『ICG=』

 成すべき事を成すために、
 高らかなる挑戦が電網宇宙を駆け巡る。

『蝶子さんの可愛さを定義する』

 可愛さ。
 つまり、小さく無邪気で愛らしい、子供っぽい様子のある事を言う。

 ここは情報で出来た世界だ。
 人に対する大小などの感じ分け方は、目ではなく、心に受ける印象が決定づける。

 蝶子さんとは、どういう印象の人だろう。

 証拠1.テンションが高く、よく動く。
 小さいものほど動きやすいだろう。OK第一関門クリア。

『(蝶子は挙動不審で定規かなにかではじかれている消しゴムのような動きで近づいてる)』
『(蝶子、ヘラの握り方変)』

 証拠2.脈絡なく挙動がたまに変でしかも素直だ。
 無邪気としか言いようがないし、子供っぽい。OK第二関門クリア。

『にゃーしゅさーん。みどさーん』
『(ぎゅーしました)』
『ということで、もんじゃ食べましょう!』

 そして恥ずかしがりやの癖に、
 微笑ましいほどの小規模なラブラブ自慢で満足する。

『チョーコさん、ヤガミの何処が好きですか?』
『全部ですがなにか?』

 さらに微笑ましいレベルの自慢以外のスケールでツッコミが入ると、
 途端に照れさえしてしまう。

『この間一緒のベンチに座って一時間話しました!』
『チューした?チューした?』
『(蝶子は爆発したように顔を赤くした)』

 何とも愛らしいではないか。OK最終関門も突破した。

 なるほど。
 蝶子さんは実際可愛いのだ。

 分析結果をまとめると、以下の通りになった。

『まとめ=』
『蝶子さんは時折予測のつかないような純情素直なラブリーリアクションを恋に普段にちまちま炸裂させるので、見てよし、つついてよし、とにかく可愛らしい』

 ふとここまで来て、我に返り冷静になる。

 自分は一体何を真面目にやっているのか。

 必要だったとはいえ、客観的に見るとかなり頭の可哀そうな人だ。

 だが、不思議と後悔の念は湧かなかった。

 掴んだものがあるからだ。

 そのたった一つの明快な答えが、とても大きな満足を与えていた。

 高らかに、挑戦の終わりを、
 勝ち鬨を、宇宙の網に轟かせる。

 そうとも、これが今の真実だ。
 後の事は、知るもんか!

『IWG=』
『藩王らぶりー!』

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 これはつまるところ、読者にそう言わせるためだけの物語である。

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●秘宝館SS:『大好きですよ、藩王さん!』

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 砂。
 荒涼、漠たる小さな島に、100万と満ちる人々の、
 その何億何兆何京倍も粒は満ちていたろうか。

 豊穣なる土も、
 堅牢なる石も、
 有限永久なる有機無機の物質の区別なく、やがては時に砕けゆく。

 命、潤すオアシスの、水、梳る果ての事である。

 梳られ、水に溶けたる砂が命を支え、
 そうして作られた人の命もまた、やがては砕け、還るのだ。

 歳月の磨き上げた砂塵を
 歳月の溶き隠した泉水で
 咲く一輪の花がある。

 肌、砂色にして浅く焼け固まり、
 髪、砂色にして白く褪せ伸びる、
 研ぎ澄まされた四肢を持つ、
 女性(にょしょう)という名の華ある花だ。

 須臾の間に咲く刹那の花は、
 今、たわわに笑顔を己の元へと寄り集わせて、
 太陽の風に揺れていた。

 その太陽に似た橙の瞳を明るく弾ませながら、
 友達二人をぎゅうと抱き交わした後に、花が言う。

「もんじゃ食べましょう!」

 藩王の放った言葉としては初めて意味のある第一声、
 それにどひゃあと通行人全員が心の中でぶっ倒れた。

 これだから藩王ファンはやめられない。

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 細く研ぎ澄まされた胴体、四肢の、
 言うなれば茎なるやわらかな直線に、
 まといつけられし衣が華やか、花弁だろう。

 白く繊細な輪郭、曲線を、
 その花弁となりて主が歩くたびに麗しくひらめかすのはスカートだ。

 陽光の一切を寄せつけぬ、
 輝かしいまで変わらぬその色合い。

 ひらめくのは、
 ぴょっこんぴょっこん不自然に動く、
 その主の動きゆえ。

 ありていに語るならば、それは、

(……愛玩系小動物の動きだよなあー……)

 藩王に同行する者達と、時も理由も同じくして、
 通行人の皆が男女の別なく胸をきゅんきゅんさせていた。

 通りに面した飲食店へと吸いこまれる、
 その後ろ姿を彩る灰色の直毛すらが、ふるんふるんと愛らしい。

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 いらっしゃいませー、と、常変わる事なき店員の、
 客を迎える声がする。

 相手が国の長たる者であろうとも、変わらずに、だ。

 もてなしに嬉々として腕にいやさ小さなヘラに、
 よりをかける仲間の一人を、期待らんらんな目つきで蝶子は見つめていた。

 迷う事なき手順のうちに、
 じゅうと香ばしい煙が鉄板の上から立ち昇る。

 畳敷き、テーブルの高さは子供でも胸より下へと沈まない、
 程よいところに整えられた掘り炬燵式の各席のその下を、
 あえてやましからぬ心持ちで覗いてみれば、

 はたして蝶子は上がった煙への驚き、期待と身構えに、
 握りこんだ両の拳もちょこんと小さく膝上に乗せた正座になっていた。

 興味津々で調理の過程を覗いていた彼女に危ないですよと注意した、
 銀巧虚空になめして伸ばすヘラを持った仲間は、

 注意した相手の座高が予想よりも高い事に気付く。

 二人がかりで足の事を声もかけつつ、
 油弾ける鉄板よりもアツアツの恋の話はいよいよ盛ん。

 もちろん周りは耳などそばだてない。
 雑多に飲み、食らう。

 彼女達の大半(といっても三人中二人だが)がそうしているように、
 アルコールと日々の勢いに任せて雑談したり、愛想あるいは機嫌よく、
 メニューの注文のやりとりをしながらこの発言を仔細漏らさず聞いていた。

 人、それを「耳をそばだてる」と言うのだが、
 完全なる日常過ぎて誰の挙動にも変化がない。

 そのうちに、

 ぽふ、

 と小さな爆発音がターゲットの顔面から上がるのや、

 小さく固まって転がる様子などが響いて来て、

 酒と肴がまたぞろ美味く追加されていく次第である。

(ちゅ、ちゅー!?)
(5cm、5cmだと!!)
(なんと俺達には遠い距離か!!)

 一方女性陣なぞはにこにこと、甘い恋の独占欲へと無言で目配せ(メガネ取ったんですって)(んー、じゃれじゃれしてて聞いてるこっちの頬まで緩んじゃうー!)を交わし合っている。実に幸せそうだ。

 中には娘を嫁にやる気持ちになる人やら、無論、このゲーム、電網適応アイドレスの根差しているところの世界であるセブンスパイラルファンな第七世界人の事、正逆に婿を送り出す気分に勝手に浸りこんでいる者もおり、ここでも蝶子の同行者と図らずしも気持ちがシンクロする事おびただしい。

 結局は、しぬせいじんのばかー、とか、ラブラブ自慢のスケールがこれほど小規模な人も珍しい、とか、お定まりの感想に行き着くのだが。

 ほふほふ梅酒片手にラブ(自家生産)ともんじゃとお好み焼きを平らげる彼女が、ホンモノではない事に気付く人は一般人の中にはいなかった。

 ACEボディ万歳、影武者AI万歳という、そんなお話。

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「あれ、ちょっと待ってくださいよ」

 検閲を入れてふと気付き、ホンモノ・蝶子さんは声を挙げた。

「このオチって要は私がみんなにかわいいって思われているという話には変わりないのでは?」

 一同、こっくりうなずく。

「それは情報操作です。ありえない非現実です(まがお)」

 いやいやいやと一同首を横に振る。

 うゆーとなぜだか居心地悪そうにする我らが王を、
 女性陣が団子状になるほど片っ端からぎゅー。

 そんないつもの日常が、
 今日も明日も流れるのはレンジャー連邦であった。

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 アイドレスは情報の世界である。
 心に受ける印象が、人を形作る、ちょっと納得しにくくて、でも意外と素直な空間で。

 にゃあにゃあかしましくみんなでお昼をつつく傍らに、
 むーとそんな理屈に本心からは得心のいかない蝶子さん。

 そっとして、これ以上に話題を続けすぎはしない周りの人達の目は、
 そんな藩王の態度をこそどこか嬉しげで、誇らしげで。

 さて、貴方はこの感情、

 何と名前をつけますか?

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 署名:城 華一郎(じょう かいちろう)

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最終更新:2008年05月30日 17:26