そうか…そんなことがあったのか。なかなかハードだったな。
「…怖かったです。トイレットペーパーでできた命綱でバンジージャンプを強制されるくらい怖かったです」

 次の日、橘は俺に昨日の事を話してくれた。ハルヒと佐々木が、俺と橘の関係を暴こうと躍起になっていたようだ。

 しかし、なぜあいつらはそんなにお前のことを気にするんだ?
 あ、もしかしてあれか?お前が二人にとっての『鍵』なんじゃないのか?

「……うわぁ………」

 橘は感嘆の声を上げていた。何だ、図星だったのか?
「……いいえ、今時こんな天然記念物並みの旗折りがいたなんて……」
「機織り?それは天然記念物じゃなくて重要文化財とかじゃないのか?どこにあるんだ?」

「……………」

 橘は黙ってしまった。そういや、まだ何か用事があるんじゃなかったのか?

「…ええ…実は佐々木さんの能力についてです。佐々木さんが涼宮さんと同じく、神人を暴れさせるようになったのなら、佐々木さんにも願いを実現させる能力が備わってきたんじゃないかと思います」
 …ああ、そうなるのか…
「以前の佐々木さんなら、そのような能力を持っていたとしても、自分の願いを実現させるようなことはしないと思います。精神が安定してますし、非現実的な事は起こり得ないと考えていますから」
 じゃあ、別に問題ないんじゃないのか?
「ですが、今の佐々木さんは涼宮さん程ではないにしろ、精神が不安定になっています。佐々木さんが何かを願い実現させてしまう可能性も否定出来ません。そうなった場合、二人の神が存在する事になります」
 二人の神だと…なんか凄く嫌な予感が…
「二人の神が各々願えばそれぞれの願いが実現します。また、二人が揃って同じ事を願えば、効果は膨れ上がってしまいます。何れにせよ、どんなに理不尽な事でもです」
 …それはヤダな。今でもハルヒに引っ掻き回されているのに。佐々木までそんな事になったら俺の体が保たん。
「…そして、何より怖く、一番考えたくないパターンは、二人の意見が対立した時です。もしそうなった場合、この世のあらゆる法則、規則、因果律は無意味となり、制御を失ったそれは混沌へ落ちてしまいます。…つまり、二人が喧嘩するような事があれば、世界が終わってしまう可能性も出て来たんです」
まぢっすか?…確かに、同等の力を持つ二人の神が世界大戦なんぞしたらこの世を荒野に変えてしまいそうだ。

「あなたには、お二人の精神が安定にかつお二人の仲が悪くならないように見守っていただきたいのです。よろしくお願いします」
 でも、そんな大事な話なら、何故ゲ泉…いや、古泉と一緒に相談しに来ないんだ?最初俺に相談しに来た時みたいにさ。
「…あの人とはちょっと喧嘩中でして…それに、ホモセクシャルな人と一緒に居たいんですか?」
 いや、それはご勘弁を。俺は普通の人間だヘテロタイプだノンケだ。
「…普通の人間はノンケなんて言葉知らないです」
 うを、ぬかった!…たまたま知ってただけだ!谷口が連呼してて、意味を聞いたときがあってな、それで知ってただけだ!
「…まあいいです…でも安心しました。あなたまでそんな趣味があったらどうしようかと思いました」
 …しかし、いい情報をももらったよ。これから古泉と話す時は、距離を保つようにするよ。あと、被害者が増えないようにみんなにこの事を言っておかないとな。

「(ケケケケケ。いいザマだ。思い知ったかガチホモ!)」

 …どうした橘?
「…え?な、なんでもないですよ?」
 …いま一瞬、狂喜の顔が見えたんだが…ま、いっか。
 たが橘。二人の仲を悪くしないようにするのはともかく、二人の精神を安定にさせるのは俺だけじゃダメだ。お前の協力が必要だ。
「…え?どう言う意味ですか?」
 元々二人が不機嫌になったのも、佐々木が神人生み出したのも、全てお前が原因だろ?自重してくれよ。あんまり勘違いされるようなことするなよ。
「……ううっ、言われてみれば……わかりました……でもフラクラの彼に言われるなんて…凄く屈辱です……」
 なんか言ったか?
「…いいえ、別に……」
 …とはいえ、俺はどうすればいいんだ?喧嘩しているのを仲裁するならともかく、二人が仲良くしているところに俺が割り込んでもしょうがないだろ?
 普段は干渉しない方が得策だな。
「…ええ、そうですね。現状はそれでお願いします。ただ、お二人が何か変な事を思い付かないように監視していただけたら助かります」
 ああ、わかったよ。話はこれで終わりだな。じゃあな。
「あ、待ってください。もう一つあります」
 …何だ、まだあるのか?

「…佐々木さんに乗り移っている涼宮さんの能力を消去しようと思います。力を貸して下さい」
 お前、前にハルヒの能力は佐々木が持つべきだったと言ってなかったか?全く逆の事を言ってるぞ?
「それは以前の佐々木さんの精神が安定していたからです。先にも言いましたが、今の佐々木さんの精神は不安定で、現状は神が二人いる状態です。どちらかの能力を抑えるに越した事はありません。抑えやすいのは、涼宮さんの影響を受けているだけの佐々木さんの方でしょう」
 …まあ、道理だな。仕方ない。付き合ってやるか。具体的には何をするんだ?
「佐々木さんの閉鎖空間に行き、その原因を探ります。閉鎖空間は心理状態を顕著に映し出します。きっと原因となるものが存在するはずです」
 なるほどな。
「それでは、佐々木さんに連絡を取ります。佐々木さんは以前お話したように、自身の閉鎖空間の存在も解ってますし、今回の事についても話せば協力してくれるでしょう」

 そう言って、橘は携帯を手に、佐々木に連絡を取った。
「………あれ?」
 どうした?
「…いえ、つながらなくて…」
 電波が届かないんじゃないのか?
「いいえ、『お客様都合で出られません』って案内があったんで、ちょっと違うと思います」
 嫌われるようなことをしたんじゃないのか?それでお前と会話したくないんだろ?あーぁ、永久にさよなら、だな。

 俺は少し橘をからかってやった。その瞬間、橘は体を硬直させた。
「………うぁぁぁぁあん!!あたしはノーマルです!佐々木さんを狙ってなんかないですー!!だから着信拒否なんてしないでくださいー!!!」
 橘は泣きながら声を荒げていた。何か、トラウマでもあったのだろうか…

 


 


 橘の携帯では佐々木が着信してくれないため、俺の携帯でかけることになった。ただ、俺は佐々木の番号を知らなかったため、橘に教えてもらったのだが。

「いいですか。あたしがいる事は言わないで下さい。電話が切られる可能性がありますので。そして、あまり佐々木さんを混乱させる様な事は言わないで下さい」
 わかってるよ。呼び出すだけだろ?心配するな。

………………ガチャ
『もしもし』
 佐々木か?俺だ。
『…キョン?…キョンかい!?…えっ、と…何故僕の携帯番号を知ってるんだい?』
 知ってちゃマズいのか?
『あ、いや、そう言う訳じゃなくてだな……キョンが僕に連絡を取るという事は、怠惰な日常生活に於て予知不全になっているものの一つに挙げられていてね。僕の今の心境はサプライズというよりワンダーな感情で割拠されているんだ。』
 …悪かったな。
『いや!……君が悪いなどとは一言も言ってないじゃないか。ただ単に吃驚かつ想定外だと感じただけだ』
 …何だか動揺しているな。まあいい、それより、重要な話があるんだ。
『くくくっ、キョンから重要な話が拝聴できるとはね。では真剣に聞こうではないか』
 佐々木、お前にどうしても伝えたい重要な話があるんだ。ちょっと二人っきりで話をしたい。

「…ちょっと!!それは…!!」
 …ん?どうした橘?

『…ぇ………っ……』
 …佐々木…?声が小さくて聞こえないぞ?
『…………す…涼宮さんは…?』
 ハルヒ?あいつは関係ないから呼んでないぞ?俺はお前に伝えたい事があるんだ。
『………本気…?……嘘……つかない…?』
 ああ。だから今から会ってくれないか?例の公園でどうだ?
『……わかった……すぐ行く……』

 そう言って佐々木との電話は切れた。最初は動揺してたのに、後半は嫌にしおらしくなったな。


「ばかぁぁぁぁぁ!!」


 うわ!いきなり叫ぶな!橘!!
「あなた今何したか解ってるんですか?」
 佐々木と電話だが?
「そう言う意味じゃないです!『二人っきりで重要な話』って、すっごい意味有りげな発言はなんですか!!」
 あ………
「佐々木さん、告白と勘違いしてますよ!!どうしてくれるんですか!!」
 あいつがそんな勘違いをするとは思えんが…一応、今から訂正の電話入れるよ。
「それもダメ!!」
 …何でだよ?
「今更『うそぴょ~ん』なんて言った日には、佐々木さん、世界を作り替えてしまう可能性だってあります!」
 そ、そんな大袈裟な…ちょっとした言葉の捉え違いくらいで…それにあいつは恋愛感情なんて一種の精神病って言ってた奴だぞ?気にするとは思えないが…
「…佐々木さんがその精神病にかかってても大丈夫だと言い切れますか?」
 …?どう言う意味だ?
「佐々木さん、言ってました。精神病にかかったって。恋愛に関して精神病と思っている人が、自分は精神病って認めているのよ。恋しているって。…そして、その相手は、あなたよ」
 俺!?まさか!?
「…やっぱり気付いてなかったのですね。で、自ら恋愛を精神病と言う人が、好きな人に告白されたり、フられたりしたらどうなると思う?」
 …どうなるんだ?
「…正しく精神病と同じ状態ですよ。告白されたらこれ以上の幸せは無いってくらい歓喜するでしょう。逆にフられたらもう生きていけないくらい悲観するでしょう。言い方が悪いけど、精神病患者の躁状態と鬱状態です。躁状態ならまだしも、鬱状態だと最悪自殺を考えたりするわ」
 ………!
「それだけじゃないです。あなたにフラれた場合、その事を悲観しこの世界を否定するかもしれません。そうなったら世界は滅亡します」
 マジですか…!!
「大マジです!!どうしてくれるんですか!!」
 …じゃあ、付き合うしかないって事か…?
「…付き合って、あまり喜ばせすぎるのも危険です。神の如き力がフル稼動し、恐らくどんな理不尽な願いごとも即時にかなえてしまいます。例えばデートの予定日に運悪く通過中だった台風を即座に消滅させたり、一緒に見たかった映画の限定チケットがいくらでも手に入ったり、あなたの目線を奪った女性の存在そのものを消したり…。そして、そのような急変は世界の規律を乱します。異常となった出来事は、災いとなって大地に降り注ぐでしょう」
 
 …かなり、やばいんだな…
「だから混乱させる様な事は言わないでっていったのに……うわぁぁぁぁぁん…!!」
 な、泣くなよ…

「…ぐすん、どうしてあたしの回りには変な人間ばっかり存在するのよ!…えぐっ…」

 ………変な人間で悪かったな。

 

 

 


 


 俺の失言(橘談)により、俺が佐々木に告白するという段取りが出来上がってしまった。なんだかしちめんどくさい状況になってしまったな。
 …こんな事を口に出すと橘が泣いて怒るので黙って考えるだけにしているが。

 その後、俺と橘とで佐々木の精神を不安定にさせない対応策を練っていた。
 橘から、『ここは開き直ってバカップルになりましょうよ』という案があったが、佐々木がそんな暗黒面に墜ちるとは思わないし、何より俺がヤだ。
 しかし橘は『佐々木さんも結構ツンデレですから、付き合ってからは物凄く甘えて来ますよ。間違いないです』と言っていた。
 古泉がハルヒ専門の精神科医であるのと同様、橘も佐々木の精神科医なのだから当然です、みたいな口調だった。
 しかし、あの佐々木が甘えてくる姿は想像出来ん。

 もちろん俺もただ橘の意見を聞いているだけではなく、自らも意見を出していた。
 例えば『ドッキリ成功!ほらあそこ。実はドッキリカメラでした』とか、『大事な話ってのは実は赤点取ってやばいんだ勉強教えてくれ』とか。

 しかし橘は俺の意見全てペケをつけていた。
『佐々木さんの精神を不安定にするようなことはしないで下さい!あたし泣きますよ!』だとさ。くそ忌々しい。

 俺たちは佐々木が来る頃合を見計らって既に公園の茂みに隠れている。
 結局、俺が佐々木を引きつけ、時間稼ぎをしている間に橘が閉鎖空間に入り込み、原因を探って対処したあと佐々木に説明するというものであった。

 しかしどうやって時間稼ぎをするんだ?それに事態を長引かせるのは佐々木を怒らせるだけだぞと言ったが、橘は、『時間稼ぎは世間話でもすればいいと思いますよ。あなたの話なら喜んで聞いてくれます。それに、神の力を失えば少なくとも世界が破滅する事は無くなりますし、あなたならその後フォローできるはず。色々とね。ふふふ』と言っていた。 気楽に言ってくれるが、佐々木に怒られるは俺だぞ?恋愛感情は抜きにして佐々木に嫌われたいとは思わないぞ俺は。

「あ、佐々木さんが来まし……」
 俺が一人で葛藤していると、橘が小声で囁いていた。だが途中で言葉に詰まったのか、黙ってしまった。
 俺は橘が指差す方向を見…
『………………』
 
 …二人とも絶句した。

 

 

 

 


 


「………すごい……佐々木さん…素敵……」

 …橘は目をうっとりさせていた。それもそのはず、佐々木は俺が見た事がないような(橘もそうなのだろうが)、非常に可愛らしい格好で登場したのだ。
 白のカットソーにチェック柄のプリーツスカートを身に着け、スカートと同柄のハンドバッグ、そして鍔の大きいピンクのリボンが付いた帽子のアクセントが目を引く。髪の毛はアップに纏めあげ、サイドはゆる巻きヘアーになっている。

 待ち合わせ時刻よりやや早いが、佐々木は俺が指定した場所に立ち、腕時計をしきりに気にしていた。
 ときおり見える佐々木の顔は、いつもよりも肌が白く唇が紅い。そのコントラストが佐々木の美貌をより引き立たせていた。

「…佐々木さんったら、お化粧してますね。メイクの話をしてもそっけない対応だったんで、興味ないんだと思ってました。ふふふっ、やっぱり女の子なんですね…」
 嬉しそうに橘が喋り出した。
「元々美人だとは思ってましたけど、今日は一段と綺麗です」
 …ああ、それについては否定しない。素直に認めよう。
「上着はPaul Smith、スカートとバッグはBurberryです。元々男性向けブランドなんですけど、敢えてそれを選ぶことで逆に女性としての魅力を引き出しています。もしかしたら勝負服かもしれませんね。…でも、誰のためにおめかししたのかしらね?」
 ……………。
「…よく考えたら、能力が消えてしまうのだから、無理して言い訳じみた説明をする必要は無いわ。そのままOKすれば万事解決ですね。あなたも怒られる心配は無くなりますし。それより何より、あんな可愛い人が彼女なんて、みんなから羨ましがられますよ」
 …ああ、…そうだな…ん?…

 ……いかんいかん、橘の謀略に嵌まるところだった。そんな事言って俺をはめようとしても無駄だ、橘。
「別に変な事は考えてませんよ。佐々木さんのいち友人としての意見ですよ。あなたに好意を持っているんだし、いいじゃないですか」
 …あ…いや…その……
「大丈夫です。告白中、あたしは閉鎖空間に行ってますから。二人の邪魔はしませんよ。それでは、頑張って下さいね」

 橘はウィンクを一つ、俺に激励のエールを送った。…くっ…仕方ない、やるか。
  誤解しないでいただきたいが、告白をするわけじゃない。佐々木のトンデモ能力を消すための橘の手伝いだ。…本当だ。

 俺は佐々木の死角になる場所から繁みを抜け出し、佐々木の方に向かって歩いていた。

 …よっ、待たせたか?
「…あ…キョン。いや、たった今来たところだ」
 …佐々木は見るものを虜にするような微笑で俺に話しかけて来た。…正直かなりやばい笑みだ。クラクラ来た。服や化粧だけで女ってのはこんなにも印象が変わるのだろうか?
「…キョン、それで話ってのは何だい?」
 …あ、ああ。ちょっとお前のことについて聞きたい事があってな。
「僕の?………いいだろう。僕に答えられる事であれば」
 俺は橘との打ち合わせ通り、話を長引かせ橘が佐々木の閉鎖空間に行く隙を作るようにした。そういえば、佐々木の閉鎖空間は佐々木の近くからじゃないと行けなかったんだよな。

  俺が適当に話している間、橘は佐々木の死角から近くに回り込もうとしていたが、佐々木は何故か時々辺りを見渡すため、なかなか佐々木に接近出来ないようだ。
  とはいえ、俺の無意味な聞き込みにも限界がある。あまり長引かせると佐々木が怪しむからな。

「…ョン、キョン?聞いているのかい?」
 …へ?
「なんだ、聞いてなかったのか?僕の休日の過ごし方を聞いてきたのは君じゃないか。それなのにボーッとして。
 …本当に僕の話を聞きたいのか?僕は今懐疑心で許容量は超え溢れかえっている。そんなマインドだよ」
 いかん、佐々木が疑いの目を向け始めた。
「だいたい、僕の話を聞いてばかりじゃないか。キョンは『重要な話』があって僕を呼び出したんじゃないのか?僕はその『重要な話』を聞くためにここへ来たというのに、これじゃあ正反対だ」

 至極まともなツッコミをいれる佐々木。…くそ、この手は使いたくなかったが、仕方あるまい。
 橘よ。今からスキを作る。首尾よくやってくれ!

 俺は目線と顔の動きで橘に合図を送った。

「さ、佐々木!聞い、ってくれ!」

 俺は佐々木と向かい合ってそう言葉を紡ぎ出した。少し噛んでしまったのはご愛嬌だ。
「…な、なんだい…?」
 …すまん、言葉に出そうと色々考えてきたが、上手くいかないみたいだ。だから行動で示そうと思うんだ。…それでいいか?
「行動?……構わないが。それで僕は何をしたらいいんだい?」
 佐々木、目を瞑ってくれ。
 俺は佐々木の肩に手を置き、そう囁いた。
「…え……あの……、…目を瞑るだけでいいのかい?」
 …ああ、俺がいいって言うまで目を瞑っててくれ。頼む。
「……わ、わかった…キョンが望むのであれば、僕は構わない…」
 …よろしく頼むよ。
「…こ、こちらこそ…や、優しく頼む……」
 そう言って佐々木は目を閉じた。

 信じてほしいのだが、俺は決して邪な事は考えていない。佐々木に目を瞑ってもらい、その隙に橘を接近させ、閉鎖空間に入ってもらおうと画策したんだ。
 閉鎖空間内と通常空間では時間の流れが違うから、目を瞑っている間に橘は帰って来るだろう。そしたらまつげにゴミが付いていたとでも言って誤魔化すつもりだ。

 だが何を勘違いしたのか、佐々木は何故か俺の目線に合わせるかのごとく少し顔を上げ、顔を紅潮させながら目を瞑っていた。
 …何でこんな顔をしているんだ、何をしてもらいたいんだこいつは。

 ……すまん、嘘だ。先の橘の発言とこいつの行動を合わせれば、佐々木が何をしてもらいたいのかは一目瞭然だ。そこまで俺は鈍くないつもりだ。
 たが俺にとって佐々木とは何だ?もちろん中学の時の同級生で同じ塾に通っていた親友とも呼べるうちの一人だ。
 いやそんなことをわざわざ説明する必要は無いな。今問題にしているのはそれ以上の関係を望んでいるのかどうかという点だ。
 橘は『精神病にかかっている』『俺に好意を持っている』などと言っていたが、佐々木に会うまで本当にそうなのか疑問だった。だがこの佐々木を見る限り、橘の言葉を否定する要素は何も無くなっていた。
 つまりこのまま勢いに任せてしてしまっても誰からの文句もないわけだ。しかし本当にしてしまってよいのだろうか。…何故かハルヒを始めとするSOS団の女性陣の顔が浮かび上がったからだ。

 …俺はどうすればいいんだ?このまま…してしまってもいいのか…それとも…

「…キョン…?…どうしたんだい…?」

 佐々木が目を開けて俺に問いただしていた。…ああ、すまん、少し考えごとをな。
「…涼宮さんの…ことかい…?」
 …う!、…いや!…そうでは……ない…(こともないんだが)……。
 …待たせて済まない。もう少しの間、目を瞑っててもらえないか?

「……このようなシーンでは、男性がリードするのが習わしよ。しっかりしてね………お願いだから何も考えないで…涼宮さんのことも…」
 女言葉で俺に懇願し、しかも今度は俺の腰に手を回し、更に唇を少し突き出しながら佐々木は再び目を閉じた。
 …待て待て待て。なぜお前はピンポイントで俺の劣情を増幅させるんだ。

 その紅く瑞々しい唇はさながらネオジム磁石並の吸引力を放っていた。
 俺の目と唇はその磁力から離れられそうにない。

 徐々に佐々木の顔が迫ってくる……すまん、これも嘘だ。俺が迫っているんだ。
 佐々木が放出するフェロモンか媚薬のせいだろうか?俺の思考回路は徐々にその機能を失い、ただその熟れた果実を貪りたい、そんな衝動に駆られてきた。

 …もうまつげのゴミ云々の嘘話やハルヒのことはどうでもいい…

 俺は手を佐々木の肩に回し、更に迫ってみせる。

 20cm………10cm……5cm…3cm…

 ……そして俺もいよいよ目を瞑る…


 …おい、橘。何をやっている?


 目を瞑ろうとした瞬間、赤い顔をしてマジマジとこちらを見つめている橘の姿が目に入った。
 だがおかけで佐々木の魔力から一時的に開放された。
 
 …はやく閉鎖空間にいきやがれ!
 俺は橘をにらみ付け、合図を送った。ふと我に帰った橘が謝る仕草をしていた。…やれやれ…

 そして自分のポケットから何やら取り出し、それを両手で自分の顔の前に持ってきて構えた。
 …誰がデジカメで写真を撮れと言ったんだー!早く閉鎖空間に行けって言ってんだ!!

 橘はジト目でこちらを睨んだ後、何かに気付いた様に両手を叩いた。
 そして佐々木に気付かれないよう忍び足で俺たちの近くまで寄り、俺に『休憩代』と書かれた封筒、チョコレートかクッキーが入っているような包み数個、そして栄養ドリンク数本を渡してきた。

 …おい、なんだこれは。
 …色々ツッコミたい。お前はいつもこんな物を常備してるのか?何が言いたいのかはっきり言ってくれ。
 橘は俺の意図を汲み取ったようで、ある方向を先を指差した。
 そこには派手なイルミネーションが昼間でもさんざめく、いかにもな建物があった。

 橘は指差していた手を、グーの形から人差し指と中指の間から親指を突き通した形にして俺に突き出していた。ニヤニヤ笑いながら。

 …何恥ずかしい事やってやがる。橘、頼むからさっさと行ってくれ……
 それにお前の望むようなことはせんぞ。…ちょっと残念…いや何を言っている俺?

 そんな目線を送ると、橘はつまらなさそうな顔をした後、近くのベンチに腰掛け、目を瞑って動かなくなった。ようやく閉鎖空間に向かったようだ。

 はぁ、羞恥の極みだ。だがおかげで佐々木のテンプテーションからは完全に解き放たれた。
 …しかし、いつまで俺はこのままの体勢でいればいいんだ?橘、なるべく早く帰ってきてくれ…

 

 

 

 


 


 しまったなぁ、あたしとした事が初歩的なミスをしてしまいました。
 でも、あれだけ積極的な佐々木さんというのは見た事ありませんし、キョン君もあんなに素直に事を運ぶとは思いませんでした。
 だからつい、二人の成り行きを見届けようと…。彼に栄養ドリンクとスキンをあげたのは正解ですね。安心してください。すべてメイドインジャパンですよ。特にスキンはシェアNo.1の岡本ゴム製ですから。薄いのに破れません!

 …コホン、この手の話題はさておき、佐々木さんの神の如き能力を受け継いだ原因を探しに行きましょう。
 恐らく涼宮さんとの意識がシンパシーしているため、能力が紛れ込んだのでしょう。それを排除します!


 …さっそくやってきましたね、神人!返り討ちにします!ふんまんちゅ!

 ドゴーン、バシュ

 …あれ?効いてない?もっかい、そりゃ!!

 パシュ パシュ

 ふぇぇーん…なんでー?いつもはこれでばたんきゅーなのに…
 なんだかすっごく強くなってませんか…?

 …よく考えたら、佐々木さんはキョン君に言い寄られていましたから、そもそも神人が現れるとは思えません。
 現れたとしても、戸惑いや照れから来る無意識レベルのストレスですから、こんなに強いわけありません。
 多分、かなり強力なストレスを受けているんですね。
 …まさかキョン君、フったんじゃ…そんな事したら世界が終わってしまいます!一旦確認しに戻りましょう!

 ……ズン……ズン

 え?…あ…あれは…まさか…
 …涼宮さんの神人?

 な、何でここにいるんですか?
 うわ、しかも佐々木さんの神人と取っ組み合いを始めましたよ!凄い!あたしの一撃にもビクともしなかったのにパンチ一撃で倒しちゃいました!
 あ、でも起き上がって…佐々木さんの神人が涼宮さんの神人にラリアットです!激しいですよ!
 でもやっぱりすぐ起き上がって攻撃してます。

 両者組み合って動かなくなりました。両者、ファイト!

 …って、解説している場合じゃないですね。何で涼宮さんの神人がここに?
 様子を見る限りじゃああたしを助けにきたわけじゃなさそうだし。

 …もしかして、佐々木さんの意識が涼宮さんにのっとられてるのかしら?
 それはやばいです!原因を早く探さないと!
 …でも、辺りにはお二人の神人達しかいません。他は特に変わった事はありませんし…

 …あれ?…神人『達』?

 …ズシン…ズシン…

 ふ、増えてるぅー!!
 へぇぇぇぅぅぇ…両方合わせて10は超えてますぅぅぅ…
 …一匹でも倒せなかったのに、あんなに沢山の神人を倒せるわけありません!
 …ここはいったん戻って、お二人の様子を見た方がいいかも知れません。戻りましょう!

 …決して現場放棄じゃないですから。勇退です!

…………………

 ふう、戻ってきました……
 何だか、空気が重いですね。雨でも降るのでしょうか?それより、お二人を探しましょう…あ、見えました。

 あれ?佐々木さんの姿しか見えないですね…キョン君はどこかしら?
 ううっ、寒気もします。風邪でしょうか?もう少し近付いて…

 ひゃっ!!!

 ささ佐々木さん…佐々木さんが…笑ってます…この世のものとは思えないくらい、満面の笑みです…
 …で、でも、何で暗黒のオーラを体に纏っているのでしょう?これ以上は近付けません…あたしの第六感が近付くのを拒否しています…
 佐々木さん…誰かに微笑みかけている…もとい、睨み付けてますね…目線の先は………

「……うわぁ……」

 思わず声が漏れてしまいました。でもお二人は気付いてないでしょう。恐らく。
 そう。二人。でもキョン君ではありません。佐々木さんの目線の先にいたのは…

 …涼宮さんでした。

 …最悪なパターンです。一番見られたくない人に見つかってしまったみたいです。
 涼宮さんは、佐々木さんに劣らないくらいの破顔一笑の表情で、かつ魔闘氣を放出して佐々木さんを凝視しています。
 お二人の視線と視線がぶつかる地点では、核融合が起きているんじゃないんでしょうか?よかったぁ、未来のエネルギー問題もこれで解決しますね。
 
 …などと現実逃避している場合じゃありません。
 二人はにらみ合って動きませんし、取り敢えずキョン君を探しましょう。
 …あ、いました。ベンチで気絶して寝てました。もしもーし、起きてくださーい。

「…うう…デッキブラシは勘弁して…」
 …デッキブラシ?…なぜデッキブラシが…理由をぜひ聞きたいですが、聞いたらキョン君が立ち直れない様な気がして聞けません。

 大丈夫ですか?起きてください!

「…あ…橘…か…」
 どうしたんですか?しっかりして下さい!
「…橘……よく戻ってきてくれた…お前だけが頼りだ…」
 …わっ!、分かりましたから抱き付かないで下さい!こんなところ見られたら、あたしはお二人に髪の毛一本残らず消されてしまいます!
「…ああ、すまない…」

 それで、何があったんですか?
「…実は…」

 

 

 

 


 


………………

「キョン……早くぅ……」

 橘が閉鎖空間に行った直後、佐々木は再び催促し始めた。甘い声で。しかも俺の腰にあった手を更に締め、足まで絡めてきた。
 俺たちはこれ以上ないくらい密着している。
 最早レッドゾーンギリギリだ。これ以上の刺激があったら自分でも何をしでかすか分からない。
「…ちゃんとできたら、ご褒美よ……続きを…していいわ……初めてを…あ…げ…る……」
 この言葉に、思春期真っ直中の俺のエンジンはレブリミットを軽く超え、暴走し始めた。
 先程橘からもらった三種の神器が役に立ちそうだ。おまけに佐々木の許可も降りている。もう何も怖い物はない。己の道を突き進むのみだ!
 …さっきと言っている事が違うだと?悪いがこんなシチュエーションになって何もしない程俺は聖人君子じゃないんだよ。


 俺も佐々木を抱き寄せ、そしてサクランボの如き小さく可愛い唇をいただくことに-

「-何やってんの?あんた達?」

 ―重低音が効きまくったコントラバスの様な呻き声と同時に、俺たちは互いを突き飛ばすように離れた。
 そして蜘蛛の糸を切られたカンダタの如く、天国から地獄へと墜ちていった。

「…あ、す、す涼宮さん…これは…だね……」
 流石の佐々木もしどろもどろだ。
「…あ、あのな、ハルヒ。佐々木の目にゴミが入ったらしくてな、それを取ろうとしてたんだ。な?佐々木?」
「…あ、ああ、そうなんだ。少し見え辛かったからキョンが大分接近してたんだ。だから勘違いするようなシーンに見えたかもしれないね」
 奇しくも佐々木に言い訳するための言葉はハルヒに向けて使われる事になるとは。だがこれでひと安心-

「じゃあなんで二人とも腰に手を回してたのよ?おまけに足まで絡めて」
『あぅわ……!!』
 我ながら間抜けな声を上げた。佐々木も異口同音の奇声をあげていたが。

「キョン、いいなさい。納得がいくよう説明してちょうだい?」
 怒ってる。間違なく腸が煮えくり返ってますよ。どうやって誤魔化せばいいんだ?
 橘!…はまだか。長門!朝比奈さん!古泉でもいい!誰か助けてくれへるぷみーぷりーず!!

「…くくくっ、涼宮さんには隠し事出来ないわね。見ての通りさ。抱き合って愛を確かめあっていたのよ。…私とキョンのね」
 俺があうあうしている間に、佐々木は問題発言をカマしやがった!
 おい!佐々木!
「…なんだい?本当の事じゃないか?そしてその後、私の貞操をキョンに差し出す予定だったんだ」

 おいおいおいおいおいおい………
 その、正直、暴走中は確かにそんな気ではいましたよ。だけどな、それを今、よりによってハルヒに言わなくてもいいんじゃないか………

「………………」
 ハルヒは三点リーダを打ち続けて沈黙を保っているが、怒りのオーラを感じる。
 むしろ抑えこんでいる雰囲気だ。爆発したら半径20kmくらいは荒野になるんじゃないのだろうか…
「…キョンはあなたではなく、私の選んだみたいなんだ。申し訳ないが納得して欲しい」
「SSNAPを…一方的に破棄するわけ…?」
「破棄だなんて。ちゃんと条約は守ってるじゃないか。最終的な判断はキョンにしてもらったわけだし」
「…うそよ…そんなのありえないわ…どうせ色仕掛けで挑発したんじゃないの…」
「…いや、大見得切ってそんなことはしていない…」
「…つまり、自信はなかったけど色仕掛けしたら釣れたんで、横取りしようとしたわけね…結局、条約を破って先走りしたってことじゃない」
「ぐ………」
「…まあでも、こうなった以上、あの条約を締結し続けるのは不可能ね…」
「…ああ、どうやらそのようだね……」

「ふふふふふふふふ…」
「くくくくくくくく…」

 …怖えええ。怖いってもんじゃないですよマイマザー。これに比べたら朝倉に刺された時の恐怖なんて、隠れているのにバレバレなオバケ役のオヤジがヤル気なく驚かしている商店街主催の肝試し大会に見えてくる。
 …な、なあ、とりあえずここは穏便に…

『黙りなさい』

 ……二人の怒気と殺気に俺は気を失いかけ、それでも頑張って某珍探偵のように千鳥足で歩きベンチに腰掛け(腰が抜けたとも言う)、そのまま意識が飛んだ…

 

 

 

 

 


 


…………………


「…俺が覚えて睨み合っているということは、それ程時間が経ってないということになるのか?」
 …ええ、恐らくは。
「…結局、佐々木の力の原因は分かったのか?
 …いえ、残念ながら…それより、一番恐れていた事が起きてしまいました。二人の神の対立は、世界を滅ぼしかねません。どうにかして止めませんと…
「…ああ、責任の一端は俺にもあるからな。実は気絶中に二人を収めるプランが浮かび上がったんだ。それにはお前の協力が必要だ。力を貸してくれ」
 …はい、わかりました。お願いします。でも何をすればいいのですか?
「なに、簡単なことさ。俺の指示通りに動いてくれればいい」
 はあ、でもあんまり酷いことはしないでくださいね…

「おいハルヒ。佐々木。ちょっと聞いてくれないか?」
 キョン君が二人に問い掛けました。二人は一時的にプラズマ発生を中断し、キョン君の方を見てました。

「…悪かったな。俺が二人の気持ちに全く気付かなかったため、結果として二人が争う様なことになってしまったんだな。すまん。謝る」
『……………』
 二人は沈黙しています。
「だが、お前達二人が争う姿は見たくない。頼むから止めてもらえないか?」
「…なによ…今更……」
「……キョンがはっきりしないから悪いんだ…だから…」
 二人とも、先ほどまでではないですが怒っています。そりゃそうでしょう。なんで二人ともあんな彼を好きになったのかしらね?
「…この際だ。はっきり決めておこうと思うんだ。…橘。お前もこっちで聞いてくれ」
 …え?は、はい…いきなり呼ばれたんでびっくりしました。あたしの出現に二人とも少し驚いた様ですが、特に大きなリアクションはありませんでした。
「…約束してくれ。俺が誰を選んでもうらみっこなしだ。いいな」
 頷く涼宮さんと佐々木さん。
「よし、それじゃあ発表する。俺がこの中で彼女にしたい奴は…」


 ―――橘だ―――


 …………………へ???

「あのー…」
「もう一回…」
「言ってください…」

「だから、俺が彼女にしたいのは、橘だ」

『っえぇぇぇー!!!』

 キョン君以外の絶叫がハモりました。
「ちょっとキョン!なんで橘さんなのよ!あたしと佐々木さんのどちらかを選ぶんじゃないの!!」
「全くだ!!それに彼女は同性愛者だと聞いている!ホモとヘテロが相容れることはないはずだ!」
 涼宮さんも佐々木さんもキョン君を質問攻めにしています。あたしは未だ衝撃の言葉から立ち直ってません。それと佐々木さん、やっぱりまだあたしが同性愛者だと信じてたんですね…少し悲しい…
「俺は『この中から選ぶ』と言ったんだ。ハルヒと佐々木のどちらかなんて言ってない」
「……で、でも…なんで彼女なのよ!」
「…そうだ…納得がいく説明を賜りたい」
「わかった。教えよう。一番の理由は、橘は非常に献身的なことだ。俺とお前達の仲、お前達二人の仲を取り持つために身を粉にして働いていた。それに俺と橘が急接近した理由はな、橘が前達と仲良くなりたくて、俺に相談したのがきっかけだ。お前達二人はパワフルだからな、よほどの体力と精神力がないとやっていけないと判断した橘は、俺と古泉に相談を持ち掛け、特訓することを決めたんだ。体力を毎日トレーニングすることで、精神力を自分の好きな甘い物を断つことでそれぞれ身に着けることに成功した。その結果として痩せたってわけだ。あのメールを見たお前達なら、橘がどれだけ苦労したか分かるはずだ。少々誤解されやすい内容だったがな。地道な努力と強い意志に感銘を受けた俺は、褒美としてプリンをやったんだ。一旦ハルヒにあげたプリンを横取りしたのは悪かったがな。…俺は、そんなひたむきに友達思いで、献身的な橘の態度に惹かれたんだ」

 …凄いです……よくもまぁこれだけハッタリをかませられるなんて……一部本当の事もありましたけどね…
「対してお前達二人はどうだ。自分の利己主張で躍起になり、他人に迷惑をかけていた。俺の携帯を折ったり、橘を軟禁紛状態にしたりしてな」

「う………」
「む………」

 あの二人が絶句してます…凄い!さすがは『鍵』ですね!尊敬しちゃいます!
「…だが…橘さんは………」
「男に興味ないって聞いたわ……」
「なんだ、二人とも知らなかったのか?それはデマだ」
 そうです!訂正ありがとうございます!あたしの中で今日のキョン君株はストップ高です!

「…いや、正確には半分正解だ。あいつはな、両刀使いなんだ」
『えええっ!!!』
 またもや声がそろいました。違います!それじゃああたしただの変態盛り女みたいじゃないですか!
 …もしかしてキスシーンを覗いていた仕返しですか?ごめんなさい。謝りますから勘弁してください……

「…そうそう、橘の返事を聞いてなかったな。改めて言うが、お前はどうだ?」
 …え?え?…あの…あたしは構わないんですが…お二人が………
 キョン君は『大丈夫だからとりあえず肯定しろ』っていうサインを出してきました。…とりあえず信じます。うまくやってくださいね。
「…はい…あたしもあなたが好きです…よろしくお願い致します…」

『……………』

 …二人とも沈黙してしまいました。かなりショックだったみたいですね…
 あ、でも、このままだと二人とも世界を否定するんじゃ…ちょっとマズいんじゃないですか!?どうするつもりですか!

「これで俺たちはカップル成立したわけだ。だが、どうやら俺は浮気症で他の女に手を出しやすい性格らしい。橘よりももっと献身的に尽してくれる女性がいたら、そっちに靡くかも知れんな」

『あ…………』

 なるほど……そうきましたか……。まだ自分達が完全に嫌われてはいない、希望があると思わせる事で、世界を崩壊しない様に導いたんですね!

「…ふっ、やっぱりエロキョンね……」
「…ああ、全くだ。こんな可愛い彼女が出来たばっかりだというのに、もう次の女性に手を出すとはね……」

 二人が苦笑しながら話し始めました。あの黒い蟠りは消えてなくなりました。

 …多分、お二人とも気付いているのでしょう。キョン君とあたしの告白がやらせだったということに。
 念の為、あたしも一芝居…
「あたしより献身的な人がいるなら、あたしはその人に勝てません。残念ですが身を引かざるを得ませんね」

 それを聞いた二人は、『橘さん弱気ね。キョンが思い上がるわよ!』といって笑い出しました。

「…佐々木さん、条約の再締結よ。題して『第二次涼宮-佐々木超不可侵条約』、略してSSSSNAPよ」
「略語にしては少々長いし語呂が悪い。4SNAPでどうだろう?」
「あぁ!それいいわね!さすが佐々木さん!」
「いいや、直ぐに名前を思い付いた涼宮さんがいてこそだよ」

 完全に以前の様な仲良しさんに戻りました。これでめでたしめでたしです。

「橘さんも、条約に加わってみない?」
「それはいい。私たちは仲間だからね。名前は考え直す必要があるがね」
 …二人にこんな優しくしてもらえるとは…京子感激です…ありがとう…キョン君…

「何だ?その条約?」
 …あ、キョン君は知らないんでしたね。あたしは説明する事にしました。

「…ははあ、なるほどね。だから二人は仲がよかったわけか」
『………』
 二人は顔を赤くして下を向いてます。
「だが、橘はもう俺のハートに侵攻しているから条約は結べないだろ?」
 そう言って、キョン君はあたしの肩に手をかけてきました。
 ちょ!ちょっとそれは…!

「そうだったわね…忘れてたわ…」
「…橘さんは倒すべきライバルだったよね…」

 あの…もしかして…やっぱりこんな展開なんですか…

「ふふふふふふふ…」
「くくくくくくく…」


 …その後、また戦線布告されました…


 …演技だったのかも知れませんが、あたしを庇ってくれたキョン君は本当に格好良かったですし、キョン君の優しさが身にしみて分かりました。同じ嘘でも古泉さんは酷いものでしたからね。
 さっきは涼宮さんと佐々木さんがキョン君を好きになった理由が分からないっていいましたが、今はよく分かりました。

 あたし達は本当のカップルのように過ごす事になりました。かりそめとは言え、二人ともあたしたちの仲を認めてくれましたし。
 …実は少しキョン君に惚れちゃいました。嘘とはいえ涼宮さんや佐々木よりあたしを選んだのは嬉しかったし、あたしをよく見てくれてたし、何より敵同然だったあたしを庇ってくれたあの優しさが一番のポイントです。
 ちょうどいい機会だし、この立場を利用してアプローチしてみようと思います。お二人には悪いけど。
 ただ、キョン君は鈍いから、いつ気付いてくれる事やら…
 それに、涼宮さんと佐々木さんを自ら敵に回すことになりますし、二人の神人退治もあります。苦労はつきそうにありません。結局佐々木さんの能力についても未解決ですし。


 …だからあたしは溜息混じりにこう呟くんです。


   …やれやれ…


 …あれ?やっぱり似てないですか?
 んん……!もうっ!


 おわり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

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最終更新:2020年03月12日 01:11