エピローグ

長きに渡ったゴールデンウィークはあの一件からついに終わりを告げこうして数日ぶりにいつもの坂を上ることができたのは一応幸せなんだがやっぱ辛いもんを辛いと感じるのは正当な人間心理というヤツだ。正直なところ今日ハルヒにどう問い詰められるかわからんがその辺の言い訳は昨日何通りか用意してきてあるから今日は心持ち軽めのステップで坂を上っている所存である。朝っぱらから男子高校生が息切れしながら歩いているのもどうかと思うが目的地となる教室の隣のやつにとりあえず心から礼を言う必要があるわけでこれは避けられない道といえよう。しんどいとかだるいとかで事項を投げ出していては人間ダメになっちまうもんなのさ。この坂を上ることだって何らかの益になってるはずだうんそうだそうに違いないそうじゃなければこんな坂を毎朝上る自分が無意味に思えてくる。なんて感じでここ一年間は一人で登校するときには脳内整理を存分にやらせてもらっているわけでこの時間がないととっくに海馬のメモリーオーバーに陥っている確率一分の一だ。なんだかんだで自分の上靴を未来人からの伝言箱と化している下駄箱から取り出して教室に向かうってのも習慣になっちまうのは教育を受けている間中は無限ループなんだろう。とてつもなく久々に来た感じが工場から溢れ出す煙の如く漂っている教室にはいつもの風景が広がっておりなにやら昨日の空間がどうだとかで男女構わず盛り上がっているようだがここは放っておくとする。こういうめんどくさい事後処理は古泉の役割であって俺の性分には合わないのさ。教室に入ると昨日の一件の原因凝塊がいつもの見慣れた笑顔で座っていた。まあハルヒへの説教もそれなりに必要なんだが今は先に礼、その後に罰というのが最善手だろう。「よう、朝倉。」誰あろう今回の件をコンパスで書いた円ほどに丸く治めてくれた俺たちSOS団の恩人、世界の恩人に礼を言うのが今の俺の最重要事項ということだ。「あらキョンくん。おはよう。」いつもの人当たりのいい笑顔での返事が返ってきた。昨日のことには礼を言うぜ。元はといえばお前があのリモコンをくれてなきゃ正直どうなってたかわからないからな。今現世への帰還を果たせたのはあのリモコンのおかげだ。「そこまで言ってくれるんだったら何かお礼をしてほしいな♪」心なしかハルヒが不機嫌顔になってる気がしたがその辺は古泉に任せるとして、お礼か。何がいいんだ?「そうね・・・あっ!じゃあ」テストでさんざ悩んだ結果遂に答えをひらめいた中学生のような表情で言いかけた瞬間、始業のチャイムが校内中に警告音並みの百十デシベルで鳴り響いた。聞き損ねた感を残したままその日の授業はお礼で何をすればいいのか、なるべく俺の財布が痛まないやつで頼むぜと授業も上の空で考えていた。まあ上の空はいつもなんだがな。また人間上の空でいる時間は人生的観点から見ると劇的に時間の過ぎるのは早く天文学的数字並に限りなく無駄に近いという俺の考え通り岡部が授業午前の部の終了を告げたのを確認した俺は、さあいざ昼食と鞄を探り始めた。が、五秒と経たないうちにスマイル百二十%開花中のやつがハルヒの居場所を気にかけつつ耳打ちしてきやがった。「今回の件ですが我が機関が会議をして考察を練った結果涼宮さんが望んだことだと思われます。世界の全ての存在が異空間に閉じ込められるといういささか異常事態ではありましたが。」またお前のハルヒ神理論を聞かされながら飯を食うのはどうかと思うね。飯がまずくなるから気が向いたら部室で聞いてやる。「まあそういわずにお付き合い願います。今回涼宮さんがあなたといたのは我々も理由はわかっていますが問題は何故通常の世界にあなた方を残したのか。もう一つ、どのような原理で涼宮さんは異空間を開いたかということです。」俺の話を聞いてなかったのかと突っ込みたいところだがまあ内容に興味がないわけじゃねえからな。もともとハルヒ主催ってのがなかったら俺だってもっと心穏やかにワクワク非日常ストーリーを聞いていただろうさ。「ありがとうございます。これは我々の推測ではありますが涼宮さんはここ最近精神状態はいたって良好、能力のほうも比較的落ち着いてほぼ単なる女子高生になりつつあります。そのため能力の使用に意識外でエネルギーを使うようになっているのでしょう。あなただってできることなら面倒くさいことや疲れることは避けたいでしょう?」ああ。もちろんそれは人間全般に当てはまることだな。当てはまらんやつはマゾ的な思考の持ち主ってことで病院にかかることをオススメする。「もちろんそうですね。ですからそれが涼宮さんにも当てはまったというわけです。」そろそろ一年経った頃合いだ。お前もその説明口調をやめにして一歩先に進んだらどうだ?「考えてみましょう。結論から言うと涼宮さんは建物、技術、情報など今まで人類が発展させたものを全て消してもう一度最初から作り直すことに面倒くささを感じたんでしょう。しかしあなたと自分以外の生き物は要らない。そこであなたと自分以外を別の空間に隔離して消してしまえばいいと思ったわけです。もう一つの異次元空間の方ですが先程朝倉さんから聞いた情報を整理するとどうやら異世界に存在している涼宮さんとこの世界の涼宮さんが共鳴したため閉鎖空間ではなくよく似た閉鎖空間が発生したと思われます。」なるほどな。だが古泉。一年前のあの時も思ったことなんだが何故ハルヒは俺にそんなにこだわるんだ?どうせなら俺ごと消して最初から世界を構築しなおしちまえば楽だと思うのだが。毎度毎度都合よくどっかのアニメみたいに突破口を残す必要はハルヒにとってはこれっぽっちもないんじゃないのか?「やはりあなたはまだ気付いていませんか。まあこのことに関しては僕の口から言えることはここまでです。後の結論はあなたと涼宮さんが出すことですから。」では、と言いたいことだけ散々ほざいていつもの爽快スマイルを振り撒きつつ去っていった。最近あいつがあのいけ好かない未来人と同じくらいむかつくんだが。「キョン!いいこと思いついたの!さっさと来なさい!」黒い風の如く現れたやつによって手首を捕まれいつものSOS団の根性、文芸部室へと引きずられていく無様な俺。やれやれ、せめて飯ぐらいは全部食わせて欲しかったところだが今度は一体何をしでかす気なんだ。「いいからあんたは黙ってついてくればいいのよ!」いつも通り団長殿の理不尽な連行に従うこと数分。バンッと勢いよく文芸部室のドアが開き視界に入ったものはというと、朝比奈さん、長門、朝倉の・・・一言で言えばウエディングドレス姿だった。はあ。こいつにとっては朝倉の介入もコスプレの手駒が増えた程度にしか捕らえていないんだろうな。たぶん。「あ、あの、どうですかぁ、キョンくん。」かぁーと顔を赤くしながら朝比奈さんが心配そうに問う。安心してください朝比奈さん。悪かろうはずがないじゃないですか。「・・・・・・」いつものように無風状態の風鈴のような瞳に吸い込まれそうになったがその目からはある意思が伝えて取れた。長門風に言うと「どう?」といった感じだろう。どうといわれてもなあ。ただただ似合っているという言葉しか出てこない自分に誰か罵声を思う存分浴びせてやってくれ。「どう?似合ってる?」くるっと一周回ってにっこりとしながら聞いてくる朝倉に一瞬くらっときつつも自分を取り戻して似合ってるぞと褒めてやることにした。ここ数日で分かったことだがこいつはこの世界にいた朝倉じゃねえ。正真正銘ただの女の子だ。まあ異世界人といういらぬ肩書きは付いているけどな。「どう?キョン!三人とも似合ってると思わない?」ああ、大変結構なお手前だ。秋葉原で一儲けできそうだな。「んふふ。あたしの勘はやっぱりさえてるわ。さてこの子達をどこの宣伝に使おうかしら。」なんだ、お前は着ないのか?「ば、ばか言ってんじゃないわよ。あたしは団長なの。団長は団員に命令こそすれ自ら衣装を着てみたり・・・しないわよ。」そうかい。まあ軽い職権乱用な気もするがこれがもう一年も続いてんだ。もう慣れたさ。まあウエディングドレスのハルヒも見てみたい気もするが。「話の途中ですみませんが涼宮さん。僕はこの辺りでおいとまさせてもらってもよろしいですか?少しばかり大切な用事がありまして。」「ああ、そう。うん、じゃあ今日はこれで解散!」まあ俺以外のやつの意見は受け入れるってのもいつものことだな。してハルヒよ。お前はこの三人をこの格好のまま下校させる気なのか?長門はまあ何にも言わんだろうが朝比奈さんにいたっては震えているじゃないか。「うーん。そうね。キョンにしてはめずらしく正当な意見だわ。まあ易々とこの子達の衣装をその辺の一般人に見せても意味ないもんね。こっちにとっちゃ見せ損よ見せ損。こういう宣伝になりそうなやつはここぞ!ってときに取っておいてこそ始めて意味があるのよ。というわけで」「出て行きなさい!」校門前で待っておけという指令を受けた俺はただただ空を見上げつつ地球外空間から見れば今なんてほんの一瞬なんだろうとかいう似非天文学者と思考同調するようなことを考えつつこんなときに限ってどうして家に携帯を忘れてくるのだろうかと自分を罵倒していると制服に身を包んだ四人娘がやっと到着した。こうも短時間でコロコロ衣装が変わる女子高生ってのは世界広しといえどもそうはいないだろうな。各自で持っているのはおそらくさっきのあれであろう。ハルヒも持ってるのが多少気になるが。こんな年齢にもなってまだこの人数の集団下校をするとはと思っていたがぞろぞろと五人で坂道を下る集団下校中に朝倉が耳元で囁いてきた。「あのお願い決めたんだけど、いい?」ん、ああ。一応言ってみろ。「これから私のことは涼子って呼んで。いつでも。それだけでいいから。」ああ、っとちょっと待て。いつでもだと?それはメールでも学校でも部室でもってことか?「うん。そうよ。」いつでもとくるとそう易々とOKを出すわけにはいかない。いろんなやつに色んな誤解をされちまいそうだからな。今だけじゃダメか?「ひどいキョンくん。お願い聞いてくれるって言ったのに。」朝倉は急にすすり泣き始めやがった。くっ。泣き落としとは卑怯な。おぬし男の弱点を見抜いての計画的犯行だな。一向に泣き止まない朝倉。そろそろハルヒが気付く頃合いだ。ああ、わかったよ。これからお前を呼ぶときは涼子にするから泣き止んでくれ。「言ったわよ?約束ね?」お前男専門の詐欺師になれ。「じゃあ決まったところで一回呼んでくれない?」へいへいわかりました。涼子。「涼宮さんに聞かれたらどうなるかなぁ。」くすくすとくすぐったそうに笑う朝倉を見てからハルヒに視線を動かした。こいつに聞かれたらねえ。性格上どうなるかわかったもんじゃないが明日の授業に無事出られる確率が大幅に下がることだけは俺が次の不思議探索での集合場所に遅れて去年+一の喫茶店代をおごらされることと同じくらい間違いねえな。まあこれからあと二年間、この団長についていくと決めたからにはとことん付き合ってやるさ。もうここまできたからには普通の生活に戻っちまってもつまらないだろう。去年の十二月中頃、そして昨日味わったメンバーが欠けたことによる莫大な失望感を俺は忘れる訳がないね。そうだ。俺たちはハルヒもひっくるめて全員でSOS団、誰一人として欠けてはならない仲間なんだからな。おっとそういえば忘れられていたかもしれないがゴールデンウィークの最終日、俺が主催することになっていたサプライズイベントはやらずにすんだわけだが過去のことを穿り返されたときはこう言うことに決めたぜ。俺とハルヒの二人を残して世界中の残りの生き物が全て消える。相当なサプライズだっただろ?ってな。

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最終更新:2007年09月08日 02:02