さて、俺は今年越し蕎麦を作っている。
 作ると言っても別に本格的に蕎麦を打つわけではなく、単に出来合いのものを茹でて適当に具を載せるだけなのだが、
「薬味はもう少し細かく切った方が良いと思いますが」
 俺の隣に居る奴は一々細かい事にうるさい奴だった。
 くそ、そんなこと言うなら自分でやれ。
「こっちはこっちでやる事が有るんですよ」
 古泉はさらりとそう言うと、作っていた煮物を乗せるための大皿を準備し始めた。
 こいつもまめだよなあ。そんなの鍋のまま持っていけばいいじゃないか。どうせハルヒと鶴屋さんに全部食べ尽くされるんだしさ。
「キョンー、古泉くんー、準備出来たー?」
「ああ、もうすぐだ」
 タイマーを見たところ茹で上がるまで後30秒。こういうのは時間を守るのが肝心なんだ。
 前に時間を間違えてえらい怒られた挙句大喧嘩になった事も有ったよなあ。今となってはそれもいい想い出だけどさ。おっと、そんなことを思ってる間に茹で上がりそうだな。

 準備を終えて年越し蕎麦を持っていったら、居間ではハルヒと鶴屋さんがこたつに入りながらのんびりと紅白を見ているところだった。
「運ぶのくらい手伝えよ」
「いやよ、お節はあたし達が作ったんだもの。年越し蕎麦くらいあんた達が全部準備しなさい」
「……涼宮さんの言う通りですね」
 愚痴ったら反撃された挙句古泉までハルヒの味方をしやがった。
 まあ、ハルヒの言う通りといえば言う通りなんだけどさ。
「はい、どうぞ」
「ありがと、古泉くん。うん、美味しそうじゃない」
「うんうん、美味しそうだねえ! あ、キョンくんの作ってくれた年越し蕎麦もね!」
「俺は麺を茹でただけですけどね」
「そうそう、キョンったら何時まで経っても料理の腕が上がらないんだから、困っちゃうわよね」
「うるさいな、人間には得手不得手ってものがあるんだよ」
「あら、反論する暇があったらもうちょっと頑張りなさいよ」
「何だと!」
「何よ!」
「あはは、二人とも今日もラブラブだねえ」
 勢い任せで口喧嘩になりそうだった俺達の間に、さらりと風を吹かせるかのような鶴屋さんの一言が通り過ぎていく。
 思わず顔を見合わせ、反論するタイミングさえ失ったまま黙ってしまう俺とハルヒ。
 いやはや、これこそ鶴の一声って感じか?
「とりあえず食べませんか? 蕎麦が伸びてしまいますよ」
 古泉は何時もながらもにこにこ笑顔だ。こいつはこいつで相変わらず食えない所のある奴だよな。そうでもないと鶴屋さんやその親戚一同とは渡り合っていけないんだろうけどさ。
「うんうん、まずは食べよう! いっぱい食べて元気に年を越そう!」
「じゃ、いただきますね!」
 ハルヒが仕切りなおし、それから、俺達は年越し蕎麦と煮物という大晦日らしい夕食にありつくことになった。
 夕食を食べる間も、その後も、TVからの紅白歌合戦は流れっぱなしだ。
 そういやあ、こういう普通の年越しってのも何年ぶりだろうな。高校生の頃は言わずもがな、それ以降も富士山に昇って日の出を見ようだの山荘で年越し同窓会だの鶴屋家の年越し及び新年会に飛び入り参加だのと、あんまり普通とは言い難い年越しばっかりしていた気がするからな。
 そうそう、鶴屋家云々は毎年の事じゃない。その辺りは家人の都合で色々変わってくるらしい。そうでなきゃ、今日ここに鶴屋さんと古泉が居られるわけがないからな。
「何か、懐かしいわよねえ」
 俺達が小中学校の頃から活動している日本人なら多分誰もが知っているアイドルグループが歌うTV画面を見ながら、ハルヒがふとそんなことを呟いた。
「何がだ?」
「んー、色々と」
 随分と大雑把な回答だな。まあ、言いたいことが分からないわけじゃないが。
 今日は大晦日だしな、ハルヒだってちょっとは感傷的になったりするんだろう。振り返っているのはこの一年よりももっとずっと長い期間だと思うけどさ。
「そういやさ、色々考えてぱーっと楽しむのも良いけど、こういうのんびりTVを見るだけ、なんていう年越しも結構良いもんだよねっ」
 ハルヒにつられたのか、鶴屋さんまでそんなことを言い出した。
「僕も同感ですよ」
「あ、あたしもそうかも」
「俺も」
 何だ、全員同じかよ。
 と、俺が思ったときには、他の三人が目を丸くしていて、俺も思わず似たような表情になって、それからほんのちょっとの間をおいてから、全員が殆ど一斉に笑い出す羽目になった。
 何でだろうなあ、別に、何かがおかしいってわけじゃないと思うんだが。
 けど、何となく、笑いたいような気分になったんだ。
 多分、ハルヒも、古泉も、鶴屋さんも、俺と似たような感じなんだろうな。

「あーあ、笑ったら疲れたわ。キョン、冷蔵庫にプリンがあるから取ってきて」
「まだ食うのかよ」
「良いじゃない、あたしが買って来た物なんだから。あ、ちゃんと全員分取ってくるのよ」
「……はいはい」
 ハルヒに言われた通り、俺はプリンを六つ持ってきた。
 え、人数より多いって? これで良いんだよ。ハルヒと鶴屋さんは二つずつって決まっているからな。
 それから俺達はくだらない昔話に花を咲かせつつのんびりと紅白を見終え、適当な番組を梯子し、歌番組のカウントダウンを見ながら年を越した。
 そうして、定番の新年の挨拶をして、また、新しい年が始まった。
 何のイベントも無い、特別なことも無い、こういう在り来たりな年越しも、結構良いもんだよな。


 終わり


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