青く青く青く青く青く――――そして青い、夜。
星光が塗りつぶしても塗りつぶしても月影は冴え冴えと輪郭の完全さを誇示し、宇宙の黒に砂漠の砂を掃きかけたような、金色が舞う空を完成させていた。

仮面と包帯、げらり舞う。
仮面と包帯、げらり舞う。

このところ、この国を騒がせている輩を指して、こんなような言葉も生まれていた。

曰く、それは憎しみを謳い踊るように呪う怪人であると。

多くの人々は単なる都市伝説と考え、また、まともには受け取ろうとしなかった。
噂を噂として受け止めるには、あまりに今の国の現状は疲弊しすぎていたからだ。
噂を事実として究明するには、あまりに今の国の現状は困窮しすぎていたからだ。

だが、ゆらめきを白くその身に従え、仮面に身をやつした正体不明の怪人物がうろついていることは、治安維持機構を司る者たちにとり、望ましいことではなく、限られた目撃証言から、わざわざそれを追う人員が割かれていることもまた、ツキイロの知る、確かな現実であった。

「――今夜も空振りか」

瓦礫に腰を下ろしながら一人のホープがつぶやいた。
片手には携帯電話。もう随分外観がくたびれているものの、買い換えることはおろか、充電もままならないらしく、開かれた画面上では乾電池のマーク内に表示されたバーが、1本こっきりしか表示されていない。延命のためであろうか、カスタマイズが大量に施されているようで、シルエットはいびつに機器を孕んで膨れている。

全身を包む、青い太陽系総軍の軍服を模したスーツも、汚れで夜色に深く黒ずんでいる。

満月と同じ色をした瞳で、月と視線でも交わすかのように見上げたまま、彼、ツキイロは、擦り切れた吐息を義体から搾り出した。

現れるはずがないのだ。

市街が未だ壊滅的な有様でいる、きっかけを作った事件は、ツキイロの記憶が確かならば2年前。その、2年前から、既に怪人物――『月影(ゲツエイ)』の話は、人口に膾炙していた。

俺の前になんて、現れるはずがない。

本当に月影が実在しているなら、現れたっていいはずだろう。
憎しみの使徒、呪う月面の男、その通り名が本当ならば、今、憎しみを抱えて立ち尽くしている俺の前に、なんでそいつは現れない?

風が地に這う砂塵を撒き上げた。

閉じる携帯電話の外部ディスプレイに、一瞬だけ並ぶ0の列。
世界の全てを見下ろすような月色の瞳が、宙天には鎮座し、輝いている。

馬鹿馬鹿しい。なんで俺が、こんなことを。

ツキイロは立ち上がろうとして、そして、そこで一人の童子の姿を見た。

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一瞬、馬鹿な、と彼が動揺したことは、偽らないでおこう。
ツキイロが、その童子こそ、件の月影ではないかと見紛うたほどに、幼い姿は氷柱(つらら)に似ていた。

月色を受けて青く輝く灰色の髪。
瞳は黒く、何者をも映さない。
その頬には幼い緩みもなく、そのせいで、貼りつけた無表情という名の表情の中に潜む、尖った感情が、一目でわかる。

その童子は明らかに世界を憎んでいた。
そして、その憎しみの色で透明に輝いていた。

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最終更新:2011年07月12日 13:00