ダーク・サイド
 
プロローグ
 
その力の存在を知っているものの数は多くはなかったが、ごく少ないと言うわけ
でもなかった。最初にその力の存在を感知したのは全宇宙を統べる全知全能の存在で
それが観測したのは情報爆発だった。次に、時の旅人達がその力を時間の流れに穿たれた
頑強なる壁として認識した。最後に、ごく少数の超能力者を含む、命限りある
人間の集団がその力を認識した。この3つの組織は、それぞれに監視者を送り込み、
様々な僥倖に助けられて、これらの監視者を成功裡に配置し、ある程度、
その力を制御することさえできている自負するようになった。
だが、その力(力の所有者ではなく)そのものに「意志」があることにはまだ
誰も気づいてはいなかった。それは非常に致命的な....。
 
第一章 ハルヒ
 
俺がまたまた懸案事項を抱えこんだのは、あのハルヒがほどほどに落ち着いて来て、
哀れな古泉が出張神人駆逐サービスに勤しむことも間遠になったとある日のことだった。
下駄箱にちぎったレポート用紙がむきだしでいれてあり、
 
今日、17:00、5組の教室にくること
 
とだけ書いてあった。その字には見覚えが無いわけでもないが、誰の字かは
ちょっと思い出せず、かといってどうも女の字のようであった。
 
その日もいつもどおりSOS団の活動は有り、おきまりのまったりとした日常が過ぎ、
長門の本を閉じる音と共に団活は終わりをつげ、ぞろぞろと雁首を並べての
下校とあいなった。で、俺は途中で
「忘れ物をした」
といういいわけで谷口よろしく教室にとってかえしたわけだ。
勿論、俺も馬鹿ではないから、昼休みに文芸部室に趣き、
目論見通り一人ぽつねんと本を広げている長門をみつけると切れ端を見せておいた。
長門は
「あなたは行くべき」
とだけ言って本に視線をもどした。長門がそういうからには朝倉2号が舌なめずりを
しながら俺を待ち構えているというわけでもなさそうだったので、とりあえず、
行ってみることにした。なんかあったら長門が助けてくれるんじゃないかと
勝手に期待していたのは言うまでもない。
 
教室の扉を開けるとそこには一人の女生徒が待っていた。が、おそらく、
そこにいたその人物は俺の予想をもっとも覆す存在だったのは間違いない。
「ハルヒ?」
「キョン、おそかったわね」
わけがわからない。俺はついさっき、校門のところでハルヒと別れたばかりだ。
俺を出し抜いて先に戻って来るなどできそうもなかったが。
「お前、何してるんだこんなところで」
「あんたに聞きたいことがあってさ」
おいおい、朝倉もまず、そう言って話を始めたよな。まさか、お前も同じ展開なんじゃ..
「キョン、あたしとしたい?」
「な、何いってんだ、お前!」
と一応、とぼけてみたもの、こういう状況下で「したいか?」と聞くことが
何を意味しているかいくらなんでも想像できないほどは鈍くない。
しかし、意味が解ったことにしてしまうと何か答えなくてはならないが、
はい、も、いいえ、も同じくらいまずい答えであるのはいうまでもない。
「ねえ、あたしがきらい?」
といいながら俺のそばについっとよって来ると、すっと両手を俺の首のまわりに回し、
ぐいっとばかり俺の顔を引きよせて...
と思わず、反射的に俺は身を引いてしまった。
「そんなことは軽々しくするもんじゃあ」
「へえ、でもあの時は軽々しくしたんじゃない?」
確かにそうかも...ってお前なんでもあれが夢じゃないってしってるんだ。
お前、ハルヒじゃないな?
「あら、ひどいこと言うのね。じゃあ、確認してみる?」
というといきなりハルヒは制服を脱ぎ始めた。
俺はあわてて視線を逸す。
「どうして目を逸すの?あたしの下着姿なんて見慣れてるでしょう?」
絶対、どうかしている。この状況はなんだ。目の前にいる人物は
姿形こそハルヒだが、行動はハルヒとは思えない。
「お前は誰だ」
と顔を背けながら詰問する俺の目線の前にそのハルヒはぽいっと
ブラとパンティを投げ捨てて見せた。おいおい、じゃあ、いまハルヒは...
「私は涼宮ハルヒよ。良く見てよキョン。正真正銘のハルヒよ」
これはやばい状況だ。逃げ出すのが穏当だが、しかし、ここに
この状態のハルヒを置いて出て行くのは正しいことなのだろうか?いろんな意味で。
う、やめろ、こっちに来るな!
そのとき、がらっと教室の扉が開く音が聞こえた。
最低だ。こんどはAマイナーの美少女を床から抱きあげていたわけではない。
見た目だけならAA+の美少女とふたりっきりで教室にいて、その美少女は
あられもない...。俺の頭は素早く回転して、ありうるいいわけを素早く
考えようとしたが、まあ、どう考えても無理だな。さようなら、俺の平穏な
高校生活。退学か、はたまた、と思いながら入って来た人物を見たとき
俺の安堵バロメーターはあっさり針が振り切れた。
「長門!」
「あー、またあんたなの有希。あんたが来たんじゃしょうがないわね。
代参するわ」
ハルヒは脱いだ服を拾いあげて前を隠しながら出ていった。
「またね、キョン!」
「おい」
と俺は慌てて教室からでたが、廊下には誰もいなかった。
「長門、これはどういうことだ、説明してくれ」
「ここではまずい」
 
後刻、長門のマンション。
「あのハルヒはハルヒではない」
「まあ、それくらい、俺でも解る。あれはなんだ?」
「あれは涼宮ハルヒの力が人格化した存在」
「何?」
「最近、涼宮ハルヒは落ち着いて来て、力の発動が減少している。
つまり、消えかけている。力は消えることを好まない。そこで
人格化してこの現実世界に出現した」
「それがもし、本当だとして、あれはなんであんなことをするんだ?」
「あなたとハルヒの平穏な関係を破壊して、波風を立たせるのが
あの力の目的。もっとも簡単な方法はあなたを籠絡すること」
おいおい、「もっとも簡単な」は失礼じゃないか(あたっているとは思うが)。
が、あのハルヒが俺の誘惑に成功しても結局、俺はハルヒに誘惑されただけで
ハルヒがそれを怒る必要はないんじゃないか?
「その場合、涼宮ハルヒは自分の力を認識するしか無い。それが力の目的」
なるほど。俺が誘惑に負けて、それがハルヒにばれれば、ハルヒには一切の
事情が明らかになるわけだ。うまい手だな。
「そう。だからあなたは決して彼女の誘惑に負けてはならない」
いや、それは大丈夫だよ。俺だってそこまで獣じゃない。
「あなたは状況を理解していない。あのハルヒはどこにでも
出現できる。あなたを徹底的に誘惑する。あなたに安らぎの時はなくなる。
あなたが誘惑に負けるのは時間の問題」
ひどいこと言ってくれるな長門。じゃあ、俺はどうすればいい。
「なるべく長く耐えて。その間に対応策を協議する」
そうか、よろしくな、長門。
ところでひとつだけ聞いときたいんだが、あそこで俺が誘惑に
負けてことに及んでたらどうなったんだ?
「どうにもならない。通常と同じ。その事自体には何も異常は無い。
ただ、気持ちいいだけ」
ただ、気持ちいいだけって、まがりなりにも見た目が女子高生の奴が口にする
セリフじゃないぞ、長門。
 
俺が家に向かって歩いているとふいに右腕をとる奴がいる。
ふりほどいてにらみつけると、ハルヒだ。
「おい、もうこっちはお前の正体をしってるんだぞ」
「そうみたいね。でも、あきらめないからね。よろしく」
そういうとハルヒはふっといなくなった。


 
第2章 ダークサイド
 
その日はそうそうに食事をし、風呂に入りベットに入った。かなり精神的に
疲れたからだ。
「キョン?キョン?」
ゆめうつつな俺を誰かが呼んでいる。ハルヒの声みたいだな。
また閉鎖空間に連れ込まれたのか?
目を覚ました俺が寝ているのは俺のベット。俺がいるのは俺の部屋。
そこまではOKだが、いっしょにベットに寝ている奴がいる。
そいつは明らかに何も身に付けてない上に、おれのジャージの下に手をつっこんで胸に
手を回したりしている。
俺はあわてて飛び起きてベットから出て灯りをつけた。
ベットから起き上がったのはハルヒ。有り難いことにこんどは毛布で
前を隠してくれているから面と向かって話せる。
「出て行け」
「どうして?」
「お前と仲良くするつもりは無い」
「ハルヒとならいいってわけ」
混乱する。はい、という、べきか、いいや、というべきか。
どっちもまずい。
「とにかく出ていってもらおう。出て行かないなら、俺が出て行く」
「わかったわ」
とそのハルヒはベットから出たので俺はまた目を背ける破目に。
「じゃあね」
 
その晩、俺は更に3回、ハルヒが添い寝しているのに気づいて飛び起きなくては
ならなかった。最後には寝るのを諦めてしまった。
確かにおれは状況を理解していなかったよ、長門。これは長くはもたないな。
早くなんとかしてくれ。
 
眠い目をこすりながら登校した俺は別の問題があることに気づいた。
まず、教室に入ってハルヒがいつもの笑顔で俺に突進してきたとき、反射的に
身を引いてしまった。
「何よ、キョン、なんで逃げるのよ!」
とハルヒにくってかかられた。これ以降、目の前にいるのが「どっちの」ハルヒか
よく考えないといけないわけだ。まあ、朝っぱらから衆人環視の前でいくらなんでも
あれは始めないだろうから、今は大丈夫だけどな。学校だからと言って
安心はできない。つかれる話だ。
次に、ハルヒをまともに見れない。それはそうだろう。いくらことに及ばなかったとは
言えつい数時間前まで(おそらくは)生まれたままの姿で添い寝してたであろう
少女と冷静に会話などできない。いくら、厳密には別人格としてもだ。
「何よ、ちゃんとこっちみて話しなさいよ。どうして視線を背けるのよ」
ゆるせ、ハルヒ、慣れるようにするから。今日はちょっと無理だ。
 
それから気もそぞろなまま、昼休みに長門に昨夜の状況を報告し、
緊急に対処してもらうことを考えておいてくれと頼み
(長門は「努力する」と言った。頼りないなあ)、なるべく普段通り振る舞って
団活を終え(いつもより、ハルヒの視線がきつかったのはいうまでもない)、
幸いにももうひとりのハルヒにはその日は会わないまま、帰宅した。
食事をしてからさっさとシャワーを浴びて寝ようと風呂場に急いだ。
なにせ、昨晩はろくに寝ていないのだ。とは言っても只寝たので
は昨晩のくり返しだろう。どうしたものか。寝るまでには考えねば。
勿論、俺は考えが甘かった。
 
着ているものを脱ぎ、考えながらシャワーを浴びていると、いきなり、
後ろから抱きつかれた。明らかに若い女性の肉体だ。
俺はいそいで身をふりほどくと、せまい風呂場でなるべくそいつから体を
放し、同時に視線を背けた。
「でていけ」
「いいわよ、でも、本当に出ていっていいの?」
一人息子がシャワーを浴びていると思ったら、そこから全裸の美少女が
息子と一緒に出てくる。いや、待て待て、それはまずいぞ。
「そうでしょう? 出て行くわけには行かないわよね?」
とそのハルヒはこっちによって来た。
「来るな」
「どうしてそんなに拒否するのよ。あたしのこと嫌いじゃないでしょ?
自分で言うのもなんだけど、顔もスタイルも人並以上よ」
寒気がする。本物のハルヒはそんなことは口が避けても言わない。
「そうかもしれないけど、いつまでも我慢できると思う?
理性がいつまでももつ?それに今はどうするつもり?この状況は?」
確かにまずい、とんでもなくまずい。どうする?
俺はいきなりハルヒに襲いかかって首を絞めた。
首をつかんだ後は必死に目をつぶる。
もがくハルヒ、しばらくすると不意に手の中が軽くなる。目を開けるともう
ハルヒはいなかった。俺は慌てて風呂をでると着替えて、携帯の
スイッチを入れた。
「古泉?」
「なんでしょう、こんな時間に電話とは珍しいですね」
「これから長門のマンションに行く」
「こんな時間にですか?いくら長門さんが相手でも、
相手は未成年の女子生徒ですからあまり望ましくないと思いますが」
「緊急事態だ。で、俺の親にはお前のうちに言って泊まると言うから
口裏をあわせてくれ」
「はい、ですが...」
俺は携帯を切ると親に
「古泉の家へ行って泊り込みで勉強する」
と宣言した。親は、なんで急に、とか、あきらかにおかしいと思っているようだが、
無視して家を出た。長門の携帯にかける。
「長門」
「何?」
「お前が正しかった。手に終えない。お前のところに行きたい。いいか?」
「構わない」
 
長門のマンションで俺は全てを話した。
「しばらく、ここで暮らさせてくれ」
いくら相手が長門でも、女子だからこれは強烈な申し出のはずだが、
向こうも断るのは難しいと思ったのだろう。
「いい」
としか言わなかった。とりあえず、長門とふとんを並べて寝た。
別の部屋で寝るべきだったかもしれないが、それでは
ハルヒが来たときに対応ができない。
長門は気にもしないようで、ただ
「おやすみ」
というと寝てしまった。
うれしいことに朝までハルヒが来たりすることは無かった。
 
朝、長門と肩を並べて登校した。
朝食の間に長門は説明を始めた。
「あれはハルヒのダークサイド」
「ダークサイド?」
「そう。人格化するときにハルヒの能力を全て受け継いだが、意志は
邪悪な部分を受け継いだ」
「じゃあ、あれと同じ意志をオリジナルのハルヒも持っているって言うのか」
「そう。ただ、涼宮ハルヒはダークサイドを凌駕できるよい面をたくさん持っている。
だから、通常はダークサイドは発現しない」
考えただけでぞっとする。ハルヒの頭脳、身体能力、常識しらずの奇抜な
発想をすべて受け継いだ、冷酷で利己的な部分だけを採り入れたハルヒ。
冗談抜でこっちには勝ち目はなさそうだ。大体、俺の理性がもたない。
「ずっとわたしの家にいればいい。団活中も問題ない。それ以外の時間が問題」
それ以外って授業中かよ?いくらなんでも授業中にあれができるとは思えないが。
それにしてもずっと長門の家で暮らしたら、別の意味でまずい。
ハルヒが知ったらどう思う?
「それは大きな問題」
ってそれだけかよ。解決策は無しか?もう死にたい。
 
第3章 攻勢
 
校門で長門と別れ、教室に向かう。ぶすっとしたハルヒが座っている前の席に座る。
「なんで避けるのよキョン」
避けちゃあいない。ただなあ、あまりにも生々しい。
「何か隠してるでしょ」
勘のいいハルヒのことだから、いずれこうなるのは解っていた。
「なんでもない」
これじゃあ、「はい、私は隠し事をしています」と白状しているのとあまり変わらない。
「ちょっと来なさい!」
ネクタイをつかまれて、お決まりの屋上前の踊り場に連れて行かれる。
「白状しなさい。何隠してんの?ここなら他に人はいないから」
いやー、一番聞かれちゃまずいのはお前なんだ。困ったな。
「どうしてこっちをみないのよ」
いや、だからさ、昨日風呂場でちらっと目の片隅に入っちまったお前のさ、
生々しくって、ちょっと直視できない。
「ちょっと、聞いてんの?」
まずい、非常にまずい。誰れか助けてくれ。助けは意外な方からやってきた。
「古泉くん!」
「いえ、涼宮さんに用事があって教室にいったんのですが、彼と
出ていったと伺いまして、おそらくここだろうと」
「用って何?」
「いえ、次の休みの合宿の企画の件ですが」
「もう、そんな時期?」
「そうですね、早い方が....」
などといいながら二人は階段を降りていった。ふう、助かった。
しかし、去り際に肩越しにギロリと睨みつけたハルヒの視線は
「これで終わったと思ったら大間違いよ!」と言っていた。とりあえず、
対決が引きのばされただけで何も解決はしていない。
 
授業の間の休み時間ごとに、ハルヒは刺す様な視線をこっちに向けて来たが、
1時限目と2時限目の休みには朝比奈さんが、2時限目と3時限目の休みには
長門が、3、4限目の休みにはなんと鶴屋さんがやってきてなにごとか
ハルヒと相談して帰って言った。昼休みになると、合宿の緊急相談ということで
SOS団全員、団室に集合になり、午後の休憩時間も古泉が来てハルヒといろいろ
相談したために結局、俺とハルヒが面と向かって話す機会は無く、
放課後の文芸部室での集合となった。
ハルヒは朝の続きを俺に問い詰めたくてうずうずしていたようだが、
いつの間にか、このまま長門の部屋になだれこんで、パーティー+合宿の
相談をすることになっていて、そのまま慌ただしく団室を出た。
道すがら、ハルヒはじとっとした目で俺を睨みながら
「白状しなさいよ」
とか言っていたが、
「何の話だ?」
ととぼけて済ませた。長門の家に着くと、俺の携帯に着信があった。
「古泉です。外に出て頂けますか?」
俺は、ハルヒ達に、ちょっと長くなりそうだから、と断って部屋を出た。
廊下には古泉が待っていた。
「長門さんから事情は伺いました。ずいぶんとうらやましい状況に置かれているようですね」
「冗談のつもりか。なぐるぞ」
「失礼しました。この件に関する限り、方法はひとつしかありません。
とりあえず、絶対に一人にならないことです。ずっと長門さんの家に泊まるのでは、
涼宮さんにばれたときにいいわけがききません。とりあえず、今日からは
ホテルに泊まって頂きましょう。適当な機関員を同宿させます。
事情は理解していますから、問題ないでしょう」
なんだかよく解らないし、親をどう説得したかも不明なまま、
長門の家でのパーティーが終了後、長門と二人で古泉の指定したホテルに向かった。
ひとりで来るのはあぶない、と古泉が言ったからだが、女の子に送ってもらうのも
この上なく情けない。
「すまん」
「いい。だけど、あなたがいなくなるのは残念」
そうか?しかし、俺は長門と同棲していると言う噂をたてられるのはちょっと困る。
特に、ハルヒがどう思うかと思うと...
「どう思うかしらね?」
とみると、ハルヒが道の脇の電柱によりかかってこっちを上目使いで見つめていた。
思わず、長門の後ろに隠れてしまう自分が情けない。
「彼には手を触れさせない」
「今日は何もする気はないわ。あなたと対決するのも面倒だし。
でもね、涼宮ハルヒはたった今、あんた達が布団を並べて寝たことに気づいたわ。
彼女はなんで自分がそれをしっているかは解らないけど、
それが事実だということをしっている。だって、私が教えたんだから。
どうなるかしらね?」
「キョン!」
振り返ると本物のハルヒが俺たちをにらみつけていた。
「有希と二人でどこに行くつもり」
電柱の脇にいたもう一人のハルヒはは見事に消え失せていた。
俺が何か言おうとしたとき、驚いたことに有希が口火を切った
「彼は悪くない」
「そう、じゃあ悪いのはあんたってわけ、有希?」
ハルヒの目はつり上がっている。にらまれただけで昇天しそうな目つきだ。
「そうではない。悪いのはあなた」
「なんですって、どういうつもりよ?昨夜、あんたんちでキョンと何をしたのよ!」
「何もしてはいない。いっしょの部屋で寝ただけ」
ついにハルヒは切れたようだった。
「一緒の部屋で寝たのに、何もしてないっていうの?で、悪いのはあたし?
何様のつもりなの!」
「冷静になって。あなたに説明すべき事がある」
有希は驚いたことに、一昨日、偽ハルヒが出現してから、
偽ハルヒが俺としたこと、俺としようとしたことを(偽ハルヒの正体をのぞいて)
全部説明し始めた。おいおい、それはまずいんじゃないか。
信じてくれなければ、火に油を注ぐ。信じた場合には、それはそれですごくまずい。
ハルヒはなぜか、有希の話を黙って聞いていたが、有希が話を終えるとこういった。
「有希、あんた、それまじめに話してるの?それともおちょくってるだけ?」
ハルヒの眉はぴくぴくけいれんしている。爆発寸前である。
「信じる、信じないは、あなたの自由。しかし、私が話したことは事実。
彼に聞いてみるといい」
「キョン!」
「全部、本当だ」
「で、冷静に考えて、今の話を信じられると思う?」
「彼には助けが要る」
「どういう助けよ」
「これは精神病の一種。彼の前に現れるあなたの偽物は彼の精神が作り出した幻影に
過ぎない。しかし、彼にとっては実体」
おいおい、今度は俺をきちがいにするのか?勘弁してくれ。
「しかし、それは同時にあなたの潜在意識が具現化した物でもある」
「どういう意味よ?私が本心ではキョンとあんなことやこんなことをしたいと思ってるとでもいうの?」
「本心ではない。潜在意識。あなたは自覚的には理解していない」
「いい加減にしないと」
「彼はこれから、古泉一樹が用意したホテルに宿泊する。監視者が付けられるので
何も出来はしない。それより、彼にはあなたの助けが居る」
「どう言う意味よ?」
と、そこにまるで申し合わせたように黒塗りのタクシーが通りかかる。中に乗っているのは古泉。
「後のことは長門さんに任せて乗ってください」
タクシーに乗る俺。発車してから振り向くと、ハルヒと有希がにらみ合っているのが見える。
「大丈夫か?」
「大丈夫です。やはり、向こうは攻勢をかけてきましたね。あなたが我々の
保護下に入ると手を出せないと思ったのでしょう。あぶないところでした。
昨晩、長門さんの家へ行ったのはうかつでしたね」
「これからどうなる?」
「偽ハルヒは一種の集団幻想であるということにします。集団幻想なので
涼宮さんにも見える。いずれ対決していただきます」
「対決ってハルヒとハルヒがか?それはまずいだろう?」
「他に方法はありません。あれは涼宮さんの力が具現化した存在です。
涼宮さん自身でしか解決できません」
「うまく行くのか?」
「わかりません、しかし、向こうが攻勢に出てきた以上、ただ、ずっとあなたを守るという戦略を続けていては情勢は悪化します。涼宮さんに気づかれないようにことを
進めるのは難しい。危険ですが最後の手段です」
「しかし」
タクシーはホテルの前に止まった。
「おまえは降りないのか?」
「別の機関員が待っています。あとはそっちにおまかせするんで」
「でも」
「あなたが知っている方ですよ。ご心配なく」
タクシーを降りた俺を待っていたのはメイドの森さん。もちろん、いま、メイドの
格好をしているというわけではない。
「さ、こっちです」
森さんはあいさつもそうそうに俺を誘うとホテルのツインルームの一室に入り、
鍵をかけた
「鍵には意味がないんですけどね。一応」
「森さん、これから俺はどうすれば」
「シャワーを浴びて寝てください」
「森さんは?」
「私はここにいます」
「俺が寝ている間ですか?」
「そう。シャワーを浴びているときにあれがきたら、私を呼んでください」
「え」
「驚かないで。あれはあなたが一人きりの時しか来ません。わたしが行けばいなくなります」
「でも、なぜ、森さんが?」
「本当に聞きたいのはなぜ、女性が?でしょう?あれがしようとしていることの性質上、
いっしょにいるのは女性の方があれは出現しにくいのですよ」
そうかもしれない。おとなしくシャワーを浴びて寝ることにした。
森さんが見張っていては寝られないかと思ったが精神的に疲れていた俺はすぐ寝てしまったようだった。
 
第4章 ハルヒ対ハルヒ
 
次の朝、目覚めると、森さんがとなりのベットに
腰かけてほほえんでいる姿が目に入った。かなり恥ずかしい。
「気にしないで。仕方ないですから」
一睡もしかなったんですか?
「大丈夫、私は後で休めますから」
森さんとホテルを出て、適当なところで朝食を済ませると長門がやってきた。
「長門、あれから」
「黙って。時間がない。説明する」
俺達はほほえむ森さんと分かれて、学校に向かって歩き出した。
「今夜、あなたとハルヒを二人だけにする」
「え、俺は見捨てられるのか?」
「そうではない。本当のハルヒとあなたを二人だけにする」
「そうか」
「そこにもう一人のハルヒもやってくるはず」
「それはまずいのでは」
「まずくはない。涼宮ハルヒは私が説得した。偽ハルヒが何を言っても彼女は
信じない。それより、あなたと彼女で偽ハルヒを撃退しなくてはいけない」
「どうやって?」
「涼宮ハルヒが偽ハルヒよりあなたを信じれば、勝ち。そうでなければ負け」
「負けたら?」
「世界は終わる」
って簡単にいってくれるなよ長門。
 
その日は、ハルヒは俺と一言も口をきかなかった。
団活もなく、授業が終わると、古泉がタクシーを呼び、俺とハルヒを乗せて
件のホテルに連れていき、昨日泊まったツインルームに案内すると
「それでは健闘を祈ります」
と言って帰っていった。
あいかわらず沈黙を守るハルヒに俺は話しかけた。
「ごめん」
「なんであんたがあやまるのよ」
「でも、俺のために」
「有希はこれはあんたとあたしの問題だっていったわ。
集団幻想だからあたしにも見えるはずだって。つまり、
あんたを正常に直すにはあたしの協力が必要だって」
「すまん」
「いいのよ。はっきりいって、あんたが幻想で見ているものは我慢できないわ。
直ってもらわないと困るし」
「何を直すのかしら?」
俺は本物のハルヒが驚きのあまり息を飲むのが解った。
多分、半信半疑だったのだろう。本当に自分のそっくりが出現するとは
思っていなかったんだろう。偽ハルヒがハルヒの座っているベットに腰かけると
ハルヒはあわてて立ち上がって距離を置いた。
「あんた誰れよ」
「あたしはあんたよ。涼宮ハルヒ。あんたが本当にしたいと思っていることをしているところが違うけどね」
と言いながら偽ハルヒは俺の方に流し目をくれた。
ハルヒの顔は真っ赤だ。
「そんなことしたいなんてあたしは全然思ってないからね」
「ふーん、そうなの。じゃあ、なんでキョンが有希の家に泊まったと聞いたときに
あんなにかんかんに怒ったのかしら」
「それは団長として団員間の不純異性交遊を...」
「よく言うわね。じゃあ、不純じゃなきゃいいわけね。有希とキョンが「本気」
だったら異義はないわけだ」
「それは」
「どうなの?」
「...」
ハルヒは答えなかった。
「良くないわよね。嘘ついてもダメよ。あたしはあんたなんだから、ばればれよ」
「勝手なこと言わないで。あたしはあんたなんか認めない」
「あ、そう。じゃあ、あたしはまぼろしに過ぎないんだから、
キョンと何をしようと自由よね?」
偽ハルヒはいきなり服を脱ぎ始めた。
「キョン、見ないで」
ハルヒはあわてて俺の目を手で隠した。
「何やってんのよ、あんた。あたしは幻なんでしょう?だったら、
キョンがみたって構わないでしょう?あんたがはずかしがることなんかないじゃない」
「でていけ」
「それは無理よ。幻をみているのはあなたとキョン。キョンとあんたが変なこと
考えてるからあたしが見えるの。本当はあんたたちがしたいと思っていることを
しているだけ」
「うそよ、うそうそ。認めない」
「いいわ、じゃあ、キョンはどうかしら?キョンは本当に嫌なのかな?」
まずい展開だった。
「キョンがこれを望まないってことはキョンはあなたに好意を持ってないってことよね」
「何いってんの。あんたはあたしじゃないでしょ。あんたを拒否したからって
キョンがあたしに好意持ってないってことにはならないでしょ」
「ふーん、じゃあ、あんたがやったらキョンは拒否しないわけね?
じゃあ、やってみてよ、キョンが拒否しないかどうか」
「う」
ハルヒ、おまえ相手のペースに乗せられてるぞ、まあ、自分なんだからしょうがないか。
「さあ、どうなの、口ばっかりでやる勇気は無し?」
「わかったわ」
おいおい、本物のハルヒが服を脱ごうとしているぞ。ばかなことはやめろ、ハルヒ。
「なんでよ、キョン。あんたがはっきりしないからこういうことになってるんでしょうが」
どうしようもないな、こりゃ。
二人のハルヒが睨み合っている状態で俺は自分がこう言ってるのを聞いた。
「本物のハルヒなら拒否しない」
「へ?」
「え?」
俺は顔が真っ赤になった。本物のハルヒもだ。
偽物のハルヒがどんな顔色かは顔を背けているから解りようがない。
「負けたわ」
偽ハルヒは言った。
「今日のところはわたしの負けね。引き下がるわ。でもこれで終わりと思ったら大間違いなんだから」
気配が消えた。
「行ったか?」
「行ったみたい」
俺はようやく顔を背けるのをやめて部屋を見渡した。
「あの、さっきの発言は聞こえなかったから」
ハルヒの顔は耳まで真っ赤だ。
「ああ、そうしてくれ」
 
エピローグ
 
あれ以来、俺のところにはあのハルヒが来ることは無くなった。しかし、
古泉や長門の意見では、またいつか出現してもおかしくないと言っている。
俺は思うんだが、結局、あれはハルヒの潜在意識が俺に態度をはっきりさせるために
仕組んだ狂言だったんじゃないかと思う。
 
「本物のハルヒなら拒否しない」
 
と俺に言わせることに成功した以上、目的は達したんじゃないか。
勿論、俺としてはあれは「あれを追い払うための方便」だったことにしたい
と思っている。ハルヒが本当はどう思ったか、聞くわけにはいかないんだけどね。

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最終更新:2020年03月12日 14:18