「…例えばの話…もしかしたらオチの無い話」
 
長門さんのページを捲る手が止まり、無機質な目が僕に向けられる。
僕も詰め将棋をしていた手を止めて、彼女の方に顔を向ける。
 
「…あなたに手足が沢山付けられるとする。だとしたら、あなたは何本取り付けたい?」
「…藪から棒にどうしたんですか?」
「…これ」
 
長門さんが指指した先に、静かに動く物体。
日常でよく見かけるもので、まぁこの部室にいても何らおかしくは無い存在で。
 
「蜘蛛ですか」
 
机の上で静かに動くそれは、普通なら女性に忌み嫌われるものなんですがね。
 
「…蜘蛛」
 
ポツリと呟く長門さんの目には、少しばかりの好奇心が宿ったみたいでして。
 
で、この蜘蛛とさっきの質問の関係性って何ですか?
 
「………」
 
ミクロ単位で首を傾げる長門さん。
考え無しの発言だったんですか?
 
「…無意識」
「…そうですか」
「…強いて言うなら、何故こんなに足があるのか気になった」
「彼らなりの環境への対応なんじゃないでしょうか?」
「…貴方も対応しているの?」
「僕ですか?僕はこのままでいいですよ。手足もこれ以上いりません」
「…なら蜘蛛は何故?」
「蜘蛛は僕達人間とはまた違う存在だからですよ。先程も述べたように、彼らなりに足を増やさなくてはいけなくなったんじゃないでしょうか?」
 
パタン、と彼女が本を閉じる。
机の上の蜘蛛は動くことを止め、静かにその場にたたずんでいた。
 
「…私は?」
 
相変わらず真っ直ぐな目で問いかける。
 
「…質問の意味がよくわかりませんね」
「………」
「長門さんも、環境に対応していくのかということですか?」
「…私は…蜘蛛ではない。ましてや貴方達のような有機生命体…人間と呼ばれる存在でもない」
「…あぁ」
 
少し言葉に詰まる。
どんな答えを長門さんは待っているのだろうか。
 
「僕は、長門さんが僕達とは異なる存在だとは思ってませんがね」
「…しかし、厳密には違う」
 
ほんのわずかに、声のトーンが落ちた気がする。
気にしているのだろうか。
ただ単に話すことに疲れたのだろうか。
 
もしくは、気にし続けることに疲れたのだろうか。
 
「あなたはそう思ってればいいじゃないですか。僕は長門さんも、おんなじ存在だと思ってますから」
「………」
「これまでも、これからも」
「…そう」
 
開けておいた窓から静かな風が入る。
じっとしていた蜘蛛が再び動き出す。
 
「…私も、今のままがいい」
 
ポツリと呟いて、長門さんが蜘蛛を掬う。
 
「どちらにいかれるんですか?」
「…いるべき場所に逃がしてくる」
「そうですか…」
 
いるべき場所、か。
僕はいつまでSOS団にいられるのでしょうか。
 
そんなことを考えていると、不意に部室の扉が開く。
 
「あ、こんにちはぁ。遅くなってごめんなさい」
「朝比奈さん。こんにちは」
「あれ?どこかに行くんですか?長門さん」
「…これ」
 
手のひらを広げて中身を見せる長門さん。
覗きこんだまま完全にフリーズする朝比奈さん。
 
…あ、何かいやな予感がする。
 
「……ひぃぁぁぁあぁぁぁあ!!!」
 
ですよね。
普通間近で蜘蛛を見たら女の子はそういう反応をしますよね。
 
「…何故そんなに驚くの?」
「いや、その反応が普通ですよ」
「は、はやく逃がすなら逃がしてくださぃい!!」
「…朝比奈みくる」
「な、何ですかぁ!?」
「…はい」
 
ポン、と朝比奈さんに蜘蛛を手渡す長門さん。
再びフリーズする朝比奈さん。
 
「……………いやぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」
「あ、ちょっと暴れないでください朝比奈さん!蜘蛛が潰れちゃいますよ!?」
 
いや、機関がなんと言おうと僕の居場所はここです。
こんなにはちゃめちゃなSOS団が、今の僕は大好きだから。
 
「だ、誰か蜘蛛をとってくださぃい!!!」
 
なんとなくそう思った、ある晴れた日のこと。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「…で、オチは?」
「冒頭で有希が言ってたじゃない。もしかしたらオチの無い話って。あんた何も聞いてなかったの?」
「…出番が無いから読み飛ばしちまったよ」
 
おわり
 
 

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最終更新:2009年03月26日 22:39