徒然メーター3順目

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レンジャー連邦南都にある政庁内宿舎の一室で、少年と青年が丸い座布団を前にして、少年は敷物のない椅子に、青年は床に、それぞれ座りこんでいる。

時を告げるのは壁際に寄せられた机の上で、ハードディスクの回転音を響かせるPC内の時計機能のみである。

青年の名を、城 華一郎と言った。
この国の第二摂政である。

少年の名を、イツキと言った。
華一郎が書生として雇っている、猫士候補だ。

二人はさいぜんから世界の秘密について語っている。

「世界とは、それ以上定義を拡大することは出来ないという、場の最大。
 世界観とは、観測者が世界に対して、こういう風に出来てると思うよ、と見なして、あらゆる因果関係に理屈をつける、観測方法のこと。
 無名世界観とは、科学でも魔法でもない、まだ名前がつけられていない観測方法のことであって、観測された因果関係に対して破綻がないように既存の理屈の方をどんどん修正していく仕組みになっている。ここまではOKかね?」
「なんか前回していなかった要素がまぎれている気もしますが、OKです」

イツキは相槌を打った。

「それで師匠、世界の意識と観測者の存在がいかにも関係あるように匂わせておきながら前回の徒然メーターではそのあたりを説明してませんでしたが、どうするんですか」
「まだあわてるような時間じゃない」
「あわててはいないですけど、なんでアスキーアート状になってるんですか。そのアイドレスなんですか、バスケット選手?」
「いやこれは単に文芸的な表現にすぎない。ついでに言うと著作権上の問題に配慮して実際にはアスキーアート表記してもいないからな」
「何でもいいから続き話してくださいよ」
「おう、そうだったな」

さて、と華一郎は床においてある座布団を指差した。

「これを世界と見立てて話す。
 質問だ。座布団に意識はあるか?」
「……あったら師匠の尻が重いとか、僕の尻は麗しくてやわらかいとか、それぐらいは感じてるかもしれませんね」
「あると見なす。
 それが俺の今選んだ世界の観方だ」
「!?」

論理の飛躍とも取れる華一郎の発言に、イツキは思わず顔をしかめた。

「そうだ、気づいたな。つまりはそういうことだ」
「つまり……。
 世界に意識があるという前提で、観測しているから、無名世界観という観測方法の中においては、世界が意識を持っている、と?
 師匠が言いたいのはこういうことですか!?」
「そうだ。因果を破綻させないためにリューンのような存在もまた観測方法の中において因果関係の破綻を起こさないよう、編み出されていった理論の中に生まれたものだ。
 どのあたりでリューンが存在している、もしくはしていたことになったのかまでは今後の研究課題だけどな。
 それで、無名世界観はゲームが前提とかいう話を前回していただろう、そこのあたりを掘り下げるが、いいか?」
「え、まあ……。いいですけど、どうして確認」
「俺がここまで話題に出すのを忘れていたから構成に組み込むための相槌がほしかったんだよ」
「メタだ!?」
「ついでに言うと構成がメタメタだ」
「いらん言葉遊びしてないで続けてくださいな」
「うむ。今度はちゃんと口で言うから、ちょっと立て、イツキ」

ふあいと返事をしてイツキが椅子から立ち上がる。
華一郎は座布団を椅子の上に敷きなおした。

「これは僕の尻を配慮してのことでしょうか」
「いやお前は俺の隣に座り直せ。椅子は今から説明に使う」
「ええー……」
「俺と並んで座るのはそんなに嫌か!」
「前回僕のお尻に手をつっこんで撫で回したくせに……」
「誤解以外の何物も生まれない表現はやめようよ!?」
「事実じゃないですか」
「このやりとり自体が余録だよ!」

こほん、と咳払い。
イツキもおとなしく床に座る。
華一郎が立ち上がり、椅子に座った。

「ずるーい!
 何それずるーい!
 師匠ずっこい! 卑怯者!」
「黙れ! 今から説明するんだからちょっと口を挟むな!
 別に座りたかったわけじゃねえよ!」
「うっそだー……」

ぶつぶつ言い出すイツキを置いて説明を始める。

「いいか。今俺は、座布団を通して椅子に座ってる。
 無名世界観の、ゲームに対する態度も同じだ。
 エレルという座布団を通して、世界に座っていたんだよ、かつては。
 だからゲームが直接椅子に影響を及ぼすことはなかった。
 だが、エレルは壊された」
「座布団を七等分するなんて、そんな師匠、もったいない……」
「してねえよ! かわりのもの使って説明するだけだからお前ちょっと黙れ!」

立ち上がり、座布団をいったん取り除けた後に、華一郎は服を箪笥から何枚も取り出してきたかと思えば、それらを椅子の上に、微妙にスライドさせる形で円状に配置する。

そして、座布団のサイドにあるジッパーをあけると、座布団カバーだけをそれらの上に置いて座った。

「今の状態はこんな感じだ」
「すわり心地最高に悪くないですか?」
「悪いよ。だから無名世界観の中では世界も実際不安定なんだろ。
 ただ、無名世界観という観測方法の中でこれまで因果関係を説明していた理論が乱れまくってるだけで、実際には椅子という名の世界は微動だにしちゃいない。だから、無名世界観の中で世界が滅亡しても……」

衣服と座布団カバーを全部椅子の上から取っ払い、また箪笥から服と、棚からも新しい座布団を取り出して配置する。

「こんな感じだ。
 観測されてきた事実関係が全部ひっくり返るから、服の上に刻み込まれたしわみたいな歴史は一度リセットされちまうな」
「ちょっとまた論理の飛躍が。あと1点ツッコミが」
「よし、許可する」
「ほかにも座布団あるなら僕に出せよ! 床冷たいよ!」
「しかしこれは客人用でなあ……」
「えっ僕お客と違う?」
「お前は弟子だ。私費で雇ってる弟子」
「職場の待遇改善を訴えます!」
「却下」
「理不尽だ!?」
「その方が面白い」
「純然たるフィクション的要因かよ!」
「案外無名世界観という観測方法に基づいた理論の一部もそういう要素があるかもしらん。
 で、論理の飛躍の指摘はどこいった。本題はそっちだろう」
「お、おお……、あまりにも僕の扱いがひどいんでショックで忘れかけてました。
 座布団から座布団カバーだけ引っぺがして乗っけた意味ってなんですか?」
「うん、いい着眼点だ。
 これはな、ゲームが現実に影響を与えないという前提条件、つまり無名世界観の中で遊ぶことが現実の世界に影響を与えないという因果関係を無視した出来事が起こったことを意味している。
 さっきも説明したな。理論があって出来事が起こるんじゃない。世界はただ存在していて、起こったことは起こったことだ。理論はその説明に後から考証されて出来たにすぎん。
 無名世界観という世界に対する観測方法は、ゲームはゲーム、現実は現実で、切り分けていたんだな。だから最初エレルは死者がほいほい蘇ったり、適当に時間跳躍出来たりする、なんでもありの世界だったりしたわけだ。過去はこうだったにちがいなーい、未来はこうなるに違いなーい、と、シミュレーションした先で暴れても、現実に当時起こってた出来事とはなんら変わらんわけだからな。
 ゲーム内でナポレオンを暗殺しても現実に記録された死因とは異なるわけで、まして歴史を書き換えるなんてことは出来なかったわけだ。
 それが、ゲーム結果と現実が関係しちまって、おかしくなった。
 座布団の中身が抜けて、前提条件の大半が、複雑化してしまったわけだ。やわらかい綿のすわり心地いい座布団が、ごわごわの七枚の服のすわり心地にすりかわったようなもんだ」
「具体的には何が起こったと思うんですか?」
「エレルが壊れた、っていうのは、世界が壊れたわけでもなんでもないんだよ。世界の観方のひとつがぶっ壊れただけなんだ。ゲームで遊んでも現実世界とゲーム世界とは関係しあわない、これがおかしくなっただけ。
 で、ついでに言うと今から自分の理論を読み返すために出先から帰るんでお前ここで次の徒然メーターまで留守番しててね」
「ええー!?」

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『じっかにかえります。いつき』

「時差を忘れておった」

つけっぱなしのPCディスプレイに表示された時刻は彼が席を立ってから3分の1日が経過したことを指し示していた。現実にして、40分。12倍速のニューワールド上では、480分、8時間である。

「向こうは生身だしなあ。書いてる間はログイン中だから同期が取れるんだが、困ったもんだ。ログインしっぱなしにしておきゃよかったかなー」

でもなー携帯からだと通信料高いしなーと華一郎はぼやきつつ中身抜きの座布団カバープラス衣類七種の上に座ってPC電源カット。

「いい加減アイドレスの話に、いつ、たどり着くんだってぐらい、長かったからなー。
 第一世界≠現実とか、イグドラシルの成長原理とか、いろいろ語ってみたかったんだが、また次の機会にするか」

無名世界観という観測方法なきところで発生する事象は、どれだけビッグな例えば宇宙大戦であっても無名世界観に反映されることはないし、よって第一世界はノットイコール現実で、無名世界観という観測方法内での因果関係を破綻させないための世界の観測方法の一つなのだが。

うーん、ニューワールドとの付き合い方は難しい。

「急いで帰ったんだがなあ。
 仕方ない、カルボナーラでも作って忘れよう」
「隙ありぃいいいいいい!!!!」
「ぶ!?」

棚をふっ飛ばして箪笥の奥から飛び出るイツキ。
華一郎の脾臓を鈍い衝撃がえぐる。
と、いってもイツキが直接攻撃を加えたわけではなかった。
棚の本体と引き出しの間に隠れていたイツキの登場によって、ショットガンのように吹っ飛ばされた棚が、華一郎の背中に鋭角を伴って刺さり、ダメージを与えただけである。
ありていにいうと直接攻撃された方がまだましだった。

「血尿とか出たらどうすんよ!?
 内臓破裂するかと思ったわ!!」
「あ、あれ、そこは『どうやって一人でそこに入った!?』とか驚いたリアクション返すところなんじゃ……?」
「ホープ義体でなければ即死だった……」
「なんで一年戦争のクライマックス!?」
「見たまえイツキくん、これがボケ殺しの一つ、ボケ盗みだよ。ジョークがジョークに終わらない雰囲気を作り相手がひるんだ直後にボケをかます、お笑いホープマニューバの一つだ」
「そんなマニューバの存在僕初めて聞いた!!」
「相手との関係がぎこちない間でも使える。覚えておきたまえ。
 ただし相手が生真面目すぎるとボケる間もなくマジ謝りされて大変痛々しい空気と罪悪感に包まれるので使いどころには注意だ」
「謝れ! 僕に生真面目に謝れ! 8時間このために必死でワイヤー使って一人で引き出しを奥から棚に引き入れつつ待機してたっていうのに!」
「8時間前からそんな無駄な努力を重ねていたのかよ?!」
「さすがに長すぎて寝ちゃったよ! タイミング逃すところだったよ!」
「これでも急いで帰りましたー! 途中で買いものしたけど!」
「これだから! これだから第七世界人は!」
「と、いったところでアイドレスの話題に戻ってきたところで会話の続きを再開しようか」

ずこーっとこけるイツキ。

「ここまでが話の枕!?」
「うむ。とかく第七世界人は自分とニューワールドとの環境が違うことを忘れて振る舞いがちだ。また一方でニューワールドの民も俺たち第七世界人のことを完全に理解しきっているわけではない」
「師匠の話の回りくどさは個人的特質だよ……」

せっせと二人で引き出しや散乱した中身を棚に戻しつつ、改めて定位置に戻る。イツキが床(客用座布団つき)、華一郎が椅子の上、である。

「この部屋に時間を表示するアイテムがPC以外にないのも、そういった事情を乗り越えたいがための俺なりの工夫なのだよ」
「この間『遊ぶ間ぐらいは時を忘れてつれづれしたいものだな、イツキくん!』とか言ってませんでした?」
「単一の要素のみで事象というのは決定されるものではない。一石二鳥を狙うこともある。
 とにかく、リューン関連の話に戻るぞ」
「まだ世界にどうして意識があるのかとか説明されてませんでしたね、これまでの話でも」
「そこだよ。
 世界に意識があるというのは、観測者が世界に意思があると規定したからではない。
 あの場では肯定したが、あくまであれは因果関係の破綻を呼び込まないために理論内で現実にはない粒子が無名世界観という観測方法には見えてくるということの肯定にすぎない。
 世界は世界だ。世界に意識があるとすれば、それは観測者の意識だ。無名世界観という観測方法を取って世界を見ている観測者から意識が世界に流れこんでいるのだ。
 情報を持たない攻性リューンとは、無名世界観をなかったことにしようとする意識さえあれば放てる。リューンを操るというのも、世界に存在するリューンを操ろうという意識でいるうちは、無理だな。また、並みの存在でもリューンは操れない。意識を世界に反映させるための影響力が弱いのだ。無名世界観内で実績がなければ、あるいは他者が満たした意識、たとえば馬鹿だとか世界を守ろうだとか、これまでさんざ誰もがやろうとしてたことだな、それらに合致する場合、リューンは操る力量や自覚がないものにも力を貸してくれる。それはすなわち無名世界観に触れてきたゲーム歴史すべての存在が力を貸してくれるようなものだ。
 シオネ・アラダが強いわけだ。万物の調停者。すなわち世界観を破綻に導かないための、因果関係に対する最大級の保護者だったのであろう。因果関係を破綻させようという意識に対する、最大級の脅威だったのだろう」
「うわーまた仮説の上に仮説を繰り広げてますね!」
「ははは問題ない。世界観とは世界の観測方法だ。俺の観測方法で世界に起こった事象の因果関係を説明する理論に破綻が出るのであれば、それをまた修正して、現在ある無名世界観という観測方法に近づけていけばいいだけのこと。
 さて、第七世界と第一世界、介入、意識子、模倣子、このあたりはダイレクトにアイドレスにも直結してくるぞ」
「ここからが本題、と」
「そういうことだ」

立ち上がり、冷凍庫からアイスを取り出す華一郎。

「バニラがいいかね、チョコがいいかね」
「あ、じゃあ、バニラで」
「ごめん買ってきたのイチゴとバニラしかなかった」
「無駄に第一世界に忠実ですね!?」
「俺もバニラにしよう。淡いチョコチップが最高だな」

もぐもぐ、もぐ。

「さて、今俺はアイスを食べたわけだが、第一世界でも食べていた。だがさっきも言ったとおり、第一世界≠現実なんだ。ただし今は現実でも食べてたけどな」
「あー寝てて聞いてない部分だ、もういっぺん」
「お前な……。
 まあいい。前回の復習をすると、エレルっていうのは、ゲームと現実は違うよっていう前提条件、お約束の物の観方だ。同時に無名世界観の一番最初の世界の観方そのものの名前でもあった。多分。
 これが、ゲームと現実を重ねた、いや違う、ゲームと現実が直結した事件が起きて、破綻する」
「前に師匠が出したエレル理論と同じですね」
「うん。違うのは、観方が壊れたからエレルが壊れたという解釈になってることだ。
 ゲームと現実がどんどん乖離していけば、エレルも復活していくことになる。エレルの残滓であるところのセントラルワールドタイムゲートに、世界間=世界観同士の間で基盤としている世界そのものの情報を大雑把に均一にする以外の、物質を通す力があるのは、矛盾そのものだ。
 だって世界観、つまり世界の観方が違うだけなのに、単一のはずの世界に、違う世界のものが現れるなんてこと、ありえないのだ。
 これは世界のお約束、つまりゲームと現実は違うよ、という前提条件が、一時的に復活していることになる。そしてニューワールドという世界もまた、そういう場所なんだ」
「え?」
「だってそうだろ。いくら国ごとに異なるとはいえ、物理域がてんでばらばらの技術が同じ世界=世界観に存在出来るわけがない。
 アイドレスという、ニューワールドを前提にしたゲームは、プレイヤーがエレルを復活させ=ゲームと現実は違うよという前提を、介入によって確立し続けたことによって初めてたどり着いた地平なんだよ」
「えーと、それじゃ、ニューワールドはエレル……?」
「違うんだなあ、それも」
「ややこしいですね。じゃ、どこなんですか?」
「アイドレスは第七世界のゲームだが、第七世界人とそれ以外、という区別は、ニューワールドが第七世界ではないことを示している。ふふ。違うぞ。もっと面白いことを教えてやろう。ここで模倣子という要素が飛び出てくる。
 ニューワールドは確かに第七世界だ。しかし、模倣されることによって形成されたミラーワールドだ。模倣元は、介入している中の人たちのネットワーク世界だよ。イグドラシルというシステムがこれを支えている」
「はあ!?」
「ニューワールドは模倣子によって形成されている。それはあらゆるものを模倣する。どこの世界の物理域であろうと、すべてを。第七世界の物理域なんてものはな、存在しないんだよ、イツキ」
「え、でも、それじゃ今ある世界観モデルが……」
「強いて言うなら、模倣する技術の極端に発達した空間こそが第七物理域といったところかな」
「なんだもうびっくりするなあー師匠は」
「はははバシバシチョップですねをたたかんでくれ、地味に痛い」
「道理でテンダイスでは日付が反転していたり、日本が逆さだったりするわけですね!
 で、証拠は?」
「ないよ、んなもん。強いて言うなら日付の反転と日本の逆さぐらいだ。後は物理域の異なる技術も存在出来ているという現実や、ニューワールド内でならACEが分裂可能なんてデタラメを可能とする理屈が、これぐらいしか当てはまらんというだけの話だ。分裂=模倣による複製だよ。あらゆるゲームが第七世界からの介入によって成り立っているというのも、世界観に基づいて見える世界を模倣してみせた媒体を我々が扱っているからという理屈で説明出来るがね。第七世界の基幹技術が、情報通信『のようなもの』と、あいまいになっている理由も、厳密には情報通信だけではなく、情報の通信によって発生するオリジナル&エイリアスまでを含めたものだからだろう」
「なあんだー……。って、あれ、じゃあ、エレルの復活とアイドレスの開始はやっぱり関係ないんじゃ?」
「ちっちっち、甘いな。
 物理域がバラバラの技術をまがりなりにも同じ世界に持ち込めるのは、やはりエレルが復活しているからだと思うぜ。各世界=各世界観における、ワールドオーダー=世界観の中心を成す存在、つまりは世界の観方を決定するキー人物も、アイドレス開幕時には殺されたところが多い。どう殺されたのかは謎だが、無名世界観という世界の観測方法があいまい極まりない状態になっていたことだけは確かだ」
「確証と自信は少ないが、って奴ですか……」
「ああ。長くなってきたし、ついでだ、次あたりで一旦また整理するか」

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「第七世界の基幹技術は情報通信、すなわちオリジナルに対するエイリアス作成能力だ。
 第七世界人もまた、第一世界人から模倣されて出来ている。ゲームプレイヤーに対する、ゲーム以外のこともやってる中の人、みたいな関係だな。
 第七世界のゲームたるアイドレスは、だから各世界の技術や人物を模倣することが出来る。出来た上で、物理域も模倣という基幹技術で固定されているから、揺らぐことはない。もちろん藩国という単位で区切っていることも大いに関係している。各世界へのゲートが局地的に開いちゃったりするしな。
 これまでプレイヤーが遊んできたのは、各世界観に基づいて模倣された各世界のコピー品の上でのことであって、ついでに言うならOVERS,世界を超えるもののバージョンが上がってダイレクトに介入が成功するようになったのは、やはり儀式魔術の影響だな。
 あくまで中の人がコピーされ第七世界人となって遊んでいる舞台は、各世界の模倣された世界にすぎない。だが、逆説だ。
 第七世界に中の人たちが、第一世界で用意して第七世界に出現させた世界の謎掲示板という舞台で、あるいは旧世界観BBSという舞台を通じて七千人委員会なる途方もなく巨大で馬鹿な存在を出現させてしまい、世界には、ただ意識を渡らせる能力しかなかった未完成のOVERSが完成した証として、なんとまあ、観測者一人一人ごとに独立の世界観があるという理屈を成り立たせ、第五および第六世界観=世界を分裂させた、という寸法だよ」
「ちょ、ちょっと最後のあたりの理屈、聞きたいです。もっと詳しく。kwsk」
「なんで2ちゃんねるの俗語を君が扱えるのかはさておき、世界は巨大な意識体OVERSという観測者を得て、無数の観測の分岐の可能性を得たということだよ。もちろん第五世界なら第五世界観、第六世界なら第六世界観、といったように、それぞれ共通した基盤は持っているがね。
 OVERSはあくまで超観測者であり、世界を観測することで、第一世界のプレイヤーに、第七世界という舞台上で各世界=各世界観の模倣品を提供し、介入するべきポイントを探させているにすぎない。第一世界の中の人たちは第七世界に複写され、第七世界人として世界を渡るよ。
 第七世界人は死なない。第一世界人は死ぬ。この違いは実に面白いね。オリジナルが死んでも模倣された存在は、すぐには死なないんだよ。第一世界人がいるから第七世界人は無限再生し続ける。だが第一世界人が死ねば、やがて模倣元をなくした第七世界人ボディは消滅し、他の世界観=世界における同一存在も消えていく。
 とにかく、第七世界観のキーワードは、模倣、だ」
「はあ……。あ、じゃあ、第一世界というのは、いや、師匠の言い方でいうなら、第一世界観というのは、一体どんな世界の観測方法なんですか?」
「無名世界観の一環としての第一世界観=第一世界は、確かに現実をベースにしてはいる。しかし、中の人たちがいる現実そのものではない。前回も話したが、無名世界観としての観測方法が、無名世界観として世界を見ようとする観測主がいない限り、現実でいかにセンセーショナルな出来事が起こっていても、無名世界観の中には存在しない、観測されていないからね、存在しないんだ」

ごくりと華一郎はコーヒーを飲む。長広舌により喉が渇いたのだ。
第一世界ではコーヒーを飲んでいない。腱鞘炎になるかという勢いでタイピングをしているので手を休めたいところではあるが、喉は渇くほど喋っていない、というか、華一郎が話している間はずっと無言でいるので、アイスも食べた後だし、ほとんど乾かない。

「無名世界観で世界を見ようとすれば、そこは無名世界観に組み込まれるのか。答えはYESでもありNOでもある。
 本来の無名世界観という観測方法とは異なる、間違った観方をしていたら、そりゃエセ無名世界観であって、無名世界観じゃない。
 無名世界観に組み込む、というのは、無名世界観に組み込むだけの観測能力を持った存在でなければいかんのだよ。だからゲームデザイナーには、あるんだ。能力を認定されているAの魔法陣の公式SDにも、ある。限定的であれ、無名世界観に組み込む力が」
「あのう、師匠」
「どうしたイツキくん」
「ここまで描写がなくて師匠の一人台詞だらけで僕とのボケと突っ込みもないんで、正直すごい眠いです」
「そうだよなあ他人の自慢話というか与太話に付き合うほど退屈な体験もないからなあ。
 よし、ここらで一発アイドレスに戻ろうじゃないか!」
「おお、僕らの世界、アイドレスに!」

実際眠い。
中の人もあくびが出たくらい、理屈っぽい話ばかりで比喩も実例もおもしろおかしい展開もなくて、眠かった。

「ちょっとセンセーショナルな話をしよう。ショッキングと言い換えてもいい」
「おお、わくわくしますね」
「昔な、2ちゃんねるの書き込みのせいで虎雄が死にかけるという大変な事件があった」
「いきなり重い!?」
「まあ聞け。俺も正直HAYAKAZEこそしなかったものの、特に格好のいい、あるいはかわいい要素を虎雄に見出せていなかったので、大変ショックを受けた。
 厳密には2ちゃんねるで大概な扱いをしておいて、なんで今更僕を頼るのさ、的に、心を痛めてしまったわけだが、この事件の原理を教えておこうと思ってな」
「あー、師匠も昔ブログやってた頃ですね」
「うん。虎雄にお願いーってやって、そんな展開になったので大変に心が痛んだ。ねらーというわけでもないから、そんな扱いされてたとも知らなかったしなあ。今でもストーリー系のスレでROM専してるのよ、俺、あそこだと」
「師匠の事情はさておき、原理はどうだったんですか」
「あ、うん。
 簡単だよ。観測主がいれば、そこは無名世界観に組み込まれる。観測さえしてしまえばいい。
 オリジナルにアクセスすることで各PCにキャッシュが派生し、情報が簡単に模倣分散していくネット上、第七世界での出来事だからね。第七世界からの介入を受けていた第五世界観だか第六世界観だかの当時の虎雄の耳に、同調技能で、つまりは世界観=世界間を超えて聞こえてきちゃったって寸法さ」
「はー……。
 おっかないですねえ。ああ、でもわかった、それで藩国BBSとかの情報がニューワールドに影響したりもするんですね」
「そうだね。観測主が観測すれば影響が及ぶ。複写される先方に、例えばセキュリティをかけてある、みたいな設定を施しておけば、というか、そういう風に複写先の世界観内で誰かに動いてもらえば問題なくなるってわけだ」
「セプテントリオンが割った、二つの第七世界、ですか……」
「うん。模倣元と、模倣先と。第七世界出身というのは、模倣の世界出身ということであって、オーマが故郷として第七世界に戻ってこようとしたのもわからん話でもないよ。というか、道理だ。
 彼らは模倣されて第七世界から無名世界観に現れ、各世界=各世界観へと渡っていき、オーマとなったのだから」

はい! とイツキの手が勢いよく挙がった
扇子の先で華一郎が指す。

「なんだいイツキくん」
「オーマが死ぬ理由が、世界観=世界という師匠の仮説に基づいて聞いてみたいです!」
「ああ。世界移動のあたりだな。
 世界観に気付いちゃった世界内のキャラクターたちがいるんだよ。というか、第七世界人は、第一世界からの複写で成り立ってるんだから、なんというか、気付いちゃう素地があったんだろうね。元から故郷と違う世界にいるんだもの。生まれこそ第七世界でも。
 ちょっと待ちたまえ、そこのあたりの理屈はまだ頭にない」
「また8時間待たされたりしないでしょうね」
「安心しろ、待たせないために第一世界で俺の中の人は自宅に帰ったのだ。どれどれ、えーと、中央世界あたりの話だから、アルファシステムサーガを参照した方がいいか」

とん、と華一郎が虚空に指をたたくと青い装丁の本が落ちてくる。
表紙には舞とふみことタガミ。帯の左に四角く、史上最濃の文字。

「ログインしながら読書してると、短くっていいですね。リアクションもすぐ返してくれるし」
「と、いいながら俺の顔に落書きしようとペンを取って目で追われたイツキくんは手をひっこめるのであった」
「はははやだなー目突きしようとしただけですよ」
「網膜に直書き!?」
「水でも落ちませんよ」
「箪笥アタックといい、君は俺をどうしたいんだよ!」
「大丈夫! 師匠はホープアイドレスで介入してるからアイボールセンサーを洗浄すればすぐ見える!」
「嫌な信頼感だな!」
「で、オーマや物理域移動についてはわかったんですか師匠」
「ちょっと待てと言っておろうに。お前がボケるからおちおち読書も進められない。罰としてお前俺が夕食のカルボナーラ作ってる間また留守番な」
「ええー!?」
「ここだけは説明していくから安心しろ。あとお前用におにぎりともんじゃ焼きセット置いてってやるから」
「たんすいかぶーつ!」
「肉くらい入れてあるから安心しろって。第一世界で店員さんが作ってるの見てきたから情報として手本を模倣するだけなら出来る。第一世界の俺は作れないが」
「不安ですよ!?」
「違う。もんじゃ焼きは、ごはんですよ」
「桃屋じゃないし! ていうか、おやつじゃなくて!?」
「レンジャー連邦では主食といったら粉もんだろう何言ってるんだお前いくら弟子として連れ回してるからって俺の食生活に毒されたか?」
「なんでもいいですよーう。しくしく。続きどうぞ」
「おう。
 で、オーマについてなんだが」

ぱたむ、と華一郎は本を閉じた。

「P141にこうある。『「世界の軌道が第六・第七方向の物理域に移行する」というのと「人類の歴史から神々への信心が失われて唯物的な価値観が浸透する」というのとは、同じ事柄を別々の側面から表現しているだけであって、どちらかが原因でどちらかが結果ということでさえない』と。
 これは俺の、『各世界観=各世界』理論、そうだな、なんか名前つけとくか、『ジョーカー世界観』とかでどうだ、それと合致する記述になっているな。
 で、次のページでは、これに気付いちゃった奴がオーマ七体系を築きあげたとある。七つの世界観に基づいて、七つの体系だろうな、きっと。
 白=すべての絶技を使える=模倣=第七世界=セプテントリオンとか、簡単に発想してみたところでも、一つはすぐ当てはまる。他の六つを当てはめるのがすんげー大変なんだけどな。この手の理屈のこね方、科学者の冷たい愛情だっけ? 要するに、自分の理論に都合のいい事実だけを取り上げて、そうでない事例は無視するってパターンに陥りがちだから、俺が俺がの発想で常に考え込みがちな俺にしてみると、星見司として級を上げるのが難しいんだが」
「師匠の出世道の困難はどうでもいいので続きをどうぞ」
「お前俺の個人的な話にどうも冷たくないか!?
 とにかくそれでだな、オーマが死ぬ理由、世界から排除された者が死ぬ理由というのは、要するに、『世界間を移動する存在なんてぶっちゃけありえなーい!』ということで、各世界観を破綻させちゃうから、死んで歴史上からいなかったことにされちゃうわけよ。でも、それはあくまで各世界=各世界観でのことであって、全体としての無名世界観の中では、存在が許されている。というか、『実際にいるんだからE-ジャン! 因果関係破綻しないように、観測者、ちょっと理屈あわせてこねろよ!』という風に要求されるわけだ。
 このあたりで世界移動理論とかが出てきちゃう。オーマが必ずリューンを操るというのは、ついでに説明しとくと、世界の意識子を操るということであって、先も話した通り、観測された世界は、観測者の意識によって認識される。された結果が意識子として世界の同期を取るために残るので、これが無名世界観という各世界観=各世界の歴史を固定して残していくんだな。その歴史の固定結果、つまりは、触れなければ過去も未来も確定したままの世界を、意図的に変える力こそが、リューンを操る力であって、他の世界観=他の世界と同期を取るために存在する意識子=リューンの存在とその働きに気付いてさえいれば、強く意識子を認識することで、乗せられている認識を上書きし、世界を変えてしまうことが出来る。
 意識子に自分の認識を載せかえれば世界移動も可能という寸法だな。うん。
 ところで長くなったんで夕飯作ってきてもいい?」

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最終更新:2010年12月15日 22:45