俺と長門が岡部村の祭りに到着したのは、さんさんと陽の照りつける11時過ぎだった。午前10時に長門にたたき起こされた時には自分が不幸のどん底にいるような心持ちになっていたが、顔も洗ってサッパリ完全に目覚めた今にしてみれば1時間前の自分がだらしなさすぎて恥ずかしい。
もし自分が長門の立場だったなら、遅くとも朝の8時には問答無用で布団を剥ぎ取って水をぶっかけていたに違いない。長門にもこんな優しい一面があったのだなと思って感心していたが、話を聞いてみると長門も朝の9時50分頃に目が覚めたらしい。結局俺は長門よりも10分遅く目覚めてしまったばっかりに、まるで非常識人のごとくこき下ろされてしまったのだ。10分って……。
こんなことなら、長門より10分早く起きるべきだった。早起きは三文の徳ということか。
俺が長門にはやし立てられて階下へ下りて行くと、晴れやかな笑顔の岡部さんが出迎えてくれた。話によれば、どうやら俺たち以外の客はみんな祭へ出かけてしまったらしい。キョンと朝比奈さんも、藤原に橘とかいう2人連れも出かけてしまったわけだ。
「予定では、確か11時からだったかな。流鏑馬があるから、見に行くといいよ」
客間の布団を虫干ししながら岡部さんがそう言った。時計に目をやると、もう10時15分を指している。


「………黄金の神さまも見たいが、それ以上に馬を見たい。流鏑馬は必ず見なければならない必須項目」
またふんふんと鼻息をもらしながら坂道を登る長門のあとを、俺はズボンのポケットに手をつっこんでついて行く。セメントがところどころ剥げた舗装道はでこぼこにうねっており、道路上というよりも硬い土の上を歩いてるように歩きづらい。
遠くから聞こえてくる祭囃子を聞きながら、上り坂のむこうに見える神社に目をやった。鬱蒼と生い茂る深い森の麓にひっそりたたずむ神社の石段の前には、大勢の人とずらりと並ぶ出店が軒を連ねている。うっすらと鼻に漂ってくる香ばしいにおいをかいでいると、祭りにやってきたんだなという気分になってくる。
「………土のにおいがする」
いつの間にか土塀の列が途切れていて、気づくと一面にひろがる田畑の中を歩いていた。

 


~~~~~

 


俺もこの村へ来る前までは、岡部村は過疎の進んだ一般的な田舎の村落だと思っていたが、こうしてその村の祭りに参加してみると、とても過疎化しているとは思えないほど大勢の人が押し寄せていた。もちろん人口密度で言うなら都会の表通りに比べくもないが、それでも中心地からだいぶ離れた片田舎の催し事にしては驚くほどの人が集まっているように思う。やはり百年に一度しか一般公開されない神秘的な神様の像がご開帳されるから、民俗学好きの好事家あたりが大挙してやってきているのだろうか。
そういえばさっき、路肩にラジオ局のワゴン車が停まっていた。撮影はNGだが実況中継はOKと宿の主人も言っていたから、ラジオのレポーターや新聞記者が大勢詰め寄せていても何の不思議もない。

 
やがて祭の屋台道に入り、俺たちは人混みをさけるように沿道を歩いていく。空は雲ひとつない快晴で、湿気のない乾いた冬風が吹いているが、足元の草は瑞々しくやわらかかった。
長門の手には、すでにわた飴とリンゴ飴が握られている。起きて1時間も経っていないというのに、よくもまあ飴ばかり食べられるものだ。男と違い、女は糖分さえ吸収できればエネルギーが補充できるのだろうか。
「………これは起き抜けで、激しい運動をして体力を消耗しないための糖分補給」
言い訳がましくそう呟くと、長門はかりかりちまちまとリンゴ飴をかじっていた。ネズミが木材をかじっているみたいだ。
俺は湯気をたてるコーヒーをすすりながら、木々の合間から神社へつづく石段を眺めた。肩幅2mほどの石段を、新年開店バーゲンセールを開いたデパートのエスカレーターなみにぎゅうぎゅう詰めになった人の群が押し合いへし合いで登り下りしている。この上に百年に一度しか顔を見せないシャイな神様がいらっしゃるのだ。見物人が長蛇の列をなすのも当然といえば当然の現象か。
定員オーバーでブザーが鳴り出しそうなほどぎゅうぎゅうに詰まった石段を、蠕動運動のようにじぐざぐでスローペースにトロトロと階段を登っていく。正月に琴平宮の石段を登る参拝客の映像をテレビで見たことがあるが、ちょうどこんな感じだったような気がする。あの時は自分のアパートで布団に入って餅を食いながら 「こんなクソ寒い中、よくやるよ」 と思っていたものだが、いざ自分がその状況に身を置いてみると、意外にこれはこれでいいなと思えてくるから不思議なものだ。

 

ようやく階段の頂にたどり着く頃には、長門のわた飴とリンゴ飴も芯の割り箸だけになっていた。まったりゆっくり長時間かけて昇降運動をしたものだから、疲れてはいないがじっとりと汗をかいてしまった。なんだか太極拳みたいだ。
石畳のつづく境内にも、やはり見物人がびっしり詰まっていた。あまり広い境内ではないのも理由のひとつだろうが、そんな事情を差し引いても人は多い。人ごみから少し離れた場所でラジオの取材班らしきクルーとレポーターが必死になにかをしている。ラジオの取材なのだからこの神社の現場生中継をしているのだろうが、境内の喧噪が大きすぎてどうにもこうにも難儀しているようだった。
長門はまた鼻息を荒くしながら神社の本殿へ向かおうとしていたが、この混み具合じゃ思うように前へ進めない。しばらくは様子見していた方が無難だろう。助手の首根っこをつかんだ俺は黄土に色づいたケヤキの下で、屋根しか見えない神社の社を見つめていた。
時計の針が10時40分をお知らせする頃になると、次第に人の波が引き始めた。相変わらず見物客は多いが、これくらいならさほど窮屈な思いをせず社へ入ることができるだろう。
「………早く見に行こう」
我慢ならないという様子でうずうずしていた長門が小走りに本殿の方へ向かって行った。もうそろそろ流鏑馬の時間だし、早いところ観覧を済ませて沿道に行きたいのだろう。やたら馬を見る馬を見るとはしゃいでいたからな。
俺は空になったカップをゴミ箱に放り込み、ざりざりと音を立てる砂利を踏みしめてだいぶ小さくなった長門の背を追った。

 

 

ぎしぎしと軋むベニヤの足台を踏んで扉を開け放った神社の本殿内へ入って行くと、ごった返す人ごみの向こうに急誂えの木柵が設けられており、これ以上奥へ進むことは許さん、という風に人の足をおしとどめていた。その柵の向こう側には3人の神主と巫女さんがじゃらじゃらと鈴のついた棒を持ち、一辺1m四方の箱を囲んで畏まっていた。
大勢の観覧者の注目は、その箱の中に注がれている。真新しい注連縄を張り巡らせた木箱は、本来は固く閉じているであろう鉄飾のついた扉を観音開きに開いており、中身を誇示するように堂々と壇の上に据えられていた。
産まれたての赤ん坊ほどの大きさだろうか。大きな箱には似つかわしくないほど小さな人の形を象った像が、そこに大仰に座っていた。
黄土色を思わせる鈍い光沢を持つその像は、髪の長い女性を想像させる形をしていた。一目で分かる。これが噂の純金の神様なのだ。
袴のようなひだのある衣服を身にまとい、胸の前にそっと手をかざしたその女性神は、感情を隠したような愛想のない無表情で宙を見つめていた。
インゴットなんてテレビドラマでしか見たことのない俺でも一発で分かる。土をイメージさせる色合い。ざらざらとした陰を浮かべる表層。派手さも華やかさもまるでない。お肌の手入れなんてまったくしていなくても、ある種の神々しさは厳として示されている。あれが本当の黄金なんだ。
学識なんてまるでない俺だが、アゴに手をあてて 「ほほう」 などと嘯いてみると、ちょっと物知りの有識者になれたような気がして妙におかしかった。
隣に立つ長門を見てみると、またこいつは暴れ馬のようにふんふんと鼻息をもらしながら食い入るように神さまのお姿に見入っていた。この村へ来て以来、どうもこいつの興奮スイッチが入りっぱなしのようだ。いや、興奮しているから鼻を鳴らしているのではなく、滅多にお目にかかれない黄金のニオイをかごうと必死に空気を吸っているのかもしれない。目測で10mは離れているのに、ニオイなんて嗅げるわけないだろうに。トリュフを探すブタじゃあるまいし。
カメラ撮影が厳禁とされているわけだから、どうしても観覧者たちは神様の像を脳内に記録しようと目を血走らせている。必死になって金塊をねめているのは、なにもうちの助手だけではないのだ。
そうだ。それでいいんだ。神様なんていうのは、頭の中にいるからこそ価値があるもんなんだ。写真やビデオに記録してしまったら、それはただの人の形をしただけの金の塊になってしまう。単なる被写体になりさがった二次元の神様を誰が崇めようか。神様は頭の中でモヤモヤと不明瞭な姿をしていて、なんとなく曖昧でありながらも粛々と存在しているからこそ、尊いもんなんだ。
だから神様の像なんてのは、観覧用として作られる物以外は神社や仏閣の奥深くにひっそりと隠されていて、決して公開されることはない。
崇められる人物とは、軽々しく人前に姿を現すものじゃない。常に雲の上の存在であるべきなんだ。そう言ったのは誰だったっけか……。ああ。アンドレ・ザ・ジャイアントか。

 


~~~~~

 


たっぷりと山神様のお姿をまぶたの裏に焼き付けて、俺と長門は神社の石段を下っていった。
ダッフルコートの襟を詰める長門は山の神様が女性だったことがやけに意外だったらしく、なにやらぶつぶつと呟き続けていた。神様にだってイザナギイザナミの2柱のように男女の性別があるんだから、女性の山神様がいたっておかしくはないだろうと言っても、まだ納得しきれていない様子だった。
「………山の神様まで女性化が進んでいたとは。萌文化がこんなところにまで波及していたことは甚だ意外。きっとオヤシロ様の影響に違いない」
萌文化ってなんだよ。何百年も前からこの地域を守護してきた山神様に向かって不遜極まりない物言いだな。らき☆すた人気につけいって一儲けした埼玉の商工会じゃあるまいし。山の神様ってのは日本じゃたいてい女性神だって相場が決まってるんだよ。山岳信仰の岳参りとかあるだろ。それに山のお寺ってのは女性の立ち入りが禁止で、男の坊さんや小坊主しかいなくて、BL全開ワールドだったんだよ。ホモの嫌いな女はいないとか言うだろ? 山の神様もBL見て喜んでたんだよ。
「………思い切り不遜なこと言ってる。兄貴は今すぐ全国の山の神様たちに謝まるべき」

 

表の舗装道の沿道であるあぜ道では、既に流鏑馬の準備が整えられていた。白と黒のツーコントラストの垂れ幕が締められ、ダーツの的みたいな射的が田の土くれの上に立てられていた。
きれいに掃き整えられたあぜ道の周囲に、大勢の観客がざわざわと群がっていた。彼らはみんな、流鏑馬を見学にきたのだろう。俺たちもそうだからよく分かる。駅伝の走路の脇に並ぶ応援者のようなものだ。流鏑馬開始の時間ギリギリに到着した俺と長門もその列の中に、すまんすまんと言いながら潜り込んでいった。
沿道の脇には数人の警備員らしき私服の人物が一定の間隔をあけて立っていた。この新嘗祭の実行員か何かの人だろう。
「………馬はまだ?」
長門は道脇に張られた黄色いロープに手をかけ、馬の到着を今や遅しと待ちわびている様子だった。その姿が滑稽で、少し噴き出してしまった。

 

どかっどかっと遠くの方から土を蹴り上げるような重々しい音が聞こえてきた。観客から喝采の声が上がる。どうやらお待ちかねの馬がやってきたようだ。俺たちの位置からはまだ馬の姿は確認できないが、人垣の向こうでは大人たちのどよめきや子どもたちの甲高い喜声が響いている。
ドップラー現象に忠実に従うかのように、歓声と蹄の音が徐々に近づいてくる。
「………馬がきた、馬!」
やたら盛り上がっているのか、身を乗り出すようにして音のする方へ首を伸ばす長門。人垣が大きすぎて、なかなか思うように視界が広げられない。
もどかしいもどかしいと言っていると、ひときわ大きな喝采と共に、見事な毛並みの赤駒が土煙を上げながら駆けて来るのが見えた。その背には、直垂を身にまとい片手に弓、片手に矢をつがえた中年の男性が乗っている。
「………暴れん坊将軍がきた!」
あれは将軍じゃありません。地元のおっちゃんです。

 

うなるような風を巻き上げ、一瞬にして俺たちの目の前を赤駒が疾駆して行く。テレビの中でしか見たことのない憧れの有名人を目の当たりにした少年のような心持でワクワクした。なかなか面白いじゃないか。
ゴール手前に差し掛かった暴れん坊将軍は手にしていた弓の弦を大きく引き、田に構えられた射的に矢を射た。馬上からの弓とは思えない正確さで、放たれた矢はするりと宙を突き進み、わずかに弧状の軌跡を描き的の真ん中に突き刺さった。
瞬間、あたりから湧き上がるような拍手と歓声が起こった。見事な馬術と射的に対する賛歌だ。気づけば俺も感嘆をもらしながら手を叩いていた。爽やかな風が、ひょうひょうと田に吹き渡っていた。
いやいや、実に面白かった。素直に感動したよ。
田舎ならではの面白い催しだったと満足し、この感動を共に分かち合おうと長門に目を向ける。長門は沿道に張られたロープを両手でつかみ、上下に激しくシェイクしているところだった。まるでライブハウスの最前列でノリノリになっているトランス野郎みたいだ。

 


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まだ興奮覚めやらぬという様子の俺たちは、まだまだにぎわい続ける祭りの屋台道をぶらぶらと歩いていた。
見る物は見たし、後はそこらをうろうろ徘徊して宿に戻り、荷物をまとめて帰路につくだけだ。いやあ最初はどうなるかと思ったけど、終わりよければ全て良し。実に有意義な旅だった。今なら素直に来て良かったと思えるね。期待以上の成果だったよ。なあ、そうは思わないかね長門くん?
「………帰りはどうするの? またあの駅まで森の中を横断して行くの?」
それを思い出させるなよ……。駅へ向かうバスとかないかな。
「………あの森を再び抜けて行くくらいなら、私はこの村に永住する」
無茶言うな。それに住むにしたって住民票を移したり引っ越しの作業したりで、結局は帰らないといけないんじゃないか。
木々の合間を縫うように木枯らしが吹き渡っていく。乾いた冷たい風が肌をなでていくが、それも火照って熱くなった体には涼しく心地よい感触だった。
「………あれ?」
その時。
異変に最初に気づいたのは、後方の森をふり返った長門だった。
「………兄貴。あれ。神社が」
長門に袖を引っ張られ、いい気分で歩いていた俺は無粋な呼びかけに腹を立てることもなく、寛大な心でふり返った。
どうした、ぽんぽん痛いのか? トイレならさっさとそこらの簡易公衆トイレにでも……あれ?
流鏑馬が終わり喧噪も落ち着いていた神社前が、なんだか騒々しい。遠目にも分かるくらい、浮かれたお祭りさわぎとは異質な雰囲気が漂っている。
一足先にさわぎの方へ歩き出した長門の背を追うように、俺もどよめき返る野次馬の中へ入って行った。

 

火事だ、という言葉があちこちから聞こえてきた。

 


~~~~~

 


祭から帰ってきた俺たちが今日見た山の神様の像の話や流鏑馬の話をしているうちに、気づくと夕暮れ時になっていた。本当は今日のうちに午後の電車で帰る予定だったのだが、別に俺にも長門にも急ぎが用があるわけでもなく、どうせならもう一泊して行こうかという話になり、予定を延長して明日の午前中に帰ることにしようという決定が下された。
あまり予算面での余裕はないのだが、あと一泊すれば50万はくれてやるという長門側の提案があったため、俺としてもそれを受け入れることで穏便に事が収まるのであれば妥協もやむなしという結論にいたったわけだ。
これでようやく当初の俺の目論見通り、俺もハッピー長門もハッピー、みんなハッピーエンドという幸福な結末に行き着くことができたのだ。めでたしめでたしの大団円。
いやあ、長い道のりだった。50万を得るためとは言え、なかなかに大変なイベントであった。しかしそれも楽しかったなと思える今の俺は仕合せ者に違いない。
ひそかに自分自身の苦労をねぎらうように、小さく背伸びをして窓の外に目を遣る。すっかり暗くなった夕闇の中、遠く山の中腹にぼんやりとした豆粒大の光源が見えた。今日祭があった神社の明かりだ。あれは電気の光なのだから強さは一定のはずなのに、なぜかその光が弱々しく明滅しているように感じられた。

 

 

 

祭の終わり間際に起こった火災騒動。あれは結局、原因不明の不審火から起こったボヤだったことが消防隊員が駆けつける前に判明した。神社の関係者、あと有志の観覧客たちが総動員で消火したそうだ。
火元は境内の裏手にある神社の勝手口だった。関係者以外はほとんど使わない人気のない場所だし、発火するような物は置いていなかったという話だ。日陰になった場所だから、可燃物が自然発火したとは思えない。どう考えても祭の日を狙い撃ちした悪質な放火だろう、というのが誰もが思っているシナリオのようだ。
ご多聞にもれず、俺もそう思っている。ボヤで済む程度の火だったことから考えても、人の集まる時にこっそり悪いことをしてみんなを驚かせてやろう、という愉快犯の犯行に違いない。そういう頭のネジのゆるんだヤツってのは、どこにだって1人や2人はいるものだ。

 

と、ここで話が終わっていれば、熱に浮かされ祭の勢いで暴走したどっかのバカが地元新聞の地方欄の隅っこあたりに載る程度で済んだだろう。だが事はそれだけで終わらなかったである。
神社の関係者や観覧者は全員、その時に起こったボヤ騒ぎに意識がむかい、一時の間、神社の表には誰の目も向いていなかった。その一瞬の間の出来事だった。
黄金のご本尊が消えたのだ。忽然と。
俺と長門はその時すでに宿へ戻っていたから、この件は民宿に戻ってきて朝比奈さんたちから聞いた又聞きになる。
ボヤ騒ぎが大したこともなく沈静化した直後の弛緩時のことだったので、現場は大混乱に陥っていたらしい。そりゃそうだ。百年に一度の本尊公開の祭で、あろうことか奉られていた黄金の神像が蒸発してしまったのだ。銀行に強盗が押し入って紙幣が強奪されるのとはわけが違う。
神社側はこれを警察に盗難事件として届けを出したようだ。神様の像が二本の足でヒョコヒョコ歩き出してシャバの空気を満喫しに行ったんじゃない限り、盗まれたと見て間違いないだろうからな。
あの夜闇の遠くに灯っている神社の明かりは、きっとその件についての審議だか討議だかをやっている首脳会議の物だろう。
平和で辺鄙を絵に描いたような村で起こった謎の窃盗事件。一大事だしお気の毒なことだとは思うが、しかし旅ガラスの俺たちにとっては関係のないことだ。

 

下っ腹にきりきりと締め付けられるような感覚が走り、低い音が鳴った。俺の腹の虫の音だ。今日は起きてからずっと歩きとおしだったから、エネルギーが不足してしまったのだ。早く夕食を食べなければ。
よし、今夜こそは国道沿いのファミレスに行こう。そう決心して座卓の上に載せていた財布を手に取り立ち上がると、広辞苑みたいな本を読んでいた長門がやおら顔を上げた。
「………またあの居酒屋に行こう。あそこのおこわがまた食べたい」
露骨に嫌な顔をする俺を尻目に、長門はぱたんと本を閉じて立ち上がった。

 


 ~つづく~

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最終更新:2007年12月03日 20:34