夜も更けて。
事件の元凶というか発端の地は、多分あの日の朝にニュースでやってた遺跡だろう。
が、黒沢にとって全ての始まりはここ。1号に襲われた、山奥の工事現場だ。
もちろん誰もいない、真っ暗なこの場所に黒沢はやってきた。電車とバスとタクシーを
乗り継いで。こんな時間にこんな場所なので少し運転手に不審がられたが、もうそんな
ことは気にならない。
『今、世間を騒がせている未確認生命体第2号だと知ったら、ぶっ倒れるだろうな……』
そんなことを考えながらタクシーを降りて少し歩き、崖の上の現場に着いた。
耳が痛いくらいの静けさと、月明かりだけが頼りの暗さと、不気味なほどの広さと。
『初めてあの子に会ったのは、ここで弁当を食ってた時だったなぁ』
もう二度と会うことはないけど、と呟いて事務所兼宿舎のプレハブへ。ここは1号事件の
翌日、浅井が報道陣に囲まれてインタビューを受けていた場所だ。
中へ入る。暗い、がらんとした広い屋内にあるのは、机と椅子とテレビ。
何の気なしにテレビをつけてみた。青白い光が黒沢を照らす。
《こちらの映像がその銃、警視庁の特殊部隊SATが使用しているライフルです。そして
これがコルト357マグナムと、MP5サブマシンガン。一般の警察官にもこういった
重武装が為されることについて……》
ゴルゴ13かシティーハンターかってレベルの銃器が紹介されている。警察は、
市民の安全確保の為に随分と頑張っているらしい。
人々が未確認生命体に怯えて、その人々を警察が必死に守ろうとして戦って。黒沢には、
何だか遠い世界のできごとのように思える。本来なら今頃、自分も怯えて守って貰う
立場なんだよなぁ……でも今は……と、そこへ。聞きなれた筈だけど懐かしい声がした。
「黒沢さん、やっぱりここにいた!」
浅井だ。息を切らせて鼻水も拭かず、プレハブに駆け込んでくる。
「警察に囲まれて撃たれた、ってニュースで見ましたけど……」
「ああ。けど心配すんな。この通り、もう何ともない。未確認生命体様だからな、オレ」
「あ……あの、そのことなんですけど、僕、泉さんに会いに行きまして」
浅井は伝えた。野明の言葉を、そのまま。
黒沢は少し、ほんの少しだけ和らいだ表情を見せて、小さく息をついた。
「ほんと、オレのイメージ通りっていうか……第一印象が当たってたっていうか……
いい子だよな。謝ることじゃねえし、礼を言われるようなこともしてねえよ。オレが
勝手にやったことだ。悪ぃが伝えておいてくれ、気にするなと」
「え? それは黒沢さんが、直にあの子に会って言うべきですよ」
「オレがいたらあの子も、お前も巻き込まれかねねぇんだよ。ほれ」
黒沢はアゴをしゃくってテレビを指した。相変わらず未確認生命体の恐ろしさと、それに
立ち向かう警察の武装強化ぶりと……あと、遺族の悲惨さを延々と流している。
「だからオレはどこかに行く。行ってのたれ死ぬ。じゃあな」
黒沢はテレビを消した。辺りに暗闇と静寂が戻ってくる。
「そ、そんな、待って下さい黒沢さ……」
「? しっ! ちょっと黙れ」
黒沢は浅井を制して、耳を澄ました。何か聞こえる。
窓に駆け寄って大きく開け、身を乗り出して目を閉じる。超人化した聴覚を研ぎ澄まして、
静かな山の中に混じる微かな異音を探っていく。川の水音や獣の声、蟲の羽音ではない
音。どうやらこれは、人間の声。女の声だ。
「…………! あ、あの子……だ!」
事件の元凶というか発端の地は、多分あの日の朝にニュースでやってた遺跡だろう。
が、黒沢にとって全ての始まりはここ。1号に襲われた、山奥の工事現場だ。
もちろん誰もいない、真っ暗なこの場所に黒沢はやってきた。電車とバスとタクシーを
乗り継いで。こんな時間にこんな場所なので少し運転手に不審がられたが、もうそんな
ことは気にならない。
『今、世間を騒がせている未確認生命体第2号だと知ったら、ぶっ倒れるだろうな……』
そんなことを考えながらタクシーを降りて少し歩き、崖の上の現場に着いた。
耳が痛いくらいの静けさと、月明かりだけが頼りの暗さと、不気味なほどの広さと。
『初めてあの子に会ったのは、ここで弁当を食ってた時だったなぁ』
もう二度と会うことはないけど、と呟いて事務所兼宿舎のプレハブへ。ここは1号事件の
翌日、浅井が報道陣に囲まれてインタビューを受けていた場所だ。
中へ入る。暗い、がらんとした広い屋内にあるのは、机と椅子とテレビ。
何の気なしにテレビをつけてみた。青白い光が黒沢を照らす。
《こちらの映像がその銃、警視庁の特殊部隊SATが使用しているライフルです。そして
これがコルト357マグナムと、MP5サブマシンガン。一般の警察官にもこういった
重武装が為されることについて……》
ゴルゴ13かシティーハンターかってレベルの銃器が紹介されている。警察は、
市民の安全確保の為に随分と頑張っているらしい。
人々が未確認生命体に怯えて、その人々を警察が必死に守ろうとして戦って。黒沢には、
何だか遠い世界のできごとのように思える。本来なら今頃、自分も怯えて守って貰う
立場なんだよなぁ……でも今は……と、そこへ。聞きなれた筈だけど懐かしい声がした。
「黒沢さん、やっぱりここにいた!」
浅井だ。息を切らせて鼻水も拭かず、プレハブに駆け込んでくる。
「警察に囲まれて撃たれた、ってニュースで見ましたけど……」
「ああ。けど心配すんな。この通り、もう何ともない。未確認生命体様だからな、オレ」
「あ……あの、そのことなんですけど、僕、泉さんに会いに行きまして」
浅井は伝えた。野明の言葉を、そのまま。
黒沢は少し、ほんの少しだけ和らいだ表情を見せて、小さく息をついた。
「ほんと、オレのイメージ通りっていうか……第一印象が当たってたっていうか……
いい子だよな。謝ることじゃねえし、礼を言われるようなこともしてねえよ。オレが
勝手にやったことだ。悪ぃが伝えておいてくれ、気にするなと」
「え? それは黒沢さんが、直にあの子に会って言うべきですよ」
「オレがいたらあの子も、お前も巻き込まれかねねぇんだよ。ほれ」
黒沢はアゴをしゃくってテレビを指した。相変わらず未確認生命体の恐ろしさと、それに
立ち向かう警察の武装強化ぶりと……あと、遺族の悲惨さを延々と流している。
「だからオレはどこかに行く。行ってのたれ死ぬ。じゃあな」
黒沢はテレビを消した。辺りに暗闇と静寂が戻ってくる。
「そ、そんな、待って下さい黒沢さ……」
「? しっ! ちょっと黙れ」
黒沢は浅井を制して、耳を澄ました。何か聞こえる。
窓に駆け寄って大きく開け、身を乗り出して目を閉じる。超人化した聴覚を研ぎ澄まして、
静かな山の中に混じる微かな異音を探っていく。川の水音や獣の声、蟲の羽音ではない
音。どうやらこれは、人間の声。女の声だ。
「…………! あ、あの子……だ!」
少し時間を戻して。
黒沢たちがいる現場の崖下を流れる川、その真っ直ぐ上流の方角。といっても川そのもの
は途中で折れているので、ここにはもう流れていない。代わりに広い岩場と岩山と、
その岩山のふもとにぽっかり開いた洞窟がある。
その洞窟の前で、大きなリュックを下ろした野明が汗を拭っていた。
『ここからあいつらはやって来た……か』
遺跡調査隊が『何か』を発掘した時、そこから出現した未確認生命体第零号。その手で
調査隊が惨殺される様子は、現場に転がっていたビデオカメラが記録していた。
そして現れた、未確認生命体たち。その総数は二百を越えると推測されているが、
今のところ姿を見せているのは第3号までだ(2号は黒沢だが)。
奴らが何者なのか、目的は何か、それはわからない。だが、今自分がやるべきことは一つ。
野明はリュックの中から道具を取り出し、準備を始めた。防刃装備を身に付け、
ホルスターに銃とナイフを差し、頭にはヘルメット、爪先と踵に鉛を仕込んだブーツ、
その他の道具も整えて……最後に、道中で拾った木切れを組み合わせてガソリンを
かけて着火、焚き火とした。暗い山の中に、油の臭いをさせながら煌々と炎が揺らめく。
そのそばに立って、
「出て来おおおぉぉい、1号と3号! あんたたちが揃いも揃って殺し損なった獲物が、
ここにいるぞおおおおぉぉぉぉっ!」
野明は叫んだ。山彦を聞きながら一晩中でも待つつもりだったが、ものの数分と経たずに
満月に影が落ちる。そしてその影が、音もなく滑空してきた。
不気味な緑色の肌と大きな牙の並ぶ口、鋭い爪を備えた手、両腕から垂れ下がる翼。
「3号!」
野明はすぐさま拳銃を乱射するが、3号は弾丸を受けながら平然と襲ってくる。
3号の爪が振り上げられ、そして振り下ろされる寸前、野明は足元に置いておいた瓶を
拾って焚き火の中に突っ込み、そして3号に投げつけた。3号は着地して易々と叩き割る。
その瓶は中にガソリンを満たし、火をつけた布で栓をしたモロゾフ・カクテル、通称火炎瓶。
「ガアッ!?」
飛び散ったガソリンを浴び、そこに火が着き、3号は火だるまになった。容赦せず野明は
二つめ、三つめと火炎瓶を次々にぶつけて砕く。ガソリンが辺りに飛び散り、無数の
篝火が生まれ、その中央で燃え盛る火柱=3号が苦しみもがく。
すると3号は、炎の塊となったまま大きく羽ばたいて上昇、あっという間に数十メートル
上空へと飛び上がり、そこから一気に急降下した。
風圧で炎もガソリンも吹き飛び、焦げた素肌が露わになる。怒りの形相も露わになる。
「グオアアアアアァァァァッ!」
3号の一撃を野明は辛うじてかわす。が、爪の先端が僅かに肩を掠めて防刃チョッキが
切り裂かれ、まるで走行中の列車に触れたかのような衝撃に体を弾かれた。コマのように
横回転しながら何度も岩場に叩きつけられ跳ね飛んで、野明は危うく意識を失いかける。
着地した3号は、よろよろと立ち上がる野明に声と視線で殺気を突き刺した。
「ボソギデジャス……!」
(殺してやる……!)
飛ばされた衝撃で銃を落としてしまった野明は、今度は装備しておいたナイフ二本を
抜いて両手に構え、口の中の血をペッと吐き出して答える。
「OKっ……考えてみれば、あんたに飛んで逃げられでもしたら、あたしが困るもんね。
今のは戦法としてマズかったわ。ってことで、ここからは格闘で相手してあげる」
刃物を持った野明を見て意図を察したのか、3号が今度は喜びに顔を歪めた。
野明は覚悟を決めて、3号を睨み返す。
「その代わり、とことん付き合って貰うからね。あたしが、あんたの最後の相手……
これ以上、誰も殺させない。誰一人として傷つけさせない。そして何より、」
「ギベ!」
(死ね!)
野明の言葉など聞くつもりはない3号が向かってきた。野明はナイフを構えて応じ、
「このあたしが盾だっ! 黒沢さんには、もう絶対に指一本触れさせないっっ!」
黒沢たちがいる現場の崖下を流れる川、その真っ直ぐ上流の方角。といっても川そのもの
は途中で折れているので、ここにはもう流れていない。代わりに広い岩場と岩山と、
その岩山のふもとにぽっかり開いた洞窟がある。
その洞窟の前で、大きなリュックを下ろした野明が汗を拭っていた。
『ここからあいつらはやって来た……か』
遺跡調査隊が『何か』を発掘した時、そこから出現した未確認生命体第零号。その手で
調査隊が惨殺される様子は、現場に転がっていたビデオカメラが記録していた。
そして現れた、未確認生命体たち。その総数は二百を越えると推測されているが、
今のところ姿を見せているのは第3号までだ(2号は黒沢だが)。
奴らが何者なのか、目的は何か、それはわからない。だが、今自分がやるべきことは一つ。
野明はリュックの中から道具を取り出し、準備を始めた。防刃装備を身に付け、
ホルスターに銃とナイフを差し、頭にはヘルメット、爪先と踵に鉛を仕込んだブーツ、
その他の道具も整えて……最後に、道中で拾った木切れを組み合わせてガソリンを
かけて着火、焚き火とした。暗い山の中に、油の臭いをさせながら煌々と炎が揺らめく。
そのそばに立って、
「出て来おおおぉぉい、1号と3号! あんたたちが揃いも揃って殺し損なった獲物が、
ここにいるぞおおおおぉぉぉぉっ!」
野明は叫んだ。山彦を聞きながら一晩中でも待つつもりだったが、ものの数分と経たずに
満月に影が落ちる。そしてその影が、音もなく滑空してきた。
不気味な緑色の肌と大きな牙の並ぶ口、鋭い爪を備えた手、両腕から垂れ下がる翼。
「3号!」
野明はすぐさま拳銃を乱射するが、3号は弾丸を受けながら平然と襲ってくる。
3号の爪が振り上げられ、そして振り下ろされる寸前、野明は足元に置いておいた瓶を
拾って焚き火の中に突っ込み、そして3号に投げつけた。3号は着地して易々と叩き割る。
その瓶は中にガソリンを満たし、火をつけた布で栓をしたモロゾフ・カクテル、通称火炎瓶。
「ガアッ!?」
飛び散ったガソリンを浴び、そこに火が着き、3号は火だるまになった。容赦せず野明は
二つめ、三つめと火炎瓶を次々にぶつけて砕く。ガソリンが辺りに飛び散り、無数の
篝火が生まれ、その中央で燃え盛る火柱=3号が苦しみもがく。
すると3号は、炎の塊となったまま大きく羽ばたいて上昇、あっという間に数十メートル
上空へと飛び上がり、そこから一気に急降下した。
風圧で炎もガソリンも吹き飛び、焦げた素肌が露わになる。怒りの形相も露わになる。
「グオアアアアアァァァァッ!」
3号の一撃を野明は辛うじてかわす。が、爪の先端が僅かに肩を掠めて防刃チョッキが
切り裂かれ、まるで走行中の列車に触れたかのような衝撃に体を弾かれた。コマのように
横回転しながら何度も岩場に叩きつけられ跳ね飛んで、野明は危うく意識を失いかける。
着地した3号は、よろよろと立ち上がる野明に声と視線で殺気を突き刺した。
「ボソギデジャス……!」
(殺してやる……!)
飛ばされた衝撃で銃を落としてしまった野明は、今度は装備しておいたナイフ二本を
抜いて両手に構え、口の中の血をペッと吐き出して答える。
「OKっ……考えてみれば、あんたに飛んで逃げられでもしたら、あたしが困るもんね。
今のは戦法としてマズかったわ。ってことで、ここからは格闘で相手してあげる」
刃物を持った野明を見て意図を察したのか、3号が今度は喜びに顔を歪めた。
野明は覚悟を決めて、3号を睨み返す。
「その代わり、とことん付き合って貰うからね。あたしが、あんたの最後の相手……
これ以上、誰も殺させない。誰一人として傷つけさせない。そして何より、」
「ギベ!」
(死ね!)
野明の言葉など聞くつもりはない3号が向かってきた。野明はナイフを構えて応じ、
「このあたしが盾だっ! 黒沢さんには、もう絶対に指一本触れさせないっっ!」