雨垂れが島中を叩く。
伝説にある大洪水が如く、狂ったように降り注ぐ大粒の水玉。
根の露出するまで地表を抉られた森中の木々が、まるで悲鳴を挙げるかのように、吹き付ける強風に揺れていた。
濁流が押し流す、根こそぎにされた木々。
その一部には、小屋の周りでへし折れたまま放り置かれていたものもある。
冷たく冷えた鋼の船体。
テラスでぽつんと濡れそぼる、がらんどうの椅子。
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「元が、屑データの集まりだったからな……」
リアルでフォーマットでもかけられたかな、と、ようやく覗いた晴れ間に宇宙船から顔を出した男は分析を述べつつ、あたりを見回した。
一帯は完全に荒れ果てていた。
手痛いダメージを受けた森は、ちょっとやそっとの年月では元には戻らないだろう。木造の小屋も激しい雨に地盤沈下を起こしており、あちこちが壊れかかっている。
荷物と言えば人形達と、それを作る道具だけとはいえ、急の大雨に避難しきれず、また、本来は移動用に過ぎない一人乗り宇宙船に積み込めた量もたかがしれている。失われたものも、多かった。
「…………」
そばに寄り、小屋を見上げる。
横を見やれば無造作に転がって背のへし折れた椅子がある。
がららっ!!
「おおっ」
よそ見をした瞬間に突然小屋が崩落を起こしたので、男は驚いて身を引いた。
幸い建物は内側に向けて落ち込んでいったようだったので、危険はなかった。
だが、そうして見ている間にも、家は、その足場からへし折れ倒れていく。
完全に崩壊したかつての住居を、男はただ、あっけに取られて見つめていた。
しばらくはそうやって立ち尽くしていたが、地盤がそれ以上緩みそうにないことを確かめると、やおらに残骸の山へと登り、それらを素手で取り除け始める。
当然のようにとげや何かの破片で彼は傷つくが、その手に感じる痛みはない。
電子の体だから。
ゲームだから。
しゃにむにはならない。
淡々と、埋まっている人形を掘り出しては、まだ無事なもの、そうでないものを選り分けて、傍らに積み上げていく。
繰り返す作業の中、手に触れる、人形とは違う感触があった。
人形にするように、丁寧に掘り起こしていく。
傷だらけの小さな木箱が、埋まっていた。
「…………」
その手で施した朴訥とした飾り彫りは、もはや見る影もない。
ひっそりと音もなく掌に収まり返っているその小箱を、じっと眺めながら、ふと、男は思い出したように呟いた。
「新しい住み処を、作らないとな」
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島のサイズは大分小さくなっていた。そのことを歩き回りながら実感する。
雨に削られ、土壌の流出してしまったせいだろう。
崖状になっている不安定な外延部は言うに及ばず、地上のどこもかしこもが、小屋の周りと同じような有様で、手を入れないと、とても家は建てられそうにはない。
面倒だな。
あいつの乗ってきた宇宙船もあるし、いっそここは引き払うか、そう、考えた時。
肌に、懐かしい風を感じて立ち止まった。
振り返った先、崩落を起こした断層の奥から顔を出している、深い闇の広がり。
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風は洞窟の奥から吹いてきているようだった。
妙だな、と思う。
洞窟に、吹き込む風はあっても、これは物理的にありえない。あるとしたら、この洞窟がどこかに通じるリンクゲートにでもなったか、あるいは――――
手持ちの非常用電灯で照らす視界は、異常に入り組んで曲がりくねっている。おまけに岩肌はところどころ鋭く荒れており、迂闊に手をついたら怪我をしてしまいそうなほどだ。
長い長い、一本道。
彼を導くようにして、風は吹き続けている。
ついにたどりついたその先には、
白い、一本のいびつな樹が立っていた。
ふわり、体を包みこむようにして吹き流れる風。
『きて くれた』
『きづいて くれた』
聞こえてきた声はしかし、かつて知るものとは微妙に違っていた。
『ありがとう まえすとろ』
『うれしい です』
もはや水色の揺らぎなき、乾いて割れたその声の源。
電灯の弱々しい光の中で揺れる、生々しい骨の質感を帯びた枝達。