シムルグは己を語らない。騙りたくないからだ。
例えば彼女が、昔、黒騎士と聖騎士を中心とした、帝國に忠実なる質実剛健な気風を持ち、その建物群だけで一大都市を形成するほどの豊富な蔵書量を誇る、図書の王国を繁栄させていたことなど、今では知る者すら少ないことだ。世界樹を崩壊させたため、因果律の中では、それはなかったことになったと言い換えてもよい。

「……そして、己が蓄えた叡智のすべてをその書から吸収せんと、石造りの都で巨大な魔法陣を形成し、一大魔術を執り行おうとし、失敗した」

シムルグが止まる樹の下で、紫のボディコン、ワンレンの黒髪に、白いハイヒールを履いた、嫌らしいにこやかさを顔面に漂わせている女が、あらぬ方角を向いたままのシムルグを目掛け、楽しげに告げた。

「その際、儀式の副作用で分裂した、自らの黒い半身と、長い長い闘争の旅路の果て、融合を果たした、偉大なる先駆者、霊鳥シムルグ……さん。探しましたよ」

シムルグは対話を好まない。己を表すことが嫌だからだ。
例えば魔術のそもそもの動機が、常に動乱ひしめくニューワールドに向けて、救いの手を差し伸べるための運命を新しく生み出そうとしたためだということは、今となってはそれこそシムルグ以外の誰も知ることはないだろう。偽善か、真摯な願いか、いずれであったとしても、もはや誰も事実を許しはしない。シムルグ自身でさえ。

シムルグは何も答えない。
構わずに、嫌たらしい表情に似た、嫌たらしい豊満な肉感に満ちた胸を揺すらせて、樹の下の女はまた喋る。

「私の学園で、教鞭を取ってはいただけないでしょうか?
 莫大な知識を埋蔵した類稀なる叡智、人知を超えた武勇にも長ずる稀有なる経験、何よりも、貴女の、その、比肩するものなきメンタリティを、存分に私の生徒たちにご教授願いたいのです」

ねえ? と、親しげに女は顔を傾けてシムルグに呼びかける。

シムルグは何も応えない。
何を求められているかを、十分に理解出来たから。

「責任を、お取りにならない?」

だが、その一言には、膝小僧を抱えたままの、肩が動いた。
目ざとく変化をかぎつけた女の口元が、上品に上辺を彩る紅ごと、歪み、嫌らしい笑みに転じていく。

「あなたが壊し、生み出した運命の種が、どうなったのか。知りたくはなくて?」
「……何を知っている」

初めてシムルグは口を聞いた。
女に対してではなく、シムルグが、シムルグと名乗り始めて以来、初めて、シムルグは他人に対し、言葉を求めて言葉を発したのだ。
女の頬に、笑みで、えくぼが浮いた。邪悪なえくぼだった。

「鳥の子供たちと、『青』の血統について」
「お前は誰だ。何者だ」

くすくすと、優位のものが、劣位のものを弄んだ時に出る、嘲りの吐息を漏らすと、女は告げる。

「メダカの学校の、校長です。
 目高ドラコと、申します」

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その日、丘の樹の上から一羽の鳥が姿を消した。
行き先を知るものは、国のどこにもいなかった。
それどころか、元から存在していたことすら、知らぬものの方が、もとより多く。
以来、霊鳥シムルグを尋ねる客人が、この国に姿を現すことも、なくなった。

旧友であった、王だけが、臣下の報を聞き、一言、

「そうか」

と、固く無表情に反応を示しただけであった。

(城 華一郎)

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最終更新:2010年06月22日 11:33