「う~…今日は冷えるな…」

休日の今日、俺は商店街に買い物に来ていた。
秋もズイブン深まり、街路樹が黄色に染まっている。
冷たい風が吹き、俺はそれを避けるためにジャンパーの襟を立てた。

「なにが私の分もよろしくね、だ…」

手に持った本屋の紙袋を眺めながら呟く。
今日はいつも読んでいる漫画の発売日だったので本屋に行ったのだが、
その出掛けに妹に捕まってしまった。

ゆらりん・レボリューション。

表紙を見ただけで分かる、バリバリの少女漫画だ。
まぁあれで可愛い妹の頼み。
しかもついでだ。
俺も鬼じゃない。
買って来てやると軽く答えたものの、買った時の女性店員の目は思った以上に気恥ずかしかった。
エロ本を買う方がまだマシだ。

…妹にエロ本を頼まれたら死にたくなるが。

………何を考えてるんだ俺は。
……妹はまだ小学生だぞ?
…いや、しかしだな。小学四年生でもママになる昨今。
いつか俺がアイツに性教育など教えたりする機会が…

無いか。無いな。



今日は疲れているらしい。
…早く帰ろう。












俺が家路を急いでいると、道の反対から見知った姿が歩いてくるのが見えた。

「…ハルヒ?」

遠目にも分かる。
アイツは…なんというかオーラを出しているからな。
もっぱらトラブルメーカーのオーラだが。

ハルヒは一人では無く、誰かと一緒だった。
ハルヒより少し背の高い女性。先輩か何かだろうか。

…アイツにも俺達以外の友達が居たのか。
…ファンタジーだ。

俺が気付いたように、ハルヒも気付いたらしい。
こっちを見ては何だか慌てている。

何を慌てているんだ?

そうこうしていると、ハルヒが急にあたふたと電柱の後ろに隠れた。
連れの人が何だか驚いている。

…おい。そんなに俺に見つかるのが嫌か。

というか、隠れられたのが何やらカンに障った。
ハルヒが隠れなければ、俺の方がハルヒを見て見ないフリをしていたかも知れないが、
隠れられたからには探し出すのが道理ってもんだっぜ。

連れの人が何やらハルヒに話しかけていた。
俺は距離を詰める。

「…ハルヒ、こんな道の往来で何やってるんだ? パントマイムの練習なら家でした方が環境にも優しいぞ」

「…おや?」

俺が声をかけると連れの人が驚いた顔で俺を見た。
なんだか…見た事があるような人だな。
年の頃は20代後半といった所か。
ハルヒも意外と交友関係が広いらしい。

「…にゃ、にゃーん」

ハルヒが猫みたいな声を出す。
…一体なにがしたいんだ、コイツは。
本人は隠れているつもりか知らないが、電柱から思いっきりはみ出している。

「ははーん、なるほど。そういう事」

ハルヒの連れの人が、ハルヒと俺を交互に見て何だかニヤニヤしている。
俺の顔に何か付いてるってのか?

「…おい、ハルヒ」

俺が再度声をかけると、イライラした様子でハルヒが電柱の影から姿を見せた。

「……あー、もうっ! なんだってのよ、バカキョンっ!」

いきなりキレている。
そんなに友達と一緒の所を見られたく無かったのか。
それは悪い事をしたな。見つかりたく無ければ今度から石ころ帽子でも被っていてくれ。
すぐ破きそうだが。

「へー! 君があのキョン君なんだ?」

連れの人が俺に声を掛けて来た。
…見たような顔だと思ったが、どこかで会っているのだろうか。

「いつも娘から話は聞いてるよ。へー、そっか、君がねー?」

「ちょ、ちょっとママ!」

何やらハルヒが慌てている。
そうして連れの人は俺を興味深そうに見つめて来た。



…………………ってちょっと待て。

……………今、なんつった?

………娘? ママ?

…えーと。



この人はハルヒを娘と呼んだ。
ハルヒはこの人をママと呼んだ。
自然とその答えはナンバーワン?もともと特別なオンリーワン?青い古泉が俺を責める?
げっちゅー。
っていかん、俺も軽くパニクっているらしい。
何か挨拶せねば。

「え、えっと…どうも」

俺は慌てて頭を下げる。
同時にハルヒに声を掛けた事を地味に後悔していた。
そりゃ親と一緒のところだったら、声など掛けて欲しく無いに決まっている。
…ハルヒに少し悪い事をしたな。…ちょっとだけ。…ホンのちょーっとだけだが。

「いやいや、いつもハルヒと仲良くしてくれてるみたいだね。ありがと」

そう言いながら手を差し出してくる。
俺はその手をおずおずと握った。

…そういう意味だよな?
いや、待てよ。この御仁はハルヒの血縁者だ。
もしかしたら「ちょっとジャンプしてみろ」的な意味だったのか。
まさか。そんな。突然カツアゲだなんて。どうした法治国家。

そんなくだらない事はともかく。

何やら颯爽とした人だ。
普通、娘の友人と握手しようなどとしないだろう。
どこか鶴屋さんに雰囲気が似ている。

改めて見ると、連れの人改めハルヒ母は随分と若い。
ハルヒの母という事を考えると恐らく40代、若くても30代後半のハズだが、どう見てもそんな年には見えん。
綺麗な長い黒髪ポニーテールって所が俺の趣味、内角高めストライクだな。
さすがにハルヒ母に萌えられんが。


「ママ! 私が仲良くしてあげてるの! それにソイツとはそんなに仲良くないんだから!」

「何言ってんの? ハルヒ、いっつもキョン君の話してくれてんじゃん?」

ハルヒ母はハルヒによく似ている。いや、逆か。
はっきりした目鼻立ち、意思の強そうな目。
ハルヒが美人なのは、…まぁ世間一般で言う所の美人の範疇なのは、母親譲りなんだな。
どうりでどこかで見た事がある顔だと思ったハズだ。似たような顔を毎日見ている。

どうでもいいが、親子揃ってキョンキョン言わないでくれ。



「わっ、私がいつキョンの話したってのよっ!」

「えーと、この前は一緒に野球しただとか、その前はキョン君の夢を見ただとか…」

「ばっ、バカっ! ママ、その話はっ!」

「何をー? バカだとー? ハルヒ、私はあんたをそんなコに育てた覚えはないぞっ?」

ハルヒ母がイタズラっぽく笑いながら、慌てるハルヒの頭をグリグリした。
…やっぱり親子には見えん。どう見ても仲のいい友達って所だ。


…しかし、さっきから会話の内容が俺には恥ずかし過ぎる。
コイツは家で何をのたまわっているというんだ。
見ればハルヒは顔を真っ赤にしている。
俺の顔も何やら熱い気がした。

…もし、もしもだぞ。
ここで俺の顔も赤かったとしてみろ。

二人して赤面している事になる。
どこの清純カップルだ。えぇい、いまいましい。



「あ、そーだ、ハルヒ。今年はキョン君たちに祝ってもらえばいいじゃない?」

俺がそんな事に気を払っていたら、ハルヒ母がふと思いついたように言った。
祝う? 一体、何をだ?

「マ、ママっ! その話もダメだって…! …うぐっ」

ハルヒが何か言おうとしたが、ハルヒ母に押さえつけられてしまった。
あの天上天下・唯我独尊・暴走特急・涼宮ハルヒがここまでやり込められているのを見るのは初めてだな。
何やら気持ちが清々しいぞ。
あのハルヒにして、この母という事か。
いいぞ、もっとやれ、やって下さい、ハルヒ母。



「ねぇ、キョン君。突然なんだけど10月8日って暇かな?」

俺がそんな友達親子を眺めているとハルヒ母から突然話を振られた。
10月8日。もうすぐだ。
恐らく予定は無かったハズだが。

しかし、初対面の娘の知り合いに突然そんな事を聞いてくるとは。
さすがハルヒ母。モノが違うぜ。



「えぇ、たぶん暇だと思いますけど」

「10月8日さ、実はこのコの誕生日なんだ。でもね、このコ、さっみしい事に毎年一人でさー。
誰かに祝ってもらったらって、いつも言ってたんだけど。
だからさ、キョン君さえ良かったら祝ってあげてくれないかな」

そう言いながらウィンクされた。
見た目も若いが行動も若いハルヒ母。しかもサマになっている。

それにしてもハルヒの誕生日とは。初耳だ。
コイツの事だから、自分の誕生日なんて宣伝して回るかとも思っていたが。
意外とそういう事を自分から言い出せないタイプなのか?

…無いか。無いな。




「…えぇと…」

俺が答えあぐねていると、ハルヒ母から抜け出したハルヒに引っ張られた。

「ちょっとキョン、こっち来なさいっ!」

ハルヒが俺のジャンパーを掴み、引っ張る。
どうやらハルヒ母から引き離したいようだ。

「くっくっ…あとはお若い二人でごゆっくりー」

そんな俺達をハルヒ母がニヤニヤしながら見ていた。
…娘が慌てるのを見るのが楽しくて仕方ないって感じですね、母上様。



「い、いい、キョン、このコト誰かに喋ったら死刑だからねっ!」

ハルヒ母から少し離れると俺の首元を掴み、ガクガク揺らしながらハルヒがすごんで来た。
近い。むしろ近い。っていうか近い。

「何を喋ったら死刑だというんだ。お前の母上の事か? それとも母君に俺達との思い出を熱く語る、お前の妙な性癖についてか」

俺は首をガクガクさせながら返す。
無抵抗主義、それが俺のジャスティス。
このまま俺の首が取れたら面白いかも知れない。

無理だが。



「全部よ、全部っ! いい、今日、私と会った事は全て忘れなさい、それがあんたのためよ、いいわね、分かったっ!?」

ハルヒがどこかのエージェントのような事を言う。
その顔は赤くなりすぎて湯気が出そうだった。

…おーおー、まるでタコだな。そんなに恥ずかしかったのか。
しかし、お前の場合は身から出たサビ。
だが、俺は道を歩いていて知り合いに話しかけたら、突然羞恥プレイの真っ只中に放りだされたんだぞ。
新しすぎる。そんなのアリかよ新展開。

…まぁ、でも確かに親と一緒の所を見られるのは恥ずかしいもんだしな。
何が恥ずかしいというワケじゃないが、いたたまれなくなる。
俺にも覚えがあったので、世にも可哀想なハルヒに同情してやる事にした。

「忘れてやってもいいがな」




「ふん、分かればいいのよ」

そう言いながらハルヒが俺の首から手を離す。

「…はぁ…。ったく、せっかくの休みだってのに、何であんたになんかに会わなきゃなんないワケ…?」

ハルヒが盛大なため息をつきながらボヤく。
奇遇だな、ハルヒ。俺も今、同じ事を思っていたぞ。




「………あれ? あんたこれ…」

離れると、ハルヒが俺の持っていた紙袋に注目した。

「あぁ、今日は本屋の帰りでな」

俺がそう言うとハルヒがここぞとばかりにニヤッと笑う。

「ちょっと何買ったのよ。見せなさいっ!」

言うが早いかハルヒに紙袋をひったくられる。

「どーせ、あんたのコトだからエッチな本でも…」

ハルヒが何やら失礼な事を言いながら、俺に背を向け紙袋を物色している。
まぁ見られて困るもんじゃないしな。

…見られて困るもの。

………あ。


…ゆらりん・レボリューション。


「………あ。」

俺がそれに思い当たった時、ハルヒの動きが止まった。

「……あ、あんたも色んな趣味持ってんのね」

ハルヒが振り返ると静かに紙袋を押し付けてきた。



見ればハルヒは俯きながら、何やら神妙な顔をしている。
なんだその見てはいけないモノを見ちゃった的な顔は。

「…意外と面白いんだぜ」

読んだ事も無いが。
妹に頼まれたものだと説明するのも言い訳がましい。流すことにしよう。

「…きょ、今日は痛み分けってトコロね」

別に俺は大したダメージを負っちゃいないが。
ハルヒが赤くなりながらも、偉そうに腕を組んで勝ち誇っているので、そういう事にしておいてやるか。

「…今度、貸してやろうか?」

「…ま、まぁ、考えとくわよ。じゃ、じゃあねっ!」



そう言いながらハルヒが身をひるがえす。
ハルヒ母といえば、こちらを興味深そうに眺めていた。
その母を無理矢理引きずるようにハルヒが歩いていく。

「キョン君、まったね」

ハルヒ母が引きずられながらも、にこやかに手を振って来た。
俺もそれにならう。



…しかし、一つ気になる事があった。

「なぁ、ハルヒ!」

俺は遠ざかるハルヒに声をかける。

「お前の誕生日って…!」



俺がそう言いかけるとハルヒが凄まじいスピードで引き返してきた。

「だからっ! 忘れなさいって言ってるでしょ、このバカキョンっ!!」

そう叫んだハルヒは、今日一番近かった。




















「………あ。」

翌日の朝。
学校へ向かおうと自転車を引っ張り出した時、その異変に気付いた。
…チェーンが切れている。

なんだ?
昨日の帰りは何ともなって無かったハズだが。
誰かのイタズラか?
しかし、一見した所すぐには直りそうに無い。

…やれやれ。あの地獄のような道のりを歩くのか。
勘弁してくれ。











「………お。」

遺憾ながら通学路を歩いていると、俺はまたハルヒと出くわした。

「…よう。最近よく会うな」

「…ふんっ。あたしはベツに会いたくも無いけど」

そっぽを向かれてしまった。
我等が団長様は今日は朝から不機嫌絶好調らしい。
昨日の事を引きずってるのか?

「なぁ、ハルヒ」

二人して黙って歩いているのも、見た目にアレなので話しかけてみる。

「………」

しかし返事は無い。
これは相当機嫌が悪い時のハルヒだな。

…というか返事もしないぐらいなら、距離をあけて歩けばいいものを。
まぁ、コイツの機嫌が悪いのはいつもの事だが。
年に2,3発、空から弾道ミサイルが降ってくるぐらい当然の事だ。
どーか俺の上に落ちて来ませんように。ジーク・ジオン。







「…ハルヒ」

「………」

二人して淡々と歩き、そうして校門に差し掛かった頃、無駄かも知れないが俺はもう一度話し掛けてみた。
昨日の事でどうしても気になる事があったからだ。

「なぁ、昨日のお前の誕生日の話…」

「だーかーらっ! その話は忘れなさいって言ったでしょっ!」

ハルヒが目にも留まらぬ素早さで俺のネクタイをグイッと掴んだ。
おいおい、そのネクタイはお前の吊り革じゃないんだぞ。

「いや、本当にお前の誕生日だってんなら…」

「あー、もうっ! うっるさいわねっ、バカキョンっ! その話はしないでっ!!」

怒鳴られた。
朝から怒声の似合う女だな。
しかし、その態度は何か微妙におかしい。
…普段からコイツの怒っている所は散々見させられて来たが、
今日のハルヒからは、何やら違和感のようなものを感じていた。



「おんやー? お二人さん、今日も朝から夫婦ゲンカですかな?」

急に穏やかな声が聞こえた。

「おいっす! こんな所でイチャついてると通行の邪魔にょろー?」

鶴屋さんだ。
気付けば俺達は校門に入る生徒の邪魔になっていたらしい。
周りを見れば、軽く人垣が出来ている。
皆が皆、俺達を遠巻きに眺めていた。

…おい。今日も羞恥プレイか。
俺はどうやら羞恥プレイの星の加護を得てしまったらしい。




rァ羞恥プレイの星の加護

すてる

それをすてるなんてとんでもない!


…いまいましい。




「…ふんっ!」

俺が脳内で遊んでいると、ハルヒは人垣を一瞥し、校舎の方にノッシノッシと一人で歩いて行ってしまった。

「おやおや、今日はまたいっとうフキゲン大爆発だねぃ」

人垣が動き出した頃、ハルヒの背中を見ながら鶴屋さんがそう言う。

「…いつもの事ですよ。アイツが不機嫌なのは」

「…おぉっと」

鶴屋さんが何やら驚く。
…何か驚くような事でもあったか?

「…にっひひ、そうだねっ。いつものコト、だ!」

かと思えば次は俺の顔を見上げニコニコしていた。
朝から笑顔の似合う人だな。
鶴屋さんはきっと笑顔のマギを持っているに違いない。
少しの間でいいから、それを哀れなハルヒに貸してやって頂きたい。マジで。


「まっ、何があったか知んないけどさっ! ハルにゃんの不機嫌はキョン君がめがっさ癒してあげないとっ!」

鶴屋さんは「あーっはっはっ!」と高らかに笑いながら、俺の背中をバシバシ叩く。
…どうでもいいが、ちょっと痛いっす。
彼女は俺の背中を散々叩くと満足したように悠々と校舎へと歩いて行った。

…なんだったんだ?
…ハルヒの機嫌が俺の一存で直るなら、世界は夢の恒久平和になるかも知れんが。







授業が終わり、放課後。
俺は後ろを振り返る。

「ハルヒ、今日の部活は…」

俺が後ろのワガママ娘にそう言いかけた時、彼女はもう帰る準備をしていた。

「…帰るのか?」

「…見て分かんない?」

ハルヒがぶすっとした顔で答える。
今日は朝からずっとこんな調子だ。
突然怒ったり不機嫌になるのは今までたまに、…というかしょっちゅう、…むしろ頻繁にあったが、
こんなに引きずっているのは久しぶりだ。

「…あんたはどうすんのよ?」

「俺は少し顔を出すさ。団長様の欠席も伝えなきゃならんしな」

「…そ。じゃあね」

ハルヒが手をヒラヒラさせながら教室から出て行った。
…なんだかな。

まぁいい。今日はアイツが居ない方が好都合だ。







俺は今日一日、ずっと考えていた。
昨日の話。
ハルヒが誕生日らしいという事だ。

ハルヒ母はこうも言っていた。
ずっと一人だったと。
…まぁ、あの性格じゃ友達に囲まれて人並みに祝われるってのは無理な話なのかも知れんが。

俺はその話を聞いて、何やら落ち込んでいた。
…少し違うか。同情…とも違う気がする。
ともかく、何だか知らないが嫌な気分になっている自分に気付いた。

…えぇい、何故、コミュニケーション不全のアイツのせいで俺がヘコまなきゃならんのだ。

それに理由は知らんが、アイツは誕生日だという事を知られるのを嫌がっていたじゃないか。
もしかしたら誕生日アレルギーなのかも知れん。
誕生日になると急にコサックダンスを踊りだしたくなり、それを見られるのが嫌で今まで一人だったのかも知れない。

…重度のザンギエフ障害だな。



…だがしかし。
実際にハルヒが俺達以外の人物と学校で仲良くしているのを見た事が無い。
自分から拒絶している所があるしな。


そこまで考えて【仕方なく】思い当たる。


…やっぱり俺達しか居ないんだろうな。
アイツが、友達と呼べるのは。
まぁ実際に友人なのかを考えるとかなり怪しいが。


…やれやれ。寂しい寂しい団長殿を祝ってやるのも団員の務めか。







俺が部室に行くとハルヒを除き、すでに全員が集まっていた。

「突然だが」

俺は皆にハルヒが帰った事を伝えた後、切り出す。

「ふぇ? なんですか?」

そう聞いてきた朝比奈さんをはじめ、全員の顔を眺める。
古泉も長門も、俺に注目していた。

「…来たる10月8日、どうやらアイツの誕生日らしい」

「アイツ…とは?」

古泉が反応する。

「…自分の機嫌が悪いという理由で帰った、素敵団長様だ」

「えぇーっ! 涼宮さんの誕生日なんですかぁ?」

朝比奈さんが嬉しそうに言う。彼女の動きに合わせてメイド服のフリルが揺れた。
朝比奈さんも律儀な人だな。暴君が居ない時ぐらいメイド服で無くてもいいのに。
個人的には嬉しいが。


「へぇ…それはそれは」

古泉も笑顔だ。
いや、古泉が笑顔なのは常だが、普段の張り付いたような0円笑顔と違い、本当に微笑んでいるような気がした。

「それで…あなたは我々にそれを話してどうなさるおつもりですか?」

古泉が笑顔を絶やさず言う。その目は何やら俺を試すかのようだ。
…やめんか古泉、その視線はすこぶる居心地が悪いぞ。


「まぁ、ありていに言えば祝ってやるつもりではある。
だが、問題が一つ。どうやらアイツは俺達に誕生日を知られるのが嫌らしい」

「ひぇ? な、なんでですか? 誕生日ですよぉ? みんなで楽しくお祝いしてあげたいじゃないですかぁ!」

朝比奈さんが反論するように言う。
いや、俺に反論されても困るんだが。

…それにしても、朝比奈さんは本当にいいコだな。
いや、俺より先輩なのだから、いいコという表現は不適切かも知れないが、
朝比奈さんに対してはどうしてもそんな印象を持ってしまう。

ハルヒに朝比奈さんの10分の1の可愛らしさでもあれば、今までロンリーバースディだった事も無いだろうに。
そこのところ分かってるのか? 素敵団長め。




「そこで、だ」

俺はいったん言葉を切る。

「…サプライズパーティでもやってやろうかと思っている」

「わぁっ。いいですね、そういうのっ。きっと涼宮さんも喜びますよっ!」

朝比奈さんは既に自分の事のように喜んでいる。


「……何だか、意外ですね」

テンションの上がる朝比奈さんとは反対に古泉が冷静に言った。

「…何がだ?」

「いえ、普段のあなたならば、そんな事は言い出しそうにない。などと愚考致した次第で」

そう言いながら足を組む古泉は黒幕みたいだ。
奇遇だな古泉。俺もそう思っていたぞ。
というか今でも思ってるんだが。

「…まぁ、俺もキャラじゃないとは思うがな」

「あなたも少しずつ変わりつつあるのかも知れませんね」

…古泉、どうでもいいがニヤニヤしすぎだ。




「それで、どうなさるおつもりですか?」

「そうだな…何か決める事はあるか?」

「そうですね。日時は10月8日放課後。場所は…此処、が適当でしょうか」

古泉がいつもの手際でテキパキと決める。
10月8日は平日だ。
俺も授業が終わった後、部室で。そんな事を漠然と考えていた。

「それが妥当だろうな。というか一度帰った後、アイツを祝うために家を出るのかと思うと気が重い」

「…おやおや。………これは…キョンくん萌えー、ですね」

古泉が俺の顔をまじまじと見て来たかと思えば、激しく真顔でホザいた。

「…故障か古泉。最近の湯沸器も人を中毒死させるらしいからな。定期点検は大切だぞ」

「ははっ、これは手厳しい。…それにしても、あなた方は本当に似た者同士ですねぇ」


誰と誰がだ。


そう聞こうとしたが止めた。
何だかロクな返事が返って来そうに無い。

…しかし古泉。その生ヌルい視線をとめろ。出来るだけ速やかに。




「それじゃあ、それじゃあ、お誕生日会のためのお買い物に行きましょうっ!」

場所が決まると、朝比奈さんがそう言い出した。
…何だかやたら盛り上がってるな。

「あー、でも10月8日ってもうすぐですよね…。今日はもう遅いし…う~んと…明日なんてどうですか?」

朝比奈さんが皆に尋ねる。

「………済みません、朝比奈さん。明日は少し外せない用事がありまして」

申し訳無さそうに古泉が答える。
…顔は朝比奈さんの方を向いていたが、その視線は俺に流されていた。
古泉の目付きは先程の生ヌルい物ではなく、鋭いものに変わっている。
…なんだ? 何か言いたい事でもあるのか?




「そっかぁ。仕方ないですよね…。じゃあ長門さんは? 明日は用事ありますか?」

俺が古泉の視線の真意を探っていると、朝比奈さんが今までずっと黙っていた長門に尋ねた。

「…わたしも明日は無理」

今日はじめて聞いた長門の声は否定だった。



「ふぇぇ~ん…じゃあ…どうしましょう…」

朝比奈さんが困った顔をしている。
朝比奈さんの困った顔というのは、何か強烈なフェロモンが出ているような気がする。
本能レベルでオスを惹きつけるような。
いわば、これがみくるビームなのかも知れん。

「…あなたは明日、何か用事が?」

素晴らしきみくるビームを考察していると古泉が聞いて来た。

「俺か? 俺なら明日は大丈夫だがな」

特に用事は無い。

「ホントですかっ? それじゃキョンくん、明日はわたしと一緒にお買い物に行ってもらえませんかっ?」

なななななにっ!?
朝比奈さんと二人きりで買い物だとっ!?
…これは降って湧いた役得かも知れん。

「えぇ、俺は構いませんけど。朝比奈さんはそれでいいんですか?」

「はい、もちろんです! キョンくん、よろしくお願いしますねっ」

そう言って朝比奈さんが小さく笑う。
俺から言い出した事なのに、気付けば完全に朝比奈さんが主導権を握っていた。
今までのイベント行事は全てハルヒが仕切っていたが、朝比奈さんも意外とこういうイベントが好きだったのか?

…いや、ハルヒのアレはただの野次馬根性だ。

だが、しかし・・・・・ッ!!
ハルヒに無く・・・・ざわ・・・・・朝比奈さんに存在しているもの・・・ッ!!
それはっ・・・・ざわざわ・・・・・誰かを祝うという・・・・・!!
その純粋なる・・・・・奉仕精神・・・・・ッッ!!!!

福本ごっこはどうでもいいが、ハルヒにもメイド服を着せれば多少は奉仕精神が生まれるのだろうか。

…無理か。

ハルヒなら主人に仕事を押し付けそうだ。
不良メイド・ハルヒ、爆誕。


  • 前編2

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最終更新:2020年03月12日 10:51