拳。

 飛び出したまどかとキリヒメの胴を直後に貫いた衝撃は、絶風のそれによるものだった。

 同時に襲い掛かったわけではない。

 同じ相手に襲い掛かろうとしたわけでもない。

 なのに、同時に撃ち抜かれた。

「げ……っ……!」
「はっ、あ……?!」

 転がる肉体は、雫を通り越して遥か後方に吹っ飛び、波打つ地面に削られる。

 間髪を、入れる間もなく風切り音。
 頭蓋を踏み割るような直線的な蹴りが、間合いを無にして踏み込んできた。

 咄嗟に転がり、まどかはそれだけは避けた。
 地面が絶風の足型に抉れる。

(か……帷子を、着込んでいなければやられていた……!)

 忍者装束の表面が、早くも削れている。

 隣で背骨をバネとしならせて跳ね起きるキリヒメ。
 野性のおかげか元気に手元で鎌の柄を回している。

 再び、並び、構える。

 目配せを交わし、

 散! と飛び掛るのは、絶風とは正逆、アドラの方角。

「人形遊びは、嫌いなのですがね――――」

 わずらわしげに振り返るアドラ。その唇から、絶唱が迸った。

 と同時に、2人の体の動きが鈍くなる。

「音響支配か――!」
「HAえええええええええええええええ!!!!!!!!」

 音を、ぶち割るかのように叫ぶキリヒメ。
 ごりごりと束縛を力尽くで脱け出しながら、歯を食いしばり、隙間からは血を撒き散らしている。

 掌。
 視界のすべてを遮る分厚いそれに、キリヒメが意識をとられた瞬間、
 天地の消える、やわらかな回転力が頭蓋を抜けて脳髄に刺さる。

 あごを、かすめ打たれた。

 絶風だ。
 一瞬で、彼女達の進行方向に回りこんでいたのだ。

「腱も、伸びきっていたと思ったが。さすがに猫、柔軟だ」

 もう一度、今度は嵌まらぬように壊してやる。
 そう言って、絶風は両の手首を掴み吊るす。

「ええい、しっかりせんか!!」
「!!」

 雫に体当たりを掛けられ、まどかの呪縛が解けた。
 いや、解けてはいないのだが、音の最高出力支配域からは強引にはじき出された。

 途端、両の手を交差するようにして、懐から円月手裏剣を抜き放ち、投擲。
 狙い打たれた絶風の姿が、キリヒメだけを盾代わりに残してかき消える。

「殺す気かー!」
「助かったんなら文句を言うな!!」

 盾に使われたキリヒメは、鎌の刃で手裏剣を弾いて二足で立った。
 そうして絶風と向かい合う。

 一方、

「貴方の事を忘れていましたよ」
「非力なもの同士、こちらはこちらで楽しくやろうではないか、ん?」

 絶風の立ちはだかるその奥で対峙する、アドラと雫。

 戦場が、交錯する。

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 What a perfect blue world #12

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 高速回転のあまり円状に溶けて見える大鎌が絶風へと吹っ飛んでいく。

「ぬるい」

 柄が正確に蹴り上げられ、天上に刺さった。

「どっちが!!」

 両脇から、まどかとキリヒメが詰めている。

 閃くのは黒塗りの短刀。

 暗殺を使命としていただけあり、まどかの握るそれには毒が塗られている。

 いかな高い戦闘力を誇ろうが、かすめれば仕留める、必殺の刃だ。

「――――」

 絶風の体が旋回した。

 行動の選択肢を削ろうと、背後に回りこもうとしていたキリヒメの胴を、轟、と丸太のような足が蹴る。

 後ろへ蹴り飛ばした。

「かかったな!!」

 さらされた背に突き込むまどか。

 その手首が、無造作に掴まれる。

「何がだ」

 めしいっ!!

 握力だけで、華奢な骨が亀裂に悲鳴。
 だが、まどかはあくまで笑っていた。

「お前達が、さ」
「――――!」

 キリヒメが蹴り飛ばされた先はアドラの方向である。

「歌には人間砲弾は止められまい!」

 それまで身動きする事も出来ないほど拘束されていた雫は、にやりと笑って、叫んだ。

 アドラの歌が、矛先、質とも切り替えられる。

『━━━━━━━━━!!!!!』

 砲撃のような、大音声。

 キリヒメが音に撃ち落された。

 だが、

「いいのかな、俺なんかに構っていて」

 にやり、青白い顔で脂汗を流しながら、まどかは絶風に言う。

 雫は既にアドラへと詰め寄っていた。

「猪口才――――!」
「~~~~ッッ!!」

 投げ捨てられるまどかの背中が、岩壁に打ち付けられた。
 吐血。

「邪魔は――――」

 黒い電光のように駆ける絶風の、上から振る、銀月の刃。

 飛び上がったキリヒメが、天上に刺さった大鎌を、振るっていた。

「させない!!」

 大鎌が、砕け散り。

 それを成した拳がキリヒメの顔面を打ち抜く。

 殴られ歯茎の内側から硬質な感触を覚えつつ、

 キリヒメは柄をなおも回転させて、

 振りぬいた。

 腕。

 突き出されたそれに再び遮られる、キリヒメの攻撃。

 柄が、半ばからぶち折れ、くるくると先が吹っ飛んだ。

 ど。

 と、鈍い音が、太股から立つ。

「2対1と、忘れてもらっちゃ困るな――――!」
「ぬうううううう!!!!」

 壁際からまどかの投げた短刀が、絶風に刺さっていた。

 アドラは一瞬の息継ぎで動けない。

 砲撃のような大音声の、反動だ。

 雫は非力なはずの全力で、飛ぶ。

「HA、アドラ、それともノアか!? 違う名が、まだ本当の貴様の名があるのか知らんが――――」

 吼えながら、キリヒメが倒れ、絶風の崩れ落ちるその横を。

「誰でもいい、何でもいい、貴様の、言いたい事は正しいが、それがゆえに貴様根本的かつ大いなる間違いを犯している!!」

 無力なはずの、雫の拳が。

「いちいち悲劇で終わらずとも、物語の基本パターンにはもう1つ、喜劇ってものがあるだろうが――――ッッッ!!」

 アドラを殴り、倒していた。

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最終更新:2018年02月15日 10:30