明るく乾いた荒野に一本の樹が宿っていた。
屑のようなデータ片で構成された小さな大地は電網の虚空をあてどもなく漂っており、つながるゲートを持ちもしない。

枯れた枝。
梢には葉ずれの一つもなく、ぽつんとただ、取り残されたように赤い林檎が生っている。

ゆらり、その林檎が揺れた。
風さえもない孤島で、である。

くしゃり、たわんで弾けた枝の先から解き放たれた一滴の赤い雫は地面に落ちて砕ける。
瑞々しい果肉が割れて、砂埃にまみれた。

奇妙なことに、それまでそよとも揺れなかった樹の枝が、自身をくゆらすかすかな流れに、首をかしげるようにして時折傾いでいる。

砂が舞う。
放射する恒星の陽熱に炒られた土が、とうとうなけなしの水分を吐き出し、いまや折角の果実さえひからびて、この偶然出来たようなささやかな世界も黒く闇に蓋をされ、終わりを告げようかという、その時だった。

ぽつ、と地表を打つものがある。
音が、空間を掻き混ぜた。

ぽつぽつと無秩序に打ち鳴らされ始めたその音は、やがてざあざあという間断のない激しいものに変わり、空を閉ざしていた黒が雲だということが誰にでもわかるくらいに天からの雨垂れは乾いた大地を潤していく。

ざぶざぶ、人の喉を鳴らすみたいに際限もなく振り続ける雨を吸い込み続ける土。

いつしか林檎の肉は柔らかに朽ちていて、ぬかるみに混じり姿も見えない。

雨が上がり、再び晴れ間が差した時、薄らとかかった九色の虹の足元に、小さな芽が吹いていた。

そよそよと、うぶな若葉が風もないのに揺れている。

/*/

男は随分昔から、この世界で生きることに飽いていた。
いや、正確には、元から世界にも、そしてそこに住む人間達にも興味がなかったと言うべきだろう。
だから、球状に圧縮した仕事道具の情報一式だけを手に、ぶらり、何もない宇宙の最果てを、こうして巡り続けていたのだった。

「ここも、駄目かな――――」

ネットの世界であるアイドレスの空間は、バージョンアップが成されるたびに、切り捨てられたデータが細かな粒子となって放出され、万有引力の法則に従い、互いに寄り集って無意味なクラスタ(塊)を形成する。

そんなクラスタの、また寄り集まって出来た大地が、近頃の彼のもっぱらの好奇の対象だ。

普通なものに興味はなかった。
そんなものはもう眠たくなるほど扱った。つまらなくなることほどゲームにとって致命的なことはない。だから、こうして自分で関心の引かれそうなものを求めて漂流していたのだが――――。

「やはり、屑は屑、か」

一人乗りの戦闘機を改造した宇宙船から眺めた孤島は、隕石のような無味の岩石の塊だった。
これでは彼の仕事は出来そうもない。

スロットルを上げ、加速しながらその場を離れていく。

近年の大事件である、ニューワールドが発見された時のような豊穣さを期待していたわけではない。

人間は、いてほしくない。
人間など、要らないのだ。

求めているのは、そう。

「おっ」

レーダーに感あり。
ダイレクトにアドレスを打ち込んでワープする。

「ふむ、なかなかに期待出来そうだな……」

広がっていたのは、浮遊する直径1kmほどの岩盤に乗った、緑の世界。
生態系が出来上がっている廃棄空間はレアだ。面白いものがあるかもしれない、と、舵をその上に向けて切った時、

「???」

がたがた機体が揺れる。

「宇宙風か?
いや、違う。こいつは――――」

地上から、船へ目掛け、風が吹き付けていた。
まるではしゃぐ子犬のような、滅茶苦茶で、でも、不思議に害意は感じられない奔流。

馬鹿馬鹿しい、何を文族のような、比喩的な、と自分の抱いた感慨をうっちゃりながら船底を着地させ、開放したタラップから足を降ろした瞬間。

草原のただなかに立つ、一本の若木が目に飛び込んだ。
ふわり、放射状に、風はその樹から生まれて原野を波打たせている。
明らかに自分へとまとわりついてくるそれを、彼は一瞬どう受け止めればよいのか惑い、そして次には耳を疑った。

『やっと きてくれた』

声は、風の中から聞こえていた。

『あいたかった です』

風にあわせて揺れている若木。
冗談だろ、と、理性が引きつった笑いを浮かべるその裏で、男の願望がやっと満たされた歓喜で唇の横一杯にまでたわめられた表情を作る。

こいつでなら、創れるかもしれない。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2013年03月16日 20:24