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「神乃さん、野球に興味はございませんこと?」

希望崎学園の校舎は特殊な形状をしている。
魔人能力の暴発からの被害を最小限に食い止めるため、壁はやたら分厚く、一つ一つの教室はやたらと広い。
とはいえその広いスペース全体が教室として活用されているわけでもなく
教卓と黒板のサイズは普通の学校と同じ、それを中心として実質的に使われているスペースも普通の学校と同じである。
つまり周囲に無駄なスペースが広がっているだけで部分的に見れば通常の教室とさして変わりはない。
ただし、そこに収められている生徒たちのことを考えなければであるが。

西日の差し込む教室に残っていた貴族令嬢に、貴族令嬢が話しかけた。
黒髪ロングに黒のゴシックドレスを纏い、物憂げな表情で窓から外を見つめるのは神乃黄昏、
そこにやってきたのが金髪縦ロールに野球のユニフォームを身につけた田町明子である。

これは、ハルマゲドンよりはるか以前、二人がまだ1年生だった頃の話。

「…………」
「………?」
約10秒かけて神乃の身体が向き直る。
しかしその訝しげな表情は、自分が話しかけられたのかどうかすら測りかねているかのようである。

「申し遅れました。私、2組の田町明子と申しますわ。野球をやっておりますの」
精一杯快活な素振りで話しかける明子。
だが神乃の反応は曖昧である。

「………………………?」
ゆっくりと首が斜めに傾いだ。
花がほころぶような優雅な笑みを湛えた口元と裏腹に、その黒い瞳が見ているものは明子ではなく、まるでその背後にある虚空を覗きこんでいるかのようである。

「………………………………」
「………………………………」
大抵の生徒であればこの威圧的黙殺とも取れる気まずい沈黙に耐えかねてとっくに撤退しているところである。
だが明子は引き下がらない。

「いつもグラウンドの方を見ていらっしゃるでしょう?私が練習中に教室を振り返ると神乃さんのお顔が見えますの。それで気になっていたんですわ」
更に一段と声を張り上げ身振りも交えてアピールする。
なんちゃってセレブの明子にとって、生まれながらの貴族のような気品を備えた神乃は以前より気にかかる存在であった。
何となく引け目のようなものがあって近寄りがたく思っていたのだが、今日は意を決して声をかけたのである。

「……野球?」
はじめて神乃が口を開いた。
耳を澄ませていなければ思わず聞き逃してしまいそうなか細い声も神乃の口から発せられると高貴さを感じさせる。

「ええ!そうですわ!マネージャーというのもよろしいですわね。神乃さんが来てくだされば華やかになりそうですわ」
思わず前のめりに近寄る明子、金の縦ロールがブンブンと揺れた。

それを静止するかのように神乃がすっと立ち上がった。
意外に背が高い。明子からは見上げる格好になる。
「お断りします」

相変わらずの小声でありながらも有無を言わせぬ口調でそう告げると
明子があっけにとられている一瞬の間に神乃はすでに立ち去っていた。
まるで「貧乏貴族と一緒にしないでくださいます?」と言われたように明子には聞こえた。
へなへなとその場に座り込む明子。
やがて
「…神乃黄昏、覚えていらっしゃい。必ずお友達になってみせますわ」
ハンカチを噛みながらそう決意する明子であった。