些細なきっかけ
「機関」の変質が始まったのはいつかというのは、大変捉えにくいところですが、昔と変わってしまったというのは事実でしょうね。
涼宮さんを中心とした問題に全力を集中していたころは、内部抗争はあれど大きな目的それ自体はみな一致していたものです。
しかし、今は、目的自体が統一性を失い、内部抗争に明け暮れる日々。
昔はよかったとでもいうべきでしょうか。
かといって、涼宮さんの問題が再び浮上することを期待しているわけではありません。
彼女は、彼と結婚して、子供にも恵まれて、幸福に暮らしているわけですから。
SOS団副団長の僕としては、その幸福を壊すようなことはしたくありません。
そういうわけで、僕は、今日も今日とて、ボスの森園生さんに付き従って、内部抗争に精を出しているわけです。
前線に出てテキパキと指揮をとる森さんは、それはもう惚れ惚れするほどです。
いや、まあ、実際、惚れてしまっているわけですが。
ええ、変わった趣味だとはよく言われますよ。
初恋が涼宮さんで、次が森さん。二人とも、見目麗しくても、性格がアレですからね。
その森さんは、「機関」に身も心もささげてしまったような人。
恋愛には最も縁遠いタイプですね。
まあ、気長にやるつもりではありますが。
「行くぞ、古泉」
「はい」
今回の作戦では、新川さんは別働隊の指揮をとっていて、別行動。
森さんはぞろぞろと部下を引き連れて歩くのを嫌うようでして、今回は副官の僕だけです。
それだけ信頼されているということなので、正直に喜ぶことにしてます。恋愛感情など欠片もない関係だとしてもね。
走る僕たちの前に、突然、立ちはだかる人影が一つ。
「お久しぶりね、古泉くん」
見目麗しさだけなら、誰にも負けることはなさそうな女性です。
「こちらこそ、お久しぶりです。朝比奈さん」
彼女の組織の「機関」への干渉行為は、最近とくに目立ちます。
「あなたと呑気に世間話をしている暇はありません。そこを退けなさい」
森さんなどは、あからさまに敵視してます。
まあ、未来の操り人形になるのはごめんだというのは、僕も同感ではありますが。
「森さんは、相変わらずつれないですね。そんな態度ばかりとっていると、モテなくなっちゃいますよ」
朝比奈さんは、微笑を崩さずにそんなことを言い放ちました。
彼女の挑発するような物言いもわざだということは分かってるんですけどね。心理学的な手法で個人を操るのは、彼女たちの時間工作の常套手段ですから。
森さんが、朝比奈さんの言葉を無視して再び走り出そうとしたとき、朝比奈さんが右手を森さんに向けてきました。
何もなかったその手に、忽然と銃器のようなものが現れます。
「危ない!」
僕は、とっさに森さんを押し倒しました。
森さんがとっさに受身をとったため、真正面から抱き合うような形で地面に倒れます。
僕たちの上を、光線の軌跡が通り過ぎていきました。
倒れたままの状態がおよそ2秒ほど。
「避けろ、古泉!」
森さんの声で、僕がとっさに起き上がったときには、朝比奈さんの姿はもうどこにもありませんでした。
起き上がった森さんの無線に、新川さんからの連絡が入ります。
敵を取り逃がした、と。
あちらにも、未来人の干渉があったようです。
森さんは、総員に作戦の中止を命じました。
朝比奈さんたちの目的が、この作戦を失敗させることにあったのは、もはや明らかといえるでしょう。
おかげで、森さんは不機嫌です。
「古泉。さきほどの行動は判断は悪くないが、行動はよく考えなさい。あれでは、朝比奈みくるが私たちを本気で殺すつもりだったなら、抵抗しようがない態勢です」
確かにそのとおりです。
あの態勢のまま、脳天を光線銃で撃ちぬかれて、あの世行きだったでしょうね。
「はい。以後気をつけます」
「でも、助けてくれたことには感謝しとくわ」
森さんはそういうと、こちらに背を向けました。
頬に朱がさしていたように見えたのは、気のせいではないということにしておきましょう。
僕もあのときの森さんの感触が忘れられそうにもありませんし。
まあ、急いては事を仕損じるといいますからね。焦らずにゆっくりやるつもりです。