ツキイロキセキ ~連邦の民~
目次
登場人物
- 月色(つきいろ)
- アラタ・キイ
- ソーマ
- ユイ
- ショウ
- コトハ
- リリ=レーヴェ艦氏族=イシュタル
- マリ=レーヴェ艦氏族=イシュタル
- 言条 充(げんじょう みちる)
準・登場人物
- 月色の同期
- 月色の上官
- 東都の町の方々
- コトハの父(町長)
- レーヴェ艦氏族の方々
- ホープ・舞踏子夫妻&新生児
《シーン1・天体観測》
- 時:卒業前夜
- 場所:東都大学屋上
- 天候:晴天(満月)
【登場キャラクター】
→主人公。男。明日、東都大学を卒業する。同期の面々も一緒に、軍への配属が決まっている。ただし部署は一人を除いてバラバラになる予定であり、そのことに強い寂しさも感じている。通称「ゲっさん」
→月色の一番の親友。男女のへだてなく打ち解ける。女性陣からの通称は「きーちゃん」、男性陣からは「アラタ」
→月色の同期。女。月色とアラタの良き理解者。ソーマとは入学前からの友達であり、その関係のまま踏み出せないでいたところを、月色とアラタに色々尽力してもらった。そのため二人には強い恩も感じている。
→月色の同期で、ユイの恋人。男。鈍感で不器用だが、その分、人から頼られる、質実剛健なタイプ。きっと月色たちが居なければ、自分の気持ちに気付くことはなかっただろう。
→屋上で盛り上がってます。一人一人に青春があったんだろうなあと思うと、しんみりしなくもない。このシーンではいわゆるモブ、背景の人たちとして、月色たちの物語の中を過ごしています。
『あらすじ』
夜空を見上げながら、一人感傷に耽っている月色。話しかけてきたユイは、この天体観測が、仲間たちとの最後の思い出作りのための名目で、みんな星を見ていないんだよと笑う。発起人ぐらいはな、と、月色も笑った。もう一人の発起人であるアラタは、女子たちと一緒に、楽しそうに騒いでいる。
月色の感じている寂しさを察したユイは、月色なら、きっと新しい場所でも仲間が出来るよ、と励ます。何故なら月色は、恋に悩んでいた自分とソーマとの縁結びに、奮闘してくれたような人だから。そう、ここに集まった男女は、みんな月色とアラタの、二人が仲を取り持った恋人たちで、同期で、同じ時間、同じ場所を共有した、大切な仲間たちでもあった。
そんな縁結びを行って来た自分たちが、結局は最後まで、独り身で残ってしまったことを笑う月色。見上げる満月と同じ色をした彼の瞳には、みんなバラバラになってしまうことへの寂しさが、まだ、残っていることが伺える。いつか君にも大切な人の存在がわかる時が来るよと、ユイは仄めかすのみに留める。
直後、しんみりした空気を壊すために、フライングボディプレスで月色目掛け飛び込んでくるアラタ。繰り広げられる二人の掛け合いに微笑むユイ。そんな彼女をさりげなく迎えに来るソーマ。いつの間にか、夜も更けて、天体観測の場は、めいめいに思い思いの時間を過ごす、恋人たちのものとなっていた。
隣に並んで座り、一緒になって月を見上げたアラタは、月色の名前が、その瞳の色に由来していることに、初めて気付く。そのことをからかう月色に対し、何故か含みを持たせて、アラタは、身近な事ほど案外気づかないものなんだよ、と返す。
アラタは月色を元気付けるために、いつまでもみんな仲間だよな、と、一同に呼びかける。一斉に返る賛同。新しい未来を迎える勇気を貰い、初めて月色は心底笑う。それを見てアラタは満面の笑みを浮かべながら、また月を見上げて言った。
「なあゲっさん、月が本当に綺麗だなあ」
《シーン2・曇天の新月》
- 時:1日目(夜中)
- 場所:東都大学屋上
- 天候:曇天(新月)
【登場キャラクター】
→主人公。男。ホープだった。このシーンではほとんど思いつめている状態。
→自称アラタの妹。月色にしてみれば初対面のはずだが、兄ゆずり(?)のへだてない明るさで、「ゲっさん」と、最初からあだ名で呼んでくる。こちらはこちらでどこか無理して明るくしている様子も伺える。
『あらすじ』
誰もいない屋上で目を覚ます月色。暗闇の中、握りしめた携帯電話のディスプレイだけが、ぼんやりとした光を放っている。天体観測の夜の夢を、見ていたのだ。かつてと同じ場所、同じ夜空。しかし空には月も星も、何も見えない。
また一人、同期の死亡確認の連絡を受けたばかりの月色は、上官の机に置いてきた辞表のことを考える。たどりついた未来には、誰も残っていなかった。古い仲間も、同僚も、そのほとんどが失われてしまっていることに、運命の皮肉を自嘲する月色。ホープ、希望をその身に名乗ることも、これでもう、二度となくなるのだろう。
自宅があったアパートの残骸へ戻ろうとすると、誰もいないはずの自室に、ないはずの明かりが灯っている。警戒しながら台所に突入し、制圧した相手は、月色のために料理を準備中の、見も知らぬ女だった。
アラタの縁者と名乗る、妙にテンションの高い女に対し、月色は、アラタの死亡確認の連絡を、ついさっき受けたばかりだと告げる。驚く女は、ためらいがちに、アラタの妹、キイと名乗った。様子のおかしい月色に、兄から月色の話をあれこれ聞いていたという話をしつつ、元気づけようと手料理を差し出すキイ。だが、月色は料理にほとんど口をつけない。
月色は唐突に、アラタの死は、自分が助けにいかなかったせいだとキイに詫びる。始まる当時の回想。それはイベント176。アラタと同じ方面に配置されていたユイからの通信を受けた月色は、現場が絶望的な状況であることを告げられ、ソーマにずっと愛していると伝えてくれと、遺言を託される。ノイズ混じりに続いた言葉は、アラタのことを許してやってくれというものだった。
月色は嗚咽しながら、アラタがユイたちを守りきれなかったことについては、許すも何もない、それどころか、自分は暴走する国民を抑えきれずに現場から離れられず、助けに行けなかった……、いいや、行かなかったんだと、キイに告白する。
当時の混乱の中、復讐に燃える国民たちの気持ちが痛いほどに感じられてしまい、止めきることが出来なかった、途中からは同調してさえいたんだと、月色は後悔を吐き出す。なのに、敵と戦うことも出来ずに生き延びてしまった。自分はホープ失格だと、責められて当然だと、アラタの身内と名乗るキイに懺悔し、罰を求める月色。
だが、キイは、月色の境遇に対して、妙に歯切れの悪い理解を示すだけで、責めようとはしてこない。不思議に思う月色。どこか噛み合わないでいる二人の認識。キイは、「町に行こうぜ。まだ俺たちにも何かが出来るはずだ」と、提案する。まるでその場の空気から逃れようとでもするかのように。
《シーン3・百万の夜明け》
- 時:1日目(早朝)
- 場所:東都市街地
- 天候:雨のち晴れ
【登場キャラクター】
→苦しみは晴れない。雨は上がろうとも月は見えないまま。だが、キイの行動に身も心も引きずられ、何かが動いていることも確か。
→諦めないことに懸命である。何が彼女を懸命にさせるのか。何が彼女を苦しめているのか。このシーンの時点では判明しないまま。
→絶望と復讐に心を染めた少年。その憎しみは絶望の愛し子。その復讐は悲しみの裏返し。絶望と悲しみは喪失から生まれ出る。
→多分作中で一番いい子。これ以上失いたくないからすがる。それ以上の何も彼女は動機を必要としていない。
→カテゴリ上、コトハの父もここに含まれる。きっと彼らの心にもショウと同じ、復讐だけを志す憎しみがうねっているはずである。だが、生活上の、身に染み付いた習慣もまた、降り積もっているのだろう。ショウよりも長く生きた分だけ、より、多く。習慣の中に宿っていたはずの心と一緒に、より、深く。
『あらすじ』
もう夜明けにもなろうという時間だが、珍しいことに天気まで崩れ始め、一向に明るくならない。ただただぼんやりと見える瓦礫の山という厳しい現実を前に、月色たちは言葉もない。とうとう本降りになった雨から、逃げ出すようにして駆け込んだ軒先から見えたのは、立ち尽くす一人の少年の姿だった。
ショウと名乗ったその少年は、雨宿りを拒絶し、自分がここに立ち続けているのは、自分の家だったこの場所で死んでいった家族と、家族を奪い去った全てに対する憎しみを、忘れずに刻みこんでおくためだと告げる。
立場上、大人としてショウを説得しようとする月色とキイ。だが、その言葉に力はなく、虚しく雨音に紛れてしまう。それどころか、月色は、ショウに共感をしてしまっている自分から、どんどん目をそらせなくなっていた。
弱いことは罪だと言い放つショウ。断罪されたかのように、二人の大人はびくりと震える。自分と向き合ったままのショウは、そんな二人の様子に気付きさえしない。強くなり、復讐することだけが、贖罪で、そのためだけに生きていくための決意が欲しくて、ここにいると、ショウは言い切った。雨に打たれたまま、何も言えないでいる二人。
目の前にいるはずなのに、届かない言葉。だが、そんなショウを、飛びつくようにして引き止めようとし、その腕を、懸命に軒下まで引っ張っていこうとする少女、コトハが現れ、空気が変わる。キイは、たった百万人しか残っていないこの国じゃ、復讐に生きる以外に出来ることなんてないというショウの言葉をとっかかりに、絶望しているから復讐して死ぬことだけを考えているんだと理解する。
「百万人しか、じゃないよ。百万人も、だよ。今、ここに、君のことを本当に必要とする人が、たった一人でもいるじゃないか。こんなに必死になって、君のことを呼び止めようとしているじゃないか。誰かを呼ぼうとする、そんな心が、まだ、ここには百万人分も残っているはずなんだよ」
まるで我がことのように、必死になってショウの心に光を呼ぼうとするキイ。
そんなものは所詮無駄だと諦めようとするショウ。上がろうとする雨に、光が射せば、そこには瓦礫が残っているだけだと、ショウは二人の女性の声を振り捨てようとする。
だが、雨が上がれば、いなくなったコトハを追ってきたコトハの父が現れ、町長であり、瓦礫の中で生きる人々のよすがとなっているコトハの父の姿を見かけるや、何があったんですと次々に集まってくる人々がいて、みんな、自分たちと同じ境遇であるショウの事情を理解していて。
口々に、憎しみへの共感よりも、何よりも先に、雨に濡れそぼった体の心配をされ、ショウは、自分でも気がつかないうちに、涙を頬に流していた。一緒に涙するコトハ。若い子どもたちの間に、涙を通じて、通い合うものが生まれていた。
月色は、ショウの心を揺り動かすとっかかりを見付け出したキイの強さに感心する。そしてまた、今の光景を見てもなお、どこか冷え切ったままでいる自分の心の有様にも、同時に気付いていた。
《シーン4・唇の訪れ》
- 時:1日目(夜更け)
- 場所:仮設避難所
- 天候:外は見えない
【登場キャラクター】
→寝ている間にキスされるとか爆発してしまえばいいと思う。それはともかく、夢が象徴しているものが何かは、誰でもわかるはず。アラタは本当に彼にとって親友だった。
→寝ている間にキスしていくとか超可愛いと思う。それはさておき、彼女は彼女なりに必死に考えた結果の行動である。きっとキスの際には目をつぶっていた。
→若いということは蓄積された情報量がまだ少ないという符号だ。年老いるということは、その逆だ。よって問題の根深さと難しさは一向に解決を見せないでいる。違うのは、若いということは、これからの行動の総量が多いということである。物語上、子どもたちが必要とされた理由は、ひとえに、ここにかかっている。
→ちょっとでもショウの姿が見えないと本当に怖いんだろうなあ。恋心とか好きとかではなく、純粋に不安なのだろう。いなくなっちゃ、やだ。その気持ちに名前をつける行為は、まだ、いらない。
『あらすじ』
仮ではあるが、雨露をしのげる寝床で、人々は寄り添いあうようにして、ひしめきつつも、眠っている。時間は飛び、既に一日を復興作業に費やした後。自分の心の中で起こった変化の余韻で、未だに神経が昂っているショウと、月色は話している。
ショウは、コトハが自分と同じ年であり、昔からの友達だと語る。月色は、自分にもそんな連中がいたよと少し寂しそうに笑いながらアラタのことを語る。面白がって仲間内でカップルを作り、時にはデートの様子を尾行したりなんて悪ふざけもしたなと、懐かしそうに。
ショウは、キイがそのアラタの妹であると聞き、一層不思議がる。どうしてキイさんは僕みたいに憎しみに囚われなかったんだろう。あの強さには少し憧れるけど、自分が弱い人間な気にさせられて、ちょっとだけ、苦しかったりもします。そのショウの言葉は、まさに月色が感じていた思いを言い表してもいた。
ショウの姿が見えずに心配して探しに来るコトハ。彼女は月色への今朝の礼を述べると、ショウと共に去っていく。町の人たちの中で一緒に雑魚寝をしながら、この一人一人が、彼らと同じく、色んな思いを抱きながら生きているのだなと、月色は噛みしめる。
アラタの話をしたことが契機になって、自分の中の憎しみを見つめながらも、いつしか夢うつつの月色。何かとても恐ろしいものから逃げ惑っているようでいて、実は自分が何かを追い回しているようでもあって。ふと、その夢の中、月色の前に立ちふさがるキイの姿を見る。
夢の中のキイは唐突に月色の唇を奪い、去っていく。「今度こそ、もう、逃げないから」 その言葉が何を意味するのかもわからず、驚きで意識が覚醒した月色は、人の間をすり抜けて遠ざかっていく一つの人影を目にする。唇に残る、わずかな違和感。混乱が月色を揺らしていく。
《シーン5・美少女軍団、現る》
【登場キャラクター】
→昼間の月は影が薄い。最年長者の責任を果たさなかったのには、ちゃんとした理由があるのだけれども。
→気づかないのにも無理はない。歳月は人を変えるのだから。
→今回はコトハの弁護に回る。現時点では自分が同行する意味をわかっていないので、影が薄い。そりゃ説明されてないもんな。
→真面目に頑張ってます。
→回想でちらっと出るだけ。物語の展開上、あんまり美少女による銀河帝国について詳しく先に説明されてしまっていても困るので、4人の知識のすり合わせが必要な程度には知識不足。きっと、生き延びるのに精一杯で、やってくる移民の資料集めとか無理なんだ。
→突拍子もない行動の割に、それを説明する言葉が先に来ない人。地上への移民をわざわざ志す位なのだから、変わり者だろうという発想。
→言葉は使うが、意図を隠すことが多い人。ひょっとしたら、ツンデレというのはこれを意識せずにやる人かもしれない。当然意識的にやっている。それは氏族長の意志を遂行するためである。典型的副官だなー。よって、艦長に小言を言うのも、艦長自身も大好き。
→よく見ると冒頭から港で寝転がっている。
『あらすじ』
貴重な燃料を使った車で送り出された月色ら4人は、町長の依頼によって、北都の港に来ていた。移民団を迎え入れるための、町からの代表に選ばれたのである。しかし、かつての国外からの玄関口であったそこは、閑散としている。見かけるのは、昼間から何もせずに寝転がっているような人だけ。
道中コトハの父から聞かされた話の復習として、ネーバルウィッチとはどんなものなのかを語り合う4人。静かな波音。突然割り込み、美少女による銀河帝国であると訂正してくる声。振り返るとそこには海面に立つ2人の少女……、いや、ハッチから続々と現れ、整然と列を成す、『美少女』たち。浮上する艦の甲板の上に彼女たちは立っていた。
案内人の、自分たちに対する本音を聞くためだけにに潜んでいたと明かすレーヴェ艦の氏族長、リリと、彼女の奇異な行動をあらゆる意味でフォローするために随伴したと名乗る副官・マリ。この国を知りたいと求める2人を移民団の代表として迎え、コトハの案内が始まる。だが、連れていけるのはどこどこの残骸だとか、何々の跡地とか、そういった類の場所ばかり。
マリは、そんな街並みに対して、抜本的改造案とも呼べるような、自分たち美少女帝国の技術を用いた要塞化の案を述べ、さらには、今の案内にまったく満足していないことを主張する。困るコトハ、顔を見合わせる月色たち。そこへ、さっきから見ていれば、何様のつもりだと、横から割り込んでくる声。
顔面包帯の男は、自分は戦傷者であると名乗り、マリたちを、この国の民、全員を踏みにじる、無神経な侵略者だと罵倒する。この国には伝統的な文化があり、現状の悲惨さなりに、そこの女の子(コトハ)は頑張って案内している。こんな移民なら願い下げだと言い捨てて、コトハやショウたちのマリへのフォローも無視し、包帯の男は去っていく。
だがリリは動じることなく、「私たちも言葉不足でした」と認め、横槍が入ったため、仕切り直して意図を説明したいと告げて、一行を艦に招こうとする。そんな中、キイは、包帯の男が現れてから、一言も口を開かなかった月色の態度に疑問を抱いていた。
《シーン6・美少女軍団、現る -ガールズサイド》
- 時:2日目(昼)
- 場所:艦長室
- 天候:外とは別世界
【登場キャラクター】
→是非あらすじにないことを言い出して会話を弾ませて欲しいと、期待を寄せています。何故ならこのシーン、説明セリフの量が多いから。
→リリからの手札オープンに対する驚き役を、一手に担います。素直で真面目ゆえに可愛い女の子がころころ掌の上で転がされていると萌えるのは俺だけではないはずだ。
→氏族長らしく、食えない、したたか、憎めない、の3点セットの保有者として、肉体年齢は若いけど、さすがの貫禄を目指す方向。美少女の方々には、やっぱり可愛い物好き、かつ、万物に対して、戦う心を忘れないでいてほしいのです。
『あらすじ』
リリは、自分たちが知ろうとしている情報は、この国の心だとキイたち2人に説明する。突拍子もない登場や、街並みに対する遠慮のない意見、横槍に対してもあえて反論をしなかったこと、いずれも一貫して、心を引き出すことを狙っていたのである。
同時に、マリは勉強熱心な人物であり、この国の文化は勿論、自分たちの技術を、ニューワールド上では慎重に扱わねばならないことまで把握している、とも説明する。
「あれは、男という種族については、好きではないが、興味があるのです。私が男に興味のない代わり、恋愛というものに関心があるようにね」
今頃月色たちはマリたちによって大変な目にあっているでしょうと笑うリリ。同時に、この国で、何故男女比のバランスが崩れているのかという点についても、質問を寄越し、主導権を握り続ける。
「例えば、先程の包帯マンのように、男性側の質の低下から、女が男を見放した、とか――?」
慌てて月色とショウの擁護に回るキイとコトハ。やはり若い男女のペアを選んで寄越してもらってよかったと、リリは笑う。さっきのリリの言葉を思い出し、真っ赤になる二人。
リリはまた、この国の、建国当時の悲恋について関心を抱いていることを打ち明け、何故、悲劇の後に対立していた者同士で結びつくことが出来たのかを、今度こそ真剣に尋ねる。
先日の宇宙会戦において敵を同じくしていたオリオンアームの艦隊が、かつてニューワールドと対立していた歴史についても、リリは知っていた。
「男性には、興味はないけど、期待はしているのです。私たちが、より強く、そして今度こそ敵に負けない、銀河最強の帝国として、いつか再び君臨するために――」
正体不明の敵との戦いで、傷つき、転進を重ねてきたはずのリリの強い言葉に、キイは我知らず、勇気づけられている自分がいることを感じる。打って変わってこの国のハートとピンクとへそ出し文化に興味津々のリリにこの場のオチを持って行かれ、今は、もらった勇気は、形にならないけれど。
《シーン7・美少女軍団、現る -ボーイズサイド》
- 時:2日目(昼下がり)
- 場所:北都港に接岸中の甲板
- 天候:相変わらず快晴
【登場キャラクター】
→世代的には女性陣が激減する前と後とを体験として実感を持って知っている世代。どちらにせよ、密閉空間で女子に囲まれて質問攻めなんて体験は普通しないけども。まだくすぶる何かがある模様。
→どんだけ若くても、幼くても、一度思い詰めたことを、ころっと忘れることはありません。子どもをなめるな。ただ、もっと大事なものを見つけていくだけだ。今はそんなゆらぎの時期。
→意外に気遣いも出来る人。だがそれは飴と鞭の罠であった。鞭の比率が多すぎる気もするが。なんだかんだいってこの人は、将来大恋愛に落ちる気もする。今回はリリ同様、さりげない導き手の役割を果たす。
→回想シーンで出るかもしれない方々。むしろ女性陣が書いた方がいいシーンなのかもしれないとか考える。男って何考えて生きてるんでしょうって、疑問に思いません?
『あらすじ』
ぐったりとしている月色とショウを、相変わらず遠慮のない調子で労うマリ。
「明日は私たちと同行してオリオンアームの人間を迎える予定なのですから、今夜は十分に艦内で休んでいきなさい」
波打つ海面のうねりは、まだまだ今後の苦労を予感させる。男性陣2人は、昼食を食堂でご馳走になる傍ら、艦の乗員たちからの質問攻めにあっていたのだ。質問の大半は、男とは何を思っている種族なのか、の一言に要約出来るものだった。
この国ではこれまで体験したことのなかったほどの量の若い女性に囲まれた仲間同士、月色とショウは、今夜の雲行きについて弱音を漏らしあう。月色はまた、過去のことも思い出す。アラタは女性陣の中に一人でいることが多かったが、あいつも案外苦労していたのかもしれないな、と。
思い出に浸る月色の横で、ショウは逆にマリへと質問をしている。
「この艦から移住してくる人たちは、将来はどんな仕事に就くことを希望しているんですか?」
マリは街並み要塞化について、この国の軍事的弱点を列挙することで、あながち探りだけではない、真剣な案であったと教えつつ、軍や、艦船の運用などを候補先に挙げていく。勿論、家庭に入ることも知識としては選択肢の一つだと補足しつつも、だが。
「男性という種に、興味はありますが、好きになれそうには、ありません。けれど、可能性だけは、今後もずっと捨てることはないでしょう。私たちは、自分で変化を望んでここに来たのですから」
月色は、キイといいマリといい、女性の持つしなやかな強さに感心しつつも、ショウ自身の将来についてを横から尋ねてみる。働けるならすぐにでも働いて、何も考えずに過ごしたいと告げる少年の中に、まだ危うさが残っていることを感じる月色。可能ならと前置きをした上で、胸中の複雑さを置き去りにしつつ、進学を勧めると、マリもまた、意外にも大学進学の希望を表明する。
2人から、そういう自分は何をしている人なのかと尋ねられ、今は何もしていない、ただの人だよと答える月色。その横顔を見ていたマリは、ショウへ進学を勧めた時と、今の表情とを見比べて、自分のことは誰でもなかなか見えないものなのでしょうね、と、心中で傍白する。
月色は、携帯電話を握り締め、空を見上げながら、自問自答する。俺はどうするべきなんだろう。
《シーン8・双軸の針》
- 時:2日目(夜)
- 場所:艦内個室
- 天候:外とは別世界
【登場キャラクター】
→さりげにクライマックスへ向けた伏線が1つ盛り込まれている。自分の憎しみより優先すべきことがあると気づいたんではなかろうか。
→勇気出しました。でもまだ一番大事なことを明かしてないよね。
→きっと悪びれていないに違いない。
→廊下で見かけて企画の発起人になったと思われる。君が率先してダメな子になったら艦長を誰も止めらんないだろ。
→興味津々だったと思われる。狭いとこに集まりすぎ。
→直上の項目の人たちから期待外れ扱いされているらしい。よそで泊まってるのにいちゃつくとか、ねーから!
→ダメですよとかしきりに止めてたに違いない。そしてそれはきっと口実に違いない。その証拠に途中から固唾を飲んで聞き入ってたと思う。具体的に言うと、室内が沈黙に包まれた辺りから。
『あらすじ』
個室の提供に感謝を述べるキイ。リリとマリの自室が、男子部屋と女子部屋とに分けられている。たまには相部屋で昔を思い出すのもいいものですとにこやかに語るリリ。扉を潜ろうとするところを、キイは、月色の袖をつまみ制止する。
「ちょっと話があるんだ。いいかな?」
コトハに席を外して貰うと、二人きり。昨晩を思い出して挙動不審になる月色。そんな浮ついた気持ちとは裏腹にキイは真剣な様子でアラタのことをどう思っていたのかを尋ねてくる。
瞬間的に硬化する月色の態度。それを見た不安から、とっさにキイは、復讐なんて考えなくていいからねと失言をしてしまう。月色が初めて見せる、激しい感情を前に、しどろもどろの弁解は、どれも厳しく拒絶される。
とうとうキイは、すがるようにして月色に抱きつくと、抱えていた感情をぶちまける。憎しみに囚われた人を見るのが辛いこと。その理由として、自分がムラマサ事件の生き残りであり、かつての自分を見るようで、苦しくなるからだと語る。冷静さを取り戻していく月色。
事件の傷を引きずっていたせいで、月色とも、こんなに身近な存在だったのに、初対面のような形になってしまっていることや、これ以上周りの人間を失って、また取り残されたくないという恐怖を、キイは月色にぶつけてくる。
詫びる月色。謝り返すキイ。沈黙が生まれ、しかしつながりあってしまった目と目はお互いに外すことが出来ず、雰囲気に飲まれそうになってしまう月色。しかし、やおらキイは立ち上がる。
部屋の入口に近づいて扉を開けると、外にはリリとマリを筆頭に、鈴なりの出歯亀たち。コトハまでもが混ざっていたことを嘆くキイに、ショウは、一人、隣室から騒ぎを聞きつけて顔を出し、だから止めたのにと、レーヴェ艦の面々+コトハを冷たい目で見る。
ドタバタをよそに、月色は、自分の鼓動が跳ねていることを、腹の辺りに手を置いて実感する。いつの間にか、キイから目が離せなくなっていた。時計は直に12時を迎えようとしている。
《シーン9・歴史の道程》
- 時:3日目(午前)
- 場所:北都市街~ニャーロード上・西都
- 天候:荒天
【登場キャラクター】
→無言は何よりも雄弁である。いやいや、そんなことないから。単に迷い続けてるだけだよ。
→今回はミスリードのためのお仕事中。もう一山越えないと、と、思ってるらしい。その山結構でかいすよ。
→昔の自分が今の自分の足をひっぱり、なかなか前に進めない。そんなことってよくありますよね。
→喜ぶ時も、悲しむ時も、不安な時も、常に素直。町長さんとこの箱入り娘として周りから知られている気もしてきた。
→お気に入りの傘が欲しいみたいです。目的のために費やすタイムスパンのスケールが大きすぎて、どうも行動もマイペース気味。
→きっと自分たちの居場所を確保しようとしている。でなきゃああ言われても怒らないだろ。
→年長者=説教キャラというのもベタすぎる気もしますが。物分りがいい大人って、物語上でメインを張らない場合、裏っ側が見えてこなくて、掘り下げにくいな。
→なくしたのが自分だけと思っていたらあんなことは言わないはずだ。だからこそ顔を隠し続けているのだろうか?
『あらすじ』
雨季に入りつつあるのだろうかと話し合う4人をよそに、珍しそうに傘を使っているリリとマリ。なかなか現れない待ち人に気を揉む間、どこかの出歯亀さんたちみたいにこちらを試しているとかじゃないといいんですけど、など、打ち解けた様子で冗談を飛ばしあうキイとマリ。
輪の中にコトハまで混じっているのを見て、あのどたばた騒ぎで仲良くなるんだからなあと、顔を見合わせて仕方なさそうに笑いあう月色とショウ。この雨足だと、藩都まで歩いて行くのは大変そうですねとショウは雑談に興じる。リリもまた、艦は流石に運搬手段として使えないですからと、会話の中に入ってくる。
そこへ、またしても昨日の包帯男が現れ、リリたちと楽しそうにお喋りをしていることを、惨禍の悲しみを忘れて、自分たちの楽しさばかりを求める、死者への裏切り行為だと強く糾弾する。その包帯男の様子に見覚えを感じるキイ。月色はまたしても黙って包帯男の言葉に甘んじている。その代わりとばかりに拒絶を示すショウも、自分の中の憎しみの存在を指摘され、それ以上言葉が出なくなってしまう。
執拗に絡み続ける包帯男と、今にも爆発しそうなマリを見とがめ、割って入ってくるのは、古風な西国の衣装を着込んだ男性。包帯男は、もはや同じ国の人間でさえ信用に足らない、信じられるのは、ほんの一握りの身近な仲間だけだと、嫌悪感を隠そうともせずに、去っていく。
男性は、自分が彼らの待ち人である、オリオンアームからの移民、言条 充だと告げ、借り受けた町長の車を最適な場所に停めてくるのに時間を取られてしまったと詫びる。
一行は言条の運転により、雨のニャーロードをひた走る。早速疑問をぶつけ、ニューワールドとの、かつての確執は大丈夫なのかと、言条に問うリリ。通り過ぎる西都。言条は、まず、郷に入っては郷に入れという言葉を口にする。
ニューワールドには、オリオンアームにはない事情があり、それを自分たちが軽視していたがゆえに、すれ違いが起こってしまった。だから今日はこの国の人間よりも西国人らしい格好をと心がけて、この衣装を着ているのだと、言条は語って見せる。
なるほどと得心するリリ。だが、言条は同時に、それでもかつての出来事は、歴史として残り続けるし、忘れずに復讐を考えるような人間も出てくるのだと、戒めの言葉も口にする。念頭にあるのは、先程の包帯男。
どうすればみんなで手を取り合えるのかと尋ねるコトハ。言条は、長い歴史の中では、こういう時代も必ずある。だから、諦めずに、自分たちなりに出来ることをやればいいんだよと諭す。
物思いに沈む月色を気にしながら、今、自分が出来ることを見つめ直すキイ。雨は未だに降り止まず、藩都もなかなか見えてこない。
《シーン10・すれ違う時》
- 時:3日目(午後)
- 場所:藩都大学
- 天候:雨音は激しく窓をたたき続ける
【登場キャラクター】
→彼は感動しない。立ち会わなかったからだ。
→急ぎすぎ、いくない。誰しも自分のことは見えないものか。何気にこの台詞は作中シーン7で月色が言われてることなんだけども、実は、彼女の方にこそ、すごく当てはまっている。
→彼は感動した。立ち会ったからだ。
→ショウがアクティブな反応を起こしたから、嬉しかったらしい。あとはリアクションしてるだけだと思います。お父さんから任された仕事が終わって気が抜けてるのかも。
→あれ、いるはずなのにあらすじだと空気だ!
→地味にトラブルメーカー扱いされ始めていることに彼女は気づいているのだろうか。いや、真っ先にぶつかっていくことで艦長を逆に冷静にさせるためにそうしてるんだけども。
→何でも言葉で解決しようとしている訳ではない。何にでも、言葉で形にしてやることが大事だと思っているのだろう。
→今回はちょい役。
→彼を突き動かす動機はたった一つ。なのに、彼をかき乱す論理は二つある。見ないふりには、きっといつか限界が来るはずなのに。
『あらすじ』
一行は図書館に来ている。共和国全体による復興支援のおかげで、意外に早く手続き書類が揃ったため、言条やマリらの希望で、立ち寄っている最中。言条が、どうしてここだけ損壊が抑えられているのかを尋ねると、ショウは、この大学は、史学中心の場所だから、歴史を重んじ、残すために、古くから、何かあるごとに頑丈に補強されてきたおかげだと語る。
その話の脇で、さっそくマリがまた見知らぬ男性と衝突事故。といっても、今度は単純に同じ本を手に取ろうとして、頭がぶつかってしまっただけのようだが。両者が求めていたのは、子どもの名づけ方の本。マリがまたトラブルを起こさないかと、ぞろぞろと集まる一同は、男性から、今度子どもが生まれるという話を聞く。
着信音。びくりとする月色。だが、鳴らされた携帯電話は、男性のもの。着信に出ると、男性は、最初は声を潜めていたものの、つい大声を挙げてしまう。子どもが急に生まれそうなのだ。あいにくの雨で、駆けつけても時間が掛かると慌てる男性を、言条たちは、車で送って行こうと申し出る。
定員オーバーのため、藩都大学の入り口に残って車を見送る月色。再びの着信と共に、すぐ後ろから声が掛けられる。はたしてそこにいるのは包帯の男であった。
月色と旧知の仲らしい様子を見せる包帯男は、この国を守るために強くなるんだろう、そのために軍籍を抜いてまで、俺たちは復讐を始めようとしていたんだろう、と、熱心に月色を口説く。
「もう、そんなに長くは待てないよ、ゲっさん」
俺たち、仲間だよな?
そう最後に強調し、包帯男は去っていく。
邂逅は短い時間だったが、月色は、一人、その後のみんなが戻ってくるまでの長い時間を、無言のまま、あっという間に過ごす。キイたちは、戻ってきて月色の姿を見つけると、新たな命の誕生に立ち会った感動で饒舌に愛の重要性を語りかける。そんなキイに思わず反発する月色。
「考えたいことがあるんだ」
行動を別にすることを告げ、雨中に消えていく月色。言条は、人の抱えた痛みが、一つずつ違うものであり、それぞれ違う癒され方を待っているのだと、動揺するキイを慰める。
キイは何かを考えこみでもしているかのように、目をつむっていたが、不意に唇を引き結び、決然とした表情で面を上げ直す。
《シーン11・岬の告白》
- 時:3日目(夕方)
- 場所:イカーナ岬
- 天候:雨の勢いは少し弱まってきている
【登場キャラクター】
→彼はやらなければならないことを忘れていない。
→嘘つきの代償はこの次に払う。ハッピーエンドは、まだ来ない。
『あらすじ』
自分の弱さと醜さに打ちのめされている月色。追いかけてきたキイにも、つい、再び八つ当たりのようにしてしまう。キイは、そんなにも月色が苦しんでいる理由は、みんなを失ってしまった悲しみを受け止めきれていないからなのかと問いかける。
月色の答えは違った。
みんなを、アラタを失って、悲しいはずなのに、早くもキイに惹かれている自分がいることに気付き、そんな節操のない自分のことが恥ずかしくて、許せなくて、みんなに申し訳なくて、月色の心の中は荒れていた。
アラタは一番の友達だったこと。キイを、そんなアラタと重ねて見てしまっているのではないかという不安。また、失った苦しみだけではなく、失った者たちへの、思いまでもを薄れさせたくないんだと、月色は、今と昔、二つの思いに引き裂かれている自分をさらけ出す。
この場所に俺はふさわしくないよと自嘲する月色。二人に失礼で、勝手に一方的に浸っているだけの自分は、何より、キイとアラタにもっと失礼だと、天を仰ぐ。月は見えない。
キイはそれらの言葉をすべて肯定した。
肯定し、自分も月色と同じ気持ちだよと、後ろから抱きしめて離さない。まるで月色が岬から飛び立つことを心配でもしているかのように。
キイは、自分が憎しみから解放されたのは、寂しかったからだと、告白する。自分の大切なものも、家族も、失い続けたまま、一人で孤独に過ごしていくことに、自分の中の憎しみを見つめ続けることに、耐えられなくなったからだと告白する。
それはまるで罪を告白し、許しを請うかのような語り方だった。
キイは、寄り添いあうことで、お互いを支えあい、弱さを乗り越える恋人たちの姿を見ることで、自分の中の寂しさを埋めていたことを明かす。けれど、どうしても自分で踏み出す勇気がなくて。それでも、そんな恋人たちを手伝っていた月色に、心惹かれていたと、ついに自分自身の好意を告白する。
月色は、自分の弱さを認め、受け容れる。憎むよりも、愛を守る方がずっとずっと好きだった自分の昔を肯定されて、復讐を諦める。憎しみは、愛に敗北したのだ。差し出された手を握り返す月色に、キイは嬉しそうに笑いかけた。
「帰ろう、ゲっさん。みんなが待ってるよ」
《シーン12・守りたいもの》
- 時:3日目(夜)
- 場所:東都大学屋上
- 天候:はたして雨は止むだろうか
【登場キャラクター】
→あらすじだけだといろいろ張る予定の伏線まで全部盛り込めなくて泣きそうです。
→歴史にもしもは存在しない。過去は取り戻せない。けれど。
→え、お前なの!? と、言ってもらえれば成功です。
→大団円ムードの中を過ごしている、つもりはない。人生に大団円など、ないのだから。
『あらすじ』
車で暖かく待っていてくれた一同からの出迎えを受ける月色。ほっと一息つき、明日はどうしようかとみんなが話し始める頃、携帯の着信の振動。それは、月色の携帯電話だった。画面を確認する月色は、決意の表情を浮かべる。告白をしてきたのでしょうと当たりをつけたリリたちから、はやされ、照れていたキイは、それらの流れを見ていない。
東都に到着すると、解散の流れ。リリとマリは、興味深そうに地上での宿泊を捉えている。町長である父親に、仕事がちゃんとできたことを報告するコトハ、その横でコトハの父に礼を言われ、不器用に照れるショウ。言条は町長と話し込み、キイは車の管理について置きっぱなしでどこに戻すのかと横から尋ねる。
ふと気付く。車内に放置されたままの、一台の携帯電話。そして、出会い直してからの、初めての油断。キイは、月色から目を離していた。姿が見えない。
手がかりを求めて携帯の電源を入れるも、電池は既に切れている。当分充電の出来る環境ではなかったことが災いしている。動揺するキイに、ショウとコトハは、ああ、しばらく経つと、電源入りますよね、少しだけ回復しているのかな、と、焦るキイを不思議そうに見ながら携帯を覗き込む。
一方、東都大学屋上。月色と包帯男は対峙している。
誘いを断った月色に対し、包帯男は、アラタのせいかと怒りを顕わにする。言っている意味がわからず混乱する月色へと、包帯男は、キイの正体がアラタであることを暴露する。
「仲間内ならみんな知ってたぜ。そうだ、あの頃は無邪気に、お前が、いつ気づいてアラタとくっつくのか、心から楽しみにしていたもんだったよ」
包帯男はアラタのせいでユイが死んだと詰り出す。卑怯にも、今更女に戻って、自分が死んだと世間を欺き、親友を亡くした可哀想な月色まで騙して、自分一人だけ幸せになろうとしているアラタだけは、絶対に許せないと、包帯男……、ソーマは激怒する。
復讐は、真っ先にあいつからだ。
かつてこの屋上で語らった仲間が、もう一人の大切な仲間を殺そうとしている。その事実と、キイ=アラタという真実に衝撃を受けたまま月色が固まっているところへ、駆け上がる足音が響いてくる。
現れたのはキイ、いや、アラタ。
ソーマは隠し持っていた拳銃を取り出し、すべて暴露したことを、残酷な口調でアラタに告げると共に、その銃口を向け、引き金に指をかけた。
奪われた。許せない。仲間を見捨てて自分一人だけ逃げた、最低のうそつき。
すべての言葉がアラタに刺さる。その様子を見て、月色は、本当にキイがアラタであることを悟る。
月色は、かつての仲間へと、自らが経験したことを必死に伝えようとする。最後の通信を受けたからこそ、知っている。アラタが一人だけ逃げたというのは事実と違う。ユイはアラタを許してやってくれと言っていた、と。
だがそれは、アラタに恩を感じていたユイが、自分たちを見捨てて逃げたことについて、許してやってくれとお前に告げただけだと、ソーマは切って捨てる。
放たれた銃弾が無慈悲にアラタの手足を穿つ。かばうためにアラタの前に飛び出しながら、必死に記憶を探る月色。思い出せ。あの時のノイズの向こうで、ユイは何を言っていた?
そうだ。ユイは、アラタの『嘘』を、許してやってくれと言っていたんだ。あいつはずっと男のふりをしていた。これですべてがつながる。そう説明し、月色は懸命にソーマへと呼びかける。ユイは、最後にお前に、ずっと愛していると言っていたじゃないか。もう、こんなことはやめてくれ! あいつが愛しているのは、最後の最後に言い残してまで、愛を遺したのは、お前がこんなことをするためなのかよ!
だがソーマは信じようとしない。聞こうとしない。どうしてもアラタの肩を持つのかと、ソーマは最後通告をする。頷いた月色の額を弾く、無数の弾丸。それは左胸をも貫いていく。悲鳴を挙げるアラタ。
俺と同じ絶望を味わって死ね。引かれるトリガー。憎しみに染まるソーマは、勢い余って全弾撃ち尽くしていたことに、そこで初めて気がつく。予備の弾倉を探すソーマ。アラタは衝撃で動けない。
だが、打ちひしがれるアラタが見つめる前で、月色のハンドサインが密かに動く。何かを求める仕草。ぎこちない、機械的な途切れ方をするその挙動に、アラタは閃き、自らの体内を走る電気回路を、撃たれ、傷ついた腕の穴から引き出し、月色とつなぐ。
その動きに気づいたソーマは、装弾を終え、すぐに撃とうとするも、二人に組み伏せられてしまう。
「ずるいよな、愛の力で解決とか。俺は一人なのに、お前らは二人なのかよ」
寂しそうに笑うソーマの手は、組み伏せられてもなお、アラタか月色のどちらかに向けようとしていた掌中の銃口を、力をゆるめ、自分の方へと倒すことで、己の頭に向ける。
響き渡る銃声――。
《シーン13・月色奇跡》
【登場キャラクター】
→全員出なきゃエピローグにならんのです。みんながいるから、連邦なのです。
『あらすじ』
ホープ夫妻と一緒に赤ちゃんを囲んでいる月色。その体はポンコツ状態だが、命に別状のない様子で赤ちゃんの無垢な笑顔ににやけている。残念そうに、この場にアラタがいないことを語る月色。勿論フェイク。頬を中心に包帯を巻いた姿で現れ、ツッコミを入れるアラタ。回診中に飛び出してきたので、緩んでいた包帯がほどけて、その下の一条の傷跡がむき出しになる。
追いかけてきた看護師に包帯を巻き直されながらも、「俺の傷よりゲっさんの体だよな、ほんと。こんな状況じゃ、交換パーツの都合をつけるのも大変だろ」
生きていただけ儲け物だろ、と、これまでとは打って変わって楽観的な月色の振る舞いは、いかにもホープらしく、おどけている。やっぱりここにいたんですね、と、見舞いに現れるショウとコトハ。コトハ、開口一番、わあ、かわいい。二人は町の復興の具合を教えてくれる。毎日の日課なのだ。
そこへ現れるリリとマリ。マリはすっかりピンクでへそ出し、ハートの意匠をあつらえた格好。リリに毎日着せられているらしい。話には上がらないが、間接的に、移民がそれなり順調に進んでいることを予感させるシーン。
赤ちゃんの名前はどんなものに決まったのかの話で盛り上がる場。ふと月色は、アラタの本名は、アラタ=キイなのかと尋ねる。その様子に呆れるコトハ。そんな長い付き合いだったのに、本名も知らないなんて。教えろ、やだよのいちゃつき問答。夫婦げんかはよそでやってくださいとつっこむマリ。
珍しくも言条や、コトハ父こと町長まで現れて、場は盛大に賑わう。怒る看護師、ちりぢりに逃げる見舞い客たち。ついでに紛れて逃げていた月色は、ふと、アラタと一緒に、月色の病室の前に、客が来ていることに気付く。月色の上官である。
辞表について詫びる月色へと、何のことだとスルーする上官。この忙しい時に事務処理なんてやっておらんよと言いつつも、職務上の負傷による義体の交換の申請が通った書類をポンと手渡し、去っていく。びくっと身をすくめるアラタには、何も言わない。
粋な計らいに感謝する月色。ソーマとの一件は、あの後、アラタの後を追って駆けつけたみんなにより、明るみに出てしまったことが語られる。なにより、みんながいなければ、月色は、ヘソに埋めてあった記憶チップが、アラタからの電力だけでは持たずに、死んでいたのだから。
回想。ソーマの最後の銃弾は、銃に向けて頭突きをしたアラタの頬を削っていった。
「ごめん。寂しさに、気づいてあげられなくて」
お前の前から逃げちゃって、ごめん。
ソーマは現在裁判中である。ただし、二人からの減刑の嘆願も出されている。
ユイたちは、自分たちはもう十分月色とアラタに幸せにしてもらったから、アラタは先に逃げなさい、と、送り出してくれていたのだ。だがそれを後悔し、自分だけ思いを遂げていいのかどうか、アラタはずっと苦悩していたのだ。
そんな中、月色のことを未来予知した時、月色が復讐者となって、この国に新たな災いを呼ぶ姿が見えてしまい、意を決してアラタは月色の前に現れることにした。
舞踏子の力である未来予知は、扉の前にいるリリたちの存在や、月色がイカーナ岬にいったこと、そして、携帯電話の発信者の名前から、東都大学屋上にいることまで、フルにアラタを導いていた。
ムラマサ事件後、サイボーグボディになることで生き延びたアラタは、女であり続けることに恐怖を抱いていたが、ずっと決心をつけきれないでいたものの、ホープを目指して東都大学に入ったと語り出す。そしてそこで月色に出会い、救われた、とも。
「だから俺、裏では希望子のきーちゃんとか呼ばれてたんだぜ」
なるほどとアラタのあだ名に得心する月色。結局本名はアラタだけなのかよと、つまらなそうにへの字口。回想は既に終わっている。いつの間にか二人は夜の病院屋上。月色がアラタを呼び出したのだ。
「なあゲっさん、どうしてずっと嘘をついていた俺のことを、好きになってくれたんだ?」
アラタとして一緒にいて、楽しかったこと、キイとして一緒にいて、心揺さぶられたことを、照れくさそうに月色は告げる。結局俺は、憎むことよりも、愛することのほうがずっと好きなんだよ。
憎しみが自分の中から失われていないことを確かめる月色。それはきっと、アラタも同じなのだろう。奪い尽くされ、生き残っていた仲間さえも、二人の手から取り上げようとした運命を、きっとなにより憎んでいる。
けれど。
今、こいつと巡りあわせてくれて。
憎しみと共に、確かに自分の中には愛もあって。
指輪を手渡す月色。目を丸くするアラタ。
「愛してる。死してなお、ずっとお前を、愛したい。受け取ってくれるか?」
それは本物の指輪でさえない、ただの何かのパーツのリング。しかし真っ赤になってアラタはあらぬ方を見やり、何かぼそぼそと言っている。
口に耳を寄せると、一言、名前、と告げるアラタ。
「恥ずかしいから誰にも言ってなかったけど、教えるから」
その名前は、アラタ=キセキ。
もっとも新しい奇跡として、両親の元に授かったことを祝福する、幸いの名前。
笑って月色は告げる。月色奇跡になるんだな。
アラタは満月を見上げながら、恥ずかしそうに頷いた。
だが、月色はアラタを見つめ続けている。
「なあ、キセキ。月が、綺麗だな」
わーっと雪崩れこんでくるフルメンバー。告白とあらば見逃すはずもありません、という勢いで意気込んでいるマリとコトハ。美少女の面々は、入りきらないので下にもいる。
月下の結婚式。みなに祝福されながら、二人はソーマのことも思い出す。
新しい仲間たちと共に、憎しみも、愛も、同じ一つの大地の上で、同じ一つの国として、俺たちは連なりあって、つなげあって、輪を広げていく。
そう。何故なら俺たちは――――
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『連邦の民』
-完
最終更新:2017年06月29日 17:08