十二月二十四日(金曜日)
 
今日はいつもより寒い感じの中に目がさめた。だが起きたのは十時。当たり前だが、妹が起こしに来るわけもなく、自然に目がさめたのも充分寝たからなのだろう。
本来ならば今日は終業式。妹もちょうど俺が出ていく頃には帰って来るであろう。
 
昨日は今頃に集合だったのだが、今日は違ったのでこんな時間まで眠ることができた。
 
昨日、あの後ハルヒを連れてゲーセンに行き、連れて行った俺の方が疲れる事態になり、その後ハルヒを家まで送っていき、なんともハードな一日を終えたのだった。
 
ハルヒの家に到着し、別れ際に、
『明日は午後からでいいわ。そうね…明日午後二時に今日と同じように集合!遅れたら、死刑なんだから!』
と、指で銃をつくってバンっと撃って見せた。何をそんなガキみたいな…まぁ可愛らしいくもあるが…
 
それなのでまだ時間はある。とりあえずのんびり準備しながら、昼食の準備でもするか。
俺はのんびり準備し、妹の分もちゃんと昼食を作り上げた。俺力作のチャーハンだ。
チャーハンじゃ力作じゃないって?…甘いな。卵はふんわり感を保ちつつ、かつチャーシューやネギ、なるとなどそれぞれの味を損なわぬように塩加減を調整した。
 
隠し味程度に鶏ガラスープを入れるのが俺流だ。これが不味いわけない。
さて…妹はまだ帰って来ないし、先に頂くかね。…やはり旨いではないか。しょっぱすぎない程度に味付けされた塩加減といい、ふわふわ感がたまらない卵…我ながら美味なり。
会心のチャーハンを食べ終わり、妹の分もラップに包んで置いておいた。
 
腹も膨れ、時計を見ると時間は一時。まぁちょうどいいだろう。俺は家を出ることにした。
 
今日はいつもより外が冷えてるな…雲も分厚く空全体を覆っている。まだ昼間なのにどこか薄暗い。
 
「クリスマスだというのに縁起が悪い。」
 
という独り言をひとしおに、駅前までの道を自転車を漕いでいった。キリストの誕生日前日に縁起もクソもあるのかは知らないがな。
 
駅に着いて時間を確認した。一時三十分。まぁこのぐらいが丁度いい頃合いだろうね。昨日もハルヒはこのぐらいに来たからな。
 
自転車を停め、集合場所に向かっていると、駅前のベンチでハルヒの姿があった。
こっちには気づいていないみたいだな。いっちょ脅かしてやろう。
気づかれないように後ろに周り、両肩を掴んだ。それでビクッとなってハルヒが勢いよく立ち上がる。
 
ハルヒが俺を見た目は凄くトロンとした寝起きの目であった…ヤバい?デジャブ?
 
それがわかった瞬間俺は後ろに飛んだ。今日は昨日と違って人がいる。こんな中で羞恥プレイはもう御免だ!
 
『ふぇ?キョン…?』
 
ヤバい…またあの映像が脳裏で甦る…言っている事までほとんど同じだぞ?とりあえず後ろに後ずさりしながら、
 
「ハルヒ起きてるか?」
 
意識がハッキリしているか尋ねた。
 
『ん~~?あたしいつからここにいたんだっけ?』
 
まだ寝ぼけ気味だな…とりあえず距離は
置こう。
 
「こっちが聞きたい。お前寝てたのか?バッグあるのに危ないだろ?」
 
今日のハルヒは昨日持っていなかった可愛らしいバッグを持っていた。大きめというわけでもなく、だがそれなりの量が入る大きさだ。
 
『あたしいつの間に…今何時?』
「…一時三十五分だな。あまりに眠いようなら帰るか?」
 
急に寝られたりしたら困るからな…てかコイツは昨日もあの後また何か分からないような事を頑張っていたのか…
するとさっきまでのトロンとした目を一新して、大きな瞳がこぼれ落ちそうなぐらいに目を大きく見開いた。
 
『だ、大丈夫よ!ほら!ちゃんと起きてるじゃない!?』
「ほ、本当か?あんま無理することないぞ?」
『へ、平気よ!ホラっ!いくわよ!』
 
強引に俺の手を引き歩き出した。いつものハルヒだ。これなら大丈夫だろう。
しばらくハルヒに連れられ、聞いてみた。
 
「今日は何するつもりなんだ?」
『とりあえずはまた昨日の街に行くわよ!』
 
俺の手を引きながら、駅への道をずんずんと前に進んでいく。
 
「なんでまた街なんだ?昨日に引き続きまた買い物か?」
『違うわよ。今日は普通に遊びに行くのよ!不思議探索は休み!』
 
クリスマスだからか?行事事には不思議はないとでも思っているのだろうか?逆にありそうだが。
 
さて…昨日のアレをいつ渡そうか…いきなり初っぱなから渡すのは雰囲気とか無いだろう。まぁ雰囲気気にする必要は無いのだが、いきなり渡されたらキレられそうだ。
 
昨日に引き続き、街へと向かう電車へと乗り込む。昨日に比べ、人が多かったため、ハルヒを座らせ、俺はその前でつり革に掴まっていた。
一応電車内でのマナーとして、その中での話は控えた。俺は善良な市民で、お人好しだからな。まぁ自分が嫌な事は自分ではやらないと決めているだけだが。
 
街に着き、そこへと降りる人波の中をはぐれないように手をつかみ合い俺達は流されていく。
ハルヒの体調の尋ね、大丈夫と答えた。そして手を繋いだままそのまま駅を出る。もう手を普通に繋ぐのも慣れたものだ。昨日が初めてだったのにな。何故かコイツの手は安心が出来る。
 
駅前には人が溢れていた。電車の中の状況を見てもわかった事だが…もう見渡す限りカップルカップルカップル…さすがクリスマス。
他の事はどうでもいいが、こういう行事にはしっかりと食いついて来るのが現代っ子ってやつだ。
 
ハルヒはその様子を見て何を感じたかは解らないが妙にしんみりしている。やはり眠いのか?…最近のハルヒはわからん。
大方笑っているなら何か企んでいるときか本当に楽しんでいる時で、怒っている時はそのままで…大体はその表情に合ったことを思っているはずだ。どうも解せん。
 
「本当に大丈夫か?お前…」
『大丈夫よ…さぁっ!行きましょ!』
 
その顔は今日やっとハルヒらしい顔だった。だけど最初のどこか思い詰めたような顔は…?
 
ハルヒが何も言わずに連れてきたのは映画館。そこへ入っていくカップルがやはり目立つ。ええい忌々しい。見せつけてるのかお前達…
 
でも俺らもはたから見れば…カップルってやつか?一応手繋ぎっぱなしだし…この日だしな。だが実際は…ってやつだ。それこそ勘違いした奴がハルヒの手により大変な事になる。
俺は…少し勘違いされて欲しいかな?今は、な。なんか悔しいだろ?知らん奴らに見せつけられて。ハルヒはそんな事気にしないだろうが。
 
「そういえば…何観るつもりなんだ?」
 
ハルヒに気になる事を尋ねた。まさかカップル自慢を見に来た訳ではないだろう。ハルヒにとっちゃ恋愛は精神病の一種だ。…そういえばそんな事言ってたな。
 
もう出逢ってそんな経つか…時の流れは早い。あそこでお近づきになろうとしたのが分岐点になるのか?
それとも規定事項とやらでハルヒと俺は必ずやこういう事になる運命だったのか?そこらはまた後で朝比奈さん(大)に聞こう。…多分また会うことになるだろからな。
 
そう過去を一瞬で走馬灯のように振り返っているうちに、ハルヒは応えた。
 
『コレを観るのよ!』
 
そう言って映画のタイトルの看板の一つを指差す。これは…最近テレビでよくやっているな…大ヒットらしく、なんでも既に放映期間が延長が決まったらしい。
だが…コレって確か…らぶすとーりってやつじゃ?
 
「ハルヒ…お前時代に乗り遅れたくないタイプか?」
『何言ってんの?むしろみんな同じようなことのはつまらないじゃない!だから私は私の道を行くわ!』
「それじゃ…何故にこの映画にお関心をお持ちになられたのでしょうか?」
『なんで敬語なのよ?』
「まぁそこら辺はいい。なんでまた?」
『なんでって…その…いっ、いいじゃない!前にも言ったじゃない!一時の気の迷いだって!』
「はぁ?映画観ることが一時の気の迷いなんて言ったか?」
『違うわよ!違うけど…それでいいわよもう!バカキョン!』
 
そう言うと一人で席があるほうへと進んでいってしまった。やれやれだ。なんの事だか…
 
俺は途中またコーヒーを2つ買い、ハルヒのもとへと向かう。最近コーヒーばっか飲んでいる気がするな。
ハルヒはブスッとした顔でそっぽ向いている。何故かご機嫌がいかほど優れないようですね。とりあえずハルヒのもとにコーヒーを置き、隣へと座った。
 
周りを見渡す限りのカップル。なんか本当に古泉以上に嫌みったらしい奴らだ。
俺は彼女というものを憧れなかった訳ではない。出来れば…みたいな部分はあったのだ。
 
だがなかなか上手くはいかんよ…谷口並みには手を出せない俺だからな。
 
まぁその谷口もまともに彼女なんぞ出来たことは無いのだが。現実は厳しいな…なぁ?谷口よ。
 
そうこう考えているうちに、劇場が暗くなってきた。
 
軽いCMの後に本編が始まった。ハルヒを見ると、俺が買ってきたコーヒーを両手に持ち、すすりながら画面を見つめていた。俺も同じように時々コーヒーをすすりながら映画を観ていた。
 
主な舞台は今日、クリスマスのようだ。そこまでに繰り広げられる雪をも溶かす程の純愛ラブストーリー。ベタな筈が何故か人気をはくしている。
てか…観てて思ったのだが…どことなく関係が俺達に似ているような…やっている事も似臭いぞ…?流石に寝ぼけて飛びかかってくる事は無いが。
 
気のせいだ。流石に自意識過剰だろう。実際の俺達を見て映画になる訳がないだろう。…いや、あの不思議現象とかはいいSF映画だな…実際、そう思った時期もありました。
 
最後、クリスマスプレゼントを交換する場面があった。女の方は手編みのマフラー。うん、ありがちだ。
一方男の方は指輪をプレゼントしプロポーズ。…俺はプロポーズする必要は無いよな…何度も言うがそんな関係じゃないしな。
そして抱き合い、キス…でエンドロールが流れた。
 
ちゃっかり全部観てしまった。なかなか面白かったかもしれない。人気があるのもわかる気がするな。映画の知識がないからほとんど知ったかだが。
 
そういえばハルヒは…少し予想は出来ていたかもしれない…なにせ暗くて、そして映画の音以外は静かだ。俺も本来はよくやっていたものだ。今日はよくもったと思う。
 
ハルヒは静かに寝息をたてて眠っていた。それも幸せそうな顔で。…どうするかなぁ~?起こすにも起こせないなこの顔じゃ…
だが起こさないとそろそろ次の上映が始まる。物凄く忍びないのだが、起こさなければ…
 
「おい、ハルヒ。終わったぞ。」
 
肩を揺すってみたが、全く反応は示さない。次の上映を観るべく、観客が続々と集まってくる。流石に二回連続なのは法律的や自分の精神的にも厳しい。
 
…一瞬とんでもない事を考えてしまった…だが…この方法なら難なく脱出は出来る。だが…羞恥プレイが再発する。
…一回脱出口を考え出してしまうと、しばらくはそれ以外の案は出てこないものなのだ…刻は一刻を争う。…逝くしかないか…いざ天国への昇天だ…
 
俺はハルヒの両腕を持ち上げ、俺の首を掴ませるように持っていき、ハルヒの体を俺の背中に乗せた。…つまりおんぶだ。
 
我ながら思う。なんでこんな事が考えついたのか。それは今までの妹の経験則からだ。妹がどこかで遊び疲れると、よくおぶったものなのだ。
確かにタイプ的には妹とハルヒは似ている。テンションが高く、やたらと振り回した挙げ句、疲れて寝るパターンだ。最終的にとばっちりを食らうのはお人好しである俺なのだ。
だからといってだな、同い年であるハルヒを、妹扱いでおぶるというのは…もう少し時間があれば違う考えが思い浮かんだかもしれない。だが…もう手遅れだ…
俺はハルヒをおぶって颯爽と映画館を後にした。
 
外は既に暗くなっていて、クリスマスならではのイルミネーションが施されている。街は明るく輝いていて、とても幻想的に思えた。
もちろんだが、そこら辺には人が沢山いて、俺は物凄く恥ずかしい。なのでどこか休める所でハルヒが起きるまで待つ事にした。
 
そこで俺が向かったのは公園。公園の中心には、大きなクリスマスツリーが眩い光を放っていた。そこの人気の無いベンチに行き、ハルヒを横にした。
 
ハルヒめ…俺をこんなにも羞恥プレイに巻き込みやがって…何か仕返ししてやろうか…
 
『あんた、バカじゃないの?』
 
仕返しを考えているうちに不意を突かれた。
 
「お前…まさか起きてやがったな?」
『当たり前じゃない。映画ちゃんと観たかったもの。映画代は無駄にはしないわ。』
 
ちゃっかりしているな…コイツは…
 
「お前なんで起きなかったんだよ!」
『あたしが起きなかったらあんたがどうするのかなって思ってたら…何あれ?あたしスッゴく恥ずかしかったじゃない!』
「俺の方がすっごく恥ずかしかった!」
『それはあんたが自分でやったんじゃない!なんか道行く人に見られてるし…あたし、あの視線で死ねたわね。』
 
俺も一度、お前の羞恥プレイのせいで死にかけたんだが…自分でも情けないから言わないが…
 
「…なんでその時になって起きようとしなかったんだよ?」
『それはっ!その…背中があったかそうって思ったから…何か不満はある?』
 
俺が言いかけようとした言葉を遮って『寒かったのよ!』と付け加えた。そこで改めてさっき言おうとした言葉を言う。
 
「…お前がそんな格好してきているからだろ…」
 
ハルヒの今日の服というのは、雪を想わせる白が基調となっている服だった。
白のファー付きミニジャケットと同じく白のミニスカート。白い肌を大胆に見せている。ちなみに俺が少し足フェチなのは秘密だ。
 
「こんないつもよりも寒い日にそんな寒そうな格好せんでも…」
『これ、昨日買ったのよ。今日のために買ったんだから!』
「今日のため?なんで今日のためにわざわざ?」
 
俺がそれを言うと、ハルヒはやたら大きく溜め息を吐いた。白い息が大きく膨らむ。
 
『…あんたがバカなのはよく分かったわ…どう?似合ってる?』
 
何がどうバカなのかは置いといて…あぁ…嫌ってほどに物凄く似合っている。白い服を身に纏ったハルヒはまるで天使のようにも錯覚出来た。
だがそんな言葉をバカ正直に言えるはず無い。とりあえず口を濁して聞こえないぐらいの声で言ってやった。
 
「あぁ…可愛いと思う…」
『ちょっ…バカ!なに恥ずかしい事言ってんのよ!』
 
そう言って俯く。よくは見えないが、頬が紅潮して大変な事になっている。多分俺も同じ状況だ。
そうか…コイツは地獄耳だったな…忘れていたよ…それのせいでコンピ研の方がドロップキック喰らったじゃないか…
 
しばらく無言に時が流れる。ハルヒは俯いたまま、俺はハルヒを見て考えていた。
 
今日のためにか…今日はもとから俺と過ごすことがハルヒにとって規定事項だったわけだ。そして今日は年に一度の聖なるクリスマスイブ。
 
…なる程ね。なんとなく読めたね。ハルヒもクリスマスを少しは意識したわけだ。なら少し催促したら何か貰えそうだ。俺があげるのだ。ハルヒから貰ってもいいはずだろう。
 
「ハルヒ。今日は何の日か分かるか?」
『へっ?わ、分からないわね。何の日でも無いでしょ?』
 
ハルヒはそっぽ向きながら言う。何を隠す必要がある?
 
「嘘付け。こんな有名な行事、このお前が分からない訳ないだろ?何を隠してんだ?」
 
ハルヒはうっ、とした顔で俺を見る。たまにはハルヒをからかうのも楽しいものだ。
 
『あっ、あ~あ!きょ、今日はクリスマスイブだったわね!すっかり忘れてたわ!』
「白々しいな?さて…俺ら子供達はこの日には何か貰うことになっているな?サンタクロースが子供に夢を与える訳だ。
だが実際は本物のサンタクロースというのは少なくともここ日本にはいない訳だが、それでも子供達は誰かしらにプレゼントを貰っている訳だ。」
 
「そして俺は今子供として、サンタからクリスマスプレゼントが欲しい訳だ?そのサンタさんとやらはここら辺には居ないのかな…?」
 
俺は古泉並みの遠回しでプレゼントを催促した。いざハルヒはプレゼントを用意してあるのか。無かったら俺がやった後で催促してやる。しっかり利子をつけて返してもらおう。
 
『ば、バカじゃないの!?サンタなんているわけ無いじゃないの!』
「ほう?宇宙人、未来人、超能力者がいるのを信じているのにサンタは信じないと?」
『そ、そうよ!誰があんな白い髭生やした中年オヤジの事なんか信じるの!』
「まぁさっき言ったように本物のサンタは少なくとも日本にはいない。
だが子供達にとって、プレゼントをくれる人がその人にとってのサンタクロースだ。それが家族、友人…団長でもな?」
『な、なによ!そもそもあんたもう子供っていえる年でも背格好でもないでしょ!?』
「いいや俺はまだ大人になる気はないね。前CMでやってたろ?ずっと子供でいたい、ってな?」
 
いや実に愉快で仕方がない。こういうハルヒが戸惑って焦っている顔を見るのがいや愉快で愉快で。
 
『あんた…性格悪いわよ?』
 
いやいやハルヒさん。俺ほどのお人好しは今世紀最後の遺産としてもう規定事項ですよ?
 
そして何やら昨日には無かったバッグの中身をガサガサと探り出した。そしておもむろに簡単な包装が施されたものを無言で俺に突きつけた。
 
「何だろうね?これは?」
『…あんたがそんなにうるさいから餌で手懐ける事にしたのよ!』
 
餌で手懐けるって…俺の扱い酷すぎるよな?そんな事は今に分かったことでは無いのでハルヒから貰った物の包装を丁寧に剥がしていった。
出てきたのはやけに凄く丁寧に出来ているマフラーだ。長さは普通のロングマフラーの約1.5倍ぐらいか?これなら二人分ぐらいのマフラーになりそうだ。
 
それをずっと眺めていた俺に、
 
『あたしの手作りなんだからね!上手に出来ているでしょ!大切に使わないと死刑よ!』
 
ハルヒがそっぽ向きながら言った。確かに店に出ているマフラーなのかを錯覚させるぐらいの素晴らしい出来だ。とても一般人が作ったとは思えない。
 
手作りということでやっと理解した。今までハルヒが頑張っていた事というのはこの事か。いつも寝不足で学校で寝ていたのは夜中までこれを作っていたのだろう。
 
それに気付くとこのマフラーがやたら有り難く思えた。実際値段からいえばそんなにかかっていないかも知れない。だが、その中身には値段に変えられないような物が詰まっている。
 
それこそ俺が古泉の金で買ったこの指輪なんて比べモンにならないぐらいに。
 
「ハルヒ。」
『な、なによ?』
「ありがとう。本当に大事にする。だがそれで寝不足になって体を壊したら元も子もないだろ?」
『しょうがないじゃないの!間に合わないかも知れなかったんだから!でも…ありがとう。喜んでくれて…』
 
最後の方の言葉はよく聞こえなかったが、なんだかハルヒの言っている事が読めるように分かっていた。
 
『それでキョン!』
 
顔が紅くなりながらもいつものやたら明るい笑顔で言う。
 
『あんたもモチロンあたしのサンタクロースになってくれるのよね?いつか言ったわよね?ちゃんとお返しはしないとって!』
 
ハルヒの言ういつかというのは、今週始めの月曜日。ハルヒが俺からプレゼントを貰った事があるかと尋ねた時だった。
…コイツにそういう思惑があったなんて今この時まで一切気付かなかったぜ…貰って嬉しいか聞いたのも俺の気を遣っての配慮か?
 
もし俺がプレゼントを貰うのが大嫌いだったら、さすがのハルヒでさえ悲しむであろう。というかそういう奴はいないだろう。いたらなんて贅沢な野郎だ。ドロップキックを喰らわせてやる。
 
さて…ここはハルヒを少しだけ弄んで、キリのいいところで渡すとするか。仕返しだ、今までの。
 
「残念ながら俺は本当に貰えると思ってもなくてな。お返しを用意していないんだ。まぁそもそもハルヒにやるプレゼントなどない。」
 
ちょっとこれはキツいか?大丈夫だろうか?特に古泉辺りが。
 
『な、なによその言い種!あたしがせっかくあげたのに…せっかく…頑張って…』
 
まだ一言言っただけなのにこれじゃ…流石に俺の良心というか…色々心が痛む。ハルヒの泣き顔を見るのは本望では無いのだ。
 
「まぁ確かにハルヒにやるお返しなどは無い。」
 
ハルヒはずっと俯いて肩を揺らす。ヤバいな…なんでこんなダメージ効くんだ…
 
「だがな…俺がお返しするのはSOS団の団長にならある。」
 
ハルヒが顔を上げる。その大きな瞳は今にも涙が零れ落ちそうなくらいに溜まっている。
 
「散々俺を使ったり、色々巻き込んでくれるお礼だ。有り難く受け取ってくれ。」
 
俺はコートのポケットから例の物を取り出す。
 
ハルヒは俺の顔と俺が渡したお返しを交互に見る。色々状況を理解していないみたいだな。なんかダメージが効きすぎたみたいだ。
 
「まぁ開けて見ろよ?団長様?」
 
ハルヒは包装を豪快に破る。もう少し丁寧に包装してもらったんだから綺麗に剥がしてくれよ…
 
『何…これ…』
「見てわかるだろ?指輪だ。残念ながらサイズは解らないから勘だ。是非今付けてみてくれ。」
 
言われるがままに指輪を取り出し、右薬指にはめてみる。
 
『あ…ピッタリ…』
 
俺は内心胸をそっと撫で下ろす。俺の勘も凄いもんだ。宝くじ買えば当たるかもしれない。
 
「そりゃ良かった。その黄色のトパーズが正にお前のイメージカラーだろ?だから買ってみたんだ。」
『……り……う…。』
「なんだって?」
『…あ……が……う。』
「よく聞こえん。もっとはっきり喋ってくれ。」
『ありがとうって言っているのよ!このキョンのクセに!』
「感謝するならもっと素直に感謝して欲しいものだね?」
『うるさいわよ!キョンのクセに!このバカキョン!アホキョン!』
「散々な言われようだな…やれやれ…」
 
『ねぇキョン!』
「今度は何だ?」
『あんた、神様って信じる?』
 
信じるも何も古泉曰わくお前が神様じゃねぇかよ。
 
『あたしは信じてなかったわ!あたしをなんでこんな平凡な人間に生まれさせたの!ってね。なんなら宇宙人とかに生まれられたらどんなに楽しいだろうか…
だけどね!あたしは今なら神様を信じてもいいの!なんだってあたしの願いを叶えてくれたんですもの!』
「俺は信じたくなかった派だな。色々ありすぎてな…だがハルヒがそんなに言っているんなら信じてみてもいいかな?」
 
『そうね!きっと願いを言えばサンタが神の代行者となって願いを叶えてくれるわ!さぁあんたの願いを言ってみなさいっ!』
「何もお前の前で口に出して言う必要は無いだろう?」
『いいえ!団長として団員の願いは聞く必要があるの!』
「なんだそりゃ?訳分からんな…まぁそうだな…強いて言えば願いは…」
『願いは!?』
 
顔が近い。とにかく近い。物凄く近いぞ。慣れているとはいえ少しは恥ずかしいぞ。
 
「ハルヒ。お前に任せる。」
『…は?』
「俺は思いつかないんでな。ハルヒに任せる。俺の望みとしてハルヒの願いをもう一つ神様に聞いて貰おう。」
『あんたも欲が無いわね…本当にいいのね?』
 
「あぁ。叶えてくれるかは保証しないがな。」
『それじゃあ…これにするわ!』
 
ハルヒは大きく深呼吸をする。目一杯に息を吐き出して、さらに大きく息を吸う。
 
『どっかのバカがいい加減あたしの想いに気づきますように!!』
「…………は?」
 
今度はこっちが呆気にとられた。それをいい終えたハルヒは今までに無いぐらいのとてもいい顔で笑った。思わずドキッとした。
 
「どっかのバカね…どういうバカなんだろうね?」
 
これを言った俺の心境は複雑だった。好奇心?…違う。なんとも言えない感情が渦巻いている。嫉妬にも似た感情…
何故嫉妬なんだ?ハルヒの想いが誰に向けられているか…気になるが…聞きたくも無い。なんだろうね?これは…
 
『そうね…じゃあヒントを出すわ!分かったら早押しで答えるのよ!最初のヒント!男だけど男じゃないかもね!』
「なんだそりゃ?ニューハーフか?」
『違うわよ!いつもは男らしい一面が無いのよ!でも…確かに頼りがいがある時は男らしいというか…格好良く見えるかな?これ二つ目のヒントね!』
「そりゃ大層中途半端な奴だな。だがそれだけじゃ分からん。」
 
俺はここで分かって正気でいられるのだろうか…解らない。この気持ちと共に。
 
『それじゃあ次のヒント!バカでマヌケでアホね!』
「ほとんど同じじゃねぇか。てかなんでそんなのを?」
『あたしが聞きたいくらいね!いつの間に…ううん。多分最初からね。まだ解らない?』
「これで分かったら俺は宝くじの当たりがわかることになるぜ?」
『ふうん。じゃあ次!顔は…普通過ぎるわね。マヌケ面だけど、時には格好よく見えるの!』
 
ハルヒはそんなのが好みなのか?やはり変人というか…なんとも言えないね…胸が痛む。何故?
 
『まだ解らないの?本当にバカね!次は大ヒント!約八ヶ月の高校生活で一番あたしの側に居てくれたわね!文句も嫌みったらしく言いながらちゃんと付いてきてくれたわ!』
 
一番ハルヒの側に?我ながら自分の事ではないかと思ってしまう自惚れさをどうにかしたい。だが俺の知らないところでハルヒに関わっている奴がいるのかも…
 
『何黙りこくってんのよ!もう最終ヒントね!これで解らなかったらあんたを死刑とするわ!一度しか言わないからちゃんと聞きなさいよね!?』
 
ハルヒはまた深呼吸をする。肺一杯に空気を溜め、ゆっくりと吐き出すように優しく言った。
 
『今日、あたしは本当の嬉しさを教えてくれた。どこか意地っ張りで、素直じゃないけど…あたしを心配してくれて…優しくて…背中が暖かくて…』
 
えっ?今日?今日ハルヒは俺とずっといたから他の奴とは…止めよう。
やっと気づいた。俺の今までにの謎の心の痛みが無くなった理由。それはハルヒがこんなにも俺の事を知っていてくれた。そしてこんなにも想っていてくれた。
どこか素直じゃないっていうのもわかってくれていた。それが嬉しくて…安心と嬉しさと…限り無い愛おしさが俺の心を満たしてくれた。
 
『あたしのサンタになってくれて…そのプレゼントが凄く嬉しくて…今、あたしの側に優しく居てくれている人。…これで解らないなんて言ったら…っ!?』
 
俺は強くハルヒを抱いた。もう一生何があっても離れたくないから…この小さな体がとても愛おしすぎたから…
 
『…キョン?答は?』
「…俺って受け取っていいよな?」
『ブブぅ~!ハズレよ!』
 
えっ…俺はハルヒから思わず離れる。心の痛みがさっきより強さを増して戻ってくる。
 
『正解わね…?SOS団の第一号団員であり、雑用係り…改め!団長の永久名誉彼氏であることが確約されたキョンよ!』
 
ハルヒは最高の笑顔で言った。はぁ…やれやれ…
 
「同じだろうがバカ。」
 
もう一度ハルヒを抱きしめる。こんなにも人というものが暖かくて愛おしい。そんなのを教えてくれた。
 
『このお願い、サンタは聞いてくれるのかしらね?』
「…あぁ。喜んで聞いてくれるさ。」
『じゃあ…早く叶えてよ。』
「あぁ!指輪を一回貸してくれないか?」
 
そう言われると、ハルヒは右薬指に填めていた指輪を外す。
『ねぇ?知ってた?右薬指に指輪を填めると恋を叶えてくれるのよ?』
「そうか…なら…次はこっちだな。」
 
俺はハルヒから取り上げた指輪を左薬指に填めた。ハルヒが俺の顔を見つめて笑っている。最っ高に可愛いぞ。
 
「ハルヒ…俺、ハルヒの事を愛してる。一生一緒に居てくれ。」
『嫌よ!一生なんて言わせないわ!死んで天国にいっても、ずっとずっ~と一緒なんだから!』
 
…ハルヒらしいよ…死んでもハルヒのとんでも行動につき合わされなきゃならないのか…だが俺はそれに喜んで付いていくね。そうじゃないと俺は俺じゃないからな。
 
ハルヒは言ったじゃないか。団長様の永久名誉彼氏だってな…その役割は絶対に俺以外には渡すもんか。誰であろうとな!
 
『ねぇ?一般的に指輪を渡した後にする事ってない?』
 
俺は今回は直ぐに何か思いついた。だがな…いくらなんでも恥ずかしいものは恥ずかしいんだ。ここは少しとぼけてみよう。
 
「さて何の事やら?てかお前は普遍的なのを嫌うんだろ?」
『それは普通っていうわけじゃないの!人によって何もかもが違うのよ!それともあんた逃げるの?』
 
ハルヒがケラケラ笑っている。コイツ、わかって言ってるな?しゃあない…腹括るか…丁度俺もしたかった所だ。
今回は誰かに命令されたわけじゃない。俺が望んだ事だ。恥ずかしくて倒れる事は無いだろう?二人きりだしな。
 
俺はハルヒの顔に少しずつ近づく。ハルヒも目を閉じる。俺も目を閉じる。
………距離が0になる。
長い、とても長い間キスをした。とうとう息が続かなくなり、唇同士を離す。
 
『実はね…これキョンとした三度目のキスなのよね。』
「?俺にとっては初めてだが?」
 
実際はあの閉鎖空間での事も合わせ二回目だ。ハルヒも一度目のキスはそうだろう。
 
『最初の二回は夢の中で。一度目は不思議な世界の中で…あんたがポニーテール萌えとか言った後に。』
 
俺は今更になってその事が恥ずかしすぎて発狂しそうだった。いっそ殺してくれ…
 
『二度目はあの学校でのあたしが寝てた時よ。だから多分寝ぼけてあんたに白昼堂々とやっちゃったのよね。』
「バカか。夢と現実ぐらい区別をつけろ。」
『いいじゃないの!夢見る少女は可愛いもんよ?」
「はいはい。そうですね。」
『もっと誠意を込めて言いなさいよ~!』
 
ハルヒは頬を膨らます。死ぬほど可愛い…思わず倒れそうだ。
その頬を指でつつくと空気が抜ける。そしてまた膨らます。可愛い過ぎる…俺は飽きずにずっとその作業を繰り返ししてた。
 
『あんた何回やる気よ?』
「いや…思わず可愛い過ぎてな?」
『もう一回!』
「ハルヒ。可愛いぞ?」
『もっと!』
「可愛い過ぎてもう一回キスしたくなったな?」
『何それ?まぁいいわ。許可して……』
 
許可を受け取る前にハルヒの唇を塞ぐ。ヤバい。俺、ハルヒ中毒だな。まさに毒されているよ。これのワクチンなど無いんだろうな…
 
『ぷはぁ…ちょっと…!あ…ほら!雪が降ってきたわよ!』
 
空からしんしんと降る白い結晶は光眩いものを纏って俺達のもとへ降り立った。
 
『ホワイトクリスマスね!正にあたし達に相応しいわ!』
「あぁ…そうだな…」


 
今日の分厚い雲は雪雲か…ありがとうよ神様、キリスト様、サンタ様。俺はあんた達に感謝しているよ。



 
とびっきり最っ高のプレゼントだ。



 
そして…それ以上の喜びをありがとう。



 
ありがとう…ハルヒ…





 
『ねぇキョン?あたしの作ったマフラー、なんでそんなに長いか判る?』
「さぁてね…判らんね。」
『こうするためよ!』
 
そういってハルヒと俺の首にマフラーをかける。本当にこうやるためかよ…かなり恥ずかしいが倒れないように慣れないとな。



 
そうして俺達は歩き出す。どこへ?さぁてね?俺は団長様の専属のお人好しなんでな…団長様がやりたいように付いていくさ。
 
それが俺の望みだ。俺の願いだ。昨日言ったよな?願わくばハルヒに最高の幸せを…ってな。
 
それがそのまま俺の望みであり、神様、キリスト様、サンタ様はその願いを叶えてくれた。
 
文句のつけようのない最高の仕事をしてくれた。ありがとう。本当にありがとう。






 
「なぁ?お前は今、幸せか?」



 
そうしてハルヒはどんなものよりも可愛い、最っ高で最上の笑顔で言うのさ…



 
『もっちろん!幸せ、よっ!!』



 
Happiness!
HAPPYEND!



 
Happiness!<長門有希の感情>
 
オマケ?一応続きです。
 
「涼宮ハルヒの精神的安定が確定。」
『やりましたか…今まで長かったですよ…まったくあの人はどんだけ鈍感なんでしょうね?僕の気持ちも知らずに…』
「あの~?それは心配も知らずにって事ですかぁ?それとも古泉君もキョンくんの事を…」
『さぁ?それも今となってしまっては叶わぬ思いですよ。』
「…古泉一樹を敵性と判断。情報連結を解除を申請する。」
『長門さん…あなたは何を…アーーーーーーーッ!!!!?』
「古泉一樹の存在の消滅を確認。随時記憶の修正を施す。」
『長門さん!?』
「あなたは何も知らなかった。いい?」
『はっ、はぃぃぃ!』
「そう。」
『でも私が涼宮さんにマフラーの編み方を教えたからこういう関係になったんです!本当は私がキョンくんに渡したかったのに…ぐすっ…』
「…………」
『でも私諦めません!涼宮さんに負けません!って!?』
「朝比奈みくるの敵性と判断。情報連結の解除を申請する。」
『な、長門さん!?ひぇ~~~~~………』
「朝比奈みくるの存在の消滅を確認。随時古泉一樹同様、記憶の修正を行う。」
 
「……………」
「彼は…私のもの…でも…叶わない…叶えられない…叶えたい…」
 
文芸部室に一人佇む少女の目には「涙」という感情が溢れていた。
 
「………何故?エラー。バグを消去…出来ない…」
 
涙は止まるところを知らずに次々と頬を伝う。
 
「………私は彼が好き………でもこれは禁則事項。決して許される事は無い。………この思いは………」
 
雪の降るこの日。あるアンドロイドではない。一人の少女として独り涙を流している。
 
「………ずっと………彼を………好きで………いいですか?」
 
「………神様は………私を………許して………くれますか?」



 
長門有希の感情
END
 

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最終更新:2020年12月18日 15:00