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一 ならっては〔學而第一〕

〔一〕先生──「ならってはおさらいするのは、たのしいことだね。なかまが遠くからくるのは、うれしいことだね。知られなくても平気なのは、りっぱな人じゃないか。」

〔二〕有先生──「人がらがすなおなのに、目上にさからうものは、まずない。目上にさからわないのに、むほんをするものは、あったためしがない。土台がだいじだ。土台あっての道だ。すなおということが、人の道のはじまりだな。」

〔三〕先生──「おせじや見せかけに、ろくなものはない。」

〔四〕曽(ソウ)先生 ──「毎日ふりかえることが三つ。人にまこころをつくしたか。友だちにすまないことはないか。教えは身についているか。」

〔五〕先生──「大きなかまえの国ほど、まともな政治をし、つましくなさけぶかく、人はひまひまに使うこと。」

〔六〕先生──「若い人は、うちではすなお、そとでもおとなしく、よく気をくばり、みんなにやさしくして道をまなぶこと。そのうえひまがあれば、学問にふりむける。」

〔七〕子夏──「色よりはチエを買い、親のためには苦労をいとわず、国にはすすんで身をささげ、友だちづきあいに、ウソをつかなければ、無学な人でも、学問があるというわけさ。」

〔八〕先生──「上の人は軽いと押しがきかぬし、学問も練れない。まこころを第一とし、つまらぬ人とつきあわぬこと。あやまちはアッサリあらためよ。」

〔九〕曽先生 ──「とむらい供養のしかたで、気風がずっとよくなるものだ。」

〔一〇〕子禽(キン)が子貢にたずねる、 「うちの先生はどこの国にいっても、きっと政治にかかりあうが…。たのむのかな、それともたのまれるのかな。」子貢──「先生はオットリとへりくだっていてそうなるんだ。先生のやりかたはだね、こりゃどうも人のやりくちとはちがってるね。」

〔一一〕先生──「ふだん父の気もちをくみ、死んだらやりくちを思い、三年そのしきたりを変えないのは、親孝行といえる。」

12〔一二〕有先生──「きまりにも、なごやかさがだいじ。昔のお手本も、ここがかなめだ。万事がそうなっている。だが例外もある。なごやかにするだけで、しめくくりがないのも、うまくいかないものだ。」

13〔一三〕有先生 「取りきめも、すじがとおっておれば、はたす見こみがある。へりくだりも、しめくくりがあれば、見っともなくない。たよるのも、相手をまちがえねば、たのみがいがある。」

14〔一四〕先生 ──「人間は、たべものにもこらず、よい家にも住まず、しごとは手ばやくて口をつつしみ、人格者を見ならうことだ。それでこそ学問ずきといえる。」

15〔一五〕子貢 ──「こまってもこびず、もうけてもいばらないのは、どうです…。」先生 ──「よろしい。だがこまっても苦にせず、もうけてもしまりのあるのがましだ。」子貢 「うたに、『切ってはこすり、ほってはみがく、』とあるのがそのことですか…。」先生「賜くんとだけは、うたのはなしができるわい。かれは打てばすぐひびくやつじゃ。」

16〔一六〕先生 ──「人に知られなくてもこまらぬが、人を知らないのはこまる。」

 

二 政治〔爲政第二〕

17〔一〕先生──「政治も良心的であれば、ちょうど北極星が動かずにいて、取りまかれるようだ。」

18〔二〕先生 ──「うた三百首を、ひっくるめていえば、『ひがまずに』ということじゃ。」

19〔三〕先生 ──「規則ずくめで、ビシビシやると、ぬけ道をつくって平気だ。親こころをもって、ひきしめてやれば、恥じいってあらためる。」

20〔四〕先生 ──「わしは十五で学問を思いたち、三十で一人まえ、四十で腹がすわり、五十で運命を知り、六十で分別ができ、七十では気ままをしても、ワクにはまっていた。」

21〔五〕孟孫さんが孝行についてきく。先生 ──「ほどを知ることです。」樊遅(ハンチ) のやる馬車で、先生がいわれた、 「孟孫が孝行をきいたから、わしは『ほどを知れ』といったよ。」樊遅-ー「どういう意味ですか。」先生 ──「親には、ほどよくつかえる。死んだら、ほどよくとむらい、供養もほどよくすること。」

22〔六〕孟武さんが孝行についてきく。先生 ──「父・母には、病気だけが心配です。」

23〔七〕子游(ユウ)が孝行についてきく。先生 ──「いまどきの孝行は、養うことだという。犬でも馬でも、みな養われている。うやまわないと、区別がつかなくなるぞ。」

24〔八〕子夏が孝行についてきく。先生 ──「態度がだいじだ。用のあるとき若いものが手つだい、ごちそうがあれば目上にあげる、そんなことで孝行になるかね。」

25〔九〕先生 ──「回くんと話してると、一日じゅうハイハイでバカみたいだが…。あとで実情を見ていると、けっこう教えられる。回くんはバカじゃない。」

26〔一〇〕先生──「人はそのしわざを見、いきさつをながめ、思わくをさとられたら、かくそうにも、かくせはしまいて。」
27〔一一〕先生 ──「古いものからも新知識、それなら指導者になれる。」

28〔一二〕先生 ──「人物は道具じゃない。」

29〔一三〕子貢が人物についてきく。先生 ──「おこないが先、ことばはあとだ。」

30〔一四〕先生 ──「人物は閥をつくらず、俗物は閥をつくる。」

31〔一五〕先生 ──「ならっても考えねばハッキリしないし、考えるだけでならわないとあぶない。」

32〔一六〕先生 ──「他流の末に走ると、損するばかりだ。」

33〔一七〕先生 ──「由くん、『知る」ということを教えようか。知ってるなら知ってる、知らないなら知らないという、それが知ることだよ。」

34〔一八〕子張は役人志願。先生 ──「聞いてよくたしかめ、たしかなことだけをいえば、まず無難だ。見てよくたしかめ、たしかなことだけをすれば、まず安心。そうバカをいわず、あまりヘマをやらねば、自然に出世するさ。」

35〔一九〕哀(殿)さまのおたずね ──「どうしたら民がおさまるか…。」孔先生の返事 「まっすぐな人を上におけば、おさまります。まがったものを上においたら、おさまりません。」

36〔二〇〕季孫さんがきく、「人民にうやまい、したがい、はげませるには、どうします…。」先生iー「重みを見せればうやまい、やさしくすればしたがい、すぐれた人にみちびかせれば、はげみます。」

37〔二一〕だれかが孔先生にいった、「なぜ政治をなさらないんです…。」先生 ──「歴史の本にある、『孝行いちずに、兄弟なかよく、家庭もおさまる。』あれも政治です。なにもことさら政治をせずとも…。」

38〔二二〕先生 ──「人間は誠意がないと、人として台なしだな。荷車も小車も、横木なしでは、それこそやりようがあるまい。」

39〔二三〕子張がきく、「十代あとの世がわかりますか…。」先生 ──「股(イン)は夏(カ)の時代をまねたから、たいしたちがいはないはず。周も殷をまねたから、たいしたちがいはないはず。周のあとがあったとて、百代までも知れているさ。」

40〔二四〕先生 -「先祖でもないのに祭るのは、物ほしそう。正義を見送るのは、いくじなしだ。」

 

 

三 八列の舞い〔八倫第三〕
41〔一〕孔先生が(家老の)季孫さんを批評して──「八列の舞いを自宅でやりおる。あれが平気ならば、なんでも平気でやれるさ。」


42〔二〕三家老は、「御歌」で祭りをおわる。先生──「『居ならぶ大名、大君おおらか』なんて、三家老のお宮では無意味だよ。」

43〔三〕先生 ──「人情をもたずに、なにが『きまり』だ…。人情味がなくて、なんの音楽だ…。」

44〔四〕林放が儀式の精神をきく。先生 ──「だいじな問いじゃな。儀式は、ハデにやるより、ジミがよい。葬式は、念入りよりは、しんみり。」

45〔五〕先生 ──「文化のない王国は、文化のある亡国におよばないね。」

46〔六〕季孫さんが(家老のくせに)泰山の祭りをする。先生が冉(ゼン)有に ──「おまえ、とめられないのか…。」返事 ──「ダメです。」先生 ──「ウーム、泰山も林放以下と見なすわけだな。」

47〔七〕 先生 ──「人物に争いはない。まあ弓ぐらいかな。おじぎして場に立ち、降りたら飲ませる。あの争いはりっぱだ。」

48〔八〕 子夏がたずねる、「『ニッコリえくぼ、パッチリまなこ、オシロイまぶしや』って、なんですか…。」先生──「絵は白でしあげるよ。」 ──「礼儀もしあげですね…。」先生 ──「商(子夏)くんには教えられるね。かれとなら詩のはなしができるわい。」

49〔九〕 先生 ──「夏(カ)(の時代)のきまりはわしにもわかるが、杞(き(の国)のはよくつかめない。殷(イン)(の時代)のきまりはわしにもわかるが、宋(ソウ)(の国)のはよくつかめない。書き物も人もすくないからだ。それがあればつかめるわけだが…。」

50〔一〇〕先生 ──「大祭も、おみきをまいたあとは、わしはもう見るのがイヤじゃ。」

51〔一一〕だれかが大祭のわけをきく。先生 ──「知らんです。それがわかっとれば世のなかのあつかいかたも、ここにのせたようでしょうな。」と手のひらをさした。

52〔一二〕 (先祖は)居るように祭り、神も居るように祭る。先生ll「白分で祭らないと、 祭った気がせぬ。」

53〔一三〕王孫賈(カ)がきく、「奥の間のきげんより、板の間のきげん』ってのは、どうですか。」先生l──「ウソですよ。天ににくまれたら、いのる間(マ)はないです。」

54〔一四〕先生 ──「周は夏(カ)と股(イン)(の時代)を目やすにして、文化の花をさかせたのだ。お手本にしょう。」

55〔一五〕先生は大神宮で、いちいち人にきく。だれかが ──「躑(スウ)村の若僧め、儀式を知らんじゃないか。大神宮で、いちいちきくとは。」先生はそれをきいて ──「そこが儀式だ。」

56〔一六〕先生 一矢は通さなくてもよく、ちからわざにも差をつけるのが、背のやりかただった。」

57〔一七〕子貢がついたちのヒツジをそなえまいとした。先生 ──「賜くん、ヒツジがおしいだろうが、わしは儀式がおしいよ。」

58〔一八〕先生 ──「おかみをうやまえば、ごきげん取りといわれる。」

59〔一九〕定(テイ)(殿)さまのおたずね- 「殿が使い、家来がつかえる、その方法は…。」孔先生の返事lr「使うには手あつくしてやり、つかえるには心をこめます。」

60〔二〇〕先生 ──「『ミサゴの歌』は、喜びにもおぼれず、悲しみにも負けていない。」

61〔二一〕哀(殿)さまがお宮のことを宰我(サイガ)にきかれる。宰我のお答え ──「夏(カ)の王さまは松、殷(イン)の時代にはヒノキ、周はクリの木を植えています。『ビックリさせる」んだそうで…。」先生がそれをきかれ ──「できた事はいうまい。やった事は見のがそう。すぎた事は責めまい。」

62〔二二〕先生────鰤管仲は人物がちいさいな。」だれかが ──「管仲はしまり屋ですか。」先生──「管には妻が三人、家来はかけ持ちなし。なにがしまり屋だ。」──「そんなら管仲は礼儀屋ですか。」先生 ──「殿さまは目かくしを立てるが、管も目かくしを立てていた。殿さま同士の宴会にはサカズキ台があり、管の家にもそれがあった。管が礼儀屋ならば、だれだって礼儀屋だ。」

63〔二三〕先生が魯(ロ)の国の楽隊長に──「音楽って、こうなんだね。はじめは、音をそろえる。そして思いきり、ひびかせる。すみ通らせる。長つづきさせる。それでいい。」


64〔二四〕儀の村の役人が会いたがっていう、「えらいかたがこちらに見えると、わたしはいつもお会いできたのですよ。」供の人が会わせる。あとでいう、「みなさん浪人もいいじゃないですか。世のなかはもう長いこと乱れている。世をみちびくのが先生の天職だ。


65〔二五〕先生は 「韶(ショウ)の曲」を、「みごとだし、このましいものだ。」といわれた。「武の曲」は、「みごとだが、ちょっとこまる。」といわれた。

66〔二六〕先生──「おかみはガミガミ、礼儀はゾンザイ、おとむらいに空なみだでは、どこにも見どころがないわい。」

 

四 住むには〔里仁第四〕

67〔一〕 先生──「住むには気ごころ。住みあてないのは、チエ者でない。」


68〔二〕 先生 ──「俗物は貧乏にたえられないし、安楽も、長つづきせぬ。人物は心を乱さず、チエ者はくふうする。」


69〔三〕 先生ー1「人物だけが、人をほめも、けなしもできる。」

70〔四〕 先生 ──「人物になる気なら、悪事はできぬ。」

71〔五〕先生 ──「カネと身分は、だれでもほしいものだが…。無理に手に入れたのは、ごめんこうむる。貧乏と下積みは、ありがたくないものだが…。身から出たのでなければ、逃げだしはせぬ。人の道を離れて、なにが人物だ。まことの人は食事のあいだも道を離れぬ。どんなに急いでも道、とっさの場あいも道だ。」

72〔六〕 先生 ──「わしはまだ道をこのむ者、道はずれをにくむ者に会わない。道をこのめば、それがなにより。道はずれをにくむのも、やはり道だ。道はずれの者に手だしをさせないからだ。一日でも道のためにつくした人があろうか。そのちからのない人にはまだ会わぬ。あるかもしれない
が、わしはまだ出会わない。」

73〔七〕先生 ──「人のあやまちは、その人がらによる。あやまちを見れば、それで人がわかる。」

74〔八〕 先生 ──「真理がきけたら、その日に、死んでもいい。」

75〔九〕 先生 ──「真理を求める人が、着物くい物を気にしては、話せるとはいえないな。」

76〔一〇〕 先生 ──「まことの人なら世間にたいして、ヒイキもなし、意地わるもなし、ただ道理にみかたする。」

77〔一一〕先生 ──「徳をみがく人、土地にあがく人。おきてを守る人、おこぼれを待つ人。」

78〔一二〕 先生-ー「欲と相談でやると、うらまれる。」

79〔一三〕先生 ──「折りあいよく国をおさめれば、わけはない。折りあいよくおさめられねば、儀式もムダだ。」

80〔一四〕先生 ──「地位はなくてもいいが、いくじがなくてはこまる。知られなくてもいいが、知られるようなことをしたいもの。」

81〔一五〕 先生 ──「参(シン)くん、わしの道はひとすじじゃよ。」曽(ソウ)先生の返事 ──「ええ。」あとで、弟子たちがたずねる、「あの意味は…。」曽先生ll「先生の道とは、『思いやり』なんだ。」

82〔一六〕 先生 ──「道理が。ピンとくる人と、利益が。ピンとくる人。」

83〔一七〕先生 ──「りっぱな人は、見ならいたい。つまらぬ人でも、わが身のいましめにするのだ。」

84〔一八〕先生 ──「親には、それとなくいさめる。きいてもらえなくても、さからわずにおく。つらくてもうらまない。」

85〔一九〕先生 ──「親のある身は、遠出をしない。出るにはまず行く先。」

86〔二〇〕先生 ──「三年(の忌中)父のしきたりを変えないのは、親孝行といえる。」

87〔二一〕 先生 ──「親の年は、知っておかねばならぬ。安心にもなり、川心にもなる。」

88〔二二〕 先生 ──「晋の人の口重いのは、やれないことを恐れたからだ。」

89〔二三〕先生──「つつましくてしくじることは、まずない。」

90〔二四〕先生 ──「上の人は口は重く、事はキビキビやりたい。」

91〔二五〕 先生 ──「道をふむなら、つれはあるもの。」

92〔二六〕子游 ──「殿さまにも、うるさいのはきらわれる。友だちも、うるさいと遠のく。」

 

五 公冶長 〔公冶長第五〕

93〔一〕 先生は(弟子の)公冶長(コウヤ・チョウ)のことを ──「ムコにしてもいい。ナワつきになったとはいえ、かれの罪じゃないんだ。」といって娘をやった。また南容のことを ──「平和なときは、役につける。乱れた世にも、殺され
94〔二〕 先生は子賤のことを ──「りっぱだなあ、あの人は。 この国に人物がいなければ、かれもああは成れまいて。」

95〔三〕子貢がたずねる、「わたくしは、いかが…。」先生──「きみは、うつわ物だ。」──「どんなうつわで…。」 ──「国宝級だ。」

96〔四〕 だれかがーー「雍(ヨウ)くんは、いい人だがブッキラボウで…。」 先生 ──「ペチャクチャは無用だ。人にツベコベいうと、とかくにくまれる。かれの人がらは知らないが、ペチャクチャは無用だ。」

97〔五] 漆彫(シツチョウ)開を役人にしようとした。かれの返事 ──「それにはまだ自信がないです。」先生は喜ばれた。

98〔六〕 先生ーー「道のない世だ、イカダで海に乗りだそうか…。ついてくるのは、まあ由くんだな…。」子路はそれをきき、ニコニコ。先生 ──「由くんは、わしよりすごいが…。材木がないさ。」

99〔七〕 孟武さんがきく、「子路はいい人ですか。」先生 ──「知りませんな。」またもきく。先生──「由くんは、大きな藩で、いくさ奉行ができましょう。いい人だかどうだか…。」「冉(ゼン)求はいかが…。」先生 ──「求くんは、ちょっとした町か、家老格の家で、その差配になれましょう。いい人だかどうだか…。」「公西(コウセイ)赤はいかが…。」先生 ──「赤くんは、礼服で御前に出て、お客さまの接待役ですな。いい人だかどうだか…。」

100〔八〕 先生が子貢にいわれる、「きみと回くんと、どっちが上か。」答え ──「わたくしが回さんの相手なんぞ…。回さんは、一をきけば十を知ります。わたくしは、一から二を知るだけです。」先生 ──「かなわないな。わしもきみもかなわないんだ。」
〔注〕 回は、若くて死んだ清貧の秀才顔回。


101〔九〕 宰予(サイヨ)がひるま寝ていた。先生 ──「くさった木は彫り物にならぬわ。ゴミ土のヘイでは、コテがあてられぬ。予のやつときては、責めがいがない。」また ──「これまでわしは人を、いうとおりにするものと信じていた。これからわしは人の、いうこととすることをくらべてみる。予のせいだな、そうなったのは。」

102〔一〇〕先生「しっかり者には出会わぬ。」だれかがいう、「申〓(シンチョゥ)は…。」先生──「〓くんのは、欲だ。なんでしっかりなものか。」


103〔一一〕 子貢 ──「わたしは人からされたくないことは、こちらからも人にしたくない。」先生──「賜くん、きみにやれることじゃないね。」

104〔一二〕 子貢 ──「先生のご講義は、 いつでもうかがえるが…。先生の人間観や宇宙観は、なかなかうかがえないなあ。」

105〔一三〕子路は教えをきいて、それがやれないうちは、もうきくのをおそれた。

106〔一四〕子貢がたずねる、「孔文さんは、なぜ『文』とおくり名されました…。」先生 ──「才子で学問ずき、よく質、問された。その点が『文』とよばれたのじゃ。」

〔一五〕 先生は子産を批評し ──「人物のよさが四つあった。身のふるまいが、つつましい。おかみにつかえて、うやうやしい。民をおさめては、やさしい。民の使いかたは、正しい。」

〔一六〕 先生-──「晏平仲(アンペイチュウ)は、人とよく交際し、なじんでもスレなかった。」

〔一七〕先生 ──「臧(ゾウ)文仲は、(ウラナイ用の)亀をたくわえ、(お堂の)柱に山をきざみ水草をかいた。どうした分別なんだ…。」


〔一八〕子張がたずねる、「楚の国の総理子文は、三べん総理になれても、 ニコニコせず、三べんやめさせられても平気でした。前総理の事務は、ちゃんと新総理に引きつぎました。どうです…。」先生 ──「忠実だ。」「人道的ですか。」先生 ──「さあ、どうして人道的だか…。」「崔(サイ)さんが斉の殿さまを殺したとき、陳文さんは馬四十頭もあったのを、すてて去りました。ほかの国にゆくと、そこには、『くにの家老の崔みたいなのがいる。』といって、去ります。ある国にゆくと、またもや、『くにの家老の崔みたいなのがいる。』といって、去りました。どうです…。』先生 「清潔だ。」「人道的ですかご 先生 ──「さあ、どうして人道的だか…。」

〔一九〕季文さんは、 三べん思案してからなさる。先生がそれをきかれ「二へんでいいんだよ。」

〔二〇〕先生 ──「〓武(ネイブ)さんは、平利な世では切れ者、みだれた世ではバカになった。あの切れかたはまねしても、あんなにバカにはなりきれない。」

〔二一〕先生は陳の国で──「帰ろう、帰ろう。くにの青年たちが野ばなしだ。みごとな織り物の、たちかたがわからないでいる。」

〔二二〕 先生 ──「伯夷(ハクイ)・叔斉(シュクセイ)は、うらみを根にもたぬ。だからにくまれない。」

〔二三〕 先生 ──「微生高が実直だって…。人が酢を借りにゆくと、となりから借りてきてやったのに。」


〔二四〕先生 ──「おせじや、見せかけ、バカていねいは、左丘(サキュウ)明が恥じとした。わたしモ恥じる。うらみをかくしてつきあうのは、左丘明が恥じとした。わたしも恥じる。」

〔二五〕 顔淵(ガンエン)と季路がかそばにいた。先生 ──「きみたちの願いをいってみないか。」
子路──「乗り物、着物、皮ごろもを、友だちと共有で、いためられても半気だといいな…。」顔淵 ──「得手をふりまわさず、手がら顔をしないこと。」子路…ー「先生の願いは…。」先生「としよりを楽にしてあげ、友だちからたよりにされ、若い者になつかれること。」

〔二六〕 先生 ──「もうダメかな…。わしはまだ、あやまちに気づいて、みずからをさばく人を見ないんだ。」

〔二七〕先生 ──「十軒の小村にも、わたしぐらいのリチギ者はあるだろうが、ただわたしのほうが学問ずきだ。」


六 雍くんは 〔雍也第六〕

〔一〕先生 ──「雍(ヨウ)くんは、殿さまにしてもいい。」雍(仲弓)がきく、「子桑(シソウ)伯さんは…。」先生 ──「よかろう。大まかで。」仲弓 ──「気はついていて大まかに、民をおさめるのでしたら、それもいいでしょう。大まかな人の大まかなら、ズボラですね。」先生 ──「雍くんのいうとおりだ。「

〔二〕哀(殿)さまがきかれる、「お弟子でだれが学問ずきかね…。」孔先生、のお答え ──「顔回というのがいて、学問ずきでした。やつあたりせず、二度としくじりません。おしいことに、若死にしました。いまはもうおりません。学問ずきは聞きませんです。」

〔三〕子華が斎(セイ)の国にお使いにゆくので、冉(ゼン)先生がかれの母の手当てを願い出た。先生 ──「五、六升おやり。」もっとほしいという。先生 -「では一斗.九升。」冉先生は七石もの食糧をやった。先生ll「赤くんは斉にゆくのに、こ5た馬に乗り、いい毛皮をきていた。わしは聞いている、『こまれば救え、あまればたすな』と。」、原思(ゲンシ)が秘書長として、もらった給料は九百。多いという。先生 ──「いいよ。きみの近所となりに施すんだね。」

〔四〕先生は仲弓を批評して ──「マダラ牛の子だが、アメ色でツノもいい。のけものにしようたって、山川の神がすてはせぬ。」

〔五〕先生 ──「回くんは、三つきでも道徳的であり得た。ほかの人は、日に一度か月に一度がせいぜいだ。」

〔六〕季孫さんがきく、「仲由(子路)には、政治をやらせていいでしょうか。」先生 ──「由くんは度胸があるから、政治も問題ないです。」また、「賜(子貢)には、政治をやらせていいでしょうか..」先生 ──「賜くんはさばけているから、政治も問題ないです。」また、「求(冉求)には、政治をやらせていいでしょうか。」先生 ──「求くんは腕ききだから、政治も問題ないです。」

〔七〕(家老の)季さんが閔士騫(ビン・シケン)を費の町の差配にしようとした。閔子騫がいう、「うまくことわってください。もし二度とこられたら、わたしは国境に逃げますから。」

〔八〕伯牛がライ病なので、先生は見舞いにゆかれ、窓からかれの手をとって ──「おわかれだ。運命だなあ.…。こういう人でも、こんな病気になるのか…。こういう人でも、こんな病気になるのか...」

〔九〕先生 ──「えらいなあ、顔回は。 一ぜんのめし、 一ぱいの水で、裏長屋住まい。ほかの人なら苦にするが…。回くんは、たのしそうにしている。えらいなあ、顔回は。」

〔一〇〕冉求(ゼンキュウ)ーー「先生の教えに不満じゃないけれど、ちからがたりないんです。」先生 ──「ちから.のたりないものは、中途でへたばる。きみのは見かぎりだ。」

〔一一〕先生が予、夏におっしゃった、「大らかな学者になれ、ケチくさい学者になるな。」


〔一二〕子游が武城の町長をしていた。先生 ──「きみは人物を見いだしたかね。」子游 ──「澹台(タンダイ)滅明というのがいます。わき道をとおらず、公用でないと、わたくしの部屋にもやってきませんです。」

〔一三〕先生 ──「孟之反はゆかしい人だ。負けいくさのしんがりで、町の門まできてから、馬にムチをあて、 『しんがりはイヤだが、馬が走らないんだ。』」

〔一四〕先生 ──「あの祝鴕(シュクダ)の弁才がなくて、美男子宋朝の顔だけでは、とても今の世に無事ではすむまい。」

〔一五〕先生 ──「出るには戸口しかないのに…。なぜこの道をとおらないのかな…。」

〔一六〕先生 ──「気だてが勝てば、野人。手だてが勝てば、知識人。手だてに気だてがつりあい、りっぱにできた人。」

〔一七〕先生 ──「人生はまっすぐなもの。よこしまな生活は、ただまぐれハズれ。」

〔一八〕先生 ──「知っているより、すきであるのがまし。すきであるより、心たのしいのがまし。」

〔一九〕先生 ──「中以上の人には、高級なことをいってよい。中以下の人には、高級なことをいってはならない。」

〔二〇〕樊遅(ハンチ)がチエのことをきく。先生 ──「人間の義務をつくし、神をうやまうが、頼らないのは、チエがあるといえるね。」人道をきく。先生1--「なさけのある人が、難題を先にし利益をあとにするのは、人道的といえるね。」

〔二一〕先生 ──「チエの人は水がすき、なさけの人は山がすき。チエの人は動き、なさけの人は静か。チエの人はたのしみ、なさけの人は長生きする。」

〔二二〕先生 ──「斉(セイ)が革新をやると、魯のようになる。魯が革新をやると、理想国になる。」

〔二三〕先生 ──「サカズキとは名ばかり。サカズキなものか。サカズキなものか。」

〔二四〕宰我がたずねる、「なさけのある人は、『井戸に人が落ちています。』といわれたとしても、とびこんでいきますか。」先生 ──「なんでそんなことがあるものか。りっぱな人はおびきだされても、おとしいれられないんだ。だまされはしても、バカにはされないんだ。」

〔二五〕先生 ──「読書人はひろく文献をまなび、それを規律でひきしめれば、ともかく本すじにたがわないだろうな。」

〔二六〕先生が南子夫人に会うと、子路がいやな.顔をした。先生は天にちかって ──「わたしに罪があれば、天が見はなす。天が見はなす。」

〔二七〕先生 ──「ほどよさという取りえは、まったくえらいことだな。そういう人がすくなくなって、久しいものだ。」

〔二八〕子貢 ──「ひろく人民に施しをして、みんなを助けたとしたら、どうです…。人道的といえますか。」先生──「人道的どころか…。まさに聖人だな。 あの堯帝・舜帝にさえできかねた。およそなさけのある人は、自分を立てたければ人を立て、自分がとげたければ人にとげさせ身ちかに感じ取ることが、なさけの道というわけさ。」

 

七 受けつぐが〔述而第七〕
〔一〕先生「受けつぐが作りはしない。 たしかめて昔をこのむ。おこがましいが彭(ホウ)さんのまねだ。」


〔二〕先生 ──「だまっておぼえこむ。ねばってまなび取る。あきずに手びきする。わしにはほかに能はないが…。」

〔三〕先生 ──「人格もととのわず、学問もきわめられず、正しいことにもついてゆけず、欠点もあらたまらない、わが身のふがいなさ。」

〔四〕先生は自宅では、のびのびとして、たのしそうだった。

〔五〕先生 ──「ずいぶんと、おとろえたものだ。ながいこと、わしは周公さまの夢を見ない。』

〔六〕先生 ──「真理をめざし、個性をたもち、人情にそい、芸ごとをたしなむ。」

〔七〕先生 ──「ほし肉でも持ってくれば、わしはみんな弟子にしてやった。」

〔八〕先生 ──「意気ごまねば手をかさぬ。つかえねば引きださぬ。一方を見せて、三方に気がつかねば、もう教えない。」

〔九〕先生は不幸のあった人との食事では、あまりたべないのだった。死人をおくやみした日には、もう歌わなかった。

〔一〇〕先生が顔淵(エン)にいわれた、「地位につけばやるし、浪人すれば引っこめる。わしときみだけだな、それがやれるのは。」子路がいう、「先生が総司令官だと」、だれと組みます…。」先生────「トラを手どりにし川をおしわたる、いのち知らずの人とは、わしは組まないね。なんとしても用
心ぶかくて、計画的にやる人とだな。」

〔一一〕先生 ──「金持ちになれるものなら、馬かたのしごとでも、わしはやるんだが…。もしなれないものなら、すきな道をゆこう。」

〔一二〕先生の気を使われたのは、ものいみ、いくさ、やまい。

〔一三〕先生は斉(セイ)の国で、「韶(ショウ)の曲」を三つきも聞いてならい、肉の味もわからなかった。そしてー-「はてさて、よい音楽はこうもなるものか。」

〔一四〕冉(ゼン)有 ──「先生は衛の殿さまにみかたするかな...。」子貢──「そうだな、ぼくがきいてみょう。」奥にいってーー「伯夷・叔斉(セイ)は、どんな人でした…。」先生 ──「昔のえらい人だ。」──「不平家ですか…。」先生 ──「生きがいを求めて生き得たら、不平があるものか。」出てきて ──「先生はみかたしないよ。」

〔一五〕先生 ──「まずい物をくい、水をのみ、うでをまげてまくらにする。そうしたなかにもたのしみがある。すじの通らぬ金や地位は、 わしから見れば浮き雲だ。」

〔一六〕先生 ──「もう数年生きて、五十になっても易をやったら、ひどいまちがいはしないだろう。」

〔一七〕先生のいつもいわれるのは、詩と、歴史と、お作法。これはいつもいわれた。

〔一八〕葉(知事)さまが孔先生のことを子路にきく。子路はだまっていた。先生 ──「なぜいわなかった 『あの人ときたら、意気ごむと食事もわすれ、おもしろくて心配もわすれ、年をとるのも気がつかないしまつです。』と。」


〔一九〕先生 ──「わしは生まれながら知ってるんじゃない。古いことがすきで、のがさずに勉強したのじゃ。」

〔二〇〕先生は怪談、暴力、反乱、神秘を語らない。

〔二一〕先生 ──「三人もでやれば、きっとお手本はある。よい点をえらんでまねをし、よくない点があればなおす。」

〔二二〕先生-…1「天から徳をさずかった身だ。桓〓(カンタイ)なんぞに手だしはさせぬ。」

〔二三〕先生 ──「諸君はわしに奥があると思うか。わしはきみたちにはアケスケだ。わしのすることで諸君に打ちあけないものはない。それがわたしなんだ。」

〔二四〕先生の教え四すじ- 学問、行動、まごころ、信用。

〔二五〕先生「聖人にはなかなかお目にかかれない。りっぱな人に会えたら、それでいいな。」また ──「善人にはなかなかお日にかかれない。変わらぬ人に会えたら、それでいいな。ないものを有るふりし、カラッポをいっぱいに見せ、貧しいのを鵠かに見せる。変わらぬ心どころか…。」

〔二六〕先生は、サオ釣りだけでナワ釣りせず、飛ぶ鳥は射ても寝鳥は射ない。

〔二七〕先生 ──「知りもしないで作る人もあろう。わしにはそれがない。あれこれと聞いて、よいのをえらんでついてゆく。あれこれと見ておぼえておくのも、チエの下地だよ。」

〔二八〕互郷(ゴキョウ)はわからず屋の村。そこの少年が目通りしたので、弟子たちは面くらった。先生 ──「かれを受け入れはしたが、出たあとのさしずはしない。だのになぜそうさわぐ…。身を清めてやってきたら、清いものとみとめるんだ。あとのことまで保証はいらぬ。」

〔二九〕先生 ──「人の道は、遠いものかね…。道を求めれば、そこに道があるんだ。」

〔三〇〕陳の国の法務大臣がきいた、「(お国の先代の)昭殿さまは礼式をこぞんじでしたか…。」孔先生 ──「心得ていました。」孔先生がさがると、大臣は(先生の弟子の)巫馬期(フバ・キ)にあいさつして招ぎよせ、──「人物はヒイキせぬそうだが…。人物でもヒイキしますかね…。奥方は呉の人で、おなじ姫(キ)姓なのに、子(シ)姓のようによんでいた。あれで礼式を知っていたら、だれでも知ってるでしょう。」巫馬期が、そのとおり告げる。先生 ──「わしはしあわせだ。ヘマをやろうものなら、人が気づいてくれる。L

〔三一〕先生は相手の歌うのが気にいると、きっとくりかえさせて、あとで合唱した。

〔三二〕先生 ──「学問は、わしも人なみであろうが…。りっぱな人のおこないとなると、まだ身についてはいない。」

〔三三〕先生ーー「『聖人』とか『人道的」とは、とんでもない。まあ熱心にまなんで、根気よく教えているのが、取りえといえるくらいのものだ。」公西華 ──「それこそはわたしらのまねのできないことです。」

〔三四〕先生は病気が重い。子路が「おまじないを…」という。先生 ──「そんなことがあるのか。」子路は答えて-──「ありますとも。礼拝の文句に、『そなたをあめつちの神にいのる』と。」先生 ──「わたしは長らくいのってきた。」

〔三五〕先生 ──「ゼイタクは鼻につき、しまり屋はヤボくさい。鼻につくものよりは、ヤボがいい。」

〔三六〕先生 ──「人物はユッタリと落ちつき、俗物はいつもクヨクヨする。」

〔三七〕先生はおとなしいが、きつい。いかめしいが、あらっぽくない。ていねいだが、さばけていた。


八 泰伯さま〔泰伯第八〕

〔一〕先生──「泰伯さまは、この上もない徳の人だったことになる。とうとう国をゆずりながら、国の人がほめるきっかけもないんだ。」

〔二〕先生────「きりのないていねいはくたびれもうけ。きりのない用心はいじけさす。きりのない元気はさわぎのもと。きりのない一本気はなさけ知らず。上の人が身内によくすると、人民も人情味がます。古い人をわすれないと、人民も人によくする。」

〔三〕曽(ソウ)先生が死にぎわに、弟子たちをよんでいうにはー-「足を見ておくれ。手を見ておくれ。歌に、『おそれつつしみ、ふちべをあゆみ、うす氷ふみ』とある。これよりのちは、おそれもいらぬわ。諸君。」


〔四〕曽先生が病気で(家老の)孟敬さんが見舞った。曽先生は口をきいて ──「鳥も死にぎわの、鳴き声はさびしい。人も死にぎわの、ことばはまともです。上の人にだいじな心がけが三つ。ものこしは、ガサツにならぬよう。顔つきは、たのもしさをますよう。口ぶりは、下品にならぬよう。うつわ物のことなど、係りがあるはずです。」

〔五〕曽先生 ──「才能があるのに無能の人にたずね、知識があるのに無知な人にきく。才能もなく、知識もないようで、してやられても張りあわない。むかし友だちにそういうのがいたっけ。」


〔六〕曽完生 ──「十四五歳の若ぎみと、一つの国の政治をまかされ、重大なときにもビクともしないのは、りっぱな人か…。りっぱな人だ。」

〔七〕曽先生 ──「知識人はたくましくなくてはダメだ。任務は重く道は遠い。人類愛が任務とあれば、重いではないか。死ぬまで続くとあれば、遠いではないか。」


〔八〕先生──「詩に心いさみ、規律のなかに生き、音楽に高められる。」

〔九〕先生──「人民に信頼はさせても、理解はさせにくい。」

〔一〇〕先生 ──「いさみハダの貧乏ぎらいは、ただではすまぬ。ろくでなしを、ひどくにくむと、ただではすまぬ。」 .

〔一一〕先生ーー「周公さまほどのすぐれた才能でも、もしいばって教えなければ、ほかは見るまでもないことだ。」

〔一二〕先生 ──「なが年学問をしながら、役人になろうとしないのは、めずらしい人だ。」

〔一三〕先生 ──「心から学問をし、いのちをかけて真理を守る。つぶれる国にはゆかず、乱れた国には住まぬ。まともな世には身をあらわし、まがった世には身をかくす。まともな国で、貧乏浪人とは、ふがいない。まがった国で、栄華な身分も、人でない。」

〔一四〕先生──「本職でないのに、口だしはしない。」

〔一五〕先生 ──「摯(シ)楽隊長の第一曲、『ミサゴの歌』のおさめは、あふれるばかりに耳に残ったなあ。」

〔一六〕先生 ──「野ほうずでひねくれ、無知なくせに出しゃばり、無能でいてズボラなのは、わしにも処置なしだ。」

〔一七〕先生 ──「追っかけどおしでも、のがしそうなのが学問。」

〔一八〕先生────「大したものだ、舜(シュン)帝や禺(ウ)王が世をおさめるのは、かかわりがないみたいだ。」

〔一九〕先生 ──「えらいなあ、堯(ギョウ)さまの⊥さまぶりは。山のごとく、ただ天を上にし、堯さまがそれにあやかる。海のごとく、人はもうことばがない。そびえ立つ、その建設のあと。かがやかしい、その文化のすがた。」

〔二〇〕舜帝には部下が五人いて、世のなかがおさまった。(周の)武王は、「うできき十人をかかえた。」といった。孔先生 ──「『人物難」とは、まったくだな。堯.舜のころよりも、周のほうが多い。だが女がいたからじつは九人だ。それで天下を三つにした二つをもち、しかも殷につかえていた。周のゆかしさは、この上もないものといえるだろう。」


〔二一〕先生 ──「丙(ウ)さまは、アラのさがしようがない。食事は手軽にしても、祭りは手あつくした。ふだん着はわるくても、礼服はみごとだった。御殿はちいさくしても、ミゾ川には手入れをよくした。属さまは、アラのさがしようがない。」

 


九 先生はめったに 〔子罕第九〕
〔一〕先生はめったに利益や、運命や、人道を語らない。

〔二〕達巷(コウ)村のだれかがいう、「えらいや、孔先生は。なんでも知ってて、なに屋でもない。」先生はそれをきき、弟子たちにむかって──「なに屋になろうかな…。馬かたか…。弓ひきか…。わしは馬かただ。」

〔三〕先生 ──「黒麻のかんむりが本式だ。いま絹にするのは、略式。わしもそれでいい。下でおじぎが本式だ。いま上にあがってするのは、思いあがり。みんなとはちがうが、わしは下でする。」

〔四〕先生のしないこと四つ。かんぐらない、思いさだめない、こだわらない、わがまましない。

〔五〕先生は、匡(キョゥ、という土地)でとんだ目にあい、いわれた、「文王はいまはないが、文教はここにあるぞ。天が文教をほろぼす気なら、のちの人はおかげをこうむれないはず。天が文教をほろぼさないかぎり、匡のものはわしをどうにもできぬ。」

〔六〕大宰(だざい)職のかたが子貢にきいた、 「先生は聖人ですな。どうしてああ多芸でしょう…。」子貢──「天のおさずけですもの、聖人みたいで多芸ですよ。」先生がそれをきかれ ──「大宰どのはこぞんじか…。わしは若いとき下っぱで、雑務をよくこなした。人物は多芸なのかね…。多芸じゃない。」牢がいう、「先生はね、『浪人したおかげで、多芸だ。』って。」

〔七〕先生「わしに知識があろうか。知識はない。無学な人のたずねるのは、あけっぱなしだから、わしはあれこれときいて説きあかすのだ。」

〔八〕先生 ──「めでたい鳥も出ず、竜馬も現れぬ。わしもゆきづまりか…。」

〔九〕先生は喪服の人、礼装の人、それにメクラの人と会うと、年下とわかっても席を立った。まえを通るには、小走りした。

〔一〇〕顔淵がつくづく感心していう、「下から見ればいよいよ高く、もぐりこむにはいよいよかたい。まえにあると見るまに、たちまちうしろになる。先生は手順よく人をみちびかれる。文献で目をひらかせ、規律で身をひきしめる。やめようにもやめられず、こちらは精いっぱいだ。スックと高いところに立たれたようで、ついてはゆきたいが、手がかりがないんだ。」

〔一一〕先生の病気が重い。子路は弟子たちを家来にしたてた。持ちなおした先生 ──「まえまえからだな、由くんがとりつくろうのは。ない家来をあることにして。だれをだまそう…。天をだますか。それにわしは家来なんぞにみとられて死ぬよりは、いっそ学生諸君にみとられて死にたいものじゃな。ましてわしはりっぱな葬式はしてもらえなくても、このわしが野ざらしになることもあるまいしさ。」

〔一二〕子貢 ──「きれいな宝石があります。箱にしまっておきましょうか、いい値段で売りましょうか。」先生 ──「売るんだな。売るんだな。わしも売り物に出てるよ。」

〔一三〕先生が未開地に住みたいという。だれかが「下品で、しようがないでしょう。」先生──「まともな人が住めば、なんで下品なものか。」

〔一四〕先生 「わしが衛から魯に帰り、そのあと音楽も立ちなおり、雅楽も納まるところに納まった。」

〔一五〕先生 ──「そとでは目上につかえ、家では年上につかえる。とむらいごとはゾンザイにしない。酒に飲まれることもない。わしにはなにも取りえはないが…。」

〔一六〕先生は川のほとりで──「時もこうして流れ去るのか。昼となく夜となく...。」

〔一七〕先生 ──「わしはまだ、道徳が女ほどすきな人には会わない。」

〔一八〕先生 ──「山をつくるときに、あと一ぱいの土でも、やめたら、それっきりだな。くぼ地をうめるときに、ただ一ぱいの土でも、人れたら、そこからだな。

〔一九〕先生 ──「おそわるとシッカリやるのは、まあ回くんだろうな。」

〔二〇〕先生は顔淵を批評して ──「かしいことをした。いつも向⊥して、やまない人だったよ。」

〔二一〕先生 ──「芽は出ても穂の出ぬのが、あるんでなあ。穂は出ても実のらぬのが、あるんでなあ。」


〔二二〕先生 ──「若い者はこわい。どうして未来がわれわれ以下だといえよう。四十、五十になっても知られないようなら、それはもうこわくないがね。」

〔二三〕先生-──「正面きった意見は、きかずにいられようか。あらためるのがよいこと。遠まわしの意見は、喜ばずにいられようか。さぐりだすのがよいこと。喜んでもさぐらず、きいてもあらためないなら、わしにもそんな人はどうしようもないさ。」

〔二四〕先生──「まごころを第一とし、つまらぬ人とつきあわぬこと。あやまちはアッサリあらためよ。」

〔二五〕先生──「集団は、大将を人れかえてもいい。個人は、意志をうばうわけにいかぬ。」

〔二六〕先生-──「ポロ綿人れをまとい、よい毛皮をきた人とならんで恥じないのは、まあ由くんだな。『ねたまず取らず、これよからずや。』」予路はいつもこれをとなえる。先生 ──「そんな心がけは、よいことのほかじゃ。」

〔二七〕先生 ──「寒さがきて、ようやく松やヒノキの根づよさがわかるね。」

〔二八〕先生 ──「チエの人はまごつかない。なさけの人は苦にしない。勇気の人はおびえない。」

〔二九〕 先生「いっしょに学べても、いっしょに進めるとはかぎらぬ。いっしょに進めても、いっしょにガンバれるとはかぎらぬ。いっしょにガンバれても、いっしょに分別できるとはかぎらぬ。」

〔三〇〕『ニワウメの花、ヒラリやハラリ。思うおかたの、お里は遠い。」先生──「思っていないんだな。なにが遠いものか。」

 

郷里では〔郷黨第十〕

〔一〕孔先生は郷里では、ただもうおとなしくて、口もきけないようだった。だがお宮や御殿では、ハキハキものをいい、ただつつしみがあった。


〔二〕御殿で、下の家老と話すのは、なごやかそうである。上の家老と話すのは、きまじめそうである。殿さまのまえでは、「気をつけ」をしながらも、シャチコばらずにいる。

〔三〕召されて接待役になると、顔つきがあらたまり、足どりも重重しい。ならんだ人とあいさつするのに、手を横にうこかすが、着物のまえうしろは、キチッとしている。いそぎ足には、羽をひろげたよう。客が帰ると、かならず報告にきて ──「お客はあのまま帰られました。」

〔四〕ご門を入るには、身をまるくかがめて、入りにくいかのよう。通路のまんなかに立たず、シキイをふんだりしない。(殿の)お立ちどころを通るには、顔つきをあらため、足どりも重重しく、口をきくにも舌たらずのよう。スソひきあげて広間にのぼるには、まえこごみになり、ジッといきを殺したかたち。出しなに一段おりると、顔つきがゆるんで、ホッとしたかのよう。段をおりきるといそぎ足で、羽をひろげたよう。席にもどると、かしこまっている。

〔五〕(殿さまのしるしの)玉を持つと、身をかがめて、持てないかのよう。あげてもおじぎの高さ、さげても物をわたす高さ、顔つきは用心そのもの。足は持ちあげず、物がからんだよう。贈呈式には、顔をやわらげ、懇親会には、ニコニコしていた。

〔六〕ご自身はコンやクリ色(のような喪服ふう)のヘリをつけず、赤や紫(のようなハデな色)はふだん着にもつくらなかった。夏にはひとえの麻ごろもで、かならず下着をかさねる。黒い服には黒ヒツジの皮、白い服には子ジカの白皮、黄色の服にはキツネの皮をあしらう。ふだん着は長くし、右ソデをつめる。ネマキは別にして、身のたけと半分。キツネやムジナの毛ぶかい皮が家庭着。喪中のほかは、玉などをいつも身につける。祭りばかまのほかは、みなヒダをとらぬ。羊の皮に黒かんむりでは、おくやみにゆかぬ。ついたちには、宮中服で参内する。

〔七〕ものいみには、清いころもを着、それは布製。ものいみには、たべ物を変え、居場所も変える。

〔八〕 米は精白ほどよく、ナマスは細くきざむほどよい。飯のすえてまずくなったのと、魚や肉のいかれているのは、たべない。色のヘンなのは、たべない。においのヘンなのも、たべない。火加減のわるいのは、たべない。時期はずれは、たべない。切りかたのまがったのは、たべない。タレが合わないと、たべない。肉が多くても、飯をおかずのようにはしない。酒だけは、量をかぎらぬが、酔っぱらいはしない。街の酒やほし肉は、口にしない。肉にはショウガを放さぬ。たべすぎをしない。殿の祭りでいただいた、肉は晩を越させない。家の祭りの肉も三日を越させない。三日を越すと、たべないことにする。たべながら口をきかぬ。寝ながらものをいわぬ。ただの飯、菜っぱ汁、ウリ類でも、感謝の気もちでささげる。

〔九〕しき物がゆがんでいると、すわらない。


〔一〇〕村の宴会では、(六十以上の)老人が帰ると、すぐ帰りかける。村の「やくばらい」には、礼服をきて戸主の位置に立つ。

〔一一〕他郷の人を見舞わせるときは、二度おがむおじぎをして送りだす。(家老の)季康さんが薬をとどけると、おじぎをして受けとり、──「わたしは不案内ゆえ、あとでいただきます。」

〔一二〕馬小屋が焼けた。先生は御殿からさがって、「ケガ人はないか…。」馬のことはきかなかった。

〔一三〕殿からお料理をたまわると、しき物にちゃんとすわって自分がまずいただく。なま肉をたまわると、かならず煮て先祖にそなえる。生きものをたまわると、かならず飼っておく。お相伴のときには、殿のおそなえがすむと、お毒見をする。病気で、殿が見舞われると、東まくらにして、礼服をかけ、かざり帯をのせる。およびだしがあると、馬車を待たずに歩きだす。

〔一四〕大神宮では、いちいち人にきく。
 

〔一五〕友だちが死んで、ひきとり手がないと、──「わたしがあずかりましょう。」友だちのおくり物は、車や馬であっても、おそなえ肉でなければ、わしいただかない。

〔一六〕寝るには、のびきらない。家では、とりすまさない。喪服の人を見ると、心やすくても、顔をひきしめる。かんむりの役人、それにメクラには、ふだんでも、身じまいをただす。野べの送りの人には、車からでもおじぎする。国の書類を持った人にも敬礼する。大ごちそうには、顔つきを変えて立ちあがる。カミナリ大風にも、顔をひきしめる。

〔一七〕車に乗るには、足もとをしっかりし、ツナにつかまる。乗ってからは、うしろを見ず、 セカセカものをいわず、指さしをしない。

〔一八〕人の顔つきで、鳥は舞いあがり、クルグルまわって、それからおりる。先生──「山の橋のメスキジ、時を知る、時を知る。」子路がつかまえようとすると、ウサンくさそうに飛び立った。