ハルヒに頼まれて、この糞寒い中しぶしぶストーブを取りに行ったわけだが、途中で激しい雨に会い、俺はびしょ濡れで部室に帰ってきたのである。
自分で言うのもおかしな話だが、相当疲れていたのだろう…ストーブをつけて、そのまま机に伏して熟睡してしまった。
どれくらい時間が経ったのだろうか…目を覚ますとそこには、驚いた顔をしているハルヒがいた。どうやら俺が起きるのを待っていたらしい。
とりあえず俺も目が覚めたので、立ち上がって身支度をしようとした…その時だった。
 
頭がクラクラして目の前がだんだん暗くなっていくのがわかった。強烈な立ちくらみだと思ったのだが、
そうではなかったらしく、俺はそのまま床にバタっと倒れてしまった。
 
ハルヒ「ちょっと…キョン?」
 
俺は何か言おう言葉を探したのだが、それよりも意識を失うことのほうが速かった。
 
ハルヒ「キョン…キョン!?どうしたの!?目を覚まして!!」
 
冬のさむ~い日のことだった
 
それからのことはな~んにもわからないのだが、古泉の話によるとハルヒはかなり取り乱していたらしい。
しきりに俺の名を呼んだり救急隊員の襟首をつかんで、「キョンは大丈夫なんでしょうね!?」や「何とかしなさいよ!あんたたちプロでしょ!?」と、
喚き散らしていたようである。
 
救急隊員の方々には少々気の毒な気もしたが、それよりもハルヒがそんなに動揺するとは夢にも思わなかった。
 
古泉「大変だったんですよ?病院に着いたと思ったら、いきなりお医者様に涼宮さんが掴みかかって、
それを引き離すのに随分時間がかかりました。看護師の方と僕達でやっとでしたから。必死だったんでしょうね、涼宮さんも。」
 
俺が病室に運ばれてからはハルヒも大人しくなり、静かにしていたそうなのだが…
 
古泉「ずっとあなたに謝っていましたよ。『わたしのせいね…ごめんね』と。いやぁ~あんな涼宮さんは初めて見ましたね」
 
あのハルヒが謝るとは…そんなレアな場面を見逃すとは…!?
そして古泉に言われるがまま、俺は病室で休んでいた。横になっているとだんだん眠くなってきたので、寝ようと思って目を瞑った矢先のことだった。
 
ガチャ
 
扉が開いた。言い忘れたが、俺の病室は古泉の計らいで個室になっていた…おそらくこの病院も『機関』が関係しているんだろうな、
救急車を呼んだのは古泉らしいし。
 
目を閉じていたので誰が来たのかわからなかったが、声ですぐに誰であるかわかった。
 
ハルヒ「キョン…」
 
ハルヒである。「なんだ?」って返事をしようと思ったのだが、いつもと様子が違うので黙っていることにした。
 
ハルヒ「あたしがストーブ取りに行けって命令したからよね。寒い中、雨に打たれてびしょ濡れで…」
 
たしかにその通りだが、そういう言われ方をするとこっちが罪悪感を感じてしまうな。
 
ハルヒ「ごめんね…ごめんね、キョン…ごめんね。」
 
声が震えていた。もしかして泣いているのだろうか?ますます起きにくい状況になってしまった…。
 
ハルヒ「ねぇ、キョン?みんな心配してるのよ。みくるちゃんや古泉くんはもちろん、きっと有希だって…。それに私だって、心配してるんだから」
 
朝比奈さんが心配してる姿は容易に想像できる。古泉はどうだろうな…あいつはどちらかというと、お前の意外な反応を少し楽しんでるんじゃないか?
長門はわからんな。おそらく無表情なんだろうが、心配してくれてると結構嬉しい。
 
ハルヒ「だから起きなさいよ…団長命令よ…グスッ…団長が名前を呼んだら、団員はすぐに返事しなきゃいけないのよ…。
   何度呼んでも返事しないあんたなんて…死刑…グスッ…なんだから…」
 
完全に泣いている。俺は葛藤していた。もう起きるべきか、まだこのままでいるべきか…。
というか、古泉は俺が目を覚ましていることを、ハルヒに黙っていたのか?
 
さっきまでここであいつと話してて、あいつが出て間もなくしてハルヒが入ってきた。
だとしたら古泉はハルヒとすれ違って、当然ハルヒは古泉に俺の容態を尋ねたはずだ。
ハルヒの様子から察するに、古泉は「いいえ、まだ目覚めておりません」とか何とか言ったに違いない。
 
全く、悪趣味なやつめ…。
 
とまぁ~頭の中でウダウダ考えていると、何かが俺の手に触れた。
ハルヒの手だ…ハルヒが俺の手を握っている…。しかも両手で。
 
ハルヒ「あったかいでしょ?さっきまでカイロで温めてたのよ。また冷えたらいけないもんね。」
 
そりゃあ、ありがたい。どうせならその優しさを、俺が行くときにくれて欲しかったもんだが…まぁ今更言っても仕方ない。
 
ハルヒ「あんたが目覚めて元気になるまで、SOS団は活動休止よ。だって、あんたがいないと……つまんないもの…」
 
それからしばし沈黙が続き、再びハルヒは口を開いた。
 
ハルヒ「ずっと前に言ったでしょ?悪夢を見たって…あれね、実は悪夢ってほどでもなかったのよ…」
 
悪夢?あぁ、二人きりの閉鎖空間のことか。あんまり思い出したくないがな…。
 
ハルヒ「あのときね、その夢にあんたが出てきたのよ。灰色の世界でね、そこにはあんたと私しかいなかったわ。」
 
だから思い出させるなっつの…
 
ハルヒ「そしたら急に変な巨人が出てきてね、周りをめちゃめちゃに壊しまくってるのよ。
   私はその巨人に恐怖心はなかったんだけど、あんたは違ってたみたいね。私の手を引っ張って外へ連れ出したのよ。
   あっ、ちなみに私達は学校にいたんだけどね」
 
ハルヒ「それからあんたは、私を校庭まで連れて来たのよ。私はその灰色の世界にいたいって思ってたんだけど、
   あんたは言ったわ。『元の世界に戻りたい』ってね。」
 
そりゃそうさ。あんな世界に好き好んでいようって考える奴は、おまえ以外にいやしない。
 
ハルヒ「それからあんた何言ったと思う?ものすごい真面目な顔して、『ハルヒ…実は俺、ポニーテール萌えなんだ』
   とか言い出したのよ。今思い出すと笑えるけど、あのときは呆れて笑うどころじゃなかったわ」
 
ああ、できることなら記憶から抹消したいよ。跡形もなくな。
 
ハルヒ「でもね、そのあとあんたは言ったわ。『反則的に似合ってる』って。結構嬉しかったのよ?照れ臭くて
    『バカじゃないの!?』とか言っちゃったけど」
 
ハルヒ「私が呆気にとられてると…あんたは…私の唇に…キス…したのよ…。あんたは絶対に信じないでしょうけどね。
それで気が付いたら朝だったわ。起きた瞬間は、『どうしてファーストキスの相手がキョンなのよ!』って気分だったけど……今は……違うわ」
 
おい…何を言い出すんだ…ハルヒ…。
 
ハルヒ「あんたも知ってるように、私は負けず嫌いなのよ。だから…やられっ放しはイヤ…特にあんたにはね…。というわけで…次は私の番…」
 
ハルヒ…おまえ…まさか……!
 
もうおわかりだろう…ハルヒは俺に、キスをした。俺がしたときと同じように…俺の唇に。長門のように正確ではないが、おそらく10秒くらいだろう。
 
ハルヒ「これで…おあいこね。1勝…1敗…。」
何の勝負だ…。ハルヒは俺の唇から離れると、耳元でささやいた。
ハルヒ「あたしがこれで目を覚ましたんだから、あんたも目を覚ましなさいよ。白雪姫みたいなことさせちゃって、
    私はあんたの王子様じゃないわよ」
 
ああ、俺もお前のお姫様ではない。断じてない。
 
ハルヒ「じゃあね、キョン…次に来たときはいつものマヌケ面見せなさいよ」
 
今見せようと思えば見せられるんだがな、そのマヌケ面を…。
 
ハルヒ「じゃあ、またね…」
 
そう言ってハルヒは部屋を出た。おそらくは扉付近で言った言葉だろう。
 
それからしばらくして、俺は目を覚ました。といっても最初から覚めてたんだが…。
そのときはSOS団のメンバーが全員揃っていて、「おやおや、やっとお目覚めですか」と白々しい言葉もあれば、
「キョンく~ん」と可愛いらし~いお言葉もあった。いつもと変わらない無表情で、「そう」という一言もあったが。
 
我が団長はというと、あのときのあれは夢だったのかと思うほどのものだった。
なんせ目覚めた瞬間の第一声が「いつまで寝てんのよバカキョン!」、それに加えて強烈なビンタと来たもんだ…。
 
さっきのは別の人格か?ハルヒ…
 
そして退院した俺は、すぐに学校へ復帰した。まぁ病み上がりってことで休んでもよかったのだが、何故かそんな気にはなれなかった。
教室へ入ると、ハルヒはいつものように頬杖をついて、不機嫌そ~に外を見ていた。
 
キョン「よっ、元気か?」
 
ハルヒ「あんたに言われたくないわよ。もういいの?無理しないで休んだほうがよかったんじゃない?」
 
キョン「ほほぅ、お前でも心配してくれることがあるんだな。」
 
ハルヒ「はぁ!?勘違いしないでよ!あたしが心配してるのはSOS団のほうよ!病み上がりだからって足引っ張んないでよね!」
 
キョン「へいへい、じゃあ今日は授業が終わったら真っ直ぐ家に帰りますよ」
 
ハルヒ「ダメ。最初っから休むんならまだしも、授業を受けて部活に出ないなんてあたしが許さないわ」
 
キョン「おいおい、お前言ってることが矛盾…」
 
ハルヒ「いーから出なさい!これは団長命令よ!逆らったら死刑よ!」
 
こうしていつも通りの会話を楽しんだわけだが、一つだけ普段と違う部分があった。
 
それは、ハルヒの今日の髪型が、ポニーテールだったということだ。
 
                      終わり

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最終更新:2007年01月14日 01:29