~キョン視点~
 
本日は晴天なり。今は午後の市内探索だ。
俺はハルヒと二人きりで街を練り歩いている。
今日のハルヒはやけにご機嫌のようだ。草むらの中、河原、住宅街辺りをくまなく歩き回り俺の足を棒へと変えようとしている。
だが、俺はこいつといるそんな日常が大好きだ。
「キョン。少し休むわよ、そこに公園あるし!」
やれやれ、やっと休めるぜ……。
「あたしは先に休んでるからあんたは何か飲み物買って来なさいよ!」
……こんな事を言ってくるが、俺はそんな傍若無人なハルヒが好きだった。
「おっそいわよ!あたしはこっちね!!」
と言って、俺の手にあるウーロン茶を奪った。
「おいおい、そりゃ俺のだ。お前のはこっち……」
言い終わる前に栓を開けて、口を付けていた。
「うんっ!冷たくておいしっ!……なんか言った?」
俺はしょうがなく、手に残ったオレンジジュースの栓を開けて、飲むことにした。
冷たいが、渇いた喉には少ししつこい100%オレンジだ。
「ねぇ、キョン。…少し交換しよっか?」
なんだ?いきなり。……まぁ、俺としてはそっちを飲みたかったわけで助かるのだが。
 
俺はハルヒからウーロン茶を受け取り、口を付けた。
「あんた……間接キスよ、それ。」
ブフッ!!
「あはははは!動揺して噴いちゃった?あんた気にしすぎよっ!!」
ハルヒはそう言うと、けらけらと笑いながらもオレンジジュースを口に含んだ。
「んっ!おいし!」
まったく……今日のこいつのテンションはやたらと高すぎるぞ。
ハルヒはベンチの上に立ち上がって、遠くを見始めた。
ちなみにこの公園は高台になっていて、上から街を見下ろせる良い風景になっている。
「ん~っ!風が気持ちいいわ!!……ねぇ、キョン。あたしね、こんななんでもないけど楽しい時間が続くことがうれしいかも。」
ハルヒは遠くを眺めながらそんなことを言いだした。いつも不思議な事、怪しい事とか言っているハルヒらしくない物言いだ。
「じゃあ、あれか?もう不思議やら宇宙人やらは用無しか?」
こっちを振り向き、俺に指を差してきた。
「それとこれとは別よっ!…だけどねあんた達とならこんなのも悪くないなって思ったの!」
そう言うとまたハルヒは遠くを見始めた。
その横顔は綺麗で、見ている俺は不思議と目を離せなかった。
「まぁ俺はどんな状態のお前でも好きだけどな。」
小声で呟く。
「え?今……なんてったの?」
ハルヒが顔を無駄に近付けて聞いてきた。こりゃ近すぎるぞ、唾が当たってる。
「な、なんでもねーよ。ほら、時間だ、戻るぞ。」
恥ずかしさに赤らむ顔を背けて、俺はベンチから立ち上がって歩きだした。
「こら、逃げるなっ!待ちなさいよ!!」
後ろから走って追いかけて来るハルヒの足音を聞きながら、俺は『こんな時間を続けれたら幸せだな…』とか思いつつ、喫茶店へと向かった。
 
次の日、授業中に窓からの素晴らしい陽射しを浴び俺はウトウトと言うより、熟睡に近い状態で3限から4限を消化していた。
「……痛っ!」
反射的に声をだしたが、授業中だったのでそのまま軽く寝たフリ。
しばらく経ったあと、原因の後ろの席を振り向いた。
「まったく…なんなんだよ、今度は。」
ハルヒは悪びれもせずに答えた。
「ちょっと用事があるからさ、昼ご飯食べたら屋上に来てくんない?……てゆーか来なさい、絶対だからね。」
ほんとになんなんだ?こいつが俺を呼び出して話なんて珍しすぎるにも程がある。
俺は4限の残りの授業を窓の外を眺めて過ごし、谷口と国木田と一緒に飯を食べ、屋上へと向かった。
 
屋上へ向かう前に、俺はウーロン茶とブラックのコーヒーを買った。
……そういえば、昨日のあれ聞こえてたのか?聞こえてたらメチャクチャ恥ずいな。
まぁ、いいか。
なんなら今からでももう一度言ってやるさ。
俺は3階から屋上へ向かう階段を登った。
人の気配がする……ハルヒか、待たせたら死刑だよな。
俺が少し駆け足気味で階段を登ると……そこには顔を赤らめて古泉に抱かれているハルヒがいた。
 
~ハルヒ視点~
 
もうキョンは来てるかな?
昨日あたしは公園でキョンが言った言葉を思い出して、ウキウキしていた。
『まぁ俺はどんな状態のお前でも好きだけどな。』って言ったはず、たぶん聞き間違いじゃない。
ほんとにキョンがあたしの事好きなら付き合ってくれるわよね?
もう精神病にかかってもいいわ。……キョンと一緒ならそれで構わない。
そんなことを考えつつも、あたしは階段を登って行った。……誰か、いる?もうキョンが来たのかな……不覚を取ったわ。
そこに居たのは、我がSOS団、副団長の古泉くんだった。
「こ、古泉くん!?なんでこんな所に!?」
「おや、涼宮さん。奇遇ですね。」
あたしは階段を登り、古泉くんに近付いた。古泉くんはあくまでも笑顔で続けた。
「実はですね、此処の景色はとても良いのでたまにですが息抜きに来るんですよ。」
そうなんだ。
……じゃあ、あたし達が邪魔しちゃ悪いわね。
「じゃあ、あたしは邪魔しちゃ悪いから行くわ。」
「それは残念ですね。それより、涼宮さんも何か此処に用事があったのでは?」
ま、マズい。キョンを呼び出したなんてバレたらなんかマズい気がする。
「な、なんでもないわ!そ、それじゃっ、古泉くんまた……キャッ!」
あたしは階段から足を踏み外した。ヤバい、落ちる!
……………って、あれ?
「危ない所でしたね、気をつけてくださいよ。」
古泉くんの声が耳のすぐそばから聞こえてきた。どうやら、古泉くんに抱き留められて助かったみたい。
「あ、ご、ごめんね?」
古泉くんはニッコリと微笑んで「良いですよ。」と答えた。
その顔は、とてもかっこよくてあたしの顔が赤くなるのがわかった。
 
カンッカンッ!
……なんの音かしら、何かが落ちた音?
 
あたしが目を向けると、そこにはキョンがいつも飲んでいるコーヒーと、あたしが昨日飲んだウーロン茶が落ちていた。
嫌な予感がした。…まさか、キョンが来てた?
「ごめん!古泉くん、また放課後ねっ!!」
あたしはジュースを拾い上げ階段を駆け降りて行った。
しかし、何処にもキョンの姿を見つける事が出来なかった。
…別の人だったのかな。うん、たぶんそうだわ。
 
予鈴がなり、あたしが教室に戻るとキョンは自分の席に居た。
「あ、悪いな、ハルヒ。岡部に呼び出しくらって行けなかったんだ。」
よかった…やっぱり、キョンじゃなかったんだ。
「まったく…しょうがないわね!また、部活の後でいいわ!!」
心の中の心配を悟られないようにいつものあたしの声で答えた。
「……あぁ、わかったよ。ハルヒ、それ……?」
キョンが指をさした先には、コーヒーとウーロン茶を持っているあたしの手があった。
「あ、こ、これっ?これはね……「俺が来た時用に準備しててくれたのか。…まぁ飲まないのは勿体ないから貰っとくよ。」
と言って、あたしの手からコーヒーを取り机の端っこに置いた。
「……二倍がえしを期待してるわよ。」
 
そう言うと、自分の席に座って窓の外を見る事にした。
 
放課後、あたしは掃除当番だった。キョンは先に部室に行っている。
部活の後、キョンにどんな言葉で告白しようかな…。
そんなことを考えながらも素早く掃除を終わらせ、早足で部室へと向かった。
静かな旧校舎なある部室。
あたしは一目散にSOS団の部室に行き、ドアを勢いよく開けた。
「みんなっ!げん…き……」
あたしは目を疑った。
ドアを開けたあたしの見た物。それは、俯いて頭を抱えて座っているキョンと、後ろから何かを言いながらキョンを抱いていたみくるちゃんの姿だった。
「は、ハル…ヒ?」
「す、すす涼宮さん!?」
そんな二人の声を背中に受けながら、あたしは部室のドアを閉めて出ていった。
 
~キョン視点2~
 
あ~、なんだってんだ畜生。ハルヒに呼び出し食らったと思ったら、あんなシーンを見せられるとはな。
正直、精神的に効いた。朝倉に刺された時より効いたかもしれん。
まぁ、俺が一人で舞い上がって勘違いしてたんだろうな。……恥ずい。
でも、あんなのを見せられた後でもまだハルヒの事を想っている俺がいた。
なんらかの拍子にあの状態になったとか……実は古泉が無理矢理抱いたとか……。
その辺はハルヒの態度を見れば分かるよな。
予鈴が鳴る。
ハルヒが俺が買ったコーヒーとウーロン茶を持って教室に入ってきた。
そういえば、あまりのショックに落としたのも気付かなかったのか。
「あ、悪いな、ハルヒ。岡部に呼び出し食らって行けなかったんだ。」
こんな感じなら不自然はないだろう。顔も引きつってない、たぶんいつもの顔が出来てるはず。
「まったく…しょうがないわね!また、部活の後でいいわ!!」
ハルヒは普段通りの顔で返事をしてきた。
見られた事に気付いてないのか?……それより、隠そうとしてるんじゃないか?
 
俺の頭の中に、不信感が渦巻いてくる。しかし、このまま普段通りの自分を演じなければいけない。
「……あぁ、わかったよ。ハルヒ、それ……?」
俺はハルヒの持っている飲み物に強引に話題を変えた。……そうでもしないと自分が保てそうになかった。
「あ、こ、これっ?これはね……「俺が来た時用に準備しててくれたのか。…まぁ飲まないのは勿体ないから貰っとくよ。」
ハルヒの口から出る言葉を遮り、コーヒーを取った。
何故なら、ハルヒが嘘をつくであろう事が何故かわかったからだ。
「……二倍がえしを期待してるわよ。」
もともと俺が買ってきたやつだ。やっぱり、こいつは古泉と抱き合ってたのを俺に見られてないと押し通そうとしてる。
何でだ、何でだよ。
やっぱり俺は一人で舞い上がってただけなのか?
そこからは、午後の授業にまったく身も入らず、淡々と放課後になるのを待った。
 
部室の前、俺は一人で来ていた。いつもは横にいるハルヒは今日は掃除当番らしい。
ノックをする……返事は無い。どうやら長門だけか。
長門なら、話聞いてくれるよな……。
「うぃ~す。」
俺がドアを開けて中に入ると、長門は本を閉じた。
「おいおい、まさかもう帰るのか?」
俺が尋ねると、長門は少し頷いた後答えた。
「そう。あなたは、いま精神がとても昂っている。何かのいざこざを誰かに聞いてもらいたがっている。」
お見通しかよ。
「わたしが聞いてもろくに返事を出来ない、あなたを怒らせるだけ。」
俺は心の中を全て読まれたことに逆上したのか、少し声を荒げて言った。
「長門、今日は少し口数が多いな。俺を避けたいのか?」
「その態度、それがあなたらしくない。……わたしは帰る。」
そう言うと長門はドアに向かい歩き出した。
それを俺は壁に押しつけて止めた。
 
「何でだよ!話くらい聞いてくれたって……「……苦しい、離して。」
長門のあくまでも平坦で、冷静な表情と声。
瞬間、俺は正気を取り戻した。
「あ……、長門…悪い…。」
「……いい。また、明日。」
そのまま、長門は出て行った。俺は一人椅子に腰掛け頭を抱えた。
俺は最低だ。一人で勘違いして舞い上がって、八つ当たりまでしちまった。
誰かに殴られたいくらいの気持ちだ。
「キョンくん?どうしたんですか?」
気がつくと、朝比奈さんが目の前に居た。どうやら俺は入って来たのにも気付かなかったらしい。
「俺…ダメな人間ですよね。心は狭いし…長門にも八つ当たりなんてしちまったんです……。」
そこまで言うと、俺は再び顔を手で覆いうなだれた。
すると、暗闇の中で後ろから暖かい感触。
「大丈夫です。……何があったのかはわからないけど、きっとみんなわかってくれますから。」
バンッ!!!
「みんなっ!げん…き……」
「は、ハル…ヒ?」
「す、すす涼宮さん!?」
ハルヒは何も言わずにそのまま出て行った。
「ごめんなさい、朝比奈さんっ!!」
俺はすぐに追いかけて、ハルヒの肩を掴まえた。
「……何よ。」
 
俺は何て声をかければいい?勢いだけで飛び出したから言葉なんて考えてなかった。
「ち……違うんだ!」
こんな稚拙な言葉しか出ない自分の頭がうらめしい。
「何が違うのよ。あたしはあんた達が何してようと知らないわ。……昼休みだって、来てくれなかったし。」
「あ、あれはなっ!……」
先に言葉が続かない。しかし、このままハルヒを諦めたくない。
「あれは何よ。あんたなんか……あんたなんかみくるちゃんとベタベタひっついてデレデレしてればいいのよ、バカキョン!」
さすがにそこまで言われて黙っていれる程、俺はヘタレじゃなかったらしい。
思考を経由せずに口が勝手に動き出した。
「なんだよ…それ。お前だって……俺を呼び出しといて古泉と抱き合ってたじゃねーか!!」
「っ!!あんた……見てたの?」
ハルヒはかなり動揺した顔をしていた。しかし、俺はそのままの勢いで言葉を継いだ。
「その後も何もなかった様に振る舞いやがって……お前はあのシーンを俺に見せたかったが為に俺を呼び出したのか!?ふざけるな!!俺が……俺がどんだけお前の事を……。」
俺は言い終わらない内に、走って部室棟から出て行った。
 
~ハルヒ視点2~
 
キョンには、全部バレていた。
あたしが古泉くんに抱き留められた事、その後のキョンに嘘をついて隠していたこと……。
それでも、キョンは我慢して昼休みまではあたしに変わらず接してくれていた。
みくるちゃんとキョンがイチャついていないのだってわかっていた。あれは多分落ち込んでたキョンをみくるちゃんが励ましてたんだと思う。
それを…キョンの優しさをあたしがほんの少しの嫉妬と苛立ちで台無しにした。
……一番悪いのはあたしじゃない。キョンも、みくるちゃんも、古泉くんも何も悪くない。
全部あたしが悪いのに…。
部室から無言で去ったあたしをキョンは追いかけてくれた。あたしは……あたしはキョンを追いかけて良いのかな?
そんな資格……ないかな。
部室棟の廊下の真ん中に立ち尽くしていると、みくるちゃんが目の前に来た。
「あ、あの…涼宮さん。話だけでも……聞いてくれませんか?」
頷いて、二人で並んで部室に入った。
団長席ではなく、さっきまでキョンがうなだれていた椅子に座っていると、みくるちゃんがお茶を持って来てくれた。
「ありがと…。」
声に元気が出ない、キョンにキツく言われて参ってるみたい。…自業自得だけどさ。
「涼宮さん、よかったら先に何があったかだけでも……聞かせてもらえませんか?」
 
あたしは、昨日の探索から、今日の昼休み、そして今の会話まで全てをみくるちゃんに打ち明けた。
「ごめんなさい……、わたしがあんな事しちゃったせいで……。」
「ううん、みくるちゃんは悪くないわ。あたしが勝手に勘違いして、イライラしてあんな態度取っちゃったんだもん。……でも、よかったらキョンに抱きついてた理由、教えてくれない?」
 
そこであたしが聞いた事は少なかった。
みくるちゃんが来た時にはキョンはあの状態で、有希に八つ当たりした事で凄く自己嫌悪をしていたという話だった。
「だから…ちょっとだけ、支えてあげようと思ったんです…。」
みくるちゃんはキョンの心配をしていた。もちろん、あたしが原因であんな風になったキョンを。
話を聞き、全てを頭で整理するとあたしの頭を渦巻く自己嫌悪。
何でこんな風になっちゃったんだろ。
あたしはキョンが好きで、キョンもあたしが好き。……いや、キョンはあたしを好き《だった》になったかもしれない。
まだ……取り戻せるかな?いや、取り戻したい。キョンとの楽しい時間を、あたしが最高の笑顔を見せることが出来る時間を。
「みくるちゃん、ありがと。……あたし、キョンと仲直りしてくる。たまにはあたしから謝るのもありよねっ?」
あたしの問い掛けにみくるちゃんは頭をブンブンと振って反応した。
「は、はいっ!素直が一番ですっ!」
そんなみくるちゃんに笑顔で別れを告げて、あたしは駅前公園に向かった。
キョンを呼ぶためにメールを打つ。
 
《よかったら、話を聞いて。駅前公園で待ってる。……ずっと、待ってるから。》
あたしは送信ボタンを押すと、携帯をポケットにしまい、早足で駅前公園に向かった。
 
午後22時、駅前公園。
あたしの座っているベンチは、一人あたしだけしかいない。
何で来てくれないの?もう、元には戻れないの?
目からは、涙が滲んできた。制服の袖でそれを拭い、あたしは呟いた。
「早く……来なさいよ、バカ。」
「…バカで悪かったな。」
 
後ろを振り向くと、そこにはコーヒーとウーロン茶を持ったキョンがいた。
 
~キョン視点3~
 
我ながらマヌケだ。
勢いに任せて走って行ったのはいいが、完全に鞄の存在を忘れていた。
夜19時半の旧校舎。
さすがに誰もいないし、野球部ですら片付けを始めていた。俺は誰もいない部室に入り鞄を取り、すぐに外へ出た。
校門を出て、ハイキングコースの様な道を歩いて下る。今日あった出来事が頭の中で反芻され、肉体的にも、精神的にも辛くなる。
ふと、大きめの石を見つけ蹴ってみた。坂道をコロコロと転がり、勢いを緩め、止まった。
だからと言って何かがあるわけでもないが、俺はそれを見て早歩きで下りだした。
……腹が減ったからな。
 
歩きから、自転車へ。
脇目も振らずに俺は家へ向かった。
知り合いとすれ違ったかもしれん。だが、今は一刻も早く休みたい。
そんな思いが通じたか、信号待ちをすることもなく素早く家に着いた。
まず、食事。次に、走り過ぎてかいた汗を流すために風呂。そのようなプロセスを経て、俺はようやくベッドに寝転がった。
今日はいろいろあったな……。ハルヒに呼び出され、嫌なシーンを目撃して、長門に……長門!!
 
謝らなくちゃいかん、だいぶ落ち着いた今なら話してくれるはずだ。
そう思い携帯を開くと、新着メールが一件あった。
From《涼宮ハルヒ》
本文《よかったら、話を聞いて。駅前公園で待ってる。……ずっと、待ってるから。》
時間は……18時15分。
今は、21時40分……まさか、な。
俺はすぐさま着替えて外に出て、自転車を飛ばして行った。
 
午後22時。
駅前公園の近くに自転車を置き、公園の外から中を眺めた。いない…いない、よな。
俺の位置から一番遠いベンチに座っている、肩くらいまでの髪の女。
…間違いない、ハルヒだ。俺は一呼吸置き、自販機でコーヒーとウーロン茶を買った。
そして、ハルヒの後ろ側からゆっくりと近付いた。
肩を震わせて、袖で目を拭っているようだ。……まさか、泣いてるのか?
「早く……来なさいよ、バカ。」
ずっと…待ってたのか。
「…バカで悪かったな。」
驚いて振り向いた顔には、少しだけ泣いたあとが残っていた。
俺は手にもっていたウーロン茶をハルヒに渡して、横に腰掛けた。
「…そい…よ……。」
「ん?なんだって?」
「遅いのよ…バカァ…。」
ハルヒは俺の胸に顔を埋めて泣き出した。
 
「もう……来ないと思った。…話も、聞いてくれないと思ったんだからぁっ…!」
ハルヒの涙を見たのは、これが初めてじゃないだろうか。俺はなす術も無く、ハルヒの頭を抱き、しばらく泣きやむまでそのままでいた。
 
「落ち着いたか?」
頭を上げたハルヒに俺は問い掛けた。
「うん、もう大丈夫。」
そう言うと、ハルヒは立ち上がって、歩きだした。
俺もそれを追うように歩いた。
黙って歩き、ちょっとした階段を登った所でハルヒは止まった。
「いろいろ……ごめんね?キョン。勝手に誤解して…嘘ついて…あたしの事、許してとは言わない。ただ……嫌いにならないで…。」
そう言うと、ハルヒは体を後ろ向きに倒し始めた。
……って、此処は階段だろうが!
「何やってやがる!!!」
俺はハルヒを抱き留めて、そのまま尻餅をつくように階段とは逆に倒れ込んだ。
「バカかお前は!!死ぬ気か!?」
俺達の呼吸は、早くなっていた。恐さで呼吸が荒くなったと言い換えた方が正しいか。
「……今の、今日の屋上であったこと。」
ハッとした。だが、それだけの為にこいつは自分の身を投げたのか。……真性のバカだ、こいつは。
「わかった、信じる!だからって実演することはないだろう!?」
「こうでもしなきゃ、信じてくれないじゃない。それに……キョンが助けてくれるって、信じてた。」
確かに、どんな言葉で説得されるより効果はあったな。昼休みの出来事が事故だと言うのがきっちりと把握出来た。
「まったく…お前の方がバカだよ。ほら、立てよ。ベンチに戻ろうぜ。」
俺はハルヒを引き起こして、ベンチへと歩いた。
 
《嫌いにならないで》か。
俺は嫌いになるどころか、まだずっと好きだった。あんなシーンを見せられても、怒鳴りあっても、それだけは変わらなかった。
俺が求めているのは好きになり合うこと、ハルヒが求めているのは嫌われないこと。
俺はあくまでも好きでも嫌いでもない存在か?友達止まりなのか?
考えながら、コーヒーを一口啜る。ブラックだから苦い、当たり前だ。
「みくるちゃんから、いろいろ聞いたわ。」
先に口を開いたのはハルヒだった。
「ごめんね?あたしのせいで嫌な思いさせて、有希にも迷惑かけちゃったのもあたしのせい。」俯きながら話していた。
「そんなことないさ。もともとはお前の話を聞く前に勝手に誤解したうえに、教室で嘘までついた俺が悪いんだ。」
さらに、沈黙。気まずい空気が流れだす。
次は俺から口を開いた。
「……二人とも、同じようなことやってんだ。おあいこにしようぜ。」
少し驚いた表情をこっちに向けてきた。
「ほんとに……許してくれるの?」
「だからおあいこだって言ってるだろ。」
驚きの表情が安堵に変わる。少し弱い感じだが、いつものハルヒに似た笑顔だ。
その顔を見た時、俺は感じた。やっぱり、今まで通りの関係なんて嫌だ。ハルヒと付き合いたい……と。
 
~ハルヒ視点3~
 
キョンがおあいこって言ってくれた。あんなに勘違いして、一人で不機嫌になっていたあたしを許してくれた。
自然と笑みが出る。泣いた後だから上手く笑えない、でもうれしいから笑っちゃう。
キョンが優しい、この時間をずっと続けたい。
もう夜も遅いけどずっと一緒にいたい。離れたくない。
あたしは、やっぱりキョンが好きだ。
さっき階段であたしが身を投げた時、《嫌いにならないで》と言った。だけど、もうそれだけじゃ満足出来ない。
「ねぇ、キョン。」
キョンがこっちを向く、鼓動が早くなるのがわかる。
言葉が出ない、なんて言えばいいんだろ。
「ほ、星がきれいね。」
違う、違う。あたしはバカだ!こんな事が言いたいわけじゃない!いつものあたしならサラッと言えるのに、キョンに弱い所を見られて臆病になってる!
「あぁ、そうだな。」
キョンは笑顔で言葉を返してきた。そんな顔されたら、好きな気持ちが止まんないじゃない…。
あたしは、星を見るキョンの横顔に見とれていた。
「どうした?」
目が合った。うわ、今顔がメチャクチャ赤い。あたしは目を逸らしながら言った。
「な、なんでもないわよ。」
キョンは告白(未遂)を2回もしてくれた。あたしはキョンの気持ちを聞くだけ聞いて、返事はしてない。
じゃあ、答えは簡単。怖いけど……あたしの気持ちを伝えよう。
キョンにとって、あたしはもう恋愛対象に無いかもしれない。だけど、はっきりさせよう。
もう、あたしの精神病は止まらない。
「キョン。あたしにはこんな事を言う資格なんてない。あんたの気持ちも変わったかもしれない、だけど……聞いてくれる?」
キョンは黙って頷いた。
 
「あたしは、あんたが好きだった。それこそ、いつ好きになったかわからないくらい。……もし、あんたの気持ちが変わってないなら…付き合って…欲しい。」
あ~言っちゃったわ。後悔は無いけどドキドキする。
でも、もしダメでもキョンとは今まで通りに出来る気がする。ちゃんと本音を伝えることが出来たから……。
「俺で……いいのか?」
キョンが尋ねてきた。…どうやらキョンもまだ好きでいてくれたみたい。
「あんたじゃなきゃ……ダメなのよ。」
と答えると、キョンがあたしを抱き締めてきた。
ダメ、いきなり過ぎて心臓のドキドキが止まらない。しかも体がくっついてるからキョンにも聞こえちゃってる、恥ずかしい…。
 
ベンチに座り抱き合った状態で5分程経った時、キョンが口を開いた。
「あ~、すまん、ハルヒ。…ドキドキするから何か言ってくれ。」
………ほんと、あんたって男は…。
「あんたね、雰囲気台無しじゃない。……せっかく幸せな気分に浸ってたのに。」
「はははっ、悪いな。」
いつもの会話が出来るようになった。あたしはこの雰囲気が一番好きだ。
「もう…しょうがないわね。お詫びに……キス、してよ。」
あたしはそっと目を閉じた。自分でもとんでもない事を言った気がするけど、関係ない。もう、やりたいようにするわ。
「き、キス……か。わかった…い、行くぞ。」
目を瞑ってるから何も見えない。だけど、キョンの存在が少しずつ近付いてくるのが分かる。……あんまりゆっくりしたら、あたし、ドキドキしすぎて倒れそう。
「お、お願いだから早くして?あたし、ずっとドキドキしてるんだけど……。」
「あぁ…悪い。」
そう言ったキョンはあたしにキスをしてきた。
瞬間的に唇を重ねただけのキス。現実でのあたしのファーストキス。
 
日付が変わった午前0時の駅前公園、あたしにとって、一番大事な時と場所になった。
 
「じゃあ……帰ろうぜ。お前の両親も心配してるだろ?」
優しいキョンの声、心が少しずつ落ち着いてくる。
「もちろん、あんたが送ってくれるのよね?」
キョンがあたしの手を引きながら答えた。
「何をいまさら、当たり前だろ?ほら、乗れよ。」
いつの間にかキョンの自転車がある場所まで来ていた。すでにキョンは自転車に跨がっている。
あたしはキョンの後ろに座り、強く、強くキョンの体を抱き締めた。
「キョン、……大好き。」
「俺もだよ、ハルヒ。」
 
そのまま、あたしは家へと続く道をキョンの温もりに幸せを感じながら帰って行った。
 
終わり

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最終更新:2020年03月12日 16:07