橘京子の分裂(前編)
そして次の日。 あれ以降、何度か橘の元に電話を掛けては見たものの、やっぱり電話に出ることはなく、仕方なしに留守電に連絡を入れるように言づてをしたのだが、暫く経っても何のリアクションも帰ってくることはなかった。 このままぼーっとしていてもしょうがないので、俺はハルヒに言われた物を用意し、そして念のため橘にメールを入れて床についたのだ。結局、朝起きても連絡が来ることはなかったけどな。 そそくさと準備をすませ、俺に覆い被さりそうな荷物を自転車に括り付け、行ってきますと自宅を後にしたのがついさっき。 生命の画竜点睛なるお天道様は、止せばいいのに昨日より120%放射強度を上げ(俺感覚比)、坂道を登る北高生の背中を汗で滲ませようと躍起になってる。マジで夏服が恋しいね。 そんな中、俺は昨日団長様に命じられた荷物を抱えてこの坂道をいつも以上に体力を浪費しながら登っていた。マジできつい。暇な奴がいたら手伝って欲しい。特に太陽。じりじり照りつけるだけなんだから暇だろう。 いや、やっぱり止めておこう。あんなのが俺の近くで手伝おうモンなら俺の方が焼けこげてしまう。その有り余るパワーは、俺の荷物運びなど身分不相応であろう。 手伝わせるならば、太陽と同じエネルギーを持ちつつ、近寄ってもあまり熱くないあいつにしてもらったほうがよさそうだが、教室内ならばともかく、登校中にばったり出くわすことなどこの2年以上でほんの数回しかない。あまり期待しないほうがいいかもな。 いや、ちょっと待て。 そもそも俺がたくさんの荷物を抱えているシーンでハルヒに出くわしたとしても、だ。 ハルヒならば『ようやく雑用係っぽくなってきたじゃない、感心感心』とほざいたあげく、『もう一個くらい荷物が増えても構わないでしょ』と言って、自分の鞄を俺が苦労して運んでいる荷物に挟み込んだりするような輩だ。 期待するだけ無駄か。さっさと学校に向かった方が吉。 頭の中でうじゃうじゃ考えている暇があったら、あいつに出くわさないようにした方が一億六千五百万倍くらいマシ……「何やってるんですか、キョンくん」 へ……? 声は後ろから聞こえた。聞き覚えのあるこのしゃべり方は……「そんなペースじゃ遅刻してしまうのです。早く行きますよ!」「よう」 俺は振り向きもせず挨拶を交わした。「どうしたんだこんなところで。いや、やっぱりそれはいい」 連絡が取れなかったから、少々危惧していたのだが、この世界に存在はしてたのか。……正直、安心した。「何で昨日連絡をよこさなかったのだ?」「へ? 何の話ですか?」「とぼけるな。あれだけ電話したじゃないか。留守電まで入れて」「うーん、記憶がちょっとないのです。だれかと間違えていませんか?」 お前以外の誰と間違えるというのだ。「例えば、佐々木さんとか」 そう言えば佐々木に連絡を取ってなかったな。こっちに連絡した方が早く動向をつかめたかもしれなかったのに。「そうそう、佐々木さんには連絡入れておきましたよ。今日の鶴屋さんの家でのパーティ、佐々木さんも呼んでおきましたから」 ふーん、そうか……って、「ちょっと待て。なんでお前が今日の事を知っているんだ?」「え? 何を言ってるんですかキョンくん。あたしがあなたに伝えたんじゃないんですか」 間違っても俺は橘から今日の内容を聞いたわけではない。「へへへ、おかしなキョンくんですね。当たり前じゃないですか。橘さんからそんな情報を伝えられるわけないじゃないですか」 ……橘? お前何を言ってるんだ?「いやいや、おとぼけもそこまでにしてください。あたしは橘さんじゃないのです。だってそうでしょ? あたしは――」 俺はここで、ようやく後ろを振り向いた―― ――目にしたのは、俺の知っているツインテール。昨日俺が目にした4人と同じ姿。しかしその4人とは異なる。 それを決定づけるのは、その喋り方。独特なプロナンシエーションは、他の誰でもない、橘京子本人が持っているものである。 しかし、この橘京子の姿をした人物は、驚くべき事を口にした。「あたしこそ、涼宮ハルヒなのです!」※橘京子の分裂(中編)に続く
このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー と 利用規約 が適用されます。
1文字以上入力してください
本文は少なくとも1文字以上必要です。
1文字以上入力してください。