振りかざされる斧。
硬質な音と手ごたえと共に、めきめきと異質な音を立てて白い骨の木が切り倒される。
枝を刈り、丸太になったそれを、人形として削り出すための木材サイズにまでまた手斧でバラしていく。
生木の切り口から滴る樹液は血のように赤い。
取り付かれたように男は、決して逞しくはないその体で、一気に作業を進めていく。
『はやく はやく はやく はやく』
『はやく はやく はやく はやく』
駆り立てる声の、嬉しそうなひからび方。
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男は生まれて初めてのことをした。
男性の人形を作ったのだ。
「ありがとうございます、マエストロ」
美しい、音楽的な声色が耳を打つ。
目の前に立つのは長身の青年。白い髪、白い肌、白い衣をした、洞窟の闇に冴え冴えと美しく映える、磨き抜かれた容貌をしている。
「でも、どうして前のと違う形の体なんですか?」
「僕は同じものは作らない。シンメトリーの美や、双子三つ子の面白みは認めなくもないが、ただ単純に同じものを作り直すことには、意味がないだろう」
「相変わらずですね、マエストロ」
ふふと笑う、自分より高いところにある青年の笑顔に、男は冷たいまなざしを向けていた。
「今度もやっぱり人形にはならなかったな」
「すみません」
悪びれない、青年の笑顔。
「ずっと、雨の間もマエストロのこと、見てました。
不自由をさせてすみません、すぐに家を建てるお力添えをいたしますから」
「構わないよ。いいから、出て行け」
「また、それですか」
懐かしむようなことを言う、懐かしくもない見慣れぬ顔面。
苛立ちながら男は肯定する。
「そうだ」
「また、ここに来て、昔みたいに話を聞いてもらってもいいですか?」
邪険に扱われて落ちもしない広い肩に違和感を覚えながら、男はしばらくその言葉にどう返事をしようかためらったあと、
「好きにするといいよ」
前と同じように、そう答えた。
「ありがとうございます」
嬉しそうに微笑む青年の顔の白さが、闇にどうしても目に付いて離れない。
ああそれと。
青年は最後に振り返り、なんでもなさそうにこう告げた。
「愛していますよ、マエストロ」
そうか、と、男は言葉を返す。
反駁することもなしに、だが、戸惑うように、目線を逸らしながら。
その様子を見て、青年は嬉しそうに、また、微笑む。
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洞窟に工房を再建している最中にも、青年は再び彼のことを訪れた。
「今、会社を作っているんですよ。
ほら、今度は普通の設定国民らしく、髪の色やボディも北国人仕様でしょう?
おかげでやりやすくて助かってます」
そうか、と男は生返事をする。
「宇宙船、もっといいのを買ってお返ししますね、マエストロ。
今度は私、とてもうまく行きそうなんです」
気にするな。
それよりそこの金槌とってくれ。
「あ……この、オルゴール」
触るな。
「え?」
触るなと言っただけだよ。
まだ、直してない。見てのとおり、表面の細工もぼろぼろだ。
お前のような粗忽者に下手に扱ってもらいたくない。
「あ、ああ……」
そうでしたか、と、青年が初めて戸惑ったように首肯する。
すみませんとは、言わなかった。
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次に男が青年を見た時には、その身なりはまるで高位人のような出で立ちだった。
机に向かって彫り物を進める後ろで、きょろきょろと青年は室内を見回してばかりいる。
「工房、出来たんですね、マエストロ」
ああ。
「私も仲間が大分集まりました」
羽振りも良さそうだしな。
「ええ。とっても今のお仕事、儲かるんです。
前にマエストロが言っていた、頭と物は使いよう、って、本当ですね」
何をやっているんだ?
「復興支援会社です。
アイドレスの世界は戦争が多くて、ほら、暴動なんかもあったりしますし。
建物が一杯壊れるから、それを直したり、直したり、直したり……」
にこやかに細く笑む青年。
「マエストロと同じですね」
何がだ?
「マエストロと同じ、ものを作る仕事」
違うなと男は否定した。
ふっ、と木屑を吹いて払う。
僕のは仕事じゃない。
ゲームだ。
「……そうでしたね」
次の時から、青年は彼のことを決してマエストロとは呼ばなくなった。
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それでも、頻繁に、頻繁に、青年は彼の元へと足を運んでは、自分の近況を伝えていった。
「今、プロジェクトを興しているんですよ」
「みんなで一緒に仲間のために頑張ろう、ってスローガンなんです」
「プロジェクト、大分進んだんです」
「順調ですよ。見せてあげられないのが残念だなあ。きっとびっくりすると思うのに」
「予定にないことが起きまして。いえ、大丈夫です、大丈夫なんですよ」
「ちょっと、仲間の一部がプロジェクトに今更反対をしていて……」
「でも、もう少し、もう少しで、やっと、叶います」
「私達の夢……私の、夢」
「今度、こそ」
だが、その言葉を最後に、青年はふっつりと姿を現さなくなった。
遠くニューワールドで大規模な暴動が起こったのを彼が知ったのは、随分後になってからのことだった。