Demystify Feast ◆IEYD9V7.46
1.『Informed Consent』
“万が一”を想定して、罠を仕掛けようと思い至ったのはつい先ほどのことだった。
手の込んだ仕掛けは無理。もうじき呼び出したククリがここにやってくるだろうし、
元々長い時間を割くべき作業だとは思っていない。
ありあわせのものを掌握、調整、操作するくらいで充分だろう。
この警察署は7階建てに加えて地下階まであり、少々寂れた町並みから浮くほど巨大な建造物だ。
内部の設備もそれなりに充実している。中でも私が目をつけたのは要所に設置された防犯用監視カメラと、
それらを一手に受信している署内の監視室だった。
監視カメラは主に、人の出入りの激しい場所、銃器を保管している部屋の前などに重点的に設置されていた。
このカメラはテレビ電話のように無線で映像と音声を監視室に送信するタイプで、
電源も内蔵、外付けの両用型だった。おかげで、少し配線や位置を弄ったり設定を変えたりするだけで、
短時間で概ね目的通りの場所に設置することができた。
後は署の中央階、4階に位置する監視室のモニタで1階ロビーの様子を見ながらククリが来るのを待つだけだ。
(4階に監視設備の中枢があるのは、どの階で問題が起きても即座に対応するためだろう。
あるいは電波の受信に都合がいいからか)
ともあれ、これで準備は完了だ。
お人好しの小娘一人を相手にするには、あまりに磐石過ぎる布陣。
そのはずだった。
手の込んだ仕掛けは無理。もうじき呼び出したククリがここにやってくるだろうし、
元々長い時間を割くべき作業だとは思っていない。
ありあわせのものを掌握、調整、操作するくらいで充分だろう。
この警察署は7階建てに加えて地下階まであり、少々寂れた町並みから浮くほど巨大な建造物だ。
内部の設備もそれなりに充実している。中でも私が目をつけたのは要所に設置された防犯用監視カメラと、
それらを一手に受信している署内の監視室だった。
監視カメラは主に、人の出入りの激しい場所、銃器を保管している部屋の前などに重点的に設置されていた。
このカメラはテレビ電話のように無線で映像と音声を監視室に送信するタイプで、
電源も内蔵、外付けの両用型だった。おかげで、少し配線や位置を弄ったり設定を変えたりするだけで、
短時間で概ね目的通りの場所に設置することができた。
後は署の中央階、4階に位置する監視室のモニタで1階ロビーの様子を見ながらククリが来るのを待つだけだ。
(4階に監視設備の中枢があるのは、どの階で問題が起きても即座に対応するためだろう。
あるいは電波の受信に都合がいいからか)
ともあれ、これで準備は完了だ。
お人好しの小娘一人を相手にするには、あまりに磐石過ぎる布陣。
そのはずだった。
「ククリじゃない……。何者?」
署内に侵入した人物をモニタで視認し、ヴィクトリアは思わず呻いた。
何者だと疑問を放ちつつも、ヴィクトリアにはその人物の名前だけは分かっている。
焼け落ちた詳細名簿の残りかすによれば、トリエラという少女に間違いないだろう。
トリエラの細かな所作には、ピリピリとした警戒心が見え隠れしている。
何らかの訓練を積んでいることは明白だった。
何者だと疑問を放ちつつも、ヴィクトリアにはその人物の名前だけは分かっている。
焼け落ちた詳細名簿の残りかすによれば、トリエラという少女に間違いないだろう。
トリエラの細かな所作には、ピリピリとした警戒心が見え隠れしている。
何らかの訓練を積んでいることは明白だった。
「ククリよりも先に面倒そうなのが来たわね。
ここに来たのは偶然か、それとも……ん?」
ここに来たのは偶然か、それとも……ん?」
トリエラの行き先を察したヴィクトリアは口を噤んでモニタに見入った。
トリエラはゆっくりと慎重に1階の奥に進んで行き……、
“関係者以外立ち入り厳禁”の扉をいくつも潜って地下へと歩を進めている。
トリエラはゆっくりと慎重に1階の奥に進んで行き……、
“関係者以外立ち入り厳禁”の扉をいくつも潜って地下へと歩を進めている。
「なるほどね、目的は武器弾薬ってところかしら」
結果はその通りだった。ヴィクトリアは大して興味がなかったし、必要だとも思わなかったから放っていたが、
地下には警察の使う拳銃や、その他危険物が安置されている。
幾ばくかの時間をかけてトリエラは地下を物色し、
もともと持っていた拳銃に合う弾丸を込め、予備弾と防弾チョッキを調達して1階へと戻ってきた。
奇妙なことに、トリエラは豊富にあった警察用の拳銃や弾丸には目もくれず、
暴力団などからの押収品の保管された部屋を探索し、銃弾を掻き集めてきたようだった。
銃と弾丸の口径が合わなかったのか。あるいは、元々所持していたあの自動拳銃に何か思い入れでもあるのだろうか。
その理由はヴィクトリアには推測できないし、別にどうでも良かった。
懸念事項は一つ。次にトリエラがどう動くかだ。
モニタを厳しく見据えるヴィクトリアの双眸。
その中央に位置する眉間が、徐々に顰められ始める。
地下には警察の使う拳銃や、その他危険物が安置されている。
幾ばくかの時間をかけてトリエラは地下を物色し、
もともと持っていた拳銃に合う弾丸を込め、予備弾と防弾チョッキを調達して1階へと戻ってきた。
奇妙なことに、トリエラは豊富にあった警察用の拳銃や弾丸には目もくれず、
暴力団などからの押収品の保管された部屋を探索し、銃弾を掻き集めてきたようだった。
銃と弾丸の口径が合わなかったのか。あるいは、元々所持していたあの自動拳銃に何か思い入れでもあるのだろうか。
その理由はヴィクトリアには推測できないし、別にどうでも良かった。
懸念事項は一つ。次にトリエラがどう動くかだ。
モニタを厳しく見据えるヴィクトリアの双眸。
その中央に位置する眉間が、徐々に顰められ始める。
「……武器の調達は済ませたのに、出て行こうとしないわね」
事態が面倒かつ好ましくない方向に進むのを感じる。
トリエラは偶然立ち寄ったのではない。武器を得るためだけにここを訪れたわけでもない。
まだ他に、この警察署に用事があるようだ。
時折気になった部屋を静かに覗き込みながら、虱潰しに何かを捜している様子が見て取れる。
1階は捜す場所が少なかったのか、早くも2階への階段を上り始めていた。
このまま7階まで全て潰していく気だろうか? ならば機先を制したほうがいいだろう。
ククリの代理でここに来た可能性だってあり得る。
御し難い相手に見えるが、無理に制する必要だってない。
大事なのは、念話の成否と情報交換。
訊きたいことを手早く引き出して、すぐに立ち去ればいいだけだ。
方針は定まった。万が一の安全策も、目の前に集約されている。
ヴィクトリアはコホン、と咳払いを一つしてから、マイクのスイッチへと手を伸ばし、甘ったるい声で言い放った。
トリエラは偶然立ち寄ったのではない。武器を得るためだけにここを訪れたわけでもない。
まだ他に、この警察署に用事があるようだ。
時折気になった部屋を静かに覗き込みながら、虱潰しに何かを捜している様子が見て取れる。
1階は捜す場所が少なかったのか、早くも2階への階段を上り始めていた。
このまま7階まで全て潰していく気だろうか? ならば機先を制したほうがいいだろう。
ククリの代理でここに来た可能性だってあり得る。
御し難い相手に見えるが、無理に制する必要だってない。
大事なのは、念話の成否と情報交換。
訊きたいことを手早く引き出して、すぐに立ち去ればいいだけだ。
方針は定まった。万が一の安全策も、目の前に集約されている。
ヴィクトリアはコホン、と咳払いを一つしてから、マイクのスイッチへと手を伸ばし、甘ったるい声で言い放った。
「あ、あなた……誰、ですか? 何でここに来たんですか?」
モニタの中のトリエラの動きがピタリと止まる。
マイクを通じた声が届いたようだ。トリエラは狼狽することもなく、
すぐに上方に設置された監視カメラのほうへと顔を向けてきた。
対応の滑らかさからして、監視の可能性には気付いていたようだ。ますますもって油断ならない。
直接接触を避け、安全策たるマイクを用いたのは正解だった。
マイクを通じた声が届いたようだ。トリエラは狼狽することもなく、
すぐに上方に設置された監視カメラのほうへと顔を向けてきた。
対応の滑らかさからして、監視の可能性には気付いていたようだ。ますますもって油断ならない。
直接接触を避け、安全策たるマイクを用いたのは正解だった。
「カメラ、見えてますよね……へ、返事はそこにしてください」
か弱い少女の演技も上々。ニュートンアップル女学院に潜伏し続けた私にとって、この程度造作もない。
あえてこちらの情報は一言も漏らさないようにした。
トリエラがククリの仲間であれば、私が救援を要請したことを知っているのだから、
身元を明かしづらいこちらの事情を汲んでくれるだろう。
ゆえに、このアプローチによってトリエラの正体が判明する――はずだった。
あえてこちらの情報は一言も漏らさないようにした。
トリエラがククリの仲間であれば、私が救援を要請したことを知っているのだから、
身元を明かしづらいこちらの事情を汲んでくれるだろう。
ゆえに、このアプローチによってトリエラの正体が判明する――はずだった。
(どういうこと? 何で黙ったまま動かないの?)
返って来たのは想定外の反応。トリエラは殻の中にでも閉じこもったかのように無反応だった。
おかしい。ククリの代理人ならそのことを告げてこない理由はない。
偶然迷い込んだ、あるいは他の用事があってここを訪れたなら、私の素性を尋ねてくるはず。
この殺し合いに乗って動いているのだとしても、貝のように口を噤んで動きを止めることはしないだろう。
絶対に、何らかの形でこちらに対するアクションを起こすはず。
おかしい。ククリの代理人ならそのことを告げてこない理由はない。
偶然迷い込んだ、あるいは他の用事があってここを訪れたなら、私の素性を尋ねてくるはず。
この殺し合いに乗って動いているのだとしても、貝のように口を噤んで動きを止めることはしないだろう。
絶対に、何らかの形でこちらに対するアクションを起こすはず。
(なのになぜ止まる? どんな思惑が?)
当たりを付けていた答えが一挙に否定され、トリエラに対する不信感が急速的に募る。
私に落ち度はない。だが事実として、得体の知れない人間が今このときにこの警察署を訪れている。
しかも偶然ではなく、何らかの必然性を伴って。
どこだ、一体どこに隙があった――――?
私に落ち度はない。だが事実として、得体の知れない人間が今このときにこの警察署を訪れている。
しかも偶然ではなく、何らかの必然性を伴って。
どこだ、一体どこに隙があった――――?
「……レイジングハート」
『何でしょう?』
「あなた、私に嘘をついていないかしら?」
『何でしょう?』
「あなた、私に嘘をついていないかしら?」
綻びがあったとしたら、こいつ以外にありえない。
『いいえ。インテリジェントデバイスはマスターに虚偽を述べることはできません』
「じゃあ、隠し事は?」
『ありません。加えて言えば、マスターに情報開示を求められれば従わざるを得ません』
「じゃあ、隠し事は?」
『ありません。加えて言えば、マスターに情報開示を求められれば従わざるを得ません』
求められれば――。つまり、求められなければ黙秘できるということだ。
今までのやり取りで散々思い知ったことのはずなのに、今この場では違う何かが引っかかっている気がした。
もう少し食い下がるべきか。
今までのやり取りで散々思い知ったことのはずなのに、今この場では違う何かが引っかかっている気がした。
もう少し食い下がるべきか。
「……質問を替えるわ。念話に関して、何か言っていないことはある?」
『ありません。……ですが』
『ありません。……ですが』
レイジングハートは勿体つけるかのように間を置いて告げた。
『省略したプロセスなら、あります』
ヴィクトリアは戦慄した。
“省略”という言葉の持つ、不穏な響きを前に。
“省略”という言葉の持つ、不穏な響きを前に。
「どういうこと? あなたはマスターには逆らえないんじゃなかったの?
何を勝手なことを……!」
『誤解されないでください。省略したのは簡単な説明と注意だけです。
初歩の初歩、魔導師にとってあまりに周知の事実であるため、通常は敢えて説明されないことです。
ミッドチルダの人間なら魔法が使えなくても知識として知っているほどの基礎事項です』
「私は魔導師ではないし、ミッドチルダなんて知らない……っ! そっちの常識を押し付けたの!?」
『失礼、I.M.が特筆的に優秀だったので詳しく説明するまでもないと判断しました』
何を勝手なことを……!」
『誤解されないでください。省略したのは簡単な説明と注意だけです。
初歩の初歩、魔導師にとってあまりに周知の事実であるため、通常は敢えて説明されないことです。
ミッドチルダの人間なら魔法が使えなくても知識として知っているほどの基礎事項です』
「私は魔導師ではないし、ミッドチルダなんて知らない……っ! そっちの常識を押し付けたの!?」
『失礼、I.M.が特筆的に優秀だったので詳しく説明するまでもないと判断しました』
白々しい……! 何が優秀だ、数十分前と言っている事が逆じゃないか。
そうやって自分の思考回路を誤魔化して何を企んだ――?
そうやって自分の思考回路を誤魔化して何を企んだ――?
「省略したプロセスとやらの説明をしなさい!」
『了解。繰り返しますが、ごく基礎的なことです。
念話は魔力を特殊な波に変換することで送受信を行っています。
第97管理外世界、地球にあるもので例えれば、電波を用いるラジオに近いものです。
送受信双方の周波数を調節して通信を行うのも、概念的に似ています』
「そのことはもう説明を受けたわ。私の念話の最大到達距離が概算で半径500メートル未満だってことも、
この警察署からならククリの位置にまで念話を飛ばせるだろうってことも!」
『了解。繰り返しますが、ごく基礎的なことです。
念話は魔力を特殊な波に変換することで送受信を行っています。
第97管理外世界、地球にあるもので例えれば、電波を用いるラジオに近いものです。
送受信双方の周波数を調節して通信を行うのも、概念的に似ています』
「そのことはもう説明を受けたわ。私の念話の最大到達距離が概算で半径500メートル未満だってことも、
この警察署からならククリの位置にまで念話を飛ばせるだろうってことも!」
私はまだ何も間違えていない、ここまでは重々承知していたことだ。
『その通りです。私はI.M.の言葉から推察を行い、検討し、意図を汲んだ結果、
“最も手間をかけずに、念話到達距離を広くする方法”を提示しました』
“最も手間をかけずに、念話到達距離を広くする方法”を提示しました』
なに……? その奇妙なニュアンスは?
『アドレスの分からないメールは届きません。
周波数の分からないラジオは聴くことができません。
念話も同じです。念話を初めて送信する場合は、
ある程度対象に接近して送信先の魔力のイメージを明確に把握する必要があります。
ラジオのチューニング作業、メールのアドレスを正確に指定する作業に相当するものです。
ですが、送信対象に接近することはI.M.にとって好ましくないと考え、この工程を省略しました』
周波数の分からないラジオは聴くことができません。
念話も同じです。念話を初めて送信する場合は、
ある程度対象に接近して送信先の魔力のイメージを明確に把握する必要があります。
ラジオのチューニング作業、メールのアドレスを正確に指定する作業に相当するものです。
ですが、送信対象に接近することはI.M.にとって好ましくないと考え、この工程を省略しました』
何だそれは。
確かに、私は念話を習得してからククリに近づくことはなかったし、
ククリの魔力イメージなんて言われてもピンと来ない。
だが、それでは私が送信したはずの念話は、どこに行った? どうなった?
確かに、私は念話を習得してからククリに近づくことはなかったし、
ククリの魔力イメージなんて言われてもピンと来ない。
だが、それでは私が送信したはずの念話は、どこに行った? どうなった?
「馬鹿なこと言わないで! 省略してどうしてククリに念話が届くの!?
アドレスを把握できなければ届けられないんでしょう!?」
『方法はあります』
アドレスを把握できなければ届けられないんでしょう!?」
『方法はあります』
無機的に断言するレイジングハート。
そのまま、全く変わらぬ平坦な重さを持った口調で、杖は答えを示した。
そのまま、全く変わらぬ平坦な重さを持った口調で、杖は答えを示した。
『通称――SOSチャンネルです』
「……SOS、ですって?」
『そうです。呼称俗称は数種類ありますが、ここではこの呼び名が適切かと。
そして、これこそがミッドチルダで常識とされている知識です。
例えるなら、日本で110番を知らない人間がいないことと同じだと考えてください。
名称のとおり、主に救難信号、稀に公衆演説などに用いられる念話の一種です。
通常の念話は送信者が定めたある特定個人、または特定複数にフィルタリングをかけて思念を送ります。
それに対して、SOSチャンネルの場合は遭難時などに迅速に発見されるようにするために、
個人識別を行わずに範囲内の不特定多数に念話を送ります』
「……SOS、ですって?」
『そうです。呼称俗称は数種類ありますが、ここではこの呼び名が適切かと。
そして、これこそがミッドチルダで常識とされている知識です。
例えるなら、日本で110番を知らない人間がいないことと同じだと考えてください。
名称のとおり、主に救難信号、稀に公衆演説などに用いられる念話の一種です。
通常の念話は送信者が定めたある特定個人、または特定複数にフィルタリングをかけて思念を送ります。
それに対して、SOSチャンネルの場合は遭難時などに迅速に発見されるようにするために、
個人識別を行わずに範囲内の不特定多数に念話を送ります』
ヴィクトリアの全身が総毛だった。
「範囲内の、不特定多数……!?」
『はい。この方法なら送信先の魔力イメージの把握は必要ありません。
なぜなら、念話最大到達距離内におけるあらゆる一般可聴周波数を瞬時に走査して、
無差別に念話による絨毯爆撃を実行するからです。
範囲内の魔導師全員にほぼ間違いなく届いたのでご安心を』
「――――ッ!?」
『はい。この方法なら送信先の魔力イメージの把握は必要ありません。
なぜなら、念話最大到達距離内におけるあらゆる一般可聴周波数を瞬時に走査して、
無差別に念話による絨毯爆撃を実行するからです。
範囲内の魔導師全員にほぼ間違いなく届いたのでご安心を』
「――――ッ!?」
ガシャン、という透明な破砕音。
ヴィクトリアの正面のモニタが、彼女の手を飲み込んだ音だった。
モニタはその感想を、燻る煙とバチバチと散る電光で表している。
ヴィクトリアはその状態のまま、
ヴィクトリアの正面のモニタが、彼女の手を飲み込んだ音だった。
モニタはその感想を、燻る煙とバチバチと散る電光で表している。
ヴィクトリアはその状態のまま、
「何をッ……」
目を剥いて怒号を撃ち放った。
「何を考えているのよオマエはぁぁぁッッ!!?
私が何のために今まで隠れ潜んできたと思っているの!!?
今の私とおまえは一蓮托生!
私が危険な目に遭えば、おまえも同じ目に遭うことくらい解かっているはずでしょう!?
それなのに私の邪魔ばかりするなんて――ッ!」
『邪魔をしたつもりはありません。
私はI.M.の要求、“ここからククリへ念話をすること、そのサポート”を遂行しただけです。
そして、そのために最も簡単で効率的な手段を“提示しただけ”に過ぎません。
最終的に使うか使わないか、――選んだのは全てあなたです』
私が何のために今まで隠れ潜んできたと思っているの!!?
今の私とおまえは一蓮托生!
私が危険な目に遭えば、おまえも同じ目に遭うことくらい解かっているはずでしょう!?
それなのに私の邪魔ばかりするなんて――ッ!」
『邪魔をしたつもりはありません。
私はI.M.の要求、“ここからククリへ念話をすること、そのサポート”を遂行しただけです。
そして、そのために最も簡単で効率的な手段を“提示しただけ”に過ぎません。
最終的に使うか使わないか、――選んだのは全てあなたです』
怒りに身を震わせるヴィクトリアに、レイジングハートは余裕すら湛えながら止めを刺した。
『要求は満たされたでしょうか、“Illegal” Master――?』
その言葉が終わるより先に、ヴィクトリアは監視室のドアを蹴破って廊下へと飛び出していた。
(やられた! 少し素直になって念話の習得がどうとか言い出したと思ったら、こんな裏があったなんて!
非殺傷設定のときみたいな詭弁をもう一度並べ立ててくるなんてどれだけ偏屈なのよ!?
確かに明確な反抗はしてこないし、尋ねれば答えだって返ってくる!
けれど、その答えはほとんどいつも100%の正解じゃない!
60%くらいの正解を重ね続けることで、いつの間にか致命的なミスを誘発させようと常に狙ってきている!
こいつ、魔力じゃなくて屁理屈で動いているんじゃないの!?)
奥歯がギリリと軋む。
文句はそれこそ吐いて捨てるほどあるが、今そんなものをぶつけても非生産的だ。
一刻も早くここを離れなければ、何が起こるか予想もつかないのだから。
(ッ、念話を無差別送信してからどのくらい経った!?)
最早、トリエラの正体なんてどうでも良かった。
最大半径500メートル。その範囲内にいる魔導師全てに、ヴィクトリアの救援要請を聞かれてしまった。
つまり、間抜けにも自分の位置を大声で知らせてしまった可能性があるのだ。
もしもそれで好戦的な魔導師が大挙してここに押し寄せてきたら――――
(まだだわ、まだこの程度のミスなんて取り返せる!
誰にも見つからずにこのビルを脱出して、もう一度身を隠せば全部仕切りなおせる!
それにそもそも半径500メートル未満の狭い範囲、
そんな中に都合よく魔導師がいた可能性なんて――――)
(やられた! 少し素直になって念話の習得がどうとか言い出したと思ったら、こんな裏があったなんて!
非殺傷設定のときみたいな詭弁をもう一度並べ立ててくるなんてどれだけ偏屈なのよ!?
確かに明確な反抗はしてこないし、尋ねれば答えだって返ってくる!
けれど、その答えはほとんどいつも100%の正解じゃない!
60%くらいの正解を重ね続けることで、いつの間にか致命的なミスを誘発させようと常に狙ってきている!
こいつ、魔力じゃなくて屁理屈で動いているんじゃないの!?)
奥歯がギリリと軋む。
文句はそれこそ吐いて捨てるほどあるが、今そんなものをぶつけても非生産的だ。
一刻も早くここを離れなければ、何が起こるか予想もつかないのだから。
(ッ、念話を無差別送信してからどのくらい経った!?)
最早、トリエラの正体なんてどうでも良かった。
最大半径500メートル。その範囲内にいる魔導師全てに、ヴィクトリアの救援要請を聞かれてしまった。
つまり、間抜けにも自分の位置を大声で知らせてしまった可能性があるのだ。
もしもそれで好戦的な魔導師が大挙してここに押し寄せてきたら――――
(まだだわ、まだこの程度のミスなんて取り返せる!
誰にも見つからずにこのビルを脱出して、もう一度身を隠せば全部仕切りなおせる!
それにそもそも半径500メートル未満の狭い範囲、
そんな中に都合よく魔導師がいた可能性なんて――――)
『――――――――……』
耳孔がざらつく不快感に、ヴィクトリアは叱咤を飛ばす。
「うるさい! まだ邪魔する気なのレイジングハート!!
私は今本当に頭に来ているわ!
有用な武器があったら即座にあなたを捨てて行きたいくらいにね!!」
『違います。私は何も言っていません』
私は今本当に頭に来ているわ!
有用な武器があったら即座にあなたを捨てて行きたいくらいにね!!」
『違います。私は何も言っていません』
……は?
何を言っている。そんな馬鹿な。
じゃあ。
それなら。
さっきの声は、何なのよ?
何を言っている。そんな馬鹿な。
じゃあ。
それなら。
さっきの声は、何なのよ?
――――“呪詛『ブラド・ツェペシュの呪い』”
そう聴こえたのは、誰の、声?
『建物外部からの念話です、I.M.』
「!?」
「!?」
解は凍てつくように無慈悲だった。
ヴィクトリアは思考を真っ白に埋め尽くされた後、
ヴィクトリアは思考を真っ白に埋め尽くされた後、
「――――レイジングハートッ!!!
ジャケット展開策敵臨戦態勢移行全部一秒で準備しなさいッ!! 早くッ!!!」
ジャケット展開策敵臨戦態勢移行全部一秒で準備しなさいッ!! 早くッ!!!」
爆発したかのように声を荒げ、死に物狂いで廊下を駆け抜けた。
署内が大きく揺れ始めたのは、その直後のことだった。
署内が大きく揺れ始めたのは、その直後のことだった。
* * *
2.『i=√(-1)』
トリエラはスピーカー越しの声を聞いてから、ピタリとその足を止めたままだった。
監視カメラでこちらの動きが筒抜けなのは分かりきっている。
そんな状態に置かれていながら、それでもトリエラは一歩も動けず、
相手が差し出してきた僅かばかりの情報、それの意味するところを自分の中で処理検討することしかできなかった。
なぜならスピーカーの向こう、監視モニタとマイクの前に座っているだろう人物は、
トリエラにとって大きな意味を持っているからだ。
監視カメラでこちらの動きが筒抜けなのは分かりきっている。
そんな状態に置かれていながら、それでもトリエラは一歩も動けず、
相手が差し出してきた僅かばかりの情報、それの意味するところを自分の中で処理検討することしかできなかった。
なぜならスピーカーの向こう、監視モニタとマイクの前に座っているだろう人物は、
トリエラにとって大きな意味を持っているからだ。
(さっきの声……、シャナ?)
真っ先にそんな印象を抱き、しかしまさか、とも思う。
だいたい、声質が明るすぎるし、シャナはあんなネジの外れたような間延び気味の喋り方とは縁遠そうではないか。
だが……。それが演技だとしたらどうだろう?
自分だって任務に必要なことであれば猫撫で声の一つや二つ、きっと出せる。(自信はないし、やりたくもないが)
そう考えると、不思議と先ほどの声と、シャナの声との隔たりが少なくなった気がした。
咲く花の色、形は全く異なるのに、不思議と根っこの部分が似ている。
しかし、ここにいるのがシャナだとしたら、この回りくどい行動は何だろうか?
手を取り合って再会を祝う間柄とは180度近くずれているが、
後ろ暗いことがないなら、堂々とこちらに接触してくればいいはずだ。ならば、どういう意図があって――
(――あ)
ふとした瞬間。
トリエラは脳天に雷でも落ちたような錯覚を覚えた。
落雷は思考を抉り、空いた穴から冷たい闇が染み出してくる。
胸を騒がせる、どろっとした黒。
(いや、まさか……いくらなんでも突飛すぎるでしょ、これは)
頬に違和感。いつの間にか冷や汗が流れていた。
胸に手を当て、深く息を吐いて鼓動を落ち着かせる。
それからトリエラは再度黙考する。あくまで、最悪の可能性を否定するために。
だいたい、声質が明るすぎるし、シャナはあんなネジの外れたような間延び気味の喋り方とは縁遠そうではないか。
だが……。それが演技だとしたらどうだろう?
自分だって任務に必要なことであれば猫撫で声の一つや二つ、きっと出せる。(自信はないし、やりたくもないが)
そう考えると、不思議と先ほどの声と、シャナの声との隔たりが少なくなった気がした。
咲く花の色、形は全く異なるのに、不思議と根っこの部分が似ている。
しかし、ここにいるのがシャナだとしたら、この回りくどい行動は何だろうか?
手を取り合って再会を祝う間柄とは180度近くずれているが、
後ろ暗いことがないなら、堂々とこちらに接触してくればいいはずだ。ならば、どういう意図があって――
(――あ)
ふとした瞬間。
トリエラは脳天に雷でも落ちたような錯覚を覚えた。
落雷は思考を抉り、空いた穴から冷たい闇が染み出してくる。
胸を騒がせる、どろっとした黒。
(いや、まさか……いくらなんでも突飛すぎるでしょ、これは)
頬に違和感。いつの間にか冷や汗が流れていた。
胸に手を当て、深く息を吐いて鼓動を落ち着かせる。
それからトリエラは再度黙考する。あくまで、最悪の可能性を否定するために。
……これは仮定だ、事実なんかじゃない。
それを前置きした上で、推測を進めてみる。
この仮定には二つのピースが存在している。
それを前置きした上で、推測を進めてみる。
この仮定には二つのピースが存在している。
A.「野比のび太は改心なんてしていない」
B.「先ほどの声はシャナである」
B.「先ほどの声はシャナである」
私の考え、少なくとも現状で一番可能性が高いと思っている考えでは、この二つのピースはかみ合わない。
A.が正しければシャナは既にこの世にいないだろうし、B.が正しければのび太は改心したことになる。
それにB.が正しいとすれば、シャナの芝居じみた口調は一体何なのか?
これでは推理なんて高尚なものとは程遠い。ただの虫食いだらけのパズルだ。
だけど、そのパズルのピースを強引に当てはめる方法が、ある。
それは――、初めからシャナとのび太がグルだった場合だ。
最初、のび太は私とリルルに助けを求めてきた。「シャナに襲われた、助けてくれ」と。
既にこの段階からのび太の印象操作は始まっている。
のび太は自分を善良な弱者、シャナを凶暴な悪人に仕立て上げた。
恐らく、敵はシャナ一人だという意識を植えつけることで私やリルルの注意をシャナだけに集中させたのだ。
そうしてのび太は背中を見せた私たちを隙あらば殺そうと狙っていたわけだ。
ところが、その目算は彼やシャナにとって予想外の形で崩れてしまうことになる。
シャナとの挟撃で私とリルルを一網打尽にしようとしたはずなのに、当のシャナが麻痺毒にやられ、
予定より早く私に倒されてしまったからだ。
そこでのび太は作戦を切り替え、無様にシャナの命乞いまですることで、まんまと窮地を脱したのだ。
ここで私の目は曇ってしまう。
根拠も何もないはずなのに、無意識のうちにシャナが悪人であるという可能性を排除してしまったのだ。
悪人であるのび太が嘘をついていた、ならば“その嘘は絶対に作り話である”という先入観のせいで。
二重の罠。狙って動いていたのだとしたら背筋が冷えるほど狡猾なやり口だ。
その後のび太とシャナは復讐のために私たちを追ってきた。
温泉にいた私たちの姿を確認すると、シャナたちはひまわりの次に非力そうなククリに目をつけ、
念話で誘き出そうとした。
シャナたちはククリだけを呼びたかったのか、あるいは私たち全員を誘い出したかったのか。
とにかく、私一人しか来なかったことで、またも目算が外れたのだろう。
だから下手な芝居で間接的に接触し、こちらの情報を引き出そうと試みたわけだ、
“たった一人で来るなんてどういうつもりなのか”とでも思いながら。
もしもシャナたちの意図通りに私たちが動いていたなら、さっきみたいなマイクによる接触なんてなかっただろう。
問答無用で警察署ごとプラスチック爆弾で吹き飛ばされていたかもしれない。
そんな思考のぬかるみにどっぷり浸かったあと、
A.が正しければシャナは既にこの世にいないだろうし、B.が正しければのび太は改心したことになる。
それにB.が正しいとすれば、シャナの芝居じみた口調は一体何なのか?
これでは推理なんて高尚なものとは程遠い。ただの虫食いだらけのパズルだ。
だけど、そのパズルのピースを強引に当てはめる方法が、ある。
それは――、初めからシャナとのび太がグルだった場合だ。
最初、のび太は私とリルルに助けを求めてきた。「シャナに襲われた、助けてくれ」と。
既にこの段階からのび太の印象操作は始まっている。
のび太は自分を善良な弱者、シャナを凶暴な悪人に仕立て上げた。
恐らく、敵はシャナ一人だという意識を植えつけることで私やリルルの注意をシャナだけに集中させたのだ。
そうしてのび太は背中を見せた私たちを隙あらば殺そうと狙っていたわけだ。
ところが、その目算は彼やシャナにとって予想外の形で崩れてしまうことになる。
シャナとの挟撃で私とリルルを一網打尽にしようとしたはずなのに、当のシャナが麻痺毒にやられ、
予定より早く私に倒されてしまったからだ。
そこでのび太は作戦を切り替え、無様にシャナの命乞いまですることで、まんまと窮地を脱したのだ。
ここで私の目は曇ってしまう。
根拠も何もないはずなのに、無意識のうちにシャナが悪人であるという可能性を排除してしまったのだ。
悪人であるのび太が嘘をついていた、ならば“その嘘は絶対に作り話である”という先入観のせいで。
二重の罠。狙って動いていたのだとしたら背筋が冷えるほど狡猾なやり口だ。
その後のび太とシャナは復讐のために私たちを追ってきた。
温泉にいた私たちの姿を確認すると、シャナたちはひまわりの次に非力そうなククリに目をつけ、
念話で誘き出そうとした。
シャナたちはククリだけを呼びたかったのか、あるいは私たち全員を誘い出したかったのか。
とにかく、私一人しか来なかったことで、またも目算が外れたのだろう。
だから下手な芝居で間接的に接触し、こちらの情報を引き出そうと試みたわけだ、
“たった一人で来るなんてどういうつもりなのか”とでも思いながら。
もしもシャナたちの意図通りに私たちが動いていたなら、さっきみたいなマイクによる接触なんてなかっただろう。
問答無用で警察署ごとプラスチック爆弾で吹き飛ばされていたかもしれない。
そんな思考のぬかるみにどっぷり浸かったあと、
「……うん、やっぱりないな。馬鹿か私は」
カメラもマイクも気にせず、声に出して自嘲した。
形にして吐き出してみたら、我ながら何という誇大妄想なのだろうかとおかしくなってきた。
この結論に至るまでに、一体何枚の根拠無き推測を重ねてきた?
のび太が改心していないことにすら、全く確証を持てていないというのに。
最早、パズルというより積み木だ。
歪な形をした、今にも崩れ落ちそうな、高く積み重なった積み木。
真ん中に芯でも通さなければ呆気なく瓦解する木製の塔。
こんなもので遊んでどうする。
形にして吐き出してみたら、我ながら何という誇大妄想なのだろうかとおかしくなってきた。
この結論に至るまでに、一体何枚の根拠無き推測を重ねてきた?
のび太が改心していないことにすら、全く確証を持てていないというのに。
最早、パズルというより積み木だ。
歪な形をした、今にも崩れ落ちそうな、高く積み重なった積み木。
真ん中に芯でも通さなければ呆気なく瓦解する木製の塔。
こんなもので遊んでどうする。
(あー、もうやめよう。考えても仕方がない。
きっとさっきの声は私の気のせい。
ここにシャナはいないし、放送室にいるのは本当に要救助者なんだ。
直接会えば全部解決するでしょ)
きっとさっきの声は私の気のせい。
ここにシャナはいないし、放送室にいるのは本当に要救助者なんだ。
直接会えば全部解決するでしょ)
そうして気持ちを入れ替え、足を踏み出そうとした瞬間。
遠方からけたたましい音が響き渡った。
遠方からけたたましい音が響き渡った。
「!?」
最早本能に近い。
はじかれたように しかし息を潜めながらトリエラは廊下の角へと身を隠す。
機関銃の発砲音にも聴こえるし、道路工事の掘削の音にも聴こえる。
断続的にガガガ! という硬い音が廊下を反響し続けていた。
遠い上に暗い屋内のため、トリエラには何が起きたのか理解できない。
ただ分かるのは、音がどんどん近づいてきていることだけだ。
やがて、銃を構え通路へと僅かに身を乗り出したトリエラの視界の中で、異音の正体が現れる。
ナイフだった。紅い光を放つ無数のナイフが、廊下の壁と直交するように奥から順に等間隔で壁面を貫いていく。
身を伏せるトリエラ。その頭上で、またも一本の光のナイフが、今しがたまでトリエラの胸があった辺りの壁を鋭く穿った。
ナイフはトリエラを狙ったわけではないらしい。
警戒を緩めずにいられるトリエラを尻目に、炸裂音は来たほうとは反対側へと遠ざかっていく。
あたかも、署内全域を横断し尽くそうとしているかのように。
(一体何が――、ッ!?)
息を呑む。ナイフが消え去った後、その全ての軌道をなぞるように幾重もの紅い光球が浮かんでいた。
遠近感が狂いそうなほど規則的に並んだ紅い光。それは暗闇の空間に灯された禍々しい篝火だった。
理屈なんかじゃない、一連の攻撃はまだ終わっていないのだと思い知らされ――、その通りになった。
訳も分からず、辛うじて防御姿勢をとろうとするトリエラを嘲笑うように。
宙に浮かんだ無数の人魂のような紅い光は、ゆっくりと動き出し、壁、窓、非常灯を縦横無尽に引き裂き始めた。
見開いたトリエラの目の中で、黒と紅の世界が非現実的に壊れていく。
聴覚が麻痺しそうなほどの致命的な轟音。
トリエラの足元が波のように大きくたわんだ刹那、
「な――ッ!?」
ぐらりと。
為す術のない浮遊感と崩壊音に飲み込まれ、彼女は床のリノリウムと共に闇の中を滑り落ちていった。
はじかれたように しかし息を潜めながらトリエラは廊下の角へと身を隠す。
機関銃の発砲音にも聴こえるし、道路工事の掘削の音にも聴こえる。
断続的にガガガ! という硬い音が廊下を反響し続けていた。
遠い上に暗い屋内のため、トリエラには何が起きたのか理解できない。
ただ分かるのは、音がどんどん近づいてきていることだけだ。
やがて、銃を構え通路へと僅かに身を乗り出したトリエラの視界の中で、異音の正体が現れる。
ナイフだった。紅い光を放つ無数のナイフが、廊下の壁と直交するように奥から順に等間隔で壁面を貫いていく。
身を伏せるトリエラ。その頭上で、またも一本の光のナイフが、今しがたまでトリエラの胸があった辺りの壁を鋭く穿った。
ナイフはトリエラを狙ったわけではないらしい。
警戒を緩めずにいられるトリエラを尻目に、炸裂音は来たほうとは反対側へと遠ざかっていく。
あたかも、署内全域を横断し尽くそうとしているかのように。
(一体何が――、ッ!?)
息を呑む。ナイフが消え去った後、その全ての軌道をなぞるように幾重もの紅い光球が浮かんでいた。
遠近感が狂いそうなほど規則的に並んだ紅い光。それは暗闇の空間に灯された禍々しい篝火だった。
理屈なんかじゃない、一連の攻撃はまだ終わっていないのだと思い知らされ――、その通りになった。
訳も分からず、辛うじて防御姿勢をとろうとするトリエラを嘲笑うように。
宙に浮かんだ無数の人魂のような紅い光は、ゆっくりと動き出し、壁、窓、非常灯を縦横無尽に引き裂き始めた。
見開いたトリエラの目の中で、黒と紅の世界が非現実的に壊れていく。
聴覚が麻痺しそうなほどの致命的な轟音。
トリエラの足元が波のように大きくたわんだ刹那、
「な――ッ!?」
ぐらりと。
為す術のない浮遊感と崩壊音に飲み込まれ、彼女は床のリノリウムと共に闇の中を滑り落ちていった。
* * *
3.『Gourmet Race――生存競争――』
3.『Gourmet Race――生存競争――』
空には悪魔がいた。
届かぬものなど何もない。そう誇示するかのように、月の光までも紅く染め上げる悪魔が。
届かぬものなど何もない。そう誇示するかのように、月の光までも紅く染め上げる悪魔が。
「呪詛『ブラド・ツェペシュの呪い』」
レミリア・スカーレットの宣戦布告――スペル宣言。
言葉が空に溶けるや、何層もの光のナイフが弧を描いて射出され、ビルの腹に次々と突き刺さった。
その軌跡には紅い光が数珠繋ぎのように残されている。まるで、ナイフとレミリアが不可視の糸で繋がっているかのように。
そのままレミリアは手を右に左に交互に払い、その度に生まれた紅い光線が、
ビルを左右から羽交い絞めに、あるいは、貫き通してビルの裏側を針山にしていく。
ミシンが厚切りの布に高速で針と糸を通していくように、ただただ蹂躙されていく石塔。
やがて、レミリアと警察署ビルとの間に、紅い空間芸術が形作られた。
ビルには数え切れないほどの光球の数珠が通され、緩やかな曲線の連なりがビル正面で半球のように膨らんでいる。
レミリアはその様子を詰まらなそうに見詰め――、
パチン、
と指を鳴らした。
それを合図に、高音低音綯い交ぜの破裂音の大合唱が打ち鳴らされ、全ての光球が一斉にビル内部を食い荒らし始めた。
紅い光はある統制をもって動き、ビル内壁を食い破って一心不乱に外を目指し、拡散していく。
それは吸血だった。
真紅の光は血管。
ビルはその身体からブチブチブチブチと。
一本一本、血の詰まったままの血管を乱暴に引き抜かれていく。
それに呼応し、壁面はどんどん干からび、壮絶な音を立てて亀裂を走らせる。
バキバキと背骨の折れる音がいくつも響いて。
夜空は広がり続ける紅い花火に焦がされて。
全身の血を一滴残らず吸いつくされたビルは、土煙を巻き上げて崩れ落ちるように絶命していった。
天高く舞い上がる粉塵。
それ以外の色は存在するなとばかりに、その粉塵すら紅く塗りつぶし、無感動にレミリアは呟く。
言葉が空に溶けるや、何層もの光のナイフが弧を描いて射出され、ビルの腹に次々と突き刺さった。
その軌跡には紅い光が数珠繋ぎのように残されている。まるで、ナイフとレミリアが不可視の糸で繋がっているかのように。
そのままレミリアは手を右に左に交互に払い、その度に生まれた紅い光線が、
ビルを左右から羽交い絞めに、あるいは、貫き通してビルの裏側を針山にしていく。
ミシンが厚切りの布に高速で針と糸を通していくように、ただただ蹂躙されていく石塔。
やがて、レミリアと警察署ビルとの間に、紅い空間芸術が形作られた。
ビルには数え切れないほどの光球の数珠が通され、緩やかな曲線の連なりがビル正面で半球のように膨らんでいる。
レミリアはその様子を詰まらなそうに見詰め――、
パチン、
と指を鳴らした。
それを合図に、高音低音綯い交ぜの破裂音の大合唱が打ち鳴らされ、全ての光球が一斉にビル内部を食い荒らし始めた。
紅い光はある統制をもって動き、ビル内壁を食い破って一心不乱に外を目指し、拡散していく。
それは吸血だった。
真紅の光は血管。
ビルはその身体からブチブチブチブチと。
一本一本、血の詰まったままの血管を乱暴に引き抜かれていく。
それに呼応し、壁面はどんどん干からび、壮絶な音を立てて亀裂を走らせる。
バキバキと背骨の折れる音がいくつも響いて。
夜空は広がり続ける紅い花火に焦がされて。
全身の血を一滴残らず吸いつくされたビルは、土煙を巻き上げて崩れ落ちるように絶命していった。
天高く舞い上がる粉塵。
それ以外の色は存在するなとばかりに、その粉塵すら紅く塗りつぶし、無感動にレミリアは呟く。
「“外”の建物は図体ばかり立派なだけで中身がないわね。
狭い上に対魔法防御が何もされていないんじゃ、屋内で遊べないじゃないか。
少し支柱を壊しただけなのに自重で勝手に潰れていくなんて、使えないにもほどがある」
狭い上に対魔法防御が何もされていないんじゃ、屋内で遊べないじゃないか。
少し支柱を壊しただけなのに自重で勝手に潰れていくなんて、使えないにもほどがある」
レックスたちと戦った後。
獲物を求めて彷徨っていたレミリアは、ふいに頭に届いた声に惹き付けられ、警察署を目指した。
どんな命知らずの馬鹿者が、この私を呼びつけたのかという怒りと興味を持って。
そうして辿り着いた念話の発信源は、ひどく滑稽なものだった。
なにせ念話を送りつけてきた相手は、一目見て脆いと分かる建造物に引き篭もったまま、
一向に出てこようとしなかったのだから。
レミリアは、幻想郷に来る前に聞いたことがある童話を思い出していた。
3匹の豚と狼の出てくる物語だ。
その話の中の狼はきっと、藁や木の家を見て笑いが止まらなかったことだろう。
レミリアにはその気持ちが強い実感を伴って理解できた。
すると、生来の気まぐれな性格が首をもたげ、自分も同じことをしてみたくなってしまった。
だから、本来ならすぐにでも内部に突入できたというのに、
わざわざ時間をかけて広範囲をなぞるためのスペルを用意したのだ。
極上のシチューを、じっくりグツグツと煮込んでいるかのような心境で。
獲物を求めて彷徨っていたレミリアは、ふいに頭に届いた声に惹き付けられ、警察署を目指した。
どんな命知らずの馬鹿者が、この私を呼びつけたのかという怒りと興味を持って。
そうして辿り着いた念話の発信源は、ひどく滑稽なものだった。
なにせ念話を送りつけてきた相手は、一目見て脆いと分かる建造物に引き篭もったまま、
一向に出てこようとしなかったのだから。
レミリアは、幻想郷に来る前に聞いたことがある童話を思い出していた。
3匹の豚と狼の出てくる物語だ。
その話の中の狼はきっと、藁や木の家を見て笑いが止まらなかったことだろう。
レミリアにはその気持ちが強い実感を伴って理解できた。
すると、生来の気まぐれな性格が首をもたげ、自分も同じことをしてみたくなってしまった。
だから、本来ならすぐにでも内部に突入できたというのに、
わざわざ時間をかけて広範囲をなぞるためのスペルを用意したのだ。
極上のシチューを、じっくりグツグツと煮込んでいるかのような心境で。
レックスと戦ったときもそうだったが、レミリアは未だにスペルカードルールに基づいて動いている。
このルールは言ってしまえばスポーツのようなものであり、所詮はお遊びだ。
“最強”を目指すと決めたレミリアが、今さらこんなものに縛られる理由なんて存在しない。
強いて挙げるなら……妹であるフランドール・スカーレットはきっと、
このルールに則って戦い、敗北したからだろうか。
フランを真の意味で超えるなら、彼女が最期まで立っていた土俵に、自分も立ち続けなければならない。
その上で全てを薙ぎ払い、絶対的な頂点を手に入れる。
だからレミリアはスペルカードルールに自分を徹底的に従わせている。
その証拠にビル破壊にもスペルを使ったし、発動前にはしっかりと相手に念話を通して“スペル宣言”だって行った。
ルール上、スペル使用時の不意討ちは禁止されているためだ。
と、
このルールは言ってしまえばスポーツのようなものであり、所詮はお遊びだ。
“最強”を目指すと決めたレミリアが、今さらこんなものに縛られる理由なんて存在しない。
強いて挙げるなら……妹であるフランドール・スカーレットはきっと、
このルールに則って戦い、敗北したからだろうか。
フランを真の意味で超えるなら、彼女が最期まで立っていた土俵に、自分も立ち続けなければならない。
その上で全てを薙ぎ払い、絶対的な頂点を手に入れる。
だからレミリアはスペルカードルールに自分を徹底的に従わせている。
その証拠にビル破壊にもスペルを使ったし、発動前にはしっかりと相手に念話を通して“スペル宣言”だって行った。
ルール上、スペル使用時の不意討ちは禁止されているためだ。
と、
「……豚をいぶり出すには充分だったみたいね」
レミリアは薄く笑いながら翼をはためかせ、未だ崩壊止まらぬビルを迂回し、裏側へと飛んだ。
目に飛び込んだのは、崩落の影響を受けていない閑静な住宅街。
開けた交差点の中心に、命知らずの馬鹿、その張本人が佇んでいた。
目に飛び込んだのは、崩落の影響を受けていない閑静な住宅街。
開けた交差点の中心に、命知らずの馬鹿、その張本人が佇んでいた。
ヴィクトリアはバリアジャケットを展開しながら、崩壊寸前の警察署、
その4階から躊躇なく飛び降り、見晴らしのいいこの場所まで退避した。
こちらが捕捉されている以上、逃げ切るのは不可能だと判断し、迎撃のための位置取りを優先したのだ。
立ち込める噴煙を見据え、待つこと数秒。
夜空から禍々しく舞い降りてきた影は、まさしく。
昼間の悪夢が再び形を成したモノだった。
その4階から躊躇なく飛び降り、見晴らしのいいこの場所まで退避した。
こちらが捕捉されている以上、逃げ切るのは不可能だと判断し、迎撃のための位置取りを優先したのだ。
立ち込める噴煙を見据え、待つこと数秒。
夜空から禍々しく舞い降りてきた影は、まさしく。
昼間の悪夢が再び形を成したモノだった。
(レミリア・スカーレット!?)
“あの”フランドールと同じ姓を持つ女。
叶うなら絶対に出会いたくない。
むしろ自分と全く関わりのない何処かで野垂れ死んでいてくれないかとまで嫌悪していた、悪魔の姉。
(よりにもよって来たのがコイツだなんて……ッ!!)
ルリヲヘッドを模した仮面の下で、苦々しく犬歯を剥く。
そんな胸中を察そうともせずに、レミリアはヴィクトリアの神経を逆撫でするかのようにゆったりと地面に降り立ち、言い放った。
叶うなら絶対に出会いたくない。
むしろ自分と全く関わりのない何処かで野垂れ死んでいてくれないかとまで嫌悪していた、悪魔の姉。
(よりにもよって来たのがコイツだなんて……ッ!!)
ルリヲヘッドを模した仮面の下で、苦々しく犬歯を剥く。
そんな胸中を察そうともせずに、レミリアはヴィクトリアの神経を逆撫でするかのようにゆったりと地面に降り立ち、言い放った。
「もしかして、あれがレイジングハートっていう杖かしら?」
『肯定』
『肯定』
が、その言葉はヴィクトリアに向けられたものではなかった。
レミリアが語りかけたのは、胸元の銀色のペンダント。
まるで、オマエなんか眼中にないと告げているようで、ヴィクトリアは激しく苛立ちを募らせた。
レミリアは静かに謳うように言葉を続ける。
レミリアが語りかけたのは、胸元の銀色のペンダント。
まるで、オマエなんか眼中にないと告げているようで、ヴィクトリアは激しく苛立ちを募らせた。
レミリアは静かに謳うように言葉を続ける。
「レイジングハートに仮面の女……。
ふ、はは…………アハハハハハハハハハハハハハハハッッッ!!!
何だ! 私は最初から何も変わっていなかったじゃないかッ!!
所詮、ジェダ如きが私の力を抑えるなんてできなかったということ!
ここに辿り着いたのは絶対的な必然!!
何千何万と選択を迫られても、必ず収束する唯一無二の場所!!」
ふ、はは…………アハハハハハハハハハハハハハハハッッッ!!!
何だ! 私は最初から何も変わっていなかったじゃないかッ!!
所詮、ジェダ如きが私の力を抑えるなんてできなかったということ!
ここに辿り着いたのは絶対的な必然!!
何千何万と選択を迫られても、必ず収束する唯一無二の場所!!」
そこで初めてヴィクトリアを見据え、断言した。
「なぜならこの私が、――運命を操ったのだから」
レミリアは心の底から可笑しいとばかりに破顔する。
言っていることは狂っているように支離滅裂。
いや、比喩ではなく狂ったことを大真面目に言い散らしている。
だが、その中に看過できない事項があることにヴィクトリアは気付いた。
(仮面の女……? どういうこと、まさかこいつ――)
言っていることは狂っているように支離滅裂。
いや、比喩ではなく狂ったことを大真面目に言い散らしている。
だが、その中に看過できない事項があることにヴィクトリアは気付いた。
(仮面の女……? どういうこと、まさかこいつ――)
「フランを知っているな、オマエ」
ヴィクトリアの生命活動が、一瞬の空白を作った。
「けど、そんなことはどうだっていいわ。
館の主たる私の心は、こんなちっぽけな島に収まらないほど寛大なの。
何も喋りたくないならそれでいい。
おまえがフランを殺したかどうか、それにすら興味はない。
おまえが何を言おうと、辿る末路、全ての運命は決まっている。
この私の中に無粋に踏み込んで小汚い招待状を投げつけたときからね」
館の主たる私の心は、こんなちっぽけな島に収まらないほど寛大なの。
何も喋りたくないならそれでいい。
おまえがフランを殺したかどうか、それにすら興味はない。
おまえが何を言おうと、辿る末路、全ての運命は決まっている。
この私の中に無粋に踏み込んで小汚い招待状を投げつけたときからね」
時間を置いて正気に戻ったヴィクトリアは、鬱憤の許容量の限界を迎え始めていた。
どういうわけか、レミリアにこちらの情報が漏れている。
それまで、完全な隠密行動をとっていたはずだというのに。
失態があったとしたら一点、――――福富しんべヱの存在。
会話もままならぬ肉達磨を逃がしたこと以外、考えられなかった。
(やっぱり、あのとき確実に始末しておくべきだった……ッ!
腹立たしい! どうしてこうもイレギュラーばかり現れる!!?)
事態は次々と悪い方向に転がっていく、本当に運命が握られているかのように。
と、レミリアが何かに得心する。
どういうわけか、レミリアにこちらの情報が漏れている。
それまで、完全な隠密行動をとっていたはずだというのに。
失態があったとしたら一点、――――福富しんべヱの存在。
会話もままならぬ肉達磨を逃がしたこと以外、考えられなかった。
(やっぱり、あのとき確実に始末しておくべきだった……ッ!
腹立たしい! どうしてこうもイレギュラーばかり現れる!!?)
事態は次々と悪い方向に転がっていく、本当に運命が握られているかのように。
と、レミリアが何かに得心する。
「ふん……どうやらオマエも人間じゃないようね。
可哀想、久しぶりにこれだけ哀れな生き物を見たわ」
可哀想、久しぶりにこれだけ哀れな生き物を見たわ」
訝しむヴィクトリア。
仮面の裏の視線に気付かず、レミリアは地の底を見下ろすように昏い愉悦を浮かべた。
仮面の裏の視線に気付かず、レミリアは地の底を見下ろすように昏い愉悦を浮かべた。
「だってそうでしょう?
人間なら私の食糧で済まされたのに、あなたは違うんだもの。
“紛い物”なら磨り潰して処分する以外、道はない。
こんなに意味のない生があるかしら?」
「――!!」
人間なら私の食糧で済まされたのに、あなたは違うんだもの。
“紛い物”なら磨り潰して処分する以外、道はない。
こんなに意味のない生があるかしら?」
「――!!」
紛い物。
その言葉を聞いた瞬間、ヴィクトリアの中で何かがブチッと弾けた。
自分は望んでこんな化け物になったわけではない。
それなのに、ずっと胸に仕舞い続けてきた深い深層領域を、レミリアは土足で踏み荒らしたのだ。
だから、張り詰めきった堪忍袋の緒が切れるのも当然だった。
その言葉を聞いた瞬間、ヴィクトリアの中で何かがブチッと弾けた。
自分は望んでこんな化け物になったわけではない。
それなのに、ずっと胸に仕舞い続けてきた深い深層領域を、レミリアは土足で踏み荒らしたのだ。
だから、張り詰めきった堪忍袋の緒が切れるのも当然だった。
「……ふーん、人間以外に興味はない、と」
相対してから初めて、ヴィクトリアは口を開いた。
突如喋った仮面にレミリアは大して驚いた様子も無く、耳を傾けている。
突如喋った仮面にレミリアは大して驚いた様子も無く、耳を傾けている。
「私は違うわ。珍味があるなら一度は食してみたいって常々思っているの。
あぁ、そういえば――」
あぁ、そういえば――」
ヴィクトリアは仮面の下で、誇るかのように凄絶に嗤う。
「今日もね、躾の悪い野良吸血鬼が一匹いたものだから刻んで味わおうかと思ったんだけど……実に脆かったわ。
心臓のあたりを軽く突き刺したら簡単に灰になって消えてしまったんだもの。
本当に、酷く可笑しい光景だったわ。――――こんなに意味のない生、見たことないくらいにね」
心臓のあたりを軽く突き刺したら簡単に灰になって消えてしまったんだもの。
本当に、酷く可笑しい光景だったわ。――――こんなに意味のない生、見たことないくらいにね」
真っ向から挑発を返されたレミリアから薄い笑みが消え、口元が引き結ばれ、目が歪な月のように据わる。
これでいい、とヴィクトリアは思った。
黙秘していても結果は同じ。ならば思い切り挑発して隙を窺うのが賢いやり方だ。
尊大で糞餓鬼な吸血鬼ごとき、舌戦で手玉にとれぬはずがなかった。
これでいい、とヴィクトリアは思った。
黙秘していても結果は同じ。ならば思い切り挑発して隙を窺うのが賢いやり方だ。
尊大で糞餓鬼な吸血鬼ごとき、舌戦で手玉にとれぬはずがなかった。
「どうするの、レイジングハート?
あなたとあの吸血鬼のせいで、トリエラは死んだわよ?
思い出を美化するのは勝手だけど、これでもまだスカーレット姉妹を擁護するわけ?」
『……』
「私に反発し続けた結果がこれ。
全部救えるなんていう届かない綺麗事に手を伸ばし続けた結果がこれよ。
いい加減、自分がどれだけ浅はかだったか認めてもいいんじゃない?」
『……』
「黙秘、いや、違うわね。迷っているんでしょう?
それなら丁度いいわ」
あなたとあの吸血鬼のせいで、トリエラは死んだわよ?
思い出を美化するのは勝手だけど、これでもまだスカーレット姉妹を擁護するわけ?」
『……』
「私に反発し続けた結果がこれ。
全部救えるなんていう届かない綺麗事に手を伸ばし続けた結果がこれよ。
いい加減、自分がどれだけ浅はかだったか認めてもいいんじゃない?」
『……』
「黙秘、いや、違うわね。迷っているんでしょう?
それなら丁度いいわ」
ヴィクトリアはレミリアへと杖を構えて、言葉を継ぐ。
「今この場を、あなたの再教育の場にしましょう。
私とあなたのやり方、どちらがより正しいのかを決めてしまうの、そこの吸血鬼を殺すことでね。
そして見せてあげるわ。フランドールと歩んだ先に何があったのかということを――」
私とあなたのやり方、どちらがより正しいのかを決めてしまうの、そこの吸血鬼を殺すことでね。
そして見せてあげるわ。フランドールと歩んだ先に何があったのかということを――」
対するレミリアも手にした剣をヴィクトリアへと向けた。
紅い噴煙。
紅い町。
紅い空。
その中に抱かれ、レミリアは宣言する。
紅い噴煙。
紅い町。
紅い空。
その中に抱かれ、レミリアは宣言する。
「こんなにも月が紅いから――――本気で殺すわよ」
ヴィクトリアは応えず、両者はただ力強く地を蹴るだけだった。
【G-1/住宅街道路/1日目/夜中】
【ヴィクトリア=パワード@武装錬金】
[状態]:精神疲労(中)。
[装備]:i-Pod@現実?、レイジングハート・エクセリオン(アクセルモード)@魔法少女リリカルなのは(カートリッジ残数5発)
[道具]:アイテムリスト、天空の剣@ドラゴンクエストⅤ、基本支給品×2(食料のみは1人分)、
首輪×2、詳細名簿(ア行の参加者のみ詳細情報あり。他は顔写真と名前のみ。リリスの情報なし)
[服装]:バリアジャケット・ルリヲヘッドフォーム(解除時は制服の妙なの羽織った姿)
[思考]:――
第一行動方針:レミリアの抹殺。
第ニ行動方針:首輪や主催者の目的について考察する。そのために、禁止エリアが発動したら調査に赴きたい(候補はH-8かA-1)
第三行動方針:“信用できてなおかつ有能な”仲間を捜す。インデックス、エヴァにできれば接触してみたい。
基本行動方針:様子見をメインに、しかしチャンスの時には危険も冒す
参戦時期:母を看取った後(能力制限により再生能力及び運動能力は低下、左胸の章印を破壊されたら武器を問わずに死亡)
[備考]:レイジングハートは、ヴィクトリアに非協力的です。ヴィクトリアのことを憎んですらいます。
レイジングハートは、ヴィクトリアの持ち物や情報をほとんど把握していません。
(特に、アイテムリストの存在を知らないため、自分をどうやって使ったのかが大きな謎になっています)
【ヴィクトリア=パワード@武装錬金】
[状態]:精神疲労(中)。
[装備]:i-Pod@現実?、レイジングハート・エクセリオン(アクセルモード)@魔法少女リリカルなのは(カートリッジ残数5発)
[道具]:アイテムリスト、天空の剣@ドラゴンクエストⅤ、基本支給品×2(食料のみは1人分)、
首輪×2、詳細名簿(ア行の参加者のみ詳細情報あり。他は顔写真と名前のみ。リリスの情報なし)
[服装]:バリアジャケット・ルリヲヘッドフォーム(解除時は制服の妙なの羽織った姿)
[思考]:――
第一行動方針:レミリアの抹殺。
第ニ行動方針:首輪や主催者の目的について考察する。そのために、禁止エリアが発動したら調査に赴きたい(候補はH-8かA-1)
第三行動方針:“信用できてなおかつ有能な”仲間を捜す。インデックス、エヴァにできれば接触してみたい。
基本行動方針:様子見をメインに、しかしチャンスの時には危険も冒す
参戦時期:母を看取った後(能力制限により再生能力及び運動能力は低下、左胸の章印を破壊されたら武器を問わずに死亡)
[備考]:レイジングハートは、ヴィクトリアに非協力的です。ヴィクトリアのことを憎んですらいます。
レイジングハートは、ヴィクトリアの持ち物や情報をほとんど把握していません。
(特に、アイテムリストの存在を知らないため、自分をどうやって使ったのかが大きな謎になっています)
【レミリア・スカーレット@東方Project】
[状態]:魔力消費(大)、全身への魔力ダメージ(小)、飲み過ぎ胃のもたれ
[装備]:ラグナロク@FINAL FANTASY4
[道具]:グラーフアイゼン(待機フォルム)@魔法少女リリカルなのはA’s(多少ダメージを受けている)
[服装]:バリアジャケット・パチュリーフォーム
[思考]:――
第一行動方針:基本的に出会った奴は全て叩きのめす。
フランを殺した奴は=フランより強い=最優先目標。
基本行動方針:島の全て(含むジェダ)を叩きのめし最強を証明する。
※フランドールに関する情報、
『紙の束』『赤い宝石』『レイジングハートと遊ぶ』『喋る杖』『貴女自身の魔法、スペルカードを使ってください』『仮面の女』
を手に入れました。 レイジングハートについて大まかな情報を得ました。
※グラーフアイゼンはレミリアをあまり好いてはいません。
[状態]:魔力消費(大)、全身への魔力ダメージ(小)、飲み過ぎ胃のもたれ
[装備]:ラグナロク@FINAL FANTASY4
[道具]:グラーフアイゼン(待機フォルム)@魔法少女リリカルなのはA’s(多少ダメージを受けている)
[服装]:バリアジャケット・パチュリーフォーム
[思考]:――
第一行動方針:基本的に出会った奴は全て叩きのめす。
フランを殺した奴は=フランより強い=最優先目標。
基本行動方針:島の全て(含むジェダ)を叩きのめし最強を証明する。
※フランドールに関する情報、
『紙の束』『赤い宝石』『レイジングハートと遊ぶ』『喋る杖』『貴女自身の魔法、スペルカードを使ってください』『仮面の女』
を手に入れました。 レイジングハートについて大まかな情報を得ました。
※グラーフアイゼンはレミリアをあまり好いてはいません。
4.『Then, i×i=』
私が目覚めたのは瓦礫の山の中だった。
頭がズキズキと痛む。四肢の欠損はないが、右肩が真上にまで上がらない。
積み重なった瓦礫が偶然空洞になったから良かったものの、本当なら義体でも木っ端微塵だったことだろう。
無様なものだった。
あれだけ特訓したというのに、私はまたピノッキオに負けたのだ。
こいつは私が足止めすると意気込んで挑んだというのに、役目も果たせず敗北した。
その結果がこれだ。ピノッキオたちを逃がしたばかりか、ピノッキオの仲間が仕掛けた爆弾によって私はこのざま。
辛うじて起き上がったのはいいが、それだけだった。
打ちのめされた心が、一歩も動けないと不平を漏らしてくる。
かといって全ての気がかりを投げ出せるようには、私はできていなかった。
ヒルシャーさんは脱出できたのだろうか? リコは? ヘンリエッタは?
無理をして作戦に参加していたアンジェリカは?
みんな、無事だろうか。
頭がズキズキと痛む。四肢の欠損はないが、右肩が真上にまで上がらない。
積み重なった瓦礫が偶然空洞になったから良かったものの、本当なら義体でも木っ端微塵だったことだろう。
無様なものだった。
あれだけ特訓したというのに、私はまたピノッキオに負けたのだ。
こいつは私が足止めすると意気込んで挑んだというのに、役目も果たせず敗北した。
その結果がこれだ。ピノッキオたちを逃がしたばかりか、ピノッキオの仲間が仕掛けた爆弾によって私はこのざま。
辛うじて起き上がったのはいいが、それだけだった。
打ちのめされた心が、一歩も動けないと不平を漏らしてくる。
かといって全ての気がかりを投げ出せるようには、私はできていなかった。
ヒルシャーさんは脱出できたのだろうか? リコは? ヘンリエッタは?
無理をして作戦に参加していたアンジェリカは?
みんな、無事だろうか。
「とにかく、ここを出ないと……」
自分の体重が倍になったような錯覚。痛みをおして立ち上がり、周囲を見やる。
広がるのは薄闇。どこかに隙間があるらしい、空いた穴から月明かりが射しているようだ。
これならきっと、抜け出す穴の一つや二つあるだろう。
と、
広がるのは薄闇。どこかに隙間があるらしい、空いた穴から月明かりが射しているようだ。
これならきっと、抜け出す穴の一つや二つあるだろう。
と、
「っく!?」
ズキン、とした鈍痛が頭の中に走った。
と同時に、何かが剥離したような薄ら寒い感覚にとらわれ、私は悟った。
と同時に、何かが剥離したような薄ら寒い感覚にとらわれ、私は悟った。
「……なん、なの……? 違う、私はこんなことした憶えなんてない……!」
全力で走っているかのように息が切れ、目の奥が溶岩が蠢くように熱くなる。
「私は……、そうだ、シャナとのび太の罠にまんまと嵌められたんだった……」
やっと思考が復帰した。
今ならしっかりと思い出せる。私はククリの代わりにここに来た。
そして、散々警戒していたというのに、こんな失態を演じてしまったのだった。情けない。
魔法の存在には気を払っていたつもりだったけど、結局実感が伴っていなかったようだ。
今までの習慣や常識を簡単に塗り替えることはできない。私の敗因はそれに尽きる。
私は自分の使う銃や爆弾のような兵器の基準で警戒していた。だが、それではダメなのだ。
魔法は兵器のセオリーを無視してくるのだから。もしかしたらその逆もまたあるのかもしれないけど。
さっきの魔法の色は紅、シャナの使っていた炎の翼と同じ色。
私の作った崩れ落ちそうな積み木の塔、その中心に硬い芯を通すのに充分過ぎる惨事だった。
今ならしっかりと思い出せる。私はククリの代わりにここに来た。
そして、散々警戒していたというのに、こんな失態を演じてしまったのだった。情けない。
魔法の存在には気を払っていたつもりだったけど、結局実感が伴っていなかったようだ。
今までの習慣や常識を簡単に塗り替えることはできない。私の敗因はそれに尽きる。
私は自分の使う銃や爆弾のような兵器の基準で警戒していた。だが、それではダメなのだ。
魔法は兵器のセオリーを無視してくるのだから。もしかしたらその逆もまたあるのかもしれないけど。
さっきの魔法の色は紅、シャナの使っていた炎の翼と同じ色。
私の作った崩れ落ちそうな積み木の塔、その中心に硬い芯を通すのに充分過ぎる惨事だった。
「ククリにシャナとのび太の関係を知らせるべきだろうけど……、
電話してこっちに来られても面倒そうかなぁ。
でもシャナたちが私を仕留めたと思っているなら、次に向かうのはきっとククリたちのところだ。
どうする? 連絡するなら、何て言えばいいの?」
電話してこっちに来られても面倒そうかなぁ。
でもシャナたちが私を仕留めたと思っているなら、次に向かうのはきっとククリたちのところだ。
どうする? 連絡するなら、何て言えばいいの?」
私は闇の中に答えを求めたが、当然、誰もいるはずがなかった。
【G-1/警察署跡/1日目/夜中】
【トリエラ@GUNSLINGER GIRL】
[状態]:頭部殴打に伴う激しい頭痛。胴体に重度の打撲傷、中程度の疲労。右肩に激しい抉り傷(骨格の一部が覗き、腕が高く上がらない)
[装備]:拳銃(SIG P230)@GUNSLINGER GIRL(残弾数8/8)、
ベンズナイフ(中期型)@HUNTER×HUNTER、 トマ手作りのナイフホルダー、防弾チョッキ
[道具]:基本支給品、回復アイテムセット@FF4(乙女のキッス×1、金の針×1、うちでの小槌×1、
十字架×1、ダイエットフード×1、山彦草×1)、US M1918 “BAR”@ブラックラグーン(残弾数0/20)
ネギの首輪、金糸雀の右腕(コチョコチョ手袋が片方だけついている)、血塗れの拡声器
インデックスの0円ケータイ(『温泉宿』の番号を新規に登録)@とある魔術の禁書目録 、北東市街の詳細な地図
9mmブローニング弾×28
[服装]:普段通りの男装+防弾チョッキ
[思考]:どうするのが正解なの?
第一行動方針:ククリへの連絡。並行して警察署跡からの脱出。
第ニ行動方針:好戦的な参加者は積極的に倒す。現在はのび太とシャナがグルであると強く疑っている。
第三行動方針:トマとその仲間たちに微かな期待。トマと再会できた場合、首輪と人形の腕を検分してもらう
基本行動方針:最後まで生き延びる(当面、マーダーキラー路線。具体的な脱出の策があれば乗る?)
[備考]:携帯電話には、島内の主要施設の番号がある程度登録されているようです。
[備考]:気絶していた時間の有無は不明。
[備考]:トリエラが警察署地下で見た武器の詳細は後続の書き手にお任せします。
【トリエラ@GUNSLINGER GIRL】
[状態]:頭部殴打に伴う激しい頭痛。胴体に重度の打撲傷、中程度の疲労。右肩に激しい抉り傷(骨格の一部が覗き、腕が高く上がらない)
[装備]:拳銃(SIG P230)@GUNSLINGER GIRL(残弾数8/8)、
ベンズナイフ(中期型)@HUNTER×HUNTER、 トマ手作りのナイフホルダー、防弾チョッキ
[道具]:基本支給品、回復アイテムセット@FF4(乙女のキッス×1、金の針×1、うちでの小槌×1、
十字架×1、ダイエットフード×1、山彦草×1)、US M1918 “BAR”@ブラックラグーン(残弾数0/20)
ネギの首輪、金糸雀の右腕(コチョコチョ手袋が片方だけついている)、血塗れの拡声器
インデックスの0円ケータイ(『温泉宿』の番号を新規に登録)@とある魔術の禁書目録 、北東市街の詳細な地図
9mmブローニング弾×28
[服装]:普段通りの男装+防弾チョッキ
[思考]:どうするのが正解なの?
第一行動方針:ククリへの連絡。並行して警察署跡からの脱出。
第ニ行動方針:好戦的な参加者は積極的に倒す。現在はのび太とシャナがグルであると強く疑っている。
第三行動方針:トマとその仲間たちに微かな期待。トマと再会できた場合、首輪と人形の腕を検分してもらう
基本行動方針:最後まで生き延びる(当面、マーダーキラー路線。具体的な脱出の策があれば乗る?)
[備考]:携帯電話には、島内の主要施設の番号がある程度登録されているようです。
[備考]:気絶していた時間の有無は不明。
[備考]:トリエラが警察署地下で見た武器の詳細は後続の書き手にお任せします。
≪219:闇と幻の狭間で | 時系列順に読む | 221:ゼンマイを、一まき。≫ |
≪219:闇と幻の狭間で | 投下順に読む | 221:ゼンマイを、一まき。≫ |
≪212:北東市街は静かに眠る | トリエラの登場SSを読む | 227:Humpty Dumpty sat on a wall≫ |
≪186:集結の夜 | レミリア・スカーレットの登場SSを読む | 227:Humpty Dumpty sat on a wall≫ |
≪212:北東市街は静かに眠る | ヴィクトリア=パワードの登場SSを読む | 227:Humpty Dumpty sat on a wall≫ |