徒然メーター4順目


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~前回までのあらすじ~

謎の箪笥ロボに襲われた華一郎は辛くもこれを撃退する。しかしその正体は彼の弟子・イツキであった。「なぜこんなことに……」前回の徒然メーター後にフライパン一杯のカルボナーラを食べたきり苦しくて動けなくなった華一郎を待っていたイツキは暇のあまりボケを捻りすぎて明後日の方向へ行ってしまっていたのだった。「師匠、第一世界での1日はニューワールドでの半月弱なんですよ……」華一郎は変わり果てた弟子の姿を見下ろしつぶやく。「だってソースが冷えて固まっちゃうとおいしくないんだもん……」

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月が、冴えていた。
静止した空を縫い止めるのは、天の巡りが刷きかけた鮮やかな星粒たちである。
塵がなく、また水分もないがゆえに、大気に層がなく、従って宇宙に近い上層と陸地に近い下層とで対流による揺らぎも生まれぬ、砂漠の夜、ならではの景観だった。
一枚絵のように付け加えるところがなく、それゆえの完全さに満たされている。

「綺麗ですね」

自分の言葉の月並みさを自覚しながら呟いた少年が腰掛けているのは、濃い砂色の煉瓦を積み上げた、大きな庁舎の屋上の縁である。日干しで固められた煉瓦の表に、儚い夜色が吹き付けられており、目を驚かせるような面白みなど凝らされておらぬ事務的な建物に、一服の味わいが添えられている。

いいんだ、と少年は心で笑う。
言葉は月並みでも、見ている景色は違う。
広がる景色に新鮮味がなくとも、それを見ているまなざしが違う。
まなざしが違えば世界は変わる。世界が変われば、それはもう、月並みなどでは、ありはしない。
真新しい世界のまなざしの中に身を置く今、心にすべてが新しい。

少年の傍らで月明かりを頼りに本を手繰る男がいる。
砂避けの深いマントで身を包んでおり、丈の深さがすっぽりと外気から遮断しているので、零下にも及ぶ、砂漠の透徹を、受け付けない。
本の装丁は淡い水色に青く、月影の青白さで塗り重ねられて、ほのかに浮世離れをしたまばゆさを帯びている。
題を金字で刻み込んである表紙も今は、下に向けられているので、その輝きが薄暗い。
男は少年の言葉に微笑んで頷くだけであった。

「この世界がエイリアスだなんて、とても思えません」
「オリジナルかどうかは第七世界で意味を持たないよ。君たちの命と同じだ。そこにある。それだけが真実。ここにある。それだけが、真実」

少年の名を、イツキと言った。
少年の真名を、樹と描く。その冠に、世界の名はないが、イグドラシルと呼ばれる情報の青き大樹を識るために、自ら名乗った名前である。
けぶるような月面の明るい灰色に似た髪色をして、背の中ほどまで下ろした長い髪は銀を延べたように細く、いまだ男ならざる未成熟の細い骨格から生まれる四肢は、途中で盛り上がる筋肉の野太さを持たず、均一に細い。
その面は、華やかな無邪気さと麗質のある造りのシャープさで、鈴を転がしたような凛然で出来ていた。

城下に栄える街の灯が、今のイツキには宝石に見える。
貴重だからではない。レアリティの高さに価値はない。
尊いから、宝であり、輝くから、宝石。それだけの連想。

静止した空の下で、その宝石たちはチカチカと目まぐるしく揺れ動き、全体で光のタペストリーを編み上げている。

命が動くから、美しかった。
命の動きだから、輝きが、目にではなく、心に美しかった。
そうして命が幾重にも折り重なって、同じ一つの心を抱いていると、そう信じられるから、自分の胸の内側で共振するものがあり、美しさが心に湧き起こるのだった。

生きること。
生きる意志。
生を愛する、その輝き。

街の栄えにはそれがある。
命は等しく心に尊い。
だから、美しい。

イツキは素直に、普段は憎たらしいばかりの己の師の言を、正しいと認めていた。

この美しさは真実で、そこに偽りは何もない。
ニューワールドは確かに生きている。

だからこそ。

「ねえ、師匠」
「なんだい?」

イツキは隣人の顔をまっすぐと見つめた。

「そろそろ部屋に戻って散らかった箪笥の中身を整理しない?」
「お前そこで現実に戻るなよ!
 いい雰囲気ぶち壊しだよ!?」

そもそも華一郎とイツキが政庁の屋上にやってきたのは、華一郎の部屋が二人でやらかした冒頭のコントのせいで散らかって足の踏み場もなかったからであった。

「折角いい流れで再開出来そうだったのに!
 小説っぽい文体に回帰して謎話を続けられそうだったのに!」
「そもそもあんたがわけのわかんない理由で僕をほったらかしにするからだよ!
 なんだよ食べすぎって!! どこの食いしん坊キャラ!?」
「だからって半月の間に箪笥ロボ作るこたねえだろ! お前はアホか!? アホの子なのか!? 受けを狙うためなら何でもする芸人気質の子だったのか!?」
「ばーかばーか! 師匠譲りだ! 悔しかったら反省しろ!」

静止した夜が低俗な罵り合いに砕かれる。
今日も二人はやっぱり二人なのであった。

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「で、話の続きに戻るわけだが」

夜に近所迷惑です、と庁舎の職員に叱られて砂漠のど真ん中、オアシス公園と呼ばれる観光名所へと移動してきた二人は、ベンチに並んで座って空を見ていた。

華一郎が手にしたアルファシステムサーガをふりふりとかざす。

「この第七世界の基幹技術は情報複写であって、ニューワールドの基本も、第七世界人のデザインした情報が転写され、そこから生成されている、というのは前に説明した通りなんだよな。
 けど、ちょっと想像してみれば分かると思うんだが、実はただ情報を複写しただけだと第七世界は今のようなニューワールドに育たないんだよ。理由がわかるか?」
「んー……、いつも聞かされている師匠の話からすると、すっごく断片的な情報しか、師匠たち第七世界人は作ってないんですよね?
 情報をつなぎあわせて形にする、つなぎあわせて完成させた情報を動かすためのシステムが必要になるから、だと思います」

正解、と華一郎は人差し指を立てる。

「イグドラシルこそがそのシステムだと、俺は思っている。
 と、いうか、アイドレスのシステムってイグドラシルオンリーだよな、確か」
「前回よりグッとアイドレス寄りの話になりましたねー」
「反省した。さすがに華一郎さん後で読み返してみて反省した。
 ありゃー徒然すぎたわ。おかげでエンジン出力結構回復したんだけども」

言いながら指先を中空に滑らせると、青く文字が浮かぶ。
0と1、onとoffとで形成された、介入元の入力からの、転写情報のニューワールド的発露である。

「今までの理論がさ、具体的にどうアイドレスで役に立つかって言ったら、確固たる世界観を元に描写が掘り下げられるようになる。今やったみたいに。
 それだけじゃない。原理がわかれば、イメージがしやすい。
 イグドラシルシステムは、送り出した情報の種を育てるシステムなんだよ」
「でも、イグドラシルは運命、っていう風に言われてますよね、世間一般だと」

うん、と華一郎は首肯する。
立ち上がり、満天に向けて両手を広げた。

「運命の定義を考えてごらん。難しそうな単語に惑わされちゃいけない。本質はいつだって簡単だ。ルールってそういうものだろ?
 運命は、単なる因果の流れに過ぎない。
 因果って単語が難しいなら、言い換えよう。種を植えたら、芽が出て、幹が伸び、枝葉が育った。それだけのことだよ。つまり始まりから想像出来る、ごく当たり前の結果が出るってことさ」
「ああ、それで!」
「ふふ、いろいろ思い当たるアイドレスの設定情報があったかい?」
「師匠なんか今日はちゃんと師匠してますね!」
「人生は9割ギャグで1割シリアスでありさえすればいいと思っている」

さておき、と、華一郎はイツキを振り返りながら、立ちっぱなしも疲れるんで座っていいかいと許可を求め、望む返事が得られると、よっこらしょとベンチにまた腰を下ろして話を再開した。

「ま、とは言っても、ゲームシステムを解き明かしたところでやることは変わらないんだよね。プレイングという種が一つ一つ芽吹いてニューワールドに反映される。これは既に認識されてる」
「じゃあ理論を把握して何に生かすんですか?
 師匠は一体何に生かすつもりなんですか?」
「ふむ……」

華一郎は足を組みかえる。

「理屈がわかるとなんか安心しない?」

ずこー、とイツキが前のめりになった。

「すっごい単純すぎませんその発想!?」
「いやーだってさー理屈わかんないと不安じゃない」
「そりゃそうですけど……」
「安心は大事だよ。理論を利用して、これまでやってきたみたいな実験も、より正確に行えるようになったしな」
「物語魔法剣とか、情報結界ですか」
「うん。それこそが魔術だ。
 人の心を操り、狙う情報を集積させて、第一世界から第七世界に情報転写を起こして、同一現象を発生させたり、加護を与える。無名世界観という観測方法を取って、そういった人心操作……、と、いうと人聞きは悪いが、言ってみたら小説もイラストも同じだよ、もっというならゲームもだ。狙った『感動』を作り出す、これ」
「じゃあ、師匠も魔術使えるんですか?」
「使えるんじゃない?
 結構みんな使ってると思うよ、意識せずに。
 人の世界観を変えることは魔術だよ。
 世界観が変われば世界が変わる。イツキも今日、政庁の屋上から見た景色に、心を洗われたろう?
 あれを、もっとシチュエーションを整えて、もっとストーリーを整えて、もっと同じ気持ちになるよう場面を繰り返せば、魔術は完成する。命を輝きと受け止め、大事にするようになる、物語という名の基幹技術を使った、第一世界の魔術が、ね」

ん、物語は魔法だったか? と、首をひねる華一郎。

「OVERSが第七世界の科学と第一世界の魔法で出来ている、ということの詳細を説明するのも簡単だよ。
 ゲームという総合媒体、あるいは小説という文字媒体、漫画という画像媒体などで、部分的にであれ、全体的にであれ、第七世界の基幹技術、つまりは情報転写による模倣を成す。これこそが第七世界の科学だ。
 そして第一世界の魔法というのは、今言った通り、物語で人の心を操って、情報集積を起こし、起こった情報集積、例えばゲームで何かを救いたいとかいう気持ちやアクション、各ゲームごとに絞られた具体的な情報内容を、無名世界観という、世界に対する観測方法を取り、当てて、無名世界観内に影響を及ぼすことだ。
 この魔法の大掛かりなものの名を、儀式魔術という。定義としては、目的を持った介入を起こすに十分な情報集積および集積する情報の種類と内容を限定するだけのルールや、集積するために必要な情報を、『無名世界観という観測方法で正確に歴史の流れを読みきって』小説や漫画、ゲームという形で提示出来れば、それはもう立派な儀式魔術だ」
「誰にでも出来るわけじゃないんですねえ……」
「キャラクターを深く理解し、その行動を予測し、キャラクターの置かれているシチュエーションを、これもやはり深く理解して、きちんと『物語』という形で『無名世界観』という世界の観測方法の中で現在進行形で進んでいる『歴史』と合致させるような予測を立てることが出来れば、うん、それはもう立派な魔術師だね」
「あの、第一世界の基幹技術は対話とも既存情報では語られているんですけど、それについてはどうなっているんですか?」
「ああ、だから、『対話』してるでしょ?
 『物語』であり『対話』なんだよ。
 人の心を動かすために、『語って』『話して』いる。
 今、中の人がリアルタイムで観戦しに行ってる、Aの魔法陣も同じだね。キャラクターとシチュエーションを演算し、語る。ふさわしい演算処理が出来てそれを語れる人のみが公式SDとして、いわば無名世界観という観測方法のプロフェッショナルとして採用されているわけだ。あれも、例えば『第五世界の1999年の熊本』という情報の転写をしたり、M*というゲーム目的を達成させることによって情報集積のための形を整えてあるし、SDが語って、説明して、対話することによって成り立つものだから、立派に儀式魔術だね」

イツキは感心したように頷く。

「基幹技術が世界をどのように観測するかという観測方法の細かな違いだと認識すると、第一世界と第七世界以外の各世界=世界観についても、また、無名世界観を襲っている運命についても、解析が出来る。
 ただ、少々長くなった。どうだい、俺も長く喋って喉も渇いたし、おなかも減った。場所を変えて話を続けてみるっていうのは」

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ずぞるるとすする音が立つ。
小さな屋台から湯気が立つ。
食べる二人に汗が浮く。
手繰る手元に箸と饂飩。
安い木製の長椅子に並んで腰掛けた二人。くはー、と麺をすする唇と喉からは、声にならない吐息がしきりと漏れ出していた。

「おやっさん、ちり紙」
「あいよ」

ぢーん。
はふはふ、ずるる。

「冷える夜には饂飩だねえ!」

華一郎はイツキを麺屋台に連れて来ていた。
二人の手元には、厚手の丼にぽわんと浮かんだ卵二つ、コロッケが一つ。ツユは東国風の黒い醤油ベースである。そいつをぐいぐいとかっこみ、丼の底が見えるまで、飲み干した。
粉もの、つまり小麦粉の輸入で知られるレンジャー連邦の、饂飩と蕎麦も、ちゃっかり主力食品の一つとしてカウントされているのである。蕎麦は藩王と第一摂政の好みが反映されているらしい。ついでに言うと、華一郎も、蕎麦も饂飩も好きだった。

「てっきり、酒場とか、食事の出来る、夜開いているお店に行くんだとばかり思ってました」
「ばっか、お前俺の何年付き人やってきてるんだ」
「いえ付き人じゃなくて弟子です。ついでに言うなら時給制です」
「小料理もいいが、こういう手早くてざっかけのないものもうまいんだよ。寒い中ですすり、厚着の下でかく汗が贅沢ってもんだ。ねえ大将?」

話を振られた屋台の主人は寡黙に笑って出汁の具合を見ている。
そのリアクションに満足したのか、あるいは最初からリアクションなど求めてはおらず、話の接ぎ穂にしただけなのか、華一郎は隣で額に浮かんだ汗を拭いているイツキの方を振り返る。

「うだうだと話すならおでん屋台みたいなお約束の比率があるがね、俺は酒を進んでやらない。ついでに言うとそんなに沢山食べもしない。おまけにベビーブームのために飽食暴食は麗しい健啖とは言いがたい情勢だ、率先して慎ましやかに趣味を全うするのも摂政の務めだよ。おおすげえ、冷え切っていた手の毛細血管がすげえ熱い。見ろこれ、真っ赤だぞ、真っ赤」
「ご主人、ご馳走様でした……。師匠、確かに暖まりましたけど、屋台じゃ腰を落ち着けて話せないじゃないですか」
「いいんだ。おい、行こう。ご馳走様でした、お勘定ここ置いときますね」

財布からにゃんにゃん硬貨を取り出してぴたり払うと、華一郎は先に立って待っていたイツキを率先して、また夜の藩都を歩き出す。

ログアウトせずに出かけたので、そろそろニューワールドも深夜である。情勢が落ち着いているとはいえ、夜の闇は人の心を怪しくする。人通りも大分減ってきていた。

「少し歩いたら、団子でもつまもうか」
「あれ、いつの間に買ったんですか?」

ぷらりとつまんで掲げた先には小さな包み。いかにも東国風だ。

「あの屋台、茶屋みたいなもんでな。
 茶屋といえば、饂飩、蕎麦のほかには、茶漬け、団子だろう」
「師匠、甘党ですもんねえ」

にへらっとご機嫌に笑う師を見て困ったようにイツキは愛想笑いをした。
この男、今日も昼間にバタフライアイスで買い食いをしていた姿が目撃されている。ぱくぱくと3本も平らげていた。
曰く、「甘いものは別腹なんだよ、甘いものを程よく食べられる懐具合が、食糧事情にせよ、経済事情にせよ、幸せってもんだ」ということである。

「食は大事だぞ。フェ猫さんのおなかを見てみろ。あれがパワーの源だ。真くんだって体格いいぞ、青海さんだってそうだろう。浅葱さんもこないだのイベントではしっかり食べてたしな。
 連邦には女性陣が多い。手料理をご馳走になる機会があったら、是非イツキもたらふく食べておきなさい。絶対うまいから」

生活ゲームの際に手作り料理の画像から情報転写をしてニューワールド内に持っていく光景も、レンジャー連邦ではそれなりに見かけられる。相手と同じものが、食べようと思えばリアルタイムで一緒に食べられるわけで、便利なものである。

華一郎は、ついっと小道へ折れ込んだ。

「このあたりには大学生のサロンがあってなあ。俺もたまに通わせてもらってるんだよ。やっぱり同じ文族だからな。運がよければ、いや、悪ければ、喧々諤々と議論してる様子にお目にかかれるかも知れんぜ」

あと、茶もおいてあるんだ、茶も、と、うきうき語る華一郎。

「今日はもう遅いからな。また留守番させるのも済まないし、ごくごく普通にだべって解散だよ。これ以上は世界の謎について、つまり世界観の詳細については、もうやらん」
「僕なんかも情報転写されて、イグドラシルシステムによって、生い立ちとか、過去と未来に枝葉が伸びて根付いたりしてるんですかねえ、今頃」
「観測主がいて、反映させるに足るだけの情報状態にあると認定されればなー。普段は駄目だよ、手間と経費がかかる。ことにお前とは最近付き合い始めたばっかりだから、多分知られてないだろう」
「早く第七世界からニューワールドに転写されたいなあ」
「それはそれで大変だぞ? 生きるということの大変とイコールだから、否定したりはしないけどな」

俺はみんなに生きていてほしいよ、生きて、と、華一郎は上機嫌に呟く。

「俺の世界観にも、お前らは『いる』んだよ。
 ニューワールドは『ある』し、レンジャー連邦も『ある』。
 だからこうやって小説の中でお前を連れ回して歩いたり、ボケとツッコミを分担したり、出来るんだよな。
 そして、お前は俺だけの世界観の中にいる存在じゃない。みんなと共有される存在であってほしい。そう、思う。一人の書き手として、いや、お前を世界観の中で『発見』した人間として、な」
「…………師匠」
「なんだ」

へへ、と照れくさそうに華一郎が振り返る。

「あんまりメタな話に僕を巻き込むんじゃねええええええ!!!!」
「ぐふぉあ!!!?」

横っ腹を飛び蹴りが直撃した。
宙に舞う団子包み。イツキの手にキャッチされるそれ。道の上を転がり回る華一郎。閑散とした夜の通りに響く悶絶。

「つっこみ激しいよお前! どんだけ物理的だよ! 暴力的だな!? バイオレンスですよ!?」
「師匠は何でも打ち明けすぎです!!」
「や、ほら、俺って重いコンダラな人だから」
「なんで巨人の星!?」
「つうか、わかるお前がすげえよ。有名なネタとはいえ」
「師匠にストップをかけるには物理的なのが一番です。だって話しても聞かないんだもん」
「えー、そうかなあ。話せばわかる、話せばわかるぞ!」
「犬養毅!?」
「さすがに日本ベースで情報転写してるだけあって歴史ネタにもついてくるな。レンジャー連邦の歴史にはないはずだが」
「師匠みたいなデタラメに情報撒き散らす第七世界人と付き合ってたら、嫌でも雑学まみれになります!」
「さておきサロンについたぞ。ここだここだ」

立ち上がってすぐ脇の建物の扉を開ける華一郎。
ずっこけるイツキ。その手からすっ飛んだ団子包みが再び華一郎の手に取り戻される。

「ちょいとごめんよっ」
「江戸っ子!? 饂飩屋台で手繰ったぐらいで江戸っ子気分だよ、この人!?」

つっこみながらも後に続いたイツキは、建物の中が薄暗いままで誰もいないことを華一郎と一緒に確認する。

中は至って閑静で広い。

「うむ、今夜はここで明かそうか」

/*/

「団子うめえなあー!」

串からガブリと食い取る華一郎を、呆れた様子で頬杖突きながらイツキは眺めていた。

「太りますよ」
「太らないといかんのだよ、中の人も俺も、体力つけるために」
「甘いもので太るのもどうかなあ……」
「だから饂飩を食べてから甘いものにしたのだ。これならおなかがいっぱいで食べ過ぎることはないだろう」

開かれた包みの上には、綺麗な3つ玉の団子が木串に刺さって並んでいる。既に一本、食べ終えた形跡が見られた。

「今日はもう話すことなし、だべるだけ、っつっても、徒然メーターのあとが続かなくなるから、なんか適当に喋ろうや。なんかないか、おい、なんか」

あるだろ、気になってること一つぐらい、と串を片手に弟子に促す。
イツキは椅子の背もたれに体重を預けながら、んー、と天井を見上げて考え込んだ。

「師匠の部屋の片付け、僕がやるの?」
「そのネタかよ! 俺がログインしてる間にやっとくからお前は好きに生活しとけよ!」
「あ、いや、時給出るからやらせてもらえるんならそれはそれで」

留守番の間も時給もらってたし、とイツキ。
華一郎、なぬ、となって、右手の親指をパチンと鳴らした。
ウィンドウ画面を呼び起こし、ぎゃーと叫ぶ。

「ひ、引き落とされている!」
「どうせそんなに使わないからどうだとか、大分前の徒然メーターで言ってたじゃないですか」
「意味なく垂れ流すのはそれはそれでショッキングだろう!」
「意味ありますよ。僕の懐がうーるおったさん♪」
「昔の化粧品のCMかよ! 検索してもパッと出てこねえよ!」
「とりあえず、僕が片付けやっときますね」
「聞けよ! 人の話を無視するなよ!
 ていうかあれはそもそもお前が箪笥ロボとか勝手に作ったせいで散らかったんじゃねえか、時給なしだ、なし、お前が無料で片付けて当然だ!!」
「ちっ……」
「舌打ちしやがった!」
「ちゅっ♪」
「男の投げキスなんていらねえよ!」
「夜にいちいちうるさいですねえ」
「お前のせいだよ!?」
「あれ、団子残すんですか?」
「喋ってる間に満腹感が脳に届いちゃったよ! 明日食事のあとにおやつとして食べるよ!」
「びっくりマーク禁止」
「えー……。リアクションしづらいなあ」
「若手芸人じゃないんだからオーバーリアクションだけで何とかしようとするのやめましょうよ」
「芸風が否定された……」
「リアクション芸人だったんですか師匠」
「出川や勝俣あたりを見習いたい」
「暑っ! 暑苦しっ! しっし!」
「いじられておいしいのは確かだけどお前の俺に対する態度もつくづく大概だよ!」
「はいびっくりマークペナルティ~。僕にお茶汲んでください師匠」
「え、罰ゲームあり?」
「強制力あってのルールでしょ」

やれやれ、と立ち上がり、お茶はどこだ、コーヒーどこだとうろつきだす。

「そうそう、ルールといえば」
「また世界の謎話ですか?」
「うん」
「飽きないですねえ」
「そりゃあそうだよ。だってイツキ、お前、その話するために俺のそばに雇って置いてあるんだぞ」
「ふあーい」
「ちょっと待て、お湯沸かすからその間にちょっと待ってろ」

とぽとぽこぽこぽ、水の汲む音沸かす音。
その間にイツキはサロンの中核を成すテーブルでひじをつきながらあたりを見回す。
壁に据え付けられた書棚には、どこかで見知ったような名前混じりの作者名がある。
へえ、この人、結局作家になったんだ、と、しみじみしたり、手にとって中身を斜め読み、している間に茶の準備が整ったらしく、背後でテーブルにカップをセットする音が聞こえてきた。

「お前の先輩にあたる人らの本だなあ、それは」
「へえ、やっぱり」
「なんだかんだ時間がかなり経過してるからな。普通にシミュレートすると、そういう風に結果が出たりしてるんだよ。
 もっとも、そいつらみたいにごく普通のキャラしてると、あんまり予想外の結果が出てこないだけで、たまにわけのわからん変遷をたどってる奴がいたりして笑えるぞ」
「たとえば、どんな?」
「地下帝国の王様がホームレスとか」
「ぶっ!!」
「あーあ、お茶吹くなよ。世話が焼けるなあ……」
「ていうか、地下帝国ってなんですか!!」
「そのうちわかるよ、落ち着けよ」
「世界にとって危ない情報転写しようとしてるんじゃないでしょうね、まったく……」
「さすがに整合性は取るよ。後で」
「後で!?」
「元がニューワールドの現実だといかに主張して書き上げても条件次第で反映出来なかったりするような環境なんだから、あんまり心配しなくったっていいんだぞ、そのあたりは」
「信用出来ないなあ」
「まあ、ですよねー」

徒然メーターの中に危険情報がまぎれてないか、ないと言い切りたいところだが、今のところまだ危険情報にあたる情報についての研究を進めていないので確定させられないのがこわいところである。

「世界観の問題なんだよな、世界観。どういう物の見方をすると危険なのか、それ自体は結構わかりやすい基準があると思うんだよ。あんまり人間離れしない、現実離れしない、みたいな感じで、世界観の中で、説明しきれない『矛盾した』因果関係を生じさせる要素が危険だと思うから、絶大なる矛盾が発生しないような行動・発言をと気を払っていりゃあ、問題ないと思うんだよな。
 そもそも徒然メーターって日常的な雑談に過ぎないから、そんなワードが飛び出てくる要素もないし、だから安心していいと思う」
「『思う』って……」
「悪かったよ、悪かった。これから気をつけるから」
「ほんとに気をつけてくださいよ。師匠だけの問題じゃなくなるんだから」
「アイヨー」

で、だ。

「ルールの話なんだが、無名世界観にはルールがある。いや、厳密には、無名世界観の中で既に起こった事象に対する因果関係の説明をするために確立された、ルールという名の法則がある。
 それが世界の謎の、いわば設定的な複雑部分だ」
「危なくない?」
「危なくない。
 r:で何かを通してるわけでもないし、因果関係に破綻を招く話を持ち出したりもしていない。常識的に考えて世界観って何だろうという話から、因果関係に説明をつけるために俺流の世界観を確立しているだけであって、えーと、そうだな、お前を相手に喋っているのはまずい可能性がなきにしもあらず」
「僕の実存がピンチ!?」
「いやでもどうなんだろうな実際。世界の構造知識を持つ存在なんてそれなりにいるわけで、お前、例えばリューンに対して認識を強く働きかけて世界の意識子を上書きするだけの世界観を持っているかって言ったら、知識も理論の整合性も俺のものを引き継いでるだけだから、今のところ微妙だろ。俺の頭上にゲートとか開いてたりしたらお前にも影響あるかもしらんけど、ないない、そんな可能性今のところないから安心しとけ」
「まあ、僕、一介の少年ですもんね。しかもアルバイト。僕アルバイトォー!」
「どうしてそうネタに走るのが好きなんだお前は」
「あなたもでしょう。というかあなたがそうだから、僕は、僕まで!」
「みなさんこれが朱に交われば真っ赤っかということわざの実例です。特質的なところばかり抽出されて情報転写の影響を受けるものだから、こんな風に育ってしまって……、ううっ」
「他人事扱いしていい話じゃないっつーに、ほんとにもう……。
 で、ルールの話がどうしたんですか」
「おう、そうだったそうだった。
 第七世界の基幹技術が情報転写で、もっと厳密に見るなら情報転写に基づく因果生成技術だとしたら、藩国船っていう世界観は一体何を表しているんだろうか、ってな」
「そしてそろそろいい時間だから、ニューワールドの秘密に迫るのは次回、ってことで、ここで引きですね」
「ぬ、大分要領をつかんできたなおぬし」
「これだけ徒然メーターで引っ張りまわされたらさすがに覚えますって……。じゃ、今日は僕ここで寝て帰るんで、ちゃんとログインしたまま起こしてからログアウトしてくださいね。知らない人に囲まれて起きるとか、あんまり気分よくないんで」
「あいよー。行動先行入力しといたから、ゆっくり寝ろ」

言いながら、こっそり寝顔に落書きをする、と先行入力。
さて次回はどんな徒然メーターになるのやら。

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「やっほう、何渋い顔してんの?」

政庁会議室で俯きながら席に着いていると、やってきたのは愛佳であった。猫士は現在市民病院に多数配置されており、ちゃんと職員にも休日を入れられる程度には手が余っているらしい。

「最近は産婦人科の勉強で大忙しよー。今日もこれから勉強会!
 あ、で、そうそう、何渋い顔してたの?」
「うむ。罰金が」

華一郎は俯きながらテーブル上の帳簿とミリ単位で眼球を隣接させつつ、腕組みをした。ため息が深い。

「みんなが臨時裁定に出てくれたおかげでターン12の公示が来そうなのはいいんだが、予想より20億ほど罰金が多くてだな、それで困っていた。
 生物資源の買い付けを抑えたおかげで少し浮いてはいるんだ。市場は予定よりも11億安く済んだ。ただ、麻薬関係で支払いがあって浮いた額が8億、12億ほど罰金に食い取られっぱなしになっとる。参加税で4億分ほど募金が集まっているから、それでもやっぱり8億……。どこで帳尻を合わせたらいいもんか、割と泣きそうだ」
「なあんだ、そろばん弾いてたのね」

ころころと愛佳は珠のように愛らしく笑った。
近頃すっかりのびやかに成長して、少女というには幼さが薄く、花盛りを迎えつつある様子があでやかである。

「徒然にやるにしては重いわねー。大統領府からオリオンアームの資金が出るんじゃないの? ぶんどってきた! って大統領閣下が仰っていらしたやつ」
「あれどう配分するんだろうな。T13T14と、まだまだ罰金が続くから泣きそう」
「ご自分の差配ミスで犯した失態じゃない。ご自分でなんとかしたらいかが?」
「愛佳ちゃん君もちょっと年取って厳しくなってません?
 うちの弟子じゃないんだから」
「とりあえず見積もりだけでも立ててきたらどう?
 あ、私もう行くから。それじゃねー!」
「ちょっとー!」

ぱたぱた駆け足で去る後姿に手を伸ばしつつ、がくり。

「ま、編成関連は俺が見てたところ大きいもんな。がんばるか……。
 昔の外交資料まで引っ張り出して確認しないといかんので、人手がほしいところだなあ」

むっくりと起き上がると、ごそごそファイルを漁り始める。

「駄目だ見つかんねえ。PC入れ替えたからメッセンジャー履歴を探るわけにもいかんし……。リワマヒさんちにデータ手渡ししてたとしたら、データ痕跡的には俺なので、ご迷惑をかけたらこちらが支払いしなきゃだしなあT13分のひまわり軒単独出前部隊の件」

でも、それ以外にはT13で引っかかってるケースがなかったみたい。わーい。

「後はえーともう駄目だわかんねえ28億ぐらいだろう。T12~14まで全部あわせて60億の出費と考えておけばOKか。市場のことも考え、250億満額にしておくべきであったか……」

悩みんぐ。
最近は公共事業も発注されていないので稼ぎ出すポイントが見当たらない。

「どうしたもんだかなー」

01119002


”こちら第一世界観。ただいま入出力作業開始中。どうぞ。”
”こちら第七世界観。ただいまエイリアス起動作業開始中。オーバー。”

/*/

a:

a:change omega

ω:オメガドライブは正常にメモリ領域にアクセスしています。現在バッチ処理中……
ω:A story of the seventh world
ω:パスワードを入力してください。
ω:pass:?
ω:pass:I_Dress
ω:貴方の名前は?
ω:名前:10th_star

*******

電網適応アイドレス *

*******

/*/

”こちら第一世界観。ただいま記憶領域をaからωへ変更。”
”実存物理記憶に正常にアクセスを確認。”
”続いて世界観測方法を無名世界観に変更。七世界が見える。繰り返す、七世界が見える。”

”こちら第七世界観。はしゃぐな同一存在。”
”OVERS.System:Ver.1.1xタイプ以降が使われているから、第一世界観にしてみれば、同一存在=キャラクター の使い分けは可能だろうが、少なからぬ影響をこちらも受けている。”
”俺はクールな摂政でいたい。だから、はしゃぐな。”

”こちら第一世界観。了解した。”
”これより入出力を以て文芸的表現領域に突入する。”
”情報機動をコンバットにシフトせよ。”
”繰り返す、情報機動をコンバットにシフトせよ。”

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青き奔流がOVERSによって世界観を渡る、意識を満たす。
リューンの奔流である。
また、彼の意識も周囲と等しく青い素子となって、螺旋軌道を走りぬけていた。

オレンジ色の蝶のイグニシアが、彼の通り抜けている、チューブ状の認識構造を彩っている。
外には無数のいびつな残骸や虚空が広がっていた。
チューブの外は認識の狭間であり、意識を保つ強力な世界観干渉力が必要である。たとえば世界観内における、自他共に認めるような実績=影響力の行使を伴った自我の保有が。

リューンは意識の残響、あるいは意識そのものである。
リューンが世界観を渡るということは、意識が世界観を変える、世界の見方を変えるということだ。
今、彼は、耳目から入り、口や手から出て行くような情報の入出力によって世界を見る、世界と触れる、第一世界観という世界の見方から、出入りした結果そのものである情報で、世界を見る、世界と触れる、第七世界観という世界の見方へと、意識をシフトしようとしていた。

鍵は、藩王と呼ばれる、第七世界観内の存在。
世界観における、自他共に認めるような実績、つまりは第七世界観内で、第一世界観から入出力したイラストや設定を元に、国を作り上げた、まさに影響力の行使を伴った自我である。

ゲート突入、アイデンティファイ。
第一世界観から第七世界観へと渡る、意識が青い衣をまとい始める。

青は架空の色である。
青はもっとも天上に近い。
キリスト教では、天国の床にはサファイアが敷き詰められているという。
青は、かつてラピスラズリで色合いを出した、もっとも希少な色である。
人は理想の青を追い求めてきた。
理想の青とはいわゆる光の三原色における閾値が青単一の色合いを指したものではない。
心が認める、理想の青が、たとえば青の時代で知られるピカソや、他の芸術家たちにもあったのであろう。

青はまた現実の海の色でもある。
命の這い出た海の色。
命の起源の色。
それゆえ、己がどこから来たのかという、根源的な問いかけを、理想の青の追及という行為は孕んでいる。

だからこそ青色は無名世界観において重大な意味を持った。

青は命にして架空。
青は心にして現実。
青は存在する虚構という絶対矛盾。
ゆえに世界観を維持しようと満たすリューンは青い。
世界観を単一に塗り潰そうというリューンは、黒い。

無名世界観内での出来事は、所詮はすべて、見立てである。
心に存在する現実。しかし命なき架空。

ものの見方ひとつで左右される、ただそれだけの。

しかし、その世界観の青さを儚いか、あるいはもっと違うなにかと断ずるかは、人によって異なる。

アイデンティファイ、アイデンティファイ。
意識が第七世界観を捉えた。世界の見方は違っても、コギトエルゴスム我は思うゆえに我あり、私は世界に存在し、それゆえすべての世界観内に存在する。第一世界観の私から、世界観を、世界の見方を変えただけの同一存在である、第七世界観の私に意識が渡る。
青いリューンが渡る。

閃光、閃光、閃光。
意識が青白い火花を散らす。
情報により規定され、日常の世界観つまりは常識とは異なった法則や歴史や存在に満たされている、第七世界観という名のフィルターが、第七世界観内部で独自に発達したなにもかもを、第一世界観の意識そのままには、あまりにも刺激的に伝えている。

心に新鮮な架空はまばゆい。

「アイハブコントロール」

第七世界観で彼はつぶやく。
航空用語で、私が主導権を持った、と伝える言葉である。
彼は第七世界観内の人間、城 華一郎(じょう かいちろう)と、意識を成り代わらせたのである。

ωドライブ駆動音。
ωドライブは存在しないメモリ領域にアクセスしています。

私という物理的に存在する人間の記憶とは異なる、城 華一郎という物理的に存在しない人間の記憶が、意識内に読み込まれる。

それは想像である。

第七世界観という世界の見方で眺め、第七世界観の中で育てられた、形而下的には独自の、しかし形而上的には私の常識と同一であるところの歴史や物質や法則の数々を、想像しているのである。

想像力あるものだけが世界観の内側をより精密に観測することが出来る。論理力あるものだけが世界観の内側で働く因果関係を精密に観測して、過去と未来をさも現在であるかのように扱える。

その行為を、第七世界観では、星を見る、と言った。

見るべき情報は空にある。
空から情報は降り注ぐ。
入出力元である第一世界観から、入出力結果である第七世界観へ。
情報は、降り注ぐのだ。

その、情報の輝きを、星と言った。
天体観測で月のあばたを見るがごとく、情報のありようを見つめることが、星を見る行為なのである。

第七世界観では、情報とは限りなく物質である。
なぜなら第七世界観によれば、世界とは、情報の入出力結果そのものによって出来ているからだ。
ゆえに第一世界観という入出力元、第七世界観から見て相対的に上位の世界観から流れこむ情報とは、空に浮かぶ、星として顕現する。

昼なお今だに、彼の目に、星は明るいのであった。

「さて」

彼は腰に手を当てふんぞり返る。

ちょいと世界観を危機から救うために、世界観の基礎研究を再開といこうじゃないか。

立ちっぱなすのは華様に咲いた岩石転がる白砂漠。
潮の香りが、ほのかに遠い。

土が水を捕まえず、ゆえに上空に水の層もなく、しかし周囲は水の層で囲まれている島国がゆえ、レンジャー連邦という、第一世界観ではただの絵と文章といくばくかのシミュレーションデータにすぎない存在は、第七世界観では、激しくも、現実の砂漠よりもは、ほんの少しだけやすらかな陽光にさらされている。

現実という世界観にはありえない、見たこともない地形が、第七世界観には、ありえてしまっているのである。

レンジャー連邦に住む国民である華一郎の肌は、第一世界観のものとは次元が違う濃さを持ち、髪や目の色もまた、色素で光を受け止めきれず、薄く灰色や緑にやわらいでいる。

まとうのは、砂避けのマント。
通気性高く極めつけにはへその出たデザインをした服装。
そういう情報が、情報のままに物質化している。
常識という世界観で、生身の人間を描写しているのとは違う。
情報が、物質という基盤なく、そのまま実存化してしまっているのである。
それでも常識の世界観から目に浮かぶのは普段慣れた物質の実存であろう。
それでいい。
世界観が違うとは、違うものの見方を、自分とは違う人の見方を、あるがままに受け入れる、そういうことなのだから。

AR移動。
第七世界観の物理法則に従った移動を完了する。
砂漠から、政府庁舎へ。
既に景観は街並みを携え高い塀によって日夜絶えることなく吹き付ける砂塵という情報から身を守る、レンガ造りの大きな建物の中に移っていた。

「馴染んで来た、な」

ユウハブコントロール。
第七世界観から第一世界観へと、相手に主導権を一時返却。
第七世界観の世界の見方でものを見るのに、第一世界観の中にいる私の方が、慣れてきた、のである。

リューンもまた、情報そのものであるがゆえ、他の世界観で見ている時と同じようには確認することも出来ないが、リューンの輝きはこれまでになく強い。

情報の送受信が活発なのだ。
世界観を私という意識の中で、深めたがゆえの活発さである。

40年もの歳月が第七世界観では流れている。
40年の昔よりも、大分深いレベルの深度に意識が到達した。

深度を極めるのには、別段、今まで展開した情報のような理屈を追っている必要もない。
ただ、第七世界観のあるがままを受け入れ、同じ世界の見方をするようになればいいだけである。
世界観の深度における先達はいくらもいる。
それこそ世界観の違いを越えて、同一存在を出現させるほどに、完全な一個の人間として認識するために必要な情報…つまりは思考および行動パターンである…を第七世界観にて累積させ、実体化させたプレイヤーなどが、それである。

「アイハブコントロール」

主導権が再び第七世界観へと返る。
いい調子だ。次は第七世界観の中で私と仲間が直面している危機を基礎研究の流れから読み解き突破してみたい。

ログアウト。
意識を空に解き放つ。青い輝きが世界観の間を渡った。
ωドライブ終了。我、これより現実に帰還する。
次はもっと機動性の高いマニューバを要求する。
つまりはもっと、俺を面白がらせろ、第一世界観の俺よ。文芸的表現を凝らしてな。

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最終更新:2010年12月15日 22:49