「おねえちゃんの目は惑星(ほし)みたいだねえ」

 それは君の名前のことでしょうと私は弟の頭に泥つきチョップを降らせた。

「うー……褒めたんだけどなあ」
「口答え、禁止!」

 プラーネは、しょっちゅうこんなことを言う、夢見がちなところのある少年だった。
 惑星というのは地球のことで、それは彼が事あるごとに匂わせる、不思議な郷愁の表れみたいなものなのだ。
 同じ姉弟のはずなのに、弟の瞳は、黒が濃い。私の瞳が地球を思わせる群青なら、黒に青を掃き染めた彼の瞳は、まるで宇宙に散った星月夜。子どもらしい、細い体つきにも関わらず、そこだけが年不相応に落ち着いていて、周りの大人たちからは将来大物になるよと言われている目だ。
 そういうわけで、ただのやんちゃでお馬鹿な少女であった私にとり、瞳の色についての話題は、妬ましいばかりだったわけである。まして、当の弟からなら、言わずもがな。

「ほら、ラァネ、そんなたわごとより、早く植木鉢に種を植えちゃわないと」

 雑貨店を営んでいる父は、何を思ったのか、そこら中に草木が生えている南国で、今度は花を売り出すつもりらしく、暇な子どもたちにその下準備をさせているという寸法だ。我が親ながら、考えていることがよくわからん。
 土なんて、そこら中にあるし、適当に種撒きゃ植物なんてにょきにょき生えてくるもんだと思ってるから、こんなものでも売れるのかいな、と、首をひねりつつも私はまた手を泥まみれにしていく。
 しばらく二人でそうやって鉢植えをいじっていたら、プラーネはプラーネで、何か思うところがあったらしく、手元に一つ、鉢を選り分けだした。

「何さ」
「うん、ちょっと。僕も、何か育ててみようかなって思って」
「まー、一個ぐらい、お父さんも気にしないだろうし、いいけども」

 ほんとに変わってるなあ、この子。
 選った赤い素焼きの鉢植えをベッドの上の枕側に置きながら、プラーネはぽつんと再び言い出す。

「でもね、おねえちゃん。本当に僕は、おねえちゃんの目は地球にそっくりだと思うんだよ」

 またそれを蒸し返すか! と、チョップを振り上げそうになった私は、きらきらとした瞳に、目をのぞきこむようにして見つめられ、はっ、と、止まってしまった。星の遠さに貫かれたら、それは彼のまなざしに、それこそ地球の反対側まで貫かれてしまったようなもので、動くことなんて、出来やしない。

「いつか、おねえちゃんになら、本当の雪、降るかもねえ」

 そう言ってにっこりと笑われてしまうと、ああ、もう、すっかりこの勝負は私の負けなのだ。
 この風変わりな弟に付き合って、虫追い遊びや、木の葉で編みものをしたりの遊びが、みんなと出来ないことは、時たまイラついたりもするけれど、結局のところ、私だって、彼が大好きだったのだから!

 後になっては懐かしいばかりの、むせ返るほどの瑞々しい緑の匂いと、それに、背丈の高い熱帯林(私はそれが普通の樹木でないことをこの頃より大分経ってから初めて知ったのだ)を背景に、この子は他の子たちが遊ぶ時間、敷物もない木組みのベッドに腰掛け、窓辺で頬杖をつきながら、今みたいに、決まって空を見上げていた。

「ねえ、おねえちゃん。知ってる?
 僕たちのいる場所は、昔、昔の、本当は、こんなに青い空をする場所じゃ、なかった、って」
「んや。私たちが幼い頃に引っ越したっていう、前の世界のこと?」
「ううん、それよりも、もっと前」

 そこまで遡られると、歴史に疎い私にはてんで想像がつかなかった。
 隣のベッドで、片足を行儀悪く組みながら話を聞いてみる。

「ずっと昔、ここはとても寒くて、そう、帝國の一部みたいに、一年の半分は寒い、雪が降る場所だったんだって」
「ユキ?」

 耳慣れないその言葉は、ひどく特別な響きでもって、彼の口から発せられた気がした。

「うん」

 頷きながら、プラーネは、また、あの星を散らしたような瞳で、私の目へと振り返る。薄ぼんやりと、緩く、目蓋の半ば下りて細っこい目付き。でも、どこか輝く遠さと硬さの宿った、揺れないまなざし。うん、瞬いて、青が深い。

「その空はね、おねえちゃん、雪の降るその空は、白いんだよ。
 あの雲や、ココの実の汁や、人工灯なんかより、ずっと、ずっと」
「降るものなのに?」

 雨が降る時は空が灰色になるものだ。いくら馬鹿な私でも、雪を見たことがなくたって、それが天候の一つであることぐらいは知っている。からかわれたかと思って、にらみつけようとしたが、結局私は文句を言うどころか、目で物を言うことすら出来なかった。
 弟は、星の砕けたみたいに瞳の奥底まできらきらと笑っている。

「おねえちゃんの目は、惑星(ほし)みたいだねえ」

 いつかここにも雪が降るのかな、降るといいな、と、彼は、私から目を外して、また空を見上げながら一人ごとのように呟いた。
 私は、そんな変なもの、降らなければいいよと言って、なんだかもやもやする胸のうちをまぎらわすみたいにぶっきらぼうに、ぷいとそっぽを向いて種植えをまた再開した。

2

(城 華一郎)

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最終更新:2010年04月25日 16:16