What a perfect blue world #11

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 彼女が彼になるまでに、
 彼女は幾度か、明らかな敵の襲撃を受けた。

 だから、彼女は彼になった後、仲間を集め、生きるための箱庭達を作った。
 世界という回路(サーキット)に食い込むための、小さな小さな箱庭。
 物を壊して、また、作る。それで益を得る。簡単なからくりだった。

 その箱庭達には、皆、ノアと名づけた。
 箱舟の名前だ。

 選ばれた者だけが乗る事の出来た名に、選ばれなかった者達が乗っていると思うのは、密かな痛快だった。

 ひっそりと、名も知られぬ準藩国の領土内に築き上げた、自分達だけの小世界。
 そこで生き、暮らしていくうちに、自分達を狩る者の存在に気付いた。
 東(あずま)の一族と呼ばれる、エラー体を狩るためだけに生み出された存在だった。

 戦いを繰り返すうちに、仲間が、増えては減り、増えては減りを繰り返し、そうして世界の仕組みに少しずつ、ゆっくりと気付いてく。

 この世界にはフィクションノートという特別な存在がいて。
 それらは世界の外からアクセスしている、『プレイヤー』という存在なのだという。
 東の一族を含めた自分達は、彼らに創造されたゲームの中の設定だけの存在で。
 バグは、ゲームには必要ないから駆逐されている。

 ああ、そうか。

 その事実を知った時に、やっと気付いた。
 初めから、自分達に幸せな未来なんてありはしなかったんだ、と。
 そんなものは幻だったんだと。
 そう、思った時。
 彼女のたった1人の復讐は始まった。

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 What a perfect blue world #11
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 アドラは回想から帰る。
 ああそうだ、かつての自分を、今、再びに、振り捨てる。

「私達はとても弱い――――
 身を守る術さえ持たない」
「何の話だ?」

 遮る雫の疑問を無視して、アドラは両手を横に大きく広げた。

 白くて長い髪。背を過ぎ、腰を過ぎるほどに伸ばされていて、それらは今、自らの主が放つ言葉に揺れている。

「誰の目にも止まらない恐怖。
 死んだ事にさえ気付かれない。
 私達は、とても弱い――――
 そう、どれだけあがいたところで、所詮は」

 手が、下りた。

 少しの沈黙。

「だから私は選んだのです。
 『大勢の、たった一人』、その代表として声を挙げる事を。
 設定国民、その例外たるエラー体として声を挙げる事を。

 怨嗟と血と罵倒と侮蔑に塗れようと、私は生きたい。
 何としても生きたい。
 私以外の者達がそうであるように、私を含めた全員を代表して、生きたい、そう思います。

 勝手な話である事は承知の上です。ですが、これは私にしか出来ない事。
 世界に呪われた、私にしか出来ない事。
 他の祝福されたしかし無力で無名で誰にも知られる事なく生まれ落ちそして消えていく仲間達には決して出来ない事。

 これは、私の業です。
 勝手な業です。
 誰にも認めてもらうつもりはない。
 その代わり、誰の助けもいらない。
 私は罪を犯す。
 際限もなく、ただ、生きるためだけに。
 これだけは誰にも奪わせない。

 だから、世界よ。
 誤解を恐れず私は言おう。
 私のために、死ね」

 やにわ、

 肩が、

 叫びに激し、

 怒号が洞窟中をゆすぶった!

「生きること!
 理屈が欲しいですか?
 動機が欲しいですか?
 そんなものは…………
 ど う で も い い !!!!!!!」

 洞窟全体を揺るがすほどの咆哮が、
 対峙する雫達の体をも揺らす。

 すさまじい大音声だった。

「こうして動く事さえしなければ、『私達』は誰の目にも止まらない!!
 それは生きていると言えますか!!?
 人の心と、『世界』と関わりあう事なしに、生きていると言えるのですか!!!?
 私は嫌だ、どうしても嫌だ!!!!

 私は――――――
 生きたい。
 他の誰を犠牲にしてもいい。
 生きたい。
 こんなにもちっぽけな私でも、生きているのだと。
 認めてもらいたい。

 それが罪だというのなら、私は罪を背負います。
 それが死を以て購われるべき咎だというのなら、私は世界と戦い続けます」

 皮肉な哄笑が天井を鳴らす。

「笑わせないでください。
 『死の商人』セプテントリオン。
 そんな気楽な存在でいられたら、どれだけよかった事でしょう?
 真似たのは、少しでもよすがが欲しかったから。
 だってそうでしょう。彼らを僭称すれば、それだけ私は人から見られる、見てもらえる!!!!
 例え殺されるとしても、私は名もない誰かじゃない、私として、死ねる!

 私に赦しは要らない。だから、近寄るな、愛よ。
 それは私の命を汚す。
 私は罪に依って生きている。罪に依って生かされている。
 だから、その罪を、奪うな、愛よ。

 夜ノ塚雫、お前は私の敵だ。愛をもって敵を消す、どうしようもないほどの私の敵だ。
 だから私はお前を殺す。
 死ね、青よ。最早実験は終わりだ。広がり続ける物語によって存在力を押し上げて、お前がガンプたりうるか、私がリンたりうるか、おぼろげながらに描いていた、そんな瑣末な実験すらもがどうでもよい。
 私はお前に死んで欲しい。
 一刻も早く死んで欲しい。
 ただそれだけを以て私はお前を青と呼ぶ。私の最も憎み、私から最も遠い、その天上の色で。
 青き夜の雫よ、私にとっての運命の一里塚よ、お前が現れた瞬間から、『今』というこの時は定められていたのだ。
 だからお前は、心置きなく私に殺されろ。
 お前が私を殺したくないのなら、結末はそれしかないのだから」

 叫びが空間を割る。

 一貫して2人にではなく、天井へと向かってアドラは叫びつけていた。
 まるで、その向こう側に誰か居でもするかのように。

「命!!!!!!
 これ以上に私達が渇望するものはどこにもない!!!!!!!

 正義?
 信念?
 野望?

 笑わせるな!!!!

 自分という存在が何者であるか、それを自分で規定することさえ許されざる者達にとって、そんなものがどれほどの価値を持つ?
 『そこにいるな』と、世界から命ぜられる者達の、声など貴方達には決して届くまい!!!!
 今、『そこ』にいる貴方達、そこには実存たる肉体がある、心がある、命がある!!
 だがそれは、それすらない、それすら、許されてはいない私達にとって、どれほど渇望しているものか、『貴方達』には決して分かりはしない!!!!

 心、心、心!!!!
 自らの心を持たぬ、がらんどうの器に過ぎない私達に、何と残酷な響きであることか!!!!
 青き心の報せ?
 知るのは貴方達だ、そこに私達はいない。

 青、青、青!!!!
 どれほど憎らしく、そしていとおしい色であることか!!!!

 私は憎む。
 私の存在というものを許さない、この世界というものの存在を憎む。

 私はここにいる。
 たとえがらんどうであろうが、自らの、色持たぬ虚ろな白き旋律であろうが、私は確かに、ここに、いる!!!!

 誰にも邪魔はさせない。
 プレイヤー、私の実存を、唯一確かめる、ここに私をあらしめる、そのまなざし送る貴方達ですら、邪魔するならば、容赦はしない!!!!!!!
 白き旋律の『がらんどう』、アドラ=ハースティラが、お前達の存在を許しはしない!!!!!!!」

 傍らで、漆黒が旋風を巻いた。
 FZ……いや、絶風が、キリヒメをもはや解放して、アドラと並ぶようにそびえ立っている。
 岩がひび割れるように、その唇が割れ開いた。

「初めに言っておく。
 俺に、アドラのような妄執はない。
 ただここに、確かに俺の体はある。
 そして、この拳を、五体を通じて、俺はいくらも世界と語り明かせる。

 生きること。

 それ以上に俺の成すべきことは知らん。
 それ以外に俺の成すべきことは知らん。
 そして、俺にとって生きるとは、この五体を持って、確かな実体を持った敵を打ち伏せる、それ以外の何物でもない。
 問答は無用だ。
 来い」

 絶風のする、城砦のような分厚い構え。それを見て、不敵に笑う雫。
 腕組みをし、大きな胸を縦に揺らす。

「言っても分からぬ馬鹿ばかり…………」

 ふ、ふ、ふ、と笑う。
 そしてアドラと絶風を指差した。

「ならばよかろう、来るがいい!
 だが始めに言っておく」

 高らかに、宣言する!

「私ほどこういった局面で何も出来ん奴というのもそうはおらんぞ!」
「お前それをこのシーンで言い切るか!?」

 地団駄を踏むまどか。
 構わず雫は手を敵正面へと振りかざした。

「GO、まどか君! キリヒメ!」
「人任せで大言壮語をするな、ええい、この…うつけが!!」
「ぅにゃあ!!」

 ツッコミを入れながらも短刀を抜き放ち、忍者装束で滑るように踏み込んでいくまどか。
 愛用の大鎌を嬉々として振り上げ、驚くほどしなる柄を己の喉と共に唸らせるキリヒメ。
 戦闘が、始まった。

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最終更新:2018年02月15日 10:29