その名は『N(エヌ)』 (前編) ◆3k3x1UI5IA
電気の供給が途絶え、やや薄暗くなった展望室に呼び出し音が響く。
恐らくは階下からの内線電話。主電源とは別系統を持った緊急用回線。
ニアは、考える。
恐らくは階下からの内線電話。主電源とは別系統を持った緊急用回線。
ニアは、考える。
(そう、何故ここで向こうが電話をかける必要があるのでしょうか? それは……!)
やはりアクション仮面の犠牲は無駄ではなかった。
ヒーローの命と引き換えに落ち着きを取り戻した彼の頭脳、それが普段通りの鋭い回転を始める。
ヒーローの命と引き換えに落ち着きを取り戻した彼の頭脳、それが普段通りの鋭い回転を始める。
最初に電源を落とされた時には、まず混乱に乗じた突入・襲撃を懸念した。
しかし、これだけ時間が経っているというのに大きな動きは見えない。
エレベーターは動いていないし、エレベーターシャフト内にも動く者はいない。非常階段にも人影は無い。
支給品などの力で空を飛べる者が居たとしても、展望室まで昇ってくれば流石に目立つだろう。
つまり。
奇襲や強襲は、もはや無いと言っていい。奇襲の効果を得るには、既にタイミングを逸している。
しかし、これだけ時間が経っているというのに大きな動きは見えない。
エレベーターは動いていないし、エレベーターシャフト内にも動く者はいない。非常階段にも人影は無い。
支給品などの力で空を飛べる者が居たとしても、展望室まで昇ってくれば流石に目立つだろう。
つまり。
奇襲や強襲は、もはや無いと言っていい。奇襲の効果を得るには、既にタイミングを逸している。
(強襲前に存在を確認しておく、という可能性がほぼ消えた以上……
この電話は「展望室にいる人物と何らかの会話を交わしたい」、という意味でしかありえない。
それも、直接エレベーターで上がるのではなく、こんな迂遠な方法を使ってまで。
ということは……!)
この電話は「展望室にいる人物と何らかの会話を交わしたい」、という意味でしかありえない。
それも、直接エレベーターで上がるのではなく、こんな迂遠な方法を使ってまで。
ということは……!)
ニアの頭脳の中で、いくつもの事実が繋がり、1つの結論に繋がる。
バラバラのジグソーパズルが、綺麗にハマっていく感覚。
間違いない。
この電話をかけてきた相手の正体も、その性格も、彼らの行動方針も、全て確信できた。
不安があるとすれば、「彼ら」の中でしっかりと意思統一が成されているか否か。
そしてさきほど上から見えた、「チラチラとタワーの方を窺っていた第三者」がどう動くか。
けれどそれらの不確定要素も、今のニアの自信を揺るがすには至らない。
バラバラのジグソーパズルが、綺麗にハマっていく感覚。
間違いない。
この電話をかけてきた相手の正体も、その性格も、彼らの行動方針も、全て確信できた。
不安があるとすれば、「彼ら」の中でしっかりと意思統一が成されているか否か。
そしてさきほど上から見えた、「チラチラとタワーの方を窺っていた第三者」がどう動くか。
けれどそれらの不確定要素も、今のニアの自信を揺るがすには至らない。
(大丈夫。これは「私のフィールド」です。Lキラ=夜神月とも散々やりあった、私のための戦場ですから)
向こうの仕掛けたこの状況。
電話越し、という互いに限られた情報に基づく心理戦こそ、実はニアが誰よりも得意とする「戦い」だ。
深呼吸1つすると、彼は「勝利」を確信しつつ、受話器に手をかけた。
電話越し、という互いに限られた情報に基づく心理戦こそ、実はニアが誰よりも得意とする「戦い」だ。
深呼吸1つすると、彼は「勝利」を確信しつつ、受話器に手をかけた。
* * *
「出し抜かれたのは……俺達の方かよ!」
キルアは叫ぶ。
彼らにガスを吸わせた「展望台の人物」、それを追い詰めたと思ったら、タワーの外に参加者の反応だ。
慌てるのも無理は無い。首輪探知機を手にした太一と、受話器を手にしたキルアの視線が交錯する。
どうする?
この状況で、どう動くべきなんだ?
彼らにガスを吸わせた「展望台の人物」、それを追い詰めたと思ったら、タワーの外に参加者の反応だ。
慌てるのも無理は無い。首輪探知機を手にした太一と、受話器を手にしたキルアの視線が交錯する。
どうする?
この状況で、どう動くべきなんだ?
「その商店街の方の首輪、どう動いている?!」
「いや、今は動いて無い。探知機の範囲のギリギリに留まったままだ。
でもこれ、妙だな……。反応が2つ、ほぼ重なってるぜ。おんぶでもしてんのかな」
「いや、今は動いて無い。探知機の範囲のギリギリに留まったままだ。
でもこれ、妙だな……。反応が2つ、ほぼ重なってるぜ。おんぶでもしてんのかな」
探知機を手に、太一が首を傾げる。
小さなモニターに映し出された光点は、ほぼ同じ位置にある。ほとんど密着していると言ってもいい状況だ。
太一が掲げて示した画面を見ながら、キルアは考える。
小さなモニターに映し出された光点は、ほぼ同じ位置にある。ほとんど密着していると言ってもいい状況だ。
太一が掲げて示した画面を見ながら、キルアは考える。
(さっき展望室に居たのは、「2人以上」の人間だ……。
最低でも、逃げ込んだ血まみれのヤツと、ガスを準備していたヤツの2名。
だが、それが全部かどうか分からない。他に仲間が居なけりゃ、2人とも外にいる、で終わりだけど……!)
最低でも、逃げ込んだ血まみれのヤツと、ガスを準備していたヤツの2名。
だが、それが全部かどうか分からない。他に仲間が居なけりゃ、2人とも外にいる、で終わりだけど……!)
最高の暗殺者になるべく叩き込まれた教育が、常に最悪の事態を想定させる。
さらに別働隊が居るのではないか? タワーの展望室に残っている者が居るのではないか?
探知機の索敵範囲外に居るだけで、何人もの参加者がタワーを取り囲んでいるのではないか……?
キルアの頭には、悪い可能性ばかりが次々と浮かんでくる。
さらに別働隊が居るのではないか? タワーの展望室に残っている者が居るのではないか?
探知機の索敵範囲外に居るだけで、何人もの参加者がタワーを取り囲んでいるのではないか……?
キルアの頭には、悪い可能性ばかりが次々と浮かんでくる。
「どうする? 外の様子、見にいくか?」
「いや、太一はここに残ってろ。万が一ってこともある、俺が見に行――」
「いや、太一はここに残ってろ。万が一ってこともある、俺が見に行――」
ガチャッ。
『――もしもし?』
それはキルアが腰を浮かした、まさに、そのタイミングだった。
耳から離しかけた受話器から、聞き覚えの無い声が聞こえてきたのは。
耳から離しかけた受話器から、聞き覚えの無い声が聞こえてきたのは。
『はじめまして――というのは変ですかね?
まあ、先ほどは顔も合わせずに帰られてしまいましたから、『はじめまして』でいいんでしょうけれど』
「――だ、誰だよ、オマエ」
まあ、先ほどは顔も合わせずに帰られてしまいましたから、『はじめまして』でいいんでしょうけれど』
「――だ、誰だよ、オマエ」
激しく動揺しつつ、すんでのところで平静を装おうとするキルア。傍にいる太一も息を飲む。
だが、電話越しに聞こえてきた次の言葉によって、彼らの余裕は今度こそ完全に吹っ飛んだ。
だが、電話越しに聞こえてきた次の言葉によって、彼らの余裕は今度こそ完全に吹っ飛んだ。
『そういうあなたは、『キルア』さんで間違いありませんね? お連れさんもご一緒ですか?』
「な――!」
『やはりそうでしたか。あの後どうなったのか心配していたのですが、その様子では大丈夫そうですね』
「な――!」
『やはりそうでしたか。あの後どうなったのか心配していたのですが、その様子では大丈夫そうですね』
淡々と紡がれる、静かな言葉。その落ち着きぶりが、キルアをさらなる混乱に導く。
どうして自分の名前を知っている!? こっちの何をどこまで把握されている!?
展望台の主はキルアの思考が追いつくのを待たず、ゆっくりと名乗りを上げる。
どうして自分の名前を知っている!? こっちの何をどこまで把握されている!?
展望台の主はキルアの思考が追いつくのを待たず、ゆっくりと名乗りを上げる。
『さて、私の名前でしたね。私のことは――そう、N(エヌ)とでもお呼び下さい』
* * *
(やはり、あの時の2人でしたか)
受話器を握りながら、ニアはニヤリと笑う。
今頃、タワーの下では2人が目を白黒させていることだろう。読心術でも使われたと思っているかもしれない。
けれども、種を明かしてしまえばなんてことはない。
ごく単純な推理だった。
今頃、タワーの下では2人が目を白黒させていることだろう。読心術でも使われたと思っているかもしれない。
けれども、種を明かしてしまえばなんてことはない。
ごく単純な推理だった。
電気を落とし、しかし即座に強襲をかけるでもなく、ニアの行動を制限するに留めた階下の人物の行動。
それはすなわち、それだけ展望台にいる人物を強く警戒していることを意味していた。
だが、いくら慎重な人物だって、普通ならここまでの手は打たない。普通は展望台まで上がってくる。
こういう行動を取る理由があるとすれば、それはまず1つしかない。
この状況を仕掛けた人物が、過去に一度、展望室で痛い目に遭う危険を知っている場合だけだ。
そして、そんな条件に当てはまるのは、1組しかない。
それはすなわち、それだけ展望台にいる人物を強く警戒していることを意味していた。
だが、いくら慎重な人物だって、普通ならここまでの手は打たない。普通は展望台まで上がってくる。
こういう行動を取る理由があるとすれば、それはまず1つしかない。
この状況を仕掛けた人物が、過去に一度、展望室で痛い目に遭う危険を知っている場合だけだ。
そして、そんな条件に当てはまるのは、1組しかない。
(まあ、あの2人があの後に他の誰かと会っている可能性も、無いわけでは無かったのですが……
決め付けて言い切っておいて、もし違っていたら謝ればいいだけの話ですから。
当たっていた場合に得られる精神的優位を考えれば、分のいいギャンブルです)
決め付けて言い切っておいて、もし違っていたら謝ればいいだけの話ですから。
当たっていた場合に得られる精神的優位を考えれば、分のいいギャンブルです)
『キルア』という名前も、あの時エレベーターで上がってきた片方が口にした名前だ。
『キルアを呼んだ少年』の方の名前は分からないが、その声色は覚えている。
電話越しに聞こえた声が『その少年』で無かった以上、受話器を『キルア』が握っているのは当然の帰結。
彼らが2人組だった以上、簡単な消去法だった。
『キルアを呼んだ少年』の方の名前は分からないが、その声色は覚えている。
電話越しに聞こえた声が『その少年』で無かった以上、受話器を『キルア』が握っているのは当然の帰結。
彼らが2人組だった以上、簡単な消去法だった。
ともかくこれで、一気に精神的イニシアチブを取り戻した。
だが、まだまだ油断は禁物。
追い詰めすぎてはかえって相手をパニックに陥らせ、強攻策に走らせてしまう。
かといって、甘く見られては彼らをコントロールできなくなる。
繊細な気遣いと大胆な決断が同時に要求される、難しい交渉だ。
だが、まだまだ油断は禁物。
追い詰めすぎてはかえって相手をパニックに陥らせ、強攻策に走らせてしまう。
かといって、甘く見られては彼らをコントロールできなくなる。
繊細な気遣いと大胆な決断が同時に要求される、難しい交渉だ。
だが幸い、相手の行動方針の予測もついている。性格についても想像ができている。
舵取りの方向さえ間違わなければ、負ける理由がない。ニアは言葉を選びながら、口を開く。
舵取りの方向さえ間違わなければ、負ける理由がない。ニアは言葉を選びながら、口を開く。
「最初に言っておきましょう。私は、あなた方がしたであろう『誤解』について、ほぼ見当がついています。
その上で、言います――私は、いえ、『私たち』は、殺し合いには乗っていません。
あなたたちと、同じように」
その上で、言います――私は、いえ、『私たち』は、殺し合いには乗っていません。
あなたたちと、同じように」
* * *
『私は、いえ、『私たち』は、殺し合いには乗っていません。あなたたちと、同じように』
明らかな偽名を名乗った『N』の言葉に、キルアと太一は顔を見合わせる。
Nの放つ一言一言が、キルアたちの先回りをしているような雰囲気。
何をどう推理したのか、キルアたちが殺し合いに乗っていないことを既に見抜いている。その上での言葉。
Nの放つ一言一言が、キルアたちの先回りをしているような雰囲気。
何をどう推理したのか、キルアたちが殺し合いに乗っていないことを既に見抜いている。その上での言葉。
「ちょ、ちょっと待て! でも、さっきは……!」
『私が問答無用で攻撃してきた、と言うんですね? その点については素直に謝罪します。
ただあの時点では、私にはあなた方の真意は分かりませんでしたし、取れる手段も限られていました。
エレベーターを2基とも封じるような使い方をされては、こちらも警戒せざるを得ません』
『私が問答無用で攻撃してきた、と言うんですね? その点については素直に謝罪します。
ただあの時点では、私にはあなた方の真意は分かりませんでしたし、取れる手段も限られていました。
エレベーターを2基とも封じるような使い方をされては、こちらも警戒せざるを得ません』
丁寧な、しかし言外に込められた微かな非難に、キルアは ぐ、 と言葉を詰まらせる。
逆の立場になってみれば、逃げ場を完全に封じるあんなやり方をされれば、確かに怖い。
「絶対に逃がさないぞ」、と態度で表明しているのだ、「襲われる」と勘違いしてもおかしくない。
逆の立場になってみれば、逃げ場を完全に封じるあんなやり方をされれば、確かに怖い。
「絶対に逃がさないぞ」、と態度で表明しているのだ、「襲われる」と勘違いしてもおかしくない。
『あの時使った煙は、吸った者を一定時間無力化するだけの効果しかありません。だから使いました。
今現在、特に後遺症などはないでしょう?』
「……どうかな。今はなくても、後からフラッシュバックとか起こるかもしれないぜ?」
『だとしたらご愁傷様です。そうなったとしても、トータルで見れば被害は最小限に抑えられたと思いますがね。
私はあの場を、誰も傷つけることなく収めるつもりでしたが……
むしろ、逃げられてしまったことの方が想定外でした。
タワーから出た所で好戦的な人物に襲われやしないかと、ハラハラしましたよ』
今現在、特に後遺症などはないでしょう?』
「……どうかな。今はなくても、後からフラッシュバックとか起こるかもしれないぜ?」
『だとしたらご愁傷様です。そうなったとしても、トータルで見れば被害は最小限に抑えられたと思いますがね。
私はあの場を、誰も傷つけることなく収めるつもりでしたが……
むしろ、逃げられてしまったことの方が想定外でした。
タワーから出た所で好戦的な人物に襲われやしないかと、ハラハラしましたよ』
キルアには豊富な毒物の知識がある。様々な毒を受けた経験もある。
言われてみれば、確かにあのガスは命を奪うには至らない種類のモノだ。
フラッシュバックの話も単にNに揺さぶりをかけようとしただけで、本気で心配してはいない。
多少幻覚作用が入っていたようだが、あれをいくら吸ったところで死なないだろう。
もちろん、無力化した上で暴力を振るうことは、不可能ではないのだが……。
言われてみれば、確かにあのガスは命を奪うには至らない種類のモノだ。
フラッシュバックの話も単にNに揺さぶりをかけようとしただけで、本気で心配してはいない。
多少幻覚作用が入っていたようだが、あれをいくら吸ったところで死なないだろう。
もちろん、無力化した上で暴力を振るうことは、不可能ではないのだが……。
『私は上から全てを見ていました。
あなた方が、あの胴着の少年・弥彦と遭遇する所も、その前に弥彦の身の上に起こったことも』
「ヤヒコ、って……あの剣持ってたヤツか?」
『ええ。まずはその時の経緯をお話しましょう。
そうすれば、こちらが取らざるを得なかった行動も理解して頂けるはずです。
真偽を判断するのは、それからでも遅くはないでしょう?』
あなた方が、あの胴着の少年・弥彦と遭遇する所も、その前に弥彦の身の上に起こったことも』
「ヤヒコ、って……あの剣持ってたヤツか?」
『ええ。まずはその時の経緯をお話しましょう。
そうすれば、こちらが取らざるを得なかった行動も理解して頂けるはずです。
真偽を判断するのは、それからでも遅くはないでしょう?』
疑われていることを既に承知の上で、それでも話を聞いて欲しいというNの申し出。
相手の掌に乗せられているような敗北感と不快感を感じつつ、しかしキルアにそれを拒む理由は無かった。
相手の掌に乗せられているような敗北感と不快感を感じつつ、しかしキルアにそれを拒む理由は無かった。
* * *
ニアは、確信していた。
階下にいるキルアたちは、相当に「慎重な性格」である。そして、相当「頭がキレる」。
先ほど展望台に襲撃をかけてきた時も、この今の状況も、「石橋を叩きながら渡る」ような印象が感じられる。
階下にいるキルアたちは、相当に「慎重な性格」である。そして、相当「頭がキレる」。
先ほど展望台に襲撃をかけてきた時も、この今の状況も、「石橋を叩きながら渡る」ような印象が感じられる。
あるいはそれは2人に共通する性格ではなく、この電話を手にした「キルア個人」の性格かもしれない。
こうして話していても、キルアの言葉の端々に「疑いながらも可能な限りの情報を探ろうとする態度」が窺える。
だからキルアは、不信の念が拭いきれずとも、最後まで話だけでも聞こうとするだろう。
嘘かもしれない、と疑いつつも、最後まで全てを聞いた上で判断を下そうとするはずだ。
こうして話していても、キルアの言葉の端々に「疑いながらも可能な限りの情報を探ろうとする態度」が窺える。
だからキルアは、不信の念が拭いきれずとも、最後まで話だけでも聞こうとするだろう。
嘘かもしれない、と疑いつつも、最後まで全てを聞いた上で判断を下そうとするはずだ。
逆に、展望台に入ってきた時、うっかり仲間の名前を呼んでしまった「もう1人」は、ちょっと危うい。
考えなしのバカか、それとも考えるより身体が動いてしまうような直情型の人間か……
こちらの方とも電話で話が出来ればいいのだが、今は後回し。
電話に出ているのがキルアである以上、まずは彼から攻略せねば。
考えなしのバカか、それとも考えるより身体が動いてしまうような直情型の人間か……
こちらの方とも電話で話が出来ればいいのだが、今は後回し。
電話に出ているのがキルアである以上、まずは彼から攻略せねば。
彼らが「殺し合いのゲームに乗っていない」のは、もはや疑う余地はない。
2人組で動いていた時点で、「出会った者は問答無用で皆殺し」という戦略ではないと分かる。
そしてこの2回目の接触に際しても、電源を落とすだけに留め、電話をかけてきた。
「あなたたちと、同じように」と、少しカマをかけてみた感触から言っても、間違いないだろう。
彼らは慎重なだけだ。根っこの部分では、善人だと言っていい。
2人組で動いていた時点で、「出会った者は問答無用で皆殺し」という戦略ではないと分かる。
そしてこの2回目の接触に際しても、電源を落とすだけに留め、電話をかけてきた。
「あなたたちと、同じように」と、少しカマをかけてみた感触から言っても、間違いないだろう。
彼らは慎重なだけだ。根っこの部分では、善人だと言っていい。
(弥彦に首輪探しを頼んだことと、眠り火の催眠を弥彦にかけたことは、話すわけにはいきませんね。
けれど、それ以外は……)
けれど、それ以外は……)
出すべき情報は惜しみなく出してこそ、得られるものがある。
相手の持つ情報を握ることができれば、相手の行動をコントロールできる。
ニアは、語り始めた。
弥彦から聞いた話とニア自身が見聞きした事実を統合した、可能な限り真実に近いお話を。
相手の持つ情報を握ることができれば、相手の行動をコントロールできる。
ニアは、語り始めた。
弥彦から聞いた話とニア自身が見聞きした事実を統合した、可能な限り真実に近いお話を。
* * *
Nが淡々と語ったことは、いささか突飛ではあったが、筋は通っていた。
行動を共にしていた弥彦・のび太・カツオの3人が、子豚と遭遇し。
食料にしようと解体したら、子豚の死体が少年の死体に変化。
2人が逃げ出し、弥彦1人が取り残され――そこに出くわしたのが、キルアと太一。
その一部始終を、Nはタワーの上から全て見ていて。
そして、逃げた弥彦を追った2人との、展望室での遭遇。
その説明は、一応、弥彦という少年やNの行動について過不足無く説明することができる。
行動を共にしていた弥彦・のび太・カツオの3人が、子豚と遭遇し。
食料にしようと解体したら、子豚の死体が少年の死体に変化。
2人が逃げ出し、弥彦1人が取り残され――そこに出くわしたのが、キルアと太一。
その一部始終を、Nはタワーの上から全て見ていて。
そして、逃げた弥彦を追った2人との、展望室での遭遇。
その説明は、一応、弥彦という少年やNの行動について過不足無く説明することができる。
しかし、豚が少年に変身する……いや、少年が豚に変身していた? そんなバカな。
普通なら一笑に伏すようなヨタ話だ。
だが――問題の核心はそんな所にはない。
ニアの話と、さきほど街で遭遇した茶髪眼鏡の話が、全く噛み合っていないことの方が、よっぽど重要だ。
茶髪眼鏡は、黒髪の少年が小さな少年の首を斬った、と言った。
ニアは、3人組が子豚を斬ったら少年になった、と言う。
どちらも、指していた場所から言って、あの死体に関する話なのは間違いない。
普通なら一笑に伏すようなヨタ話だ。
だが――問題の核心はそんな所にはない。
ニアの話と、さきほど街で遭遇した茶髪眼鏡の話が、全く噛み合っていないことの方が、よっぽど重要だ。
茶髪眼鏡は、黒髪の少年が小さな少年の首を斬った、と言った。
ニアは、3人組が子豚を斬ったら少年になった、と言う。
どちらも、指していた場所から言って、あの死体に関する話なのは間違いない。
どちらかが嘘をついている。そして嘘をつくからには、目的がある。
普通に考えれば、信じ難いのはNの話だ。
けれども、嘘として思いつきやすく作りやすいのは、茶髪眼鏡の話だ。
キルア自身、必要とあらば嘘をつくことに躊躇いがないだけに、簡単に分かってしまう。
普通に考えれば、信じ難いのはNの話だ。
けれども、嘘として思いつきやすく作りやすいのは、茶髪眼鏡の話だ。
キルア自身、必要とあらば嘘をつくことに躊躇いがないだけに、簡単に分かってしまう。
人間が豚に変身するのも、支給品によってはできるのかもしれないし……。
Nがこんな入り組んだ嘘を吐いても、利益を得られるとは思えない。
答えはほぼ出てしまっていたが、それでも一応、彼は尋ねてみる。
Nがこんな入り組んだ嘘を吐いても、利益を得られるとは思えない。
答えはほぼ出てしまっていたが、それでも一応、彼は尋ねてみる。
「……証拠はあるのかよ?」
『ありません。少年の死体を検分すれば何か分かるかもしれませんが、確証はありませんね。
ただ、嘘をつくならこんな嘘はつきません。もうちょっとマシな話を作ります。
『豚が少年に』の所で、もっと突っ込まれるかと覚悟していたのですがね』
「…………ッ!」
『ありません。少年の死体を検分すれば何か分かるかもしれませんが、確証はありませんね。
ただ、嘘をつくならこんな嘘はつきません。もうちょっとマシな話を作ります。
『豚が少年に』の所で、もっと突っ込まれるかと覚悟していたのですがね』
「…………ッ!」
Nは一方的に情報を提供しているように見えて、その実、色々なものを相手の反応から読み取っている。
キルアが嘘つきの心理を考え、ニアの話を信じかけていることを、見抜いている。
そして「豚が人間に化ける」程度の話はすんなり受け入れられるような人物だと、見抜いている。
キルアの額に、汗が滲む。
キルアが嘘つきの心理を考え、ニアの話を信じかけていることを、見抜いている。
そして「豚が人間に化ける」程度の話はすんなり受け入れられるような人物だと、見抜いている。
キルアの額に、汗が滲む。
(心が読める能力者なのか? センリツみたいに声から全てを読み取っているのか? それとも……)
ただ……そのことをわざわざ告げるのは、何故だろう?
精神的優位を示し圧倒するためか、情報開示で信頼獲得を狙っているのか、それとも単なる自己顕示欲か。
判断つきかねるキルアに、横で荷物を漁っていた太一が小声で呟く。
精神的優位を示し圧倒するためか、情報開示で信頼獲得を狙っているのか、それとも単なる自己顕示欲か。
判断つきかねるキルアに、横で荷物を漁っていた太一が小声で呟く。
「磯野カツオ、野比のび太、明神弥彦……確かにどれも、名簿にある名前だぜ。
Nって名前は、やっぱり載ってない」
「そうか。……おいN、その『弥彦』って奴は今そこに居るのか?」
Nって名前は、やっぱり載ってない」
「そうか。……おいN、その『弥彦』って奴は今そこに居るのか?」
キルアがぶっきらぼうな口調で尋ねたのは、何も苛立ちからだけではない。
もしもその弥彦が展望室にいるなら、電話を代わらせればいい。
当事者と話ができれば、もう少し分かることもある。
それにNの話が本当なら、弥彦は真っ直ぐだが素直な性格。Nよりよほど「やりやすい」相手。
逆に、言葉を濁して弥彦を出そうとしないなら、Nが嘘をついている可能性がグッと上がるわけで……。
少しでも主導権を取り戻そうと考えを巡らせるキルアに、Nは実にあっさりと告げる。
キルアが想定していた、2つの反応のどちらとも違う答えを。
もしもその弥彦が展望室にいるなら、電話を代わらせればいい。
当事者と話ができれば、もう少し分かることもある。
それにNの話が本当なら、弥彦は真っ直ぐだが素直な性格。Nよりよほど「やりやすい」相手。
逆に、言葉を濁して弥彦を出そうとしないなら、Nが嘘をついている可能性がグッと上がるわけで……。
少しでも主導権を取り戻そうと考えを巡らせるキルアに、Nは実にあっさりと告げる。
キルアが想定していた、2つの反応のどちらとも違う答えを。
『いえ、今彼はタワーの外に出ています。
少し探してきて欲しいものがあったので、おつかいをお願いしました』
「!!」
「!! ……おいキルア、外って、もしかして……!」
「しッ!」
少し探してきて欲しいものがあったので、おつかいをお願いしました』
「!!」
「!! ……おいキルア、外って、もしかして……!」
「しッ!」
思わず声を上げかけた太一を、キルアが鋭い声で制止する。
太一が手にした、首輪探知機。そこに映った、未だに動かない2つの光点……!
探知機の存在は、情報戦における重要な切り札、Nに対する大きなアドバンテージなのだ。
しかし、Nはそんなキルアたちの短いやりとりを見逃さなかった。間髪入れずに問い掛けてくる。
太一が手にした、首輪探知機。そこに映った、未だに動かない2つの光点……!
探知機の存在は、情報戦における重要な切り札、Nに対する大きなアドバンテージなのだ。
しかし、Nはそんなキルアたちの短いやりとりを見逃さなかった。間髪入れずに問い掛けてくる。
『外? 外に誰かいるのですか?』
「い、いや、それは……」
『誰かが近くにいるんですね。
そこから見えるのですか? それとも、監視カメラか何かで捉えたということでしょうか?』
「…………」
『それが弥彦なら、今までの話で触れてこないわけがありません。
ということは――見知らぬ人ですか? 先ほどの話に出た、野比のび太や磯野カツオではありませんか?』
「…………」
『ああそれとも、『外に誰かいる』という所までは分かっても『それが誰か分からない』、と、そういうことですか』
「……!!」
「い、いや、それは……」
『誰かが近くにいるんですね。
そこから見えるのですか? それとも、監視カメラか何かで捉えたということでしょうか?』
「…………」
『それが弥彦なら、今までの話で触れてこないわけがありません。
ということは――見知らぬ人ですか? 先ほどの話に出た、野比のび太や磯野カツオではありませんか?』
「…………」
『ああそれとも、『外に誰かいる』という所までは分かっても『それが誰か分からない』、と、そういうことですか』
「……!!」
思わず息を飲む。そして瞬時に息を飲んだこと自体を後悔する。
電話越しにも、向こうがニヤリ、と笑ったのが見えたような気がした。
電話越しにも、向こうがニヤリ、と笑ったのが見えたような気がした。
『なるほど、なるほど……。支給品か何かの力で他の参加者の動きが分かる、と、そういうことですか。
呼吸や体温を元に生命活動を探知――いえ、違いますね。
参加者全員につけられたこの『首輪』の反応を拾い、表示している。そうでしょう?』
呼吸や体温を元に生命活動を探知――いえ、違いますね。
参加者全員につけられたこの『首輪』の反応を拾い、表示している。そうでしょう?』
ここまで来ると、もう言葉もない。嘘や沈黙にも意味がない。
キルアは肯定する代わりに、降参の意を込めて吐き捨てる。
キルアは肯定する代わりに、降参の意を込めて吐き捨てる。
「てめぇ……何者だよ?!」
『探偵です。なに、簡単な推理ですよ。
『首輪』に元々備えられた機能を考えれば、主催者側がそういう機械を作るのも簡単そうですしね』
『探偵です。なに、簡単な推理ですよ。
『首輪』に元々備えられた機能を考えれば、主催者側がそういう機械を作るのも簡単そうですしね』
Nはサラリと言うが、これが簡単な推理のわけがない。
安楽椅子探偵、という言葉が脳裏に浮かぶ。自身はほとんど動くことなく、難事件を解決してしまう探偵。
ハンターの世界にも似たような存在はいるが、それだって多くは念能力に助けられてのことだ。
Nの推理力は、それさえ上回るのか。それとも、Nもまた、何らかの特殊能力を持っているのか。
どちらにせよ、舌戦でキルアたちが勝てるような相手ではない。
安楽椅子探偵、という言葉が脳裏に浮かぶ。自身はほとんど動くことなく、難事件を解決してしまう探偵。
ハンターの世界にも似たような存在はいるが、それだって多くは念能力に助けられてのことだ。
Nの推理力は、それさえ上回るのか。それとも、Nもまた、何らかの特殊能力を持っているのか。
どちらにせよ、舌戦でキルアたちが勝てるような相手ではない。
人格的には気に喰わない。一言一言がいちいちカンに触るし、人を小馬鹿にした態度が激しく不快だ。
このNという男、間違っても友達にはなりたくないタイプだ。
だが――その能力だけは、本物だ。
このNという男、間違っても友達にはなりたくないタイプだ。
だが――その能力だけは、本物だ。
『有効範囲は結構狭そうですね。タワーの中に居ながら、展望室にいる人数も分からないわけですから』
「……しくじったな。『弥彦はいるか?』なんて聞くんじゃなかった」
『そしてここまでのあなた方の態度から察するに、その人物はしばらく動いていない――そうですね?
外に動きがあったのなら、キルアさんがそこまで落ち着いていられたはずがありませんから』
「ああ、そうだよ。それがどうした?」
『今捉えている反応の数、それから方向と距離を教えて下さい。ひょっとしたら――』
「……しくじったな。『弥彦はいるか?』なんて聞くんじゃなかった」
『そしてここまでのあなた方の態度から察するに、その人物はしばらく動いていない――そうですね?
外に動きがあったのなら、キルアさんがそこまで落ち着いていられたはずがありませんから』
「ああ、そうだよ。それがどうした?」
『今捉えている反応の数、それから方向と距離を教えて下さい。ひょっとしたら――』
Nは笑う。
電話越しにも分かる楽しそうな声で、とっておきの情報を開示する。
電話越しにも分かる楽しそうな声で、とっておきの情報を開示する。
『ひょっとしたらその人物、この展望台から見えていた『あの少年』かもしれませんから』
* * *