『ぐっ……や、やっぱりそうかよ……オレは未確認生命体第2号……そりゃ、こんなナリで
こんなバケモノと五分にケンカしてりゃあ、そう見えるのが自然っ……当然っ……! で、
こうして銃口を向けられることはむしろ必然っ……解ってた、解ってたけど……っ!』
と黒沢が歯軋りしてる内にコウモリ男はというと、回転灯とヘッドランプの光に苦しみ、
大きく羽ばたいて高く高く飛翔。あっけなく逃げてしまった。
何人かの警察官が発砲するが、数秒とかからずコウモリ男の姿は夜空の彼方へと消える。
「もういい、3号はほっとけ! それより2号だ!」
「了解!」
改めて、全員の銃口が黒沢に向けられた。慌てて野明が、
「待って下さい! この人は……」
「まだガタガタ言ってるのか! さっさと逃げろっ!」
杉田警部が苛立ち紛れに叫ぶが、野明は逃げない。
「違うんです、話を聞いて下さい! 今、3号に襲われていたあたしを助けてくれたのが、」
「バケモノ同士の仲間割れだ!」
「ですから、2号は違っ……」
「聞け、泉巡査!」
有無を言わさぬ杉田警部の気迫が、野明を抑え込んだ。
「今のそいつや3号、1号はそうやってバケモノ然としているからまだいい! だが、
もしそいつらが人間の言葉を覚え、人間に化けて、人間社会に潜り込んだりしたら
どうなる! どれだけの犠牲者が出るか、考えてみろ! それに、」
杉田警部の鋭い視線が、未確認生命体第2号・黒沢に突き刺さる。
「そいつと1号が暴れた日、何があったか忘れたわけではあるまい! あの場にいた
作業員たちを逃がす為に、俺たちの仲間が……多くの警察官が……もう、二度と、
あんな悲劇を繰り返させるわけにはいかん! 未確認どもは俺たち警察が根絶せねば、
市民の安全はない! それが死んでいった奴らへの供養であり、仇討ちでもある!」
「……っ」
「解ったらそこをどけ、泉巡査!」
圧倒されて何も言えなくなり、しかしそれでも野明は逃げない。どころか、黒沢の前に
出て大きく両腕を広げ、杉田たちに向かって立ちはだかった。壁に、盾になる格好だ。
この時、杉田が部下の桜井に小声で指示したのを、変身の効果で感覚が
超人化していた黒沢の耳に届いていた。
【仕方ない。俺が合図したら、一斉に撃て。既に3号を逃がしてしまった以上、ここで2号
まで逃がすわけにはいかん。全責任は俺が負うから、絶対に躊躇するなと皆に伝えろ】
『……っ! こ、こいつら、この子ごと俺を殺す気か……っ! ……いや、確かに、オレが
1号や3号となんら変わらない、殺人鬼バケモノなら……逃がすわけにはいかないって
のは正論っ……まして、この子は警察官であって一般市民じゃない……となりゃあ、
2号を撃つ為に犠牲になるのも……第一、今この子は、そのバケモノ2号の味方を
してるという……端から見りゃあ、撃たれても仕方のないことをしてるわけで……!』
黒沢の体に、絶望的な悪寒が走った。
まごまごしてたら、自分だけではない。何の罪もない(自分もないのだが)野明が巻き添え
になって撃ち殺される。無論、今のこの力で警察官たち相手に戦うわけにはいかないし、
といって慌てて背を向けて逃げ出したら、やはり一斉射撃で野明が巻き込まれるだろう。
そして、今そういう状況であることを、おそらく警察官である野明も自覚している。自分が
撃たれる可能性があることを、承知の上だろう。それでもズラリと並ぶ銃口の前に一人、
立っているのだ。自分が撃たれることさえ厭わず、黒沢を護ろうとして。
こうして後ろから見れば、頼りない小さな背中。それが今、銃弾の盾になろうとしている。
ほんの数日前まで何の関係もなかった、あえて言うならこっちが勝手に一目惚れ
しただけの女の子が、だ。
『ぐっ……な、なんてこった……っ! ガキの頃から、ろくに女の子と会話したことも
なかったのに……告白も失恋も手作り弁当も手編みのマフラーも三角関係の修羅場も、
何もかもすっ飛ばしていきなりこんな……こんな……状況かよ……っ! オレなんかの
為に、こんなオヤジの為に、しかもバケモノ化してる奴の為に命を張って……っ……!』
もう、黒沢に迷いはなかった。嗚咽で籠もった声を、野明の背中にかけていく。
「い、いぃ、泉……野明、ちゃん……だったよな……オレ、この名前を忘れない。
あんたの顔も、声も、言葉も、してくれたことも、全部……絶対忘れない……っ」
「えっ?」
「あの世に行ったら……三途の川で、鬼たちに自慢する。もし天国にいけたら、天使にも
神様にも自慢しまくってやる。オレは、こんな素晴らしい女の子に会えたんだぞって……」
「く、黒沢さん? 何を言ってるんです?」
野明が黒沢の方に振り向く。杉田が叫んだ。
「泉巡査! これが最後だ、そこをどけっ!」
野明が向き直って、叫び返す。
「嫌ですっ! だってこの人は黒さ……いえ、その、未確認生命体ですけど、
でも彼は違います! 2号はあたしたちの味方で、」
もはや野明を説得するのは無理かと諦めた杉田の手が、上がりかける。黒沢が言った。
「……さよならだ」
野明の体が綿毛のように軽々と持ち上げられて、紙飛行機のように投げつけ
られた。真正面にいる警察官たちに向かって、黒沢の手で。
数名の警察官が慌てて銃を捨て、野明を受け止める。と同時に、
「今だ撃て! 撃ち殺せええええええええぇぇぇぇっ!」
絶え間ないノズルフラッシュが、辺りを昼間のように照らしだす。
膨大な硝煙が、まるで煙幕のように周囲に立ち込める。
轟き響く無数の銃声が、野明の悲鳴をかき消した。
こんなバケモノと五分にケンカしてりゃあ、そう見えるのが自然っ……当然っ……! で、
こうして銃口を向けられることはむしろ必然っ……解ってた、解ってたけど……っ!』
と黒沢が歯軋りしてる内にコウモリ男はというと、回転灯とヘッドランプの光に苦しみ、
大きく羽ばたいて高く高く飛翔。あっけなく逃げてしまった。
何人かの警察官が発砲するが、数秒とかからずコウモリ男の姿は夜空の彼方へと消える。
「もういい、3号はほっとけ! それより2号だ!」
「了解!」
改めて、全員の銃口が黒沢に向けられた。慌てて野明が、
「待って下さい! この人は……」
「まだガタガタ言ってるのか! さっさと逃げろっ!」
杉田警部が苛立ち紛れに叫ぶが、野明は逃げない。
「違うんです、話を聞いて下さい! 今、3号に襲われていたあたしを助けてくれたのが、」
「バケモノ同士の仲間割れだ!」
「ですから、2号は違っ……」
「聞け、泉巡査!」
有無を言わさぬ杉田警部の気迫が、野明を抑え込んだ。
「今のそいつや3号、1号はそうやってバケモノ然としているからまだいい! だが、
もしそいつらが人間の言葉を覚え、人間に化けて、人間社会に潜り込んだりしたら
どうなる! どれだけの犠牲者が出るか、考えてみろ! それに、」
杉田警部の鋭い視線が、未確認生命体第2号・黒沢に突き刺さる。
「そいつと1号が暴れた日、何があったか忘れたわけではあるまい! あの場にいた
作業員たちを逃がす為に、俺たちの仲間が……多くの警察官が……もう、二度と、
あんな悲劇を繰り返させるわけにはいかん! 未確認どもは俺たち警察が根絶せねば、
市民の安全はない! それが死んでいった奴らへの供養であり、仇討ちでもある!」
「……っ」
「解ったらそこをどけ、泉巡査!」
圧倒されて何も言えなくなり、しかしそれでも野明は逃げない。どころか、黒沢の前に
出て大きく両腕を広げ、杉田たちに向かって立ちはだかった。壁に、盾になる格好だ。
この時、杉田が部下の桜井に小声で指示したのを、変身の効果で感覚が
超人化していた黒沢の耳に届いていた。
【仕方ない。俺が合図したら、一斉に撃て。既に3号を逃がしてしまった以上、ここで2号
まで逃がすわけにはいかん。全責任は俺が負うから、絶対に躊躇するなと皆に伝えろ】
『……っ! こ、こいつら、この子ごと俺を殺す気か……っ! ……いや、確かに、オレが
1号や3号となんら変わらない、殺人鬼バケモノなら……逃がすわけにはいかないって
のは正論っ……まして、この子は警察官であって一般市民じゃない……となりゃあ、
2号を撃つ為に犠牲になるのも……第一、今この子は、そのバケモノ2号の味方を
してるという……端から見りゃあ、撃たれても仕方のないことをしてるわけで……!』
黒沢の体に、絶望的な悪寒が走った。
まごまごしてたら、自分だけではない。何の罪もない(自分もないのだが)野明が巻き添え
になって撃ち殺される。無論、今のこの力で警察官たち相手に戦うわけにはいかないし、
といって慌てて背を向けて逃げ出したら、やはり一斉射撃で野明が巻き込まれるだろう。
そして、今そういう状況であることを、おそらく警察官である野明も自覚している。自分が
撃たれる可能性があることを、承知の上だろう。それでもズラリと並ぶ銃口の前に一人、
立っているのだ。自分が撃たれることさえ厭わず、黒沢を護ろうとして。
こうして後ろから見れば、頼りない小さな背中。それが今、銃弾の盾になろうとしている。
ほんの数日前まで何の関係もなかった、あえて言うならこっちが勝手に一目惚れ
しただけの女の子が、だ。
『ぐっ……な、なんてこった……っ! ガキの頃から、ろくに女の子と会話したことも
なかったのに……告白も失恋も手作り弁当も手編みのマフラーも三角関係の修羅場も、
何もかもすっ飛ばしていきなりこんな……こんな……状況かよ……っ! オレなんかの
為に、こんなオヤジの為に、しかもバケモノ化してる奴の為に命を張って……っ……!』
もう、黒沢に迷いはなかった。嗚咽で籠もった声を、野明の背中にかけていく。
「い、いぃ、泉……野明、ちゃん……だったよな……オレ、この名前を忘れない。
あんたの顔も、声も、言葉も、してくれたことも、全部……絶対忘れない……っ」
「えっ?」
「あの世に行ったら……三途の川で、鬼たちに自慢する。もし天国にいけたら、天使にも
神様にも自慢しまくってやる。オレは、こんな素晴らしい女の子に会えたんだぞって……」
「く、黒沢さん? 何を言ってるんです?」
野明が黒沢の方に振り向く。杉田が叫んだ。
「泉巡査! これが最後だ、そこをどけっ!」
野明が向き直って、叫び返す。
「嫌ですっ! だってこの人は黒さ……いえ、その、未確認生命体ですけど、
でも彼は違います! 2号はあたしたちの味方で、」
もはや野明を説得するのは無理かと諦めた杉田の手が、上がりかける。黒沢が言った。
「……さよならだ」
野明の体が綿毛のように軽々と持ち上げられて、紙飛行機のように投げつけ
られた。真正面にいる警察官たちに向かって、黒沢の手で。
数名の警察官が慌てて銃を捨て、野明を受け止める。と同時に、
「今だ撃て! 撃ち殺せええええええええぇぇぇぇっ!」
絶え間ないノズルフラッシュが、辺りを昼間のように照らしだす。
膨大な硝煙が、まるで煙幕のように周囲に立ち込める。
轟き響く無数の銃声が、野明の悲鳴をかき消した。