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 何でもない日だった。
 俺はいつものように部室に向かい、朝比奈さんにお茶をもらおうと思っていたのだが……。
「うぅ~……ぐすっ、ぐすっ。うぅ~……ぐすっ」
 本能的にヤバいと悟ったね。
 俺が部室の外で聞いた《それ》は、明らかに異常だった。
 まるで、現世から離れられなくなった幽霊が泣いている声のようだった。……いや、聞いたことはないが。
「うぐっ……ひくっ……お母さん……お父さん……」
 その言葉を聞いた時に、やっと声の持ち主がわかった。朝比奈さんだ。
 何故泣いているのかはわからないが、朝比奈さんが泣いているなら助けてやらないといけないな。
 俺はドアを開いた。
「ぐすっ……。あ、あれ? キョンくん?」
 どうしたんですか? 朝比奈さん。
「うっ、うっ……うええぇぇん」
 参った、泣きやまない。
 とりあえずこのままだと遅れて来るハルヒに殺されるのは間違いないので、朝比奈さんを連れて屋上へと上がった。
 もちろん、ハルヒと男子生徒に見つからないように細心の注意を払ってだ。
 
 
 いったいどうしたんですか?
 
「ひぐっ……お父さんが、お母さんがぁ……」
 おいおい、この泣きようだと両親が死んだのか? それならすぐに未来に帰った方がいいんじゃないか?
「ひぐっ……いきなり通信してきて……久しぶりに声聞いてぇ……」
 ……は? それは逆にうれしいことじゃないのか?
「寂しいよぅ……みんなに会いたいよぅ……ふえぇぇぇん!」
 ……気持ちはわからんでもないな。
 何しろ未来から一人で来ているお方だ。
 いくら俺達と仲良く過ごしているからといっても、両親や友達は向こうにいるんだ。
 辛いよな、やっぱり。
 とりあえずこういうシチュエーションでよくやることとして、俺は朝比奈さんを抱き締めた。
 小さく、細っこい体に良い匂い。……やべ、ドキドキする。
「キョ、キョンくん? ダメだよぅ……」
 俺なんかじゃ役不足かもしれませんが……たまには俺を父親代わりに甘えていいですよ?
 何を言ってんだ。朝比奈さんから発するオーラで頭が回ってないのか?
 俺が朝比奈さんの父親代わりが務まるわけないだろうが、くそ、死にてぇ。
「じゃ、じゃあ……ひっく、甘えていいですかぁ? 会いたいよぅ……会いたいよぅ……」
 朝比奈さんは俺に強くしがみついてきた。
 ずっと、『会いたい』や『お父さん』とか呟きながら、泣いていた。
 いくら年上の未来人だと言っても人の子どもだ。
 やっぱり家族と離れての生活は辛く、精神的にもキツい物なのだろう。
 そんな環境に置かれたことのない俺が何を言えるわけもないが、せめて近くにいて、辛さの捌け口になってやろうと思った。
 
 
「はぁ~……、たくさん泣いたらスッキリしちゃいました……」
 しばらく泣いていた後、おもむろに朝比奈さんは顔を上げた。
 この状態で顔を上げられると、とても顔が近くなるわけだが。
「あ……ご、ごめんなさいっ!」
 顔を真っ赤にして飛び離れられた。
 やっぱりこのまま甘甘な展開へ……なんて都合よくは行かないよな。
 朝比奈さん。もう大丈夫ですか?
 俺の質問に頭を二、三度縦に振って意思表示がきた。
 ……じゃあ行きましょうか。
「ふえっ? ど、何処にですか? ……あっ、部室ですよね」
 違いますよ、デートに行きましょう。何処でもいいから二人で。
 驚く朝比奈さんの手を取り、階段を降りていく。
 明日ハルヒに何て言われるだろうか? 罰金くらいで済めばいいんだけどな。
 朝比奈さんの父親の代わりにはなれないが、元気付けることくらいは出来る。
「キョ、キョンくん! 涼宮さんが怒っちゃいますよ……」
 一日くらい構いません、古泉が苦労するくらいですから。
「で、でも……」
 俺は脚を止めて、朝比奈さんを見つめて口を開いた。
 
「父親代わりの俺のいうことが聞けませんか?」
 
 父親代わりなんて、何度も言うが出過ぎた真似である。だが、今回はこれが効いたのか、笑顔で返事が帰ってきた。
 
「……ごめんなさい、お父さん」
 そうだ、朝比奈さんにはやっぱり笑顔が似合う。
 もう一度、手を取り歩きだすと、今度は握り返される感触がした。
 繋いだ手が少し汗ばんでいるのを感じた……俺が汗ばんでるのか? わかんねぇ。
 ハルヒや、男子生徒の目をかいくぐりながら学校を出るのはスリルがあった。
 ある種の共犯意識。やましいことをしたわけじゃないから共犯と言うのもどうかとは思うが。
 学校を抜けだし、坂を下ってもどちらからも手を離そうとはしなかった。
 二人の心の中では父と娘かもしれないが、端から見たら間違いなくカップルだ。
 そんな状態で俺達はウィンドウショッピングをして、時には飲物を飲んだりして過ごした。
「今日はありがとう、キョンくん。おかげで元気が出ました」
 一日が楽しかったから名残惜しいな。仕方ないが。
 お礼なんていいです。また会いたいって気持ちになったらいつでもこの役をやってあげますよ。
「うふふ……じゃあまたそういう気持ちになったらお願いしますね? お父さん!」
 本当に幸せそうな微笑みだ。今日はいいことをした。
 
『じゃあ』と言って、別々の方向に歩きだしてしばらく経った時だった。
 後ろから走ってくる音が聞こえてきた。……朝比奈さんだ。
「はぁ、はぁ……わ、忘れてました!」
 そのかわいい小柄な少女は、俺の頬にキスをすると『大好きですから!』と言って走り去った。
 この言葉が、俺に向けられた物か、《父》に向けられた物かはわからん。
 しかし、俺は幸せな気分になり、朝比奈さんも元気を出した。それだけで充分じゃないか。
 様々なことを考えながら歩いていると、急に妹のことを思い出した。
 そういえば最近遊んでやってないな……。
 せっかく身近に家族がいるんだ。しっかりとサービスしてやるのも悪くない。
 自分の父と母の為にコンビニでケーキを買って、妹にも好きなお菓子を買った。
 今日は妹のお守りで疲れるだろうが……それも幸せなんだよな。
 そう思い、朝比奈さんに大事なことを教えられたと感じた一日だった。
 
 
おわり
 
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