「うぐあっ……!」
ハンマーパンチを喰らってうつ伏せに倒れる黒沢。その背をクモ男が踏みつけて、
「ゥオオオオオオオオォォォォ!」
吠えた。早々と勝利を確信してたらしい。
そして黒沢は敗北を確信していた。
『く、くそっ、くそっ……オレは死ぬのか……死ぬのかよっ……こんなところで……
こんなバケモノにやられて……そりゃあ、この先十年、二十年、長生きしたって大して
いいこともないだろうけど……それにしたってあんまりだ……ヒド過ぎる……っ』
無念で悔しさで、黒沢の目から大粒の涙がボロ……ボロ……と溢れてくる。
『安アパートで安酒飲んで、休日となりゃあ散歩ぐらいしかすることない生活……
子供の頃から今まで、女にモテたことなんて一度もなかったし……モテるどころか、
ちょっと振り向いて貰うことも……いやいや、名を呼ばれることさえなく……どうせ
自分なんか、と思ってたからハナから告白とかしなかったけど……でも、ちょっと気に
なってた女の子とかはいた……小学生の時も中学生の時も高校生の時も、そして
今も……そう、あの婦警さんだって、オレのことなんかさくっと忘れるに違いない……
オレが死んだって、みんな一週間もすりゃ顔も名前も忘れる……オレなんかその程度の
男……死んでも生きてても変わらない、今殺されても誰一人全然構わない……』
「……ぅぅおおおおおおおおぉぉぉぉっ!」
突然、黒沢が立ち上がった。踏んづけていたクモ男がバランスを崩してよろめく、
その顔面へ黒沢パンチが炸裂! クモ男の口元が切れて、僅かに赤い血が流れる。
「グアッ!?」
「冗談じゃねえっ! 死んでたまるか、殺されてたまるかっ! いいか聞けっ、
このバケモノ野郎! 一寸の虫にも五分の魂っていってだな、オレなんかでも……あ?」
ようやく、黒沢も我が身の異変に気付いた。このバケモノを、不意打ちとはいえ素手で
一発殴っただけで出血させたこと。素手で……いや、素手か、これ?
黒沢の右拳から肘にかけて、変わっていた。黒い身体に白い篭手、というか
プロテクターのようなものが着けられている。
『な、なんだこりゃあっ……? あ……もしかしてこれが、あのベルトの……か!』
何が何だかさっぱりだが、今はこれに賭けるしかない、でなきゃ死ぬ!
「こ、こうなりゃヤケだ! やってやるっっ!」
左拳のフック、右脚のローキック、左膝蹴り、打撃を加えるごとにクモ男はグラつき、
黒沢の体は部分、部分ごとに白いプロテクターに包まれていく。
トドメ! とばかりにクモ男の顔面に頭突きを叩き込んだ時、黒沢の変身は完了していた。
「黒沢……さん……」
呆然と見つめる浅井の前に立っているのは、黒い身体と白いプロテクターの戦士だった。
どこか甲虫を思わせる各部(頭部も)のパーツと、バランス的に小さめだが額から生えた
二本の角。頭のてっぺんから顔面、胴体、爪先まで完全に包まれているので、もはや
体格以外に黒沢の面影は一切ない。そう、これは『武装』ではなく『変身』なのだ。
当の黒沢もやはり困惑の渦中、変わり果てた自分の体を見回している。ふと、顔を
上げれば視界いっぱいに土色の腕が接近!
「あぐっ!」
クモ男のダッシュラリアートを顔面に受け、倒れる黒沢。だが即座に跳ね起き、反撃に
出る。クモ男は爪を振りかざして攻撃してきたが身軽にかわし、ラリアートのお返しとばかりに
ボコボコ殴りつける。のだが……不意打ち補正が終わったからか、どうにも効いていない。
「ゴンデギゾバ!」
(その程度か!)
クモ男の拳がカウンターで黒沢の顎を捉えた。脳震盪を起こしてグラついたところに、
今度は蹴りを叩き込まれて黒沢は倒れてしまう。
更にクモ男が踏みつけにきたが、必死に転がって黒沢はよける。クモ男が追ってくる。
立ち上がる暇もなくゴロゴロゴロゴロ転がって黒沢は逃げる。と、
「黒沢さああぁぁん!」
浅井の声と重機の音。こちらに爆走してくるのは、いつの間に乗り込んだのかショベルカー!
「! ちょ、ちょっと待て、よっ、と!」
慌てて黒沢は立ち上がり、逃げようとしたクモ男に組み付いた。両手で押さえ込むように
体重をかけた首相撲から、膝蹴りを水月に打ち上げる。クモ男が少し、息を詰まらせる
ような声を漏らした。
「ビガラ……!」
(貴様……!)
「よし! 今だ、振れ浅井!」
「はいっ!」
浅井が思いっきりアームを振った。黒沢はそれにタイミングを合わせつつ、素早く周囲を
見回し角度を測って、クモ男の腕を掴んでハンマースルーで投げつける。変身した黒沢の
怪力と、大型重機のパワーと、ショベルカー爆走の慣性と、諸々の力が結集した一撃が
クモ男を打つ!
「ガァウオオォォ……」
流石にクモ男は吹っ飛ばされて宙を舞い、黒沢の狙い通り断崖絶壁へと。やった! と
黒沢が歓声を上げようとしたその足首に、クモ男の吐き出した糸が絡む。
「え……っ? お、おいっ……よせ! こら! よせってばああぁぁぁぁ…………っ!」
クモ男に引っ張られて、黒沢も一緒に落ちていく。
ショベルカーから跳び下りた浅井が崖下を見た時には、もう二人とも姿は見えなくなって
いた。一緒になって下流へ流されてしまったらしい。
「く、黒沢さん……」
途方にくれる浅井を、辺りに転がる警察官たちの死骸が見ていた。
遺跡事件の取材に来ていたのか、いつの間にか上空からテレビ局のヘリも見ていた。
そして、もう一人。
『……バケモノが……もう一匹……』
歪んだアイカメラ越しの、ノイズだらけの映像で、イングラムの中から野明が見ていた。
ハンマーパンチを喰らってうつ伏せに倒れる黒沢。その背をクモ男が踏みつけて、
「ゥオオオオオオオオォォォォ!」
吠えた。早々と勝利を確信してたらしい。
そして黒沢は敗北を確信していた。
『く、くそっ、くそっ……オレは死ぬのか……死ぬのかよっ……こんなところで……
こんなバケモノにやられて……そりゃあ、この先十年、二十年、長生きしたって大して
いいこともないだろうけど……それにしたってあんまりだ……ヒド過ぎる……っ』
無念で悔しさで、黒沢の目から大粒の涙がボロ……ボロ……と溢れてくる。
『安アパートで安酒飲んで、休日となりゃあ散歩ぐらいしかすることない生活……
子供の頃から今まで、女にモテたことなんて一度もなかったし……モテるどころか、
ちょっと振り向いて貰うことも……いやいや、名を呼ばれることさえなく……どうせ
自分なんか、と思ってたからハナから告白とかしなかったけど……でも、ちょっと気に
なってた女の子とかはいた……小学生の時も中学生の時も高校生の時も、そして
今も……そう、あの婦警さんだって、オレのことなんかさくっと忘れるに違いない……
オレが死んだって、みんな一週間もすりゃ顔も名前も忘れる……オレなんかその程度の
男……死んでも生きてても変わらない、今殺されても誰一人全然構わない……』
「……ぅぅおおおおおおおおぉぉぉぉっ!」
突然、黒沢が立ち上がった。踏んづけていたクモ男がバランスを崩してよろめく、
その顔面へ黒沢パンチが炸裂! クモ男の口元が切れて、僅かに赤い血が流れる。
「グアッ!?」
「冗談じゃねえっ! 死んでたまるか、殺されてたまるかっ! いいか聞けっ、
このバケモノ野郎! 一寸の虫にも五分の魂っていってだな、オレなんかでも……あ?」
ようやく、黒沢も我が身の異変に気付いた。このバケモノを、不意打ちとはいえ素手で
一発殴っただけで出血させたこと。素手で……いや、素手か、これ?
黒沢の右拳から肘にかけて、変わっていた。黒い身体に白い篭手、というか
プロテクターのようなものが着けられている。
『な、なんだこりゃあっ……? あ……もしかしてこれが、あのベルトの……か!』
何が何だかさっぱりだが、今はこれに賭けるしかない、でなきゃ死ぬ!
「こ、こうなりゃヤケだ! やってやるっっ!」
左拳のフック、右脚のローキック、左膝蹴り、打撃を加えるごとにクモ男はグラつき、
黒沢の体は部分、部分ごとに白いプロテクターに包まれていく。
トドメ! とばかりにクモ男の顔面に頭突きを叩き込んだ時、黒沢の変身は完了していた。
「黒沢……さん……」
呆然と見つめる浅井の前に立っているのは、黒い身体と白いプロテクターの戦士だった。
どこか甲虫を思わせる各部(頭部も)のパーツと、バランス的に小さめだが額から生えた
二本の角。頭のてっぺんから顔面、胴体、爪先まで完全に包まれているので、もはや
体格以外に黒沢の面影は一切ない。そう、これは『武装』ではなく『変身』なのだ。
当の黒沢もやはり困惑の渦中、変わり果てた自分の体を見回している。ふと、顔を
上げれば視界いっぱいに土色の腕が接近!
「あぐっ!」
クモ男のダッシュラリアートを顔面に受け、倒れる黒沢。だが即座に跳ね起き、反撃に
出る。クモ男は爪を振りかざして攻撃してきたが身軽にかわし、ラリアートのお返しとばかりに
ボコボコ殴りつける。のだが……不意打ち補正が終わったからか、どうにも効いていない。
「ゴンデギゾバ!」
(その程度か!)
クモ男の拳がカウンターで黒沢の顎を捉えた。脳震盪を起こしてグラついたところに、
今度は蹴りを叩き込まれて黒沢は倒れてしまう。
更にクモ男が踏みつけにきたが、必死に転がって黒沢はよける。クモ男が追ってくる。
立ち上がる暇もなくゴロゴロゴロゴロ転がって黒沢は逃げる。と、
「黒沢さああぁぁん!」
浅井の声と重機の音。こちらに爆走してくるのは、いつの間に乗り込んだのかショベルカー!
「! ちょ、ちょっと待て、よっ、と!」
慌てて黒沢は立ち上がり、逃げようとしたクモ男に組み付いた。両手で押さえ込むように
体重をかけた首相撲から、膝蹴りを水月に打ち上げる。クモ男が少し、息を詰まらせる
ような声を漏らした。
「ビガラ……!」
(貴様……!)
「よし! 今だ、振れ浅井!」
「はいっ!」
浅井が思いっきりアームを振った。黒沢はそれにタイミングを合わせつつ、素早く周囲を
見回し角度を測って、クモ男の腕を掴んでハンマースルーで投げつける。変身した黒沢の
怪力と、大型重機のパワーと、ショベルカー爆走の慣性と、諸々の力が結集した一撃が
クモ男を打つ!
「ガァウオオォォ……」
流石にクモ男は吹っ飛ばされて宙を舞い、黒沢の狙い通り断崖絶壁へと。やった! と
黒沢が歓声を上げようとしたその足首に、クモ男の吐き出した糸が絡む。
「え……っ? お、おいっ……よせ! こら! よせってばああぁぁぁぁ…………っ!」
クモ男に引っ張られて、黒沢も一緒に落ちていく。
ショベルカーから跳び下りた浅井が崖下を見た時には、もう二人とも姿は見えなくなって
いた。一緒になって下流へ流されてしまったらしい。
「く、黒沢さん……」
途方にくれる浅井を、辺りに転がる警察官たちの死骸が見ていた。
遺跡事件の取材に来ていたのか、いつの間にか上空からテレビ局のヘリも見ていた。
そして、もう一人。
『……バケモノが……もう一匹……』
歪んだアイカメラ越しの、ノイズだらけの映像で、イングラムの中から野明が見ていた。