狭くて暗くて汚い我が屋、安ボロアパートの一室で、いつものように目を覚ます。
男・黒沢、厄年も通り過ぎた44歳、妻も子供もいやしない。というか……そんなものには
縁のカケラもない44年……ガタイがいいといえば聞こえはいいが、単に図体がデカいって
だけで……取り柄ゼロ、むしろマイナス……そんな野郎だ、オレは。
ま、こんなことダラダラ考えてても仕方ない。早いとこメシ喰って、仕事行かねえと。
《では、次のニュースです。八朗ヶ岳遺跡の発掘を行っていた調査隊が、熊に襲われ
全員死亡という痛ましい事件が起きました。また事件直後、遺跡の近くに埋まっていた
と思われる不発弾が爆発し、現場の惨状は……》
何だそりゃ? 随分ハデというか偶然にしちゃ出来すぎな事件だな。実は熊も不発弾もウソで、
何かミステリアスな事件があって警察が報道管制してるとかじゃねえのか? 例えば、
そうだな……本当は伝説の戦士が施した封印を調査隊が解いてしまって、魔物たちが復活。
調査隊は一番に出てきた魔王に惨殺されて、一般人のパニックを避けるために
警察は秘密に……って、おいおい。今時の若者のゲーム脳かよオレのバカ……。
大体、仮にそんなことがあったとしても、今時魔物なんか出てきたって警官隊が包囲して
一斉射撃すりゃ終わりだっての……ったく。
さ、そろそろ仕事に行くか。遺跡で何があったとしても、どうせオレにゃ関係ない話だ……
男・黒沢、厄年も通り過ぎた44歳、妻も子供もいやしない。というか……そんなものには
縁のカケラもない44年……ガタイがいいといえば聞こえはいいが、単に図体がデカいって
だけで……取り柄ゼロ、むしろマイナス……そんな野郎だ、オレは。
ま、こんなことダラダラ考えてても仕方ない。早いとこメシ喰って、仕事行かねえと。
《では、次のニュースです。八朗ヶ岳遺跡の発掘を行っていた調査隊が、熊に襲われ
全員死亡という痛ましい事件が起きました。また事件直後、遺跡の近くに埋まっていた
と思われる不発弾が爆発し、現場の惨状は……》
何だそりゃ? 随分ハデというか偶然にしちゃ出来すぎな事件だな。実は熊も不発弾もウソで、
何かミステリアスな事件があって警察が報道管制してるとかじゃねえのか? 例えば、
そうだな……本当は伝説の戦士が施した封印を調査隊が解いてしまって、魔物たちが復活。
調査隊は一番に出てきた魔王に惨殺されて、一般人のパニックを避けるために
警察は秘密に……って、おいおい。今時の若者のゲーム脳かよオレのバカ……。
大体、仮にそんなことがあったとしても、今時魔物なんか出てきたって警官隊が包囲して
一斉射撃すりゃ終わりだっての……ったく。
さ、そろそろ仕事に行くか。遺跡で何があったとしても、どうせオレにゃ関係ない話だ……
【死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死 死
警告 警告 警告 警告 警告 警告 警告 警告 警告 警告 警告 警告
戦士の 屍に 触れること なかれ
戦士 姿を 消す 時
死と 邪悪の 恐怖 再び 大地に 蘇らん】
警告 警告 警告 警告 警告 警告 警告 警告 警告 警告 警告 警告
戦士の 屍に 触れること なかれ
戦士 姿を 消す 時
死と 邪悪の 恐怖 再び 大地に 蘇らん】
自転車をギコギコ扱いで、高校卒業以来四半世紀勤めている穴平建設へ。そこから
トラックにガタガタ揺られて、今日から働き始める山奥の現場に到着する。
黒沢はトラックを降りると、う~ん、とひと伸びして仲間と共に仕事にかかった。
まずは荷降ろしだ。セメント袋や各種機材をトラックの荷台から黙々と運び出していく。
「ひぁ~怖い。ねーねー黒沢さん、見て下さいこっちの崖。これって落ちたら死ねますよ。
見下ろしたら何だかこう、吸い込まれるみたいな気分。いやほんとに怖い。ふらふらする」
「なら近づくなよ」
いつもながらムダに元気なのが約一名。今時の若者丸出しな頼りない顔と髪と言動、
最年少最下っ端の浅井である。
「でも下は川だしな~。流れはエラく速いみたいだけど、これなら助かるかな? あ、
そういや例のアレ、確かこの川の上流なんですよね」
「アレ?」
「ほら、熊とか不発弾とか。ニュースでも新聞でも大騒ぎしてたでしょ?」
ああアレか、と黒沢も思い出す。
「あの事件、何だか胡散臭いですよね。僕、思うんですけどね、実は発掘調査隊が
魔王の封印を解いてしまって、魔物たちが復活して……な~んて、冗談ですよ冗談。
今時の若者のゲーム脳じゃあるまいし。キャハ」
『……………………オレってコイツと同レベルなのか?』
軽く鬱になりながら作業を続ける黒沢であった。
トラックにガタガタ揺られて、今日から働き始める山奥の現場に到着する。
黒沢はトラックを降りると、う~ん、とひと伸びして仲間と共に仕事にかかった。
まずは荷降ろしだ。セメント袋や各種機材をトラックの荷台から黙々と運び出していく。
「ひぁ~怖い。ねーねー黒沢さん、見て下さいこっちの崖。これって落ちたら死ねますよ。
見下ろしたら何だかこう、吸い込まれるみたいな気分。いやほんとに怖い。ふらふらする」
「なら近づくなよ」
いつもながらムダに元気なのが約一名。今時の若者丸出しな頼りない顔と髪と言動、
最年少最下っ端の浅井である。
「でも下は川だしな~。流れはエラく速いみたいだけど、これなら助かるかな? あ、
そういや例のアレ、確かこの川の上流なんですよね」
「アレ?」
「ほら、熊とか不発弾とか。ニュースでも新聞でも大騒ぎしてたでしょ?」
ああアレか、と黒沢も思い出す。
「あの事件、何だか胡散臭いですよね。僕、思うんですけどね、実は発掘調査隊が
魔王の封印を解いてしまって、魔物たちが復活して……な~んて、冗談ですよ冗談。
今時の若者のゲーム脳じゃあるまいし。キャハ」
『……………………オレってコイツと同レベルなのか?』
軽く鬱になりながら作業を続ける黒沢であった。
そんなこんなで人が動いて重機も動いて工事が進んで。いつも通りに時が過ぎ、やがて
昼休みとなった。黒沢は地べたに座り込んで、弁当を広げる。割り箸を手にして、まず
卵焼きを口に放り込んだところで、浅井が妙に嬉しそうな顔をしてやってきた。
右手に弁当を持ち、左手でセメント袋を引きずっている。袋の中にはいろんな形のいろんな
大きさのものが詰まっているようで、工事に使って空になったところへ何か入れたらしい。
確か浅井は、何人かの仲間と一緒に崖下での作業に廻っていたはず。何かあったのか?
「いや~大収穫でしたよ黒沢さん。ほらほら」
黒沢の向かいに座った浅井は、袋の中から次から次へと石ころを取り出した。
「これ全部、化石ですよ化石。僕、小学生の頃にちょっと凝ってましてね。担任の先生と
一緒に貝とか魚とかの化石、掘りに行ったりしてたんですよ。でね、その先生ってのが
そりゃもう美人で、実は僕の初恋の人なんです。キャハ」
『……聞いてねえよ、んなことはっ。というか仕事中に化石集めなんかしてんじゃねえっ』
しかし黒沢の反応などどこ吹く風で、浅井は嬉々として化石を一つ一つ解説し始めた。
『はぁ……多分今まで、付き合ってやる奴がロクにいない……というか、いなかったんだろな。
その美人の先生とやら以外は。オレだって、趣味の話で誰かと盛り上がったことなんて……
いやまて、そもそもオレに趣味なんて……あぁ、そういえば美人の先生ってのに当たったこと
もねえし……そもそも、美人とか以前に女という生き物との接近遭遇自体が……ん?』
ふと。なにやら妙な感じがして、黒沢は改めて浅井に意識を向けた。
その手にあるのは、化石? いや明らかに違う、石ではあるが魚や貝などではない。
「おい。何だそれは」
「あ、これはより分けて捨てようと思ってたんですけど、間違えて持ってきちゃったんです。
多分、例の事件があった遺跡から流れてきた、原始人が作った装飾品か何かでしょ」
そう言って浅井がぷらぷら振って見せるのは、確かに装飾品らしきもの。石造りで、形から
するとベルトに似ている。何だかじっと見ていると、バックルの辺りが微かに光っている
ような? その中に、何か見える……このベルトを着けた若者と、異形の怪物が戦っ……
「黒沢さん? 黒沢さんってば」
「……ん、あ、あれ、何だオレ。今寝てたか?」
「どうしたんです。ぼ~っとしちゃって」
「うぅむ。疲れてるのかな、妙な夢を見た」
やがて昼休みも終わる頃。二人は弁当を食べ終えて立ち上がった。
と、大きなブレーキ音がしたので黒沢が振り向いてみると、現場の入り口に大型トレーラーが
停車していた。明らかに工事車両ではない、白と黒のペイントはどう見ても……とか思って
いたらそれを証明するかのように、パトカーが数台やってきてトレーラーの後ろに停まった。
「け、警察か? 何で警察がここに? しかもあのトレーラー、あれってもしかして」
「へえ~っ! 僕、本物を見たのは初めてですよ」
パトカーから降りた制服警官たちが歩いてくる。トレーラーから降りた二人もそれに続くが、
こっちも制服姿とはいえオレンジ色で何だか涼しげで、パトカーの連中とは随分違う。
それもそのはず。なにしろトレーラーの荷台に横たわって積まれているのは、身の丈およそ
8mの鋼鉄の巨人。れっきとした人型兵器、警察所属の対犯罪者用巨大ロボ。
この二人は、そんなシロモノの関係者なのだから。
警察官たちは手分けして工事現場の面々に聞き込みを始めた。黒沢と浅井には、トレーラー
の二人がやってくる。この二人が運転席と助手席にいたんじゃ、車体が傾いてたんじゃない
かって思うぐらいの凸凹コンビだ。黒沢より明らかにデカい、2mを越してると思われる巨漢
(人相は柔和でむしろ気弱そうに見えるが)と、ギリギリ黒沢の胸まで届くかってぐらい小柄な、
「警視庁警備部特車二課、第二小隊の泉 野明(いずみ のあ)といいます」
その婦警さんは、ぴっ! と敬礼して名乗った。続いて巨漢の方も、山崎とか何とか
名乗ったのだが黒沢の耳には届いていなかった。耳も目も心も、吸い寄せられていたから。
「お仕事中すみません。先日、山奥で起こった事件についてなんですが、朝からこちらで
作業されていて何か気付いたことは……」
野明というこの婦警さん、世間的にはいわゆる美人とかセクシーとかいうのとは違う。視線を
顔から落としてみれば、プロポーションは十人並かむしろ貧弱だ。顔立ちの幼さとショートカット
も相まって、少年のようにさえ見える。だがそれより何より、今黒沢と浅井に向けられている
大きな瞳……「疑うことを知らない無垢な輝き」に近いが違う。そういうものを知って
いながらも、それでもなお信じていたいという強さを感じる。どこまでも澄んでいて、綺麗だ。
これこそ本来警察官としてあるべき正義の味方ってやつなのかも……というか
要するに早い話、思いっきり黒沢の好みのタイプなんであり……
「……もしもし? どうされました?」
野明が一歩前に出て、黒沢の顔を覗き込んで来た。心中を見透かされた気がして
黒沢は後退、しようとして躓いて、無様にドスンと尻餅をつく。
そんな黒沢を浅井が呆れ顔で引き起こしながら、野明に答えた。
「いやあ、僕たちは何も見てませんよ。ねえ黒沢さん。遺跡から出てきた魔物なんかにゃ
出くわしてませんよね。あ、もしかして特車二課さんがいるのは、遺跡から出てきた魔物を
警戒して? イザって時はあのレイバーで魔物と戦うつもり? な~んちゃって、キャハ」
「こらこら、アホかお前は。すみませんね、どうも」
と言いつつ黒沢は気付いた。目の前の警察官二人が一瞬、異様に表情を強張らせたのを。
『? 何だ?』
「あの、えと、何かありましたらすぐに警察までご連絡下さい。ひろみちゃん、行こう」
「はい。では、お忙しいところ失礼しました」
二人は黒沢たちに一礼して立ち去ると、他の警察官たちと合流して何やら話し合っている。
「やれやれ。まあ真面目な話、あのお巡りさんたちが山狩りして熊を射殺して終わりで
しょうね。レイバーが来てるのは、遺跡を壊さないよう掘り起こす作業の為とかで」
「……」
「黒沢さん? どうしたんです? あ、もしかしてあの婦警さんに見惚れてるんですか?
やだなぁもう、親子レベルの歳の差ですよ。こ~のロリコンっ」
浅井が肘でつついてくる。いや、実際この時の黒沢は野明のことを見つめてはいたのだか、
頭の中はそんな華やかなものではなかった。さっきの、一瞬だけ見せた野明の表情……
『何だ……? どういうことだ……? もしや本当に……警察が何か、隠し事をしている
ってのか……? オレや浅井が考えたみたいなことを……? あの警察用レイバー、大層
強ぇって評判の、『イングラム』でなきゃ対処できないようなバケモノが出た……とか?』
いや、まさか、そんなことが現実にあるわけない、と黒沢は首を振って自説を否定した。
「さ、さあ浅井。仕事だ仕事! バカなこと考えてないでなっ」
浅井の背中を威勢よく叩いて、元気良く歩き出した黒沢。その目の前に、突然
パトカーが突っ込んできた!
「どわああぁぁぁぁっ!?」
間一髪、黒沢は転がって身をかわす。パトカーは猛スピードで蛇行し、ダンプカーに
激突して爆発炎上。燃え上がる炎に、黒沢の顔が熱く照らされる。
「だ、大丈夫ですかっ!? お怪我は?」
野明が駆け寄ってきた。だが黒沢は両手をついてぼうっとしたまま、そちらを見もしない。
見てしまったからだ。今、すれ違いざまにパトカーの中を。だから体が震え、歯が鳴る。
「あ、あ、あ、あ、あれ、あれっ……」
ガタガタ震えて、黒沢は燃えるパトカーを指差す。野明や浅井、警察官たちもそちらを見る。
パトカーのドアが開いて、運転席から誰か出てきた。手に何か持っている。大きさは
バスケットボールくらいの、丸いもの…………きちんと制帽を被った、警察官の生首だ!
「っ!」
息を飲んで絶句する一同を、そいつはゆったりと見渡した。
彫刻のように筋骨隆々の体躯、土くれのように不気味な質感の肌、猛獣のような手の爪、
そして大きなクモ(生きてる。動いてる)を丸ごと一匹被っているかのような頭部、顔。
ボタボタと血の滴る生首をその場に放り出し、クモ男は歩き出した。黒沢たちに向かって。
「ひっ……!」
「く、黒沢さんっ……!」
警察官たちは慌てて銃を抜き、
「あれだ! 例の、全滅した調査隊のビデオに映ってた奴! あいつの仲間に違いない!」
「発見次第、射殺の許可は出てる! 撃て撃てええええぇぇっ!」
一斉射撃! 映画なんかで聞くのとは違って意外と地味な、しかしそれだけに生々しい
銃声が、黒沢のすぐそばで豪快に鳴り響いた。
思わず耳を塞いでしまう黒沢だったが、撃たれた当の本人、クモ男はというと、
「ザボゾロザ・ギベ!」
(ザコどもが。死ね!)
全く効いていない様子で、警察官たちに向かって突進してきた。
「うわああぁぁぁぁっ!」
悲鳴を上げた一人めの喉が、クモ男の爪で切り裂かれた。噴水のように血しぶきが吹き上がり、
空中でキノコのように広がってから降り注ぐ。その雨の中で、クモ男が走る。斬る。噛む。抉る。
引き千切る。握り締める。殴り潰す。蹴り壊す。踏みにじる。絶命する警察官たち、新鮮な肉塊が
ゴロゴロ転がり、瞬く間に辺りの土が血でぬかるんでいく。
黒沢の同僚たちはとっくに逃げ出していたが、黒沢は完全に腰を抜かしてへたり込んでいた。
『……に……人間ってのは、極限の恐怖に……出くわすと……失禁、気絶、そういうの全部
忘れて……何も、できなくなっちまう……もんなんだなあぁあぁ……』
「く、くくくく黒沢さん、黒沢さぁぁんっ」
隣で浅井があうあうしている。こいつも逃げることすらできなかったらしい。そういえば、
あの婦警さんはっ!? と黒沢が思ったその時、大きな機械の駆動音がした。
見れば、あの大型トレーラーの荷台が起き上がるところだった。そこに積まれていた荷、
すなわち鋼鉄の巨人・警察用レイバー『イングラム』が立ち上がる。
「ゴロギゾゴクザ・バ……」
(面白そうだ、な……)
昼休みとなった。黒沢は地べたに座り込んで、弁当を広げる。割り箸を手にして、まず
卵焼きを口に放り込んだところで、浅井が妙に嬉しそうな顔をしてやってきた。
右手に弁当を持ち、左手でセメント袋を引きずっている。袋の中にはいろんな形のいろんな
大きさのものが詰まっているようで、工事に使って空になったところへ何か入れたらしい。
確か浅井は、何人かの仲間と一緒に崖下での作業に廻っていたはず。何かあったのか?
「いや~大収穫でしたよ黒沢さん。ほらほら」
黒沢の向かいに座った浅井は、袋の中から次から次へと石ころを取り出した。
「これ全部、化石ですよ化石。僕、小学生の頃にちょっと凝ってましてね。担任の先生と
一緒に貝とか魚とかの化石、掘りに行ったりしてたんですよ。でね、その先生ってのが
そりゃもう美人で、実は僕の初恋の人なんです。キャハ」
『……聞いてねえよ、んなことはっ。というか仕事中に化石集めなんかしてんじゃねえっ』
しかし黒沢の反応などどこ吹く風で、浅井は嬉々として化石を一つ一つ解説し始めた。
『はぁ……多分今まで、付き合ってやる奴がロクにいない……というか、いなかったんだろな。
その美人の先生とやら以外は。オレだって、趣味の話で誰かと盛り上がったことなんて……
いやまて、そもそもオレに趣味なんて……あぁ、そういえば美人の先生ってのに当たったこと
もねえし……そもそも、美人とか以前に女という生き物との接近遭遇自体が……ん?』
ふと。なにやら妙な感じがして、黒沢は改めて浅井に意識を向けた。
その手にあるのは、化石? いや明らかに違う、石ではあるが魚や貝などではない。
「おい。何だそれは」
「あ、これはより分けて捨てようと思ってたんですけど、間違えて持ってきちゃったんです。
多分、例の事件があった遺跡から流れてきた、原始人が作った装飾品か何かでしょ」
そう言って浅井がぷらぷら振って見せるのは、確かに装飾品らしきもの。石造りで、形から
するとベルトに似ている。何だかじっと見ていると、バックルの辺りが微かに光っている
ような? その中に、何か見える……このベルトを着けた若者と、異形の怪物が戦っ……
「黒沢さん? 黒沢さんってば」
「……ん、あ、あれ、何だオレ。今寝てたか?」
「どうしたんです。ぼ~っとしちゃって」
「うぅむ。疲れてるのかな、妙な夢を見た」
やがて昼休みも終わる頃。二人は弁当を食べ終えて立ち上がった。
と、大きなブレーキ音がしたので黒沢が振り向いてみると、現場の入り口に大型トレーラーが
停車していた。明らかに工事車両ではない、白と黒のペイントはどう見ても……とか思って
いたらそれを証明するかのように、パトカーが数台やってきてトレーラーの後ろに停まった。
「け、警察か? 何で警察がここに? しかもあのトレーラー、あれってもしかして」
「へえ~っ! 僕、本物を見たのは初めてですよ」
パトカーから降りた制服警官たちが歩いてくる。トレーラーから降りた二人もそれに続くが、
こっちも制服姿とはいえオレンジ色で何だか涼しげで、パトカーの連中とは随分違う。
それもそのはず。なにしろトレーラーの荷台に横たわって積まれているのは、身の丈およそ
8mの鋼鉄の巨人。れっきとした人型兵器、警察所属の対犯罪者用巨大ロボ。
この二人は、そんなシロモノの関係者なのだから。
警察官たちは手分けして工事現場の面々に聞き込みを始めた。黒沢と浅井には、トレーラー
の二人がやってくる。この二人が運転席と助手席にいたんじゃ、車体が傾いてたんじゃない
かって思うぐらいの凸凹コンビだ。黒沢より明らかにデカい、2mを越してると思われる巨漢
(人相は柔和でむしろ気弱そうに見えるが)と、ギリギリ黒沢の胸まで届くかってぐらい小柄な、
「警視庁警備部特車二課、第二小隊の泉 野明(いずみ のあ)といいます」
その婦警さんは、ぴっ! と敬礼して名乗った。続いて巨漢の方も、山崎とか何とか
名乗ったのだが黒沢の耳には届いていなかった。耳も目も心も、吸い寄せられていたから。
「お仕事中すみません。先日、山奥で起こった事件についてなんですが、朝からこちらで
作業されていて何か気付いたことは……」
野明というこの婦警さん、世間的にはいわゆる美人とかセクシーとかいうのとは違う。視線を
顔から落としてみれば、プロポーションは十人並かむしろ貧弱だ。顔立ちの幼さとショートカット
も相まって、少年のようにさえ見える。だがそれより何より、今黒沢と浅井に向けられている
大きな瞳……「疑うことを知らない無垢な輝き」に近いが違う。そういうものを知って
いながらも、それでもなお信じていたいという強さを感じる。どこまでも澄んでいて、綺麗だ。
これこそ本来警察官としてあるべき正義の味方ってやつなのかも……というか
要するに早い話、思いっきり黒沢の好みのタイプなんであり……
「……もしもし? どうされました?」
野明が一歩前に出て、黒沢の顔を覗き込んで来た。心中を見透かされた気がして
黒沢は後退、しようとして躓いて、無様にドスンと尻餅をつく。
そんな黒沢を浅井が呆れ顔で引き起こしながら、野明に答えた。
「いやあ、僕たちは何も見てませんよ。ねえ黒沢さん。遺跡から出てきた魔物なんかにゃ
出くわしてませんよね。あ、もしかして特車二課さんがいるのは、遺跡から出てきた魔物を
警戒して? イザって時はあのレイバーで魔物と戦うつもり? な~んちゃって、キャハ」
「こらこら、アホかお前は。すみませんね、どうも」
と言いつつ黒沢は気付いた。目の前の警察官二人が一瞬、異様に表情を強張らせたのを。
『? 何だ?』
「あの、えと、何かありましたらすぐに警察までご連絡下さい。ひろみちゃん、行こう」
「はい。では、お忙しいところ失礼しました」
二人は黒沢たちに一礼して立ち去ると、他の警察官たちと合流して何やら話し合っている。
「やれやれ。まあ真面目な話、あのお巡りさんたちが山狩りして熊を射殺して終わりで
しょうね。レイバーが来てるのは、遺跡を壊さないよう掘り起こす作業の為とかで」
「……」
「黒沢さん? どうしたんです? あ、もしかしてあの婦警さんに見惚れてるんですか?
やだなぁもう、親子レベルの歳の差ですよ。こ~のロリコンっ」
浅井が肘でつついてくる。いや、実際この時の黒沢は野明のことを見つめてはいたのだか、
頭の中はそんな華やかなものではなかった。さっきの、一瞬だけ見せた野明の表情……
『何だ……? どういうことだ……? もしや本当に……警察が何か、隠し事をしている
ってのか……? オレや浅井が考えたみたいなことを……? あの警察用レイバー、大層
強ぇって評判の、『イングラム』でなきゃ対処できないようなバケモノが出た……とか?』
いや、まさか、そんなことが現実にあるわけない、と黒沢は首を振って自説を否定した。
「さ、さあ浅井。仕事だ仕事! バカなこと考えてないでなっ」
浅井の背中を威勢よく叩いて、元気良く歩き出した黒沢。その目の前に、突然
パトカーが突っ込んできた!
「どわああぁぁぁぁっ!?」
間一髪、黒沢は転がって身をかわす。パトカーは猛スピードで蛇行し、ダンプカーに
激突して爆発炎上。燃え上がる炎に、黒沢の顔が熱く照らされる。
「だ、大丈夫ですかっ!? お怪我は?」
野明が駆け寄ってきた。だが黒沢は両手をついてぼうっとしたまま、そちらを見もしない。
見てしまったからだ。今、すれ違いざまにパトカーの中を。だから体が震え、歯が鳴る。
「あ、あ、あ、あ、あれ、あれっ……」
ガタガタ震えて、黒沢は燃えるパトカーを指差す。野明や浅井、警察官たちもそちらを見る。
パトカーのドアが開いて、運転席から誰か出てきた。手に何か持っている。大きさは
バスケットボールくらいの、丸いもの…………きちんと制帽を被った、警察官の生首だ!
「っ!」
息を飲んで絶句する一同を、そいつはゆったりと見渡した。
彫刻のように筋骨隆々の体躯、土くれのように不気味な質感の肌、猛獣のような手の爪、
そして大きなクモ(生きてる。動いてる)を丸ごと一匹被っているかのような頭部、顔。
ボタボタと血の滴る生首をその場に放り出し、クモ男は歩き出した。黒沢たちに向かって。
「ひっ……!」
「く、黒沢さんっ……!」
警察官たちは慌てて銃を抜き、
「あれだ! 例の、全滅した調査隊のビデオに映ってた奴! あいつの仲間に違いない!」
「発見次第、射殺の許可は出てる! 撃て撃てええええぇぇっ!」
一斉射撃! 映画なんかで聞くのとは違って意外と地味な、しかしそれだけに生々しい
銃声が、黒沢のすぐそばで豪快に鳴り響いた。
思わず耳を塞いでしまう黒沢だったが、撃たれた当の本人、クモ男はというと、
「ザボゾロザ・ギベ!」
(ザコどもが。死ね!)
全く効いていない様子で、警察官たちに向かって突進してきた。
「うわああぁぁぁぁっ!」
悲鳴を上げた一人めの喉が、クモ男の爪で切り裂かれた。噴水のように血しぶきが吹き上がり、
空中でキノコのように広がってから降り注ぐ。その雨の中で、クモ男が走る。斬る。噛む。抉る。
引き千切る。握り締める。殴り潰す。蹴り壊す。踏みにじる。絶命する警察官たち、新鮮な肉塊が
ゴロゴロ転がり、瞬く間に辺りの土が血でぬかるんでいく。
黒沢の同僚たちはとっくに逃げ出していたが、黒沢は完全に腰を抜かしてへたり込んでいた。
『……に……人間ってのは、極限の恐怖に……出くわすと……失禁、気絶、そういうの全部
忘れて……何も、できなくなっちまう……もんなんだなあぁあぁ……』
「く、くくくく黒沢さん、黒沢さぁぁんっ」
隣で浅井があうあうしている。こいつも逃げることすらできなかったらしい。そういえば、
あの婦警さんはっ!? と黒沢が思ったその時、大きな機械の駆動音がした。
見れば、あの大型トレーラーの荷台が起き上がるところだった。そこに積まれていた荷、
すなわち鋼鉄の巨人・警察用レイバー『イングラム』が立ち上がる。
「ゴロギゾゴクザ・バ……」
(面白そうだ、な……)