第一章:鳥篭の姫君

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 しゃわしゃわと夏を焼き立てるセミの音が僕の耳まで焼いていた。
 見上げれば、手庇が思わず必要なほどの爽快な青空入道雲。
 隣には、海に面した山がちな地形。
 潮風、潮騒、潮に湿ったアスファルト。
 路面を打つ硬い靴音……は、僕のもの。
 渚から煽る透明に青い風は、誰のもの。
 海沿いの街、特有の、すっきりしない塩っ辛さに髪を弄ばれ、駄目にならないかしらと耳朶打つ黒髪の表面を僕は歩きながらに撫で付ける。自慢の髪というわけではないけれど、これでも一応、女の命だ。
 歩いているのはガードレール沿い。
 目にかかる前髪の中から見下ろすと、島の土地を切り崩して造成された、急激な段々の上に置かれた町並みがあって、見渡せば、ちっぽけな島の、不出来なピーナッツみたいに歪んだ楕円形がよく分かった。
 向かう先は小高い丘で、登る道は、目的地へ向かって左右に蛇行しながら進む、イロハ坂形式だ。
 10tトラックが並走してドリフトをかけられる広さの道幅に、目立つ赤を横一直線に塗りつけた落下防止の鉄壁、後はそこに僕がいるだけ。一本道な上に、私道だから、路面標識もあったもんじゃない。
「街路樹ぐらいはバチも当たらないよ」
 口をとがらせたい心持ちで僕は言う。
 空間がありすぎて、まるで投げ与えられた自由のようだ。
 道を占領している高揚感が、冗長な空白にすっかり拡散させられてしまっている。
 なのに、ああ、
 セミの鳴き声だけは、鳴り止まない。
 不自然さに神経が高ぶって鬱屈する。
 一体どこで鳴いている。
 セーラー服の内側は汗で不快な肌触りをしているにも関わらず、表面だけが、凄まじい太陽の照り付けでからりと乾いているのが、また不愉快だ。カモメじゃないが、水兵さんの着る服なんだから、潮風との相性はいいはずなのに。……僕との相性が悪いのか?
 両サイドで編みこんだ髪も、水分を吸っているせいで、歩くたびに重たく肩を打つし、ひさしがわりの深い前髪だって、おでこに張り付いて、鬱陶しい。うなじを完全に隠している後ろ髪は、おかげで日射病に倒れる事はなさそうだけど、しきりに風で煽られて踊るから邪魔で邪魔でしょうがない。凝ったのに。編む時楽しかったから凝ったのに!
 頭頂部なんか、髪、黒いから、きっと触ると指が焦げるに違いない。事実、僕の思考は、さっきから見ても判る通り、焦げ付きっぱなしだ。
 さて、そんな気の進まない道程の果てに、つづら折れの坂道を、それでも20分ばかり繰り返した頃だろうか。突然に視界が開け、頭上には空色しかないところに、僕はたどり着いた。
 登ってきた道路そのままの太さで正門がそびえる、中庭つきの、壮麗無機なる白亜の壁の三階層。
 花も恥らうプリンセス候補生たちの梁山泊。
 三重正義機構No.A.Hのもっとも新しき定礎、カゴメ寮へと到着したのだ。
 これだけ苦労したのに、ようこそ宝カラスさん、とは、誰も出迎えてはくれなかった。
 今更落ち込むつもりもなかったけどね。
 そう、現実なんて、こんなもの。
 ドラマティックもありやしない。

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 学園長との接見に疲れ、割り当てられた部屋のベッドで背中を丸めて眠っていると、寮に来るまでの長い道のりは、僕の中で早くも思い出のように遠くなっていった。これで、喉元過ぎれば熱さ忘れるとも言う癖に、あつものに懲りてなますを吹く事もあるんだから、人間ってつくづく適当だ。
 疲れを体の中から掻き出すように、深く、鼻呼吸。
 ふー……。
 ふー……。
 吸う時と、出す時の、音の高さが違うのは、ソプラノリコーダーとアルトリコーダーの違いみたいなものだろうか。理屈はわからないけど、自分でやってて少し面白かった。
 目を閉じてもさすがに眠れない午後の五時。そろそろ食堂に集まって食事だろう。僕のお披露目も、オードブルとして出される予定。
 カラス、食べるかい?
 陣取っているだろう先輩たちに向けてやってるつもりで、いーっ、と格子模様の天井へ顔をゆがめてやった。
 入寮の挨拶はどうしよう。文章を考えてみた。
 宝カラスは高らかに。
 語呂だけいい言葉が浮かんできた。
 あんまりに思いついたフレーズの語呂がよかったので、元々は低くぼそぼそと自己紹介してやりすごすつもりだったけど、せっかく生まれてきたフレーズの存在を守るためだけに、名乗り口上の一つ二つ三つばかりひねってみよう。
「今日から仲間だ、みんなよろしく!」
 駄目だキャラじゃない。
「宝カラスでーす。うふっ!」
 誰が得をする。
「今日からお世話になります、よろしくお願いします」
 没個性。
「今日から仲間だ、宝カラスだ、お世話になりますお願いします!」
 全部混ぜてみた。勢い感は抜群。でも、僕、これ、人前で出来ない。
 飽きてきたのでやめにする。
 人間、何事も諦めが肝心だ。
 横になって考え事をしていると、体ばかり動かしていた反動か、つらつらと意味もなく考える事を続けたくなってしまう。
 スカートにしわが寄るから長い間転がってもいられない。私室で下着一丁になって誰が悪いという事もないんだけど、仮にもプリンセス候補になろうという人間が、だらしなくパンツ一丁で寝転がっているのもどうかと思うので脱げない。手荷物もない、送りつけた荷物もない、最初から備え付けてある荷物もない、ないない尽くしで整っているのは広さばかりと、なんとも先が思いやられる状態なので、着替える事も出来なくて、仕方がないから立ち上がる。
「……高い、な」
 天井が。
 僕の背丈の、倍ほど高い。
 僕がちょうど155センチだから、310センチ、3メートルオーバーか。
 はあん、プリンセス養成寮だけあって、最下層の位階からでも、次元が違う。さすがにきちんとしてあるね。
 空間は人の心を仕切る。
 心が空間を仕切ることもあるが、大抵は逆だ。人間は環境に適応する能力がずば抜けて高いというけど、必然性に駆られた結果であって、受動と能動の境目は案外あやふやで、無意識のうちに様々な存在で遮られ、形をつけられ、仕切られている。だから、ここも、そうなのだろう。
 そのためだけにデザインされた部屋なんだろう。
 上等な質素さ、洗練された物のなさ。それでいて、空間だけは、広くある。
 どう、与えられた空間を支配するか。
 どう、自分の作り上げた空間に支配されるか。
 のっけから、器が試される歓迎というわけだ。
 手荷物不要、送付不能、一切仔細現地調達、まるきり潜入ミッションだな。
 ヒグマが三十頭ばかり寝転んでも喧嘩になりそうにない室内を横切って、暴れ馬が突っ込んで来れそうなアーチ状のガラス窓を押し開く。と、裏庭があり、高壁があり、また、こればっかりは主観と印象による誤認としか形容出来ないのだが、若々しい生気が満ちた空間があった。
 踏みしめられた芝生の深さ一つにも、年寄りには出せない空気の味が出ているものだ。僕も今日から同じ味をみんなと一緒に出さなくちゃいけないわけで、考えてみると、結構へこむ。
 うつむいた勢いで上から下に視線を移すと、窓と地面にちょっとした高さがあるのも、名もなき一階寮生フロアといえど、またご立派。
 いかなる馬鹿も、こんなところに夜這い乱暴強盗殺人、拉致誘拐など来れもしないが、これもまた、寮生たちの意識のありようを規定する、器を作るための器なのだろう。
 開け放していると熱気に蹂躙されるので窓を閉じる。しん……。防音性能もまた高い。  
 壁やら床やら天井やらに、間接的に空調でもかかっているのか、三十度を超える熱波の付け入る隙間なく、外気にさらされた直後の反動、心地よい温度で僕は満ち足りてしまう。
 振り返れば僕の部屋。
 再び始める我が領地。
 さて、夕の集いが来る前に、どんな未来予想図をこの上に描いてやろうか。

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 カラス娘がやってきた。その情報は、瞬く間に寮内全域に広まっていたらしかった。
 空間ばかりが広く、人の狭い環境の事である。
 曰く、カラスのように得体が知れない。これは前髪が目にかかっているせいだろう。
 曰く、カラスのように髪が黒い。こりゃただの単なる形容詞。カラスの濡れ羽色ね。
 曰く、カラスのように堂々と。宝カラスは実際自分で予定していた通り粛々と自己紹介を済ませたが、字面こそ平々凡々でも、態度が違ったらしかった。
 ニューワールド中の選りすぐられた特殊な子供。から、さらに選ってつまみあげられたプリンセス候補たち。ニューワールド中の正義を一身に担うNo.A.H三重正義機関。の、うちでも、もっとも重要な立場を強いられる、プリンセスの座を継ぐべく集められた面々は、最初のうちは、地元でこそ特別の中の特別として扱われていた自分が、井の中の蛙、鳥篭のセキセイインコであったことを、既に幾多の”教育”を受けて一癖も二癖ものばしている先輩たちの雰囲気から悟り、圧倒されるものなのだが、カラスは違った。
 本当に何事もなくつつましやかに平凡に、自分の調子で挨拶を済ませたのだ。
 カラス娘がやってきた。それは、きっと本当には、カラスのように図々しい、といった揶揄の意味合いも込められた噂であったに違いない。
「僕、普通にしてただけなんだけどねえ」
 大浴場で一人、ヨットの進水式ぐらいはやれそうな浴槽に浸かりながら、独り言。
 先輩たちは既に上がっている。
 後輩いじめや慣例で入るのが最後になったわけではない。むしろ逆だ。
 カラスは真っ先に風呂に入った。
 そして、最後まで風呂に入り続けている。
 その、入り続けている間のうちに、耳に聞こえてきたのが、先述の噂話たちである。
 本人がいるなら控えればいいようなものだが、なまじカラスが泰然自若としてルーキー離れしていたせいで、直接話しかけて打ち解けあう雰囲気でもなかったし、加えて客観的に見れば、どう考えても風呂に居続けたのが直接の原因で、噂が真実味ある根拠で育ったとしか思えなかった。が、そこはカラスのマイペース、とんと感づく様子もない。
 カラスの行水どこ吹く風で、キリンの親子連れが背伸びしてもつっかえそうにない天井を、浴槽のど真ん中でこぢんまりと両膝抱えながら見上げているカラスであった。
 両サイドの髪も、編みこみを解いているので、今は軽い。そのかわり、ほったらかしておくと頬にさわって鬱陶しいので、後ろで束ね、頭上に巻いたタオルの中へと押し込めてある。
 ぷう、と、篭もった熱を吐き出すつもりで、息を頭上に吹きかければ、湯気にまぎれて行方もわからない。
「あら、噂と違って、とっても綺麗な青い目ですね」
 まるで空を閉じ込めたような青。
 突然の声に、カラスは思わず波頭を立てて振り返った。
「済みません、お風呂に浸かる前に一声かけてから、と、思っていたのですけど」
 ついつい悪戯をしてみたくなって。
 リンドウの花の揺れるようなころころの可憐声でそう言い笑ったのは、湯殿にあって、なお、頭の左サイドに作った縦ロールを崩さない、アマリリスの花のように愛らしい容貌をした少女だった。花開くほどに大きい瞳はリュウゼツランか、細身の上にすべる素肌の色気はオニユリか。
 少女は湯殿の中で丁寧に頭を垂れ、しかし縦ロールは絶対水面に浸けないという器用な芸当をやってのけながら、カラスに挨拶をしてきた。
「物ノ名、イロハと申します。以後、どうぞお見知りおきを」
「物ノ名、物ノ名……。入りたての僕でも聞いたことがあるね、カゴメ寮、不動の三席にして最古参の一人だ、って」
 面白がるようにカラスは口をきく。
「でも、君、さっきも一度、入ってなかった?」
 記憶にあるのは、確かに印象的な縦ロール。
 一面の花畑もかくやという有様で、とりどりの後輩たちに囲まれながら、露天、中央、円卓ならぬ、丸く作られた超微細泡入りの湯どころにいたのを、カラスの脳は覚えていた。
 イロハは微笑み、その疑問の矛先を言外に溶かす。
「綺麗好きは女の常、と申します。いいではありませんか」
 それにあなたとこうしてゆっくりお話出来る機会にも、巡り合えましたしね。
 上品に喋る相手だ、と、カラスは思う。
 口調がではない。声色が、上品なのだ。
 先ほどから、相手へと言葉を返す折には、散る花びらの柔らの如く、音量は、消え入るようにたおやかになっていくのに、瑞々しいパンジーの茎のように、言葉の内容だけは、しっかりと頭に残る話し方だった。
「同じ寮生同士なんだから、そんなに丁寧にしなくていいですよ。僕、最下位で、君、三席。むしろ立場が逆でなきゃ」
「うふふ……」
 控え目に顔を傾けて笑ったイロハは(畜生、目が大きくてかわいいな、と、普段自分が目を隠してばかりいるカラスは不覚にも萌えた)、足を浴槽の底に寝そべらせてカラスの方へと体ごと向き直る。
「そんなことをおっしゃる割りに、ちっとも動じてないんですね、カラスさん」
「性格だよ。……性格さ」
 何かを言い淀み、結局同じ言葉を繰り返して、カラスはイロハから目を背けた。
「こんなに広いんだから、その、もっと離れてもいいと思うんだけど」
「あら、お嫌でしたか?」
「だって君、体にタオルも巻いてないじゃないか」
「お湯にタオルは入れないものと決まっています。同性だけなら恥ずかしがるのも変ですよ」
「君は、その……綺麗過ぎるよ」
 綺麗過ぎて、僕なんかの目には、もったいない。
「肌は磨いたようだし、髪もふわふわ、鼻は小さくて目がくりっくり、唇が綺麗でなめらかな頬、細い鎖骨、なで肩、小さな胸、あああ、もう……」
「カラスさんも、とても可愛らしい、と、思いますけど?」
「僕のことはいいの。そうじゃなくて」
「……ひょっとして、目に毒、ですか?」
「わかってて言ってるだろう、君」
 うふふふっ、と笑いが弾ける。
「カラスさんの前髪は、外界との壁みたいなものなんですね」
「のぞかないでおくれよ。僕、君が怖い」
「あらあら」
 怖がられてしまいましたし、そろそろ私、お先に失礼させていただきますね。
 ゆっくり水を切って上がっていくイロハの、桃の花のような淡い白色をした小尻についつい目が引き寄せられそうになり、カラスは頭を強く振る。
 湯煙の向こう側に、ぺた、ぺた、裸足が濡れた床を踏む音が遠ざかっていくと、やっと緊張がほどけたように、彼女は鼻の先まで湯殿に沈み込んだ。
「長湯をしたかっただけなのに、とんだ目にあうな……。
 僕は単なるお風呂好きだっていうのに」
 長旅の疲れを差っぴいても、風呂はよい。
 身を清めてくれる、だけでなく、心を洗い清めて磨いてくれる。
 贅沢な時間だ。
 浴びるほどに、水があり。
 溢れるほどに、熱がある。
 かけ流しで常時浴槽の湯を入れ替えているし、なんてったって、でかい。だから、水質も綺麗で、そんな空間を独り占め出来るのだ。
「湯のある人生、最高、だ」
 ふふふ、と口元が笑う。
 何のため。
 このために。
 すべては今、この時を手にするために、宝カラスは長湯をしていた。
 ぬるま湯で体をほぐし、体を二度も丹念に洗い、水風呂で頭をきりりとしては肺が冷たくなるまで浸かり、また、熱々の湯が出る口のところで肌をしびれさせ、露天で上気する体を自然に任せてぬるったく冷ますこと冷ますこと、泡の出るジャグジーでくつろぎ寝そべり湯では天井の本数を数え、指がふやけ、指紋も怪しくなり、途中で水を口に含んで熱中症にならないようコンディショニングまで完璧にして、そうして得た聖なる時間が、今なのだ。
「ふふ、ふはははは……」
 思わず笑い声も不敵になろうというものである。
「今僕は、確実に天を握っている……」
 言う割りに、足も伸ばさないで体育座りをしているあたり、つつましやかすぎて、もし見るものが隣に居れば思わず涙を誘ったかもしれない。
「上がったら、よく練ったココアでも飲もうかな。ミルクと砂糖ありありで」
「同感だな」
「のわあ!?」
 今度こそ水面をぶっ叩いてカラスは反射的に、声のした方角から飛びのいた。
「湯船で暴れるのは、餓鬼のすることよ」
 正確に飛びのいた分より足の幅半分だけ詰め寄られ、頭を強烈な手刀で切られる。当然浮いていた腰が沈み、浮き足立てず、カラスの体は再び行儀よく肩まで湯に浸けられた。
「小雀どもの噂話に聞いておらんか? おらんだろうな。
 私もお前と同じに、来て早々、凡百からは浮いた口だ。この時分、湯を頂戴するのは私一人と誰もが知っていたろうに」
 面白がられたな、と、艶のある声が含み笑う。
「腹いせに遊ばれたのよ、私とお前は。互いが互いに出会ってどんな顔をするか、見ものだ、とな」
 鍔玄マイル、十七席。お前の一月先輩だ、と、そのダークエルフは言い放った。
 まったく、と、カラスは嘆息する。
唐突に現れるのは、上席陣ならではの悪い遊び癖なのだろうか?

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 なるほど長い耳がツバメのようだと感心したら、マイルは愉悦を中空に溶いて零すような感情の込め方で、喉を鳴らして含み笑った。どうも、それがマイルの笑い方らしく、歯を見せて笑うという事をついぞしない。僕とは違って、僕より体も長いのに、僕と同じくらいの体の細さで、堂々と手足を伸ばして浴槽にかける。タオルをどこにやったのかと見回すと、あんなもの、使わんよ、と仕草の意図を見抜かれ笑われた。
「手で己が肢体を確かめつつ、俗世の垢を拭うのが、粋な風呂人というものだろう。ん?」
 足の裏だけは絶対手洗いでなくては我慢が出来ない事を僕が表明すると、さもあらんと彼女は鷹揚に頷いた。
「己の事は、己で磨け、だ。タオルなど風呂の本質から遠く離れた戯言の世界の仕儀」
「背中はどうするんだい?」
「手で洗え。手が届かんようであれば、それは体が硬いのだ」
 マイルは右手が上でも左手が上でも、背中を通して自分の両手で握手が出来た。すごいすごいと拍手をすると、昼間にたなびく魍魎に向けるまなざしもかくやという目で、胡乱そうに……まあ、平たく言うと、馬鹿を見る目で見られた。
 彼女はとにかく、黒くて、長い。
 髪は白いし、短いが、肌と五体が長くて褐色に黒く、何より美しかった。
 目も、眉も、切れ長で、赤い瞳が、やはり黒い。血色の黒さをしている。
 その黒が、僕の髪みたいに浅くない。
 カラスの濡れ羽色と言えば、濃紫、深みある黒の代名詞みたいな扱いだけど、マイルの黒さに立ち向かうなら、名前負けだ。てんでかなわない。
 本当に美しいのは褐色なんだ。
 黒すぎないのに黒より黒を思わせる、出色の色。
 いつだってそう、心をつかむのは、実物よりも、案外実物をイメージさせる婉曲な言い回しであったり、実物そのものの影だったりする。
 褐色はそれと同じで、黒じゃないのに黒いから、黒以外の美しさもあいまって、とてつもない黒に輝いて見える。
 なるほど、それでお前はココアが好きか、と言われたので、ううん僕甘いのが好きなんだと答えたら甘ったれめと怒られた。確かに僕、垂れ目だけど、いや違う、垂れ目は関係ない、それを言ったら好みが同じな君もじゃないかと口答えをしたら、私のは一貫性だとしれっと流された。見ろ、このココアを振るったような肌色を。
「大体お前は肌の系統が白すぎるな。東国人の割には、黄色くない。日によく当たっておらんのか?」
「今日もここまで歩きで来たよ……」
「ふむ、ではそれがお前の特殊な理由、に、絡んでいるというわけだな」
 あるいはただの体質か。
 髪の短い森国人も、大概特殊だと思うけど、突っ込んだらまたリターンが飛んでくるのでもう口にしない。
 僕らはそろそろ室内の大浴槽から場所を変え、座り湯でくつろぎながら話していた。
「なるほど、私の耳にまで噂が届くほどの事はある」
「はあ」
「風呂の使いこなし方が、堂に入っているわ。この流れるようなコンビネーションに、いとも自然についてきよる」
 そんなので集団から浮いちゃってる人の耳にまで噂が届くってどんな世界の評価基準だい、と、裏拳で突っ込みたいけど、これも諦める。
 マイルは長い足をいともたやすげに座り湯の仕切り、通路側へ湯が溢れ出て滑らないようにするための石枠にまっすぐと乗せていた。僕は微妙に届かない。つま先だけ届いても、逆にリラックス出来ないから、素直に湯の中へと足をつっこんで、頭の方からひたひた壁伝いに流れ落ちてくる湯を背と肩に受けるのみ。
 リーチの差だけで、歴然だな。多分つっこんでも届きやしない。
「お前は不思議に話しやすい」
「僕はとても話しにくいよ」
 ツッコミを入れられない話なんて、相手に困るもの。
「一人が好きか」
「嫌いと言ったら嘘になる」
「私もだ」
 音にするならマイルの唇は、にいまり、と、歯をぎりぎり見せずに笑った。
 曲がるはずないくちばしが歪んだなら、ちょうど今みたいな印象を与えるんだろう。
 それは、笑顔の本来とはかけ離れた根源から来る、とある感情の表出。
 塗りこめられた幾重もの体験だけが作り出す、複雑な感情の重複が、色彩の上重ねのように、重なりすぎて、何も伺えなくなる、濃い、感情の表出。
 こいつ、僕なんかより、よっぽどカラスだ。黒さが底知れなくて、底光りしてる。
 マイルは腕置きに肘つく態度も様になっていた。たとえ全裸が服を着ていても変わらないに違いない。と、いうか、この形容の仕方は普通、逆だ。彼女が全裸で道を歩いていても、裸の王様だと指差し騒ぐ子供は出てこないんだろうな。後が怖すぎる。
「横目で見るなよ、勿体無い」
 隠しているのだろう、それ。と、視線に真っ向から指差し突っ返された。しまった、しげしげと眺めすぎた。そうでなくてもこいつ相手には、一瞬だって長いだろうに。
「見えてるぞ」
「え、あ」
「青い目、か。道理で肌が白い」
 くつくつ。と、意地悪く笑う様がまた小憎らしい。本当にもう……どこから血筋をどう取れば、鍔玄なんて名前がこいつにつくんだ。
 今更隠しても仕方がないし、かといって、隠さないのもなんだかぐだぐだになるので、僕は前髪を目深にし、立ち上がって、蒸し風呂に行かないか、と誘いをかける。
「嫌だね」
 人の言いなりになる時間は、真っ平ごめんだ。
 そう、真っ向から断られた。
 立ち上がり、濡れたタイルを真っ直ぐに踏み抜くマイルの去り際は、裸の王様さながらだった。隠さずに、怯みない。
 別れ際の挨拶なし、か。
 ま、いいさ。馴れ合って楽しい間柄には、なりそうにない。
 僕も立ち上がって移動を開始する。屋外、露天、風がある無人。遠慮無しに寝転び湯に転がって、据え付けられた屋根を見る。タオルは体に巻いたりかけたりしない。
 堂々とするのは見習うよ。
 確かにこれは、気分いい。
 少しだけ、主義を変えてもいいと、その時の僕は思った。

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 あなたが僕になったのは、では、それが原因なのですか?
「うん。生きるのは、概念じゃない。行動だ」
 そうですか。
「君は、変わらない、ね」
 変われない、だけかもしれませんよ。
「少し、羨ましいな」
 羨ましいのはお互い様です。私は変わりたかった。けど。
「許されなかった」
 人は、何を望んでいるのでしょう。概念などに、意味はないというのに。意味などに、答えはないというのに。
「君が概念を語る、か」
 皮肉になりますか?
「いいや。
 いいや。祈りに聞こえたよ。僕には」
 届くでしょうか。
「わからない。誰に届けばいいのかも、届くかどうかも、何一つも」
 正直ですね。
「僕も知りたいから。僕なりに、変わったなりに、執着する。変わる軸に、なったものの事は」
 変わりたい。心の底から。心臓の真ん中から。
 熱く、火がついたほどに、変わる私を実感出来るように。
 変わりたい。今度生まれ変わったら、私が私でなくなりたい。
 ねえ、×××、願いは、罪になるかしら。
「君は……」
 そうだ。君は確かに君なんだ。
 君以外にはなれない。
 生まれ変わりなんてない。
 それでも。
 それでも君は望むんだね。
 ×××る事を。
 ××を……。

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 ……。
 差し込む朝日に夢半ばで起こされた。
 絵になる文学的状況だけど、実際は脳を視神経越しにノックして叩き起こされただけで、カーテンを入れてないからという原因と結果の因果関係。カラスは太陽が嫌いな鳥じゃあないかわり、宝カラスはバスタイム同様、リラクゼーション期間であるところの睡眠時間をこよなく愛する人物だ。
 一刻も早く枕とシーツを工夫して、好みの寝床を作りたい。カーテンもまた、同様に。
 一日の始まりにふさわしい決意を立て、僕はあくびする。鏡に向かって髪を梳かし直し、編み込んで、歯を磨き、うがいして、昨日、入浴する前に買い求めた、パジャマ代わりの室内着から、これも新品のセーラー服に袖を通し、スカートのホックを閉めて回して向きを正した。赤いスカーフ、装填、よし。
 大浴場とファッション店舗が24時間営業なのは、やっぱりプリンセスがイメージ商売と思われてるからなんだろう。デザインが変わったのは残念だけど、セーラー服が置いてあっただけでもよしとしておくか。
 身だしなみを整えるとおなかの中が心もとない。ルーティンワークで体がやっと起きたおかげで気づいてしまった空腹に、口元を引き締めながら廊下につながる扉を見やった。
 誰かが通り過ぎる振動、音はない。さすがの防音性能。察知出来たのは、本来敷くのが普通の絨毯を、まだ僕が買っていないだけのことで、これが東国人のお姫様なら、畳敷きにして、壁の材質から天井までを一切合財入れ替えるはず。部屋を、空間を自分のものにするということは、そういうことだ。
 建物までは変わらない。部屋までは、変えていい。この学園は、そういうところ。
 さあて、今度は一体どんな曲者が僕を待ち受けているのか。
 昨晩の経験から覚悟を決めつつドアノブに手をのばす。
 掴む先が逃げてった。
 ドアが目の前で勢いよく開かれ、空振りした手が、ドアノブの代わりに、そして関係性も間逆に、情熱的に握られる。
「おはよう楽園の友よ! 昨日を挨拶に用いる事の出来なかったトリコを許してほしい。
 だが、時は今を流れ続ける! トリコと宝の友誼も、今この時から歴史を刻み始めた!
 さあ、共に世界を動かす燃料を、円卓にて囲みに行こうではないか!」
 扉を開けるはずだった僕の手を、南国に降り立った観光客を出迎えるツアーガイドの情熱でタイミングよく握り締めた彼女が何者か、問いただす暇もまた、僕には与えられていなかった。
 真っ赤な女が、そこにいた。
「ようこそ楽園へ、改めて名乗らせていただこう!
 カゴメ寮次席、極楽トリコ!」
 物思う暇もないのが現実で、次から次へとやってくる。
「よろしくだ!」
「え、えっと……」
 宝カラス、席次はまだない、ひよこです。
 お手柔らかに頼みます。

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 ここらでそろそろ説明しておいた方がいいだろう。
 僕たちが目指すプリンセスとは何者で、そもそも学園とは一体どんな組織なのかを。
 この世界にはおよそ三つの大別がある。共和国と帝国とそれ以外だ。
 共和国は大統領制で、帝国は貴族制だから、プリンセスと聞くと、普通の人は大概帝国の、特に著名なとあるゲーム好きのお姫様を思い出すんだけど、それとは違う。そもそも学園の上位に存在しているNo.A.Hという組織は、古くは30年以上も昔に作られた。国が簡単に発展したり衰退したり滅亡しかかったりするニューワールドで、30年は、体感だと3世紀だ。当然組織としての目的も、30年のうちに変わった。
 No.A.H、箱舟を作りし一族の長から由来した名の正式名称は、Not.Ace'sHostel、エースならざるものたちの仮宿、と言って、要するに、注目を集めるごく一部の存在に対する、やっかみ、ひがみで出来たような、さびしい集まりだった。
 世間に復讐をしてやるー、みたいなテロリスト集団の設立は、しかし、その存在自体が失敗だった。
 第一期世代と呼ばれる彼らの行方は今に伝わっていない。
 その後空白の10年間が訪れる。第二期は、No.A.H自身の中にさえ記録がない。にも関わらず、今現在、第三期と自称し、目的を復讐から共存へと緩やかにシフトして、その血脈は存続している。当然解説不能だ。世界に謎は付き物という事にしておいてもらえるとありがたい。
 ここ、学園は、No.A.Hの構成員を育てるための組織だ。
 はみ出し者の集まりを止め、社会の一員になろうという方向転換には、それなりの努力が必要だ。ニューワールド自体も、昔より格段に、エースではないが明らかに一般人でもない、特殊な子供たちを生み出しやすくなった。ので、子供たちを集め、育てて、様々な形で社会に適応させるための本格的な教育機関が必要になった。
 学園の卒業生は、すべからくNo.A.Hに所属し、No.A.Hを通じて社会とつながる。
 カゴメ寮は、学園の中でも、機関長を育てる特別エリートコースとして扱われている。No.A.Hを構成する三重機関の紹介ついでに、三人の機関長、つまりプリンセスたちが、どのような役割を担っているのかも説明しておこうか。
 まず、災害復興機関ノア。人災天災戦災の別なく多いニューワールドは、災害の復興を必要とする。社会につながるのがNo.A.Hの目的だから、荒稼ぎなんてしない。ノウハウと人脈の共有を生かして、地域貢献すればいいだけだ。だから就職先としては最も人気が高い組織でもある。長は、シェイプシフター・ノア、またの名をシャドウ・プリンセス。影働きの役どころだけど、最も重要な、世間向けのNo.A.Hの顔でもある。
 次に、物語執行機関ノア。字面からして胡散臭いが、安心して。中身もちゃんと胡散臭い。世の中には、知らない方がいい事も沢山あって、そんな時には、隠しきれないものを隠しきるために、作り話に変えてしまう、とても地道な活動方法があったりする。噂話、都市伝説、小説、アニメ、漫画、ゲーム、とにかくフィクションならなんでもいい。現実から痕跡を削り、架空に置き場所を移す、口コミからマスコミまで、一丸となって危険な情報感染を防ぐのが、この機関の仕事だ。まっとうな働き口の癖に人気がいまいちなのは、やっぱり真実は明らかになってほしいと、望む人たちが多いってことの証左でもあるか。代表が、ペインター・ノア、別名をトワイライト・プリンセス。あんまり語りたくはない名前。
 最後、罪悪実行機関ノア。ここにプリンセスの中のプリンセス、プリンセス・ノアが、名を連ねる。異名は、ない。機関自体の解説も、極めてシンプルで済む。ニューワールドにおいて予見される、あらゆる罪悪を一手に、そして管理不可能な事態に陥る前に、先んじて実行する事、だ。
 罪悪は絶えない。人の中に織り込まれているから、ではない。人の行いのカテゴリ区分として、罪悪が存在するからだ。罪悪は一定に存在する。だから他人に罪悪を背負わせるぐらいなら、自分たちが率先して背負ってやる。他の誰にも罪は背負わせず、他の誰をも悪と定義させたくない。平たく言うと、機関としての行動原理は、そんなとこ。
 当然滅茶苦茶だ。第一期の頃と大して変わらない、というより、さらに悪化している。主義主張のあるテロリズムですらない、犯罪を目的として犯罪を手段する犯罪集団なんて始末に負えない。
 だが、必要だ。
 悪を持たない人はなく、悪を望む人は案外に多い。人の振り見て我が振り直せ。卑近なところで例を挙げるなら、フィクションで満たされたから現実では手を出さない。そう、物語執行機関と罪悪実行機関は、事実上の対であり、災害復興機関もまた、罪悪が人災である性質上、必然的に絡んでくる。
 マッチポンプ関係にある、三重正義機関。それがNo.A.Hの正体なんだ。
 人に認められたいから人殺しをして、自らを捕まえ、また人に認められ、あまつさえ、事件をフィクション化してさらに広く認められる。地獄のような仕組みを備えていても、まだNo.A.Hが正義である理由は、確かにある。
 そして僕は、その理由が大嫌いで。
 だから僕は、ここにいる。
 話が長くなった。
 学園で言うプリンセスとは、三大プリンセスのうち、どれか、とだけ、覚えておいて。
「……と、いうあたりがトリコの知る、学園にまつわる沿革だ!」
 朝食後、私室に招かれて受けた茶会の席で親切にも極楽トリコに語られた事を僕なりに言わせてもらうと、今の長話になったわけ。
「うん。よっくわかった、ありがとう」
 生返事。
 王侯貴族のようなソファに王侯貴族のように堂々と身を委ね、ひざの間で両手を組んで、太陽のような朱色の瞳で見つめてくる長身赤毛の少女がトリコだ。……どうにもやっぱり赤は苦手。
 確信にみなぎっているまなざし。形だけはポニーテイルなのに、量がありすぎて中からさらに三本に分けてソファの背側へと掛け流されている長い赤毛。豪奢さは、まるで演劇の役者さながらにトータルコーディネイトされた、赤が基調の胸元が開いたスーツ。中身のボリュームは、くっ、僕より完成されているとだけ表現しておく!
「トリコ様、カラスさんがどうやらもう一度詳しいお話を望まれているようですが」
「そうなのか、宝?」
「の、ノー! 待った! 悪かった、長話すぎて疲れたとかそんな事は思ってない、本当にありがとう!」
「うむ、それならばよい!」
 このー、と、恨みのこもった視線をトリコの後ろに立っているメイドに送る。
 ドリル縦ロールのエプロンメイド。当然一つの寮にドリルみたいな縦ロールをサイドに作ったプリンセス候補なんて珍奇な存在が複数いてたまるはずもなく、メイドの正体は、果たして昨日の物ノ名イロハだった。気分の問題だかなんだか知らないが、今日はドリルを右につけている。
 アタッチメント式じゃなかろうか。
「に、しても。意外だったよ、望めばどのプリンセスの座も夢ではないと言われている、寮、最古参の三席の立ち位置が、まさか上席のメイドだなんて」
「イロハにはいつも世話になっている。感謝の表しようもない」
 語る傍からメイドのイロハにやらせず自分で紅茶を淹れるトリコ。
 当然のようにイロハもトリコからの給仕を受けている。
 ツッコミ待ち機能搭載か、この主従。
 ツッコまないぞ。
 つつきはするけど。
「エプロンドレスは飾り?」
「メイドとは記号なのです。ぶっちゃけ、見かけの役割さえこなしていればそれっぽく」
「かわいい顔してぶっちゃけた!」
「恐縮です」
「褒めてない褒めてない!」
「恐縮だな!」
「なんでトリコさんが誇らしげ!?」
 ああ、もう、なんだこのコンビ!
「声も出るようになってきたな。早速昼には教育課程を受ける身だが、その調子なら問題なかろう」
 トリコは端正に凛々しい小顔を鷹揚に輝かせて一つ頷く。なんで僕に向ける視線が宝物のビー玉を見ている男の子みたいな自慢顔か。あれか、僕というビー玉をボケとつっこみで磨き上げてるつもりなのか。
 つっこみを入れ続けても二対一では勝ち目が薄い。僕は大人しく、差し出された紅茶を受け取り、甘みある香りと共に、ほんの少し酸味ある苦味に舌を楽しませた。ゴールデンドロップ、最後の一滴まで注ぎきった、ふくらみある味わいの淹れ方だった。
「……美味しい」
「だろう?」
 思わず素直になる味だ。
「これでまだ次席なんだね。すごいな」
 と、あ。
 口元を手のひらで隠す。失言だった。
 だけどトリコも、そして不思議な事に、イロハさえもが、嬉しげに笑って聞いている。
「いいんだ。トリコが次席でいられるのは、首席に、あの人がいてくれるおかげなのだから」
「あの人……」
 カゴメ寮首席、コードネーム・パーフェクトプリンセス。
 白鳥クジコ。
 彼女には、これほど美味しい紅茶を淹れる事は出来ないだろう。
 けれど。
 彼女なら、今よりずっと、素敵な茶会を過ごさせてくれる。
 誰にとっても、そう思わせる、プリンセスの中のプリンセスが、クジコだった。
「首席を争ってる相手だから、もっと、ずっと厳しい反応をされるかと思ったよ」
「んん」
 争うという言葉は適切ではないな、と、トリコは訂正を入れた。
「トリコとあの人では、文字通り格が違う。争いにもならないし、そんな次元にあの人はいない。カゴメ寮の首席は、あの人だけだ。比べられるだけで嬉しい相手だからな」
 トリコの後ろに立ったままイロハも同意するように頷く。
 なるほど、なあ。
「人に喜んでもらおうという気持ちが茶の味だ。トリコはあの人にそう教わった。精進するのは、追いつきたいからに他ならない。だから、茶の味を褒められれば嬉しいし、引き合いにオリジナルであるところのあの人を出されると嬉しいのだ」
 鮮やかにすぎる色の体毛なんていうものは、二次元で見ると普通だけど、眉なんて特に違和感を持ちやすい。なのに、トリコが笑うとまるで、髪も、眉毛も、常に揺らめく炎のようで、絹糸ライクなしなやかさに驚かされる。赤毛は普通、太いよ。
 遠い目をせず真正面から僕を見つつも、この場にはいない人へと憧れて表情を穏やかにした彼女の朱色な熱っぽさは、出会い頭の勢いこそ為りを潜めてはいたが、印象に微塵も変わることがない。
 極楽トリコ。その名の通り、豪奢だけでは語りつくせぬ、極楽鳥の多彩を持った人らしかった。
「何はともあれ、午後からは教室が始まる。宝の得手はわからないが、共に楽園の担い手たりうることを、期待しているからな!」

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最終更新:2018年02月15日 10:45