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『 another solution ──Sakanaka──』



「涼宮さん」
一年九組の前で突然声を掛けられた。わたしの隣りにいた『涼宮さん』が。

音楽の授業が終了して教室に戻る道中は、わたしが涼宮さんと話すことができる数少ない機会。
話す、といっても彼女がSOS団の活動内容を面白そうに──というか嬉しそうに話しているのがほとんどなんだけど。
でも一学期の頃の頑なな涼宮さんの態度と比べたら、この一見スムーズにみえないコミュニケーションさえわたしは心地好く感じていた。
だからそのおしゃべりを遮った一言に少なからずわたしは落胆した。
今日はいつもより話せてない。物足りないし、一抹の寂しさがよぎる。
この場所からして声の主はSOS団の古泉一樹君かな。でも彼ってこんな声だったかしら。
声がした方を振り向くと、見知らぬ男子生徒がいた。あ、人が良さそうなカンジ。
その至って温厚そうな男子生徒は、涼宮さんと面識があるみたいで「ちょっといいかな」と来た道の方を指差した。
そう言われた涼宮さんの顔が心持ち緊張してるように見えて、わたしは少なからず驚いた。だって珍しいよ、涼宮さんが誰かに対して緊張するなんて。
涼宮さんは「ええ」と短く答えて、隣りにいたわたしに何も告げずその男子の後について行ってしまった。

「ねえねえ、涼宮さんどうしたの?」
今まで五歩ほど先を歩いていたクラスメイト達が、取り残された形となったわたしに近付いてきた。
わたしは「さあ……」と答える他ない。わたし自身聞きたいくらいだから。
その返事は彼女達にとって事実どうでもいいらしく、今度はなにやら勝手に憶測して笑いあっている。あまり感心しないなそういうの。
話には参加せずぼんやりクラスメイト達を眺める。笑いさざめく彼女達の向こうにこちらを気にしている榊君の姿が見えた。目が合った途端彼はすぐに目を逸らし足早に教室に向かう。
やっぱり気になるのかしら。
彼は文化祭で涼宮さんがバンドの代役を努めた頃から、音楽の授業中に涼宮さんに話しかけるようになった。
涼宮さんが授業でソロで歌い上げた時なんか褒め称えていて、榊君に想いを寄せている女子の様々な視線が側にいたわたしまで痛かったくらい。
でも当の涼宮さんは「当たり前じゃない」とか「あっそ」とか当然ながらにべもない様子で、最近はまた疎遠になりつつあったんだけど……一度気に掛けた女子が他の男子と二人きりでどこかに消えていく様子は内心穏やかじゃいられないのかな。
──わたしもだけど。正直、気になって仕方がない。

『彼』はどうなんだろう。

教室に戻ると『彼』は自分の席で谷口君や国木田君と話していた。でも目は教室に戻ってきたクラスメイトに注がれている。いつものことだ。
──涼宮さんを待っているのね。
どうしよう、さっきのこと言うべきかな……
でも急にこんな話するの変だよね。でも「言わなくちゃ」と何かが背後からわたしを急きたてている。
どうしよう、どうしよう……
もどかしい気持ちを抱えながら、無意識に『彼』の方を見つめていた──
と、突然彼と目が合った。『彼』は榊君のように目を逸らさなかった。寧ろ目標を発見したという顔。
わたしを認めるや否や、
「ハルヒは?」
一瞬わたしは言い澱んだ。いざ言う機会が与えられたら、本当のこと話していいのかどうか迷った。
でも次の瞬間わたしは、背後の何かに後押されたかのように口を切った。
「あのね、教室に戻る途中九組の前でクラスの子に話しかけられてついて行っちゃったのね。──誰だったのかな、あの人」
いつもあまり変化がない『彼』の表情に衝撃が走ったような気がした。この状況説明だけで。何か知っているのかな?
「──そうか」
『彼』は席を立った。真剣な顔。何かを決意した、そんな表情。
「あれキョン、鞄置いたままどこ行くの?」
国木田君の問いに短く「便所」とだけ答え、『彼』は教室の扉にいつもの歩調で向かっていった。
そして、
廊下に出た途端、凄い勢いで走り出したのがわたしのいた場所からも見えた。
彼の姿が見えなくなって、わたしは残されたクラスメイトである男子二人を振り返る。
谷口君は「どうしたんだ、アイツ?」と怪訝そうな顔をしていた。
谷口君の疑問はごもっともだと思う。『彼』があんなに慌てる姿なんてなかなか見かけないもの。
国木田君は何か思い当たる節でもあるのかな?
──だって『彼』が消えてっいった扉の方を眺めながら無言で微笑んでいたから。



結局謎は謎のまま、わたしは部活に向かった。音楽室へまた来た道を戻る。
と、少し先の廊下に見知った後姿を見つけた。長身の男子。
「古泉君」
思わずわたしは彼の背中に声を掛けていた。どうしてだろう。いつもだったら会釈する程度なのに。
彼は振り向いてわたしの姿を認めると如才なく、
「ああ阪中さん、でしたね。これから部活ですか?」
「うん、そうなの。古泉君は?」
「僕はこれからバイトがあるので、団のほうはお休みさせていただきました」
と肩を竦めて微笑んだ。「そっか」とわたしはうわ言のように呟く。そして半拍おいて、古泉君の姿を見たときから聞きたくて喉の奥で詰まっていた言葉たちが勢いつけてわたしの口をついて出てきた。
「あのね、さっきね、音楽の授業終わって教室に戻る途中なんだけど、九組の前で涼宮さんが知らない男子に話しかけられてね、そのままどこかに行っちゃったんだけど……古泉君知ってる?というか見てたかな?」
「──いえ、知りませんでしたね」
きっぱり否定されてしまった。
でも、
本当は知ってるんだ、古泉君。いつも穏やかな目が一瞬だけ堅くなったもの。でもわたしには話せない、そういうことなのね……
わたしはそのまま会話を途切らせるのがなんだか気まずくて、今日謎に思ったことその二を話し出した。
「それでね、教室に戻ったあと、『彼』──キョン君にもそのこと話したら、真剣な顔になってね、で、慌てて教室飛び出していって……古泉君?」
大して親交もない、しかも学年でも人気が高い男子生徒に思わず怪訝な声をかけてしまった。だってわたしが話してる途中で顔を俯けて、終いには肩を震わせてはじめたんだもの。
どう見ても笑いを堪えているようにしかみえない。わたし変なこといったかなあ……
「いえ、すいません、阪中さん──あなたのせいではないんです」
不安そうなわたしの表情を読みとってか、古泉君は呼吸を整えながらフォローを入れてくれた。ちょっと安心したけど、それじゃ何がそんなツボに入ったのだろう。

「いや、そうですね、なんと言うか『彼』の行動が──ええと、慌てて教室を飛び出だして?」
「うん……というか廊下出るまでは平静だったんだけど、廊下出た途端凄い速さで走っていったの……」
わたしは流されるままにさらなる詳細な状況説明をすると、古泉君はとうとう堪えきれなくなって吹き出した。「いやはや参りました」と言いながらくつくつ笑っている。
……ごめんキョン君、余計なこと話しちゃったかも。
当惑するわたしを置いてきぼりにして一頻り笑ってから、古泉君は改めて「阪中さん」と向き直った。わたしもちょっと畏まる。
古泉君は微笑んで言った。

「ありがとうございます」

その微笑みはいつもと大差ないようで、でもすごく嬉しそうに見えた。ああ、さっきの国木田君もこんな感じの笑顔だったな。
古泉君は満足げな顔で「ではまた」と足早に去っていってしまった。廊下にぽつんと取り残されるわたし。
なんで古泉君がわたしにお礼を述べるのだろう。さらに謎が深まった気がしたけど、一方で古泉君の笑顔でわたしの中の何かが解決した。
わたしがしたことは正解だったんだ。『彼』にとっても、涼宮さんにとっても、そして古泉君、もしかしたら国木田君にとっても。
──わたしにとっても。
自然と笑みがこぼれてくる。
今日は涼宮さんとそんなに話せなかったけど、いつもよりずっとずぅっと気分がいい。
明日涼宮さんが笑顔だったらいいな──ううん、絶対太陽が十個重なったみたいな笑顔でいる。そうに違いない。
そして『わたし達』はその笑顔を見てもっと嬉しくなるのだ。


わたしは鼻歌を歌いたいのを堪えて、でも足取り軽やかに音楽室に向かった。



──終わり
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