぁ。」

有希は昨日キョンとあった事はみくると古泉に話した。
話を聞いたみくると古泉は有希が消えた後の事を聞き、顔をこわばらせた。

「・・・では、推測するに昨日の事があって彼は苛立っていた。
 その苛立ちを涼宮さんに突付かれ、それが爆発して涼宮さんに当たってしまった・・・と。
 気持ちは分かりますが、彼のした事は馬鹿としかいいようがないですね」

「でも・・・どうしようも無い事だから・・・私もキョン君の気持ちはわかるけど・・・。
 やっぱり涼宮さんに当たるのは良くないですよね・・・」

昨日とはまた違う種類の重さの空気が2人と1人に圧し掛かる。
有希はまた顔を本に向て読む。
古泉は先ほどから何度も弄っていたを携帯をイラついた様子を睨む。
みくるはその2人を見てオロオロするだけだ。


キョンは帰り道、どうしようどうしようと未だに悩んでいた。
すれ違う北高生の視線が痛い。物珍しい物を見るような、恐ろしい物を見るような目でキョンを見る。
ハルヒとの噂はそこそこ広がってしまってるようだった。
キョンはもう学校に行きたくなかった。
ハルヒを傷つけ、当然ながら嫌われて、もう誰にも会わす顔が無い。
途中、鶴屋さんに会った。
キョンは鶴屋さんに挨拶でもと話しかけようとしたが鶴屋さんはキョンを見るなり見た事も無い様な
冷たい目でキョンを見て、一言

「おやぁ~~?女を殴る最低な男がいるにょろ。
 あ~たしは殴られるのは嫌だからこっこは逃げるっさ~」
と言い去ってしまった。
キョンはこれもハルヒの力のせいかもしれないと思った。
だが、当然かもなとも思った。

はじめ古泉とみくるはハルヒが部室に来たとき、ハルヒは不機嫌な状態で来ると思っていた。
その予想とは裏腹にハルヒはいつもと変わらぬテンションで部室に来た。
その様子を見て安堵した2人であったが最初に言ったハルヒの一言でまた2人の表情は凍った。

「みんなおまたせ~。
 キョンはもう来ないから、あと有希ももう来ないでね、邪魔」

「そ、な、何を・・・涼みy・・・」

「有希はあたしが邪魔なんでしょ?あたしも同じよ。
 だから出てけ、以上」

「……」

ハルヒは、あくまでいつもと変わらぬ笑顔で言った。
有希は何も言わず、本を本棚に戻し部室から出て行った。

「涼宮さん・・・・どうして・・・」

「さ、みくるちゃん!あんな奴らの事なんて忘れてお茶を入れて頂戴!
 今日はとてもノドが乾いてるの、お願いね」

「でも・・・」

ハルヒは先ほどまでの笑顔とは打って変わった冷めた目でみくるを見る。
みくるは蛇に睨まれた蛙の様に動けなくなった。
逆らってはいけない、そのハルヒの目を見てみくるは悟った。

「早くしてよ・・?ねぇ、みくるちゃん」

「は、はい・・・いますぐに・・・」

「よろしい」

まずいな。
古泉は内心、今の状況は今朝の閉鎖空間よりもたちが悪い思った。
このままでは良い方向に進むことなど無いだろう。
また精神が中学生の時のように荒れていくだけだ。・・・いや、それよりも酷くなるだろう。
現に先ほどから古泉のブレザーの内ポケットの中に入っている携帯が引っ切り無しに震えていた。

古泉は考えた。
今のハルヒは落ち着いている。
だがそれは落ち着いている風を装っているだけだ。
では、その装いを剥いでしまえばいいのでは?しかしどうやって?
……。
今のハルヒは団長席に踏ん反り返り、みくるの淹れた茶を飲みながらネットサーフィンをしている。
その表情は常に笑顔だが、時折曇った表情に成る、だが思い出すようにすぐ笑顔に戻る。その繰り返しだ。
そうとう無理をしているのだろう。これはやりようによっては楽かもしれない。
ベタな手かもしれないが、今の古泉にはそれしか思いつかなかった。
古泉自身、焦って頭が働いていないのかもしれないが。
…だが、もし外して逆鱗に触れるような事になったら?
その時は、その時だろう。
意を決して古泉はハルヒに話しかけることにした。

「涼宮さん、実はお話しておかなければならないことがあります」

「・・・何?」

「長門さんの事です、先ほどは話しそびれてしまったのですが・・・」

「あいつの事は忘れてって言ったでしょ?」

「・・・ですから、団長は勘違いしている事があるんです。
 さっき長門さん本人から聞くまで、僕自身も涼宮さんと同じような発想をしていましたからね」

「・・・言いなさい」

「深い事情があるんです。
 それについては僕の口から言えることではありません。
 推奨はしませんが、知りたければ長門さん本人から直に話してもらった方がいいでしょう」

「・・・回りくどい言い方は良いから・・・」

「短刀直入に言いますよ。
 昨日、長門さんはこの部室で自殺未遂を図ったんです」

「・・・有希が・・?」

あまりにもベタ過ぎたか・・・?
古泉に背中に凍るように冷たい感覚が襲い、一瞬頭の中が真っ白になった。
だがこのまま押し通すしか無い、もう後には引けないのだ。
ボロが出ないように、ゆっくりゆっくりと話すしかない。

「そうです、彼が部室に来た時、まさにその瞬間が実行に移す時だったんです」

「そんな・・・そういえば・・・。・・・!」

「彼は即、長門さんを止めました。
 ですが長門さんの決意は強く、なかなか諦めようとはしませんでした。
 そこで彼は粘り強く説得を繰り返し、なんとか長門さんも止めてくれたそうです」

「・・・」

「彼は説得して落ち着いた長門さんから自殺に踏み切った理由を聞きました。
 それは僕らも落ち込むような深い事情で、先ほども言ったように僕の口から言える事ではありません」

マウスを握るハルヒの手は震えていた、カチャカチャと小さく鳴る音が部室に寂しく響く。
 さっきまでの笑顔は消え失せ、後悔の念が浮き出ていた。
 目からは涙が滲み、青い顔で古泉とみくるを交互に見つめる。

「それじゃ・・あたし・・・。
 有希に酷い事言っちゃった・・・あたしが勝手に勘違いしたのに・・・。
 どうしよう・・・有希・・・キョン・・・」

古泉の携帯の振動は収まった。
しかし、これもまたやり過ぎだった。
ハルヒは益々青ざめ、嗚咽を漏らし始めた。
このままでは、またマイナスの方向へ向かってしまう。

「あ、あの、涼宮さ~ん・・・。
 キョン君も長門さんも話せばきっとわかってくれますよぅ・・・。
 だ、だから、泣かないでくださいぃ・・・」

「でも、あたし・・・有希・・・ぅ、うぅぅ・・・。
 有希が悩んでるのにも・・気付か・・・なかった・・・。
 あたし・・・あた・・・っ・・・ひっ・・・うぅぅ・・・ぅっ・・・」

「大丈夫です、涼宮さん。必ず彼も長門さんも許してくれます。
 彼も涼宮さんを叩きました、お相子ですよ。
 長門さんはそうもいかないでしょうがね。
 ですが謝って許してくれないという事はないでしょう。
 長門さん自身もそれを望んでいる、そうに違いありません」

「本当・・・?本当に許してくれると思う・・・?」

「少なくとも、僕の中の2人はそういう人物ではないと思いますが」

「・・・ありがとう、古泉君・・・みくるちゃん・・・ごめんなさい・・・」

その日はとりあえず解散し、明日金曜日に2人に謝る事となった。
ハルヒは泣き止んだとは言え、まだ目元は真っ赤で完全に落ち着いた状態とは言えなかったからだ。



その夜、マンションの一室で有希は身体はぐにゃぐにゃり、ぐにゃりと形を変化させていた。
スライムのような軟体の物体に変わったり、朝倉涼子の姿に変わったり。
まるで試行錯誤をするかのように何度も何度も形を変えていた。
姿を模した人物の中にはハルヒやみくるも居た。
 
「未知のエラー。最適化不能」

「言語化できない。………感情………?」

「エラー」

「未知の感情」

「長門有希……私」

「彼」

「エラー」

「バグを検出、削除不能」

「言語化不能の感情とエラーが蓄積」

「…………私の、望み……」



北高へと続く坂道を、キョンは昨日の帰りでの暗い気分とは打って変わり晴れやかな気分で歩いていた。
昨夜、古泉からキョンに突然電話が来た。
赤紙を受け取るような気持ちで、取るのを躊躇いながらも受けたキョンであったが
古泉の話を聞くと今までの沈んだ気持ちモヤモヤとした気持ちは吹き飛んだ。
まずはハルヒが有希にしたことを聞いて驚き、またハルヒが泣いた事にも驚き。
そして、有希が自殺未遂をしたという法螺を吹いた古泉に盛大に呆れた。

「それでも古泉には感謝しなきゃならないな・・・それにしても・・・」

 キョンは古泉が電話を切る直前言った事が頭に引っかかっていた。
 古泉はキョンに電話する前に辻褄合わせの連絡ために有希にも電話したそうなのだが
 一向にコールをするだけで出なかったそうなのだ。

「まぁ・・・長門の奴もすねたくなる事もあるさ。
 それに長門の事だから話さなくても把握してるだろ」

キョンがハルヒと仲直りが出来る事に安心し、何事も楽観的に見るようになっていた。
長門なら、なんとでもなる。心の奥で有希に対する甘えが大きくなっていた。

「あっ、キョンくーん!おーっい!」

後方から名前を呼ぶ女の声がする。
キョンが後ろ振り向くと、鶴屋さんが手を振り走ってくる。
キョンは、昨日彼女に言われた事を思い出した。

『おやぁ~~?女を殴る最低な男がいるにょろ。
 あ~たしは殴られるのは嫌だからこっこは逃げるっさ~』

キョンは思い出して再び落ち込んだ。
 あの明るく人に対して隔たりという物を持たない鶴屋さんにあそこまで言われたのだ。
 だが、昨日ああ言ったわりにはフレンドリーに話しかけてきたのに内心首を傾げた。

「やぁキョン君、昨日は酷い事言っちゃって本当にごめんよぉ!
 あたし、どうかしちゃってたんだよ。
 ハルにゃんを引っ叩いたって聞いてさ、つい頭に血が上っちゃったんだ。
 うちに帰ってから良く考えたらキョン君にもそれなりの事情があってそうしたんだ、って気付いたんだ。
 本当にごめんよ~、お詫びは絶対するから許してくれないかい?」

なるほど、とキョンは思った。
昨日鶴屋さんがキョンにああいう事を言ったのはハルヒがキョンを嫌い、皆もそう思うことを望んだからだ。
結果、ハルヒの力で皆はキョンの事を嫌う。
そして、ハルヒがその気持ちを取り消したなら、またその皆の気持ちも取り消される。
人の感情まで支配出来るとはなんて迷惑な能力なのだろうか。

「いえいえ、そう思うのは仕方ない事ですし、当然ですよ。
 お詫びなんてとんでもないことですよ、鶴屋さん。
 手を出してしまった俺の方が圧倒的に悪いのは間違いないんですから。
 それに和解も半分まで進んでますから」

「そうなのかい?それは良かったよ。ハルにゃんと仲良くするんだよ、喧嘩は良くないっさ」

「ええ」

「じゃあ、まったね~!ホントにごめんよ~」

そう言って鶴屋さんは何か急ぐことでもあるのかまた走って坂を上って行った。

キョンが教室に行くとハルヒは頬杖をつき、不安そうな顔で外を眺めていた。
 それを見たキョンは思わずニヤけてしまっていた。
 キョンはハルヒの机の前に立って、言った。

「よう、UFOでも、飛んでるのか?ハルヒ」

「っ!キョン・・・!」

「昨日は悪かった、手を出したのは男として最低だと思う。
 せっかく心配して話しかけてくれたのに、本当にすまなかった、ハルヒ」 

「あたしも何も知らないで・・・意地なんか張って・・・。
 あんたにも、有希にだって悪い事した・・・。
 ・・・ごめんなさい、キョン・・・」

「気にするな、俺は気にしちゃいねーよ。
 きっと長門も同じだと思うぞ」

「・・・そうかな・・?」

「そうに決まってるさ」

「・・・ありがとう」

「・・・なあハルヒ、俺はお前を殴った。
 その分、いや3倍返しくらいで俺を思い切り殴ってくれないか?
 じゃなきゃ俺としては気がすまん」

「嫌よ、それだけじゃあたしだって気がすまないわ。
 女を殴るなんて最低よ、最低最悪畜生のする行為よ」

「・・・そうだな、もっともだ。じゃあどうしたいんだ」

「明日・・・」

「何?」

「明日、罰としてご飯を奢りなさい。フェミレスなんかじゃダメよ。
 いいえ、それくらいじゃまだ足りないわね・・・。
 そうそう、確か面白そうな映画が始まってたはずね。あたし、それ見たいわ。
 あと欲しい物も一杯あるわ、お店を色々巡ったりしたいわね」

「・・・」

「わ、わかった?」

「・・・」

「分かったかって聞いてるでしょ、どうなの?」

「わかった・・・」

「そ、じゃあ決まりね」

 明日のキョンの出費は大きい物になりそうだ。
 キョンは定期の解約でもするかと考えていたらある基本的な事に気付いた。

「・・決まったのはいいが、明日はパトロールの日じゃなかったか?
 それに流石に全員に奢るのは難しいぞ」

「そうね忘れる所だったわ。
 じゃ、明日のパトロールは夕方からにしましょ。
 あ、あと・・・」

「ん?まだ何かあるのか?」

「・・その前のこと、みんなには・・・ナイショよ。
 だって、ほ、ほら、変な勘違いでもされたら嫌でしょ?」

そのハルヒの悪戯っぽいような、恥ずかしがるような顔を見てキョンは思った。
仲直りが出来て本当に良かった、と。

その日1日、ハルヒは放課後までゴキゲンだった。
2人の関係を心配していたクラスメイトだったが、2人が仲良くしている様子を見て、それは解消された。
放課後。キョンが教室を出て部室へ向かう。ハルヒは掃除当番なので今日も遅くなるようだ。
廊下で谷口がキョンに強張った顔で話しかける。

「おい、キョン。涼宮の奴を殴ったんだって?
 まずいってそれは・・・しかもグーだって?やばいって・・・。
 俺が仲介してやるからちゃんと謝れ、な?」

「谷口、せっかくのご好意だがもう和解は済んだぞ」

「何っ?キョンのくせに!?」

「何が俺のくせにだ。俺は部室に行かなきゃならないから、またな」

部室に行くと古泉がドアの前で立っていた。
恐らく、みくるが中で着替えをしているのだろう。

キョンは古泉の顔を見ると途端に情けなくなった。
古泉やみくるに有希にまで迷惑をかけた自分が恥ずかしくなる。

「なんとか、仲直りは済んだ様で我々も安心しましたよ」

「迷惑をかけて、すまなかったな、古泉」

「いえいえ・・・と言いたい所ですが今回は本当に危険な状態でした。
 何が危険だったかと説明するとまず閉鎖空間が発生しました、今まで無いほどの規模のね。
 クラスメイトと談笑中に召集をかけられたものでしたから困りましたよ。
 ええそう、それで神人退治に向かい神人を退治している間にも閉鎖空間は拡大を続けていました。
 ですが突然、世界を飲み込むまでに拡大していた閉鎖空間が消えていきました。
 そして、僕が元の世界に戻るとある変化が起こっていたんです」

「学校の奴らが俺を嫌っていた、だろ」

「その通りです。あなたや涼宮さんと一切の面識も無い生徒達すらもあなたを極端と言える程嫌っていました。
 これは涼宮さんがあなたを排除したいと心の奥底で思ったからでしょう。
 あなたが居なくなることでストレスの原因も無くなる。という事でしょうか?」

「なるほどな」

「今はもう大丈夫ですが、次は無いと考えてください。今度こそあなたは跡形も無く消されてしまうかもしれませんよ。
 消されなかったとしても、我々がどういう行動を起こすか、想像は出来ますね?僕もあなたに対しどう行動を起こすやら・・・」

「アナルだけは勘弁してくれよ」

「それは、あなたのこれからの行動しだいです」

話が終わると部室の中からみくるが着替えを終えた合図をした。
 部室に入るとみくるがメイド服を着てお茶の準備をしている。
 キョンはその姿を見て思わず目尻を下げ鼻の下を伸ばす。

「あっ・・・キョン君・・・。良かった・・・涼宮さんと仲直り出来たんですね」

「お陰様で・・・。朝比奈さんにも迷惑をかけてすみませんでした」

「ううん、それより、もう女の子に手を出したらダメですよ?
 そんな事を次にしたら私、キョン君の禁則事項を禁則事項して禁則事項しちゃいますから♪」

みくるは小悪魔のような笑顔で何やら恐ろしい事を言った。
ここではあえて伏字にしておくが、それを聞いたキョンは青ざめた。

「は、はひぃ!え、えーと、そういえば長門がまだ来てないようですがどうしたんでしょーねー」

「長門さんには昨日から一切連絡が取れてません。
 ・・・学校にも来ていないようです」

「なんだって?それは本当か古泉!」

「えぇ、今朝も何回か電話をしたのですが呼び出し音を鳴らすばかりで出ませんでした」

「もしかして長門さん、涼宮さんの言った事を忠実に守ってるんじゃ・・・」

「まさか・・・」

キョンは携帯を取り出し有希の番号にダイヤルする。
 呼び出し音が鳴るが、暫く待っても有希は出なかった。

「・・はは、まぁ、きっと長門の事だから何でもないでしょう。
 そうだ、明日のパトロールの時に押し掛けてやりましょう、きっと驚きますよ」

「でも・・・」

「大丈夫ですよ、長門だってたまには休みたくなる事だってありますよ」

「そう・・・ですか・・・」

「そうですよ、長門ですから」

「・・・そう、ですね・・・」

「そうです」

みくるの淹れたお茶を飲みながら古泉とチェスをしているとハルヒが部室に来た。
部室内を見渡すといつもの場所に居る人が居ないとわかると表情を曇らせる。
 
「あれ?・・・有希来てないの?」

「心配するな、電話したらたまたま用事があって休んだんだってよ。
 大丈夫だ、お前の事は怒っていないってよ」

キョンはハルヒを安心させるために嘘をついた。
その言葉を聞いたハルヒは安心した顔をした。

「そう、なら良かったわ・・・。
 明日のパトロールの事は言ってた?」

「あぁ、それでな1つ提案なんだがパトロールの時に長門の家に行って驚かせてやらないか?」

「それ、いいわね!」

その後SOS団は、明日やる事を話題に盛り上がった。
みくると古泉は良くない予感を感じていた。
キョンは有希に対して甘えが強すぎる、ハルヒもそれに同調している。
だが、2人ともここでは何も言えなかった。

話題もつき、今日の定例ミーティングは終わった。
古泉とみくるが帰り、キョンも帰ろうとするとハルヒが呼び止める。
ハルヒはキョンに少し膝を曲げるように言う。

「何のつもりだ、ハルヒ」

「・・・目、瞑って」

「・・?何をs」

同じぐらいの背になったキョンの正面にハルヒは立ち
真っ赤な顔で自分の唇をキョンの唇を合わせる。

「じゃ、じゃあ明日期待してるからね!!!!!」

そういうとハルヒは呆気に取られているキョンを尻目に走り去った。
キョンは1人、ぽつんと部室で妙な体勢のまま立っていた。

ハルヒはその日の夜中々寝付けないまま、部室での事や、明日の事を考えていた。
どの店を、どのように回ろうか。どこで食事をしようか。
その様な事を考えているうち、ハルヒは幸せな気持ちのまま吸い込まれるように眠った。

……………

ハルヒは妙な違和感を覚え目覚めた。
だか体がおかしい、起き上がり電気をつけるとある事に気付いた。
自分の腕が、細くなり、色白くなっていた。
ハルヒは色黒とまでは言えないにしろ、色白な方ではなかった。
良く見ると、違和感を覚えたのは腕だけではなかった。
視点も妙に低い。まるで身長が低くなったかのような・・・。

後ろに視線を感じ、振り返るとハルヒは目を見開き絶句した。
そこには自分自身が立って居た。その自分自身は、笑っていた。
 
「なっ・・・誰?何?あたしに何をしたの?」

「………私はあなたの力を利用し、望みを叶えた」

「その口調・・・・・もしかして有希・・・?有希・・・よね?
 外見を入れ替えたって・・・え?
 何言ってるの?・・・これ・・・夢よね・・・?」

ハルヒの姿をしているのは有希だった。
有希はハルヒの能力を利用し、自分を縛る存在である情報統合思念体を消した。
そしてそれと同時に、自分とハルヒの外見を入れ替えた。

「……夢ではない、でも、あなたはきっとこれが夢だと考えていた方が幸せ」

自分の外見と自分の声を持った人が近づいてくる。
ハルヒは後ずさり、壁へと追い詰められる。

「私は、あなたが羨ましかった」

「・・・有希・・・?」

「私は、私自身に嫌悪感を抱いていた」

「何言ってるの?」

「だから、いまここで私は私の望みを叶える」

そういうと有希は自分の姿を模したハルヒの首を絞める。
ゆっくりと、少しずつ力を込めてゆく。
ハルヒは金縛りにあったかのように体を硬直させる。

「・・・っがぁっ・・やめ・・・ゆ・・き・・・
 有希・・・やめて・・・おねが・・・うぐ・・・」

「あなたをこうして消す事に意味がある、だからやめる事は出来ない。我慢して。」

「いやだ・・・たすけ・・・キョ・・・ぁ・・っ・・・・」

「私の名前は、涼宮ハルヒ」

「・・・・・・!?」

「さよなら、長門有希」

そう言って有希が、手に力を込ると首の骨の砕ける音が部屋に響いた。

キョンは朝、けたたましく鳴る携帯の音で起きた。
時計を見ればまだ5時前、どこのどいつだと思い画面を見ると古泉一樹となっている。
 
「何時だと思っているんだ、古泉。
 パトロールの時間にはまだ12時間くらいあるぞ」

「朝早くすいません、どうしてもお知らせしなければならない事がありまして。
 もちろん、ここまで言えばあなたもお察しでしょう、涼宮さんがらみです」

 キョンは眠気が緩んだ顔を引き締める。

「ハルヒが、どうしたんだ」

「・・・あなたにとっては、良いニュースと悪いニュース。
 同時に2つの知らせを受けることになりますが覚悟はいいですね?」

「・・・もったいぶらずに言え」

「我々機関と繋がりを持っていたTFEI端末が痕跡を一切残さぬまま消えました。
 いいですか、消えたんです。まるで元から居なかったかのように。
 長門さんが以前あなたが言った事が現実となったんです・・・そして」

キョンは古泉のその先の言葉を先読みした。だが、そんな事はあるはずなどない。
長門だけならきっと、という甘い期待はすぐに裏切れた。

「・・・その長門さんも、消えたTFEI端末の中にいます。マンションが無人になっていました。
 戸籍学籍、彼女の存在を証明していた物は全て抹消されています。
 恐らく僕ら以外の北高生にとっても元々居なかった存在となってるでしょう」

キョンは後悔した。有希との最後の会話が、あれだ。
なんという皮肉だろう。一言も謝れぬまま有希は消えた。
悔しさで心が締め付けられていた。
だが、良いニュースとは?もしかしたら、まだ希望は残っているのかもしれない。
すがるようにキョンは聞いた

「それはわかった・・・じゃあ良いニュースってのは・・・」

「情報統合思念体が手を引いた、つまりそれは涼宮さんの力が無くなった事を意味します。
 つまり、めでたく涼宮さんは普通の女子高生になりましたという事です。
 良かったじゃないですか、これからは彼女の機嫌を気にする必要など無くなります。
 あなたが望んでいた自由がやってきたんです、これを良いニュースと言わずに何と言うんです?」

「・・・ここに来て皮肉かよ、そんな奴だとは思ってなかったぞ。
 それとも、お前も自由になって本性を表したか?」

「はっ・・・僕だってね、正直何がなんだかわからないんですよ」

「・・・」

「今までやって来た事は無意味でした、と言われたような物なんです。
 これで冷静でいられるほうが・・・すみません、あなたに当たるつもりはありませんでした」

「悪い・・・」

「・・・ですが、気になることがあるんです」

「何だ?」

「我々は、情報統合思念体の一派が去るときは例外無く情報操作をする物だと思っていました。
 ですがこのように僕達は彼らの記憶を持っている。
 手抜きと言うんでしょうか、彼らにしてはやり方に徹底性が無いんです。
 どこか甘さが見える・・・というか」

「・・・確かに・・・いや、違う。
 これは、長門から俺たちへの置き土産のような物だとは考えられないか?」

「なるほど・・・そう考えれば・・・。そうですね、そう解釈したほうがいいでしょう」

「それにしても・・・別れの一言くらいはあっても良さそうなもんだが・・・」

「・・・さて、僕はこれから大忙しです。
 申し訳ありませんがここで切らせてもらいます、また詳しい事は後ほど」

「あぁ、わざわざ悪かった。あ、1つ聞きたい事がある、いいか?」

「なんです?」

「お前まで急に消えたりはしないよな?」

「・・・さぁ、どうでしょうね。僕個人としては、消えたく無いと思ってますが?」

「そうか、悪かった。じゃあまたな」

電話を切ると、キョンは頭が真っ白になった。
有希が、消えた。その現実がずしりと、キョンに重く圧し掛かる。
 
「頭ではわかってても納得は出来ないってのは・・・まさにこの事かもな・・・」

ふと本棚に目をやると、有希から押し付けられたハードカバー本が何冊か並んでいる。
その内の一冊を手にとり、ぱらぱらとページを捲ると栞が本の間から落ちた。
キョンはその栞に何か有希からのメッセージが無いかと期待して拾ったが、変化は無かった。
ただ『午後七時。光陽園駅前公園にて待つ』とかすれかけた文字でかかれているだけだった。

「はは・・・俺が望んだ自由、か。そう言われてしまえば、そうだけどな。
 こんなのは、望んじゃいなかったぜ・・・?俺が望んでたのは・・・」

「何を望んでいたんですか?」

突然、誰も居ないはずの後ろ声をかけられ
驚いて振り向くとそこにはみくる(大)が居た。

「朝比奈さん・・・」

「本当に、ごめんなさい」

そういうとみくる(大)は頭を深く下げた。

「なっ・・・やめてください、朝比奈さん・・・」

「また、あなたには迷惑をかけてしまいましたね。
 本当に、ごめんなさい・・・謝って許してもらおうとは思いません、ごめんなさい」
 
また、頭を下げる。良く見ると雫がポタリポタリと落ち床を濡らす。

「迷惑も何も、俺自身から首を突っ込んだことですよ。
 もう、誰のせいとは言いたくありません、だから頭を・・・」

「違うんです・・・違うんです、キョン君・・・」

「・・・?」

「私たち、未来人は歴史をあるべき姿へ矯正させるために来た、と前にお話しましたよね?」

そう、みくる達未来人は未来が未来であるように
その未来と現代との矛盾が起きないよう現代で起きる不都合を矯正するために来ていた。

「それは言い換えれば自分たちの組織の都合の言い様に歴史を改変するという事にもなります。
 そうじゃなければ、今の私たちは存在しなくなる事になるから。誰だってそうなるのは嫌でしょ?
 だから時間のあるうちに、矯正が出来るうちに出来る限りの事をする、それが私たちの役目であり、目的」

「・・・それはわかってます、朝比奈さん。
 でも、それと何が・・・関係あるっていうんです?」

「でも、何度やっても、変えられない事っていうのはあるんです。
 それが規定事項。言い様によっては神が定めた人間が変える事の出来ない法則のような物」

「・・・だんだんよくわからない方向に話が進んでますね」

「ごめんなさい。その規定事項、それが長門さんの消滅」

「・・・」

「長門さんは私たちにとっても、涼宮さんにとっても必要な人。
 あなたの次に重要な、第二の鍵とも言える存在。
 その鍵が無ければ扉は開かれない、私たちの望んだ物は手に入らない」

「だから私たちは何度も繰り返し、長門さんを生存させるために手を尽くしてきました。
 でも、いつも涼宮さんの力が消えて、同時に長門さんも消えてしまう。
 いつもその瞬間を見るたびに私は自分の、人間としての無力さを思い知るんです・・・」

キョンはみくる(大)の言っている事を、今ひとつの所まで理解しかけていた。

「そう分かりやすい例を出すと、覚えてます?終わらない夏の事を。
 まさにそれを繰り返してるのと同じ事、結果はいつも同じ。
 私たちが阻止をしようとしても、変える事は出来なかった。
 ・・・今まで隠していてごめんなさい・・・。
 最初からあなたに全てを話したパターンもありましたけど、それでも同じでした。
 きっと、これが私たちへの未来へと繋がる規定事項」

「・・・・・・そんな事が・・・」

つまり、みくる(大)達は今まで何度も歴史を改変し続けていた。
その度に失敗し、また過去へと戻りやり直すという。
途方も無いことを延々を繰り返してきたのだだ。
そんな事を未来人達をキョンは半ば呆れていた。
そこまでする必要が、本当にあるのか・・・?と。

「でもね、キョン君、さっきの電話で古泉君から聞いたでしょう?
 私たちにとっても、今回のパターンはどこか引っかかっている部分があるんです」

「詰めが甘いってとこですか・・・?」

「そう、今までとは異質なの。だから違和感がある。
 ……ねぇキョン君、さっきあなたは望みがあるって言いましたよね?」

「えぇ、でもそれは・・・」

「その望みを、ほんの少しの可能性にかけてみませんか?
 何も変わらないかもしれない、辛い事を知るだけかもしれない。
 でも、それでも、ほんの少しの可能性にかける事が出来るとしたら」

みくる(大)はキョンの目をじっと見つめ、言う。

「キョン君はどうしますか?」

キョンの望み。それは漠然としていて、キョンにも自身わからなかった。
だが、その望みを叶える事が出来るなら。
そう考えたらキョンはある晴れた日の事を、ある雨の降る日の事を思い出した。
もう戻らない日々、それがキョンの望みだった。
それを戻せるなら・・・。

「俺は・・・」

「私たちはあなたに頼り切って、迷惑ばかりをかけてきました。
 今もまた迷惑をかけようとしてる、でも・・・」

「俺は・・・俺の望みを叶えるためだったら何でもしますよ。
 さぁ、俺は何をしたらいいんです?教えてください朝比奈さん」

「・・・ありがとう、キョン君。
 それじゃあ私たちはこれから昨日の夜、正確には今日の午前0時48分に飛びます。
 その7分後に涼宮さんの力が消滅します、その瞬間何が起こったのか、この目で確かめます」

「わかりました・・・って、もしやハルヒの自宅に行くんですか!?それも夜の?」

「そうですよ?その時間に涼宮さんのそばに居て何が起こったか確かめるんです。
 じゃなきゃ意味がないでしょう?
 あ、眠ってる涼宮さんに変な事しちゃダメですよ?うふふ」

そんな事するはずが無いでしょう、と呟いたキョンだったが
その呟きを聞いたみくる(大)はおかしそうに微笑む。

「・・・なんです?」

「そのうちわかります、それも規定事項の1つですから。
 あ、ちゃんと着替えはしてください。
 私は部屋の外で待ってますね」

そう言ってみくる(大)はウインクをして部屋から出た。

「何が何だってんだ・・・俺は夜這いみたいな真似はしないぞ・・・」

ドアの向こうではみくる(大)がクスクスと笑う声が聞える。
キョンはからかわれてると思うことにした。
そしてキョンは着替えを済ませ、みくる(大)と過去へと向かった。

キョンは毎度お馴染みの時間移動の際に伴う眠りから覚めた。
芝生の植えてある地面に座らされていたようで、尻が夜露で微妙に濡れている。
あたりの状況を見ると空は真っ暗闇に包まれ、微かに光る星だけが辺りを薄く照らしていた。
今いる場所はどこかと見渡すと、場所はどこかの家の庭のようだった。

「あ、目を覚ましましたね?」

「朝比奈さん・・ここは・・・?」

「涼宮さんの自宅の庭です、ほら見て」

見ると、そばに建っていたのは鶴屋さんレベルとは言わないまでも
並以上、少なくとも大盛レベルはある2階建て住宅だった。

「あと数分で、2階の、そう、あそこにある涼宮さんの部屋の電気がつきます。
 電気がついたら、そこに乗り込んで何があったかこの目で確かめます」

「わかりました・・・でも不法侵入じゃ?
 ハルヒの親に見つかったりでもしたら・・・」

「大丈夫、今この家には涼宮さん1人しかいません」

「そう、なんですか・・・」

そして、2階の電気がついた。
キョンとみくる(大)は、みくる(大)が何やら怪しげな道具を使って鍵を外し、家に侵入した。

2人は家に入り込んだ。キョンは玄関で靴を脱ごうとして、そこで自分が靴を履いていない事を思い出した。
キョンは案外冷静なつもりでも、自分は気が動転しているのかもな、と思った。

「キョン君!何してるの!?早く!」

みくる(大)が玄関に入ってすぐの場所にある階段を上りながら、大声にならない程度の声で呼ぶ。
キョンも急いで階段を駆け上り、みくる(大)の後に続く。
途中、上の方から微かに呻き声のようなものが聞えてキョンは立ち止まる。

「朝比奈さん・・・なんか、うめき声のような物が聞えませんか?」

「・・・!!急いで!!とっとと!!」

キョンはみくる(大)に怒鳴られまた足を動かす。
2階に出ると、すぐにドアから光が漏れている部屋を見つけた。ハルヒの部屋だ。
2人はすぐに部屋の前に走り、ドアを開ける。
そこで広がっていた光景を見てキョンとみくる(大)は声も出すことが出来なかった。

ハルヒ(有希)が無表情で血管が浮き出る程強く、両手で有希(ハルヒ)の首を絞めている。
有希(ハルヒ)の真っ白だった顔は青白く変色して、手がピクピクと動いている。
2人はその光景を見て暫く、いや、実際は数秒間なのだが
何が何だか理解が出来ず、ただ立っているだけしか出来なかった。
なぜ、ここに有希がいる?そして、なぜハルヒに首を絞められている?
人が来た事に気付いたハルヒ(有希)は無表情で2人を見る。
対して有希(ハルヒ)は虚ろな目で2人を見て、安心したかのような表情を浮かべる。

「あっ・・・は、ハルヒ何をやってるんだ!!」

「やめて涼宮さん!!」

正気を取り戻した2人が有希(ハルヒ)からハルヒ(有希)を引き剥がしにかかる。
みくる(大)がハルヒ(有希)の腕をつかみ
キョンはハルヒ(有希)を後ろから引き剥がし、床に押し倒す。

「ハルヒぃ・・・この野郎!!おまえなぁ・・・!!」

「………なぜ、あなたがここに」

ハルヒ(有希)はキョンに押し倒されたまま、無表情で呟く。

「・・・?ハルヒ・・・?」

キョンはハルヒ(有希)に妙な違和感の様な物を感じた。
口調にしても、表情にしても、キョンが知っているハルヒの物とは違う様に感じられた。
そうだ。この女は絶対にハルヒなんかじゃない。
じゃあ、誰だ?

「ハルヒ・・・?違う!!・・・誰だ、お前!!ハルヒをどこにやった!!・・・答えろ!!」

「………」

ハルヒ(有希)は諦めたように目を瞑り、ふっ、と息を吐く。
途端、ハルヒ(有希)の体を薄っすらとした光が包み、光は段々と小柄な少女を形作る。
キョンは驚き、体を抑えていた手を思わず弱める。
すると、光が包む少女は強い力でキョンを押し返し、馬乗りになってキョンの首に手を這わす。

「……どうして、止めるの?」

少女がそう言うと、少女を包んでいた光が、ぱっと散って、有希の姿があらわになる。

「なっ・・・?長門・・・!!やめ・・」

有希は陶器の様に冷えた無表情でキョンの首を絞め始める。
ゆっくり、ゆっくり、じわじわと。

「あなたは、私が私の望む事をしろと言った。
 だから私はそれを実行した。でもあなたはそれをやめろと言う。
 ……なぜ?あなたの言動は矛盾している」

キョンは確かに有希に、自分の望む事をしろ、そうとも取れる事を言った。
だがそれは、

「俺は・・妙な役目なんかより自分の事を大切にしろって良いたかっただけだ・・・。
 こんな訳のわからない真似をするのがお前の望みだったのか・・?」

「そう、これが私の望み。
 だから私は、私と涼宮ハルヒの姿を入れ替えた」

「何だと・・・」

すると、意識を失ってみくる(大)に介抱されていた有希(ハルヒ)の姿が先ほどの有希と同じように光り、元のハルヒの姿に戻る。

「なるほどな・・・でも・・・・・」

「そして私は、私になった涼宮ハルヒをこの手で殺す事で真の意味で涼宮ハルヒになれると考えた。
 ……でも、あなたに邪魔された。台無し」

「どうして・・そうなるんだよ・・・長門・・・お前、腐ってるんじゃn・・がっ」

「あなたが言える事ではない」

有希が手に力を込める。キョンは息がつまり、みるみるうちに顔色が変化していく。

「やめて!キョン君を離して!」

部屋の隅でハルヒを介抱していたみくる(大)が、慌ててキョンを助けようと有希に近づく。
だが有希が何かを呟くと、みくる(大)は腰が抜けたようにへたり込む。

「あ・・・」

そのまま、バタリと後ろに倒れ体を痙攣させる。

「あなたも、邪魔」

「うぁ・・・あさひな・・・さ・・たの・・・・やめ・・な・・がと・・・
 おね・・だ・・やめ・・・・・・・・ぎっ・・・ぁ・・・・」

 キョンは今にも途切れそうな意識を繋ぎとめ、有希に懇願する。

「………やめてほしい?」

頭が真っ白になりそうになりながらも、力を振り絞り、頷く。

「そう」

ふっと、キョンの首に回された手から力が抜ける。

キョンは有希が手を緩めた隙をつき、有希の腕を掴む。
息も絶え絶えになりながらも腹筋に力を込めて上体を起こそうとするが
また有希が早口で呪文の様な物を唱えると全身から力が抜け、有希の腕を掴んでいた手も離してしまう。
有希は悲しそうな目でキョンを見る。
キョンにその目はさっきまでの冷たい感情の見えない無表情とは違って見えた。
その目を見たキョンは、さっき有希に言おうとした言葉を思い出す。

『長門、お前腐ってるんじゃないか?』

違っていた。本当に腐っているのは自分ではないか。
有希の透き通るような目を見たら、そう感じた。
そうだ、自分が言える事なんかではない。
そう考えるとキョンは、ハルヒにもみくるにも有希にも、ついでに古泉にも申し訳ない気持ちになった。
結局は全て自分のせいではないか。有希を心配して言った事も、結局は自己満足でしかなかった。
有希を心配し、気遣う自分に酔っていた。ただそれだけの事ではないのか?
そうだ、こんなにまでなるまで、有希を追い詰めたのは自分だ。
有希の気持ちなど考えず、自分の感情だけをぶつけて、後の事なんか考えなかった。
そして、その気持ちを裏切られたと勘違いし、八つ当たりでハルヒを殴り、古泉やみくるにも迷惑をかけた。
この状況を生み出す切欠を作ったのは自分だ。そしてまたみくる(大)にも迷惑をかけ、ハルヒに危険を及ぼした。
屑だ、屑以下だ。これではハルヒに文句など言えない。
涙が滲み出てくる、口は訳のわからない言葉ばかり吐き出す。
 
「ごめんな長門、ごめんなハルヒ、ごめんな」

「………」

「ごめんな、ごめんな、俺が悪かったな・・・ごめんな・・・」

キョンはずっと、ごめんごめんと呟き、涙を流していた。もう情けなくて死んでしまったほうがマシとさえ思った。
だが有希はキョンの顔を見つめるばかりで殺そうとはしない。全身からは力が抜け、自分で死ぬことも出来ない。
自分の舌を噛んで死のうとも思ったが勇気がなかった。それでまたキョンは益々情けない気持ちになる。
首の鈍い痛みが断続的にキョンを襲い、それがキョンの精神を崩壊まで追い詰める。

「どうしたの」

有希は突然キョンが泣いて謝りだした事を不思議に思った。
どうして彼は謝りだしたのだろう。自分の身に危険を感じたから?
今更遅いと言うのに。人間というものはこんなにも死を恐れる物なのだろうか。

「答えて」

キョンは壊れたようにごめんごめんと呟くだけでまるで聞えていないかのように答えない
目からは涙が溢れて床を濡らしている。

「どうして?」

答えてくれないキョンを見て、有希は理解出来ない感情がどこからか溢れてくる感覚を覚えていた。
言語化出来ない感情、でも、嫌では無い感情。きっとこれはエラー。そう判断しエラーを排除しようとする、だが出来なかった。
気付けば有希はキョンを抱き締めていた。そして悟る。これが自分が願ったことなのだと。

「どうして……?」

どうして自分はハルヒを殺そうと思ったのだろう。それが自分の願いでは無いと気づいた有希はそう思った。
こうして、彼を抱き締めたかっただけなのに、どうして自分は彼を殺そうとまでしてしまったのだろう。
どうして、どうして、どうして。
有希もまたキョンと同じように、どうしてとだけ呟きながら涙を流していた。

キョンが我を忘れて泣いていると、突然何かが自分を優しく包む感覚を覚えた。
涙で霞んだ目をこらすと、有希の不揃いな髪が真横に見える。どうして、どうしてと擦れた声で呟く声もする。
有希が、自分を抱き締めている?しかも泣いている・・・? 

「長門・・・」

気付けばキョンは体を自由に動かすことが出来ていた、自由になった腕は無意識のうちに有希の背中に回されていた。
有希はキョンを包む腕に力を入れる、キョンはそれを心地よい物に感じた。
キョンもぎゅっと力を込める。また、有希もそれに合わせてより力を込める。
キョンも同じように、応える。有希も、また・・・。

キョンは有希を離したくない。そう思った。
こうしていないと、すぐに有希が消えてしまいそうだったから。
そしてこうする事で、自分自身が押し潰されてしまいそうな感覚から逃げる事が出来たから。

「ごめんな・・・長門・・・俺のせいだよな。俺がお前のことを考えてやれてたらこんな事には・・・」

「………」

有希は返事をしない。ただキョンを抱き締め、震えながら泣いているだけだ。

「長門・・・」

キョンは有希を逃がさないように、より強く有希を抱き締める。
だが、突然有希はキョンの背中に回していた手を離して肩へやり、キョンを押し倒す。

「なが・・・・っ!?」

有希は唇でキョンの口をふさぐ。
するとキョンは、暖かいような、心地よいような、深い所に落ちていく感覚がした。
瞼が重くなり。意識も朦朧としてくる。
 
「ごめんなさい」

有希が唇を離し、そう呟く声が聞える。
瞼はすでに閉じ、有希がどんな顔をしているのかキョンにはわからなかった。
そして、意識が途切れた。

キョンが眠りから覚めると、そこはこの時間に来たときと同じハルヒの自宅の庭だった。
キョンは、いつからいつまでここに座らされていたのか、びしょびしょに濡れた尻と足をほろって立つ。
呆然と立ったまま、キョンはどうして自分がここにいるのか思い出した。
有希に押し倒され、キスをされた後の記憶がすっぽりと抜け落ちていた。ハルヒは?みくる(大)は?そして、有希は?
慌てて真っ暗闇の中を見渡すと、すぐ隣にみくる(大)が居た事に気付いた。みくる(大)は体育座りのような格好をして俯いている。
有希に眠らされた後の事はわからなかったが、姿を見るだけでは無事のように見えた。

「朝比奈さん、朝比奈さん、大丈夫ですか?あの後何が・・・」
 
「・・・私が目覚めたら、あなたは床で倒れていました。
 それで、私はあなたを担いで・・・男の子ってやっぱり重いんですね・・・ここまで連れてきたんです」

「そうじゃなくて・・・!」

みくる(大)が顔を上げる。その顔は涙で濡れ、目元は真っ赤になり
薄く塗ってあった化粧は崩れて、まるでみくる(小)の様な幼い顔になっていた。

「ダメ・・でした、私がもっと上手く出来ていれば・・・。ごめんなさい、あなたや涼宮さんにまで怪我を負わせたのに・・・。
 どうして、どうしてこうなっちゃうのかなぁ・・・キョン君・・・。どうして、いつもこう台無しになっちゃうんだろうね・・・」

「・・・ダメって・・・、泣いてないで教えてくださいよ、何がダメだったんですか?」

みくる(大)は顔を手で覆い、涙声で言う。

「長門さんは・・・消えてしまい・・・ました・・・きっと、自ら・・・」

「なっ・・・そんな、ここに来てそんな冗談なんて笑えないですって、朝比奈さん。
 長門はわかってくれたんです!!考え直してくれたんです。俺にはわかるんですよ。
 あいつの事ならなんでも分かる自信が俺にはあるんです、知ってるでしょう?
 あいつがそんな事する理由なんかないんです、ありえないんですよ。
 それなのに、どうしてあいつが消えなくちゃいけないんですか!?
 それも、自分から?ふざけた事言わないd」

「ふざけてるのはあなたでしょう!?自惚れないで!」

みくる(大)に、凄まじい気迫に押され、キョンはみっともなく尻餅をつく。

「あなたに、何がわかるっていうの・・・?鈍感なのにも許される程があるでしょ!?
 長門さんは・・・あぁもう、どうして・・・・。もう・・・私の何がいけないの・・・もういや・・・疲れた・・・」 

「す、すいません、朝比奈さ・・・」

「・・・ごめんなさい・・・でも・・・あーもう、いや・・・」

そのままみくる(大)は頭を抱えて、また泣き出した。
キョンも、いっその事泣いてしまおうと思ったが、泣こうとしても涙は一滴も流れる事は無かった。
ただ、情けなくなった。キョンは、尻餅をついたまま空を見上げる。
空には星が輝き、キョンを見下ろしていた。
その星の1つに、何かが居ないかキョンは目を凝らして探したが、そんな物は見つからなかった。

「・・・どうしてなんだ、長門。教えてくれよ、お前なら知ってるんだろ・・・?」

そう、呟くが、暗闇は何も言わなかった。

星空を眺めていると、キョンが有希に絞めていた首の一部がじわじわと思い出したように痛み出す。鏡を見ればきっと痕が着いているに違いないだろう。
首、首・・・?そこでキョンは重大な事をみくる(大)に聞くのを忘れていた事に気付く。それが、一番の目的だったというのに。
キョンは自分のあまりの情けなさに、虚しささえ感じてしまう。ハルヒは、無事なのだろうか。力は、有希と共に消えてしまったのだろうか。
それを聞こうと、みくる(大)が座ってる方におずおずと振り向こうとすると、まるで人が転んだような音がする。
とっさに振り向くと、みくる(大)が頭から地面に突っ伏しているという非常に奇妙な格好で崩れていた。
そして、その隣には、まさに今そこであられもない格好でいる人物と全く同じ姿をした人が立っていた。

「また、みっともない所を見せちゃいましたね、キョン君」

「・・・朝比奈さ・・・!?え、な、え?」

「この・っと・・・・よいしょっ。この私から少し先の未来からやってきた私、って言えばわかります?」

みくる(大2)はみくる(大)をちゃんと地面に座らせながら言う。

「私も、つい感情的になって役目も忘れるところでした、何度も、本当にごめんなさい」

「いえ・・・、あ、そうだ、ハルヒは!ハルヒはあれからどうなったんです!?」

「ここで話すのもなんだから、いったんは元の時間に戻りましょう。詳しいお話は、そこで全部お話しますから」

「で、でもそれじゃ・・・」

「大丈夫だから、安心してください」

そういって、みくる(大2)は優しく微笑んだ。
そしてまた元の時間へと戻る運びとなった。キョンは目を瞑り、みくる(大)に身を任せる。
すると軽い衝撃がキョンを襲い、本日通算3回目の気絶をした。

キョンは目覚めると自分のベッドの上に寝かされていた。まだ痛む首を労わりながら体を起こすと、目と鼻の先。
ベッドの端にみくる(大)が座っていた。なぜ、今この状態に自分が居るのか、
気絶から回復したばかりで回転不足の脳味噌をキョンは必死で動かして思い出そうとする。
その、意識混濁気味のキョンの顔を覗きこみ、

「おはよう、キョン君」

と、みくる(大)が優しくささやく。その瞬間キョンの脳細胞はかつて無いほどに働き、さっきまでの事を思い出す。
まず、聞かなければならないことが山積みだった。

「おはようございます・・・朝比奈さん。・・・それじゃあ、詳しい話を聞かせてもらえますか?」

「そうですね、まずは涼宮さんの事からお話しますね」 

「お願いします。ハルヒは、大丈夫なんですね?」

「心配はもう大丈夫、涼宮さんは無事です。今頃すやすや眠っている頃だと思いますよ。
 詳しい事を話す前に、確認する事があります」

「なんです?」

「あそこに長門さんが居た理由。言わば彼女の目的です」

「・・・ハルヒを殺して、自分はそのままハルヒになりすます・・でいいんですよね」

 みくる(大)は頷く。

「そう。詳しく言えば、自らの姿と涼宮さんの姿を入れ替える。そして、自分の姿になった涼宮さんを、自らの手で殺害する。
 これが長門さんの目的でした。実際、あなたがあの時間に行って止めていなければ長門さんの目的は達成されて
 私達、もちろんあなたや古泉君の組織の人間達も、ずっとその事実に気付かないままでした」

キョンは背筋が凍るような思いがした。
そこまでしようとした有希の事を今一度考えると、心が締め付けられるようだった。
顔を真っ青にするキョンを見かねて、みくる(大)は
「だから、もう大丈夫。キョン君のお陰でそんな未来は回避されたました、気に病むことなんて」と、優しくキョンの頬を撫でる。

「でも、俺は・・・」

「キョン君、ちゃんと最後まで話を聞いて。
 今は過ぎた事を悔やむ事なんかよりも大切な事があなたを待ってるの。だからお願い、聞いて」

「・・・はい」

「・・・そして、あなたのお陰で歴史は改変され。涼宮さんは命を落とすことはなくなりました。
 もちろん、今の段階では涼宮さんの力も健在です」

「力が・・・?」

「そう、だからやりようによっては、まだ十分やり直しが効くの」

と、みくる(大)は心底嬉しそうに言う。

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