徒然メーター2順目


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指がもげるかと思った。
もちろん第一世界の朝のことだ。ついでに言えば、ニューワールド内の朝の気温は、こんなものではない。

「さみぃー!」

自転車の坂道がつらいのは、むしろ下りだと思う日が来ると昔の自分は予測していただろうか。こんなことならホープアイドレスを着用しておけばよかったと反省するが、よくせき考えたら第一世界でのことなので着替えもへったくれも出来なかった。マフラーと帽子を、すればよかったと気付いたのは、目的地に到着する2分前。
頭が痛い。耳の下とこめかみが痛い。風邪か、いや違う筋肉が収縮しすぎて痛むのだ。孫悟空じゃないんだからと見えざる輪っかと謎の三蔵法師に恨み言を申しつつも駐輪場に乗り入れる。

ニューワールドの自分と同期を取った。

俺よ。砂漠の朝はどんな感じだ、オーバー。
こちら俺。短い雨季と長い乾季に慣れさえすれば、年中気候が安定していると言えなくもない。よって服装と生活リズムが慣れているので、寒いには寒いが割りと普通。ついでに言うと、植林サイコー。オーバー。

くそ、俺め。お前なんか法師になればいい。
古来より聖職者や住職の類にも文族は多い。電脳の使徒と呼べる我らニューワールドの民なれば、聖職アイドレスを着用していなくとも、ある意味では伝道師と言えなくもないだろう。ついでに言うと俺、僧侶でもあるしな。一応。

一方その頃ニューワールドでは、華一郎が海岸線にあぐらをかいて座り込んでいた。ニャーロードの外周に沿った、防風林・防砂林の、ちょうど並びに混じる形だ。

襟元で結わえたポニーテイルを揺らし、目を、細めている。

既に日は昇りつつある。いかに潮風冷たいとはいえ、土が熱を逃がしやすい砂漠の島のこと、急速な気温の変化に、介入義体が軋んでいた。

華一郎は植林を自らの手で行ったことがない。
本人も聨合先で船乗りになっていたり、単にマイルがなかったり、藩国部隊が航空部隊偏重なので、r:を使って実行出来なかっただけのことなのだが、政策上でも、行おうと思えば出来たはずである。

今、植林の、並びの中にある。

吹き付ける風と砂とに、思うのだ。

俺は、やらなくていい。
俺はパフォーマンスをやらなくていい。
そんなところに使う予算があるくらいなら、国を良くするための政策を書くべきであり、もっと言うなら、国を良く見るための、文章を書かなければならないのだ。

華一郎は文族である。
天戸に列せられる、まぎれもない、文族である。
華一郎はフィクションノートだ。

ニューワールドを見るには、目を閉じさえすればいい。

文族にとり、想像することは書くことと同義だ。
書くことは物語ることであり、すなわちニューワールドに生きる個人を拾い上げることだ。

この点、兼任している星見司と、手法が真逆である。
星見司は、証拠を集めるために、目を見開いていなければならない。ついでにいうと、物語をそこに見出そうとしても、いけない。

そしてふと思う。
はて、俺ってどうして華族をやっていたのだっけ。
名前に華はあるが身に華はなく、ついでに語るなら実もあんまりない、虚業の職業柄、考える。

華族の条件とはなんであろうか。
右手で空間にタッチ、アイドレスWikiを展開。途中で国政に関わるアイドレス着用12枠に関する注意書きが目に飛び込むが、一旦は無視。自分で考えずに誰かと考えよう。一人で考えるなんて、ああ、めんどくさい。
摂政の要点を表示。『官服,扇子,立ち姿』扇子って何だ何に使う。
特殊を参照。『*摂政の権利と義務 = ,,,摂政の持つすべての権利と藩王に忠誠と輔弼の義務を持つ。』輔弼ってなんだっけと文族にあるまじき疑問を抱きながら、簡潔にオンライン辞書を引いた。ほひつ。なるほど、補佐か。補佐って何すればいいんだ、『人をたすけて、その務めを果たさせること。』(by大辞泉 提供:JapanKnowledge)なるほどわかったぞ、で、藩王の務めって何だ。
またしてもWikiを並列操作。『*藩王の権利と義務 = ,,,藩王の持つすべての権利と無限の義務を持つ。』ははあ、わかったぞ。わからないということがわかった。
法官にあるまじきことだがルールブックに書いてあるに違いないと調べに行く。便利だアイドレスWiki、ルールブックにもリンク張ってある。途中で領地に関する条項を見かける。今もレンジャー連邦は騎士領なのかなあ。4倍に増える途中という話だから、あれ、でも、途中でいろいろ事件が起こったよな、結局どうなるんだろう、ベビーブーム自体は着々と進行しているから、まあ、伯爵領には、戻るといいな、戻るといい、戻させよう。華族として。
で、結局藩王の務めの定義は発見出来なかったので、単に藩国を維持することだと理解。

なんだ、そりゃ国民の願いとまったく同一じゃないか。

日が大分のぼってきた。暑い。寒いとか言っていたのはどこの中の人だ。暑いぞ、厚着じゃ汗が出る。さりとて通気性がよく遮光性に富んでいる衣類なので、脱いだら肌が火傷する。
風は相変わらず砂を飛ばそうとして防風林に吹き付ける。砂の方も、海へ流出しようと舞い上がっては防砂林にぶつかって落ちている。
国体であるところの共和制としては、こういうの、どうなんだろう。
海や風と砂との共存と言っていいのだろうか。
悩むところであるが、島の海抜が下がって沈没されても困る。まして砂の下から、かつて西国がもっとも遠ざけたという遺跡とかが湧いて出ると、大変困る。ので、国民にとってはこれでよいのだと納得。結局国とは国民のことで、国民が臨む領地のことなのだから。

見渡せば水平線の向こうにO島が見える。楠瀬さんの伝説の続きが読みたい。ああ、俺も冒険したい。人魚探したい。冒険といえば根源力稼ぎゲームがあるが、レンジャーを所有する我が国としては是非にも出たいがマイルがないので出られない。ついでにいうと、なかなか出番を持たせてあげられない国民さんたちに、出番をあげたい。

華一郎は、とかく不精な男である。
何に不精かというと、人任せに出来る部分は無限大に人任せにして、ひたすらごろごろしていたい類の、どこの明治の文豪だよ的な生き方に憧れている。書けよ。二束三文でもいいから。そして人生について真相と実相を見つめろよ。

華一郎はJRPGゲーマーでもある。
パラメーターを育てるのは大好きだ。育てー育てー国よ育てーてなもんである。国軍の編成も、単に数字が高くて、もっと言うなら、安く上がるのが、ゲーマーとして楽しいだけである。
だが、政策だとか、外交だとか、そういう必要なんだけど興味がない部分については、ぶっちゃけ不精だ。不精というか、重要度はわかるんだけども気が回らない。
ああ、思えば俺は、ミサゴ隊長の助けとなるために藩国に来たのであって、摂政をやるのも彼女の代理のようなところがあった。是非にまた代理に戻りたい。具体的に言うと、役職がめんどい。

華一郎は見栄っ張りで無責任でもある。
周りに人がいると途端に働く。人がいないと無限にごろごろする。さながら猫のようだと自分でも思ったが、おりゃあ猫だよ、共和国の猫だ、と、肯定。

レンジャー連邦も、猫の集会なのかなあ。

普段から人の集まりがよかった時代を思い起こす。
気まぐれに自分の関心事へと散開しては、思い思いに広場で転がる今は、猫のそれに似て、わりとフリーダムだ。
それはそれでいいのだが、華一郎はさびしがりやでもあるので普段から適当にわいわいぎゃーぎゃーやっていたい。ついでにいうと、ネタになるのでわいわいぎゃーぎゃーやっててほしい。
やれよ、自分で。

ああ、日が上がりきってしまった。
ふと懐にチョコレートを隠し持っていたことを思い出して慌てる。とけるとける、第一世界、中の人、お前も持ってるはずだろ、とけるぞ、とけてるぞ多分。

さて文族項。今日も考えるのは青について。
命の青。架空の青。心の青。空の青。
青、青、青、青。四つの青が目を瞑れば今は一つ一つ思い思いに動き出す。
左手で召喚。01コードで直接ここまでの思うに任せたよしなしごとの記述を開始する。
徒然メーター充填。
書くというのも肉体労働、手を動かす立派な実業。手慣らしをして書くのに慣れなきゃ発進出来ない。まして挑むが再デビュー戦となれば、なおさらだ。

華一郎は文族である。
だがそれは、天戸にかつて列せられていた名残にすぎない。
今彼は大族の地戸を得ている。
さて文族。戻れるか?

見つめる世界は情報宇宙。実体なく、実体そのものが情報である、そういう世界である。

ブルー、ブルー、ブルー。
OK世界は今日も青信号。
そうさ宇宙にオールグリーンはふさわしくない。
情報とは実体なく、実体そのものが情報であるという架空である。
天上にもっとも近い色、高貴にして希少なるブルー、それこそが。

目を閉じれば世界は青い。
まぶたの裏側は黒いが、じきに青い。
突き抜けた先、まず思い描くのは空だから。

チョコレートかじりながら実戦といこうか!

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漱石を置くと書棚に置いたファイルを取った。
蝶の舞う、金色の刻印が押された装丁の良いものである。
贅沢をした訳ではない。いや、贅沢ではある。
紙でデータを残すというのは、いかな後進国とはいえ情報技術国たるレンジャー連邦において、紙媒体の持つ優位性を尊重しない限りにおいては、まあ、それなりに大事な情報の扱いだ。情報の中身以上に、付加価値が置かれている証左となる。増して装丁をしたファイルともなれば、それは単に政庁の執務室に置かれてあるからという、機密度や見栄の故ではない。

今、このファイルの中に、一本の大樹がある。
古くは開闢の折に因果の根を下ろし、時間軸の三方に両腕を広げた、国体に比すべき重みを持った、樹だ。
名を、イグドラシルという。
その名に世界樹と重ねることもある。
文字通りの、世界の樹、である。
世界な樹、といってもよい。
ここから僕たち、私たちの世界は始まった。

無名世界観という名の土壌に情報の種を植え、吸い上げるは因果、歴史という維管束に流すは未観測の空隙を満たす、今に生まれたかつてのすべて。

「つまりは、まあ、イグドラシルに登録されたアイドレスのページ(http://www23.atwiki.jp/ty0k0/pages/82.html)を見ているだけなんだが」

ニューワールドにログインして、華一郎が何をしているかと言えば、アンケートに答えるべく、国の技術レベルを調査しようとしていたのだ。

今日は思わぬスケジュールの空白が出来て、することがない。
居場所と仕事を与えるべく、なるべく人に差配して仕事を進めるようにしよう、とは、ミサゴ嬢との約束ではあったが、時間が時間なので人もいない。さりとて後に回すにしても面倒くさい。やる気があるうちに鉄を熱く打てばよし、という、本末転倒な理屈の元に、華一郎はペンを取る。

大統領府参謀部の印が施されたアンケート用紙(http://p.ag.etr.ac/cwtg.jp/bbs2/30824)に、万年筆を取り、下敷きをして、さて、まず署名。

/*/
○テンプレート

国番号:藩国名

自国で保有するTLO兵器: ※兵器名を記入して下さい。生産していないが設計図を保有している場合も括弧付で記入をお願いします。
自国に関連する兵器以外のTLO: ※該当する職業名や技術名等を記入して下さい。個人枝も含みます

T15中に自国で運用予定のTLO: ※今ターン編成予定のあるTLOを兵器・職業問わず記入して下さい
上記TLOが必要な理由:

T15中に生産予定のTLO:
上記TLOが必要な理由:

近日中に他国へ輸出等の予定があるTLO: ※聨合国へ輸出したりライセンス供与する予定があるTLOについて記入して下さい
上記TLOが必要な理由:

その他不安のあるアイドレス等: ※TLOとは明記されていないものの危険性の高そうなもの(TLが極度に高い・空間や時間を操作する・未知の技術を使っている・自己増殖する等)があればこちらに記入して下さい
/*/

『06:レンジャー連邦
 自国で保有するTLO兵器:なし
 自国に関連する兵器以外のTLO:なし』

なし、なし、なし。

まず兵器。
アメショーは最古の共通I=Dであり、サイベリアンは昔の宇宙計画に沿って開発された機体である。中間に位置するペルシャも既に技術的には古く、TLO足りえない。時間も空間もさっぱりいじらない。重力ブースターとか、キングクリムゾン機能とかがついてるわけもない。物理域も混じったりはしていないだろう。技術水準はさておき、どう考えても普通の機械工学だ。

いただきもののコメットは、なるほど、単体ではレンジャー連邦に珍しい低物理域兵器だが、あくまで単一兵器に複数の物理域技術が混じっているのが問題であって、問題ない。あっそういえば歩兵編成の際にはコメット乗せても歩兵みなしのままなんだろうか、これ確認しておこう。AR高い歩兵は貴重である。治療回しのようなテクニックを使わない上に、火力もさして高くない以上は、機敏さと、飛行可能という利点を生かしてのパトロール行為が非常に重宝するだろう。気づきのための、いい契機になった。ありがとうアンケート。

さて、ラスターチカは第五世界でも動くと保障されたぐらいの安定した機体である。後継の、ヴァローナのAI性の強化については少々考えなくもなかったが、アイドレスWikiにはTLOと記されていない。なんにでも愛情を注ぐ国柄なので、AI技術を発達させるうちに、本当の絢爛世界にも再び根を下ろしかねない。電子妖精も、その流れで危険性が一度確認されている。ブレーキをかける必要はないが、近々予防策を考えておかねばなるまいと華一郎は思う。

話はずれるが絢爛世界対策も大事だ。そもそもにしてからが、沖合いに開きっぱなしのゲートは、管理こそしているものの、その先の世界のことまでは面倒を見ていない。シールドシップを自前で保有していないからである。

この点、いずれはどうにかせんといかんな、いっそ紅葉国や大統領府と相談して、都市船をどうにか送り出せないものか、と考える。国防上の理由もあるが、単純に、どこかと物理的につながっているなら、交流的にもつながっておきたいよな、という発想なだけであって、深い根回しや深遠なる外交上の企みがあったりはしない。さりとて他人の懐をあてにして計画を進めるわけにもいかず、こちらから代償を提供するにも、低空飛行でリソースを使い切ることにかけては昔から定評のある我が国のこと、念頭においておき、先方がむしろ今思い描いたような展開を望む事態に至ったなら、その時初めて話を持ちかけてみようかと、記憶の片隅にメモを残しておくだけに留める。

さて、編成のための人アイドレスについても考えよう。

これも今のところ国内にTLOは存在しない。組み合わせにおいても、そうだろう。

やわらかで魔術な舞踏子がいることについても、別段物理域が入り混じっていることにはならないだろう。整備士2は、格段の成長を遂げたとはいえ、ただの整備士である。物理に対する知識と手先の器用さが彼らの能力を支えているのであって、他のいかなる物理域的制限が加えられるものでもない。

また、唯一可能性のありそうな、レンジャーがTLOかと言われたら……、どうなんだろうね? と返しを入れたくなる。

確かに変身をしてパワーアップをするが、それは機械工学によってどうとでも解決する類の範疇に収まる数値である。バンバンジーのようなスーパーロボットとかに乗り込み出したら、ちょっと擁護しようのない明らかなTLOになることも、目に見えてはいるのだが、少なくとも今はその方面へイグドラシル取得の予定もない。

唯一未知であるところの、現在情報因果の種子を開発中の新型ホープタイプであるが、これも質疑によって安全性は確認されている。

よって問題なし、と。自然、これによって残りの回答も埋まる。

『T15中に自国で運用予定のTLO:なし
 上記TLOが必要な理由:-

 T15中に生産予定のTLO:なし
 上記TLOが必要な理由:-

 近日中に他国へ輸出等の予定があるTLO:なし
 上記TLOが必要な理由:-』

生産どころか工場がないよ! と、固有設計図を持っている身の上としては、泣きたくなってくる事情も絡むが、ライセンス生産で利益を上げるという前例もあったので、よしとしよう。輸出にしても、ライセンス生産を避けて、わざわざ貴重な輸送枠をつぶして送り出すほどの価値があるスペシャルアイテムは持っていない。技術にしたところで、バッジシステムは輸出出来るようなものでもないし、問題なし、だ。

アンケートを深く考えずに埋めるだけなら1分で終わるのだが、いちいち徒然メーターにゲージを貯めていたら大概長くなった。

ふう。

ペンを置いて空を見る。

次はちょっと、アイドレスの世界構造についてでも徒然しようか。

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いくら徒然メーターにしても、公にするからには、もうちっと人に読ませるような構成を考えろよと華一郎に言われたので、中の人は反省していた。

気に差すのはアイドレス世界の構造だが、比喩的に種だ土だと言われても、ははあそうかと膝を打てるほどの説明にはなっているまい。さりとて徒然に打ちながらそこまで行き届かせるのも面倒な話である。

悩んだ結果、相方を呼んだ。

「これ、イツキ、イツキくん」
「何ですか先生」

華一郎は政庁内の割り当てられた自室に少年を招いたかと思うと、さながら書生とのやりとりじみた挨拶を交わしつつ、彼を椅子に座らせ、自分は寝床にじかにあぐらをかいた。

ちなみに比喩に出された単語がやや古いのは、たまに漱石なんて読むもんだから、やりとりにも情報感染が起こって、時代がかってしまっているだけのことである。多分すぐ抜ける。

「君、この世界に興味ないかね」
「ないっていったら『この隠遁者め! ペッ!』とか言っていじめるんでしょう。僕が公の存在じゃないからっていいことに」

イツキという少年は、以前に華一郎が連れて歩いていたこともある、猫士候補である。華一郎にくっついても学ぶことは何もない気もするが、これは華一郎の方から、世界の構造解析のために是非頼むとお願いして弟子にしている、きわめて珍妙な関係が背景にあった。

「で、今度はなんですか。小説と現実とのリンク研究でも繰り返すんですか?」
「いや、それは飽きた。飽きたというか簡単に出来る見積もりが立ったのでもういい。イグドラシルを興す際に混ぜ込めば確実で、もっと言うなら、そういう設計を前提にして小説を書けばどうとにでもなることに気づいた」
「はあ、茶も出さずにいきなりそれですか」
「茶ぐらい出すよコーヒーでいいかい」
「インスタントでしょう」
「インスタントだとも」
「ケチですね」
「貧乏なんだよ」
「第七世界人なのに?」
「生活ゲームでもなけりゃ大金なんて持ち歩いてないって。使ってない間のマイルに利子ついてにゃんにゃん紙幣になって帰ってくるわけでもないんだから」
「はー……。じゃ、摂政職手当てとかの基本給はどうなんですか。国会議員だって日本じゃ相応にお金もらってるでしょう。いい高さにある身分なんだから、責任に伴う報酬ぐらいは」
「そりゃ君、衣食住に使うぐらいは必要だがね。それ以外は使う場面がないから貯蓄すらしない。生活ゲームだとマイルが変換されて財布に溜まってるから払い出したりしないし。住居にしたところで、ことの始まりから俺はずっと政庁に住みっぱなしだよ。光熱費とかの生活費用はかかるが、食事だってそう豪勢にする趣味もないから、無駄に給料もらうよりは国費に回した方が誰にとっても得だろう」
「僕得ですよ僕得。この部屋狭いじゃないですか」
「無駄に物が置いてあるからなあ……。なんか持って帰る?」
「いらんわ! ゴミ処理に呼んだんじゃないでしょう、本題はどこいった、本題は」

は、となる華一郎。

「いかんな、つい久しぶりにニューワールドでの日常生活を描写していると飽きが来ないで余談の塊になる」
「世界の余り物の塊で生成されたような人が、今更何を……」
「君も大概だね!?」
「本題、本題」

促され、華一郎はあぐらをやめて片膝を立てると、膝頭に腕を置き、その上にあごを乗せながらいかにも神妙そうに語り出した。

「小説と世界とのリンクの話に戻るわけじゃないんだがね。君、第七世界にはリューンが存在しないってのは知ってるかい?」
「厳密には名前が違うんでしょう? そりゃま、星見司の弟子でもあるんで、そのくらいはそらでも把握してますよ」

大概調べればわかるじゃないですか、そんなの、とイツキは机上のPCを勝手に起動させて、世界の謎萌えHikiに飛ぶと、リューンの項目を引っ張り出してきた。

「少々見えてきたことがあってね。リューンとアイドレスについて語りたいと思う」
「はあ……。
 徒然じゃなくなってきましたね、資料ページ引っ張ってるし」
「暇つぶしの手慣らしだから、何でもいーんだよ」
「うわ適当」

さておき、と華一郎は雑談の流れを横に置く。

「まずは順に必要な単語を並べていこう。
 第七世界の基幹技術は?」
「情報通信、みたいなもの」
「そこだ。そこからしておかしい。というよりか、あいまいだ。これをすっきりさせておきたいんだ」

いいかね、と人差し指を立て、

「第七世界の基幹技術は、俺に言わせりゃ、情報感染だよ」
「感染?」
「うむ。
 そもそもリューンは世界の意識子だ。意識の子、つまり、総体としての意識ではなく、総体を構成するためのファクターに過ぎない。リューン集まるところに世界の意識は集中する。だが、世界の定義をつまびらかにせんうちには話が進まない」
「なんだか長くなりそうですね。それにうさんくさそう」
「しゃ! だまらっしゃい、徒然なんだからいいの!
 ……話を続けると、世界とは何かと聞かれたら、世界だとしか答えようのないトートロジー的展開が待っているので、もうちょっとだけ認識を掘り下げる。
 世界とは、我々が認識しているもの、していないもののすべてを包括した、場としての最大存在だ。これより上の場レベルは存在しない。さて、しかし場が意識を持つとはいかにも変な話じゃないか。第一世界にも珍説奇説としてガイア=生命説や宇宙意識説みたいなものは存在するが、これを科学的に証明したものはいない」
「ほらオカルトになってきた」
「えーい、いちいちこっちを指差すな!
 それでだな、世界になんで意識が存在するかを解釈するために、ひとつ量子力学的な話を持ち出そうと思う」
「お、仮説ですか」
「うむ。君、シュレーディンガーの猫って知ってるかね」
「有名なやつですね。箱の中の猫は生きているのか死んでいるのか、観測しないことには事象が確定しないって。粒子が光でもあり波でもあるというのを、二つのスリットを通してビームを照射してみたら、なんだかスクリーンにぶつかった粒子がなぜかまばらだったとかなんとか、それも同じことでしたっけ」
「うんまあ大分大雑把な上に間違っている気もするが、そんなところだ」

ポンと膝打ち立ち上がった華一郎、イツキの首裏をつまむ。

「パワハラですか。訴えますよ。きゃー」
「悲鳴を棒読みするな猫士候補。
 君が猫士候補であるところから、今からシュレーディンガーの猫の話と引っ掛けて、世界の意識がどこにあるかを確定させる」
「箱に入れて毒ガスを吸わせる気ですね!?
 た、助けてー!」
「本格的な悲鳴も挙げるな!
 引っ掛けた話をするだけと言っておろうが!」
「僕の首を縄に引っ掛ける!?」
「俺はお前の舌を荒縄で縛っておきたい気分だよ!」

やりとりに、ぜえぜえと息を切らしつつ、仕切りなおし。

「世界ってのは場の最大だ。そしてここは無名世界観の中だ。
 世界観ってのは、世界をどう観るか、であって、フィクションだろうが現実だろうが世界観ってのはいくらでもそこいらじゅうに転がっている。
 ネイティブアメリカンにとって、確かにかつて世界はビーバーが盛り立てた土で出来ていたんだろうし、祖先は氏族ごとに異なる動物で出来ていたんだろう。一方で科学的な世界観から見れば、アフリカだかどこだかしらんが、人類はイブからDNAが今に至るまでつながって、ビッグバン以前のスーパーインフレーションだかなんだかがあって、それ以前には時間そのものが存在しなくてとかそんな小難しいところにまで世界観が『矛盾なく』構成しようと頑張ってる」
「ビーバーってなんですか?」
「民話にあった。宇宙誕生のあたりは適当だから順番を信じるな」
「はぁ」
「ともかくだ。例えば世界の起源ってのは、俺たちにしてみれば、現在進行形で目にしたわけでもないから、世界観でしか語れないわけだよ。確定された過去ですらない。架空だ、架空」
「科学理論の成果を架空と言い切るとは……。アインシュタインをも恐れぬ人ですね師匠」
「別にニュートンでもガリレイガリレオでもいいけどよ、要するに、科学ってのは、同じ実験を同じ条件で再現出来なけりゃ理論が証明されたとは言わないという大前提があるんだよな。これも、観測者がいないと事象が確定しないっていう話と同じなんだよ」
「ご、強引では?」
「観測者がいようがいまいが立証された理論に基づく現象は現実に起こっちゃいるんだろうさ。ただしそれは、あくまで『多分そうだよね』ってレベルであって、完璧ではない。事実、世界はいまだにわからんことだらけで、現実と照らし合わせた理論のほころびからさらに新たな理論を生み出すべく、多くの人が四苦八苦している。大統一理論とか、ひも理論とか、いろんなものがあるよな、その例として」
「じゃあ、いったい何がシュレーディンガーの猫と同じなんですか? あとそろそろ僕の首裏つまむのやめて、マジ訴えるから」
「おおすまん、つい忘れてた。
 シュレーディンガーの猫と科学の実証主義に共通するのは、要するに観測者が必要だって話なんだよ。確認が取れて、初めて現実になる。哲学にもなるか。認識がすなわち世界であるとか、我思うゆえに我ありとかの。
 で、認識っていうのが、つまりは世界観なわけ。
 科学という世界観でもって世界を認識すれば、宇宙は無が揺らいでどうこうして誕生したけど、たとえば日本でいえば、イザナギとイザナミの国生みがどうとか、そういう理屈で成り立ってる。これについちゃ、どっちが正しいとかの答えはない。
 何故か。
 どっちもひとつの世界観に過ぎないからだ。
 今のところ、科学がもっとも破綻なく現在の世界のありようを説明するのに便利だから発達しぬいただけで、世界観をちょいと置き換えて科学と同じレベルですべての事象の因果関係を説明しようとしたら、そこに出現する世界はファンタジーとなんら変わりがないんだよ。神がいて、精霊がいて、人々の間では魔法が起こされていて、みたいな」
「へー……。
 なんか大分話が脱線してる気もするんですが、それとアイドレスの世界とにどんな関係があるんです?」
「世界とは観測者の観方次第でありようを変える。それが世界観というものだ、という話をした。無名世界観とは、科学単一でも、魔法単独でもない、まだ名前のついていない、新しい世界の観測方法であって、その中にアイドレスという世界もあるんだよ、ってところから、続きがスタートする」
「おお、なるほど」
「さて、無名世界観の7世界はいつ生まれたか?
 簡単だ。観測者が現れた瞬間から生まれて、観方が違うから7つに分かれただけだ。
 8番目にして0番目の世界についてもそうだな」
「ああ、いつか師匠が自慢げにコラム投稿して箸にも棒にも引っかからなかったエレル理論」
「ええい、黙ってれば思い出さないですむようなことをいちいちと!
 ……ま、でも、そうだな。人に披露して自慢するようなものでもない。科学や信仰と同じだ。実用するか、実践するか、行動が伴わなければ理論に意味はない。存在しない世界の観方からはどんな世界も生まれない」
「ん?
 ちょっと待ってください、じゃあ師匠は、無名世界観の世界は、観測者がいたから生まれて今に至るまで続いているっていうんですか?」
「うん、そうだ。
 ぶっちゃけ共通した設定が積み上げられてきているから、ゲームデザイナーが死んでも別に無名世界観という観測のやり方はなくならない。エースが何十人もいたら無名世界観が再構成できるっていうのは、共通した観測の方法と設定を把握しているそれらの観測者がいれば、成り立つよねって、だけの話だ」
「ふへー」
「無名世界観もまた世界を破綻なく観測するための観測方法のひとつにすぎない。だから科学もあれば魔法もある。世界が七つに分かれているのは、観測方法の違いであって、七つの世界が並行して存在することが出来るのは、破綻なく世界を成立させるために、観測方法の理論の方が修正された結果にすぎない。七つに割れたという事実があって観測方法という名の理論が出現したんじゃない。逆なんだ」
「割とすごいこと言ってません? それ」
「だが世界観という言葉の意味を正しく捉えると、俺にとってはこうなる。続けるぞ」

華一郎はイツキの尻の下に手を突っ込んだかと思うと、とたんにもぞもぞやり始めた。

「せ、せくはら!?」
「馬鹿、ちょっと立て。座布団が必要なんだ」
「言えば渡します!」

イツキの座っていた椅子に敷かれていたのは丸い座布団である。
華一郎はこれを手に取り床に置く。

「さて、これが世界だとしよう」
「ずいぶん生暖かい世界ですね」
「君の尻の温度だろう。知らんよそんなこと。
 さておき、現在の無名世界観における、矛盾なく世界のありようを受け止めるための、主流な観測方法として、世界は七つであるというピザ切り理論がある。切り分けられる前の世界がひとつであったというような類の、いわゆるエレル=セントラルゲートの話もあるがな」
「エレルが絶対架空存在だとかいう話ですか」
「うん、そうだ。
 もうちょっと見方を変えよう。観測方法によって認識された世界の因果関係を構築するという路線から、俺は俺のエレル理論と無名世界観なる観測方法を解き明かしたい。
 エレルは文字通り絶対架空存在なんだよ。存在しない。ゲームってのはフィクションの世界で、成り立たせるためには、現実の世界から離れた架空の世界、存在しない世界を対象に、それ専用の観測方法を用いなけりゃならん。そのためにエレルが必要となった」
「ああ、いくら無名世界観が世界はこういう風に出来てるよーって観測しても、実体を持たないものは存在できませんものね」
「うん。
 だからゲームをするために、無名世界観は必ず『架空の世界である』という前置きを元に、現実の世界をあれこれといじった見方で遊ばれていたはずなんだ。
 セントラルワールドタイムゲートが介入能力を持つのは当然だよ。ゲームをするための前提条件である、いわば無名世界観におけるフィクション規定だったエレルが元になってるんだから、ゲームを遊ぶ際には不可欠なんだ」
「ちょっとややこしくなってきました、整理させてください」
「うん、次の徒然メーターの冒頭はそこから始めようか」

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最終更新:2010年12月15日 22:40