未来からのメッセージ 中篇
【みくる視点→ハルヒ視点】 ピンポーンとインターホンの音が鳴ってまもなく、キョンの妹ちゃんの声がした。『はーい』「あ、妹ちゃん?あたしだけど。」『ハルにゃん!今開けるね~』 中からドッタッタと木製の床を走る音が聞こえた。「わあ、みくるちゃんに有希ちゃん、古泉くんも! どうしたのー?」「あのね妹ちゃん、キョン、居る?」「キョンくん? 居るけど……部屋から出てきてくれないのー。」 あたしたちは顔を見合わせた。やっぱりキョンが部屋で……「ちょっと上がらせてちょうだい。」「どうぞー!」「じゃあちょっとお邪魔するわね。」「お、お邪魔します……」「お邪魔します。」「………」 キョンの部屋に案内してくれた妹ちゃんは実はね、と前置きして「キョンくん、なんか冷たいの……。今はお母さんもお父さんも居ないから、一人で寂しかったとこなんだよ。」「まったくキョンったら……根性から叩きなおさなきゃいけないようね!」 キョンの部屋のドアからはなんとなくどんよりとした雰囲気が漂ってた。この名交渉人涼宮ハルヒがキョンを救い出してみせるんだから!「キョン? あたしよ。」 中からの反応はなし。シカトとはいい度胸ね。「聞こえてるんでしょ? とりあえず、出てきなさいよ。」「……なんで来たんだ」 聞こえてきたのは、明らかにいつもより暗くて湿った感じのキョンの声だった。「あんた、無断で学校休んでどーするのよ。SOS団部室には必ず一日一回は来ること――」「――くだらないんだよ、そんなの!」「えっ……」「SOS団なんてもうやってられっか。」「な、何よそれ!! あんたは団員第一号なのよ!? そんな事、もう言わないで!」「……もう俺には関係ない。」「キョン……」「……他の奴らも居るのか。」「ええ、みんなあんたを心配して来てくれたの。」「よくお前らも付き合ってられるよなぁ。あんなくだらない活動に。」「……あなたはこのSOS団の活動を少なからずは楽しんでいた……違いますか?」「古泉か……それは違うな。俺はただ付き合いまわらされていただけだ。」「僕は、あなたと一緒に活動していた頃は楽しいと思っていましたがね。」「……」「5人揃ってこそSOS団なのです。あなたが居なければ……」「……よく言うよな。本当の目的は違うくせによ。」「キョンくん! あなたはそんな事言う人じゃありませんよ……一体、どうしちゃったんですかぁ?」「朝比奈さん、俺はあなたが思っているようなお人好しじゃなかった、ってことですよ。」「キョンくん……そのっ、えと、うぅ……」 みくるちゃんは今にも泣きそうな顔で拳を震わせていた。「ちょっとキョン! あんた、いつからそんな生意気になったわけ!?」「ハルヒ、俺はもううんざりしてるんだよ。お前の面倒事にな。」「はあ……!?」「その団の目的はもう果たしてんだからもういいだろ。」「……え?」「ああ、知らなかったんだよな。そこにいる朝比奈さんや古泉は実は…!!」 突如、あたしの目の前が真っ暗になる。意識を無くした。 【ハルヒ視点→古泉視点】「未来人と超能力者なんだよ!!」 ……言ってしまいましたね。もう僕はどうすればいいか…… 恐る恐る涼宮さんの反応を見ようとした僕ですが、涼宮さんは本を片手に持っている長門さんに抱きかかえられていました。「……これは一体?」「涼宮ハルヒを一時的に気絶させた。彼の言葉を聞かせない為。」 さすが長門さん。判断と行動の速さが天下一品です。「今の言葉は度が過ぎている。これからは注意するべき。」「やっぱり長門も居たのか……お前らも大変だな。」「涼宮ハルヒの観測はわたしの義務。別に大変でもない。」「ああ、そうかい。でもその自己中女にはうんざりしてるんだろ?」「そんなことは、ない。」「もうやめましょう長門さん。涼宮さんも気絶してしまいましたし……ここはもう帰ったほうがいいかと。」 まあ長門さんが気絶させたのですがね。 長門さんがゆっくりと首を縦に振って涼宮さんの体を僕へ差し出しました。 それを僕が受け取るとまた読書に移り……って、やはり僕が運び役ですか…。「きっとあなたが考えを直さないかぎり、涼宮さんは何度でも来ると思いますよ。では、僕たちはこれで。」「………」 涼宮さんが泣きながら気絶していたことを、彼には伝えないことにしておきます。 次の日。やはり彼は学校には来なかったようです。 いつもの顔が1つなくなったSOS団に、更に暗くなるニュースが届きます。「今日、涼宮ハルヒは学校を休んだ。」 それは長門さんの口から発せられたもので、僕にはその顔に困ったような表情が微かにあったように見えました。「困った状況になりましたね……」「今日はどうしますかあ……?」 その時、予想はしていたいつもの携帯の着信音が鳴り、僕は「すいません、バイドです」と言い残して閉鎖空間へ行くことに。「な、長門さん……どうします?」「………」「……か、帰りましょうか。」 【古泉視点→みくる視点】 何もできなかったその日の夜、わたしは重大な事に気付いて、思わず一人言を口走ってしまいました。「キョンくんが死んでしまう三日後って……明日の事!?」 どうしよう、未来のわたしが言ったことだから……このままじゃ本当にキョンくんは……自殺でもしてしまうんでしょうか。 わたしはずっと考えていました。夜が明ける頃まで、ずうっと。でもようやく結論が出て、わたしは覚悟を決めました。 だって、キョンくんが死んじゃうのは嫌だから。 翌日、キョンくんと涼宮さんはごく普通に登校して放課後に部室に集まりました。 何故かって?そもそもわたしが、キョンくんが引き篭もる事自体を無くしたんだもの。そう、今日から4日後にまで戻って…。 もちろん許されることじゃないというのは分かってました。でも、わたしにはこれしかできなくて……。 【みくる視点→キョン視点】 放課後の活動中、尿意に襲われた俺はトイレに向かった。その途中に、予測もしてなかった人物と出会った。 未来の朝比奈さんである。聞くと、俺が一人で部室から出てくるのを伺っていたという。「今回はなんですか、朝比奈さん。」 何度か会ってるせいか、俺には最初に未来の朝比奈さんと出会った時に感じた緊張感というものが無くなっていた。「実は……わたし自身のことについてなんです。」「朝比奈さん自身のこと?」「ええ、キョンくん、あなたには自覚がないかもしれませんが……キョンくんの死を阻止しようとして過去のわたしがやってはいけないことをしてしまったんです。」 ん、なんだなんだ? 俺の死? それを今の朝比奈さんが阻止してくれたって? それは有難いことだが…やってはいけないこととは?「事の発端が起こる前の過去まで戻って、その後の未来を変えてしまったんです。」「は、はあ……」「あまり理解してませんね。これからわたしが話すこと、集中して聞いてください。」 俺は全てを話された……らしい。俺が引き篭もろうとした(まったく、俺は何をしようとしてたんだ)事からハルヒたちとの口論までの話や、朝比奈さん(小)が過去に戻ってした事。 まあ結局全細胞を集中させたが2割程度理解できなかった部分もあったが、まあいいだろう。「過去のわたしには、これから未来へ戻って厳重な処罰が与えられると思います。」「厳重な処罰とは?」「禁則事項です。」「もう一度ここへ戻って来られるんですか?」「禁則事項です。」「……もしかして、死刑の可能性も。」「……ありますね。かなりの確率で。」 「禁則事項です。」という言葉が帰ってくると予想していたが、朝比奈さん(大)は素直に答えてくれた。「でも、未来のあなたが存在するということは、今の朝比奈さんは死んではいない……ということですよね?」「そうとも限らないんです。」「へ?」「予期されぬ過去の言動は、未来に繋がる可能性があるんです。つまり、未来が変わってしまう可能性が。現に、わたしの過去にはこんな事はありませんでしたから。」 ……ええと、つまりもし朝比奈さん(小)が死刑にされてしまえば、朝比奈さん(大)も消えてしまう可能性がある、と。「その通りです。」 『可能性』というフレーズが随分多かった会話だったが、だいたい理解できた。……じゃあこれはかなり危険な状況なんじゃ。「ええ、そうですね……過去のわたしのことだから、絶対みんなに言わずに未来に帰っちゃうと思うから……。」「それはもう阻止できないんですか?」「……過去にでも戻らない限り、絶対。」「……そうですか……。」 頭が不安がよぎった。いや、さっきから充満しているのかもしれない。 朝比奈さん(小)が未来へ帰って死んでしまう……?そんな事、俺は考えたくなかった。 朝比奈さん(大)が未来へ帰っていく。今回はヒントくれなかったな……もしかして、この情報自体がヒントだったのだろうか。 俺一人の力でどうにかするなんてこと、できやしない。それは前々から分かっていた事だ。 頼れるのは一人しかいまい。 俺はトイレを済まし、活動終了の時刻まで部室で待つことにした。「随分長いトイレね。」「ちょっとな。」「ちゃんと手洗ってきたでしょうね!」「あ……ああ。」 忘れてた。ま、まぁ……いいだろ。 この時はまだ朝比奈さんはメイド姿で部室に居た。いつ帰るんだろう? という疑問が頭の中で渦を巻いていた時、小声で朝比奈さんの声が聞こえた。「あっ、そろそろ時間……」 確かに聞こえたその言葉。未来に帰る時間とみて間違いはないだろう。「ごめんなさい、今日は用事があってこれで失礼します……」「みくるちゃん、用事って?」「禁則事こ……あ、えっと、家の用事で。」「っそ、なら仕方ないわね……今日の分、明日ちゃんと働くのよ! いい?」「……は、はい。」 朝比奈さんは頭をガクッと下ろしてそう言った。だが、どうせ途中で帰ってしまうなら今日部室には来ないはず……朝比奈さんはそういう人だ。 きっと名残惜しかったのだろう。朝比奈さんは制服を手に持って「じゃあ、トイレで着替えてきますね。」と言い残して部室を出て行った。 ……朝比奈さんが帰ってしまう。 条件反射で俺は部室を出た。もちろん朝比奈さんを追うためさ。「キョン、何処いくの!?」「トイレだ!」「さっき行ったじゃない!」「手を洗い忘れた!!」「はあ?」 上手く口実を作ってハルヒの制止攻撃を受け流す。部室を出ると栗色の髪を揺らして歩く朝比奈さんが目に入った。「朝比奈さん!!」「ひぇっ……!」 可愛らしい顔がこちらを振り向く。両肩を掴もうとしたが、手洗ってなかったんだっけ。「今から……帰ってしまうんですか。」「……!どうしてそれを……?」「俺には朝比奈さんの事はなんでもお見通しですよ。」 少し言ってみたかった言葉だ。俺の脳内ではこの後に朝比奈さんが照れ出すというシナリオが組み立てられていたのだが、朝比奈さんはしょんぼりと顎を引いた。「ごめんなさい。勝手にこんな事を……。でも、わたしが居なくても全然大丈夫、でしょう?わたしなんか、別に……」「何を言ってるんですか! あなたはSOS団に必要不可欠ですよ!」 たとえそれが違ったとしても少なくとも俺にはそうであることは間違いない。「嘘です! わたしはただ、皆さんにお茶を出すくらいしか……。必要とされていない存在なんです……!」 朝比奈さんがこんな事を考えていたとは……予想外だ。「皆朝比奈さんを必要としてますよ。ハルヒも長門も古泉だって、もちろん俺も!」「……ごめんなさい!!」 突如腹部あたりに痛みが染み渡る。ああ、また朝比奈さんに殴られる事になるとは… 少し腹を抱える俺をよそに、朝比奈さんは時間移動を始めた(のだろう)。「待ってくださ……朝比奈さん……!」 くそ、さっきのパンチが効いたぜ。あの細い腕であんな剛拳を放つ事ができるなんて…「さようなら、皆さんによろしくね。」「朝比奈さん!!」 朝比奈さんは音も無く光の中に消えていった。…残る手段は絞られた、か。 「手を洗うのにそんなに時間がかかったのかしら?」 ああ、すっかり忘れてた。もう一度本当に手を洗いに行くのは不自然か?「何してたのよ!」「別に大したことじゃねえよ。」「そんな答えが許されるとでも思ってるの?だいたいあんたは……」 ハルヒは俺の無責任さに説教を始めた。俺は簡単にそんな話は聞き流したね。 部室の時計が活動終了の時刻を指した。ハルヒを先頭に、古泉と長門が部室を出て行き、その後に俺が続く。 が、ここで何もしなかったら何の意味もない。俺は小声で長門を引き止めた。「なに?」「あのさ、お前も…知ってたりするのか?」「なにを」「朝比奈さんの事だよ。」「知っている」 なら話が早い。お前になんとかできないものなのか?「できないこともない。けれど、この時空の流れの歴史を書き換えてしまうことになる。」「やっぱりそれってまずいのか?」「まずい」「でも……お前も朝比奈さんの事が心配だろ?」 ここで長門が首を横に振ればもう終わりだと思ったけどな。長門はそんな非情な奴じゃない。「心配」「今度美味しいカレーでも奢ってやるよ。行ってくれるか?」「いく」「そうか、ちなみにどこ――まあ、この場合過去と未来とカレー屋という選択肢があるわけだ――に?」「未来に。」 俺はてっきり過去かカレー屋へ移動するのかと思っていた。未来ってことはやっぱり……「朝比奈みくるがいる未来。」 だよな。俺がここで行かないわけがない。「じゃあ目を閉じて」「ちょっと待て。」「なに?」「またこの空間ごと凍結とかしたりするんじゃないだろうな。」「しない。ここを凍結するのはあまりにも無理矢理。」「そうか、なら続けてくれ。」 ふっ、と体が浮いたような感じ。何回も味わっている時間移動の感覚だ。これに慣れてしまっている俺はある意味――でなくともか――凄いのだろうな。すっかり未来人気分だ。 そんなに長い時間がかかったようには思えなかった。数分くらいかな? 俺は足で地面に立っている感触を掴んだ。 五感の内のひとつに異常に反応する匂い。まろやかなような、香ばしいような、それでいて辛そうな匂い…… 俺は目を開けて呆然とした。「……あれ?」「……間違えた」 頼むぜ長門、ここは明らかにカレー屋の厨房だ。しかもいつの時代かさえ分からん。 そしてまたさっきの感覚が俺を包む。さっきの移動時間が短かった理由が分かったね。今回は何十分もかかったような感覚だ。 着いて目を開けた先には、いつも見ている光景が広がっていた。そう、文芸部室。「また間違えたんじゃないだろうな」「違う。間違いなく未来。」 じゃあここは何年か後の文芸部室なのか? 長門、説明してもらわないと分からん。「朝比奈みくるが行った未来と同じ時間平面にわたし達はいる。ターゲットを朝比奈みくるだけに揃えたから、何年後なのかは分からない。」「朝比奈さんは何処なんだ?」「探すしかない。」 また随分と難易度の高いミッションだな。まぁ長門が傍に居るなら何でもできそうな気分になってくる。俺は暗くなりかけていた気分を一掃し、明るい声を放った。「じゃ、行くか!」
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