些細なこと
 
そう、それはとても些細なこと
 
誰しもが感じること
 
誰しもが思うこと
 
そして誰しもが乗り越えてきたこと
 
それが、当然のこと





 
          - 鶴屋少女の孤独 -



 
………
……
 
SOS団が立ち上がってもうどれぐらい立つっけ
唐突にそんな疑問が頭をよぎった
一年生のときに立ち上げたSOS団
 
涼宮ハルヒによって作られ、そしてオレを未知の世界へとひきずりこんだSOS団
 
万能で完璧かと思いきやたまに弱みがちらつく無口で無垢な宇宙人
守ってあげたくなるような言動と意外としっかりした芯を持つ未来人
いけすかない笑顔と共にいつだってそこにいてくれた超能力者
 
そして世界をわがままに変えてしまう手のかかるお嬢様
 
暑い季節が迫る
オレ達が出会ってから、一年以上の月日が流れていた
 
窓から差し込む陽の光を背中に浴び、オレは長門しかいない部室でパソコンをいじっていた
特にやることも無く適当にネットサーフィンに専念する
 
傍らで本を眺める無口で無垢な宇宙人こと長門有希
思えばこいつにはずいぶん世話になった
多分オレの一生で一番オレを助けてくれた人物だと言える
 
「こんにちはー」
 
かわいい声が聞こえた
一つ上の先輩であり我らがSOS団のマスコット的存在の朝比奈みくるだ
 
「あ、キョン君、今日は早いんですね」
「そうですね、じゃ、失礼します」
 
朝比奈さんがメイドに着替えるために席をはずす
廊下に出て彼女の煎れるお茶を妄想しながら待つことにした
 
「どうぞー」
 
天使のような声で入室を促す朝比奈さん
オレはその言葉に甘えて入室した
 
オレが部屋に入り椅子に腰掛けると同時にいつもの元気な声で部室に飛び込んできた奴がいる
SOS団初代名誉団長であり
オレが様々な事件に巻き込まれることになった全ての元凶であり
全校生徒で名を知らない者は誰一人いないと思われる人物
そう、涼宮ハルヒである
 
「やっほぉー!」
 
そうやっていつも通りにSOS団の本日の活動は始まった──
 
──が特にやることも無いので少し遅れてやってきた古泉と適当なゲームで時間を潰した
 
時間は静かに流れていく
「ぷはーっ、みくるちゃん!もう一杯頂戴!」
「はいはーい」
ずうずうしくも思わず見ていて微笑んでしまうようなそんな日常
オレはこんな日常が好きだった
 
誰だって慣れたらこんな日常のほうがいいに決まっている
根拠は無いがオレはそう断言することにする
いいだろ?実際そうだと思うしな
 
そう、誰だってこうやって仲間とつるんで、平和な日常を過ごすこと望むんだ
 
そして、それは彼女も例外ではなかった、はずなんだ
 
──パタン
 
部活の終わりを正確に告げるまるで鳩時計のような長門有希の合図で、本日の活動も終わった
 
ハルヒ、古泉、長門の順に一人ずつ部室をあとにする
朝比奈さんは着替える時間を要するために必然的に最後になる
 
オレも荷物をまとめて部室を後にした
 
オレが遅いのか長門達が早いのか、もう廊下には人影は無かった
まぁ、いつものことだしな
オレは旧校舎を出て下駄箱のある校舎へと向かった
 
誰もいない放課後の校舎
差し込む夕日が妖しくも幻想的な雰囲気をかもし出す
 
昔からおばけの類が夕方に出やすいというのは、この雰囲気のせいなのかもしれない
そんなどうでもいいことを考えたりもする
 
いつもならこのまま下駄箱へと向かうところだ
だが何を思ったのだろう、俺は少しこの景色を見ていたくなり、教室へと向かった
 
夕焼けで橙色に染まった階段
まるでお雛様の台のような幻想的な階段
 
本来なら2年生の教室があるのは3階なのだが、
さすがにめんどくさくなり3年生の教室のある2階で妥協することにした
 
廊下を歩み一番近い教室へと歩を進める
 
──ガラガラ
 
本来なら多学年の教室に入るのは多少なりとも抵抗があるものだが
涼宮が移ったのかオレは少しずうずうしくなっていた
 
そして教室に入る
 
  偶然、本当の偶然
 
そこにはオレ以外の人物がいた
「キョンくん?」
「つ、るやさん?」
 
朝比奈さんの親友であり、SOS団の正体に多少なりとも気づいている貴重な一般人
 
鶴屋さんが、そこにいた
 
オレは驚きのあまり口をパクパクさせた
 
「キョンくん?なんで?」
鶴屋さんも同様に驚いていた
 
当然といえば当然だろう
放課後誰もいないはずの教室
しかも来るはずの無い人物が来たのだ
これで驚かないのならその人も一般人じゃない
断言させてもらう
 
「キョンくん何か私の教室に用事かなっ?みくるに何かとってくるように頼まれたとか?」
さすが鶴屋さん、間違っているとはいえ観察力なら彼女にかなう人間などいないだろう
長門すらここまで一瞬で考えることなどできないんじゃないかと錯覚する
まぁどっちみち違うんだが
 
「ちょっと、夕日が綺麗だったんで」
理由になってそうでなってないぞ
少し落ち着けオレ
「そーかい」
納得するんですか
まぁそのほうがこっちとしてはありがたいんだけども
 
「私もこの景色が好きにょろよ」
 
なるほど?
自分と同じ理由なら納得しやすくもなるか
「そうなんですか、綺麗、ですもんね」
そう言って、俺も窓に近寄る
 
学校が山の上にあるせいか、遠くまで見渡せる
一面に広がる町並みとが夕日の色に染まっていく
 
それは幻想的で、まるでこの世のものとは思えないような錯覚を覚える
一日の終わりを告げる、太陽の断末魔
オレは思わず言葉を失う
 
ただ、じぃっと、その景色に魅入られるだけ
 
長い、長い沈黙
夕暮れと、無音の静寂、幻想的な景色に包まれる
時がたつのを、忘れてしまうほどに
 
「……ねぇ、キョンくん」
 
「はい?」
不意に鶴屋さんが口を開く
「キョンくんは、ハルにゃん達といて楽しいかい?」
「へ?」
突如として聞かれる質問に、オレは少々動揺した
この質問にはどういう意図があるんだ?
「あ、別に深い意味はないよっ」
俺の様子を見て、慌てたように鶴屋さんは付け加える
「……そうですね、楽しくないと言ったら俺は今世紀最大の大嘘つきになるでしょうね」
「そうかい、それはよかった」
そう言って鶴屋さんは満面の笑みをオレに向ける
まるで子供みたいな無邪気な、そして大人が子供に向けるような不思議な笑顔
 
暖かく優しい、そんな笑顔
 
「よいしょ、っと!じゃ、そろそろ帰るさ!」
鶴屋さんは腰掛けていた机から飛び降りて言う
鶴屋さんの長い髪が一瞬宙を舞う
宙を舞った髪の毛に夕日が反射して輝いた
オレは少しその現象に見惚れてしまった
 
「どうした?キョンくん?」
「え、ああ、いや、なんでもないです」
オレは慌てて弁解する
「私をじっと見ちゃって、見惚れちゃったかい?」
鶴屋さんはいたずらっ子のような笑顔で話す
「あ、はい、ちょっとだけ」
俺は正直に答えた
 
「へ?」
 
少し鶴屋さんが固まった
「鶴屋さん?」
さっきと立場が逆転した
「あ、なんでもないよっ、ちょっと驚いただけさっ」
 
今のドコに驚く要素があったのかという野暮なつっこみはおいといた
「じゃ、帰ろうか」
そう言って再び鶴屋さんは微笑んだ
「あ、送っていきましょうか?」
 
オレは自分の口から出た言葉に多少驚いた
朝比奈さんにさえ言ったことのない言葉
問題はそれを聞いたときの鶴屋さんの反応だった
 
「ふぇっ?」
 
朝比奈さんばりのまの抜けた返事に、オレは思わず苦笑してしまった
 
「送っていきましょうか?」
オレは再度尋ねる
 
「んー、あー、んじゃお願いしよっかな?」
いつもと違う鶴屋さんの雰囲気に多少違和感を感じながらも、オレと鶴屋さんは並んで下駄箱へ向かった
 
───
 
「──でさっ!ほんと笑っちゃうよねっ!」
「そうですね」
 
帰り道を鶴屋さんと二人で世間話をしながら歩いていく
あまりないシチュエーションだが鶴屋さんの話のおかげで気まずくなることは無い
それどころかとても楽しかった
 
「ここらへんでいいよっ」
 
不意に鶴屋さんが立ち止まる
「あ、そうですか」
確かにあと4・5分で鶴屋邸に着く位置にいた
「泊まってくかい?」
「あはは、遠慮しときます」
鶴屋さんの本気のような冗談に笑いながら答える
「そりゃそうさね」
 
鶴屋さんもそう言って微笑んだ
「じゃ、また明日っ!」
鶴屋さんはそう言ってオレと違う道を行く
可愛らしく揺れる長い髪
 
ただ一つだけ、気になった
 
          最後に見せた鶴屋さんの笑顔には、どこか寂しげな影が差していたんだ


 
自宅に帰り、家族と一緒に飯を食う
そんなどこにでもある日常
そう、どこにでもある日常
 
「キョンくーん、おやすみなさーい」
はいおやすみ
晩飯を喰い終わり居間で適当に時間を潰して、俺と妹は各自の部屋に入る
 
深夜ぐらいまで適当に本を読み眠気を呼び起こす
徐々にまぶたが重くなり意識が途切れ途切れになる
 
俺は電気を消してにベッドに体を埋めた
ゆっくりとした時間が流れる
誰にも邪魔はできない、平和な時間
夜の闇
静かな静寂
そこに響き渡る時計の針の音
 
俺は目をつむった
徐々に、徐々に夢の世界へと───
 
───ピリリリリ ピリリリリ
 
半分睡眠を始めた脳を突如として妨害する
鳴り響く携帯
俺はけだるく、起き上がった
 
―――誰だ?
決まっている
こんな時間に連絡をよこす迷惑な人間はあいつしかいない
考えたら腹が立ってきた
いつものことなんだがな
 
俺は携帯スタンドから携帯を取り、液晶画面を見る
そこに移っていた名前は、ハルヒではなかった
 
            『 鶴屋さん 』
 
俺は急いで通話のボタンを押した
 
「もしもし?」
『………』
「鶴屋さん?」
『………』
返事は無かった
だけど、受話器の向こうには確かに誰かがいる雰囲気だった
 
気まずい沈黙が流れる
向こうから連絡をよこしたのだから、何かしら発言があるはずだ
俺はそう思って相手の言葉を待った
 
『……ごめんね?こんな時間にさ』
不意に言葉を放つ携帯電話
その声は確かに鶴屋さんのものだった
ただ一つだけ違和感をあげるとするなら
その声は、少し震えていた
「どうしたんです?」
『あ、ううん、なんでもないさ、気にしないで』
「へ?」
『ちょっと、ね?』
鶴屋さんらしからぬあいまいな言葉
 
いつもの元気はなく、まるで甘える理由を探す子供のような言葉
「怖い夢でも見たんですか?」
そんな子供じみた理由であるはずがないが、俺は和ませるために笑って話した
『………』
 
とたんに黙る鶴屋さん
 
「えと、もしかして、図星ですか?」
『うん』
「あー……」
言葉に詰まる
いつもは元気で笑顔の塊のような人が悪夢で怖がっている
女の子なんだから当たり前っちゃ当たり前なんだろうがそこで浮かぶ一つの疑問
「えっと、なんで俺、なんですか?」
恐る恐る尋ねる
『………』
再び黙る鶴屋さん
気まずい…
何か気分を損ねるようなこと言ったのか、俺
「朝比奈さん、とかハルヒとかも仲がいいじゃないですか」
 
『………ごめんね』
 
「へ?」
いきなり謝られた
少し混乱してきた
『やっぱり迷惑だった、かな?』
「え?あ、いや、大丈夫ですよ」
『それなら、よかった』
鶴屋さんの様子がおかしい
 
いつもみたいな軽快な口調ではなく、まるで何かおびえている子供のような口調
「ほんとに、大丈夫ですか?鶴屋さん」
『うん、大丈夫』
大丈夫に聞こえませんて
最初よりは大分落ち着いたが、それでもやはり声は落ち込んでいる
「参考までに、もし迷惑じゃなかったら、どんな夢を見たか聞かせてもらえませんか?」
『………』
それにしても今日の鶴屋さんはよく口を閉じるな
鶴谷さんじゃないみたいだ
長門に乗り移られたか?
 
『……ぅぇ……』
 
え?
 
「ちょっと、鶴屋さん?」
『ぅぅ……』
よっぽど怖い夢だったのだろうか
いきなり泣き出してしまった
 
俺は慌てた
当たり前だ
普段の彼女からは泣くとこなんて想像もできない
電話越しだから泣き顔が見れないのが少し残念だが、って何考えてるんだ俺
「鶴屋さん、大丈夫ですか?」
『キョン、くん、ヒック』
「落ち着いてください、大丈夫です、俺がここにいますから」
『夢だったんだけどね、怖かったんだ、すっごく』
震えながら涙声で語る鶴屋さん
思わずこっちまで目が潤んでしまうほど可哀想な声だ
 
『キョンくん、達にね?』
「へ?」
『キョンくん達、ハルにゃんやみくるに、ヒック、嫌われる、夢』
「……」
俺は、どう声をかけていいかわからなかった
 
『怖かった』
 
泣きながら、言葉を続ける
『起きた後も、本当に、そうなったら、ヒクッ、どうしよう、かと、うぅ』
「大丈夫です、大丈夫です」
『キョン、くん』
「鶴屋さんのことを嫌いになる人間なんていません」
『ほんと、に?』
「ええ、断言しますよ」
『………』
「だって嫌いになる要素何て全く無いじゃないですか」
『多分俺の知ってるなかでも五本指に入るほどいい人ですよ』
 
そうだ、鶴屋さんほどいい人間はいないだろう
元気で、明るく、場を和ませる
SOS団の活動に協力もしてくれる
皆に平等にその笑顔をわけてくれる
「だから、大丈夫です」
『……うん』
大分鶴屋さん声が落ち着いてきた
やっぱり鶴屋さんには涙はあわない、いつも笑顔でいて欲しい
「だから、笑っていてください」
 
『キョンくん、ありがと』
そういって、電話の向こうで、確かに微笑んだ気がした


 
暖かい太陽の光
世に始まりを告げる朝の日差し
窓を覆うカーテンの隙間から差し込む光が眩しくて、俺は目を覚ました
 
妹に起こされずに、自分で目を覚ましたのは久しぶりだった
結構深夜に目が覚めたにもかかわらず、とても清々しかった
 
「キョンくんおはよー!」
丁度制服に着替え終わったときに、妹がいつものようにオレを起こしに来た
「あれれー?キョンくんがもう起きてるー、めずらしー」
「たまには自分で起きることもあるさ」
「ふーん、もう朝ごはんできてるよー」
「へいへい」
階段を駆け下りる妹のあとをゆっくりと追った
廊下や階段は走るんじゃありません
 
朝飯をたいらげ、準備をして、家を出る
 
期待と安堵と不安とが入り混じった微妙な心境
誰しもが感じる朝の感触
今日も平和な、そしてハチャメチャな一日が始まる
こんな日常がずっと続くんだ
このときは、そう思っていた
 
────そして願ってもいた
 
「おーっす!キョン!」
「キョン、おはよ」
いつもの教室、いつものメンバー
谷口と国木田の挨拶に適当な返事を返す
 
「あ、キョン!ちょっと聞いて聞いて!」
阪中と適当な会話をしていたハルヒが俺の姿を確認するやいなや満面の笑顔でオレに駆け寄る
明るいのはいいが朝っぱらからテンション高すぎないか、おい
「へいへい」
適当な相槌を打ちながら席に着く
「ちょっと!真面目に聞きなさいよ!」
「そんな大きな声張り上げんでも聞いてやる、落ち着け」
ここでスルーしているとあとが怖いので聞いてやることにした
「もう、しかたないわね、それでね───」
 
いつも通りの朝
いつも通りのクラス
いつも通りの風景
いつも通りのメンツ
 
少々騒がしい気もするが、これはこれでおもしろい
そうだ、誰だってこんな生活が楽しいに決まっているんだ
そうやって時間は流れていく
ゆっくり、しかし確実に時は流れていく
 
しかし、事件というものはいつも突然やってくるというものだ
 
なんとか今日一日の授業もこなし、放課後を迎える
 
「今日は会議だからね!早く来なさいよ!」
満面の笑顔でハルヒはまくしたてた
顔近ぇよ、唾も飛ばすな
 
光のごとく速さで教室から駆け出したハルヒのあとを追うように、俺は歩いて教室を出る
「早く来い」と言われたが、いつもと同じで構わないはずだ
どっちみち朝比奈さんが着替えるまでに着けばいいんだ
だからオレはゆっくりと部室に向かう
 
歩くとミシミシ音がする、というわけではないがそれなりに古い旧校舎
部室へとゆっくりと歩を進める
朝比奈さんが着替えるまであと2~3分はあるだろうか
オレは部室のある三階まであがった
 
すると目に飛び込んできた人物がいる
 
ドアノブに手をかけたままあける様子も無くじっと立っている
腰までかかる長い髪
朝比奈さんの親友、鶴屋さんが部室前にいた
 
ただ、その雰囲気はいつもの彼女のものじゃなかった
 
「鶴屋さん、どうしました?」
「へあっ!?キ、キョンくん、いつのまにいたんさ?」
やっぱり鶴屋さんの様子が少しおかしいかもしれない
といっても、夜中に見た夢のせいかもしれないが
「今来たところです、どうしました?」
「あ、いあー、なんでもないよっ」
そう言っていつもの笑顔で答える
「さぁー、廊下で立ち話もなんだし、入った入った」
ここはSOS団の部室で部外者の鶴屋さんにこう言われるのはお門違いな気もする
まぁ実際は文芸部の部室、なのだが
ここは鶴屋さんの言葉に従うことにする
 
───ガチャ
 
そしてまだ着替え中だった朝比奈さんの悲鳴に追い出されてしまった
 
ごめん、朝比奈さん
そしてありがとう鶴屋さん
 
「あちゃちゃー、ごめんよぅ、キョンくん」
鶴屋さんが申し訳なさそうに笑う
「あー、気にしないでください、オレの不注意ですから」
 
朝比奈さんが着替えるのをまって部室に入ったオレと鶴屋さん
考えてみれば鶴屋さんまで部室の前で待つ必要はなかったがそこはご愛嬌というわけで
「あれ?鶴屋さんも来たのね」
「ちーっす!ハルにゃん」
完全にいつもの鶴屋さんに戻った
「遅れました、すみません」
いつものニヤケ面と共に古泉も到着した
「揃ったわね!鶴屋さんも今日は参加してちょーだい!」
いつものメンバーが揃うと水を得た魚、いや鮫のごとく一気にまくしたてるハルヒ
机をずらして(オレと古泉が)
マーカーとホワイトボードを用意した(朝比奈さんが)
 
「さーて!今日の会議の内容は───」
 
とくにたいしたことはなかった
明日は土曜日だからいつものパトロールについてハルヒが延々と語るだけだ
毎度毎度のことだからもう慣れてしまった
ただ今回は一つだけいつもと違うことがある
鶴屋さんも明日は参加することになった
 
成り行きとはいえいつもは自分からは参加表明をしない鶴屋さん
ちょっと意外だったが、その笑顔はとても幸せそうだった
 
そうやってその日の活動は終わった
 
「そんじゃ、解散!今度こそ遅刻しないでちゃんと来なさいよ、わかった、キョン?」
ハルヒの鶴の一声で各々が帰り支度を始める
昨日と同じ順番で部室を出るメンバー
 
ただオレと鶴屋さんはほぼ同時に部室を出た
そのことに対して意味はなかった、ただの偶然
オレと鶴屋さんの行動は同じぐらいの早さらしい
バラバラに帰る理由も無かったし今日も成り行きで一緒に帰ることになった
 
下駄箱で靴を履き替え、校舎を出る
校門を出て、そして坂道をくだっていく
昨日もこうやって太陽が沈んでいく中を二人で歩いた
 
だけど、昨日とは違って、鶴屋さんはあまり喋らなかった
 
「今日はどうしたんです?鶴屋さん」
「え?何が?」
「何がって、今日はいつもより暗いですよ」
「そ、そうかい?自分じゃわからなかったさ」
そうやって微笑んでみせる
バックが夕日だったからかもしれない
俺の勘違いかもしれない
 
いつもと変わらない綺麗な笑顔
 
俺はその笑顔にどこか芝居じみたものを感じた
 
「鶴屋さん」
 
オレは立ち止まって声をかける
「ん?どうしたのさ、キョンくん」
鶴屋さんは振り向いてオレを見た
 
「正直に話してください」
「……何をだい?」
 
「今日の鶴屋さんは、鶴屋さんらしくないです」
 
「キョンくん……」
オレは慎重に言葉を選んだ
「何か、喋られないことでもあるんですか」
「………」
「オレは、鶴屋さんの味方ですよ?」
沈黙を通す鶴屋さん
 
オレは構わずに言葉を続けた
「話づらいことならムリに言うことはありませんが、オレにできることなら力になりますよ」
まぁ、オレにできる範囲ですが、と付け加える
言ってて少し恥ずかしい気もするが気のせいだと思うことにする
鶴屋さんは俯いて、そして語りだした
「……ほんとに、いい、かい?」
「ええ」
その言葉は少し震えていた
「もちろんですよ」
 
───ぎゅっ
 
「へ?」
 
鶴屋さんはいきなりオレの胸に飛び込んできてブレザーを小さく掴んだ
頭を俺胸元に沈める
 
「つる、やさん?」
「ごめんさ……ちょっと、このままいさせてほしいさ……」
小さく呟く鶴屋さん
その姿は気丈で元気な頼りになる先輩ではなく
何か憂いを胸に秘め、誰かに助けを請いたくてしかたがない少女にしか見えなかった
力を入れて抱きしめたら折れてしまいそうな、細い身体
何かに怯えて震える、小さな肩
道端でこんなところを見られたくは無かったが、幸い人通りは少なかった
オレは、両手をそっと鶴屋さんの肩に置いた
 
「キョンくんは、キョンくんはさ……」
少し涙声になった鼻声で鶴屋さんは語りだした
「もし、私がめがっさ弱っちぃ人間だったら、どうする?」
「鶴屋さんは鶴屋さんですよ、どうもしません」
「うざったくなったりしない、かい?」
「……」
「怖いんさ……私だって、私だって泣きたいときは、ある」
意外だった
いや、オレの勝手な偏見だったのかもしれない
 
当たり前だ、彼女は人間
しかもただの少女だ
完璧な人間なんていない
いるわけがない
 
鶴屋さんだって、かよわい少女なんだ
 
「でもね、そんな弱い自分を見せたら、見た人は私を嫌いになるんじゃないかって」
「……」
「本当は私も皆と騒ぎたい、だけど、もし本当の私を見て、嫌われちゃったらどうしようって」
「……鶴屋さん」
「キョンくんは、キョンくんは、私のこと、嫌いに、ヒック、ならないでいてくれるかい?」
俺の胸元が鶴屋さんの涙で濡れた
「当たり前じゃないですか」
「……ヒック」
「鶴屋さんが思ってるほど、皆そんな薄情な人間じゃないです」
俺なりに鶴屋さんを励まそうとした
 
「むしろ、もっと鶴屋さんのことが知りたい、多分皆そう思ってます」
「キョンくん、も?」
「もちろんです」
鶴屋さんが静かに俺の顔を見上げる
 
頬を伝う涙
朱に染まる頬
愛らしく震える唇
初めて垣間見る、鶴屋さんの泣き顔
 
その顔を見て嫌いになる人間なんているはずがない
もしいたらここに来い、俺が殴ってやる
 
「大丈夫です」
そう呟いて、肩に置いた手で鶴屋さんを胸から離す
「オレがずっといますから」
我ながら歯の浮くような、だけどとても、そう、とても大切な台詞
 
  「ありがと」
  やっぱり、鶴屋さんは笑顔のほうが似合う
 
沈む夕日と 染まる町並み
 
寂しさという名の涙をぬぐう
言葉という名のハンカチーフ
 
オレは笑顔で伝えよう
あなたは笑顔でいてくれと
 
それでも涙を流す時は
オレの傍で泣いてくれと
 
そっと交わした二人の約束
秘密の秘密の指きりげんまん


 
‐ 鶴屋少女の孤独 SIDE.A. fin -
 

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最終更新:2020年08月19日 18:10