今俺はハルヒを膝枕している。なんでかって?そりゃあ子供の我侭を
聞けないようじゃ大人とはいえないだろう?まあ俺はまだ自分を大人だとは
思っていないし、周りもそうは思っていないだろう。ただ、3歳児から見れば
俺だって十分すぎるほど大人なのさ。ああ、説明が足りなすぎるか。つまり
こういうことだ。
 
ハルヒは3歳児になっていた。


 
ことの発端は10時間程前のことだ。休日の朝8時と言えば大半の人間が
「いつ起きてもいい」という人生でもトップクラスであろう幸せを感じつつ睡眠
という行為に励んでいると思う。俺ももちろんそうである。しかし、俺の幸せは
一人の女によってアインシュタインが四則演算を解くことよりもあっさりと瓦解
された。携帯電話がけたたましい音をあげる。携帯よ、今は朝なんだ。頼むから
もう少し静かにしてくれ、という俺の願いは不幸にも全く叶えられることはなく、
俺は諦めて携帯に手を伸ばした。溜息をつきながら液晶を見ると思ってたとお
りの名前がそこに映し出されていた。言うまでもなくハルヒである。
 
「キョン!出るのが遅いわよ!」
さすがハルヒだ。休日の朝だというのにこのテンションである。しかも怒っている。
「ああ、すまない。寝てたんだ」
謝る必要性は全くないが、一応謝っておく。こうした方がこいつも大人しくなるだろう。
俺も大人になったもんだ、などと考えているとハルヒが言葉を続けていた。
 
「まあいいわ、それよりキョン。今日寒いと思わない?」
比較的早く怒りがおさまった--もともと怒ってなどいなかったのかもしれないが--ハルヒが
そんなことを言う。
「ああ、そりゃもう12月だからな」
寒くもなるってもんさ。と言ってからもう12月なのかと考える。あと4ヶ月で朝比奈さんが
卒業か・・・あの天使に会えなくなると思うと心を通り越して心臓が直接張り裂けそうだ。
 
ていうか先月の初めもこんなこと考えてたよな。いや、先々月も考えていた気がする。
「・・・ということで、皆でコタツを買うことになったから・・って聞いてんの!キョン!」
ああ、まずい聞いてなかった。また怒っていらっしゃる。ここは適当に流しておいた方がいいだろう。
「いや、ちゃんと聞いてたぞ。皆でコタツを買いに行くんだろ?で?それをどこに置くんだ?」
「だから有希の家に持ってって皆でぬくぬくするって言ったじゃない。やっぱり聞いてなかったようね。
団員としての自覚が足りないわよ。キョン」
いや、もう十分すぎるくらい自覚はあるわけなんだが・・・。まあハルヒから見ればまだまだ足りないの
だろう。そんなことより、今回のハルヒの提案が大して迷惑なものではなかったことに俺は安心して
いた。皆でコタツを買って長門の家で暖まろうというだけである。素敵とも思える提案だ。
「すまん。これから精進する。で?何時集合だ?」
「駅前に9時よ。即行で準備しなさい。じゃあね」
と言いこちらの返事も待たずにハルヒは電話を切った。相変わらずである。結局行くんだけどな。
俺に選択肢なんて始めからないのだ。
 
集合場所に着くと俺以外の面々は当然のように揃っていた。やれやれ、休日だというのに
ご苦労なこった。
 
「おはようございます。キョン君」
おはようございます。朝比奈さん。相変わらず反則的に可愛らしいですね。あなたに会えた
だけでも今日ここに来た意味があるというものです。などと俺が至福を味わっていると、
 
「遅いわよキョン!罰として買ったコタツはあんたが運びなさい!」
俺に指をさしながらそう言うと、ハルヒは近くの電気店の方にスタスタと歩き始めた。ハルヒよ、
お前は遅れなくてもどうせ俺に運ばせる気だったろうが。
 
「僕も手伝いますよ」
と、いつのまにか隣に来ていた古泉が相変わらずのさわやかな笑顔で話しかけてくる。
「ああ、すまんがそうしてもらえると助かる」
いえいえ、と言う古泉に、
「そういや最近閉鎖空間はどうなってんだ?」
ふと思ったことを聞いてみる。
 
「閉鎖空間ですか?全くと言っていいほど現れていませんよ。一番近いので3ヶ月前です。
これは今までの最長記録です」
なるほど、あいつもかなり落ち着いてきたんだな。3ヶ月前は何で発生したんだ?何かあった
のか?
 
「いえ、時間帯的に単なる悪夢でしょう。ふふ・・・心配ですか?涼宮さんが」
ニヤニヤしながらこちらを見る。うるせえな、ただ気になっただけだ。そんなくだらない嘘をついた
小学生を見るような目でこっちを見るな。
 
「やれやれ、あなたもそろそろ素直になった方がいいですよ?」
うるせえよ。そんなことより、
「長門」
俺に呼ばれて長門はいつもの無表情をこちらに向けた。
「お前コタツなんか部屋にあったら邪魔なんじゃねえのか?なんなら俺が持って帰ろうか?」
俺も部屋にコタツなんてあったら邪魔で仕方ないが、長門にだけ迷惑をかけるわけにも
いかんだろう。
 
「・・・大丈夫」
そこで一拍置き、
「どうにでもなる」
と、長門は続けた。そうか、まあ長門のことだ。使わないときはコタツをコンパクトにするだとか、
そういう反則的なことも出来るのだろう。だったら、長門のマンションに置いておいた方がよさそうだ。
 
「そうか、悪いな」
「・・・いい」
 
そんなことを話しているうちに俺たちは電気店に着いていた。ハルヒにいたってはもう中に入って
いるようで、入り口からでは姿が見えない。
「どうする?探すか?」
「いえ、その必要はないでしょう。なぜなら・・・」
「みんなー!集合よ!いいのを見つけたわ!」
見ればハルヒが電気家具売り場の方からこちらを呼んでいる。
「なるほどね」
「そういうことです」
 
結果的に言えば、ハルヒの選んだそれは当たりだった。値段の割にはデザインも可愛らしいし
--朝比奈さんも満足気だったしな--、大きさも5人が入っても問題のなさそうなものだ
った。もともとハルヒは物を選ぶセンスなどは抜群なのだ。
 
問題はこれを俺と古泉だけでどう運ぶのかということだったが、これは長門の力によって
あっさりと解決された。長門が買ったコタツに目を向けながらなにやらぼそぼそと言うと
コタツの重みが一切なくなったのである。このような光景--というか、現象というか--を
見ると、俺の周りは非現実的なもんで溢れかえっているんだなと改めて実感する。いや、
もちろんそれが嫌ってわけじゃない。むしろ楽しいと思っているほどだ。
 
さて、こうなってしまうと朝比奈さんでも片手で運べてしまうのだが、ハルヒの手前まさかそんな
ことをするわけにもいかず、俺と古泉はわざわざ「重いものを持っています」といった表情で
コタツを運ぶことになった。途中何度か、
「大丈夫?あたしも手伝ってあげようか?」
などと普段見せない優しさを見せんでもいい時に見せるハルヒの提案を、俺と古泉が笑顔で
かわすという行為を繰り返しているうちに俺たちは長門のマンションに到着した。
 
「さあキョン!組み立てなさい!」
「へいへい」
と溜息をつきながら俺はダンボールを開け始めた。こんな扱いを受けているというのに
なんでだろうね?全くいらつかないのだ。これが慣れというやつだろうか。だとしたら、
この習性は治したほうがいいのではないだろうか。などと思案している間に古泉の
手伝いもあってか、あっさりとコタツは完成した。まあ、元々組み立てるのが難しいもの
でもないしな。
 
「よし!じゃあ有希!あれ出して」
「わかった」
と、言いながら長門は台所に向かってスタスタと歩いていった。そして数十秒で戻ってくる。
両手には大量のみかんとスナックが抱えられていた。
 
「おいおい、随分準備がいいな」
「まあね皆には昨日のうちに言っておいたから」
だったら俺にも言っといてくれ。その方が心の準備が出来るってもんだ。
「だって、あんたどうせ暇でしょ?だったら当日に言えば済む話じゃない」
クソ、反論できないのが歯がゆい。ハルヒの言うとおり俺の休日にSOS団がらみ以外
の予定が入ることはほとんどないからだ。谷口や国木田も、
「キョンは休日も涼宮さんと一緒なんでしょ?」
と、誤解を招きそうなことを言ってきたりで、休日に俺を誘うということもない。つまりだ、
俺の休日に予定がないのはハルヒのせいでもあるわけだ。そんなことを知ってか知らずか、
ハルヒはもぞもぞとコタツに体を押し込めながら長門がテーブルに置いたみかんに手を伸ば
している。見れば俺以外はもうコタツに入っている。朝比奈さんに至っては、
 
「暖かいです~」
と、幸せに浸っている。となるとだ、まあここはハルヒの隣に座るのが自然だろう。いや、別に
他意はないぜ?一番近いからそこに座るだけだ。それにハルヒの隣ということを考えなければ
ベストポジションだ。なんたって真正面を見れば女神が居るからな。ちなみに長門は俺から見て
右、古泉は左の位置に居る。
 
「ちょっと!なんであんたがあたしの隣に座るのよ!」
近かったからだ。わざわざ遠回りするのも面倒だろ。
「まあいいわ・・・。結構大きいしね、このコタツ。それにしても暖かいわね」
そうだな。たまにはこういうのもいいよな。
 
「幸せです~」
と朝比奈さん。本当に幸せそうだ。あなたを見てるとこっちも幸せになってきますよ。
「そうですね。たまにはこんな日があってもいいでしょう」
古泉は俺と全く同じことを考えていたようだ。やめてくれ、微妙に気持ち悪い。
「・・・ぬくぬく」
見れば長門も上機嫌そうである。もうみかんの皮が6枚ほど長門の前に転がっている。
相変わらず素晴らしい食欲だ。
 
「むう・・・。でもこのまま何もしないのもつまんないわね」
そうか?俺は今日はこのままぼんやりしていたいがね。
「そんなじじくさいこと言ってると早く老けちゃうわよ?」
縁起でもないことを言うな。それにお前も子供じゃないんだから、落ち着けよ。
「ふん。童心をいつまでも持つことは大事なのよ。ね?古泉君」
「ええ、僕もそう思います」
お前は黙っていろ。このイエスマンめ。
 
「ああ、子供といえば。あんた子供に人気あるわよね?」
ハルヒはあっさりと話を変えた。割とどうでも良かったらしい。しかし、そうは思わんがね。
人気があるといっても。すぐに思い浮かぶのは妹とミヨキチくらいなもんだ。
「ええ~、でもあたしもキョン君は子供に好かれるイメージがありますよ?」
と、朝比奈さんが言う。朝比奈さんがそう言うならそうなのかもしれんと、俺のy=xのグラフ
よりも単純にできている脳は勝手に結論を出そうとしていた。
 
「ね?やっぱりそうよね。じゃあさ、キョン。あんたも子供が好きなの?」
なぜそうなる。
「だってやっぱり好きなものには好かれるじゃない」
「そういうもんか?」
「そういうもんよ」
「まあ、少なくとも嫌いではないな。妹も、特に3歳ぐらいのころはホントに可愛かったな」
言いながら、その時の情景を思い出す。
 
「ふふ」
「どうかしましたか?朝比奈さん」
「いえ・・・。きっといいお兄さんだったんだろうなあと思いまして。目に浮かびます」
もちろん今もいいお兄さんですけどね。と、朝比奈さんは付け加えた。
「あたしもそれに関しては同感ね」
おお、ハルヒに褒められるとは。これ以上光栄なことはないね。
「もうすこし感情を込めなさい。感情を」
「ばれたか」
「当たり前でしょ?ふわぁ~。なんか喋ってたら眠くなっちゃった」
「あたしもです~」
と、朝比奈さんもハルヒのあくびがうつったのか小さなあくびをした。
 
「眠っちゃいましょう。もう二人寝てるし、あたし達だけ起きてても仕方ないわ」
言われてからそういえば長門と古泉が全く話に参加していなかったことに気づいた
-いや長門に関してはいつものことだし、古泉も一度適当な相槌を打っていた気はするが-、
半立ちになりながらコタツの左右を覗き込むと本当に二人とも寝ているようだ。二人の
寝顔を見ながら、俺はなんだか安心してしまった。この二人はSOS団のことを信頼しきっている
のだ。だからこんなにぐっすり眠れるのだろう。そう思うと嬉しいというか喜ばしいというか、そんな
気分になる。
 
「あんたは寝ないの?」
「いや、俺はいいや」
大体二人で横になったらどっちみち俺は寝れねえよ。などという俺の思考はハルヒには届かないだろう。
「ふ~ん、じゃあみくるちゃんも寝ちゃったみたいだし。あたしも寝るわね」
正面を見ると、女神の姿が見当たらない。おそらくハルヒの言うとおり、お眠りになってしまわれたの
だろう。
 
「お菓子、一人で全部食べちゃダメよ?」
食べねえよ。ていうか無理だ。俺はお前や長門のような何回拡張パックをダウンロードしたかわからない
ような胃は持ち合わせちゃいない。
「じゃあ、おやすみ」
ハルヒはそう言いながら寝転がる。
「ああ、おやすみ」
俺はその後、何十分かはわからないが。結構長い時間ぼんやりとしていた。ただ、俺も眠かったのだろう。
頭をコタツのテーブルに突っ伏すとそのまま眠りについてしまった。今日は本当にいい日だ。おそらく面倒事も
起こらない。さっきも言ったが、こんな日があってもいい。


 
だが、俺のそんな思いは目覚めとともにあっさりと否定された。


 
「・・・起きて」
静かな、しかしどこか強制力のある声が耳元からする。
「・・・起きて」
 
二度目のその言葉で俺は目を覚ました。目の前に見慣れた無表情がある。長門だ。
「ああ、長門か今何時だ」
「13時」
そうか、まだ1時間しか経ってないじゃないか。だったらもう少し寝させて・・・、
「キョン!起きたのね!キョンもトランプしましょ!」
いつもの11倍ぐらい目を輝かせながらハルヒはコタツの向こう側からこちらを見ている。
しかもなぜか朝比奈さんの背中に抱きつきながら-いわゆる強制おんぶ状態だ-だ。
 
「おいおいなんだ?とんでもないテンションだな」
「聞いて」
長門が話しかけてくる。長門がこんなにも自ら口を開くことははっきり言って珍しいことだった。
だから、俺はなんとなく嫌な予感はしていたんだ。
 
「なんだ、どんな厄介ごとだ?」
「・・・おそらく涼宮ハルヒの精神は14年ほど退行している」
見ればハルヒがターゲットを朝比奈さんから、長門に変えている。長門はハルヒに背中から抱きつかれながら
無表情でそんなことを言っている。なんてシュールな絵なんだ。そしていつもながらとんでもない話だ。
 
「あ~、精神だけか?」
「・・・そう」
そりゃあ厄介だ。
「そう。厄介です」
と、古泉がそれに反応した。
 
「見た目も退行してくれていれば、もう少しやりやすかったのですが」
「ふふ・・・さっき古泉さん、涼宮さんに抱きつかれて慌ててましたもんね?」
朝比奈さんがそんなことを言う。
「いえいえ、そんなに睨まないでください。不可抗力ですよ」
古泉はパタパタと両手を振る。別に睨んでなどいない、まあ不可抗力なんだしな。
仕方のないことだ。若干もやもやするがそれは気のせいだ。
 
「長門よ、そのこうなった・・・」
原因は?と尋ねようとして俺はやめた。なんとなく推測出来るし、多分俺のせいだろう。
だったらそんなことをわざわざ聞く必要はない。
「いや、これは何時ごろ治るんだ?」
ハルヒは長門に抱きつきながらびょんびょん跳ねているため、長門の顔は無表情のままがくがく
揺れている。ハルヒ、やめなさい。長門の頭が取れかねん。
 
「確定は不可能。ただ長い時間はかからない」
そうなのか?
「・・・そんな気がする」
なるほど、それが長門の意見か。今は長門が意見を言うということもそこまで珍しいということでもない。
「僕もそう思いますよ。これは一時的なものでしょう。まあ、多少厄介ですが。みんなで遊んであげれば、
自然と元に戻るはずです」
 
「ああ、俺もそんな気がする」
「ただ、トリガーというかキーというか。そういうものがある可能性は否めませんが、それもおそらくは簡単に
見つかるでしょう」
言いながら、こちらを見る。期待していますよと言わんばかりだ。やれやれ、また俺が握っているのか?
そのキーとやらを。
 
「じゃあ、今日は皆で涼宮さんと遊びましょう!ね、涼宮さん」
「うん!」
と、ハルヒが朝比奈さんの問いかけに対して明るく可愛く答えている。今のハルヒに母性本能がくすぐら
れているのだろうか。朝比奈さんもまんざらでもなさそうだ。
「じゃあ、キョン!トランプ!」
太陽の笑顔をこちらに向けてトランプを手渡してくるハルヒに対して俺は、
 
「へいへい」
と、命令に従いトランプをシャカシャカと切り始めた。結局ハルヒの精神が幼児化したところで、俺の
ポジションが変わることはないのだ。
 
「あ!でもトイレ行きたい。キョン!ハルヒが帰ってくるまでに配っててね!」
そう言いながらトイレの方に歩いていった。どうやら記憶はあるらしい。そりゃそうか、俺の名前も覚えてる
しな。あとこの頃のハルヒは自分のことを名前で呼んでたんだな、可愛らしいこった。
 
「みなさん、提案があります」
と、古泉がなにやら喋りだした。
「これから多分数多くのゲームをすることになると思うのですが・・・」
そりゃそうだ、なんたって身体はそのままだからな。体力はものすごいだろう。
「ええ、ですが。そのゲームにおいてですね、涼宮さんを最下位にさせるということは出来るだけ
避けたいんです」
 
ああ、なるほどね。俺は古泉の言いたいことを瞬時に理解した。ほかの二人もそうだろう。
「確かにな、そんなことになったらもっと厄介なことになりそうだ」
「ええ、ただ彼女は勘がいいですからね。手加減しているのを聡られないようにしなければ
いけません」
そうだな、しかしまあ骨の折れる作業だ。
 
「仕方ありません。それに、こういうのも楽しいでしょう。僕は嫌いじゃないですよ」
確かに退屈はしなそうだな。その時、とたとたと足音が聞こえた。どうやらハルヒが帰ってきた
ようだ。
 
「あ!配っててくれたんだ!ありがとうキョン!」
と、俺にいつもより数割増しの笑顔を向ける。おいおい、勘弁してくれ。素直なハルヒなんて
俺の想像の範囲内には居ないんだ。俺が混乱しつつある頭を何とか正常に戻そうとしている
と、あろうことかハルヒはその混乱を増幅させる行為をとりやがった。すなわち、俺の脚の間に
ドスンと座ったのである。そりゃあもう堂々と、それが当たり前のように。
 
「おい、何をしている」
「キョン!イス代わりになって~」
ああ、うんそういうことか。でもな、朝比奈さんでもいいじゃないか。
「う~んそれでもいいんだけどさ、みくるちゃんちっちゃいんだもん」
と、言いながらこちらを見上げる。顔が近いよ、顔が。それと髪からものすごくいい匂いがする。
これはまずい、どう考えてもまずい。
 
「いや、でもな・・・その・・人をイス代わりにするのはあまりいいことじゃないぞ?」
俺は何とか平静を保ちながら-これは奇跡的なことだ、自分の精神力に感服するね-、
ハルヒに言い聞かす。だが、
「うう・・・キョンはいや?」
と、ハルヒに潤んだ瞳で見上げられれば「嫌だ」などと言えるわけがない。
 
「ええとだな・・・その・・・」
「わかった・・・。じゃあ古泉くんのところに・」
「ハルヒ!」
「ふぇ?」
「嫌じゃないぞ、全然嫌じゃない。だからここに居なさい」
もちろんこれは古泉の為だ。さっきも大分困ってたみたいだからな、そうだお前の為なんだ。
だから古泉よ、そんなニヤニヤ顔でこっちを見るな。朝比奈さんもそんなに優しい目でこちら
を見ないでください。
 
「え・・・?うん!ありがとう、キョン!」
そう言いながら思いっきり抱きついてくる。いや、だからそういうのはまずいと言ってるだろうに。
「あ~、ハルヒよ。前を向いた方がいいぞ。トランプがしづらいからな」
「あ、うん。ごめんね」
と、素直に前を向く。かくしてようやくトランプまでこぎつけた。これからおそらく何時間も遊ぶのだ。
それが終わる頃には俺はもしかしたら、死ぬんじゃないだろうか?そんなことを俺は本気で考えて
いた。










 
結論から言うと俺は何とか死なずにすんだ。勝因はなんといっても、
「キョンの身体かたーい」
 
と、言いながら朝比奈さんの方にハルヒが途中で移動してくれたことだ。それでも移動するまでは
トランプのババ抜きをしている時にハルヒが最初にあがると嬉しさのあまり俺に抱きついたり、先ほども
述べたのだがハルヒからやたらいい匂いがしたりと、俺のHPはもはや限界まですり減らされていた。
途中で朝比奈さんの方に行ってくれなかったら、間違いなく命はなかっただろう。その時に若干喪失感
みたいなものを味わったが、まあそれも気のせいに違いない。
 
それと、古泉の言っていた懸案事項も全く問題にならなかった。なぜって?そりゃあハルヒが
何をやらしても強かったからさ。元々3歳の割には語彙が多いなとかは思っていたが、頭の
回転の良さも昔からだったらしい。結局手加減どころか本気をだしても俺達がハルヒにかなうこと
はなく、終始1位と2位をハルヒと長門が取り合うという形でゲームは行われていった。ただ、途中
人生ゲームをする時は朝比奈さんに漢字や意味を聞きながらうんうんうなづいてプレイしていたから
4位になっちまったけどな。ちなみに最下位は古泉だ。もちろん、手加減などしていなかったが。
 
そうして楽しかった時間はあっという間に過ぎ、ハルヒの、
「ねむ~い」
の一言で4時間にも及んだゲーム大会は終わりを告げ、俺以外の4人はあっさりと眠りについて
しまった。ちなみにハルヒはといえばコタツには入らず、俺に膝枕をさせながら毛布をかけて眠りこけ
ている。
 
ここでようやく冒頭に戻る。俺はなんとなくハルヒの頭をなでていた。なあハルヒよ?楽しかったか?
今度起きたら元に戻っていてくれよ?子供のお前も好きだけど、俺はやっぱり・・・。俺がありえない
程恥ずかしいことを考えているとパチッとハルヒが目を開けた。ばっちり俺と目が合う。
 
「ハ・・・ハルヒ・・・?」
「ねえキョン・・・」
「うん?」
「キョンはハルヒのこと好き?」
え~とだな、このハルヒは子供の方のハルヒだよな?ああ、間違いないだろう。自分のこと「ハルヒ」
って言ってるしな。じゃあ、大丈夫だ。嘘をつく必要もない。ハルヒの頭をなでつけながら俺は出来る
だけ優しい声で言った。
 
「ああ・・・好きだよ」
「ホント?」
「本当だ」
「元に戻っても?」
おいおい、こいつわかってやってんのか?いや、まあ大丈夫だろう。ハルヒはこれを夢と処理するはずだ。
「ああ・・・元に戻ってもだ」
「ふふ、ありがとうキョン」
と、ハルヒは更に言葉を続けた。
「あたしも・・・好きよ」
 
!!驚いてハルヒの方を見るが、ハルヒはもう眠ってしまっていた。いや、さすがにこの早さで寝るのは
ガリレオ・ガリレイが天動説を唱えるくらいありえない。俺はおそるおそるハルヒの頬をつねってみるが、
何の反応もない。本当に眠ってしまったようだ。
「ふう」
俺はしばらく考えてから寝てしまうことにした。考え事なんてもともと俺の性分じゃないんだ。そんなもの
は古泉あたりにまかせておけばいい。俺はそう決めてかかると、眠りの世界に身を委ねた。
 
起きると、周りにはもう朝比奈さんと古泉の姿はなかった。右の方を見ると長門がみかんをパクついて
いる。お前、それ何個目だよ。
「長門、みんなは?」
「もう帰った。あなたたちもそろそろ帰った方がいい」
そうか、言われて時計を見れば確かにもう結構な時間である。これは帰った方がよさそうだ。
「ハルヒ、帰るぞ」
「ん・・・ううん」
 
そういいながらもそもそと起き上がる。
「え!うそ!もうこんな時間?どうして起こしてくれなかったのよ!」
どうやらもとのハルヒに戻っているようだ。なんとなくわかってたけどな、だからみんなも帰ったんだろう。
それよりお前はばっちり起きてたし、誰よりもはしゃいでいたぞ。
「いや、俺たちは全力でお前を起こそうとしたがどうしてもお前が起きなかったんだ」
「ホント?有希?」
「本当」
と、長門はゆっくり頷いた。
「そっか・・・」
なんだか少し寂しそうだ。
「すまん・・・無理矢理にでも起こせばよかったか?」
「ううん、いいのよ。ありがとね」
おいおい、元に戻っても素直なまんまか。勘弁してくれ。
「なあに変な顔してんのよ」
「いや、なんでもない」
そう言いながら、帰る準備を進める。さて、
 
「じゃあ、帰るか」
「そうね」
「じゃあな、長門。いろいろありがとな」
「いい」
「バイバイ有希、また来るからね」
「・・・わかった」
長門がゆっくり頷くのを確認してから俺たちはマンションのドアを閉めた。
 
帰り道、ハルヒがこんなことを言い出した。
「ねえキョン」
「なんだ」
「あたしね・・・変な夢を見たの」
やっぱりきたか、でもなハルヒそれは夢じゃないんだぜ。
「どんな夢だったんだ?」
なんとなく聞いてみたが、おおよそハルヒの回答は予想がついた。なんたってみんなに
甘えたおした挙句、最後には俺にあんなことを言われたんだ。ハルヒにとっては悪夢
以外の何物でもないはずだ。
「それがね」
と、ハルヒはこちらに顔を向けながら続ける。そして笑顔で顔を輝かせ、
「すっごくいい夢だったのよ!」
と、言ってのけた。おいおい、待ってくれその反応は反則だ。クソ、顔が熱い。ハルヒの
方を見れん。
「ちょっと、何で顔をそらすのよ。ていうか顔赤いわよ?キョン」
夜でもわかるくらい俺の顔は赤いのか、恥ずかしい話だ。仕方ない、喋ってごまかそう。
「あ~、ハルヒよ。俺も変な夢を見たんだ」
「へ~、どんな夢よ?」
「それがな」
俺は言葉を続ける。


 
「ものすごくいい夢だったんだ」



 
なぜか、ハルヒの顔が朱に染まった。






 
fin

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最終更新:2007年01月14日 02:07