すみません、マエストロ。私、マエストロに嘘をついてました。

 といっても、ひょっとしたらお見通しかな。

 プロジェクトなんて本当はないんです。嘘。あったけど、会社のものなんかじゃなくて。

 復興支援会社、いいアイデアだと思ったんです。

 誰にも気付かれることなくアイドレス中のあちこちに仲間達を潜りこませるには。

 憎かった。

 ただそこにいるだけで生きていられる人達が、憎かった。

 マエストロのことじゃないよ。

 マエストロのことだけど、マエストロのことじゃなくて。

 生きているだけで、私のような存在を生み出して、そして省みない人達が。

 ううん、私みたいなのだけじゃない。ここには本当にいっぱいの『仲間』がいたよ。

 みんなみんな、ただ生まれてきて。

 そして、私達も生きているよって、そう知ってもらうための、同じ願いがあって。

 でも、その願い方は、多分、きっと、間違ってて。

 でも、どうしてかな。

 どうして私は、そんなことを願うようになったのかな。

 これをマエストロが読んでいる時、私がどうなっているかはわかりません。

 願いは届いたのかな。

 わからないな。

 幸せになりたかったんです。

 マエストロ。

 どうしたら私は幸せになれたんでしょうか?

 マエストロ。

 本当だね、愛されることなんて、本当に、生きるためには必要ないよ。

 でも、マエストロはどうしてこんなことに気付いていたんですか?

 どうして、こんなことに気付いて、生きていられたんですか?

 マエストロ……。

 私の、マスター。

 最後まで迷惑をかけて、ごめんなさい。

 見つけてくれて、ありがとう。

 私はあなたの幸せな人形に、なれなかったよ。

/*/

 青年の手の中に握られていた一枚の便箋を、男は懐に仕舞うと立ち上がる。

 足元には、血を流したままもはや二度と目覚めることのない、白く、美しい青年が伏していた。

 部屋壁の棚の隅っこに置かれていた、ぼろぼろに朽ちかけたオルゴールを開くのは、手。

 流れ出るメロディと共に、ふわり、その手にまとわりつくように、やさしい風が起きて立つ。

 封じられていた音が、シリンダーからではなく聞こえてくる。

 金属音ではない。

 歌声だ。

 懐かしい、彼女の歌声。

 林檎の木から響いてきた、あの時のままの、無邪気な声。

「どうしてあいつはこんなに音痴かな……」

 苦笑しながら手の主は、それでもオルゴールを閉じなかった。

 小さな木箱から途切れ途切れに流れる音楽。

 歌を背に、彼は洞窟を後にする。

 密室に舞う風はもうすっかりと短くなった蝋燭の最後の火を吹き消して、世界を暗闇に閉ざしていく。

 もはや聞く者のいないことに気付くわけもなく、オルゴールはただ歌にシリンダーを回されて、懐かしい旋律を奏で続けていた。

 延々と、延々と。

 巻くネジの必要さえもなく、永久に。

/*/

 誰が私を知るだろう
 電子に響く 風の声

 誰が私を知るだろう
 光にたなびく i(アイ)の声

 あなたに聞こえますことでしょうか
 私の中のこの歌が

 あなたに聞こえますように
 私の中のこの音が

 私はいらない
 何もいらない

 私はいらない
 声もいらない

 胸に宿ったこの音が
 あなたに聞こえますように

 鼓動に灯したこの歌が
 あなたに響きますように

 名前も 姿(かお)も 愛情さえも
 私には一つもいらないから

 この手と 手と手をつないで伝う
 i(アイ)の響きを見てください

 電子と光の間を渡る
 私の鼓動を知ってください

 あなたがここに あるように
 あなたの中に いられますように

 あなたの中に いられますように……



 誰もあなたを知らないけれど
 電想が伝える 君の名に

 誰もあなたを知らないけれど
 粒子が手渡す 友の名に

 私があなたを知り置きましょう
 あなたの奉げしものは見た

 私を与えられますように
 あなたの求めるその時に

 私はいらない
 何もいらない

 私はいらない
 歌もいらない

 あなたのほかには何もいらない
 私が伝えるこの音を 私が伝えるこの愛を
 私が宿したこの音を 私が灯したこの愛を
 あなたに奉げられますように

 その手と 手と手をつないで託す
 愛の響きを見てください

 電想と粒子の間を統べる
 あなたを私は愛しています

 私がここに あるように
 あなたがしあわせで ありますように
 あなたがしあわせで ありますように……

/*/

 小さな孤島がネットの宇宙の中にある。
 柔らかな旋律に満ちたその島は、溢れ返るほどの緑に埋もれていて。
 誰かがそこを訪れたら、もしかしたら、その音色がどこから来ているのか気になって、探してみるかもしれないが、けれども遂には見つけられないだろう。

 朽ちかけた椅子、壊れた廃屋、その中には良く出来た人形達の残骸。

 かつていたかもしれないその島の住人の足跡をたどることはもう誰にも出来なくて。

 誰もここにあったささやかな物語なんて知りはしない。

 今日も旋律は宇宙の片隅で鳴り響く。

 聞く者さえも、求めずに。

/*/

 愛しています、マエストロ。

 私だけの、おとうさん。

 私はここにいるよ。

 ずっと、ずっと。

 ここにいるよ。

 

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最終更新:2014年01月05日 16:21