~涼宮ハルヒの恋人~
 
「ねぇ、キョン?」
 
とある秋の一日。
4限目の授業が中盤に差し掛り、俺が睡魔と空腹という二匹の魔物を相手に何とか互角に渡り合っていた最中である。
 
俺の後ろの席の女子生徒、つまり我らがSOS団団長・涼宮ハルヒが、
いつもの様に俺の背中をシャーペンで突いてきた。
団長様はまたトンデモ計画をお考えになったらしい。
 
(やれやれ…)といつもの様に思いながら
「なんだ?ハルヒ」
そう言っていつもの様に振り返る。
だがそこから先はいつもとは違った。
俺が身を捩り、ハルヒの方を向いたその刹那、
「ガタッ」という椅子の動く音と共に、ハルヒの顔が急接近してくる。
 
「なッ――」
俺が驚き声を出そうとしたその時、ハルヒは俺に――
…キスしていた。まうすとぅまうすだ。
そこ、早くも「アマァイ」とか言わないでくれ。
 
さて…人間が緊急事態に対処するにはどうすればいいんだっけか。
そうだ、まずは落ち着くことが大切だったな。
そしてもちつくには杵と臼と…もち米が必要だな。…いや待て違う。違うぞ俺。
落ち着くには…まずは状況整理だ。
 
1.ハルヒ俺を突く
2.俺振り返る          順番に箇条書きしてみました。
3.ハルヒ俺にキス
 
なんだコレ?…ハルヒが俺にキス?幻覚だろ?
しかし俺は幻覚を見てしまうようなアブナイ物には手を出してない。誓ってだ。
とか考えていると、ハルヒが上目遣いで顔を真っ赤に染めながら
「好き…」とか言ってきやがったな。
 
ここで俺はやっと事態を認識し、はっとクラスに目を向ける。
 
教師を含めクラス全員がこっちを向いて口を半開きにしている。
谷口に至っては上も下も全開じゃないか。
 
「その…付き合って」後ろから声。
俺はまたはっとなり、いつもよりか弱くなった声の主へと顔を向けた。
そこには俯いて真っ赤な顔をしたハルヒの姿がある。
 
「ハルヒ…?俺をおちょくってんのか…?」
訊ねた途端、目の前の完璧な美少女(性格除)はムッと不機嫌顔になり、
「そんな訳ないでしょ!さぁ、返事を聞かせなさい!10秒以内!」
と言い放った。さっきまでのか弱さが嘘のようだ。
というか告白早々ご機嫌斜めってどうなんだ、ハルヒよ。
 
「10…9…8…」
 
カウントが始まった。
しかし、本気でハルヒは俺をそんな風に思ってくれているのか?
…俺はどうなんだ?
確かに今となっちゃハルヒの居ない日々は退屈で、考えられないモノなのかも知れない。
でもそれは恋愛感情とは別だろう…だが。
 
「5…4…3…」
 
あの日、閉鎖空間での出来事。
あれが何を意味するのかなんて知った事じゃないが、あの時確かに俺の中には妙な感覚があった。
その感覚が日に日に増していくのも感じたが。
 
それは兎も角、またあんな空間へ連れ込まれちゃたまらない。ここはちゃんとした返事をするべきだな。
 
「2…1…」
 
「あぁ、俺も好きだ」
やけにサラリと言えた。
 
「…本当に?…まぁいいわ、決定ね。つ、付き合いましょう」
 
誰か俺を世界を救う勇者だと崇めてくれ。今の俺ならりゅ○おうも楽勝で倒せただろう。ゾ○マはちょっとキツイが。
なんたって授業中の急な告白にその場で応えたんだからな…って、授業中?
 
俺は再びクラスの方を見た。
そこにはさっきよりも美しい表情でこっちを見つめる連中の顔が並んでいた。
しかし女子は…何やら少し視線が冷たい。
…というか、怖いから。絵的に。
そんな連中を見てもハルヒは全くお構いなしで、薄い赤に染まった笑顔をこちらに向けていた。
 
「やれやれ…」
 
キーン…コーン…カーン…コーン
 
そうして、何だか半信半疑な状態のまま4限目の授業が幕を閉じた。
 
(ハルヒは本気なんだろうか…?)
俺は未だに状況を把握し切れないまま、空腹という名の魔物を退ける準備に入る。
だが、これから襲ってくるであろう空腹以上の敵が何なのかを俺が予想するのは簡単だった。
そう。俺はこの昼休み、クラスメートの鮮やかなまでの冷やかしに耐えなければならないのだ。
というか既に絶頂だ。
 
さて、予想通りだが谷口がニヤニヤしながら弁当を持って俺の席に近づいてくるのが見える。しかしそこは谷口。
 
「キョン、やるなお前!!見損なったぞ!」
お前にそっとして置いて欲しいなんて事を望んだ俺が間違いだった。
タイミングの悪さ、あからさまな日本語ミス。すべて完璧だ。
こいつは天才かも知れん。勿論分野は不明だ。
 
「チキンなキョンなら応えられないと思ってたんだけどなぁ」
そう言って国木田までもが笑顔で俺の席に着く。
最近こいつにも毒がある気がするな…。
 
「やれやれ…」
 
俺は今日何度目になったか分からないその言葉を呟きながら、机にかけてある鞄から弁当を取り出す。
 
「キョン…」
 
…この世に神なんて居ないな。うん。
後ろから俺を呼ぶハルヒの声。いつに無くしおらしい声だった。
今俺とハルヒが話すと会場の冷やかしムードが全盛期を迎えるだろうに。
 
「どうした?」
振り向くと、頬を赤らめたまま上目遣いなハルヒ。
(いつもこうしてりゃ反則的な可愛さなんだがな…)
ちなみに、視界の端で谷口が思いっきりニヤニヤしている。
古泉とはまた別の意味で気持ち悪い。やめろ、やめてくれベストフレンド。
 
「お…お弁当作ってきてあげたから。の、残さず食べなさいよ!」
ハルヒはそう言って俺の目の前に異常なデカさの弁当箱を突きつけた。
告白直後に手作り弁当。幾らなんでも準備が良すぎだろう。いや、嬉しいが。
団長様の突然のご好意に戸惑ったのか、俺はこんなことを口走っていた。
 
「ちょ…お前これ量多すぎじゃないか?」
 
…しまった。言った後後悔した。
スマン古泉。バイトが増えるかもしれん。
何で今日に限って頭の回転が悪いんだ、俺。
 
それを聞いてハルヒはいつもの不機嫌顔になる。
 
「な、何よ…!折角あたしがキョンの為にたくさん作ってきてあげたのに…」
 
横で谷口が「何てことを!」という表情で口(勿論上下だ。もう注意する気にもならん)を空けたまま俺を見ていた。
国木田も「何やってんの…」という目で俺を否定している。
流石に謝るべきかもしれない。
 
…というか、何故クラスの皆は一方的にハルヒの肩持ちをするんだ。しかも皆心なしか俺を睨んでいる。
俺は何か妙な事やっちまったか…?
 
「あー…ハルヒ」
 
「…何よ」
 
ハルヒはいつもの様に俺を睨んだつもりらしいが、その表情にはどこか寂しさが見え隠れした。
 
「その…すまなかった」
 
「………」
 
ハルヒはまだ俺を睨んでいる。なんとその眼にはうっすら涙が溜まっていた。
あぁ、ハルヒ。お前にはそんな表情は似合わんぞ。ということで…
 
「弁当、貰っていいか?」と生死を分かつ大勝負に出る。
 
「……当たり前でしょ…米一粒でも残したら死刑だからね!」
どうやらあのままだと俺は本当に死んでいたらしい。
 
ハルヒは俺に死刑宣告を放ったあと、そっぽを向いてしまった。
俺がクラスメートの放つ含みの有る視線を全身で受け止めたのは言うまでもない。
 
ハルヒの弁当を受け取り、「やれやれ…」と、谷口と国木田の方を向く。…居ない。
二人のベストフレンドは非常に爽やかな笑顔で俺の席を遠くで眺めていた。
 
…なんだ?これはつまりアレか…?
できればそういう気遣いはして欲しくないんだが…。
 
まぁこうなると半ば覚悟してしまっていた俺は、ハルヒの方に向き直る。
「…!…何よ。まだ何か用?」
いや待てハルヒ、それが数分前にできた恋人に言う台詞か?
まぁ十分有り得るが。
 
「よかったら弁当…い、一緒に食わないか?」少し緊張してしまう。
 
「…ほんと?」
「え?…あぁ」
ハルヒは急に太陽の様に輝く笑顔になった。
なんだ?コイツはこれを言って貰えなくて拗ねてたのか?
 
「どう?あたしなりに上手くできたとは思うけど」
だろうな。普通に美味い。性格以外完璧なだけはある。口が裂けてもこんな事は言えないが。
「美味いよ。ありがとな」
「…そ」
お、照れてるなw
かくいう俺も相当恥ずかしいんだが。
 
「じゃあこれから毎日作ってきてあげるわ。感謝しなさいよね…」
「あ、あぁ…すまんな」
「いちいち気にしなくていいわよ…馬鹿」
不機嫌な声を装いつつも、その表情は微笑んでいるように見えた。
 
そんなこんなで、端から見ればまさにカップルな雰囲気のまま昼食を食べ終え、今担任の岡部によるホームルームが始まったところだ。
(そういえば今日は個人懇談で四限だけだったか…)
この際昼休みの存在などにツッコむのはマナー違反だ。誰にでもミスはある。居直りだ。
 
心なしかHR中もクラスの連中がこっちをチラチラと見ている。恥ずかしいったらないな。
しかし冷やかしも幾分大人しくなり、安堵と共に再び眠気との激闘が幕を開ける。
 
「ねぇ、キョン…?」
えーと………デジャヴ?
確か数分前に聞いた事があるような気がする。
まぁ正体が何なのかは分かっている。
 
「なんだ…ハルヒ…?」
眠気を押し退けつつ訊ね返す。
 
「…キスして」
 
どうやら俺はおかしな夢を見ているらしいな。
一応空模様を確認した――青い。閉鎖空間ではないみたいだな。一安心だ。
 
「すまん寝ぼけてた。もう一回言ってくれ」
「バカキョン!キスしてって言ったの!今すぐ!」
 
クラスの動きが止まり、教室は静寂の空間に変わる。
ハルヒが何やら叫びやがったな…内容は…あー…
 
―――!!!
 
「な、なな何言ってんだハルふぃ!」
噛み噛みだちくしょう。
 
「…嫌?」
 
…急に大人しくなりやがった。台詞だけ見た奴は長門と勘違いするかも知れない。
ハルヒは再び反則技:上目遣いで俺に挑んできたが、流石に恥ずかしすぎる。
ここは男らしく華麗にサラリと受け流す作戦で行こう。
 
「大概にしろ!…今はHR中だろ」
少しキツかったかもしれない、しかし現状打破にはこれしか無いんだ。スマン古泉。
 
(お詫び次第では許してあげない事も無いですね)
 
何か幻聴が聞こえたがこれも勿論無視だ。…というかどういう意味だ。
 
「…じゃ、放課後ならいいのね!!?」
 
どうやら俺の作戦は全て裏目に出てしまったらしい。
今やハルヒは調子を取り戻し、恥ずかしいことを平気で大声に出している。
脅すような裏のあるニッコリが俺を捕らえて離さない。
 
「…まぁとにかく、その話は後だ」
辛うじて返した言葉がこれだ。しっかりしろ俺。
 
「…先に帰ったら殺すわよ。バカキョン」
 
あのー涼宮ハルヒさん?脅してまで唇を奪う…もとい奪わせるのはどうなんでしょう?
 
「お前ら、イチャつくのは構わないが、大声を出すのは感心しないな」
笑い声が起こる。岡部にまで冷やかされてしまった。
明日からの授業を想像しただけで恐ろしいが、今更どうしようもない。やれやれ…。
 
放課後、俺はハルヒが掃除当番を終えるのを教室の外で待っている。
 
(今日は無茶苦茶だったな…)
今更だが自分の頬をつねってみる。
痛ぇ。やっぱりアレも夢じゃないんだよな…。
そうこうしている内に、ハルヒが教室から出てきた。
 
「お待たせ!じゃ部室に行きましょう」
「あぁ…」
「何よ、元気ないわね!…ほ…とに…あた…こと…きなの?」
「え?」
「………何でもないわよ!」
言ってハルヒは俯いてしまった。
何て言ったのか訊き返そうとも思ったが、ハルヒが急に不機嫌になっていたので遠慮した。
 
『それでは、準備が出来次第『…2人が来る』』
ガチャ…
ハルヒらしくない元気の無い扉の開け方。
部室には他のSOS団が全員揃っていた。
 
「………」
 
「え…あっ、涼宮さん!遅かったですね」
いつもの三点リーダと癒しのオーラが俺とハルヒを迎えてくれた。
 
「うん。掃除当番。それよりみくるちゃん何話してたの?」
 
「ふぇ!?…な、な何でもないですよぉ~」
 
「そ…」
ハルヒにしては素っ気無い対話。
それにしても朝比奈さんは何をあんなに焦ってらっしゃるんだ。
さっきのアレは密談か何かだろうか。
 
しかしそんな妄想も一瞬で振り払われた。
 
古泉が、普段見せないような、冷ややかな笑みを浮かべ、俺を見つめていたのである。
 
「キョン君。トイレに行きませんか…?」
表情をいつもの柔和な笑みに戻し、古泉が言う。
 
「あ、あぁ…」
何だってんだ。今日は。
 
そうして俺は古泉によってトイレに拉致され、面と向かう形になり、古泉が話を切り出した。
 
「…あなた、涼宮さんに何をされたんです…?」
何を言い出しやがったコイツは。まさか知られてないだろうな…。
 
「…どういうことだ?」
 
「彼女のあの落ち込みよう…あなたが関わっているとしか思えないのですがね。何たって恋人な訳ですし」
知ってやがった。
一瞬、俺は銀河系の神秘を垣間見た気がした。
 
「…ちょっと待て古泉。お前何故それを知ってる?」
 
「フフフ…風のたy「嘘はいいっての」」
 
「そうですね。では単刀直入に申しましょう。あなたは今日、涼宮さんと恋人になったにも関わらず、
彼女の好意を素直に受けず、すこし厳しく当たってしまわれたのではないですか?例えば…」
 
「何言ってんだ古泉…?」
言葉とは裏腹に、一気に焦りと不安が俺を襲った。
ハルヒの不機嫌の原因は俺の行動だったのか。
というか、本当は気づいてたんじゃないか?俺。
 
「おやおや、あなたは真性の鈍感男ですか?…分かっているはずですね?」
 
…しかしここまでストレートだとはな。たった三行で。しかも俺も小学生並みの反論しかできんなんて笑い話にもならんな。
というか、一緒に弁当食ったのは不機嫌解消のネタにはならんのか。やれやれ…
 
「あぁ…そうだな」
 
「では、あなたのやるべき事ももうお分かりですね」
 
「あぁ…分かってる」
覚悟を決めた。
 
「やけに素直になりましたね。一つ僕とも愛を「断る」」
やはりHRの時に聞いた幻聴は幻聴じゃなかったのかもしれないな。
 
「そうですか…残念です」
本気で残念がるな、気持ち悪い。
 
「実は、皆さんにはもう作戦を提案してあります。僕自身はバイトで帰る、ということで」
 
「あぁ、すまんな」
 
「お礼ならk「断る」」
 
「そうですか…」
とりあえず嫌な予感がしたから断っといたが、「k」の先がが何なのかは考えたくもないな。
 
話が決まったところで俺たちはトイレから出て、今も不機嫌モードであろう我らが団長、
涼宮ハルヒの居る部室へと向かった。      
 
作戦について小声で話し合いながら、俺たちは部室に戻った。
それと同時に古泉は何やらハルヒにだけ見えないタイミングで全員にウィンクを送った。
多分これが開始の合図なんだろう。…何故か緊張してきた。
 
「………」
長門は顔を上げ5mm頷く。果たして今日こいつは喋るのだろうか?
 
「…喋る」
喋った。
 
「…何、有希?」
あ、ちなみにこの台詞はハルヒの台詞だ。
最早長門と全く区別が付かんな。
 
「…何でも無い」
そういうと長門は読んでいた本を閉じる。
 
「あ、ぇと…涼宮さん!」
相変わらずの慌てっぷり。癒されます。
 
「何?みくるちゃん」
 
「今日は私と長門さんで買い物に行くので、その…ここで帰らせて頂いても…」
 
「…わかったわ」
朝比奈さんも相当な罰を覚悟していたのだろう。
安堵の息を漏らすのを俺は聞き逃さなかった。毎度お疲れ様です。
 
「じゃ、帰りますね」
「………」
「じゃあね。また明日」
ハルヒの言葉に見送られ、長門と朝比奈さんは部室を後にした。
 
「さて、涼宮さn「古泉君も帰るなんて言い出すの?」」
ハルヒの強い口調に古泉は少しタジったが、すぐいつもの胡散臭い笑顔を作り、
「はい…何分急なバイトが入りまして」
「…わかったわ。また明日」
「はい。では」
 
部室を出る時、古泉が俺にアイコンタクトで
『本当にバイトが入らなければ良いですが…』
と言っている気がした。って何で俺は古泉と眼だけで会話してんだ、気持ち悪い。
 
『愛・コンタクトですね!』
 
背筋が凍る…勘弁してくれ…。まぁ、今回は借りがあるから水に流してやるか。
 
さて、問題はこれからだな…。
ハルヒは相変わらず不機嫌オーラを振りまいている。
こいつの機嫌を何とかしないと、古泉に借りができてしまうな。
それどころか世界の危機に発展するかも知れない…
いや、それとこれとは違う。
俺はハルヒにそんな力が無かったとして、告白を断っただろうか。
俺は「世界の為」に告白を受け入れたのか?
 
…答えは分かりきっていた。
俺はやっぱり…                    
 
部室に戻って10分が経った。
しかし、俺自身の本当の気持ちを理解してしまってからたった数分の間で、
ハルヒはやけに遠い存在になってしまっていた。
――恐怖。
それそのものだった。
 
告白は嘘だったんじゃないかと思うくらい、ハルヒの眼は死んでしまっていた。
話しかけても眼を合わせてくれない。やれやれ…甘々の予定だったのにな。
それでもここで退くわけにも行かない。
「――なぁ、ハルヒ…」
 
「何?」
暗く、温かみの無い返事。
入学当初のハルヒを見ているようで、俺の胸はいたたまれない気持ちでいっぱいになった。
 
「その、一緒に帰らないか…?」
断られるかも知れない。それならこの場ででもいい。
場所なんてどこでもいいさ。兎に角2人で話をつけなきゃならない。
 
「………別に。構わないわよ」
奇跡的にもOKを貰えた。言ってみるものだ。
…まだ眼は合わせてくれなかったが。
 
俺とハルヒは互いに無言のまま、部室を片付けて足早に校門を出た。
気まずい空気だが、一緒に帰る許可を貰ったからか、もう焦りは無かった。
しかし、どう切り出したものかね…。
 
打ち明ける方法を必死で考えている内に、ハルヒと分かれる分岐点が近づいてきた。
…もう、いい加減にしろ俺。覚悟なんてあの時トイレで決めてたはずじゃ無かったのか?
「ハルヒ…」
「………」
返事が無い。
まぁ帰りに誘っといて一言も喋らないんじゃ、嫌われたってしょうがないよな…。
正直に申し上げて、今俺は泣きそうだ。
ハルヒが俺にとってどれほど大事な存在なのかを痛感した気がする。
 
「ハルヒ…俺の眼を見てくれ」
「………嫌」
その声は儚く、寂しげな涙声だった。
 
「頼む。少しだけでいい。お前に言わなきゃいけないことがある」
「うるさい!!」
俺はショックを受けた。目の前で俺を睨んで立つ少女は、殆ど裏声でそう叫んだのだ。
 
「何が『言いたいことがある』よ!!あたしが色々言ってもろくに反応もしなかったくせに!!」
「その事だ…本当にスマン。ハルヒ」
 
「うるさいうるさい!!本当はあたしのこと好きでも何でもないんでしょ!!」
「そんな事ない!!」
 
「嘘ね!!」
「嘘じゃない!!」
いつしか2人の間で叫び声が飛び交っていた。
 
「嘘に決まってるわ!!毎日毎日アゴで使われて、休みの日も朝から呼び出された挙句奢らされて…
………嫌いになるに…き、決まってるよね…ヒクッ…ぇう…」
 
「…?…ハルヒ…?」
お前はそんな事―――
 
「も、もうあたし、ヒクッ…帰るね…」
そう言ってハルヒは俺にまた背を向け、そのまま走り去ろうとした。
「待て、ハルヒ」
そういって俺は、その少女の細くて華奢な腕を掴んだ。
 
「…は、離してよ…!ぅうっ」
「そうもいかない。勘違いされたまま帰られたら俺が困るんでな」
「………」
 
「ハルヒ、聞け」
もしお前が居なかったら、俺は退屈な毎日に絶望してただろう。
お前が居るから、毎日が楽しい。
その為なら少しくらいの苦労は耐えられる。
それにな、ハルヒ―――
 
―――俺には、お前に何されても毎日笑ってられる理由があるんだぜ―――
 
「お前が、好きだ」
世界の為とか、そんなものはどうでもいい。昼間のとは恐らく違う、心から出た言葉。
ただ、俺は今目の前に居るお前に心底惚れちまったんだ。きっとな。
 
「………本当に?」
あぁ。
「本当に本当に本当なの?」
あぁ、誓ってだ。
 
「………キョンの馬鹿!馬鹿ばかバカ!!!」
そう言って俺の胸に顔を埋め、肩を連打しながら大声をあげて泣く少女。
涙を通して人間らしい温かみが伝わってくる。
なんだ、考えてみればハルヒだって普通の女じゃないか…。
「あたしが…ヒクッ…どんだけ寂しい思いしたと…ぇぐっ…思ってるのよ!」
「遅くなって、すまなかったな」
 
しばらくして、ハルヒは顔を上げた。
まだ涙をボロボロこぼしながら、それでも今までで一番の、輝く様な笑顔でこう言った。
 
「そうよ!遅刻した罰として、これから先ず――っと、日曜日はあたしに一日服従よ!!」
やれやれ…いよいよ俺に休暇ってもんは許されないのか…。
まぁ、それもそれでいいだろう。
やっぱり恋人になってもこいつには敵わない。
 
「あと…やっぱ恋人になったんだし…ね?」
ハルヒはそう言って甘えた眼で俺を見た後、猫の様に俺の腕に抱きついてきた。
笑顔のハルヒの頬ずりが、心地良かった。
 
それと―――SOS団の皆には大きな借りができちまったらしい…土曜日はまた俺の奢りかな。
 
                                         fin

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最終更新:2020年03月12日 16:08