――朝。
珍しく、いつもの時報が襲来する前から俺は覚醒していた。
……というか、昨日は一睡もしてなかったからな。できるわけがない
だが、その後は
いつものように家を出て、
いつものように通学路で谷口と悪態を交わし、
いつものように眠たい授業を受けていたわけで、
何一つ日常に大きな変化は無かった。
ああ、倦怠ライフラブ。
そしてもちろん放課後は、はたから見ればなんだかよくわからないハチャメチャ部活動の部室へと足を向けるのだ。
あの暑苦しさは今日も健在で、何の恨みがあるのかは知らんが俺を攻撃し続けている。
そんなこんなを考えながら、俺は部室の扉を開く。
「長門」
俺は多少安堵した。
こいつはつい半日ぐらい前に俺と一緒にいた、いつもの長門だ。
もう雰囲気で分かってしまう自分を賞賛したい。まあ根本的に眼鏡の違いがあるんだが、
「よっ!」
「……なに」
いや、なにって言われてもなあ……はは。って、痛っ!!
「みんなー!!揃ってる―!?」
……ノックはこいつに教え込むよりも、チンパンジーに教えるほうが楽そうだ。
「って、今日もあんたと有希しか来てないの? 昨日あんなに面白そうなこと提案したのに!」
昨日?
その言葉に俺は引っかかった。もしかして、こいつや古泉の記憶はそのままなのか?
「き、昨日何があったんだっけ?」
「はあ!? あんた何言ってんのよ、もうその年でボケたの!? サッカーの話よサッカーの話!!
みくるちゃんは来ないし、あんたも古泉くんも有希も即帰っちゃったからなんにも話しできなかったけどね!」
…長門はともかく古泉も帰ったのか?
「……あのパソコンの話は?」
「ああ! そうよパソコンパソコン! あたしが昨日使おうと思ったのに、立ち上げる前にみんな帰っちゃうんだもん!」
良かったよ。昨日の長門のバグ的情報操作は、存外うまくいったようだ。
直後。悔しいが、多少美少年的な色香の混じった聞き覚えのある声が部室に響く。
「おや、すみません! お取り込み中でしたか。」
何も取り込んでないからお前もすぐ入れ。
……ってなんでお前は朝比奈さんをエスコートして一緒に来てるんだ! その手をはなしやがれ!
「よしよし! これで全員集まったわね! それじゃ、サッカー大会のミーティングを始めるわよ!」
やっぱりサッカー大会にでるはめになるのか……
「とーぜんよ! 団長自身がこんなに楽しみなイベントを持ってきたんだから、あたしが皇族なったぐらいに敬意をはらって感謝してほしいぐらいよ!」
ハルヒは次々と独断でポジションを決めていく。
もっとも、いつぞやの野球大会のようにアミダで決められてもこまるけどね。
「あんたは何がやりたいの? どうしてもっていうなら、空いてるFWのところにねじ込んでやってもいいけど!」
いつかのデジャブのような気が、ちょっとだけした。
「長門はどうするんだ? まだポジション決まってないだろ。」
「……有希は……そうねぇ。みくるちゃんと一緒にDFでもやればいいと思うわ!」
長門の視線は本から離れ、ハルヒと俺の方向に向かっていた。
「お前、長門の運動神経をまだ見誤ってるな。意外にも、こいつはサッカーの鬼なんだぜ? お前と2トップを形成すれば、凄いことになる。」
ハルヒの見慣れたアヒル口。
「……でも、もしそうだとしても、万一にも有希がけがしたらアンタどうするのよ! 責任とれんの?」
んなこと言ったらなあ……
そう俺が返答しようとするのを遮るかのように、意外な声が響く。
「わたし……やってもいい」
場にいたほかのメンバーは目を丸くしていたが、正直俺も意外だったね。
「……え、えと有希がやりたい、っていうなら、あたしは別にいいけどっ!」
「じゃあ決まりだな。」
「…………んじゃあんたはどこにつくのよ。」
俺か? 俺はDFでもやらせてもらうよ。
”忘れられない”ハットトリックを敵味方の目に焼き付ける――スーパーエースストライカー長門有希の活躍を見守りながらな。
長門有希の忘却 完